――空気が、妙に重い。
タバコの煙が天井に溜まり、じっとりとした圧をかけてくる。
その中で、プロシュートの兄貴が、ゆっくりと口を開いた。
「お前……いやカイジ……犯罪の才能あるな」
――来た……!
名前呼び……!
それもフルネームじゃない、「カイジ」……!
心臓が一瞬、ドクンと跳ねる。
褒められてる……のか? いや待て、これは褒め言葉なのか……? 犯罪の才能ってなんだよ……!
「ああどうも」
とりあえず軽く受け流す。
ここで浮かれるのは危険……!
この世界、褒め言葉の裏に罠があるのは常識……!
すると横から、ペッシが口を挟んできた。
「兄貴が名前で呼ぶのは認めた相手にするときだ。感謝しろよな」
――やっぱりか……!
認められた……!
だが同時にプレッシャーも増す……!
ここでミスれば……即、切り捨て……!
じっとりとした視線が突き刺さる中、兄貴がさらに踏み込んでくる。
「金の受け渡しの際に、警察が強行突破してくる可能性もある。また受け渡しはどうするつもりだ?」
――来た……核心……!
ここを外せば信用はゼロ……!
逆にここを通せば……主導権……!
喉が渇く。だが、言うしかない。
「受け渡しは、高速道路のパーキングエリアを使う」
一瞬の沈黙。
その静寂を、兄貴の低い声が叩き割る。
「駄目だ」
即答……!
迷いなし……!
「高速道路は左右から囲まれたら、逃げ場がない」
――ぐっ……!
確かに……!
言われてみればその通り……!
逃げ道……限定……一本道……!
だが……!
ここで引いたら終わり……!
「いや……逆だ……!」
気づけば、声が強くなる。
「囲まれるってことは……それだけ動きが読まれてるってことだ……!なら……」
頭の中で地図が広がる。
分岐、出入口、車線……!
「パーキングなら一般道への出口がある場所もある……!タイミングさえ合わせれば……分散……できる……!」
――言った……!
だが、これで通るか……?
ゴゴゴゴゴゴゴ……
空気が歪む。
兄貴の目が細くなる。
「甘いな……」
低く、重い声。
「“タイミングさえ合えば”……それが一番危険なんだよ」
――来る……反論……!
「現場は理屈通りには動かねえ……警察もプロだ。お前の“もしも”に付き合ってくれるほど甘くねえ」
ぐ……っ……!
痛いところを突く……!
だが……まだ終わってない……!
「じゃあどうする……!?」
思わず前のめりになる。
「街中か? 人混みか? それこそ危険だろ……!」
――押せ……!
ここで引けば、終わり……!
兄貴の視線が、さらに鋭くなる。
「だからこそ……選ぶんだよ。“逃げ場”じゃねえ……“制圧されにくい場所”をな」
――制圧……されにくい……?
思考が一瞬止まる。
逃げることばかり考えていた……
だがこいつは違う……最初から「囲まれる前提」で考えてやがる……!
ゴゴゴゴゴゴゴ……
空気がさらに重く沈む。
――やばい……
このままじゃ……飲まれる……!
だが同時に、胸の奥で何かが燃え始める。
――面白ぇ……!
この読み合い……!
命を張った頭脳戦……!
カイジは、ゆっくりと息を吐いた。
――まだだ……まだ終わってねぇ……!
――引けない……ここで引いたら、終わりだ……。
空気はすでに張り詰め、ちょっとした火花で爆発しかねない。
それでもカイジは、あえて踏み込む。
「逆にプロシュートの兄貴はどう考えているんだ? いい案があるのか?」
言った……!
自分から問いをぶつけた……!
――逃げじゃない、攻め……! 主導権を奪う一手……!
プロシュートの兄貴は、わずかに顎を引き、静かに答える。
「ある」
短い……だが重い……!
「受け渡しは“動かない”。場所も時間も固定する。だが人間は動かす。囮を用意して警察の目を分散させる」
――来た……合理……!
無駄がない……洗練されてる……!
「本命は別ルートで流す。仮に一方が潰されても、もう一方は生きる」
――なるほど……分散……リスクヘッジ……!
だが……!
「それじゃ駄目だ」
口が勝手に動く。
止められない……!
「“どっちかが生きる”って発想がもう甘い……!」
空気が一気に冷える。
――言った……!
完全否定……!
「今回の前提は“全員生還”だろ……!? 片方切り捨てる前提の作戦なんて、最初から破綻してる……!」
兄貴の目が細くなる。
――やばい……踏み込みすぎたか……?
だが、止まれない……!
「囮が捕まったら? そこから芋づる式に来る可能性は? 情報が一つ漏れたら終わりだ……!」
――そうだ……この手の世界は連鎖……! 一箇所の綻びが全部を壊す……!
「だからこそ――!」
言いかけた瞬間、
「兄貴の言うことを聞けよ……ぶっ殺すぞ!」
横から怒鳴り声。
ペッシだ。
――来た……圧……!
殺気が直に突き刺さる……!
普通ならここで黙る。
黙るのが正解……生きるための選択……!
だが――
「だが断る!!!!」
口から出た言葉は、予想よりもずっとはっきりしていた。
――もう引けない……いや、引かない……!
「今回の条件はシンプルだ」
一歩、踏み出す。
「全員生還……そして兄貴たちが目的を果たす……この二つを同時に成立させること」
心臓がうるさい。
だが頭は妙に冷えている。
「だったら……一つでも失敗したら終わりだろ……!」
――そうだ……この勝負は減点方式じゃない……一発アウト……!
「だから俺は……」
息を吸う。
「“反論できるようなプラン”は認めない」
――言い切った……!
逃げ道を自分で潰した……!
場が凍る。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
兄貴とカイジの視線がぶつかる。
――来い……どう出る……!
ここで折れたら、ただの口だけ野郎……!
数秒……いや、もっと長い沈黙。
その後、兄貴がわずかに口角を上げた。
「……面白え」
――え……?
「つまりお前は、“完全なプラン”しか通さねえってことか」
――そうだ……! そう言ってる……!
「いいぜ……そこまで言うなら見せてみろ」
空気が変わる。
「一つの失敗も許さねえ……完璧なプランってやつをな」
――来た……!
試されてる……!
心臓がさらに強く鳴る。
――だが……望むところだ……!
――空気が張りつめる。
さっきまでの言い合いとは違う……これは、もっと深いところでの勝負……。
一手でも間違えれば、全員まとめて終わる……そんな匂いがする。
カイジは、ゆっくりと口を開いた。
「安全に受け渡しをするには周囲に人がいないこと。一般人さえもだ」
自分の声がやけに冷静に響く。
だが内側では、神経が焼けつくように張り詰めている。
――そうだ……ここを曖昧にしたら終わり……!
一般人……それ自体がリスク……!
「一般人が紛れ込ませられる状況ということは、一般人のフリした警察が紛れ込むのと同義」
兄貴の目がわずかに細くなる。
反応している……届いている……!
「たった3時間でそんな場所は用意できない」
――無理だ……現実的に……!
そんな都合のいい“完全な空間”なんて存在しない……!
「ただ高速道路の封鎖、パーキングエリアの解放なら可能」
言い切る。
――ここが勝負どころ……!
机上の空論じゃない、“実現可能性”……!
一瞬の沈黙。
そしてカイジは、さらに踏み込む。
「それに重要なことを言う。俺が代表して」
場の視線が一斉に集まる。
――来る……この空気……!
「なんだ早く言えよ」
ペッシが苛立ったように吐き捨てる。
カイジは、ほんの一拍置いてから言った。
「俺はうんこがしたい」
――言った……!
場違い……だが必要……!
一瞬、空気がズレる。
ざわざわ……ざわざわ……
「ただこのバスにはそれがない。じゃあ、このバスでしたらどうなる?」
沈黙。
そして、
「殺す」
低く、即答。
プロシュートの兄貴。
――だよな……!
当然の帰結……!
「そうなる……だからだ!」
声に力が入る。
「休憩が必要。トイレだけじゃない。食事やガソリンも必要……さらに言えば、運転手の睡眠も必要だ」
――現実……!
計画に抜け落ちがちな“人間の限界”……!
「バスの運転は俺にはできねえ。そして運転手の体力は無限じゃない……なら休息が必要だ……違うか?」
沈黙のあと、
「なるほど……確かにそうだな……」
兄貴が認める。
――通った……!
一つ、通した……!
だが、まだ終わりじゃない……!
「それにあんたらどっかの組織の人間だろ?」
踏み込む。
ギリギリのラインを攻める。
「高速道路を封鎖後に、聖人君主ですら侵入できないように通達する」
――強制力……圧……!
この世界はそれで動く……!
「入った気配があるなら人質を殺すでいい」
空気が一瞬凍る。
――非情……だが現実……!
ここで甘さは命取り……!
「仲間の見張りがバス以外にいると言えば、挟み撃ちはなくなる。心配なら他の組織の人間に見張らせておけ」
言い切る。
――どうだ……!
これで……包囲リスクは潰した……!
兄貴が数秒考え、
「分かった、それでいこう」
と短く言った。
――決まった……!
プランが通った……!
だが――
「ただ問題がある」
自分の口が勝手に動く。
――ここで終わらせるな……!
一番危険なのは“想定外”……!
「なんだ?」
兄貴が即座に反応する。
「お金を受け取るときに、恐らく目暮警部は俺の予想を超えることをしてくる」
頭に浮かぶ顔。
目暮警部。
――あいつはそういう男だ……!
定石を外す……常識を壊す……!
「そして何をしてくるかは正直予想がつかない」
――読めない……それが一番怖い……!
「……あいつはいつもそうだ……」
自然と、声が低くなる。
「その時に俺が対応できるかどうかだ……」
――ここが最大のリスク……!
計画じゃ潰せない領域……!
一瞬の静寂。
そして兄貴が、淡々と言い放つ。
「それはなんとかしろ」
――丸投げ……!
だが同時に信頼……!
心臓が強く打つ。
――やるしかねえ……!
この綱渡り……最後まで渡り切るしかない……!
カイジ――プロシュートの兄貴を説得完了!
――気付けば、1時間。
張り詰めていた神経が、じわじわと疲労に変わり始めている。
そのとき――
電話が鳴る。
ビクッと体が反応する。
――来た……警察……!
カイジはすぐに受話器を取り、スピーカーモードにする。
プロシュートの兄貴と
ペッシにも聞こえるように。
――逃げ場なし……三者の監視下……!
「目暮だ……カイジか?」
低く、落ち着いた声。
目暮警部。
――来たな……食えない男……!
「ああ。金は用意できそうか?」
あえてぶっきらぼうに返す。
――主導権は渡さない……!
「ああ、なんとかできそうだ」
その言葉に、カイジは横目で兄貴を見る。
兄貴は、わずかに――こくんと頷く。
――よし……!
とりあえずセーフ……!
もしここで「無理だ」とでも言われていたら――
間違いなく、空気は一瞬で血の色に変わっていた……!
「じゃあ次に進もう」
そう言いかけた、その瞬間――
「いや、待てカイジ……」
ざわ……ざわ……
――待て……?
なんだ……このタイミングで……?
「なんだよ?」
苛立ちが混じる。
「金は用意できる目途はある……しかし、1万円札が足りない……」
「は?」
思考が一瞬止まる。
「どういうことだよ……金は用意できるんだろ?」
ざわ……ざわ……
――何を言ってる……?
金があるのに金がない……?
意味が分からない……!
「その通りだ。しかし、2000万円は500円玉で対応する」
――は……?
ざわ……ざわ……ざわ……
脳内で計算が走る。
――2000万円……500円玉……
つまり……4万枚……!
1枚約7gとして……
約280kg……!
――はあああああああああ!?!?
頭の中で警報が鳴り響く。
――重すぎる……! 桁が違う……!
持てるか……?
運べるか……?
逃げられるか……!?
「待ってくれ……それは非常に重くなるじゃないか……それで逃亡できるのか……」
声が震える。
だが、それを抑えきれない。
――無理だろ……!
こんなの……罠に決まってる……!
「ふざけるな!」
思わず怒鳴る。
「2000万を硬貨でとか……正気か!? それを持って逃げろって言ってんのか!?」
電話の向こうの沈黙。
だが、それが逆に不気味だ。
「現実的な話をしているだけだ、カイジ」
冷静すぎる声。
――こいつ……!
完全に計算してやがる……!
「銀行にある現金には限りがある。短時間で用意できるのはこれが限界だ」
「嘘つけ……!」
食い下がる。
「そんな都合よく硬貨だけ揃うかよ! わざとだろ……動きを鈍らせるための……!」
――そうだ……!
重さ=機動力低下……!
逃げられない状況を作る……
そのための“金”……!
「疑うのは勝手だ。しかし、用意できるのはそれだけだ」
淡々とした声。
「受け取るか、やめるか……選べ」
――クソ……!
二択……!
しかもどっちも地獄……!
「ふざけんな……!」
握る拳に力が入る。
「こっちは命張ってんだぞ……! 運べない金なんか意味ねえだろうが!」
沈黙。
その後――
「なら工夫しろ」
静かに言い放つ。
――工夫……だと……?
「お前はさっき、“完璧なプラン”を語っていたな」
心臓がドクンと鳴る。
「想定外も含めて対処する。それがお前の役割だろう?」
――こいつ……!
全部見透かしてやがる……!
逃げ道を、言葉で塞いでくる……!
電話の向こうの気配が、じわじわと迫ってくる。
――試されてる……!
完全に……!
背中に汗が流れる。
だが――
――ここで引いたら終わりだ……!
カイジは歯を食いしばる。
――やるしかねえ……!
この無茶……乗りこなすしかねえ……!
――ここで俺が対応しないと、人質は殺される……。
喉がひりつく。
選択肢はない。逃げ道もない。あるのはただ、やるか、終わるか。
――280kg……。
さっきの計算が頭の中で何度も反芻される。
500円玉で2000万円……約4万枚……約280kg。
――成人男性4人分……!
だが――
――バスにとってはそこまでの重さじゃない……!
そう、問題はそこじゃない。
本質はもっと別のところにある。
――これは……10億円のうちの1億円の話……!
ここで一度でも通せば――
次は? 次の9億は?
同じことを繰り返されたら……?
――全部が“重さ”になる……!
そしてもう一つ。
――この金……最終的に運ぶのは……!
横目で見る。
プロシュートの兄貴と
ペッシ。
――この2人で10億を運ぶ……!
――500円玉で2000万……許すか……?
……いや。
――しない……!
その確信が、カイジの中で固まる。
「ふざけるな……せめて5000円札や1000円札で対応しろよ」
声に苛立ちを乗せる。
だが中身は冷静に、計算しながら。
「それはもうしている。5000円札や1000円札でも3000万円分用意している。10000円札で用意しているのは5000万円分だ」
――は……?
ざわ……ざわ……
頭の中で再び計算が走る。
• 500円玉:2000万円 → 約280kg
• 1000円札:3000万円 → 約30kg(3万枚×約1g)
• 10000円札:5000万円 → 約5kg(5000枚×約1g)
合計……
約315kg……!
――重すぎる……!
1億円を全部1万円札なら約10kgで済むのに……!
――300kgオーバー……!
ざわ……ざわ……
――比較にならない……!
圧倒的な差……!
兄貴の目が、わずかに細くなる。
怒っているようにも見える。
――やばい……!
このままじゃ……!
「ふざけんなよ!!普通1万円で1億円分用意するだろ!!」
思わず声が荒くなる。
だが――
「カイジ、お前こそふざけんなだ」
冷たい返し。
――来た……!
「お前が最低でも4時間はかかることを3時間でと言ったんじゃないか。そして1億円に関しては、1万円札でとは言っていない。筋は通したつもりだ」
ざわ……ざわ……
――ぐっ……!
言葉が詰まる。
――確かに……!
条件は俺が縮めた……!
そして“1万円札で用意しろ”とは言っていない……!
――理屈は通ってる……!
くそ……!
いつもは無茶苦茶な論理なのに……!
――今回の目暮警部……やけに整ってやがる……!
このままだと――
――俺のミス……!
空気が一気に傾く。
兄貴の評価が落ちる……!
――それだけは避ける……!
カイジは一瞬で思考を切り替える。
――ここは“否定”じゃない……“交渉”だ……!
「……なるほどな」
あえて一度、引く。
「筋は通ってる……それは認める」
――まずは認める……!
完全否定は逆効果……!
兄貴の視線がわずかに動く。
――見てる……!
「だが、それでも現場は回らない」
一歩踏み込む。
「315kgだぞ……? それを短時間で積み込み、移動し、受け渡し……現実的じゃない」
声を落とし、淡々と。
――感情じゃなく“現実”で押す……!
「結果的に何が起きるか分かるか?」
一拍置く。
「動きが遅れる。詰まる。そして……警察にチャンスを与える」
沈黙。
「つまり……その金の形は、あんたらの成功確率を下げてる」
――“あんたら”……!
自分じゃなく、相手の利益に寄せる……!
「俺は“安全に受け渡す”って言ったはずだ」
視線を一点に集中させる。
「その条件に反する形なら……修正するのが筋じゃないのか?」
ざわ……ざわ……
電話の向こうの気配が変わる。
――揺れてる……!
「……ではどうする?」
来た……!
――乗ってきた……!
――あえて全部は否定しない……!
「だが5000円札の比率を上げろ。最低でも3000万円分は5000円札で対応しろ」
頭の中で再計算。
――これで重量は一気に下がる……!
「それなら総重量は落ちる。現場でも回せるラインだ」
静かに言い切る。
沈黙。
長い……数秒……いや数十秒に感じる。
――どうだ……!
背中に汗が流れる。
――通せ……!
ここを通せば……!
兄貴の視線が、わずかに緩む。
――頼む……!
電話の向こうで、目暮が息を吐く。
「……検討しよう」
――来た……!
完全拒否じゃない……!
カイジはゆっくりと息を吐く。
――まだ綱渡り……だが……
確実に、一歩進んだ……!
――さっきから違和感がある……。
目暮警部の反応。
わずかに……ほんの一瞬だが遅れている。
それに――
――視線……!
こっちを見ているようで、見ていない。
どこか別の方向を、ちらちらと気にしている。
――なんだ……?
ここまで張り詰めた状況で、そんな無駄な動きをするか……?
その瞬間、脳裏に閃く。
――そうだ……!
俺はずっと、板挟みだった。
プロシュートの兄貴と警察、そして人質。
その圧に押されて――
――“聞く”ことを忘れていた……!
俺の能力……
心の声……!
しかも今回はビデオ通話……
完全じゃないが、リアルタイムなら拾える……!
――集中しろ……!
意識を研ぎ澄ます。
雑音を切る。
呼吸を整える。
――聞け……!
(安室君……君の言う通りに事を進めているぞ)
――安室……?
知らない名前。
だが、“君”……。
――目暮警部より年下……!
――なるほどな……!
一気に繋がる。
さっきからの妙な鋭さ……
妙に筋の通った論理……!
――裏に誰かいる……!
それも、かなり頭の切れる奴……!
カイジの目が細くなる。
――いいぜ……
ならその“安室”ごと、出し抜く……!
「カイジ……金は渡す……だから人質を解放してくれ」
声は変わらない。
だが中身は別人……!
「ああ……こちらの要求に従ってくれるならもちろん解放する。俺もできれば人は殺したくない」
――建前……だが必要……!
「1億円で3人解放してくれ」
その瞬間――
(安室君が言うには2人解放できたら大成功……1億円と交換なら1人は確実に交換できる……ただあえて要求人数を増やし、こちらが折れたようにして人数を減らす……だからと言って5人や6人は多すぎて相手の反感を買う……言われた通り3人と言ったぞ……)
――丸見え……!
全部……筒抜け……!
――なるほどな……!
最初から“2人”が本命……!
3人はブラフ……!
――なら……!
こっちも合わせる……!
――だが……そのまま飲むわけにはいかない……!
横目で見る。
プロシュートの兄貴。
――印象……!
ここで“弱い交渉”は致命的……!
「駄目だ……多すぎる!」
即座に切り捨てる。
「人質を管理するのも大変だろう、なら多めに解放した方がいいんじゃないか?」
来た……揺さぶり……!
――だが……!
「いや、まだ9億円の取引もある……そのときの為に人質は残しておきたい」
理由を添える。
ただの拒否じゃない、“論理”で押す。
「だが人質が多すぎれば統制が取れなくなる。逃走や反抗のリスクが上がるぞ」
「それはそっちの問題だろ」
――冷たい……!
だが崩れない……!
「そもそも、こちらは誠意を見せている。1億円で3人……十分な条件だ」
――来る……正攻法……!
「誠意だと……?」
カイジは鼻で笑う。
「本当に誠意があるなら、最初から1万円札で用意してるはずだろ」
ざわ……ざわ……
一瞬、向こうの思考が止まる。
――効いてる……!
「……話を逸らすな」
立て直してくる。
――さすがだ……!
「じゃあ現実で話そう」
カイジは一歩踏み込む。
「人質は“交渉材料”だ。安売りはしない」
沈黙。
――ここだ……!
「……分かった人質は2人だ」
「しょうがない……」
(よしっ……!)
心の中で拳を握る。
――1人で充分なところを……2人にした……!
だが顔には出さない。
「本来は1人の解放と考えていた。おまけでの2人だ。だからこそ条件をつける」
「なんだ?」
「解放する人間はこちらが決めた2人にする」
――当然……!
勝手な選択は許されない。
プロシュートの兄貴の許可が絶対……!
「女子供を優先して解放をしろ」
「意見は聞いとくが今は決めない……だが努力はしよう」
――これが限界……!
決定権はない……
だが“完全拒否”もしない……!
そして――
――安室……気付け……!
俺が自由じゃないことに……!
「条件は分かったそれでいい」
――通った……!
だが――まだだ……!
「いやまだある」
「なんだ?」
「受け渡しは2時間後になるが……都内の高速道路のパーキングを使う」
一気に畳みかける。
「その間、すべての車は聖人君主ですら進入禁止だ。部外者がいた場合は人質を殺害する」
空気が凍る。
――ここが本命……!
「2時間で準備しろと?」
「ああ。それとも都内の街で誰も人の出入りができない場所を作れるのか?」
一拍置く。
「そちらのことを考えた上での対応だ」
沈黙。
――どうだ……!
「可能かどうか検討する……10分時間をくれ」
「ああ……」
通話が一旦落ち着く。
――はぁ……!
肺に空気を入れる。
――綱渡り……!
だが……まだ落ちてない……!
――10分後。
張りつめた空気の中、ついに連絡が入る。
目暮警部から、条件を飲むという返答。
1時間45分までに、高速道路から人払いを完了させる――。
――通った……!
だが同時に、後戻りはできない……完全にレールに乗った……!
一歩間違えれば全滅……。
そんな綱渡りのまま、時間だけが進んでいく。
その一方で――
バスの中では、別の意味での“本番”が始まろうとしていた。
「兄貴、誰を解放します?」
ペッシが問いかける。
「そうだな……」
プロシュートの兄貴が思案する。
その瞬間――
(ボスの意見が必要だな……ボス……どうします?)
――はっ……?
心臓が跳ねる。
――ボスだと……?
――まさか……このバスに……?
一気に背筋が冷える。
――俺……見落としてた……!
自分の立場、交渉、警察との駆け引き……
そこに集中しすぎて――
――乗客の“中身”を見ていない……!
「……全員、チェックするか……」
静かに目を閉じる。
――聞け……拾え……この状況をひっくり返す材料……!
まずは――
江戸川コナン。
(カイジさん……子供2人の解放というのが一番意見を通しやすい。俺と灰原を選んでくれ。そうしたらバスの状況を目暮警部に伝える……座席の位置やカイジさんが首謀者でないことも)
――なるほど……!
一瞬で理解する。
理にかなってる……しかもこちらにもメリットがある……!
――使える……!
いや、“使うべき”だ……!
「……とりあえずコナン君を選びたい」
次は――
灰原哀。
(さっきから黒の組織の誰かに見られている……怖い……)
――怯えてる……。
黒の組織……?
そんなの見当たらない……が――
――まあ子供だ……怖いよな……。
この状況で平静でいられる方が異常だ。
――この2人を解放が妥当だろう。
次に――
毛利蘭。
(おい、カイジ……俺と一緒で演技の才能あるよ!さぁ、ここからどう立ち回るんだ?)
――ってお前キッドじゃねーか!!
内心でツッコミが炸裂する。
あの軽さ……あのノリ……間違いない。
――相変わらず蘭さんに化けるの好きだな……!
「……とりあえず、放置でいいや」
関わるとろくなことにならないタイプだ……!
次は――
阿笠博士。
(新一が何とかしてくれるはずじゃ……新一なんとかせい)
――新一……工藤新一か……?
確かに関係は深いが――
――いねえだろ……ここに……!
「……ぼけてるのか……じいさんだけに……」
状況判断能力は期待できない……優先度は低い。
次――
ジョディ・スターリング。
(とりあえず、後ろにシュウもいるし、最悪拳銃で対応するわ)
――は……?
拳銃……?
教師じゃねえのかよ……!
シュウ……後ろ……?
――嫌な予感しかしねえ……!
次――
赤井秀一。
(まさか……あいつを追ってバスに乗り込んだが……バスジャックが起きるとはな……とはいえ、いつでも銃で対応はできる。ジョディもいるし隙をついて銃撃戦といくか……)
――確定……!
――こいつらグル……!
しかも銃持ち……!
――最悪だ……!
ここで銃撃戦なんて起きたら――
――全員生存どころじゃねえ……!
「……要注意……」
この二人は絶対に目を離せない。
次は――
トリッシュ・ウナ。
(プロシュート……とりあえず私を解放しなさい……警察には偽の情報を与えて、リゾットの解放までに持っていくわ……そして隙を見て、バスを爆破しなさい)
――は……?
――あ、こいつボスか!
一瞬で理解する。
見た目に完全に騙されていた……!
――解放したら終わりだ……!
だが――
――兄貴は従う可能性が高い……!
「……どうする……」
最悪のカード……!
次――
新出智明。
(さっきから殺気が多いわね。とは言え、この変装をしている限り誰もが新出だと思ってくれているわ……ふふふ……クールキッド……あなたはこの状況どう切り抜けるかしら?)
――え……?
――この人……変装してるの……?
しかもキッドの存在も把握……?
――なんだこのバス……!
まともな奴がいねえ……!
最後に――
服部平次。
(俺も議論に参加してえ。さっきからうずうずして仕方ない。関西人としてはどんな状況でも行動したいんや……全員生存でなんとかしてえ)
――おお……!
思わず内心で頷く。
――同じ考え……!
全員生存……!
しかもこいつ……頭も回る……!
――引き込むか……?
2対2……構図……
一気に有利になる可能性……!
「……ありだな……」
「……一応、運転手も」
最後に視線を向ける。
(紅葉お嬢様の言いつけで服部平次の様子を観察の任務でしたが……少々骨が折れる事態になりました……私は72時間寝なくても大丈夫ではありますが……)
――誰だよ……!
(このバスジャック犯は感情よりも論理で動くタイプ……人質はきちんとした対応をすれば助かるでしょう……私は、自分の存在を薄めて運転手としての職務を全うするだけ)
――まぁ……いいか……!
少なくとも敵じゃない……
運転も必要……!
「……放置でいいな」
目を開く。
全てが見えた。
――盤面、整理完了……!
・解放候補 → コナン+灰原
・危険 → 赤井・ジョディ(銃)
・最重要 → トリッシュ(ボス)
・利用可能 → 服部
――ここからが本番……!
カイジはゆっくりと息を吐く。
――一手で……全部が決まる……!
「人質の解放は、灰原哀とトリッシュ・ウナにする」
プロシュートの兄貴が、迷いなく言い切る。
――ざわ……ざわ……
背中に冷たい汗が流れる。
――駄目だ……!
トリッシュ……こいつは――
――ボス……!
解放した瞬間、主導権がひっくり返る可能性すらある……!
しかも――
――俺が“気付いている”ことも、バレている……!
それでも兄貴は選んだ。
理由は単純――
――“女だから”……!
――くそ……ここは……!
「待ってくれ」
声を差し込む。
「なんだ?」
低い声。
圧がある。
「ここは子供二人にしないか?」
一拍。
「若い女2人だ」
――譲る気はない……!
だが、引かない。
「あんたらの安全の為に言っているんだ」
静かに、だが強く。
その瞬間――
(悪いがボスの解放はカイジが何を言おうが譲らない)
――来た……!
兄貴の決意……硬い……!
ざわ……ざわ……
――だが……!
俺にはある……!
――心の声……!
――“正しさ”を証明できれば、揺らせる……!
「どういう意味だ?」
兄貴が目を細める。
「今このバス内を支配しているのは当然、兄貴たちだと思う」
「何が言いたい?」
「俺の嗅覚が、このバスに“紛れている”と言っているんだ……やばい奴がな……」
ざわざわ……
空気が変わる。
(兄貴……トリッシュがボスだと気付かれたのか?)とペッシ。
(気付ける訳がない……トリッシュはまだ何も行動をしていない)と兄貴。
――よし……!
まだバレてない……!
「ちょっと2人ともこっちに来てくれ」
小声で呼ぶ。
距離を詰める。
「……なんだ」
「赤井秀一とジョディ先生……あの2人が異物だ」
一気に核心。
「2人同時に頭に銃を向けて、持ち物を調べてくれ。おそらく銃がある」
「兄貴ぃ?どうします?」
ペッシが揺れる。
「おい、カイジ……根拠は?」
――来た……!
「ポケットの膨らみ、それと赤井秀一は胸元に手を入れてる……いつでも撃てる構えだ」
間髪入れずに続ける。
「それに、あの2人……何度も目配せしてた」
「……」
「こいつらが動いたら終わる。俺たちごと巻き添えだ」
沈黙。
一瞬の判断。
「……調べておいて無駄は無いか」
――通った……!
次の瞬間――
「お前ら全員、両手で頭を抑えろ!!」
兄貴の怒声がバス内を貫く。
空気が凍る。
誰も逆らえない……!
同時に動く――
兄貴が一瞬で赤井秀一の頭に銃を突きつけ、
ペッシがジョディ・スターリングの頭に銃を当てる。
――速い……!
迷いがない……!
その隙に俺は――
赤井の胸元へ手を突っ込む。
――あった……!
冷たい感触。
拳銃。
ゆっくりと引き抜く。
ざわ……ざわ……
「カイジ……お前の言ったとおりだな」
兄貴の声。
「ここでドンパチされても困るからな」
カイジは静かに言う。
「あんたの正体は知らねえが、銃を持ってる時点でまともじゃない。預からせてもらう」
そのまま、ジョディ・スターリングの服も調べる。
――やっぱりか……!
もう一丁。
取り上げる。
これで――
――盤面が一気に安定した……!
銃という“爆弾”を封じた……!
バス内に、張り詰めた静寂が落ちる。
その空気の中で――
「……随分と手際がいいな」
赤井が低く呟く。
「そっちこそな。バスジャックに乗り合わせて銃持ちとは……運がいいのか悪いのか」
カイジは肩をすくめる。
「……民間人じゃないな」
「まあな」
短い応酬。
ジョディが口を開く。
「あなた……何者?」
「ただの運の悪い一般人だよ」
――もちろん嘘だ……!
だが、それでいい。
「……面白いわね」
「褒め言葉として受け取っとく」
軽く返す。
だが内心は――
――油断するな……!
こいつらはまだ終わってない……!
だが同時に――
――兄貴への“信用”は稼いだ……!
トリッシュ解放を止めるための布石……!
カイジは静かに息を吐く。
――次で決める……!
バスの中――。
銃を奪い、空気は一変していた。
さっきまで“いつ爆発してもおかしくない”状態だった場が、
今はかろうじて均衡を保っている。
だが――
――安心なんてできる状況じゃない……!
床に押さえつけられた
赤井秀一と
ジョディ・スターリング。
その周囲で、俺と――
プロシュートの兄貴、
ペッシが向き合う。
「……で、どうする兄貴?」
ペッシが口を開く。
「こいつら、ただの一般人じゃねえのは確定っすよね……」
兄貴は腕を組み、ゆっくりと2人を見下ろす。
「当然だ」
短く、重い一言。
「銃を持ってる時点で“部外者”だ。しかもこの状況で隠し持っていた……ただの警察でもねえな」
――その通りだ……!
俺も静かに口を開く。
「十中八九、組織か何かだろうな。少なくとも、今回の件とは別軸で動いてる連中だ」
兄貴の視線が俺に向く。
「……詳しそうだな、カイジ」
――試してる……!
「詳しいわけじゃない。ただ、“危険な匂い”は分かる」
あえて曖昧にする。
「こいつらを自由にしておくのは論外だ。さっきみたいに隙を突かれて撃たれたら終わりだ」
ペッシが大きく頷く。
「じゃあ縛るっすね、兄貴」
「ああ、確定だ」
――来た……!
方針は決まった。
「手足、両方だ。口も塞いでおけ。合図や連携を取られたら面倒だ」
「了解っす」
ペッシがすぐにロープを取り出す。
その様子を見ながら、兄貴が低く言う。
「カイジ……お前の判断は悪くなかった」
――きた……!
内心で息を吐く。
――評価……取った……!
「だがな」
一拍。
「一歩間違えれば、場を混乱させるだけだった」
「……分かってる」
即答する。
「だから確証を持てるラインまで見極めた」
――半分は嘘だ……!
だが言い切る……!
兄貴はしばらく俺を見たあと、ふっと鼻で笑う。
「いい度胸だ」
その間にも――
「おら、動くなよ……!」
ペッシが赤井秀一の腕を後ろに回し、縛り上げる。
「……手慣れてるな」
赤井が低く呟く。
「うるせぇ!」
すぐに縛り上げる。
続いて――
ジョディ・スターリングも拘束。
「……これで、ひとまず安心っすね」
「いや」
兄貴が即座に否定する。
「安心なんてねえ」
その声は冷たい。
「銃を持ってたのはこいつらだけとは限らねえ。まだ何か潜んでる可能性はある」
――そう……!
俺も頷く。
「それに、外は警察……中は俺たち……さらに別勢力がいる可能性もある」
ペッシが顔をしかめる。
「なんすかそれ……もうめちゃくちゃじゃないっすか……」
「だからこそだ」
兄貴が一歩前に出る。
「“主導権”を絶対に手放すな」
その言葉に、空気が締まる。
「人質、ルート、時間……全部こっちが握る」
俺は静かに付け加える。
「だからさっきの“解放する人質”も重要になる」
兄貴の目が細くなる。
「……ああ、そこだな」
――来る……!
トリッシュの件……!
ペッシが口を挟む。
「兄貴、さっきの女2人でいいんじゃないっすか?もう時間もねえし……」
――ここが勝負……!
カイジはゆっくり息を吐く。
「……いや、まだだ」
静かに言う。
「この状況、さっきより複雑になってる」
兄貴が興味深そうに見る。
「ほう?」
「銃持ちが紛れてたってことは、“予想外のリスク”が現実にあるってことだ」
一歩踏み込む。
「なら、人質の選定も“安全優先”で考え直すべきだ」
――トリッシュを外す……!
その流れに持っていく……!
バスの中、静寂。
次の一言で――
――全てが決まる……!