――ざわ……ざわ……
俺とこうちゃんと蘭で、部屋の中を探る。
死体のある空間……重苦しい……息が詰まる。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
(探せ……証拠……何かあるはずだ……)
その時――
耳に、あの声が流れ込む。
(睡眠薬で眠らせて殺したとは思うまい)
(テグスは何本も用意した……フフフ)
……テグス。
睡眠薬。
一気に視界が開ける感覚。
だが同時に焦りも来る。
(でも俺、物探し……苦手なんだよ……!)
「こうちゃん!蘭!テグスと睡眠薬だ!それ探せ!」
俺はほぼ叫ぶように言う。
「テグス?なんでだ?」
「いいから探せ!!あるはずなんだ!」
ざわ……ざわ……
二人が動く。
早い……迷いがない。
数秒――いや、もっと短いか。
「おーい!あったぞー!」
こうちゃんの声。
見ると、手に細い糸……テグス。
「こっちもあったー!」
蘭も見つける。
……俺は?
(ねええええええええええ!!!!)
何も見つからねえ。
焦る。
無駄に棚を開ける。
本をどかす。
(くそ……なんでだ……!)
結果――
こうちゃん6本。
蘭2本。
俺……1本。
……1本。
(少なっ……!!)
いや、見つけただけマシか……?
いやダメだろこれ……完全に足引っ張ってる……
――その時。
ガチャ……
目暮警部と高木刑事が部屋から出てくる。
「事情聴取と持ち物検査は終わった」
(来た……)
空気が締まる。
そして――
奥さんが、すっと動く。
静かに……だが明らかに「急いでいる」動き。
(怪しい……!)
俺は反射的に追おうとする――
その瞬間。
スッ……
こうちゃんの手が、俺を制する。
「お前は来るな」
目で語る。
(尾行……か……)
ざわ……
(なるほど……俺は邪魔……)
胸がチクリとする。
でも分かる。
俺は目立つ。
雑。
こういう静かな動きはできない。
(任せるしかねえ……)
俺は立ち止まる。
――戻る。死体の部屋へ。
そこに――
コナン。
顔が赤い。
息が荒い。
「おい……大丈夫か……?」
(やべえ……こいつ……本気で具合悪い……)
いつもの余裕がない。
ただのガキみたいに、弱っている。
その時――
目暮警部たちも入ってくる。
空気が再び張り詰める。
そして――
「事件解けた!!!!」
服部の声。
――ドンッ!!
ざわざわざわざわ……!!
(はやっ……!!)
一気に流れが動く。
……その瞬間。
コナンが――
フラッ……
倒れる。
「コナン君!!」
蘭が駆け寄る。
抱きかかえる。
「空き部屋に運ぶわ!誰か医者を――!」
バタバタと運ばれていく。
……俺は。
動けない。
(……何やってんだよ俺……)
心が重い。
推理も中途半端。
物探しも役立たず。
尾行もできない。
(今回……俺……何もしてねえ……)
ざわ……ざわ……
ただ、立っているだけ。
事件は進む。
天才たちが動かす。
その中で俺は――
(ただの……お荷物かよ……)
拳が震える。
でも、どうにもならない。
この無力感が――
一番、きつい。
俺は一旦、外へ出て頭を冷やす。
そして戻る。
――ざわ……ざわ……
部屋の空気が張り詰める。
服部が、一歩前に出る。
その目は、獲物を仕留める直前の獣みたいに鋭い。
「被害者を殺害しこのトリックを行うには少なくとも7分はかかる」
――7分。
(長い……その間、誰も気付かないのか……?)
「殺害して、密室トリック、そしてテグスを捨てる。このテグスは和室で見つけた」
テグス……あの糸。
(やっぱりあれが鍵か……!心の声を頼りに探しただけだが)
「これを使えば密室が作れる」
ざわ……ざわ……
全員が息を呑む。
「まず鍵の穴にテグスを通す。そして被害者のズボンに針をさしテグスを通す。その後、扉の下に鍵を通し鍵を外側から鍵をかけてドアの下に通したテグスを動かして被害者のポケットへ」
頭の中で映像が再生される。
鍵穴。糸。針。
引っ張る――鍵が動く。
(なるほど……!密室……作れてしまう……!)
「このテグスは釣り糸としても使う……釣りをしていてアリバイがなく和室の主――」
空気が凍る。
「犯人はじいさん……あんただ」
――ドンッ!!
ざわざわざわざわ……!!
全員の視線が、一人に突き刺さる。
老人――辻村利光。
その顔が、ゆっくり歪む。
「そうじゃ……わしじゃ……」
(え……?)
あっさり……認めた。
「勝った……」
「息子を殺したのはわしじゃ……」
違和感。
だが、そのまま決着――
……のはずだった。
「そいつは違うな」
――ッ!!
空気が裂ける。
振り向く。
そこに立っていたのは――
「工藤……」と服部。
「新一!!」
蘭の声が震える。
(なっ……!?)
心臓が跳ねる。
(こいつ……ここで出てくるのか……!)
服部の顔が歪む。
「今頃でてきて俺の推理が違うだと?工藤」
火花が散る。
天才と天才の衝突。
「お前の推理は机上の空論……」
――否定。
バッサリ。
(来た……本物同士のぶつかり合い……!)
だが――
「言葉を挟むが彼の推理は完璧!」
目暮警部。
全員の視線が集まる。
「さっき実験したんだ」
――実験。
(検証済み……!?)
「まず鍵の穴にテグスを通す。そして被害者のズボンに針をさしテグスを通す。その後、扉の下に鍵を通し鍵を外側から鍵をかけてドアの下に通したテグスを動かして被害者のポケットへ」
同じ説明。
だが――重みが違う。
「実際に可能だった」
ざわ……ざわ……
(つまり……トリックは成立している……!)
じゃあ……
(服部が正しい……?)
いや――
違う。
空気がまだ、終わっていない。
工藤の目が、死んでいない。
「老人が犯人の罠に乗っただけだ」
――ッ!!
(罠……!?)
「どういう理由かは分からないがな」
ざわ……ざわ……
一気にひっくり返る空気。
(なんだ……これ……)
成立しているトリック。
自白した老人。
なのに――
まだ終わらない。
(深い……この事件……)
背筋がゾワッとする。
(やっぱり……こうちゃんが言ってた通りだ……)
“本物の事件は、一筋縄じゃいかない”
そして俺は――
(このレベルの戦いに……ついていけてるのか……?)
服部。
工藤。
こうちゃん。
化け物ばっかりだ。
ざわ……ざわ……
でも――
(面白え……!)
恐怖と同時に、少しだけ湧く高揚。
俺の中の何かが、確実に揺さぶられていた。
――ざわ……ざわ……
空気が張り詰める。
工藤の一言で、流れが完全に変わった。
さっきまで“決着”だったはずの場が、また振り出しに戻される。
(なんだよ……この逆転劇……)
「そしたら警部のポケットに入った鍵を見てみてください。内ポケットに入っていますか?」
静かだが、確信に満ちた声。
目暮警部が、もぞもぞと上着の内側を探る。
全員が、その手元に視線を集中させる。
「……あ、入っていない」
――その瞬間。
空気が、止まった。
(なに……?)
「座った状態じゃ不可能」
工藤、即断。
一切の迷いなし。
「いや10回やったら1回は――」
食い下がる服部。
「いーや無理だ」
即座に否定。
(速え……判断が……)
「なんでや」
「向きも逆……つまりこれは罠だったんだ……」
――罠。
ざわ……ざわ……
(来た……核心……!)
「どういうことや……工藤」
服部の声に、わずかな焦り。
さっきまで優位だった男が、今は追う側。
「最初から鍵はポケットの中に入ってた訳です」
――ッ!!
(最初から……!?)
頭が一瞬、追いつかない。
「そして被害者は目の前で殺された……鍵に毒針を仕込んだ奥さんに……」
背筋が凍る。
あの光景がフラッシュバックする。
椅子。
机。
眠っているように見えた男。
そして――
(刺した……あの瞬間……!)
「鍵を持った手で近づいたので」
「何ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
目暮警部と服部、同時に叫ぶ。
(やっぱり……そうか……!)
俺は知っていた。見ていた。
だが――
(こいつ……全部つなげやがった……!)
「おそらく睡眠薬で眠らされていたのでしょう」
(テグス……睡眠薬……全部繋がった……!)
「探偵をアリバイにした心理的密室トリックも使っていたのか」
服部が呟く。
その声には、もうさっきの自信はない。
純粋な驚き。
「ああ……」
工藤が頷く。
「動機は分からないが……」
一歩前へ。
視線が、奥さんへ突き刺さる。
「犯人はあんただ!!!!」
――ドンッ!!
静寂。
誰も、動けない。
(決まった……)
完全な論理。
逃げ場なし。
完璧な一撃。
ざわ……ざわ……
空気が、確信へと変わる。
そして俺は――
(すげえ……)
ただ、立ち尽くしていた。
(俺は答えを知ってた……見てたからな……)
なのに――
(自力で辿り着いた……こいつは……)
化け物。
完全に、格が違う。
服部もすごい。
こうちゃんもすごい。
でも――
(別格だ……工藤新一……)
心の奥がざわつく。
悔しさ。
情けなさ。
そして――
少しの憧れ。
(俺……今回……)
何もしてねえ。
(マジで役立たずじゃねえか……)
拳を握る。
だが、その手は震えていた。
(いや……違う……)
心のどこかで、もう一つの声。
(このレベルの戦いに……立ち会えただけでも……)
十分、異常なんだ。
ざわ……ざわ……
それでも――
(次は……)
ほんの少しだけ。
抗いたいと思った。
この“本物の世界”に。
――ざわ……ざわ……
空気が、再び揺れる。
決まったはずだった。
完全に詰み――そう思った、その直後。
「なるほど……面白い……そういう方法も確かにありますわね……考え付かなかったわ」
奥さんの声は、静かで――余裕。
(なんだこの女……追い詰められてる顔じゃねえ……)
普通なら崩れる。
だが、こいつは違う。
まだ“余力”を残してやがる……!
「なんですか?認めないんですか?」
工藤が問う。
だがその声にも、わずかな警戒。
「ええ。例えば、部屋にかかっていたレコード……あれはなんの意味があったのでしょうか?」
――レコード。
(そこ突くか……!)
「それですか。それは睡眠薬で眠らせた被害者が万が一毒針を刺したときに声が出しても分からないようにする保険です」
理詰め。
だが――
「うめき声がかき消せると??本当に??」
じわじわと詰める。
「ですから保険です」
「私はやっていない……だから密室トリックは行われていた……」
――否定。
堂々と。
(強え……メンタル……!)
普通の犯人じゃねえ。
これは“戦う犯人”。
「いえ先ほどの服部のトリックは無理なんです。向きが逆なんです。被害者と反対方向からテグスを使わないと無理なんですよ」
論理で切る。
完全に切り返してきやがった。
「ですからそもそも服部君のトリックが間違っているの……」
一拍。
そして――
「本当の密室トリックは旦那の後ろにあるレコード。レコードを使って、テグスを引っ張った。そして事件発生時に犯人が死体に気を取られているときに回収した……それで辻褄は合うわ」
――ドンッ!
(マジかよ……)
背筋に冷たいものが走る。
(この女……)
一つじゃねえ。
二つでもねえ。
(三重構造……!)
密室トリック。
心理的密室。
さらに別の密室トリック。
(保険……いや、保険を超えてる……逃げ道の迷路だ……!)
「ですが僕の推理も否定できません。だからあなたが犯人ではないとは言えないでしょう」
工藤も食らいつく。
だが――
「だったら、凶器はどこにあるの?まだでてきていないわよね」
――核心。
ざわ……ざわ……
(来た……一番痛いとこ……!)
証拠。
これがないと、全部机上の空論になる。
「それならあなたの持ち物の鍵を調べれば」
そして――
鍵が出される。
全員の視線が集中。
(あれだ……毒針……そこに……)
だが――
「……ない」
針が、ない。
「くそっ」
工藤の顔が歪む。
(消した……!)
(ちきしょー……やられた……!)
一気に現実が襲ってくる。
(処分しやがった……)
脳内で状況が繋がる。
(荷物検査……あの時……俺がいれば……!)
あの瞬間。
警部が俺たちを排除した。
(見逃さなかった……絶対に……!)
だが現実は違う。
(目暮警部……あんた……鍵をちゃんと調べなかったな……)
甘さ。
その一瞬の隙。
そこを突かれた。
(そして……)
さらに読みが進む。
(事情聴取が終わって……解放されて……)
(そのタイミングで処分……!)
完全に計算されている。
(トイレじゃない……)
(トイレだと後で発見されるリスク……)
(だから……一旦この家のどこかに隠した……!)
そして――
(俺たちがいなくなったら処分……)
完璧な逃げ筋。
(くそ……)
歯を食いしばる。
(ここまで追い詰めたのに……)
あと一歩。
あと一手。
それが――届かない。
ざわ……ざわ……
(まだだ……)
心の奥で、何かが軋む。
(まだ終わってねえ……)
このまま終わるか?
いや――
(何かある……絶対に……)
あの女が“完璧”なわけがない。
どこかに、綻び。
(探せ……!)
初めてだった。
心の声じゃない。
自分の頭で――
“勝ち筋”を探そうとしている自分がいた。
――ざわ……ざわ……
空気が、冷え切る。
「証拠はないわ……残念ね」
奥さんの声は、静かで――確信に満ちている。
(くそ……完全に逃げ切る気だ……!)
「おい目暮はん、俺は撤回するわ……工藤の推理合っている……この爺さんじゃない……犯人は」
服部の声。
だが――
「いやわしじゃよ……わしが密室トリックを使ったのじゃ……レコードを使ったトリックをな……」
じいさんが被る。
(違う……!それは違う……!)
「爺さんうるさい!目暮はん、家宅捜査をさせてくれ……絶対あるんだ……毒針が」
服部が吠える。
だが――
「認めん!!犯人は自供している……そしてトリックも分かった……これで事件は終わりだ」
――終わり。
その一言で、全部が閉じられる。
ざわ……ざわ……
(え……?)
(なんで……こうなる……?)
頭が一瞬、真っ白になる。
ここまで来て。
ここまで追い詰めて。
証拠が“ない”だけで――終わり?
(ふざけんな……!)
だが現実は動かない。
警察は引く。
事件は閉じる。
真実は――埋もれる。
「おい、工藤耳かせ」
服部が小さく言う。
「なんだ服部」
「今から警部と刑事殴って気絶させる……その隙に証拠を探すんやそれしかない」
(は……?)
一瞬、理解が追いつかない。
(こいつ……マジか……)
「馬鹿野郎……そんなの奥さんに警察呼ばれる……5分後には他の警察来ちまうぜ」
工藤が即座に否定。
当然だ。
そんなの――無茶だ。
「5分で見つけるんやそれしかない……」
服部の声は、低い。
焦りと――悔しさ。
「そもそも俺はすぐに死体に触れたやけに温かった……本当は……その時点で奥さんがすぐ殺したと断定して、奥さんを監視すべきだったんだ……くそ……俺の落ち度や」
(……)
その言葉に、胸が刺さる。
(こいつ……自分を責めてやがる……)
「それなら俺の落ち度でもある……悔しいよな……公権力に味方されて、やっと掴んだしっぽをみすみす逃すとは」
工藤も、同じ。
(なんだよ……こいつら……)
化け物みたいな推理力のくせに。
ちゃんと悔しがる。
ちゃんと、自分のミスとして受け止める。
「工藤……お前いなかったやろ……そのとき、つまり死体を触れた瞬間で気付くべきやった……俺の親父やお前の親父なら……」
「気付けただろうな……」
静かに返す。
「こうやって未解決事件になるのかよ……」
――未解決。
その言葉が、やけに重い。
(未解決……?)
(このまま……逃げられるのか……?)
あの女が。
人を殺して。
何もなかった顔で。
また日常に戻る。
(ふざけんな……!)
「だからあいつら殴って毒針を探すんだよ」
服部の声が荒くなる。
「5分で?無理だろ……」
工藤が現実を突きつける。
沈黙。
重い沈黙。
ざわ……ざわ……
(……5分……)
(無理……?)
頭の中で、ぐるぐると回る。
(いや……)
(本当に無理か……?)
心がざわつく。
(俺……)
(何もしてねえ……)
今回。
ほとんど。
ただ見てただけ。
(またかよ……)
図書館のときみたいに。
運よく当てただけじゃない。
今回は――
(完全に役立たず……)
拳を握る。
(でも……)
胸の奥で、何かが燃える。
(このまま終わるのか……?)
目の前で、真犯人が笑ってるのに。
(ふざけんな……!)
ざわ……ざわ……
(5分……)
(あるじゃねえか……まだ……)
完全に詰みじゃない。
まだ“時間”は残ってる。
(だったら……)
(やるしかねえだろ……!)
心臓がドクンと鳴る。
初めて。
“逃げ”じゃなく――
“攻め”の思考。
(見つける……)
(絶対に……!)
ざわ……ざわ……
空気が詰まる。
詰将棋の終盤みてえな、息苦しさ。
その中で――
毛利小五郎――こうちゃんが動いた。
工藤と服部、二人の肩を同時に叩く。
乾いた音。
「後は俺に預けろ」
――静かだが、重い。
(……っ)
(おっちゃん……)
二人の心が、わずかに揺れるのが分かる。
そして、こうちゃんは前へ出る。
視線はまっすぐ――
目暮警部と、あの女へ。
……この男……
名探偵毛利小五郎。
「若者二人が自ら推理に取り組む……」
低い声。場を支配する声。
「だったら任せてみるだろ……でも無理だった……」
服部の奥歯が噛み締まる。
工藤の瞳が細くなる。
「だったらよ――預けろよ、大人に」
一歩。
床が鳴る。
「お前らの尻ぬぐい――俺がするからよ……」
ざわ……ざわ……
な、なんだよこれ……
かっこよすぎるだろ……!
普段あんなだらしねえのに……
酒と競馬のクズ親父みてえなのに……
今この瞬間だけは――
完全に“主役”。
「目暮警部……ひとついいですか?」
「なんだね、毛利君」
空気が張り詰める。
「前に毛利、お前のせいでどれだけ迷宮入りしたかと」
「その通りだから言った」
「また迷宮入りですよ」
ざわ……
ピリつく会話。
「何を言いたいんだ……」
「ですから犯人はじいさんじゃない……」
ざわざわ……
(おっちゃんには無理だ……)
(この事件は死体に触れた瞬間で犯人補足せな無理や……)
工藤と服部の“冷静な絶望”。
……分かる。
この状況――普通なら詰みだ。
「誰だと言うんだ?」
「ですから奥さんです」
迷いゼロ。
「……あいつらも言っているでしょう」
ガキどもの証言まで拾ってる……!
「いや、あの爺さんが自白しているだろ」
「罠にはめたんですよ……」
一気に押す。
「私、この家からテグスを6本見つけました、蘭が2本、カイジが1本……」
俺も入ってんのかよ……!
「つまりあの爺さんがどこにいても、テグスが発見されるように仕組まれていたんです」
ざわ……ざわ……
(そこまで……計算してたのか……)
(四重……いやそれ以上の罠……)
服部が唸る。
「それをはよ言ってくれよ!!なるほど、つまり三重の罠じゃなくて四重の罠をあのおばはん用意していたのか……」
「言い忘れましたが、僕もこの家から3本見つけています……」
……こいつ、全部見えてやがる。
だが女は崩れない。
「それがどうしたの?」
冷たい笑み。
「そもそも凶器はどこにあるのよ?」
来た――核心。
「外交官の家を家宅捜査……それなりの理由がいるわ……それとも警部たちを殴っている隙に警察呼ぶ?」
(勝ち……)
その心の声が――はっきり聞こえる。
くそ……!
ここで詰みか……!?
その時。
こうちゃんが、静かに言う。
「あなたの部屋のタンスの上から4段目の箱の中です」
ざわ……ざわ……ざわ……
空気が凍る。
(なぜ……そこだと……!?)
……聞こえた。
確信の動揺。
「警部殿調べてくれませんか?」
「令状が必要だ……」
まだ壁……!
だがこうちゃんは笑う。
「そうですか……まぁいいでしょう……」
そして――
「これでもですか?」
スマホ。
画面。
映像。
女が――針を隠す瞬間。
ざわ……ざわ……
終わりだ。
完全に。
(……っ……)
女の心が、崩れる音。
俺はそれを、はっきり聞いた。
……すげえ。
本当にすげえよ、こうちゃん。
俺は“知ってた”だけ。
心が読めただけ。
でもこの男は違う。
全部、自力で――
状況を組み立てて、追い詰めた。
かっこいいとか、そういうレベルじゃねえ。
これが――
“名探偵”かよ……!
ざわ……ざわ……
その静寂をぶち破ったのは、服部平次の声だった。
「なんやて……おっちゃん……おかしいで」
低いが、確信を帯びた疑問。
「最初から奥さんを犯人と断定して、処分されることを予測して尾行して撮影するという手順が必要だ」
……そうだ。
それは“結果論”じゃねえ。
最初から全部読んでないとできない動き。
(まさか……こいつ……)
その疑念に、こうちゃん――
毛利小五郎が、淡々と返す。
「だから警部殿が取り調べしている間にテグスを見つけて、ちなみに睡眠薬も回収した。奥さんのだ」
……は?
睡眠薬も……?
「コナンが倒れて医者を呼んでいるし確認を取ってもいい」
さらっと言いやがる……!
(全部……繋がってやがる……)
「そして奥さんが部屋から出たら尾行したんだよ……そして撮影した」
一歩も引かない。
「泳がせたんだ」
――泳がせた。
その一言で、全てのピースがハマる。
「元々は、持ち物調査に俺が同席して、奥さんの持ち物を調べるつもりだったんだよ」
あの時の食い下がり……
全部、この布石……!
「だからあそこでいつも以上に抵抗したんだ」
「なんやて……」
服部が絶句する。
(……完敗や……)
その心の声が、重く響く。
「これで言い逃れできないな!!!!」
こうちゃんの一喝。
その瞬間――
女は、
崩れた。
膝から。
力が抜けたように。
ざわ……ざわ……
その後、箱の中から毒針が発見。
医師の証言――奥さんに強力な睡眠薬を処方。
さらに――
被害者の体内からも睡眠薬。
完全に詰み。
事件、終結。
……のはずなのに。
なぜか――
胸の中に、モヤが残る。
(なんだ……これ……)
俺は周りを見る。
服部平次
→過去の事件まで暴いて流れを作った
工藤新一
→核心までほぼ辿り着いた
こうちゃん
→全部回収して決着つけた
毛利蘭
→テグス2本発見+看護
……え?
俺は?
……俺……
何もしてなくね?
(いや待て……)
江戸川コナンを見る。
現場うろちょろ。
服部とごっつんこ。
倒れて運ばれる。
……
(あれ……)
(俺……コナンレベル……?)
ざわ……ざわ……
やべえ……
さすがにこれは……
まずい……!
でもその瞬間――
気付く。
(あれ……?)
(俺……)
(疲れてねえ……)
周りを見る。
全員、ぐったり。
事件後の脱力。
消耗。
頭も体も限界。
だが――
俺だけ。
元気。
満タン。
フル充電。
(そうか……)
(これが……俺の役割……!)
ここで俺で見せ場作る!!!!
ざわ……ざわ……
胸の奥が騒ぐ。
血が巡る。
脳が叫ぶ。
(行くぞ……!)
(ここからだ……カイジ……!!)
まだ終わってねえ――!!
カイジ――暴れる!
ざわ……ざわ……
終わった――はずの空気。
だが俺の中だけ、終わってねえ。
(なんだこのモヤ……)
胸の奥で、何かが溜まりに溜まってる。
さっきまでの冤罪寸前、無力感、置いていかれた感覚――
全部が、一気に――
爆発する。
「おいっ目暮警部……!!!!」
場の空気が一瞬で凍る。
目暮十三が振り向く。
「あと少しで迷宮入りするところだったぞ!!!!」
ざわ……ざわ……
視線が集まる。
だが止まらねえ。
「そもそも過去にこうちゃんのせいで迷宮入りしたと言っていたけど――」
一歩踏み出す。
「あんたのせいだったんじゃないか?」
「なんだ急に……いや昔は間違いなく、毛利君が……」
「言い訳するなよ……」
被せる。
(止まるな……今止まったら終わる……!)
「仮にだこうちゃんが足を引っ張ったとしても――」
拳を握る。
「あんた1人で事件を解決することもできたはずだ!!」
ざわ……ざわ……
「それは……」
言葉が詰まる警部。
(効いてる……!)
「あんたはこうちゃんのせいにしているだけだ……」
追撃。
「今回も持ち物検査に同席していれば防げた……凶器の隠蔽……」
さらに踏み込む。
「いや同席してなくても――あんたらが気付けてれば防げてるんだ……違うか?」
ざわ……ざわ……
沈黙。
数秒。
長い。
やがて――
「……そうだ……それは認める」
(は?)
意外すぎる返答。
(認めた……だと……?)
「もしかしたら過去の事件も――」
言葉が少し鈍る。
「こうちゃんに自由にさせていたら解けていたかも知れないだろ」
「そうだな……すまなかった」
(くそ……)
(やりづらい……!)
怒鳴り返される前提だった。
殴り合いの覚悟だった。
なのに――
受け止めやがった。
(なら次だ……!)
「おい服部……!!!!」
服部平次が顔を上げる。
「なんだ急に?」
「無実の人間を公衆の場で犯人扱い……」
指を突きつける。
「後少しで誤認逮捕だった……!」
声が響く。
「これは明らかな業務執行妨害!!!!」
「ぐっ……」
言葉を失う服部。
(効いてる……こっちも……!)
「そして工藤……」
視線を横へ。
工藤新一
「お前も爪が甘い」
一歩詰める。
「そもそも遅刻!!!!」
ざわ……ざわ……
「大幅な遅刻!ありえないだろこの時点で炎上ものだ」
畳みかける。
「自称高校生探偵が事件を迷宮入りにする……なっていたぞ後少しで!」
(止まらねえ……)
(全部出る……)
喉が熱くなる。
「お前らは知名度あるから厳重注意、でも俺なら多分逮捕されている……!」
「あ、高校生の俺もな……」
少しだけ、声が落ちる。
「将来の夢総理大臣でライバルは副総理とか言ってた時期あった」
苦い記憶。
「お前らみたいな関係だ……」
「こういう時期ってな……」
拳を握る。
「いきがってビックな夢見て心が大きくなる……分かるんだよ」
「服部言ったよな」
顔を上げる。
「西の探偵は服部平次、東の探偵は工藤新一って……」
一拍。
「違うだろ!!!!」
ざわああああ……
空気が揺れる。
「あんたらより何歩も先にいた人がいただろ」
視線を向ける。
毛利小五郎へ。
「あのままならネットのおもちゃにされてたぜ」
静かに、しかし強く。
「だったらいうことあるだろう」
沈黙。
そして――
「すみませんでした、毛利探偵」
工藤が頭を下げる。
「おっちゃん、悪かったな、ほんま」
服部も続く。
ざわ……ざわ……
「気にするな」
こうちゃん。
たった一言。
(……え?)
それだけ?
それで終わり?
(俺なら……)
頭の中に自分の姿が浮かぶ。
怒鳴る。
責める。
マウント取る。
優位に立つ。
でもこの男は――
たった五文字で終わらせた。
(器……違いすぎるだろ……)
ざわ……ざわ……
胸の奥が、少しだけ静かになる。
……でも。
(あれ?)
(俺……)
(ただ喚き散らしただけじゃねえか……?)
能力。
使ってない。
心、読めるのに。
何も引き出してない。
何も決めてない。
(だめだ……)
(まだ終わってねえ……)
仕上げだ。
ざわ……ざわ……
ざわ……ざわ……
(……来た)
場の空気が、まだ完全には終わっていない。
全員がどこか引っかかっている――
(今だ……ここで締める……!)
「そして――」
一歩、前に出る。
「今頃喚き散らしてなんなのと思ってるよな……」
自嘲気味に笑う。
(わかってる……俺が一番浮いてる……)
「おいしいところは貰っていくぜ……」
視線を巡らせる。
「その爺さんがそもそもなぜ犯人だと言ったかを――」
ざわ……ざわ……
空気がまた揺れる。
(いい……全員聞いてる……)
(心の声も読めてる……答えはもうある……)
「まず――」
指をゆっくりと向ける。
辻村利光へ。
「奥さんの父親を殺したのがその爺さんだ」
ざわっ……
「それを奥さんは気付いていたんだ……」
声を落とす。
「ずっと……ずっとな」
(……やっぱりな)
心の奥から滲む声。
(気付いていた……でも言えなかった……)
「その自責の念が常にあった……」
胸を押さえるように言う。
「だから被った……そうだよな?」
沈黙。
数秒。
そして――
「……そうじゃ」
かすれた声。
「本当に……済まなかった」
ざわ……ざわ……
(当たった……)
(でもこれだけじゃ終わらねえ……)
視線を奥さんへ。
辻村公江
「そして奥さんが殺害した理由――」
部屋の一角を指す。
「写真立てを見て気付いたよ」
ざわ……ざわ……
「そこの娘さん……」
ゆっくりと言葉を置く。
「その母親が……あんたなんだろ」
空気が止まる。
ざわ……ざわ……ざわ……
「なるほどな……」
服部平次が腕を組む。
「それを悟られへんようにするためにわざときつく当たっていたのか」
「ああ……」
俺は頷く。
(ここからは……推理というより……人間の話だ……)
「そうだろうな……」
奥さんを見据える。
「本当は守りたかった……でも守れなかった」
一歩、踏み込む。
「父親は殺され……その犯人が目の前でのうのうと生きている」
拳が震える。
「しかもその犯人は――」
ちらっと爺さんを見る。
「家族として受け入れられている存在……」
(地獄だろ……そんなの……)
「だからあんたは選んだ」
声を絞る。
「復讐を……そして同時に――」
「終わらせることを」
ざわ……
「娘に同じ地獄を見せないために」
目を細める。
「自分が汚れ役になることを選んだ」
沈黙。
「……っ……」
奥さんの肩が震える。
(ビンゴだ……)
(全部繋がった……)
「だからわざと冷たく当たった……」
静かに言う。
「情を見せればバレる……繋がりが露見する……」
「でもな……」
息を吐く。
「そんなもん……」
「見てりゃ分かるんだよ……」
ざわあああ……
(くそ……)
(今回……ほとんど何もしてねえと思ってたが……)
(最後くらいは……)
(人間として……当てる……!)
静寂の中、俺の声だけが残る。
ざわ……ざわ……
ざわ……ざわ……
静まり返った部屋の中で――
一人、崩れ落ちる音。
娘さんだった。
床に膝をつき、顔を覆い、震えている。
「……っ……」
(お母さん……お母さん……)
その声が、直接頭に流れ込んでくる。
(私……お母さんって呼んでいいの?)
(……くっ……)
胸の奥が、ざらつく。
(こういうの……弱いんだよ……俺は……)
俺はゆっくりと歩み寄る。
そして――
娘さんの肩に、手を置いた。
軽く。だが、逃げないように。
「いいんだよ」
その一言。
たったそれだけ。
なのに――
空気が変わる。
「お母さん……」
娘さんの声が震える。
「罪を償って……帰ってきてね……」
「ううっ……」
奥さんが崩れる。
(それは……偽りの言葉?)
(それとも……本当の――)
(……違うな)
俺は奥さんの方へ歩く。
そして同じように肩に手を置く。
「本物の言葉だ」
はっきり言い切る。
「これで……これからは負の感情じゃなくて」
少しだけ笑う。
「正の感情で生きる目的ができたな」
沈黙。
涙の音だけが、やけに響く。
その時だった。
(ママぁ……ばぁば……)
「……っ!?」
聞き慣れない声。
柔らかくて、小さくて――
でも確かに“生きている”声。
視線を落とす。
娘さんの腹。
(……まさか……)
ドクン……
ドクン……
(命……!?)
俺は無意識に動いていた。
奥さんの手を取り――
娘さんの腹へと、そっと当てさせる。
「このお腹にいる子が――」
声を張る。
「おばあちゃん待ってるって言っているぜ!!!!」
(……まあ、正直よく分からん)
(赤ちゃんの声とか……聞いたことねえし……)
(でも……今はこれでいいだろ……!)
ドクン……ドクン……
二人の目が見開かれる。
理解した。
言葉じゃない何かで――
新しい命。
未来。
「……」
「……」
二人の声が重なる。
「あなたは……なにもの?」
(来たな……)
(ここだ……決める……!)
「ああ、俺?」
ゆっくり背を向ける。
歩き出す。
「冥探偵カイジさ」
ざわ……
(決まった……)
(今の俺……完全に主人公……!)
(かっこいい……!)
一歩、また一歩。
余韻を残して去る――
(カイジ……ズボンの穴が空いてパンツが見えている)
「……は?」
(カイジ……!!!!ズボン穴空いてるぞ!!)
(カイジ!パンツが汚れている)
「やめろおおおおおおお!!!!」
(振り返れねええええええええ!!!!)
(物理的にも精神的にも!!!!)
ざわ……ざわ……
――エンド
新しい生命の誕生
――カイジ最後の最期に色々な意味で見せ場を作る
エピローグ
鉄板の上で――ジュウウウウッ……!
油が弾ける音。
ソースの甘い匂い。
キャベツが焼ける香ばしさ。
(……くっ……)
(生きてる……!)
こうちゃん――毛利小五郎の奢りで、俺たちは都内の有名なお好み焼き屋に来ていた。
分厚い鉄板の前。
丸く整えられた生地が、じわじわと膨らんでいく。
ヘラで押さえるたびに、音が鳴る。
ジュッ……ジュッ……
(この音……たまらねえ……)
「東京のお好み焼き評価してやるで」
関西弁のガキ――いや、探偵。服部が腕を組んで言う。
「それよりあの坊主どうしたん?」
「ああ、コナン君?」
蘭が少し心配そうに答える。
「なんかね、新一の家の前に住んでるアガサ博士が迎えに来て、病院に連れて行ったみたいなの」
(あのガキ……)
(確かに最後、顔真っ赤でフラフラだったな……)
「あの坊主……そういうところあるよな……」
こうちゃんがビールを飲みながらぼやく。
「勝手というか」
「まぁまぁ、博士がいるなら問題ないですよ」
と、工藤。
平然としてやがる。
(こいつ……なんか余裕だな……)
「それより新一」
蘭の声が少し強くなる。
「なんでずっと姿を現さなかったの……心配したんだよ」
(来た……)
(女のやつ……こういう時、溜めてたもん一気に出す……!)
工藤は一瞬だけ言葉に詰まる。
ほんのわずか。
だが――俺には分かる。
(やべえ……どう言い訳するか考えてる……)
「いや……その……」
視線を逸らす工藤。
「ちょっとな、色々あってさ」
「色々ってなによ」
蘭、詰める。
(逃げ場なし……!)
(完全に包囲……!)
「事件とか……その……別件で動いてて……」
「連絡くらいできるでしょ?」
(正論……!)
(ぐうの音も出ねえ……!)
「……悪かったよ」
小さく謝る工藤。
その瞬間――
蘭の表情が少しだけ緩む。
「ほんとに……」
小さくため息。
「無茶ばっかりするんだから」
(……なんだよ)
(この空気……)
(ちょっといいじゃねえか……)
ジュウウウウウ……
お好み焼きが焼ける音が、会話の隙間を埋める。
こうちゃんがひっくり返す。
ベチャッ……じゃなくて、パシッと綺麗に。
(うまいな……このおっちゃん……)
(やるじゃねえか……)
ソースを塗る。
マヨネーズをかける。
鰹節が踊る。
(……腹減った……)
(いや……減りすぎだろ……)
「おいカイジ、ぼーっとしてんじゃねえ」
こうちゃんがヘラを渡してくる。
「食え」
「……おう」
一口。
(うめええええええええ!!!!)
外カリッ、中フワッ。
ソースの甘さとキャベツの甘み。
そして肉の旨味。
(これ……勝ち……!)
(完全勝利……!)
「どうや?」
服部がニヤつく。
「東京で食べる大阪の味は」
「……認める」
俺は頷く。
「これは……ありだ……!」
「ほう」
服部が少し驚く。
「ただし……」
俺はヘラを置く。
「タダ飯だからうまいって可能性もある」
「なんやそれ!!」
笑いが起きる。
(……いいな……こういうの)
事件の後。
誰も死なない時間。
誰も疑わない時間。
(こういうの……悪くねえ)
ふと、頭をよぎる。
(あのガキ……大丈夫か……)
コナン。
あいつ、今回も――
かなり無茶してた。
(まぁいいか……)
(博士いるって言ってたしな……)
ジュウウウウ……
鉄板の音が、今日を締める。
(……次は……)
(もうちょい役に立つか……)
そんなことを思いながら――
俺はもう一枚、お好み焼きを口に運んだ。
ジュウウウウ……
鉄板の上で二枚目のお好み焼きが焼ける。
ソースの匂いと、ビールの泡。
カシュッ――
「ぷはぁ……!」
こうちゃんが一気に流し込む。
「やっぱこれだな」
「だな……」
俺も続く。
(うめえ……)
(事件終わりのビール……これほどの報酬ねえ……!)
「ほな、感想戦いこか」
服部がヘラをくるくる回しながら言う。
「今回の事件」
(来た……)
(反省会……!)
「まず俺からや」
服部が真顔になる。
「完全に読み違えた」
「じいさん犯人ってやつか?」
俺が言う。
「ああ」
服部は頷く。
「テグスの量、配置、状況……全部揃いすぎてた」
「揃いすぎてる時は怪しい……ってやつか」
俺。
「せや」
服部は少し悔しそうに笑う。
「典型的な“誘導”やな」
「でもあのトリック自体は成立してたよね?」
蘭が首をかしげる。
「成立はする」
工藤が静かに口を挟む。
「でも“成立する”と“実際にやった”は別だ」
(出た……)
(理屈野郎……!)
「それに」
工藤は続ける。
「鍵の向き、ポケットの位置……あれが決定的だった」
「せやな……」
服部も頷く。
「一見できそうでも、細部で無理が出る」
「ほう……」
こうちゃんがビールを置く。
「じゃあお前らに聞くがな」
空気が少し締まる。
「なんで最初に奥さんを疑わなかった?」
ざわ……
「……」
服部が黙る。
工藤も一瞬止まり、話す。
「あまりにも自然すぎた」
「自然?」
俺が聞く。
「被害者に近づく理由があって、第一発見者で、取り乱している」
工藤が指折り数える。
「“犯人らしくない条件”が揃ってた」
「つまり逆に怪しいってことや」
服部が補足。
「だがな」
こうちゃんがニヤッとする。
「“犯人らしくない”ってのはな」
ビールを一口。
「犯人が一番作りやすい部分だ」
ざわ……
(……重い……!)
(このおっちゃん……やっぱ本物……!)
「それに」
こうちゃんは続ける。
「持ち物検査を止めた時点で、ほぼ黒だ。目暮警部に釘を刺してた」
「……!」
「普通はやましいことなければ受ける」
こうちゃん。
「止める理由があるってことだ」
「せやのに警部はん……」
服部が苦笑い。
「ルールで止めたからな……」
俺も苦笑。
(あそこ……分岐点だったな……)
「でもさ」
蘭が明るく言う。
「最終的には解決したんだからよかったよね!」
「まあな」
こうちゃんが頷く。
「俺はヒヤヒヤしたけどな……」
俺。
「カイジさんは……」
蘭が少し笑う。
「今回はあんまり活躍してなかったね」
グサッ……!
(直球……!)
(ノーガード……!)
「いやいや!」
俺は慌ててビールを置く。
「俺はだな……精神面で支えてたというか……!」
「どこがやねん」
服部、即ツッコミ。
「むしろ途中で叫びそうになってただろ」
工藤も冷静。
(ぐっ……)
(反論できねえ……!)
「でも」
蘭がフォロー。
「最後、あの子に声かけたのはよかったよ」
「……」
(……ああ)
(あれは……まあ……)
「……当然だ」
ちょっとだけカッコつける。
「冥探偵だからな」
「まだ言うてるんか」
服部、呆れ。
笑いが起きる。
ジュウウウウ……
三枚目のお好み焼き。
ビールも進む。
(……いいな……)
(こういう時間)
命が消えて、命が生まれて。
泣いて、怒って、笑って。
(全部ひっくるめて……)
「……悪くねえ」
誰にも聞こえないくらいの声で、俺は呟いた。
***新一視点 特別エンド***
店の中――
「ぐおおおお……」
「すぅ……すぅ……」
……ダメだ。
完全に落ちてる。
毛利のおっちゃんはジョッキを握ったまま、豪快にいびき。
カイジさんはテーブルに突っ伏して、ピクリとも動かない。
(飲みすぎだろ……)
(というか、この二人同じタイミングで沈むなよ……)
「しゃーないな」
服部がニヤッと笑って、顎で外を指す。
「行ってこいや」
「……は?」
一瞬、意味が分からない。
だがすぐに気づく。
蘭の方を見る。
蘭も、少しだけ困ったように笑っていた。
(……なるほどな)
(気ぃ利かせやがって……)
「ちょっと外、行かないか?」
俺はそう言った。
「うん」
蘭はすぐに頷く。
店の外。
扉を開けた瞬間――
すっ……
夜の空気が流れ込む。
(……気持ちいい……)
昼間の熱気が嘘みたいに引いて、
少しだけひんやりした風が頬をなでる。
遠くで車の音。
街灯の光が、静かに道を照らしている。
「なんか……いいね」
蘭が空を見上げる。
「ああ」
俺もつられて上を見る。
星はそこまで多くない。
でも、その分――
街の光とのコントラストが妙に綺麗だった。
(こうやって……)
(普通に外歩くの、久しぶりな気がするな……)
少しの沈黙。
でも、気まずくはない。
むしろ――
心地いい。
「……ごめん」
俺は先に口を開いた。
「え?」
「最近……連絡できなくて」
蘭は少し驚いた顔をして、
それから、ふっと柔らかく笑った。
「うん、知ってる」
「知ってる?」
「忙しいんでしょ?」
(……)
「……まあな」
苦笑いするしかない。
「でも」
蘭は少しだけ顔を近づけてくる。
「心配はするよ?」
「……悪い」
「ほんとにね」
でもその声は――
怒ってるというより、
どこか安心しているようにも聞こえた。
(……やっぱり)
(こいつには……敵わねえな)
少し歩く。
並んで。
ゆっくり。
「そういえばさ」
蘭が話題を変える。
「今日の事件、すごかったね」
「ああ」
「服部君もすごかったし……」
「まあな」
「でも最後、お父さんかっこよかったよね!」
思わず笑う。
「確かに」
「ああいうところ、ずるいよね」
蘭も笑う。
「全部持ってくんだもん」
「だな」
(……でも)
(あれでいいんだよな)
「でもさ」
蘭がふと真面目な顔になる。
「新一も……」
「ん?」
「ちゃんとかっこよかったよ」
一瞬、時間が止まる。
「……は?」
「だってちゃんと最後まで考えてたし」
蘭はまっすぐ言う。
「分かってたんでしょ?犯人」
(……)
「まあな」
「でしょ?」
なんでもない顔で言うけど――
こっちはちょっと困る。
(こういうの……)
(照れるんだよな……)
「……ありがとな」
「うん」
また少し歩く。
夜風が、少し強くなる。
蘭の髪が揺れる。
(……)
(やっぱり……)
「なあ」
「ん?」
「今度さ」
言いかけて、少し迷う。
(……言っとくか)
「ちゃんと時間作る」
蘭が少しだけ目を見開く。
「ほんと?」
「ああ」
「絶対だよ?」
「約束する」
少しだけ――
距離が近くなる。
夜の静けさの中で、
二人だけの空気が流れる。
(……悪くねえな)
遠くで店の明かり。
中ではきっと、あの二人がまだ寝てる。
(たまには……)
(こういうのもいいか)
「そろそろ戻るか」
「うん」
そう言いながらも――
ほんの少しだけ、ゆっくり歩いた。
エンド 約束
***
……ん?
ぼんやりとした意識の底から、ゆっくり浮かび上がる。
「……はっ」
目が覚める。
視界がぐにゃっと歪んで、
鉄板の匂いとソースの香りが混ざって鼻にくる。
(……飲みすぎた……)
首を上げると――
目の前には、妙に楽しそうな顔の服部。
「やっと起きたか、兄ちゃん」
「……何があった……」
喉がガラガラだ。
「いやな」
服部がニヤニヤしながら言う。
「工藤と蘭、外でチュウしに行ったで」
……は?
「……はあああああ!?」
一気に目が覚める。
(なんだそれ……!?)
(青春すぎるだろ……!!)
「ほんでな」
服部はさらに続ける。
「帰ってきたからな、これ作っといた」
ジュウウウウ……
鉄板の上。
そこにあったのは――
ハート型のお好み焼き。
「なんだそれ……」
「決まっとるやろ」
服部が胸を張る。
「あつあつのお前らにはこの服部特製ハート型大阪お好み焼きスペシャルじゃ!!!!」
ざわ……
(なんだこのノリ……!)
(大阪……恐るべし……!)
「も、もう服部君!」
蘭が顔を赤くして抗議する。
「バーロー……」
工藤は顔をしかめながら、
ゴンッ――
服部に軽く肘鉄。
「いってぇな!」
でも、服部は全然気にしてない。
(なんだこの空気……)
(甘い……!甘すぎる……!)
「ほら、食えや」
ハート型を四等分。
4人で囲む。
「……いただきます」
口に入れる。
(……うまい)
普通にうまい。
「どうや?」
「……悔しいけどうまい」
「せやろ!」
笑いが起きる。
そこからは――
ただの雑談。
事件の話。
大阪と東京の違い。
くだらないツッコミ。
(……いいな)
命のやり取りの後の、この感じ。
緩い空気。
「……おい」
俺がふと横を見る。
「こうちゃん、起きろ」
ぐらぐら揺する。
「ん……んん……」
「帰るぞ」
「……ああ……」
こうちゃん、復活。
「んでやな」
服部が突然言う。
「俺、しばらくここ泊まるわ」
「は?」
俺とこうちゃん同時。
「毛利探偵事務所」
「面白そうやしな」
「お前……勝手に決めんなよ……」
こうちゃんが呆れる。
「ええやろ別に」
(自由すぎるだろこいつ……)
ふと、視線を感じる。
工藤。
顔が――
赤い。
「おい、お前……」
「……なんでもねえよ」
でも。
(……なんだ?)
どこか苦しそう。
(……?)
俺は耳を澄ます。
(……)
……あれ?
(聞こえねえ……)
(心の声……)
(なんでだ……?)
一瞬、違和感。
(さっきまで普通に聞こえてたよな……)
(……)
工藤を見る。
いつも通り。
でも、どこか違う。
(……まあいいか)
(今日はもう……疲れた)
「帰るぞ」
俺は立ち上がる。
ざわ……
夜はまだ終わらない。
でも今日は――
(悪くねえ一日だったな……)
そんなことを思いながら、店を後にした。
面白いと思っていただけたら、ぜひ評価していただけると嬉しいです!!
評価が高いほど、現在連載中の作品の更新頻度も上がります!
殺人事件を未然に防ぐお話はあり?
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かなり気になる
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気になる
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ふつう
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気にならない
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なし