心読みの逆転探偵録 カイジVS名探偵コナン   作:梅酒24

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ファイル10:逆転交渉録 カイジ 中編②

張り詰めた空気の中、カイジはゆっくりと口を開く。

今ここでの一言が、すべてを左右する――。

「俺の考えとしては、この2人がこのバスの中の誰かを尾行していた」

床に縛られた

赤井秀一と

ジョディ・スターリングを顎で指す。

――本当は分かっている……!

あいつらが追っていたのは、おそらく――変装しているあの“新出先生”。

だが――

――ここでそれを言う必要はない……!

知らないフリをする。

情報は“出すタイミング”がすべてだ。

「その人物もやばい異物……そんな人間を解放したくはねえ……トリッシュがそうだとは言わないが、可能性はある」

一拍置く。

「ほぼ全員にその可能性があるんだ……ただし子供以外はな」

――ここだ……!

ざわ……ざわ……

空気が揺れる。

――“異物”という概念を広げた……!

しかも、すでに2人当てている。

つまり――

――俺の言葉に“信憑性”がある……!

ならば自然に導ける。

――子供以外、全員が疑わしい……!

――そんな中で誰を解放する……?

答えは一つ。

――子供二人……!

内心で確信する。

――これは通る……!

むしろ――

――ここでトリッシュを押し通したら不自然……!

兄貴とトリッシュの関係を疑わせる。

――それは兄貴も避ける……!

そしてもう一つ。

――人質交換は一回じゃない……!

今回を“安全な形”で通し、

次にトリッシュを出す……その方が合理的……!

――兄貴なら理解する……!

「兄貴ぃどうします??」と

ペッシが焦るように言う。

一瞬の沈黙。

そして――

「そうだな……子供二人と交換だ!!」

――よしっ……!

心の中で拳を握る。

(ちっ……ここでトリッシュを解放は俺たちが繋がっているのが見えてしまう……人質交換のタイミングはまだある……これは次に回した方がいいな)

――読み通り……!

プロシュートの兄貴の判断。

冷静……そして合理的……!

――これで第一関門突破……!

だが――休む暇はない。

その直後、再び連絡が入る。

目暮警部。

準備は完了――。

だが、受け渡しについて一悶着あったらしい。

最終的に決まったのは――

代々木パーキングエリア。

そして受け渡し役は――若い交通課の婦警+一般人女性の2人。

――なるほどな……!

ベテラン刑事を排除した。

奇襲リスクを下げるためか……。

――裏にいる“安室”の判断か……?

警戒は抜かりない。

そして――

バスが走り出す。

高速道路へ。

――静かだ……!

異様なほどに。

車がいない。

音もない。

――本当に人払いしてやがる……!

現実感が薄れる。

その中で――

「問題ねえな」

プロシュートの兄貴が呟く。

「外の連中も、警察の罠は確認できないって言ってる」

――外部にも仲間……!

抜かりない……!

「すげえっすね兄貴……ここまで徹底してるとは……」

ペッシが素直に感心する。

「当然だ。こういうのは“詰め”が甘いと終わる」

兄貴は淡々と答える。

その横で、カイジは窓の外を見る。

――何もない高速……。

――逃げ場も、隠れ場所もない……!

完全に“舞台”が整っている。

「カイジ」

兄貴が声をかける。

「なんだ?」

「さっきの判断……悪くなかった」

――また評価……!

「だがな」

一拍。

「お前、何か“見えてる”な?」

――……!

一瞬、空気が凍る。

――鋭い……!

「勘だよ」

即答する。

「こういう場面で生き残るには、それしかねえ」

嘘と本音の中間。

兄貴はじっと見る。

「……面白えな」

小さく笑う。

「兄貴、カイジってほんと変なやつっすよね……」

ペッシが苦笑する。

「普通じゃねえな」

兄貴も同意する。

「褒め言葉として受け取っとく」

カイジは軽く返す。

だが内心は――

――バレるな……!

能力のことは絶対に隠す……!

そして――

――次は受け渡し……!

その先には、また地獄が待っている。

カイジはゆっくりと息を吐く。

――まだ終わらない……!

――ここからが本番だ……!

 

――ふと、さっきのやり取りを思い返す。

目暮警部との交渉。

――あっさり決まりすぎた……。

あの男なら、もっと食い下がると思っていた。

条件の細部で揺さぶり、時間を稼ぎ、隙を作る――

――それが“いつもの目暮警部”だ……!

だが今回は違った。

ほぼ一発で条件を飲み、受け渡しの形もすぐに決まった。

――俺の交渉術……レベルアップしたか……?

一瞬、そんな考えがよぎる。

だがすぐに打ち消す。

――いや、違う……!

あの違和感……

裏にいる“安室”の存在……!

――あいつが全部組み立ててる……!

だからこそ無駄がない。

だからこそ、逆に怖い……!

そしてもう一つ。

――若い婦警と一般人女性……。

本来なら――

目暮警部自身が出てくると思っていた。

その方が交渉はやりやすい。

だが同時に――

――ごねる材料にもなる……!

だがそれすらなかった。

――最初から“通す前提”……!

「……まぁいい」

小さく呟く。

――1回目の人質交換は……楽勝だな……!

そう思った、その時――

「……おい」

プロシュートの兄貴がスマホをいじり始める。

「なんだ?」

「見てみろ」

画面に映っていたのは――ニュース。

「現在、正規の大犯罪者――伊藤カイジは、バスジャックを行い、人質を盾に10億円を要求しています――」

――は……?

思考が止まる。

「伊藤カイジ容疑者は過去にも多額の金銭トラブル、違法行為に関与した疑いがあり――」

画面には俺の名前、顔、そして過去……。

――おいおいおいおい……!

「警察は極めて危険な人物として全国に警戒を呼びかけており――」

――全国……!?

心臓がドクンと跳ねる。

「なお、この事件は極めて異例であり、複数の組織が関与している可能性も――」

――やめろ……!

「専門家は、“極めて計画性の高い犯行”と分析しています――」

――違う……!

半分くらい事故だぞこれ……!

「……クク」

横で兄貴が笑う。

「有名人だな、カイジ」

「……冗談じゃねえ……」

額に汗が滲む。

だがそれで終わらない。

画面が切り替わる。

「このニュースはすでに海外メディアでも大きく報じられており――」

――は……?

英語のテロップ。

外国のニュースキャスター。

「“JAPAN BUS HIJACK INCIDENT”――」

「“KAJI ITO, THE MASTER MIND――”」

――やべええええええ!!

「国際的にも注目されており、各国の専門家が分析を進めています――」

「“彼は冷静で計算高い犯人だ”」

「“単独犯ではない可能性が高い”」

――勝手にプロファイリングすんな!!

しかもなんか頭いい扱いされてるし!!

「インターネット上でも大きな話題となっており――」

SNSの画面。

“#カイジ事件”

“#天才犯人”

“#日本のバスジャック”

――タグ付けされてる……!

――世界的犯罪者じゃねえか……!

頭を抱えたくなる。

その時――

(ククク……カイジ……これでお前も世界的犯罪者だな……)

――うるせえ!!

怪盗キッド……!

やっぱりお前か……!

(歴史に名を残すぞ?良かったな?)

――嬉しくねえよ!!

「……どうしたカイジ?」

兄貴がニヤつく。

「いや……なんでもねえ……」

――なんでもよくねえけどな……!

だが、今はそれどころじゃない。

バスがゆっくりと減速する。

外を見る。

――見えてきた……!

パーキングエリア。

だが――

異様だった。

車が、ない。

人も、いない。

街灯だけが淡く光り、

広いアスファルトの空間が、まるで“無人の舞台”のように広がっている。

――静かすぎる……!

タイヤの音だけが響く。

ゴォォ……という低い振動。

バスはゆっくりと侵入する。

誰もいない。

本当に、誰も。

――ここで受け渡し……!

――逃げ場なし……隠れ場なし……!

完全に整えられた“交渉の舞台”。

「……いい場所だな」

兄貴が呟く。

「だろ?」

カイジも答える。

だが内心は――

――ここで全てが決まる……!

心臓が高鳴る。

――もう引き返せない……!

バスは静かに停止した。

――決戦の場所に、辿り着いた……!

――パーキングエリア。

静寂に包まれた空間で、バスは完全に停止した。

エンジンの低い振動だけが、現実を繋ぎ止めている。

「……よし、一旦休息だ」

プロシュートの兄貴が言い放つ。

その一言で、張り詰めていた空気がわずかに緩む。

――だが……油断はできねえ……!

「人質はペアで行動させる。足に縄を結べ」

「了解っす!」

ペッシが素早く動く。

ガサガサ……とロープが取り出される。

「おい、動くなよ」

次々と人質の足が結ばれていく。

――逃げられないように……だが完全拘束じゃない……!

トイレ、コンビニの利用は許可。

――“緩めた管理”……!

これも兄貴のバランス感覚……!

「トイレ行きたい奴は順番に行け。勝手な行動はするな」

静かな威圧。

誰も逆らえない。

 

コンビニ前。

無人の棚。

静かな蛍光灯。

「……妙に静かだな」

服部平次が小さく呟く。

(ほんまに誰もおらん……警察、徹底しとるな……)

「そりゃそうだろ、貸し切りみたいなもんだ」

カイジが答える。

(とはいえ……仕込みがないとは限らねえ……)

カゴに食料を詰めながら、視線を走らせる。

「おい、それ全部チェックするぞ」

バスに戻る。

 

「毒見だ」

カイジが淡々と言う。

「は?」

赤井秀一が眉を動かす。

「睡眠薬でも混ぜられてたら終わりだからな」

当然の理屈。

「お前と……あとそっち」

視線を向ける。

服部平次。

「俺もかいな!?」

「頭回る奴の方がいい。異変に気づきやすい」

――理由付け……!

納得させる。

赤井が小さく笑う。

「合理的だな」

(なるほど……俺たちを“使う”か……)

「文句あるか?」

「いや、ない」

赤井はパンを受け取り、一口かじる。

沈黙。

全員の視線が集まる。

――数秒……長い……!

服部も飲み物を一口。

「……問題なさそうやな」

(毒の気配はない……少なくとも即効性はなさそうや)

赤井も頷く。

「異常はない」

「よし、配れ」

カイジが指示する。

 

食事が配られる。

ざわ……ざわ……

少しだけ、人間らしい空気が戻る。

 

江戸川コナンが小声で言う。

「助かりました……」

(これで動ける……外に出られる……)

カイジは軽く視線だけ返す。

――分かってる……!

 

灰原哀は静かに飲み物を持つ。

(……まだいる……視線……どこかに……)

――やっぱり怯えてる……!

だが今はそれでいい。

 

怪盗キッド(蘭の姿)が笑う。

「こういう状況でも冷静ね、カイジ」

(ほんと面白いな……こいつ……)

「慣れてるだけだ」

――慣れたくなかったがな……!

 

阿笠博士が震えながらパンを食べる。

(新一……早く来てくれんかのぉ……)

――だからいねえって……!

 

拘束されたままの赤井が言う。

「ずいぶん丁寧だな」

「殺すつもりなら、もうやってる」

カイジは淡々と返す。

(……こいつ、ただの犯人じゃないな……)

赤井の視線が鋭くなる。

 

ジョディが苦笑する。

「人質に優しい犯人ね」

(でも油断はできない……この男、読めない……)

「誤解するな。効率の問題だ」

――感情じゃない……合理……!

 

服部がパンをかじりながら言う。

「カイジ……あんた、ほんまに何者や?」

「ただの一般人だ」

即答。

(絶対ちゃうやろ……)

 

その一部始終を――

バスの中から、プロシュートの兄貴が見ている。

腕を組み、静かに。

(……悪くない……統制が取れている……)

(カイジ……やはり使える……)

ペッシが横で小声。

「兄貴、なんか普通の休憩みたいっすね……」

「勘違いするな」

兄貴は低く言う。

「これは“嵐の前”だ」

その言葉に、空気が再び引き締まる。

 

カイジはバスを見上げる。

――次は……受け渡し……!

――ここからが本当の勝負……!

手の中のペットボトルが、わずかに震えていた。

――失敗すれば終わり……!

それでも――

――やるしかねえ……!

静かなパーキングエリアに、見えない緊張が張り巡らされていた。

――休憩が終わる。

静寂が戻ったパーキングエリア。

張り詰めた空気が、再び濃くなる。

そして――

20分後。

予定通り、1台のパトカーがゆっくりと近づいてきた。

――来た……!

タイヤ音がやけに響く。

誰もいない空間だからか、それとも俺の神経が尖っているからか。

パトカーが止まる。

ドアが開く。

降りてきたのは――

三池苗子。

小柄で、二つ結び。ミニパト仕様の軽装。

警察官ではあるが、いわゆる“現場の刑事”とは違う雰囲気。

交通安全課――

普段は違反取締や交通整理、地域の安全活動が主。

凶悪犯と対峙する部署じゃない。

武闘派でもなければ、駆け引きのプロでもない。

――つまり……

――“安全な人材”……!

「交通安全課の三池苗子です!」

はっきりとした声。

「私は武術も拳銃も得意ではないです!カイジさんが不利になるようなことは致しません!!お金も用意致しました!」

その裏で――

(ふううう……責任重大だぁ……本当に得意じゃないんだよなぁ……)

――丸聞こえ……!

ざわ……ざわ……

――問題ない……!

見た目、体格、心の声。

さらに兄貴の調べたデータ。

――安全そのもの……!

「俺は、このボスの伊藤カイジだ!!!!」

わざと声を張る。

“ボス”を名乗ることで、主導権を強調。

――だがその瞬間。

バサバサバサッ!!

「……!?」

空を見上げる。

ヘリコプター。

だが――警察じゃない。

――テレビ局……!

カメラがこちらを向いている。

――は……?

ざわ……ざわ……

――想定外……!

警察は抑えていたはずだ。

だが――

――こんな大事件、マスコミが黙ってるわけがねえ……!

一瞬で思考が加速する。

――どうする……?

ここで兄貴に確認……?

――ダメだ……!

“裏に指示役がいる”と疑わせる。

それは致命的。

――俺の判断でやるしかない……!

その時――

バスのカーテンが閉まる。

――……!

――どっちだ……?

中止か?

それとも続行か?

――いや違う……!

ここまで準備して中止はない。

――情報遮断……!

兄貴たちの姿を映させないため。

だが同時に――

――俺を見えなくしていいのか……?

いや、兄貴なら読む。

――スマホ……!

テレビ中継を通して監視。

――つまり……決行……!

覚悟が決まる。

「婦警さん」

カイジは冷静に言う。

「あそこにテレビ局が来ている。これは取り決めのイレギュラーだ」

一拍。

「だが取引は決行する。テレビ局は“あの1局のみ”認める。他は排除しろ」

さらに続ける。

「そしてこの中継は“生放送”にしろ」

――監視の目を利用する……!

三池が頷く。

「上に聞いてみます!」

(うわあああどうしよう上司に怒られるかなでも言うしかないよね!?)

――素直……!

目暮とは違う。

「許可が下りました!お金の受け渡しはどうします?」

――早い……!

「本物か確認する。ケースを全部地面に置け」

指示。

ガチャ……ガチャ……

ケースが並べられる。

カイジは一つ一つ確認する。

――本物……!

重さ、質感、違和感なし。

「どう?これで人質と交換してくれますか?」

「ああ。人質を連れてくる」

――あっさりしすぎ……?

一瞬の違和感。

だが――時間がない。

バスへ戻る。

そこにいたのは――

服部平次、

変装した新出、そして運転手。

スキーウェア姿。

――なるほど……顔隠し……!

「こいつらに金は運ばせる。子供たちは連れていけ」

そして――

江戸川コナンと

灰原哀を外へ。

交換。

三池が駆け寄る。

「コナン君、灰原さん……怖かったよね……おいで」

優しく抱きしめ、頭を撫でる。

(よかったぁ……無事でほんとによかったぁ……)

その横で――

スキーウェアの3人が金を運ぶ。

ガチャ……ガチャ……

――順調……!

――何も起きない……!

――いける……!

胸の奥で、張り詰めていたものが緩む。

――楽勝だった……!

――これで……!

だが――

その瞬間、ふと思い出す。

――一般人女性……?

そういえば、もう一人いたはず。

そして――

パトカーのドアが、もう一度開く。

一人の女性が降りる。

ざわ……ざわ……

――え……?

視界が揺れる。

心臓が止まる。

ざわ……ざわ……

――嘘だろ……?

「……」

言葉が出ない。

そこに立っていたのは――

「……」

――かあちゃん!!!?

世界が歪む。

頭が真っ白になる。

――なんでここにいる……!?

逃げ場が消える。

計算も、合理も、全部吹き飛ぶ。

――最悪だ……!

――一番会いたくない相手……!

カイジは、その場に立ち尽くした。

――ここからは……戦いだ……!

“犯罪者”としてではなく――

“息子”としての地獄が、始まる。

 

「カイジ!!!!あんたなんてことをやっているの!?」

その声が――

頭の芯を直撃する。

「かあちゃん!?」

視界が歪む。

ぐにゃあああああああ

世界が崩れる。

さっきまで組み立てていた論理、計算、駆け引き――

全部、砂みたいに崩れていく。

目の前に立っているのは――

俺を産んだ女。

逃げ場なんて、どこにもない。

――目が赤い……。

泣き腫らしている。

そりゃそうだ。

テレビで息子が“世界的犯罪者”扱いされてる。

――そりゃ泣く……!

――そりゃ止めに来る……!

だが――

――最悪だ……!

目暮警部より、よっぽどやりづらい……!

「何やってるのあんたは!!」

涙声なのに、声は鋭い。

「こんなことして……あんた、昔からそうだったわよね!」

――やめろ……!

「小学生の頃だってそう!遠足で財布忘れて、人の弁当勝手に食べて!!」

ざわ……ざわ……

――言うな……!

周囲の視線が一斉にこっちに集まる。

「中学の時もそうよ!テストで0点取って、“問題が悪い”とか言って開き直って!!」

――ぐっ……!

胸に刺さる。

「高校の時なんてもっとひどい!バイト3日で辞めて、“社会が悪い”って言ってたでしょ!?」

――やめろ……やめろやめろ……!

「ギャンブルだってそう!!借金作っては逃げて、逃げて、逃げて!!」

ざわ……ざわ……

笑いを堪えてるやつもいる。

――最悪だ……!

「挙げ句の果てにこれ!?バスジャック!?10億円!?」

涙を拭いながら叫ぶ。

「どこでどう間違えたのよあんたは!!」

――違う……!

言い返したい。

でも言葉が出ない。

全部――事実だからだ。

「昔からそうだった……!」

追撃は止まらない。

「言い訳ばっかりで!!都合悪くなったら逃げて!!」

――違う……!

心の中で叫ぶ。

――今回は違う……!

だが――

――それを説明できる状況じゃない……!

「人に迷惑かけて!!」

一歩近づいてくる。

「今回だってそうでしょ!?何人巻き込んでるのよ!!」

――くそ……!

足がすくむ。

さっきまでの“ボス”の威厳なんて、跡形もない。

ただの――息子。

「帰ってきなさい!!」

その一言。

「もうやめなさい!!」

――重い……!

銃よりも、脅しよりも、重い。

「こんなことしても、あんた幸せになれないわよ!!」

――知ってる……!

そんなこと、分かってる……!

でも――

――やるしかなかった……!

「……」

言葉が詰まる。

喉が動かない。

――やばい……!

このままだと――崩れる……!

後ろにいる

プロシュートの兄貴の存在が頭をよぎる。

――ここで揺らいだら終わりだ……!

「……」

拳を握る。

震える。

――立て……!

――踏ん張れ……!

ここで折れたら、全部終わる。

人質も、計画も、自分も。

ゆっくりと顔を上げる。

母親の涙を、真正面から見る。

――逃げるな……!

カイジは、かすれた声で絞り出す。

「……うるせえよ」

それは反抗でも、強がりでもない。

ただの――必死の防御。

――ここで飲み込まれたら終わる……!

胸の奥で何かが軋む。

だがそれでも――

カイジは立っていた。

母親の言葉に削られながらも、

まだ――崩れていない。

――くそおぉ……!!

頭の中で叫ぶ。

――これ……全国放送だろ……!

さっきのヘリ。

生中継。

世界配信。

――全部、流れてる……!

このやり取りも。

この情けない姿も。

全部――全国、いや世界中に……!

――最悪だ……!

だが――

だからといって。

「……すまない」と言って改心?

――できるわけねえ……!

そんなことをした瞬間――

――人質は殺される……!

後ろには

プロシュートの兄貴がいる。

――あいつは躊躇なくやる……!

つまり――

――ここは戦うしかねえ……!

相手が誰だろうと。

――かあちゃんでもだ……!

カイジは歯を食いしばる。

「……うるせえって言ってんだろ!!」

叫ぶ。

空気が震える。

母親が一瞬たじろぐ。

「何よその言い方は!!」

「だったら言わせてもらうぞ!!」

一歩踏み出す。

――逃げるな……!

「昔のこと、昔のことって……いつまで言ってんだよ!!」

「だって事実でしょ!!」

「事実でも!!今ここで関係ねえだろうが!!」

――違う……!

本当は関係ある。

全部繋がってる。

だが――

――今は否定するしかない……!

「関係あるわよ!!」

母親が叫ぶ。

「そうやって逃げてきた結果がこれでしょ!?」

「逃げてねえ!!」

――嘘だ……!

だが止まらない。

「俺はな!!いつだってその場その場で必死だったんだよ!!」

「必死であれ!?」

母親の目が見開く。

「人の弁当盗んだのも!?借金踏み倒したのも!?」

「それは……!」

言葉に詰まる。

――くそ……!

「ほら見なさい!!」

追い詰められる。

だが――

――ここで引いたら終わりだ……!

「だったらどうしろってんだよ!!」

逆に怒鳴る。

「俺がどうなれば満足なんだよ!!」

母親が一瞬言葉を失う。

その隙に――

「真面目に働け?普通に生きろ?」

吐き捨てる。

「できるならやってるっつーの!!」

――本音が漏れる……!

「俺はな!!普通ができねえんだよ!!」

静寂。

ざわ……ざわ……

「みんなみたいにコツコツやって、安定して、普通に生きる……」

首を振る。

「そんな器用なこと、できねえんだよ!!」

母親の顔が歪む。

「だからって!!」

「じゃあどうすりゃいい!!」

被せる。

「底辺でくすぶって、死ぬまでずっと負け続けろってか!?」

――違う……!

――違うけど……止まらない……!

「俺は嫌なんだよ!!」

拳を握る。

「負けっぱなしで終わるのがよ!!」

母親の目から涙がこぼれる。

「だから犯罪していいの!?」

「いいなんて言ってねえ!!」

即答。

「でもな!!」

息を荒くする。

「こうするしかなかったんだよ!!」

――言い切った……!

嘘でも、言い切る。

「これしかなかった……!」

母親が震える声で言う。

「そんなわけないでしょ……」

「あるんだよ!!」

「ない!!」

「ある!!」

言葉のぶつかり合い。

完全な泥仕合。

「じゃあ言ってみなさいよ!!」

母親が叫ぶ。

「他にどうすればよかったのよ!!」

――……!

詰まる。

一瞬、言葉が消える。

――ない……!

本当は、ない。

だからこそここにいる。

その沈黙を見逃さない。

「ほら!!」

母親の声が刺さる。

「結局逃げてるだけじゃない!!」

――くそ……!!

だが――

カイジは歯を食いしばる。

顔を上げる。

「逃げてねえよ」

低く言う。

「逃げてたら……ここに立ってねえ」

――開き直り……!

だが、それでもいい。

「俺はな……」

ゆっくりと続ける。

「全部背負ってここに立ってんだよ」

ざわ……ざわ……

母親が言葉を失う。

「だから――」

一歩踏み出す。

「今さら止まれねえんだよ」

――戻れない……!

――もう遅い……!

母親の涙が止まらない。

「……バカね」

小さく呟く。

「ほんとに……バカな子……」

その一言が――

一番、刺さる。

だが――

カイジは目を逸らさない。

逸らしたら終わる。

――戦いはまだ終わってねえ……!

息を吐く。

胸の奥が焼けるように痛い。

それでも――

立ち続ける。

“息子”としてではなく、

“今の自分”として。

「――あんたね!!」

かあちゃんの声が、さらに一段強くなる。

涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも一歩も引かない。

「中学生にもなって、おねしょしてたの誰だった!?」

――やめろおおおお!!

ざわ……ざわ……

空気が一気にざわつく。

「しかも“水こぼしただけだ”とか言い訳して!!布団びっしょびしょで!!」

――言うな……!!

頭が真っ白になる。

「……うるせえ!!」

反射的に叫ぶ。

「誰だって一回くらいあるだろ!!」

――ねえよ……!

内心で自分にツッコミが入る。

だが止まらない。

「それを何回も繰り返してたでしょ!!」

「成長期だったんだよ!!」

――苦しい……!

苦しすぎる言い訳……!

「成長期で布団濡らすか普通!?」

「個人差だろ!!」

ざわ……ざわ……

笑いをこらえる空気。

――地獄だ……!

だが、攻撃は終わらない。

「それだけじゃないわよ!!」

かあちゃんの指が突きつけられる。

「小学生のとき、かりんとうだと思って犬のうんち食べたの誰!?」

――やめろおおおおおおお!!

一瞬、時間が止まる。

そして――

ざわ……ざわ……ざわ……

爆発的なざわめき。

「……あれは事故だ!!」

必死に返す。

「形が似てたんだよ!!」

――最悪の言い訳……!

「似てても普通匂いで気づくでしょ!!」

「気づかなかったんだよ!!」

「口に入れてから気づいたんでしょ!?」

「……っ!」

言葉が詰まる。

――やめろ……思い出させるな……!

「しかも“意外といけるかも”とか言ってたじゃない!!」

「言ってねえよ!!」

――言った気がする……!

「言ってたわよ!!」

完全に押されている。

だが――

――ここで止まるな……!

「昔の話だろ!!」

無理やり押し返す。

「今関係ねえだろ!!」

「関係あるわよ!!」

即答。

「中身が変わってないってことなんだから!!」

――ぐっ……!

痛いところを突く。

「それに!!」

まだ続く。

「中学生まで一緒に寝てたの誰!?」

――ぐああああああ!!

ざわ……ざわ……

視線が痛い。

「一人で寝るの怖いって言って!!」

「ガキだったんだよ!!」

「中学生はガキじゃない!!」

「精神年齢の問題だ!!」

――苦しすぎる……!

「布団しがみついて“行かないで〜”って泣いてたじゃない!!」

「記憶違いだ!!」

――違わねえ……!

完全に思い出してしまった。

――最悪だ……!

だが、まだ終わらない。

「高校の時だってそう!!」

かあちゃんの声がさらに響く。

「バレンタインでチョコ一つも貰えなかったくせに!!」

――ぐっ……!

「私が作ったチョコを“もらった”って言って友達に自慢してたじゃない!!」

ざわ……ざわ……

――終わった……!

社会的に死んだ……!

「……あれは……!」

必死に言葉を探す。

「戦略だ!!」

――何言ってんだ俺……!

「戦略ぅ!?」

「そうだ!!」

開き直る。

「見栄張るのも社会で生きる技術だろ!!」

――苦しい……!

だが押し切るしかない。

「しかも“これ人気あるやつなんだよな〜”とか言って!!」

「雰囲気作りだ!!」

「虚しいだけでしょ!!」

「うるせえ!!」

叫ぶ。

胸が焼ける。

「じゃあどうすりゃよかったんだよ!!」

吐き出す。

「正直に“ゼロです”って言って笑われろってか!?」

――痛い……!

自分で言ってて痛い……!

「……」

かあちゃんが一瞬黙る。

その隙に――

「俺はな!!」

一歩踏み出す。

「その場その場で、なんとかしようとしてただけだ!!」

――必死だった……!

全部。

全部――

「ダサくても!!情けなくても!!」

声が震える。

「それでもやってきたんだよ!!」

静寂。

ざわ……ざわ……

「……」

かあちゃんが見つめてくる。

涙をこらえながら。

「……ほんとに」

小さく呟く。

「不器用ね、あんたは」

その言葉が――

一番、深く刺さる。

「……」

返せない。

何も言えない。

だが――

それでもカイジは目を逸らさない。

逃げたら終わる。

どれだけ過去を掘り返されても――

どれだけ恥を晒しても――

――今だけは、引けない……!

胸の奥で、何かが軋み続けていた。

 

――どれくらい言い合ったのか。

時間の感覚が、もう分からない。

怒鳴り合い、罵り合い、

過去を掘り返され、言い返して、また抉られて――

息が上がる。

喉が焼ける。

それでも、どっちも引かない。

「……」

沈黙。

ほんの一瞬だけ、静寂が落ちる。

その時――

(なんだかんだ言っても……)

――……!

心の奥に、声が流れ込む。

かあちゃんの“心の声”。

(この子が……自分から犯罪に手を染めるような子じゃないって……私は知ってる)

――やめろ……!

(きっと……何か事情があるのね……)

胸が締め付けられる。

(だって……そういう時の目をしてるから……)

――見るな……!

――分かるな……!

理解されるほど、苦しくなる。

全部、見透かされているようで。

「……」

顔を上げる。

涙で滲んだ目。

それでも、まっすぐこっちを見る。

――この人は……分かってる……!

全部じゃないにしても。

俺が“ただのクズ”じゃないってこと。

――それでも……!

ここで止まるわけにはいかない。

止まったら――終わりだ。

全部。

人質も、計画も、自分も。

カイジは、ゆっくりと息を吐く。

そして――

「……俺は」

声が震える。

それでも、絞り出す。

「俺はこの件をやり遂げる!」

一歩、後ろに下がる。

「だからこのままバスジャックを続ける!」

ざわ……ざわ……

空気が揺れる。

「じゃあな!!」

言い切る。

――もう振り返るな……!

足を動かす。

バスへ。

背中に視線を感じる。

――見てる……!

分かってる。

それでも――

振り返らない。

振り返ったら、崩れる。

バスのステップを上がる。

ドアが閉まる。

ガシャン――

外の世界と、切り離される。

その瞬間。

――……っ!!

力が抜ける。

座席に手をつく。

「……くそ……」

声が漏れる。

視界が滲む。

止まらない。

――なんでだよ……!

さっきまで、あんなに必死に戦ってたのに。

論理も、覚悟も、全部あったのに。

――かあちゃん一人で……!

全部、崩される。

「……っ……」

歯を食いしばる。

それでも――

涙が落ちる。

ぽた……ぽた……

止められない。

――情けねえ……!

――今さら……!

だが、それでも。

胸の奥が、どうしようもなく痛い。

その時――

「……終わったか?」

低い声。

振り向くと――

プロシュートの兄貴が立っている。

「……ああ」

短く答える。

顔は見せない。

見せたら、全部バレる。

兄貴はそれ以上何も言わない。

ただ一言。

「なら行くぞ」

エンジン音が強くなる。

ゴォォォ……

バスが、ゆっくりと動き出す。

窓の外。

パーキングエリアが遠ざかる。

――もう戻れない……!

カイジは、涙を拭う。

乱暴に。

「……やるしかねえ……」

小さく呟く。

声は震えている。

それでも――

前を向く。

――全部背負って、進むしかねえ……!

バスは再び走り出す。

次の地獄へ向かって。

 

カイジ――泣く!次号、安室登場

 

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