心読みの逆転探偵録 カイジVS名探偵コナン   作:梅酒24

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アニメ
第230話「謎めいた乗客(前編)」
第231話「謎めいた乗客(後編)」参照


ファイル10:逆転交渉録 カイジ 前編

バスのエンジン音が、低く腹に響く。

ゴォォォ……。

俺は窓際の席に身体を沈めながら、ぼんやりと外の景色を眺めていた。冬の空気は乾いていて、ガラス越しでもわかるほど冷たい。遠くの山にはうっすらと白――雪だ。

(スキー合宿……ねぇ……)

人生で初だ。こんなイベント。普通の人間ならワクワクするところなんだろうが――俺は違う。

ざわ……ざわ……

(どうせ何か起きる……いや、起きるに決まってる……!)

これまでの経験がそう言っている。俺が関わるとロクなことにならない。事件、疑い、修羅場……。

――そんな中での、この面子。

阿笠博士が前の方でニコニコしながら振り返る。

「みんな、今回のスキー合宿はのう、体力づくりとリフレッシュが目的じゃ!無理せんように楽しむんじゃぞ〜」

見た目はただの丸っこい発明おじさん。だがこの人、ただ者じゃない。変な道具を作るし、コナンとの関係も深い。裏で何か握ってるタイプ……。

(油断できねぇ……)

そしてその隣。

灰原――あのガキ。

見た目は小学生、だが中身は違う。冷静、無機質、どこか諦めたような目。

「はしゃぎすぎて怪我しないでね。特にあなた」

チラッと俺を見る。

(……俺かよ)

こいつ、妙に勘がいい。というか、心の奥底まで見透かされてる感じがする。

ざわ……ざわ……

(こいつ……危険だ……)

蘭と服部が普通に会話している。

「スキー久しぶりやわ〜」

「私は初めてだからちょっと不安かも…」

服部は相変わらずうるさい。エネルギーの塊みたいなやつだ。だが――推理力は本物。

(こいつがいるってことは……事件濃厚……!)

その隣でコナン。

ざわざわ……

(このバス……濃すぎるだろ……)

――そんな中。

途中の停留所で、さらに“濃い”連中が乗ってきた。

ガタンッ。

ドアが開く。

まず目に入ったのは――白衣っぽい清潔感のある男。

新出先生。

優しそうな笑顔、整った顔立ち。医者らしい落ち着き。

だが――

(この人……なんか引っかかる……)

理由は分からない。ただの直感。でも俺の直感は、こういうとき当たる。

そしてその隣。

金髪の女――ジョディ先生。

「Oh〜!Looks fun!」

テンション高い。外人特有のオーバーリアクション。だが目の奥は笑っていない。

(この女……普通じゃねぇ……)

ぞくっ……

背筋に寒気。

こいつもまた、裏があるタイプだ。

そしてさらに、他の乗客たちもちらほら。

スキー客らしい若者グループ、カップル、家族連れ――

一見、ただの普通のバス。

だが――

ざわ……ざわ……

(違う……これは……“舞台”だ……)

役者は揃ってる。

(この中に……“何か”が起きる……)

バスはゆっくりと発進する。

ゴォォォ……

雪山へ向かって。

(来る……来るぞ……)

胸の奥がざわつく。

静かな嵐の前触れ。

(頼む……今回は……何も起きるな……)

――そんな願いは、だいたい裏切られる。

俺は知っている。

ざわ……ざわ……ざわ……

 

バスの中――

 

エンジン音が一定のリズムで響く中、それぞれの席で会話が始まっていた。

 

■ 後ろから3番目 左(新出&ジョディ)

 

「スキーはお好きなんですか?」と新出先生。

 

「Of course!でもね、日本の雪は特別よ」とジョディが笑う。

 

「なるほど……」

 

(……7回目か……)

 

新出の表情は穏やかだが、心の奥がざわついているのが分かる。

 

(次で7回目……糸口を見つけないと……)

 

(……なんだこいつ……)

 

(デートか……?告白のタイミングでも探ってんのか……?)

 

ざわ……ざわ……

 

■ 後ろから3番目 右(カイジ&服部)

 

「カイジ、お前スキーできるんか?」

 

「できるわけねえだろ……人生で初だよ」

 

「ははは!ほな転びまくりやな」

 

(うるせえ……)

 

「お前はできるのかよ」

 

「当たり前や!大阪ナメんな!」

 

(関係あるのかそれ……)

 

ざわ……

 

(でもまぁ……こういう普通の会話……悪くねえな……)

 

■ 後ろから2番目 右(博士&蘭)

 

「蘭くん、寒くないかの?」

 

「大丈夫ですよ博士!楽しみです!」

 

「ほっほっほ、それはよかった」

 

(平和……)

 

(この空間だけ……別世界……)

 

■ 後ろから2番目 左(コナン&灰原)

 

静か。

 

空気が違う。

 

「……ねぇ」

 

灰原が小さく呟く。

 

「どうした?」

 

「寒いのよ……」

 

「そりゃ外は雪だし――」

 

「違う」

 

ピタッと空気が止まる。

 

「嫌な寒気……」

 

(……来たか……)

 

コナンの目が鋭くなる。

 

「まさか……」

 

「ええ……」

 

灰原は窓の外を見たまま言う。

 

「いる……」

 

ざわ……

 

「黒の組織……」

 

空気が一気に張り詰める。

 

「確証は?」

 

「ない……でも……」

 

(間違いない……)

 

「この感じ……」

 

コナンは静かに周囲を見渡す。

 

(このバス……)

 

(ただの旅行じゃねえ……)

 

■ そのとき――

 

バスが停まる。

 

ガタン……

 

ドアが開く。

 

乗ってきたのは――

 

スノーボーダー姿の二人組。

 

ニット帽、ゴーグル。

 

顔が見えない。

 

一人は――細身で長身。

 

服がやたら綺麗……高級感。

 

もう一人は――小柄。

 

顔が長い。髪が縦に固められている。

 

パイナップルみたいな頭。

 

(なんだあいつ……)

 

二人とも――

 

細長いスキーケースを背負っている。

 

ざわ……

 

(ここからゴーグルつけているのかよ)

 

コナンの心の声。

 

 

ざわ……ざわ……

 

そして――

 

バスが発車する。

 

その瞬間。

 

「兄貴、気合入れていきましょう」

 

小さい方が言った。

 

次の瞬間――

 

銃。

 

キラリ。

 

運転手の頭に突きつけられる。

 

「このバスは乗っ取った」

 

空気が凍る。

 

「騒いだら殺す」

 

「きゃああああ!!!」蘭の悲鳴。

 

「騒ぐと命はねーぞ!!」

 

子分が怒鳴る。

 

ざわ……ざわ……

 

(マジかよ……)

 

(バスジャック……)

 

(終わった……)

 

「まずは……」

 

兄貴の低い声。

 

「スマートフォンや携帯電話……全部出せ」

 

(やべえ……)

 

「出してなかったら……殺す」

 

「おい、ペッシ」

 

「かき集めてこい」

 

「分かったよ、プロシュートの兄貴」

 

(名前出た……)

 

(こいつら……ガチの犯罪者……)

 

「おい運転手」

 

「警察に連絡しろ」

 

「は、はい……無線で……」

 

「代われ」

 

奪い取る。

 

「今、バスジャックを開始した」

 

全員息を飲む。

 

「要求は10億円」

 

(10億……!?)

 

「用意できなきゃ……」

 

「人質を一人ずつ殺す」

 

静寂。

 

「……ああ、本気だ」

 

「おたくの名前は……目暮……?」

 

(あっ……)

 

「とりあえず切る」

 

ブツッ。

 

ざわ……ざわ……

 

(交渉人……)

 

(目暮警部……)

 

(……終わった……)

 

(あのおっさん……)

 

(こういうの弱い……)

 

ざわ……ざわ……ざわ……

 

(最悪の展開だ……)

 

(俺……また巻き込まれてる……)

 

――バスは走り続ける。

 

雪山へ。

 

そして――

 

地獄へ。

 

 

(イヤリング型小型携帯電話で、白鳥警部に連絡をする……この席からあの2人組からは死角)とコナン。

え、コナン、機械類隠し持ってたの?それまずくね?いや流石に子供は殺さないか

 

 

 

バスの中――

 

静かだ。

 

いや……静かすぎる。

 

さっきまでの地獄みたいな空気の中で、

妙に“落ち着いている奴”がいる。

 

それが――新出先生。

 

(クールキッド、あなたをまた守れなかった……だから次こそは……)

 

 

(……は?)

 

(なんだ今の……)

 

ざわ……

 

“クールキッド”……?

 

(誰のことだ……)

 

そのとき――

 

コナンがわずかに動く。

 

ポケットに手を入れる。

 

(……あいつ……まだ何か持ってやがる……!)

 

(さっきので懲りてねえのか……!)

 

次の瞬間。

 

新出先生が振り向く。

 

「駄目だ!!」

 

小声。

 

だが――

 

圧が異常。

 

空気を押し潰すような視線。

 

(……っ!?)

 

(あいつらに……バレる……ってことか……?)

 

コナンが止まる。

 

一瞬だけ迷い――

 

そのままポケットにしまう。

 

(とりあえずクールキッドが死ぬことはない……)

 

新出の心の声。

 

(すでにあれから3回死んでいない……)

 

(しかし……プロシュートの兄貴と目暮警部の交渉がうまくいかない……)

 

(……ん?)

 

(待て……)

 

(なんだ今の……)

 

ざわ……ざわ……

 

(コナン……死んでない……?)

 

(クールキッド……?)

 

(キッド……?)

 

(あ……)

 

脳が繋がる。

 

違和感。

 

点と点。

 

繋がる――

 

(……蘭……!)

 

(あいつ……)

 

(さっきから……)

 

(心のノイズが違う……!)

 

カイジ、気付く。

 

(蘭じゃねえ……)

 

(あれ……キッドだ……!)

 

ざわ……

 

(じゃあ……この新出先生……)

 

(それに気付いてる……?)

 

(だから……クールキッド……?)

 

だが――

 

カイジは気付かない。

 

この新出が、さらに“上”であることに。

 

黒の組織――ベルモット。

 

その変装であることに。

 

そして――

 

完全にズレる。

 

 

ざわ……ざわ……

 

そのとき――

 

無線機。

 

ガッ……!

 

プロシュートの兄貴が掴む。

 

「10億を用意する気になったか?」

 

「無理だ」

 

目暮警部の声。

 

「どうせお前らは捕まる」

 

(……やめろ……)

 

(その言い方……)

 

(煽ってる……)

 

ざわ……

 

(なんだかんだ言っても……)

 

警部の心。

 

(人質を殺すなんて度胸……こういう奴らにはないだろ)

 

 

 

「俺は駆け引きなどに付き合っている暇はない」

 

「用意しろよ」

 

「駄目だ!!」

 

その瞬間。

 

バン――

 

空気が裂ける。

 

(……え?)

 

視線が向く。

 

コナン。

 

崩れる。

 

動かない。

 

沈黙。

 

「何をした?」

 

警部の声が震える。

 

「子供を撃った」

 

淡々と。

 

「コナンというガキだ」

 

(……やめろ……)

 

 

「あんたが舐め腐っているからだ」

 

静寂。

 

すべてが止まる。

 

その中で――

 

新出先生。

 

いや――ベルモット。

 

(くっ……)

 

(クールキッドを殺すのか……)

 

(なら私も死ぬしかない)

 

(……狂ってる……)

 

(全員……狂ってる……)

 

ざわ……ざわ……

 

(これ……)

 

(どうやって……)

 

(逆転するんだ……?)

 

絶望。

 

完全な詰み。

 

――だが。

 

どこかで何かが、まだ繋がっている。

 

(違和感……)

 

(まだ……ある……)

 

ざわ……ざわ……

 

***

■ ベルモット視点

 

雪山へ向かうバスの中――

 

私は、窓に映る自分の顔を静かに見つめていた。

 

(……まったく……)

 

(こんな役回りになるなんてね……)

 

私の名は――ベルモット。

 

組織の一員であり、そして――

 

“千の顔を持つ女”。

 

どんな人物にもなれる。

 

声も、仕草も、癖も。

 

すべてを模倣する。

 

今の私は――

 

新出智明。

 

医者であり、穏やかな人格者。

 

その仮面を被って、この場にいる。

 

(皮肉なものね……)

 

(守るために、敵の顔をしているなんて)

 

思い出す。

 

あの夜――ニューヨーク。

 

雨。

 

暗闇。

 

銃声。

 

そして――

 

落ちかけた私に、手を伸ばした少年。

 

工藤新一。

 

そして、そのそばにいた少女。

 

毛利蘭。

 

(あのとき……)

 

(なぜ助けたのかしらね……)

 

(敵になるかもしれない女を……)

 

だが――

 

答えはもう出ている。

 

(あの子たちは……)

 

(光だった)

 

汚れた世界の中で、

 

唯一、まっすぐな光。

 

だから私は決めた。

 

あの二人だけは、守る。

 

たとえ――

 

組織を裏切ることになろうとも。

 

(クールガイ……)

 

(そしてエンジェル……)

 

(何度でも……守るわ)

 

だが――

 

現実は甘くない。

 

コナンは撃たれた。

 

カイジも倒れた。

 

服部も、赤井も。

 

(……だからこそ)

 

私は“使う”。

 

■ 能力

 

「私の能力はSAR(セーブ&ロード)……」

 

心の中で、冷静に整理する。

 

自身が死亡し、

 

その生存率が1%以下の場合――

 

強制的に発動する。

 

時間は巻き戻る。

 

“セーブポイント”へ。

 

(検証は済んでいる)

 

「この能力は連続では使えない」

 

理由は単純。

 

リカバリーが必要。

 

「SARを使った時間分の睡眠が必要」

 

つまり――

 

無限ではない。

 

「自害しても発動する」

 

だからこそ――

 

私は選べる。

 

「DR(デスロード)……」

 

“その世界線が絶望だと判断した場合”

 

自ら終わらせる。

 

そして、やり直す。

 

(非情ね……)

 

(でも合理的)

 

「この能力は回数ではなく時間で制限される」

 

だから――

 

判断は早いほどいい。

 

「諦めるなら1秒でも早く」

 

遅れれば、それだけリソースを失う。

 

(そして……)

 

「記憶は保持される」

 

私だけが、

 

この地獄を何度も繰り返している。

 

(その代償が――)

 

集中力。

 

「50%を下回ると能力は使えなくなる」

 

つまり――

 

思考が鈍れば、終わり。

 

(平均使用時間は約7時間……)

 

「そしてすでに3時間分を浪費している」

 

残りは、4時間。

 

そして――

 

最も重要な情報。

 

「生存率が見える」

 

これは、絶対の指標。

 

だが今――

 

「現在の生存率は0%」

 

(……ええ)

 

(何をしても……)

 

(死ぬ)

 

ざわ……

 

(つまり……)

 

この世界線は――

 

“捨て”確定。

 

「ゆえに何者かによって、どんな行動を起こしても私の生存率は0%」

 

(見えない敵……)

 

(介入……)

 

(偶然じゃない……)

 

そして――

 

「今はループ13回目」

 

(13回……)

 

(そのたびに……)

 

コナンが死に、

 

蘭が泣き、

 

世界が壊れる。

 

(……でも)

 

まだ終わらない。

 

(0%でも……)

 

(突破口はあるはず)

 

(でなければ……この能力の意味がない)

 

私は目を閉じる。

 

そして、次の一手を考える。

 

(クールガイ……)

 

(今度こそ守る)

 

――たとえ、この世界が何度壊れようとも。

 

――カイジに次ぐ二人目の能力者現る

 

***

バスのエンジン音が、低く腹に響く。

ゴォォォ……。

俺は窓際の席に身体を沈めながら、ぼんやりと外の景色を眺めていた。冬の空気は乾いていて、ガラス越しでもわかるほど冷たい。遠くの山にはうっすらと白――雪だ。

(スキー合宿……ねぇ……)

人生で初だ。こんなイベント。普通の人間ならワクワクするところなんだろうが――俺は違う。

ざわ……ざわ……

(どうせ何か起きる……いや、起きるに決まってる……!)

これまでの経験がそう言っている。俺が関わるとロクなことにならない。事件、疑い、修羅場……。

――そんな中での、この面子。

阿笠博士が前の方でニコニコしながら振り返る。

「みんな、今回のスキー合宿はのう、体力づくりとリフレッシュが目的じゃ!無理せんように楽しむんじゃぞ〜」

見た目はただの丸っこい発明おじさん。だがこの人、ただ者じゃない。変な道具を作るし、コナンとの関係も深い。裏で何か握ってるタイプ……。

(油断できねぇ……)

そしてその隣。

灰原――あのガキ。

見た目は小学生、だが中身は違う。冷静、無機質、どこか諦めたような目。

「はしゃぎすぎて怪我しないでね。特にあなた」

チラッと俺を見る。

(……俺かよ)

こいつ、妙に勘がいい。というか、心の奥底まで見透かされてる感じがする。

ざわ……ざわ……

(こいつ……危険だ……)

蘭と服部が普通に会話している。

「スキー久しぶりやわ〜」

「私は初めてだからちょっと不安かも…」

服部は相変わらずうるさい。エネルギーの塊みたいなやつだ。だが――推理力は本物。

(こいつがいるってことは……事件濃厚……!)

その隣でコナン。

ざわざわ……

(このバス……濃すぎるだろ……)

――そんな中。

途中の停留所で、さらに“濃い”連中が乗ってきた。

ガタンッ。

ドアが開く。

まず目に入ったのは――白衣っぽい清潔感のある男。

新出先生。

優しそうな笑顔、整った顔立ち。医者らしい落ち着き。

だが――

(この人……なんか引っかかる……)

理由は分からない。ただの直感。でも俺の直感は、こういうとき当たる。

そしてその隣。

金髪の女――ジョディ先生。

「Oh〜!Looks fun!」

テンション高い。外人特有のオーバーリアクション。だが目の奥は笑っていない。

(この女……普通じゃねぇ……)

ぞくっ……

背筋に寒気。

こいつもまた、裏があるタイプだ。

そしてさらに、他の乗客たちもちらほら。

スキー客らしい若者グループ、カップル、家族連れ――

一見、ただの普通のバス。

だが――

ざわ……ざわ……

(違う……これは……“舞台”だ……)

役者は揃ってる。

(この中に……“何か”が起きる……)

バスはゆっくりと発進する。

ゴォォォ……

雪山へ向かって。

(来る……来るぞ……)

胸の奥がざわつく。

静かな嵐の前触れ。

(頼む……今回は……何も起きるな……)

――そんな願いは、だいたい裏切られる。

俺は知っている。

ざわ……ざわ……ざわ……

 

バスの中――

 

エンジン音が一定のリズムで響く中、それぞれの席で会話が始まっていた。

 

■ 後ろから3番目 左(新出&ジョディ)

 

「スキーはお好きなんですか?」と新出先生。

 

「Of course!でもね、日本の雪は特別よ」とジョディが笑う。

 

「なるほど……」

 

(……13回目か……)

 

新出の表情は穏やかだが、心の奥がざわついているのが分かる。

 

(次で13回目……糸口を見つけないと……)

 

(……なんだこいつ……)

 

(デートか……?告白のタイミングでも探ってんのか……?多すぎじゃね)

 

ざわ……ざわ……

 

■ 後ろから3番目 右(カイジ&服部)

 

「カイジ、お前スキーできるんか?」

 

「できるわけねえだろ……人生で初だよ」

 

「ははは!ほな転びまくりやな」

 

(うるせえ……)

 

「お前はできるのかよ」

 

「当たり前や!大阪ナメんな!」

 

(関係あるのかそれ……)

 

ざわ……

 

(でもまぁ……こういう普通の会話……悪くねえな……)

 

■ 後ろから2番目 右(博士&蘭)

 

「蘭くん、寒くないかの?」

 

「大丈夫ですよ博士!楽しみです!」

 

「ほっほっほ、それはよかった」

 

(平和……)

 

(この空間だけ……別世界……)

 

■ 後ろから2番目 左(コナン&灰原)

 

静か。

 

空気が違う。

 

「……ねぇ」

 

灰原が小さく呟く。

 

「どうした?」

 

「寒いのよ……」

 

「そりゃ外は雪だし――」

 

「違う」

 

ピタッと空気が止まる。

 

「嫌な寒気……」

 

(……来たか……)

 

コナンの目が鋭くなる。

 

「まさか……」

 

「ええ……」

 

灰原は窓の外を見たまま言う。

 

「いる……」

 

ざわ……

 

「黒の組織……」

 

空気が一気に張り詰める。

 

「確証は?」

 

「ない……でも……」

 

(間違いない……)

 

「この感じ……」

 

コナンは静かに周囲を見渡す。

 

(このバス……)

 

(ただの旅行じゃねえ……)

 

■ そのとき――

 

バスが停まる。

 

ガタン……

 

ドアが開く。

 

乗ってきたのは――

 

スノーボーダー姿の二人組。

 

ニット帽、ゴーグル。

 

顔が見えない。

 

一人は――細身で長身。

 

服がやたら綺麗……高級感。

 

もう一人は――小柄。

 

顔が長い。髪が縦に固められている。

 

パイナップルみたいな頭。

 

(なんだあいつ……)

 

二人とも――

 

細長いスキーケースを背負っている。

 

ざわ……

 

(ここからゴーグルつけているのかよ)

 

コナンの心の声。

 

 

ざわ……ざわ……

 

そして――

 

バスが発車する。

 

その瞬間。

 

「兄貴、気合入れていきましょう」

 

小さい方が言った。

 

次の瞬間――

 

銃。

 

キラリ。

 

運転手の頭に突きつけられる。

 

「このバスは乗っ取った」

 

空気が凍る。

 

「騒いだら殺す」

 

「きゃああああ!!!」蘭の悲鳴。

 

「騒ぐと命はねーぞ!!」

 

子分が怒鳴る。

 

ざわ……ざわ……

 

(マジかよ……)

 

(バスジャック……)

 

(終わった……)

 

「まずは……」

 

兄貴の低い声。

 

「スマートフォンや携帯電話……全部出せ」

 

(やべえ……)

 

「出してなかったら……殺す」

 

「おい、ペッシ」

 

「かき集めてこい」

 

「分かったよ、プロシュートの兄貴」

 

(名前出た……)

 

(こいつら……ガチの犯罪者……)

 

血の匂いがまだ残っている。

頭の奥で、さっきの銃声が反響してる……ドドドドド……

 

その中で――

 

「すまない、僕に提案がある」

 

静かに、しかしはっきりと通る声。

振り向くと――新出先生。

 

(はぁ!?何言ってんだあの人……今、動いたら撃たれるぞ……!)

 

「なんだ、そこの眼鏡」

 

プロシュートの兄貴が銃を軽く向ける。

それでも新出は、微動だにしない。

 

(止まらねえ……この人……!)

 

「君たちはバスジャック犯、つまりこの後何かを要求する必要がある……だったら少なくとも言葉のやり取りを交わす」

 

(何言ってる……?交渉の話……?)

 

「おいこのやろー何が言いたいんだよ?」

 

ペッシが怒鳴る。今にも引き金を引きそうな震え。

 

(やべえ……終わる……ここで終わるぞ……!)

 

だが――

 

「ペッシ、落ち着け。まずは聞け。役に立たないなら殺す、役に立つなら生かすでいいだろ」

 

(うわ……合理的……完全に“選別”の目だ……)

 

「そうだよな兄貴」

 

ペッシが少し落ち着く。

 

(助かった……いや、助かってねえ……ただ延命されただけだ……)

 

新出は一歩も引かない。

 

「警察も馬鹿じゃない……君たちが応対したら君たちが捕まるリスクは少なくとも上がる」

 

(……確かに……)

 

「だからこの中の人質を1人選んで貰って、そいつは君たちのボスということにして、交渉させる」

 

ざわ……

 

ざわ……

 

(は?何言ってんだ……?)

 

「そして全ての罪をその人物になすりつける。多かれ少なかれ何か問題が起きた時はその人物に目がいき、君たちの目的が成功する確率が上がると思うんだ」

 

(……最悪だ……)

 

(つまり“囮”……いや……“生贄”……!)

 

「ちなみに僕は新出……医者だ。人の命を扱うし生存率が高くなるように仕事をしている。だからこその提案だ」

 

静かに言い切る。

 

(嘘だろ……それ……生存率上がってねえよ……誰か一人が確実に死ぬルートだろそれ……!)

 

ざわざわ……

 

バスの中の空気が一気に変わる。

 

(最悪だ……選ばれた奴終わりじゃねえか……)

 

(ボス役……矢面……責任全部押し付け……)

 

(……俺は……大丈夫だよな……?)

 

喉が鳴る。

 

(俺みたいなクズ……無職……特技も曖昧……)

 

(選ばれねえ……普通は選ばねえ……!)

 

(むしろ空気……空気でいろ……!)

 

すると――

 

「なるほど……いいな。それ」

 

プロシュートの兄貴が、ゆっくりと笑う。

 

(あ……採用された……)

 

「俺たちが裏で指示するが、そいつはスケープゴートか……採用……」

 

(終わった……完全に終わった……)

 

ペッシがニヤつく。

 

「兄貴、いいっすねそれ……」

 

(やめろ……楽しそうにするな……人の命だぞ……!)

 

「そしたら、他の奴らも名前と職業、それと特技を言え。それを聞いて誰をボスにするか考える……」

 

ざわ……

 

ざわ……

 

(自己紹介……!?)

 

(アピールしたら選ばれる……でも地味すぎても逆に不審……)

 

(どうする……どうするカイジ……!)

 

「だが嘘は吐くな」

 

銃口がゆっくり動く。

 

(見抜かれる……この状況で嘘は即死……!)

 

(クソッ……詰んでる……完全に詰んでる……)

 

心臓がうるさい。

 

ドクン……ドクン……

 

(頼む……)

 

(頼むから……)

 

(俺だけは……選ぶな……!)

 

ざわ……ざわ……

 

――運命の選別が、今、始まる。

■服部平次――

「服部平次や。高校生探偵」

腕を組みながら睨み返す服部。

「特技は推理……あと剣道やな」

(やめろ……お前目立つな……!撃たれるぞ……!)

 

■江戸川コナン――

「僕は江戸川コナン。小学1年生」

(かわい子ぶってるな)

「特技はサッカー!」

(小学生なら普通……!)

 

■蘭――

「毛利蘭です……高校生……特技は空手です」

(お前怪盗キッドだから……!でもとりあえず言わない!)

ペッシがビビる。

「兄貴……こいつ怖えよ……」

 

■阿笠博士――

「阿笠博士じゃ。発明家でな……」

ニコニコしてるが声が震えてる。

「簡単な機械なら作れるぞい」

 

■灰原――

「灰原哀……小学1年生」

淡々……冷たい。

「特技は……速読」

(こいつ……空気が違う……なんだこの落ち着き……)

 

■ジョディ――

「ジョディ・スターリング。英語教師よ」

軽く微笑む。

「特技は……英語とゲームです」

(俺英語嫌い……!嫌な思い出がある)

 

■新出(ベルモット)――

「改めて新出智明……医者だ」

静かに、しかし通る声。

「人の生死を判断するのが仕事だ」

(さっきの提案といい……この人もヤバい……)

 

■そして俺――カイジ

(来た……最悪の番……ざわ……ざわ……)

喉が渇く……足が震える……でもここでミスったら――死。

「……伊藤カイジ……」

(落ち着け……目立つな……埋もれろ……!)

「職業は……無職……」

ざわ……

(やめろ……ざわつくな……!)

「特技は……運……と……土壇場の判断力……」

(頼む……選ぶな……こんな奴ボスにしないだろ普通……!)

 

■最後に後方――

ガムを噛みながら女が名乗る。

「トリッシュ・ウナよ。職業は……中学3年生」

気だるそうに足を組む。

「特技はファッションセンス……かしら」

(なんだこいつ……オーラが異常……え、中学生なの?)

 

その隣――

「……赤井秀一……フリーターです」

短く、それだけ。

「特技は……山登りです」

(こいつ……ヤバい……静かすぎる……)

 

■そして――審査

プロシュートの兄貴がゆっくりと全員を見渡す。

「……なるほどな……粒ぞろいじゃねぇか」

ペッシが耳打ち。

「兄貴……どれにするんすか……?」

沈黙――

バスのエンジン音だけが響く……

(頼む……俺以外……俺以外……!)

 

プロシュートが笑う。

「決めたぜ……」

ざわ……

ざわ……

(来る……!誰だ……!?)

 

「ボス役は――」

 

(頼む……外れろ……!)

(外れろ……!)

(外れろ……!)

 

――その瞬間、心臓が耳の奥で爆発するみたいに鳴った。

ざわ……ざわ……

兄貴の声が、バスの空気を裂いた。

 

「発表する……ボス役は、伊藤カイジ……」

 

ざわ……

 

ざわ……

 

(――は?)

 

一瞬、意味が分からなかった。

理解が追いつく前に――

 

ぐにゃあああああああああ……

 

視界が歪む。床が波打つ。

天井が落ちてくる。

 

(来た……最悪……最悪中の最悪……!)

 

(なんで俺だ……なんで俺なんだよ……!)

 

喉がカラカラになる。

心臓が暴れる。

 

(終わりだ……これ……終わり……!)

 

――その時、

 

(え……生存率5%……初めて0%から動いたわ)

 

(……?)

 

一瞬、どこからか聞こえた声。

でも今はそんなことに構ってる余裕はない。

 

ペッシが不満そうに口を開く。

 

「なんでこんな社会的不適合者みたいなやつを」

 

(うるせえよ……その通りだけどよ……!)

 

兄貴は俺をじっと見据える。

 

「カイジ、お前の顔の傷……表の人間じゃない……おそらくまともな人生歩んでいない」

 

(……やめろ……やめろ……)

 

「逮捕歴や誤認逮捕歴はあるだろ?どれくらいだ」

 

逃げ場はない。

嘘もつけない。

 

「逮捕は2回、誤認逮捕は30回程度だ……」

 

ざわざわ……

 

(うわ……引いてる……でももうどうでもいい……!)

 

「ディモールト!!(すごくいい)……」

 

(よくねえよ!!!!)

 

「で、正社員の経験は?」

 

「ない……ニートかギャンブルかフリーターだ」

 

「ディモールト!!(すごくいい)……」

 

(だからよくねえって言ってんだろ……!!)

 

兄貴が満足そうに頷く。

 

「社会に不満があるから、バスジャックで金を要求……部下を従えて……わかりやすくていい……」

 

(最悪だ……完全に“それっぽい奴”にされてる……!俺はノットディモールト(すごく良くない))

 

「カイジ……今から、ボスとして演じろ……ただし俺らのことは喋るな……」

 

銃口がこちらに向く。

 

「俺らが不利になるような言動、行動をしたと見なしたら、人質を1人ずつ殺す」

 

(終わった……)

 

(完全に“操り人形”……)

 

(俺がミスったら……誰かが死ぬ……!)

 

背中に冷たい汗が流れる。

 

(やべええ……責任……重すぎる……!)

 

(なんでだよ……なんで俺なんだよ……!)

 

(俺は……そんな器じゃねえ……!)

 

それでも――

 

逃げられない。

 

「分かった……何を要求すればいい?」

 

声が震える。

でも、言うしかない。

 

兄貴はゆっくりと説明を始める。

 

「先に言っておくか……俺らの真の目的は服役中のリゾット=ネエロの解放だ」

 

(……本命……)

 

「ただし、それは俺が指示するまで絶対口にするな」

 

(つまり……今は“嘘の目的”で動く……)

 

「まずは10億円の要求をする!」

 

(10億……!)

 

「兆ではなく億……相当頑張らないと用意できない額だが、頑張れば用意できる金額……」

 

(リアル……妙にリアルだ……!)

 

「ただこれは囮……金に関しては1億手に入ればいい……」

 

(え……?)

 

「相手が用意できないと言ったら仕方なくでリゾット=ネエロの解放で用意できない分をチャラにするという算段だ……」

 

(……二段構え……!)

 

(最初から“本命”に持っていくための布石……)

 

(やばい……こいつら……ちゃんと考えてる……!)

 

(ただのバスジャックじゃねえ……!)

 

俺は唾を飲み込む。

 

(やるしかねえ……)

 

(ここでビビったら終わり……)

 

(俺がやらなきゃ……全員死ぬ……!)

 

「分かった。人質がいるんだ悪いようにしねえ」

 

(言った……言っちまった……)

 

(俺……今……“ボス”って顔してるのか……?)

 

プロシュートの兄貴が無線機を差し出す。

音量を最大にする。

 

ノイズの向こう――警察。

 

(目暮警部か……)

 

(最悪だ……)

 

(でも……やるしかねえ……!)

 

(ここからが本番……!)

 

ざわ……ざわ……

 

俺の喉が鳴る。

 

(生き残る……)

 

(絶対に……生き残る……!)

無線機を握る手が震える。

 

汗で滑る。

呼吸が浅い。

喉が焼けるように乾く。

 

(やるしかねえ……ここでビビったら終わり……)

 

(俺がしくじれば……誰かが死ぬ……!)

 

歯を食いしばる。

 

「警察か?、今バスジャックをした……責任者を呼んでくれ」

 

声を絞り出す。

震えを押し殺す。

“ボス”として――

 

返ってきた声。

 

「責任者の目暮だ……」

 

(来た……)

 

(よりによって……一番メンドクサイのが……!)

 

ざわ……ざわ……

 

脳裏に過去がフラッシュバックする。

誤認逮捕、疑いの目、怒号。

 

(こいつ……俺の人生狂わせた側の人間……!)

 

だが――今は利用する。

 

「人質を取った……女子供もいる……そして銃を所持している。その意味わかるな?」

 

静かに、低く。

 

(ビビらせろ……主導権を握れ……!)

 

「お前の要求はなんだ?」

 

(食いついた……)

 

「10億円用意しろ」

 

一拍。

 

「無理だ」

 

(は?)

 

血が一気に沸騰する。

 

「ふざけるな!!!!人質がいるんだぞ!殺されてもいいのか?」

 

思わず本気の怒声が出る。

だがそれすらも武器だ。

 

「待て……お前のことをよく知らないのに、はいそうですかと動かせる金じゃない。お前のことを教えてくれないか?」

 

(……来た……身元確認……)

 

俺は横目でプロシュートの兄貴を見る。

 

――言え。

 

無言の圧。

 

(くそおお……)

 

(これ……完全に俺の名前売る流れじゃねえか……!)

 

(また指名手配とか……最悪……!)

 

でも――

 

(いや……今回は違う……!)

 

(これは“役割”だ……!後で弁明できる……はず……!)

 

腹を括る。

 

「俺は伊藤カイジだ」

 

ざわ……ざわ……

 

空気が揺れる。

 

無線の向こうでも騒ぎ。

 

「バスジャック犯は伊藤カイジです!!単独犯か複数犯かはわかりません」

 

(高木の声……)

 

そして――

 

「カイジ……お前……何しているんだ」

 

(……来たな)

 

「バスジャックだよ」

 

吐き捨てるように言う。

 

「改心したんじゃなかったのか?」

 

(改心……?)

 

(そんなもん……できる環境じゃねえだろ……!)

 

胸の奥から、ドロドロしたものが溢れる。

 

「絶望したんだよ!!」

 

止まらない。

 

「俺は指名手配もされた……そんな奴誰も雇わない……!」

 

(全部……本音だ……)

 

「いや雇ってくれたところもあった……でもな、逮捕歴や誤認逮捕があるから、いずれバレて噂になる……!」

 

記憶が蘇る。

視線、陰口、スマホの画面。

 

「店長は気にしないって言ってくれる……でも客がネットに書くんだよ!元犯罪者が店員だって!!」

 

(あのときの空気……忘れられるかよ……!)

 

「店が叩かれる!売上が落ちる!俺がいるだけで迷惑なんだよ!!」

 

(俺がいるだけで……マイナス……)

 

「でも金は必要だ!!」

 

(生きるために……)

 

「まともになんか無理なんだと悟った!!だからバスジャックをする!!」

 

(これが……俺の現実だ……!)

 

沈黙。

 

(……効いてる……)

 

(押せ……さらに押せ……!)

 

「誤認逮捕は悪かった……だがまだ引き返せる!!」

 

(甘い……)

 

「いいや、駄目だ!」

 

即答。

 

「バスジャックをした。それだけで逮捕は確実……なら掴む!大金を!」

 

(どうせ終わりなら……!)

 

「用意しろ……!!」

 

喉が震える。

 

「俺はもう人生詰んでいる……分かるだろ……俺の人生……」

 

(分かるか……?)

 

(分かんねえだろうな……)

 

「なぁ……用意しろよ……俺本気だぜ」

 

さらに畳みかける。

 

俺は右手でL字を作る。

 

ピストルのジェスチャー。

 

上に向ける。

 

兄貴を見る。

 

――撃て。

 

バンッ!!!

 

天井に穴が空く。

火薬の匂い。

 

悲鳴が上がりかけるが、誰も声を出せない。

 

「なんだ今のは?」

 

「だから銃声!」

 

(ここはハッタリ全開……!)

 

「警官一人殺して奪った……だからもう何人殺してもいいんだ……」

 

(嘘……でも通す……!)

 

「1人も2人も変わらない……逆なんだよ立場が」

 

「逆だと?」

 

「ああ」

 

息を整える。

 

「今なら人質全員生存のまま解放できる」

 

(選ばせる……!)

 

「でもお前らが金を用意しないから、ここから1人ずつ減る」

 

(責任転嫁……!)

 

「そしたらあんたの責任だ」

 

沈黙。

 

(来い……)

 

「……分かった。金は用意する」

 

(よし……!)

 

「でも無理だ、すぐに用意するのは……10億だぞ……」

 

(当然だ……)

 

「まずは誠意を見せてくれ」

 

(段階的に……!)

 

「1億を1時間で用意しろ」

 

(無理難題……だからこそ意味がある……!)

 

向こうが焦り始める。

 

「上司に報告、対策本部の設置、財務部との協議……銀行への連絡……」

 

声が現実的になる。

 

「銀行も一支店で1億円の現金は持っていない……複数の支店から現金をかき集める必要がある……」

 

(そうだろうな……)

 

「現金輸送車の手配、警備体制、受け渡し場所の選定……誰が運び、誰が渡すか……」

 

(いいぞ……焦ってる……)

 

「1時間では到底無理だ……現実を見てくれ……」

 

――現実。

 

(それを言うか……)

 

(現実を見てきたのは……俺の方だ……!)

 

ざわ……ざわ……

 

(ここから……どう押す……)

 

(俺の一言で……生きるか死ぬかが決まる……)

 

喉が鳴る。

 

(いけ……カイジ……!)

無線の向こうの沈黙。

 

(ここで引いたら終わり……だが押しすぎても崩れる……)

 

(ギリギリを攻めろ……相手の“現実”と俺の“ハッタリ”の綱引き……!)

 

喉を鳴らす。

 

「逆に何時間なら用意できるんだ?」

 

探る。

 

(相手の限界値を引き出す……そこから削る……!)

 

少しの間。

 

「……4時間欲しい」

 

(出た……!)

 

(これが警察側の“本音ライン”……!)

 

即座に叩く。

 

「駄目だ2時間!!」

 

(無茶を通す……!)

 

(最初に強く出ることで相手の基準を狂わせる……!)

 

「現実を見ろ。計算してみろ!!4時間でもかなり早い方だ」

 

(当然の反論……!)

 

(だがそれも想定内……!)

 

頭の中で計算が回る。

 

(4時間は長すぎる……兄貴たちが持たねえ……)

 

(短すぎても成立しない……)

 

(落としどころは……3時間……!)

 

「なら3時間だ……これ以上は駄目だ」

 

間を置いて言う。

 

(“譲歩した”ように見せる……!)

 

(実際は最初からここが狙い……!)

 

無線の向こうで、ざわつき。

 

紙をめくる音、誰かの小声。

 

(会議してやがる……!)

 

(いいぞ……主導権はこっちだ……!)

 

「……くっ、仕方ない……」

 

(乗った……!)

 

心臓がドクンと跳ねる。

 

(通った……!)

 

「受け渡し場所はこちらで指定する」

 

(主導権維持……!)

 

「とりあえず1時間後に、どうなったか教えてくれ」

 

「ああ」

 

ガチャリ――

 

通信が切れる。

 

その瞬間。

 

「ふぅぅぅぅ……」

 

全身の力が抜ける。

 

背中が汗でぐっしょりだ。

 

(……生きてる……)

 

(誰も死んでねえ……今のところ……!)

 

視線を落とす。

 

震える手。

 

(だが……)

 

(ここからが本番……!)

 

チラリと横を見る。

 

プロシュートの兄貴。

ペッシ。

 

(こいつら……)

 

さっき拾った“声”。

 

(スキー板のバッグ……中身……爆弾……)

 

背筋が凍る。

 

(俺しか知らねえ……)

 

(もし取引がこじれたら……)

 

脳裏に浮かぶ光景。

 

――バスごと爆発。

 

――全員死亡。

 

(終わりだ……)

 

唾を飲み込む。

 

(つまり……)

 

(この交渉……ただの金のやり取りじゃねえ……)

 

(時間制限付きの爆弾ゲーム……!)

 

(しかも解除コードは……ねえ……!)

 

拳を握る。

 

(プロシュートの兄貴たちは……)

 

(脅しじゃない……)

 

(“やる側”の人間……!)

 

さっきの銃声。

迷いのない引き金。

 

(あいつらは……躊躇しねえ……)

 

(人を殺すことに……何のブレーキもねえ……)

 

ぞわ……っ

 

寒気が走る。

 

(つまり……)

 

(俺が少しでもミスれば……)

 

(全員死ぬ……!)

 

(俺も……)

 

(……クソ……!)

 

だが――

 

ゆっくり顔を上げる。

 

(それでも……やるしかねえ……)

 

(ここで逃げたら……)

 

(全部終わりだ……!)

 

ざわ……ざわ……

 

(乗り越えろ……)

 

(この綱渡り……!)

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