魔王のハニトラに引っかかった転移勇者は、現地勇者と刺し違えます   作:昔映画で見た猿の脳味噌ゼリー

1 / 1
脳ミソって美味しいのかなぁ

 

僕は『勇者』として異世界に転移した。

そして、その世界の住民である、とある少女に惚れてしまった。

 

黒い髪

紅い目

小さい顔

そして何より、自信に満ち溢れた、高慢とすら言えるその性格

それらを兼ね備えた、ノナメと名乗ったその少女は、有り体に言って僕の好みドンピシャだった。

 

だが、まさかのまさか、ノナメは人間ではなかったのだ。

ノナメは人類の敵……魔族。

それもその頂点に位置する『魔王』だった。

ただ、コレは惚れてしまった弱みというヤツで、僕は自分が『魔王』を殺すための存在である『勇者』だということを理解していながら、結局、ノナメに自らの剣の鋒を向けることが出来なかった。

 

けれど、別に僕が殺そうとしなくても、『魔王』であるノナメを殺したい人間はたくさんいる。

しかしそこは流石『魔王』、ノナメの持つ力は強大で、彼女を殺せる人間なんて、『勇者』くらいしかいなかった。

そして『勇者』である僕は、ノナメのハニトラにまんまと引っかかってしまっている。

これで一見、ノナメは盤石の布陣を敷いたかに見えたが、残念ながらそうは問屋が卸さない。

困ったことに、『勇者』は僕以外にも一人いるのだ。

それも、魔王軍に故郷を滅ぼされ家族を惨殺された、憎悪マシマシの復讐者(『勇者』)が。

しかもその『勇者』の力は、僕とノナメ二人分を合わせた力を優に超えている。

つまりこのままだと、ノナメはその復讐者に殺されてしまうのだ。

僕はそれが嫌だった。

惚れた女には生きていて欲しかった。

ノナメが生き延びるためにはどうすればいいだろうと考えた結果、僕はその復讐者が死ねばいいのだと気づいた。自分がもう一人の『勇者』を殺せばいいのだと閃いた。

ただ、僕と復讐者の力の差は大きい。

それでも、どうにか差し違えることが出来るくらいの自信が、僕にはあった。

 

ということで僕は、自分が『魔王』の傘下に入ったという旨を添えた果たし状を復讐者に送った。

魔族への恨みマシマシの彼女ならば、『魔王』に味方する僕を絶対に殺しに来るはずだ。

 

そして今僕は、果たし状で示した決闘の場所にいた。

1時間後に、彼女がここに来ることになっている。

 

ちなみに、決闘の場所というのは何を隠そう魔王城である。

そして魔王城ということは、当然その主である『魔王』もいるということで。

 

僕は、人生最後の時間を使って、惚れた女とお茶をしていた。

 

「え?僕が元いた世界の話が聞きたい?」

「えぇ、だってアナタ、転移者なんでしょ。」

 

目の前にいる、僕にハニトラを仕掛けた『魔王』……ノナメは、いつも通り高慢に僕に問いかけた。

 

しかし、僕が元いた世界についてか。

一体何から話せばいいのか。

やっぱり、スマホとかだろうか?

 

「あ、いや、ちょっと待って」

 

口を開きかけた僕を、ノナメはその白い手のひらで制する。

 

「やっぱり、世界のことじゃなくて、その世界に居た時のアナタのことについて教えてちょうだい。楽しみは、後にとっておきたいから」

「それは、『お前なんかについてよりも、世界についての話を聞く方がよっぽど面白そう』って言ってるってことか?」

「そうに決まってるじゃない。逆にアナタは、自分は世界よりも魅力的だ、なんて自惚れているの?」

「……いや、そうじゃないけどさ」

「だったら、さっさとつまらないアナタについての話を私に聞かせなさい」

「はいはい。了解しましたお姫様」

「私、姫じゃなくて女王だけどね」

「些細な違いだろ」

「それもそうね」

 

僕は、ノナメの意に沿った話をしようと口を開く。

くだらない男の話をしようと唇を滑らす。

 

「昔の僕はね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲

 

 

赤ん坊の頃、僕の家族は飲酒運転による交通事故に巻き込まれたらしい。

勿論、僕は産まれただったから、僕にはその時の記憶はない。

だからこれは後から聞いた話だ。

僕以外の家族……兄と両親は即死だったらしい。

頭をタイヤでトマトみたいに潰された。

実際にその中身から出てきたのは、みずみずしく綺麗な植物とは懸け離れた、鉄臭くドロドロとした赤色と、グロテスクな脳漿だっただろうけど。

きっと、死化粧も何の意味もなさなかったのだろう。

だって土台となる顔が壊れているのだもの。

本当に醜い死に様だったはずだ。

醜くない死に様があるのかと問われたら、僕は答えられないけれど。

 

それで僕はというと、運悪く生き残ってしまった。

その代わりと言ってはなんだけれど、脳ミソが少し欠けた。

頭部が車体にカスって、それで出来た傷口から中身がドロッとね。

 

まぁつまり僕は、五体満足の体と愛する家族が存在する平凡で幸福な未来を奪われたわけだ。

ただ、だからって別に、僕は僕達家族を引いたクソジジイを憎んじゃいない。

絞首台に行く前に、あの男は獄中で死んだらしい。

もうこの世のどこにもいないヤツを憎むほど、僕は女々しくない。

 

 

家族の中でたった一人だけ生き残った僕は、祖父母に引き取られた。

祖父母には本当に感謝している。

脳が足りない僕なんかを、18年間たっぷりの愛情を込めて育ててくれた。

この恩は、どうやっても返しきれない。

ただ、だからといってその恩を返さなくていいというワケではない。

返しきれないのだとしても、その恩の万分の一でも返す義務が、僕にはある。

2年前に高校生になって、アルバイトを始めたけれども、アルバイトの給料なんてたかが知れてる。

4月に18歳……高校3年生になって、僕は大学受験をする気もサラサラなかったから、あと1年後には社会人として働いて、マトモに稼げるようになって、僕はようやく、祖父母への親孝行が始められると思った。

二人に恩を返せるようになるのが、堪らなく嬉しかった。

 

だけどそんな矢先に、祖父母は二人とも死んでしまった。

高校3年の8月に祖父が心筋梗塞で死んで、あとを追うように、祖母は12月に老衰死した。

葬式での二人の美しい死に顔は、欠けた僕の脳ミソにも染みついて離れない。

 

「どうして、生きているんだろう」

 

冬の夜。

祖父母と、そして僕の家の近くにある川にかかっている橋。

その橋の欄干の上に、僕は立っていた。

 

 

脳髄の一部がないせいか、僕には『欲』というものが著しく乏しかった。

いや勿論、食欲とかの三代欲求……生きるのに必要不可欠な欲は、僕にも備わっている。

だけどそれ以外の、人生に彩りを加えるために必要な余計な『欲』が、強欲が、僕にはなかった。

 

ただ、そんな僕にも、唯一と言ってもいい『欲』がある。

それは、祖父母に恩返しをしたいというモノだった。

だけど、祖父母が死んだ今や、僕はそれすら失った。

つまるところ今の僕は、中身が空っぽの人形だ。

 

「僕は無価値だ」

 

そう言って、僕は橋の上から飛び下りた。

季節は冬だった。

川で凍えて溺れて死のうと思った。

祖父母にもう一度会いたかったワケでも、二人に謝りたかったワケでもない。

死にたい……というワケでもなかった。

だけど、慣性と重力に従って死ぬべきだと思ったから、無価値なモノはいなくなるべきだと思ったから、僕は身を投げた。

だけど、僕が死ぬことはなかった。

僕が祖父母と再会することはなかった。

 

それどころか、僕は川の水にすら触れられない。

橋と川の間の空中で、僕は世界と別れを告げた。

 

「え?」

 

さっきまで落ちていたはずなのに、気づいたら僕は、硬い石の床にへたり込んでいた。

 

「おヌシが、異世界から来た『勇者』か?」

 

声に質量はない。

けれど、確かに『重さ』を感じる声が頭上から響いて、僕は咄嗟に上を見た。

 

そこには、金色の王冠をかぶり、豪奢な衣装をその身に纏い、堂々たる姿で玉座に座る、いかにもな様相の王がいた。

いや、王だけじゃない。

その隣に立つ、大きな杖を持ち、修道服に身を包んだ老齢の男。

玉座から、僕が座り込んでいる所まで敷かれているカーペットの両端に、等間隔に幾人も立っている西洋風の鎧を着た騎士達。

 

それらの異様な人物達は、僕の容量の足りない脳ミソをショートされるには十分だった。

王の問いに僕は返答出来ずに、ただ口をパクパクさせて、石の床の上で固まっていた。

 

僕のそんな様子を見た王は、修道服の男に声をかける。

 

「のう『神官』よ、どうじゃ。儀式は成功したのか?」

「はい、間違いなく」

「では、この男が、『魔王』を倒し得る力を持った男ということか」

 

そう言って王は、へたり込んでいる無様な僕に向き直る。

 

「おヌシには、人類を滅ぼそうとしている『魔王』を殺してもらう。」

 

王は僕にそう命じた。

 

『勇者』だとか『魔王』だとか、なんだそれは。

僕はさっきまで川に向かって落ちてたんだ。

『殺してもらう』だって?ふざけんな、なんで僕が人を殺さなきゃいけないんだ。

というかそもそも、こんなことが現実なワケがない。

コレは、変な夢に決まってる。

あるいは、死ぬ直前に見る幻覚か。

なんにせよ、こんな趣味が悪い錯覚は、早く終わってくれ。

 

直前までの、それこそ川に落ちてた頃の僕なら、そんなことを思っていたはずだ。

だけど、この時点での僕はそうじゃなかった。

王の言葉を、全て真実だと思った。

理由も根拠もないけれど、それは確信だった。

 

この時の僕には知る由もなかったけれど、実は僕がこの世界に転移する時に、世界そのものから僕に、とある加護が与えられていた。

すべては……(マガイモノ)

それが、僕に与えられた加護の名だった。

 

世界に満ち溢れる嘘

無限に広がる虚構

決していなくならない偽物

全ての醜く見苦しいマガイモノ達を見破るのが、その加護の力だった。

そして、全ての嘘を見抜くというのは、あらゆる真実を見透かすのと同義だ。

僕の前では、どんな緻密で重厚な虚偽も、薄っぺらい紙に書かれただけの文字列に成り下がる。光をも飲み込むような暗闇に隠された真相も、ヌード写真におけるモデルの肌のように、開けっぴろげにさらされる。

 

転移したばかりの僕は、『すべては……(マガイモノ)』の存在すら知らなかったけれど、それでも確かに僕の中にこの加護は存在していて、その効果も発揮されていた。

王の言葉に偽りがなかった。

 

 

▲▼▲

 

 

「まぁ、気づいたからどうしたって、話なんだけどね」

「言葉が真実だからといって、それはアナタが他人のために命をかける理由にはならないものね。というか、私が聞きたかったのは転移する前のアナタについての話で、この世界に来てからの話は聞いてないのだけれど」

「別にいいじゃないか。聞くだけタダなんだから。無料でついてくるオマケだよ」

「例え無料でも、わざわざつまらない話を聞こうとは思わないわ」

 

足を組んで、ノナメは少し苛立たしげにため息を吐く。

 

「聞いてもいないのに長々と自分語り。アナタも存外オトコのコだったのね」

「そりゃあそうさ」

 

悲しいことに、あるいは幸運なことに、僕の脳の欠損部分に、性への欲求を司る部分は含まれていない。

 

「ちなみにだけどさ。オマケは置いといて、メインの僕の前世の話は、どうだった?」

「別になんとも。しいて言うなら、アナタってやっぱりバカね」

「そう言ってもらえると、コッチも気が楽だよ」

 

本当に。

 

「うん、あんなバカらしい話がメインなのは、つまらないわね。オマケ……アナタがこの世界に来てからの話を、もっと私に教えなさい」

「さっきまでそのオマケに文句を言ってたのに……」

「悪い?」

「いや何も」

 

僕は、ノナメの高慢に振り回されるのは意外と気に入っている。

 

「う〜ん、でもなぁ、そうは言われても、この世界に来てからすぐに、君と会ったからなぁ」

「そう?でも私、アナタとあの人が出会った時の話聞いたことないわよ」

「あの人?」

「『勇者』様よ。アナタじゃない方のね。」

「あぁ」

 

確かに、その話はしたことがなかった。

しかし逆に、どうして僕はその話を今までノナメにしたことがなかったんだろう?

あれは、僕の人生においても、3本の指に入るほどに、印象的な出来事なのに。

 

………まぁ、そんなの別にどうでもいっか。

 

「いいよ。『勇者』様との話ね。アレは、僕がこの世界に来てから、1月くらいが経った頃かな。」

 

 

 

▲▼▲

 

『魔王』率いる魔王軍は、いくつもの人間の村を襲って滅ぼしてきたらしい。

その村にあった食料は根こそぎ略奪され、男の住人は殺され、女子供は奴隷にされる。

そしてその魔の手は、小さな村だけでなく、大きな都市にも及んだ。

僕をこの世界に呼び出した王……レックス王が治める国、グオジャ王国。

その第三の都市であるトレスは、約1年前に、魔王軍に占領されてしまった。

 

その報を、城の玉座で聞いたレックス王は激怒したはずだ。

 

「国力の全てをもって、穢らわしい魔族を斃し、我らがトレスの地を取り戻す!!」

 

王は、グオジャ王国軍にトレス奪還作戦の決行を命じた。

 

王国軍の軍勢は、約2万。

それに対して、王国軍の斥候が報告した魔王軍の兵力は約1万人(匹?)。

数の差凡そ2倍。

レックス王が、自らの軍の勝ちを確信したのもムリない。

でも、戦が始まって3ヶ月後。

レックス王の耳に届いたのは、グオジャ王国軍の敗北の報だった。

国王軍約2万の兵の内、大将を含む1万3000人が戦死した。

完敗だった。

 

敗戦後の会議で、王国軍が敗北したのは、単純に魔族が人間よりも生物として強かったからだ……という意見が、魔族研究の第一人者から挙げられた。

そして、戦場で得られた紛れもない事実として、魔族は一人で人間の兵士4人分の力を持っていた。

 

王国軍の兵数は、魔王軍の2倍だった。

けど、一人一人の兵士の力は相手の4分の1。

0.25×2=0.5。

だから単純計算で、王国軍は魔王軍の半分の力しか有していなかった。

いや、現実において数の力というのはとても大きいモノだから、流石に倍の力の差はなかったかもしれない。

でも、数の力と同じように個人の質というのもとても重要で、そこで魔王軍に圧倒的に劣る王国軍が敗北したのは、やっぱりどうしようもないことだったんだろう。

それを何より、戦死した1万3000人が証明している。

 

勿論、人間側にも魔族並の力を持った者はいた。

特に王国軍の大将は、魔族10人が束になっても殺せないほどの力を持っていた。

ただ、人類側にそういう特異種がいるように、同じような存在は魔族側にもいる。

『魔王』、そして魔王軍の幹部であり最高戦力でもある三人の魔神達。

彼らは、並の魔族の100倍以上の力を有していた。

弱く脆い人間達は、その尽くが、彼らによって蹂躙された。

彼らにとって、人間なんて吹けば亡くなるような、脆い人形でしかなかった。

 

こうしてグオジャ王国軍のトレス奪還作戦は、完膚なきまでの失敗に終わった。

 

ただ、だからってそれを、はいそうですか、と受け入れて諦めるワケにはいかない。

トレスの地を魔族に明け渡すワケにはいかない。

レックス王は、トレスの地を取り戻す方策を、魔王軍に打ち勝つすべを探し求めた。

しかし、1年の歳月をかけても何の成果も得られなかった。

そしてその間も、魔王軍の進軍は続く。

グオジャ王国第二の都市ドゥオも占領された。

第三、第二の都市が攻略され、残るは王都のみ。

グオジャ王国が滅びるのも時間の問題だった。

そんなある時に王国の『神官』が、神からの啓示を受けた。

 

それは、異世界からの転移者が『魔王』を倒す『勇者』となるというモノだった。

それを知った王は、すぐに王国中の魔術師に命じ、2つの異なる世界を繋ぐ魔法を作れと命令した。

そして半年後、魔術師達は異世界から『勇者』を召喚する魔法を作り出した。

その魔法で呼び出されたのが、僕だった。

 

この話を王国の姫から聞いた時、僕はその魔法は絶対に失敗作だ、と思った。

だって、異世界から『勇者』を召喚しようとして、僕が呼び出されるワケがない。

僕の元いた世界は、脳の欠けた僕なんかでもわかるくらいに美しく輝いていた。

あの世界には、僕なんかよりもよっぽど『勇者』にふさわしい人間が、いくらでもいたはずなのだ。

だから、僕が呼ばれてしまったのは何かの間違いに違いないと、そう思った。

 

でも、間違いだろうと何だろうと、呼ばれてしまったモノは仕方ない。

 

誰かを殺すのはイヤだ。

だけど、あっちが殺してくるなら仕方ない。

 

別に他人を助けたいワケじゃない。

他人なんて死んでもいい。

それが異世界の住民ならなおさらだ。

だけど、だからって死んで欲しいワケじゃないんだ。

 

つまるところ僕は結局、脳が欠けた不良品なんだ。

決定的に『欲』が足りない。

お前が『勇者』として『魔王』を殺せ、と言われたら、僕はそれを断ろうとは思わない。

断り『たい』とは思えない。

 

それに……少しだけ興味があったんだ。

空っぽな僕が、『勇者』として『魔王』を殺して、たくさんの人を救ったならば、たくさんの人から褒められたなら、その時僕の中に、何かが詰まることがあるのだろうか、と。

 

まぁだから、『勇者』をやってみようと思った。

とは言っても、あくまで僕は平凡な一般人だ。

いや、零れ落ちた頭の中身の分、一般人よりも劣っている。

そんな僕なんかに、本当に『勇者』が務まるのだろうか?

と思っていたのだが、その心配はどうやら無用のようだった。

 

「とてつもない魔力量ですね」

 

グオジャ王国の『神官』は、僕にそう言った。

 

すべては……(マガイモノ)』の加護以外にも、僕には世界から恩寵が与えられていた。

常人の数倍の魔力を、僕は持っていた。

とはいえ、いくら魔力……燃料があっても、機関がなければ話にならない。

僕は機関……つまりは魔法を学ぶため、王都にある魔術学院に通い始めた。

まぁ、それはたった一ヶ月の短い期間だったが。

 

「ガンバレよ『勇者』様!!」

「世界を救えるのはアナタしかいません」

「『魔王』を殺せるのはお前だけだ!!」

 

僕が王都にいた一ヶ月の間に会った人達は、口々にそういうことを言った。

 

別に、それは不思議なことじゃない。

ふさわしいかどうかは置いといて、『勇者』である僕にそういうことを言うのは道理だ。

ただ気になったのは、それらの言葉に、僕の加護が反応を示したことだ。

僕の『すべては……(マガイモノ)』は虚構を見抜く。

それが反応したということは、彼らの言葉はウソだったということだ。

それはつまり、彼らの言葉は本心からのモノではないということだ。

目の前まで魔族の脅威が迫っているというのに、異世界からの『勇者』なんて便利な存在に縋ろうとしない。

それが不思議だった。

別に、不満というワケではなかったけれども、ただただ不思議だった。

 

だけどその謎も、彼女に会って一瞬で泡沫の泡と化した。

 

『神官』が受け取ったという神の啓示。

実はそれは2つあった。

一つは、異世界からの『勇者』について。

そしてもう一つは、魔王軍に占領された都市……トレス、そこから現れる、復讐の炎を宿す『勇者』についてだった。

 

「アナタが異世界からの『勇者』ですか!?私の同胞ですか!?いいですねいいですね!!一瞬に憎き『魔王』を殺しましょう!!共に悍ましき魔族を絶滅させましょう。フー!楽しくなってきましたねヒャッホウ!!」

 

音程が低いような、ズレてる声が僕の耳を貫く。

 

僕がこの世界に来てから一ヶ月、僕と彼女は出会った。

それは偶然の出会いで、王国の予期せぬモノだった。

 

僕の存在を王から聞かされた彼女……レクス・タリオニスは、僕のいる魔法学校に乗り込んできた。

 

すべては……(マガイモノ)』は嘘は見抜けるが、秘密は見破れない。

グオジャ王国の『神官』は、僕に「『勇者』はアナタ一人だけだ」なんてことは言っていない。

『神官』は、もう一人の『勇者』がいることを僕に隠していた。

 

僕を『勇者』だと、そしてその僕と同胞だと言ったレクスの言葉には嘘も虚構も偽もなくて。

彼女も『勇者』であることを、僕は理解させられた。

 

美しい白い長髪に、刺すような蒼い目をした彼女は、復讐の炎そのものだった。

彼女は、魔王軍に占領された都市、トレスの唯一の生き残りで。

魔族に故郷を滅ぼされ、家族を皆殺しにされた彼女は、『勇者』である以上に復讐者だった。

 

「魔族を殺したい」「魔神を殺したい」「魔王を殺したい」「魔族を滅ぼしたい」「魔神を駆逐したい」「魔王を壊したい」「魔族を破りたい」「魔神を潰したい」「魔王を砕きたい」「殺したい」「殺したい」「殺したい」!!

 

『たい』『たい』『たい』『たい』『たい』『たい』『たい』『たい』『たい』『たい』『たい』『たい』『たい』!!

 

彼女は『欲』に塗れていた。

僕のようなガランどうじゃない。

僕みたいな人形じゃない。

彼女は、どこまでも強欲な人間だった。

 

レクスには、両手両足と右耳と左目がなかった。

魔王軍に蹂躙されたトレスの地から命からがら逃げ出した彼女は、身体のパーツを自らの手で引き千切り、神に捧げた。

その対価として、彼女は魔族を滅する光の十字を手に入れた。

魔族の硬い皮膚を容易に切り裂き鮮血をまき散らす神の刃。

魔神の薄汚れた魂を浄化し焼き尽くす神の光。

その裁きの十字をもって、彼女は半年間、魔王軍のグオジャ王国王都への侵攻を食い止めている。

 

「それじゃあ早速、今から一緒に戦場に行きましょう!!この王都からわずか15km先!!そんな場所で、年中365日毎朝毎晩24時間、血みどろの宴は催されてます。さぁさぁさぁ!一緒に復讐を楽しみましょう!!」

 

そう言って僕の手を引くレクスを見て、僕は全てを理解した。

 

そりゃあ、民衆の言葉がウソなはずだ。

 

「ガンバレよ『勇者』様!!」

「世界を救えるのはアナタしかいません」

「『魔王』を殺せるのはお前だけだ!!」

 

彼らのこのセリフは、レクスのために用意された言葉だ。

ぽっと出の僕なんかが言われていいモノじゃなかった。

 

生き残り

復讐者

美しく若い少女

神に捧げた身体

何より、半年間王都を守り続けた実績

 

レクスは、少々条件が揃いすぎてる。

この国の住民にとって、英雄とは、『勇者』とは、彼女のことに他ならない。

 

「知ってますか?魔族の脳ミソって、美味しいんですよ」

 

無邪気にそんなことを言う彼女の背中を見て、『魔王』を殺すのは、きっと彼女なんだろうなと思った。

国を救った『勇者』として、歴史に名を刻むのは彼女なんだろう。

 

いや別に、それはどうでもいいんだ。

僕は誰かを殺したいワケじゃないし、後世に名を残したいとも思わない。

彼女みたいな人間こそが、英雄という肩書を伴って、子々孫々に代々語り継がれるべきだとすら思っている。

 

ただ、それとは別にして、この国を救って、ここに住む人から褒められるのが、僕ではなくてレクスなのは、ほんの少しだけ残念だった。

 

 

 

 

▲▼▲

 

「まぁだからつまり、会った瞬間に、僕と彼女の格付けは済んだんだ。人間としても『勇者』としても、レクスは果てしなく本物で、僕はどこまでも偽物だった」

「でもアナタは、そんなことを気にするようなくだらない人形じゃないでしょう?」

「そうだね。というか、偽物だ、なんて言いながら、僕はこれまでの19年間堂々と自分は人間だと嘯いて生きてきたんだ。立派に人間をやってた周りの人達にね。だから、『勇者』の本物が現れたって、どうでもいいんだ。僕はいつも通り偽って、上げ底して、『勇者』のフリをする。」

「ふ〜ん。でも今のアナタは、『勇者』だとは言えないんじゃないの?」

 

彼女はいやらしく微笑を浮かべる。

 

「今のアナタは、悪しき『魔王』を助けるために、アナタが本物と言った『勇者』、レクス・タリオニスと戦おうとしている。人類という生物種そのものに仇なす行為をしている。なのにこの期に及んで、アナタはまだ自分は『勇者』だと騙るの?」

「いや、もう今はそうはしないよ。なんせ今の僕は、騙す側じゃなくて騙された側の人間だからね」

 

僕には、『欲』がない。

だから、誰かに愛され『たい』とか、そういう感情も僕にはなかった。

でもノナメに出会って、僕は変わった。

 

ノナメは僕に「愛している」と幾度も囁いた。

虚構の愛を執拗に僕にぶつけて、僕の心の壁をドロドロに溶かした。

 

僕はノナメを何度も抱いた。腰を振った。

生じた快楽は毒になって、僕の魂のダメな所まで腐らせた。

僕は、ノナメを守り『たい』と思わされた。

 

そこまで壊された後に今さら、「実は私は『魔王』でした」と明かされた所で、もうどうしようもない。

ノナメが『魔王』だと知ったって、もう僕は、僕の彼女を守り『たい』という『欲』に嘘はつけない。

 

「もう、そろそろ時間ね」

 

ノナメにそう言われて、気づく。

確かに、もう時間がない。

 

もう時間だ、と言いながら、ノナメは立ち上がろうとしない。

ここにはもうすぐ恐ろしい『勇者』が来るというのに、ここから逃げようとしない。

 

だから、別れは僕から切り出した。

 

「それじゃあ、さようなら」

 

僕は立って後ろを向く。

もう後ろには振り返らない。

ノナメノナメ顔は見ない。

見たら、何かを後悔しそうだから。

 

「僕が元いた世界の話は、またいつか」

「そうね」

 

彼女はそう言った後に、「さよなら」と呟いた。

椅子を引いて立ち上がった音がした。

だんだんと、彼女の足音が遠ざかっていく。

 

それを聞いた僕は嫌がらせに、最後に遺言でも言ってやろうと思った。

 

「僕みたいな、脳ミソの足りない憐れな障害者を騙したんだ!!ちゃんと生きて幸せになれよ!!」

 

僕はそう言って、目の前にある窓を突き破って、魔王城の外に飛び出した。

地面に降り立って前を見ると、少し先に本物の『勇者』が、レクスがいるのが見える。

19年前と、半年前に死に損なった僕にようやく、本物の死がやってきた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

『虚飾』から始めるヒーローアカデミア(作者:百合カプはいいぞ)(原作:僕のヒーローアカデミア)

『虚飾の魔女』パンドラの成り主がパンドラっぽいエミュをしながらヒロアカの世界を楽しむ話▼なお、パンドラ成り主の他にエキドナ成り主も存在する模様▼地雷要素マシマシなので自衛推奨


総合評価:2095/評価:8.41/短編:10話/更新日時:2026年04月08日(水) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>