心読みの逆転探偵録 カイジVS名探偵コナン   作:梅酒24

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ファイル10:逆転交渉録 カイジ 後編

静かな室内。

いくつものモニターが淡い光を放つ。

その中央で、ひとりの男が腕を組みながら画面を見つめていた。

――安室透。

表の顔は私立探偵、そして喫茶店の店員。

だがその実態は、警察庁警備局に属する公安警察――

さらに別の顔すら持つ、三重スパイとも言える存在。

観察力、分析力、そして状況判断能力は群を抜いている。

感情に流されることなく、常に“最適解”を探る男。

その安室が今、見ているのは――

バスジャック事件の生中継。

「……なるほど」

小さく呟く。

画面の中では、伊藤カイジが母親と対峙している。

だが安室の目は、表面的なやり取りではなく――

“違和感”を追っていた。

――バスジャック犯は、伊藤カイジ君が主犯じゃない。

そう結論づける。

理由は明確だった。

「重要な局面での質問に対して……即答していない」

映像を巻き戻す。

何度も確認する。

「……考える“間”がある」

指で机を軽く叩く。

トン、トン、と一定のリズム。

「あれは思考ではなく……確認だ」

つまり――

「自分で決断していない」

静かに言い切る。

「背後に、指示を出す存在がいる」

目を細める。

――糸を引いている“本体”。

それが別にいる。

「そして……」

画面を見つめたまま続ける。

「500円玉の件」

わずかに口角が上がる。

「あれは……こちらの“探り”だった」

本来であれば、1万円札で揃えることは可能だった。

だがあえて――

500円玉、1000円札、5000円札を混ぜる。

理由は一つ。

「相手の力量を測るため」

負担を増やすことで、相手の判断を見る。

機動力を削ぐ狙いもある。

だが――

「対応が早すぎる」

すぐに修正された。

「つまり……現場の判断ではない」

即応できる指揮系統がある。

それも、かなり優秀な。

「……面白い」

だが同時に、別の違和感もあった。

「人質解放……」

映像の一部を止める。

「本来なら1人で粘る場面で……2人にした」

指で画面をなぞる。

「しかも、ほぼ迷いなく」

――ここが決定的だ。

「人質解放に積極的すぎる」

つまり――

「殺す気がない」

いや、正確には。

「殺させたくない」

そこから導かれる結論は一つ。

「……伊藤カイジ君は」

わずかに目を伏せる。

「スケープゴートだろうね」

過去の記録が頭をよぎる。

指名手配、補導歴、トラブル。

「“犯人として成立する人物”」

だから選ばれた。

「都合がいい」

そして――

「操りやすい」

画面の中で、カイジが泣いている。

その様子を、安室は静かに見つめる。

「……やはり」

小さく呟く。

「本物のボスではない」

母親の言葉一つ一つに反応する。

感情が揺れる。

涙を流す。

「優しさも、迷いもある」

そんな人間が、主犯であるはずがない。

「99%……言いなりだね」

断言する。

だが――

問題は別にある。

「僕が前に出れば……」

視線を外し、天井を見上げる。

「この事件は、もっと早く動かせる」

しかし。

「上が許可しない」

皮肉なものだ、と心の中で笑う。

現場の最適解と、組織の判断は必ずしも一致しない。

「目暮警部は……」

わずかに眉をひそめる。

「母親を説得役に使えば解決すると考えている」

だが――

「本質が見えていない」

静かに首を振る。

「この事件は、そんなに単純じゃない」

敵はカイジではない。

「戦う相手が違うんだ」

しかし、それも断定ではない。

「……あくまで、現時点での推測」

情報はまだ断片的。

確証には至らない。

だからこそ――

「完全には否定しない」

母親の投入。

それ自体は無駄ではない。

「プロファイリングには使える」

感情の揺れ。

反応。

判断の傾向。

すべてデータになる。

だから――

「止めなかった」

むしろ。

「利用した」

視線をテレビに戻す。

「そして……生放送」

警察がカメラを回せば、交渉は壊れる。

だが。

「第三者なら話は別だ」

テレビ局。

突発的な介入。

その形を取ることで――

「信頼関係はギリギリ維持される」

リスクはある。

だが計算の範囲内。

「成功率は……70%」

静かに呟く。

「それでも、彼らは取引を続ける」

なぜなら――

ここまで来て崩すのは、お互いに“痛すぎる”から。

画面の中。

パーキングエリア。

人質交換。

子供たちが解放される。

「……いい」

わずかに頷く。

「最低限の情報は拾える」

ここからが本番だ。

「子供たちから事情聴取を行う」

そして――

「目暮警部には退いてもらう」

その後。

「僕が指揮を取る」

視線が鋭くなる。

「そうすれば……」

ほんのわずかに、口元が緩む。

「この事件は、終わる」

だがその目は、まったく笑っていなかった。

すでに――

“次の一手”を見据えている目だった。

 

***

【コナン視点】

ドアが静かに閉まる。

カチリ――

その音が、妙に重く感じた。

――ここは……取調室、みたいなもんだな……

部屋の中はシンプル。

机と椅子、それに向かい合う男。

安室透。

柔らかい笑顔。

だが、その奥にある視線は鋭い。

――この人……ただ者じゃない……

前から分かっていた。

ただの喫茶店店員でも、ただの探偵でもない。

――全部、見透かしてくるタイプだ……

一歩間違えれば、こっちの正体にも踏み込んでくる。

そんな相手。

完全にはバレていない。

だが、“普通じゃない”ことは認識されている。

「コナン君がバスの中で見た知っていることを話してくれないか」

静かに言われる。

逃げ場はない。

――どうする……

一瞬で思考を回す。

全部話すか?

いや、それはダメだ。

黒の組織の存在。

灰原のこと。

あのバスにいた“異物”たち。

――軽々しく話せる内容じゃない……

でも。

――この人なら……

一瞬だけ、迷いがよぎる。

公安。

情報を扱うプロ。

下手な警察より、よっぽど頼れる。

――いや……ダメだ……

まだ早い。

確証がない。

この人がどこまで知っているのかも分からない。

――慎重にいく……

コナンはゆっくり口を開く。

「……あのね、安室さん」

あえて子供らしい口調。

だが中身は違う。

「バスの中、ちょっと変だったよ」

安室の目がわずかに細まる。

「変、とは?」

「犯人……カイジさん」

名前を出す。

「なんか……おかしかった」

――どう言う……?

「指示を出してるのに、迷ってる感じがあった」

安室の指が止まる。

「決断してるっていうより……誰かに確認してるみたいな」

一瞬、沈黙。

――やっぱり食いついた……

「なるほど……」

安室が小さく頷く。

その反応で確信する。

――この人も気づいてる……

「あとね」

続ける。

「人質、あんまり傷つける気がなかった」

「ほう?」

「むしろ……守ろうとしてる感じ」

頭の中に、あのやり取りが浮かぶ。

カイジの言葉。

迷い。

涙。

――あの人は……

「悪い人、じゃないと思う」

正直な感想。

すると安室が少しだけ表情を変えた。

「……そう思う理由は?」

「……」

一瞬、言葉を選ぶ。

――言っていいか……

でも。

「本当に悪い人だったら……あんな風に泣かない」

あの時のカイジの顔。

母親とのやり取り。

あれは演技じゃない。

――本物だ……

安室は黙って聞いている。

その沈黙が逆に怖い。

「それと……」

ここからが問題だ。

言うか、言わないか。

――……少しだけだ

「バスの中に……ちょっと危ない人たちもいた」

安室の視線が鋭くなる。

「危ない、とは?」

「銃、持ってそうな人とか」

あえてぼかす。

だが。

「……」

安室の空気が変わる。

完全にスイッチが入った。

――やっぱり、そこに反応するか……

「誰か分かるかな?」

「うーん……」

首をかしげるフリ。

「よく分かんないけど……大人の人たち」

――赤井さんとジョディ先生……

でもここは出さない。

まだ早い。

「なるほど……」

安室はそれ以上深追いしない。

だが分かる。

――全部、繋げてる……

「ありがとう、コナン君」

柔らかく言う。

「とても参考になったよ」

――嘘じゃない……

本当に“使う”つもりだ。

コナンは椅子から降りる。

ドアに向かう。

その時――

「コナン君」

呼び止められる。

振り返る。

「君は……ただの子供じゃないね?」

――……!

一瞬、心臓が止まる。

だが。

「えー?なにそれ〜!」

笑ってごまかす。

「ただの小学生だよ!」

ドアを開ける。

外に出る。

パタン――

閉まる。

廊下に出た瞬間。

「……はぁ」

小さく息を吐く。

――危なかった……

でも同時に思う。

――この人なら……

使える。

そして――

向こうも同じことを思っているはずだ。

互いに探り合いながら。

それでも協力する。

――この事件……

普通じゃない。

カイジ。

黒の組織。

謎の“ボス”。

全部が絡み合っている。

コナンは目を細める。

――必ず暴く……

真実を。

どんなに複雑でも。

どんな相手でも。

 

***

――人質交換から1時間。

静まり返った車内。

さっきまでの緊張が、じわじわと別の重さに変わっていく。

――まだ終わってねえ……

むしろここからが本番。

その時。

プルルルル……

着信音。

「……来たか」

反射的にそう思う。

――目暮警部か……

だが。

画面に映ったのは――

知らない男。

金髪、色黒、涼しい目。

「僕は、安室透。目暮警部は夜勤明けだったから交渉役は交換した。睡眠は生理的な現象だから大目に見て欲しい。僕では力不足と感じるなら目暮警部が起きるまで待ってて欲しい」

――こいつが安室……

思ったより若い。

冷静。

無駄がない。

――むしろ好都合か……?

経験が浅い可能性。

押し切れる余地がある。

「問題ない……起きるまで待ってられないからな」

短く返す。

「次の人質交換について決めたい。次は3億円を用意するつもりだ」

――3億……?

その時。

(コナン君が言うにはカイジ君はなかなかに優秀だと言う。ここは僕のまばたきを使ってのモールス信号を使ってみよう……コノモールスシンゴウガワカッタラ ヒダリテデアタマヲカイテ)

――……は?

モールス信号?

分かるわけねえだろ……!

だが――

――心の声で読める……!

それなら対応できる。

俺は、さりげなく――

左手で髪をかく。

「……おい、4億円は無理なのか?」

(ツタワッタヨウダ……キミハシュハンデハナイ……クロマクガイルンダネ?……ハイナラ、ハナヲサワッテ、イイエナラミギメヲオサエテ……)

――鋭いな……

もうそこまで読んでるのか。

――だが……乗るしかねえ……

俺は鼻を触りながら、あえて怒鳴る。

「ふざけるな!!3時間で3億円用意できるなら目暮警部はちんたらしすぎじゃないか、舐めてるのか!!!!」

内心とは裏腹に、強気を演じる。

「聞いてくれ……さっきの3時間とこれからの3時間は根本的に違うんだ」

(ハンニンハ フタリダネ?ハンニンノニンズウ ヲユビデ)

――人数か……

コナン君……2人って伝えたのか?

いや違う。

――3人だ……

ここは正確に。

俺は、3本指を立てる。

「どういう意味だ?説明しろ」

「目暮警部が連絡したときにはすぐに対応できないと言っていた銀行がほとんどだったが、6時間あれば用意できる銀行もあった。その銀行からかき集めている最中なんだ」

(3人……!?コナン君の情報が違う…… プロシュートノアニキ ペッシ イガイニイルノカ? イチバンウシロノセキノニンゲンカ?コレカラノシツモン ハイナラヒダリミミヲサワリ イイエナラヒダリミミヲサワリデ)

――来たな……

さらに踏み込んできやがる。

俺は――

左耳を触る。

「なるほど。それなら3億で……」

その瞬間。

横から――

視線。

プロシュートの兄貴。

指で「9」の合図。

――マジかよ……!

9億……?

無茶だ。

絶対通らねえ。

さらにスマホに表示される文字。

“リゾットの釈放を叩きつけろ”

――そういうことか……

金だけじゃない。

本命はそっち。

「……いや……今のは無しだ。3時間で9億だ」

空気が変わる。

「待ってくれ……3時間で9億だと……?物理的に無理だ」

(ソレハオトコ?)

――座席の情報から絞ってる……

コナン……やるな。

俺は右耳を触る。

「やるんだ。人質がどうなってもいいのか?」

「良くはない……ただ9億円となると500円玉と100円玉を使っても5億に届くかどうか。それでもいいか?」

(ナニカウラノモクテキガアルノカ?)

――あるに決まってるだろ……

だが言うわけにはいかねえ。

兄貴を見る。

首を横に振る。

――否定か……

俺は左耳を触る。

「話にならない。駄目だ」

「そうなると僕の方では何も対応できない。無理なことは無理だ」

――ここだ……

切り替える。

「だったら全て1万円札で3億円と残り6億円の代わりに刑務所にいるリゾットの解放をしてくれ」

空気が張り詰める。

兄貴を見る。

――こくり。

頷き。

――これでいい……

「分かった上に確認を取る」

その時――

(キョウノシュクハクバショトシテ キミノオネエサンガハタラク シンジュククヤクショヲ テイアンシテクレ チカシツガアリ スモークシールドガハラレタコウヨウシャガ スウダイアル トウソウヨウノクルマダ ハンニンハリゾットヲシャクホウゴ カネヲモッテ キミタチヲゼンインクチフウジデサツガイヲシ ニゲルダロウ)

――……!

一瞬、思考が止まる。

同時に――

理解する。

――こいつ……全部読んでやがる……

逃走ルート。

裏の目的。

最悪の結末。

そして――

“俺たちが殺される未来”まで。

――安室透……

背筋が冷える。

だが同時に。

――同じ考えだ……

俺の中の最悪の想定と、完全に一致している。

姉ちゃんの職場。

新宿区役所。

地下。車両。遮蔽。

――確かに、完璧な拠点だ……

「……」

一瞬だけ黙る。

だがすぐに顔を上げる。

「分かり次第電話をしろ」

それだけ言う。

通話が切れる。

プツン――

静寂。

――とんでもねえ奴が出てきた……

だが。

恐怖だけじゃない。

「……やるしかねえな」

小さく呟く。

これはもう――

ただの交渉じゃない。

化け物同士の読み合いだ。

そして俺は――

そのど真ん中にいる。

車内に重い沈黙が落ちる。

エンジン音だけが、低く唸っている。

その中で――

プロシュートの兄貴が口を開く。

「なぁ、カイジ。俺たちにとって金はブラフだ。リゾットの解放が確認できたら、このバスからとんずらする。人質交換の人数は3人だ」

――やっぱり、そこか……

予想通り。

だが問題はその先。

(俺、トリッシュ、ペッシ……そしてバスは爆発させる……)

――……!

心臓が一瞬止まる。

爆発。

つまり――

証拠も、人質も、全部消す。

「その中に兄貴たちが紛れるということか?」

声は冷静に。

だが内心は――

――通せるか、そんなもん……!

「ああ……そのつもりだ」

あっさりとした返答。

迷いがない。

――くそ……

このままじゃ全員死ぬ。

「事情聴取をすることにならないか?」

言葉を選びながら切り込む。

「子供二人を解放しているから声などで兄貴たちが主犯格といわれるんじゃないか」

一瞬の間。

兄貴は鼻で笑う。

「いや。子供の証言なんか大したことはねーよ。そんなんで俺たちはびびらねえ。俺たちがびびらず否定し続ければ子供の聞き間違えってことになるだろ」

――強引だが……筋は通ってる……

だが、それだけじゃない。

「それだけじゃない」

一歩踏み込む。

「リゾットを解放しているなら2人のことも因果関係を見つけているはずなんだよ」

空気がわずかに変わる。

「それはあるな……」

兄貴の目が細くなる。

「というか、お前、なんで俺たちにそこまで手助けしようとするんだ」

――来たか……

ざわ……ざわ……

当然の疑問。

――ここが分岐点だ……

下手なことを言えば、即終了。

「……」

一瞬だけ間を取る。

そして――

「俺に1億円の分け前を貰いたいからだ」

言い切る。

「4億のうちの1億円だ……」

――欲望で塗る……

それが一番自然だ。

兄貴がじっとこちらを見る。

数秒。

長い沈黙。

「なるほど……」

小さく頷く。

――通った……!

「まぁいい。その代わり知恵を絞り出してくれ……」

「……ああ」

息を整える。

ここからが本番。

「取引場所を、新宿区役所にしたい」

兄貴の眉がわずかに動く。

「理由は俺の姉貴が区役所職員で、地下にスモークシールドを張った公用車がある」

――安室の読み通りだ……

だがそれを自分の案として出す。

「それを使って囮を逃がしている隙に裏通りから兄貴たちが逃げるというのはどうだろうか?」

言葉を重ねる。

「警察と接触しない方法を取る」

さらに畳みかける。

「もちろん取引をする場合は新宿区役所半径〇キロメートルは人払いする。そして公用車の追跡は禁止する。追跡すると人質を殺す……そういう条件をつける」

――逃げ道を用意しつつ……

――人質は守る……

これがギリギリのライン。

兄貴は腕を組む。

考えている。

そして――

「なるほど……ありだな」

――よし……!

だがまだ足りない。

「ただ、確実に成功をするために……」

息を整える。

「服部平次を作戦会議に参加させたい」

空気がピリッと張る。

「どういうことだ」

「彼は西の名探偵で頭がキレる」

真っ直ぐ言う。

「全員生存のために力になってくれるはずだ」

――ここで引き込む……

あいつなら理解する。

状況も、意図も。

そして――

生き残る道を選ぶ。

兄貴がペッシを見る。

ペッシもわずかに頷く。

「……いいだろう」

許可。

「呼べ」

――来た……!

カイジは振り返る。

「おい、服部」

声をかける。

人質の中から――

服部平次が顔を上げる。

鋭い目。

状況を完全に理解している目だ。

「なんや?」

軽い口調。

だがその奥は――

研ぎ澄まされている。

「ちょっと来い」

短く言う。

服部が立ち上がる。

縄で繋がれたまま、ゆっくりと近づく。

「……ほな、聞かせてもらおか」

ニヤリと笑う。

「どんな無茶な作戦や」

――頼むぞ……

カイジは内心で呟く。

――全員生き残る道……

――ここで作るしかねえ……!

バスの中で、

新たな“共闘”が始まろうとしていた。

バスの中――

重たい空気の中で、服部平次が一歩前に出た。

その動き一つで、場の主導権が切り替わる。

――来る……まとめるぞこいつ……!

服部は軽く首を鳴らし、全員を見渡す。

「……ええか、ここからは“筋書き”を作るで」

その一言で、全員の視線が集まる。

「ただ逃げるだけやない。警察に“そう見せる”んや」

――見せる……?

カイジの中で、点と点が繋がり始める。

 

■ 実行犯の“偽装”

服部がゆっくり指を差す。

「まず前提や」

「今回の実行犯は――」

一拍。

「ジョディ先生、赤井秀一、そしてカイジ」

ざわ……ざわ……

――俺も入るのか……!

「拳銃持っとったこの2人を軸にして、“武装犯グループ”って構図を作る」

服部は冷静に続ける。

「カイジはその中の一人。つまり“操られてた可能性がある側”にも見せられる」

――なるほど……

――完全な主犯じゃなく、“駒”にも見せられる……!

 

■ 人質交換

「次や」

服部は迷いなく言う。

「人質交換は女性二人」

「毛利蘭とトリッシュや」

カイジの心臓がドクンと鳴る。

――トリッシュ……ボス……!

だが顔には出さない。

「交換役はさっきの婦警」

「場数踏んでへん=警戒されにくい」

――確かに……

――あの人なら通る……

 

■ 囮作戦(多層)

服部の目が鋭くなる。

「ここからが本番や」

指を立てる。

「囮は一つやない。“連続”や」

 

● 囮1

「まず囮1」

「ジョディ先生とアガサ博士」

「この2人で動く」

「警察が追うかどうかを“観測”する」

――様子見……!

 

● 囮2・3(同時)

「追跡がなかった場合」

「次は同時や」

「囮2で新出先生」

「囮3でカイジ」

一気に空気が張り詰める。

――俺も囮……!

「同時に走らせることで、警察の“対応限界”を見る」

「どこにリソース割くかで、本命ルートが読める」

――分析……完全に分析だ……!

 

● 本命(本丸)

服部の視線がゆっくりと移動する。

プロシュートとペッシへ。

「追跡が分散、もしくは無いと判断したら――」

「本丸や」

低く言い切る。

「兄貴とペッシが金を積んで逃走」

沈黙。

――ここが核心……

 

● 囮4

「最後にもう一つ」

「囮4や」

「運転手に“空のケース”積ませて、全力で逃がす」

「視覚的に“本命っぽく見える”」

――騙しの極み……!

 

■ 最後の仕上げ(責任の押し付け)

服部は静かに締めに入る。

「そして――」

「区役所に残る人間」

指を二人に向ける。

「赤井秀一と俺や」

ざわ……

「ここでストーリーを完成させる」

カイジの喉が鳴る。

「赤井秀一が“黒幕”」

「カイジは操られていた側」

「そう警察に認識させる」

――俺は……逃げる側じゃない……

――“残される駒”……!

だが――

それでいい。

それで全員が助かるなら。

 

■ 服部の締め

服部はゆっくりと全員を見る。

「この作戦の肝は一つや」

静かに言う。

「“情報をコントロールすること”」

――情報……

「警察に何を見せるか、何を見せへんか」

「それで勝敗が決まる」

一歩引く。

「これでいける」

その言葉に――

空気が固まる。

カイジは拳を握る。

――綱渡り……

――一歩間違えれば全滅……

それでも――

――これが一番、生き残れる道だ……!

――新宿区役所前。

異様な静けさだった。

本来なら人の往来でざわつくはずの場所が、完全に“抜かれている”。

規制線の向こう、遠巻きに警察車両。だが踏み込んではこない。

――始まる……

バスの中、俺は唾を飲み込んだ。

 

――人質交換、その直前。

張り詰めた空気の裏側で、もう一つの“取引”が進んでいた。

場所は都内某所――

重い鉄扉が、ゆっくりと開く。

ギィィィ……

冷たいコンクリートの廊下に、足音が響く。

カツ……カツ……

その奥から現れた男。

長身、無表情、そして底知れない圧。

リゾット・ネエロ。

手錠が外される。

「……釈放だ」

警官が短く告げる。

だがその声はどこか硬い。

――圧に飲まれている……

リゾットは何も言わない。

ただ静かに、周囲を観察する。

(……妙だな……)

心の奥で冷静に分析する。

(警戒はしている……だが、過剰ではない……本気で解放するつもりか)

外に出る。

光。

一瞬、目を細める。

その先――

一台の車。

運転席には、軽薄そうな笑みの男。

メローネ。

「やっと出てきたかよ、リゾット」

軽い口調。

だが目は鋭い。

「……遅い」

リゾットが短く返す。

メローネは肩をすくめる。

「警察様も慎重でねぇ〜?ま、無事ならいいだろ?」

(……生きてる……本物だな)

メローネの心の声。

観察している。

細部まで。

「乗れよ。兄貴たち待ってる」

リゾットは無言で後部座席へ。

ドアが閉まる。

バタン。

車がゆっくりと動き出す。

――その途中。

メローネはバックミラー越しに観察を続ける。

(挙動……呼吸……視線……)

(間違いねえ……こいつは本物だ)

「……なぁリゾット」

軽く話しかける。

「今の状況、どう見る?」

リゾットは窓の外を見たまま。

「……警察は譲歩している」

短い答え。

「だが、それだけじゃない」

「ほう?」

「裏で動いている人間がいる」

メローネの口角が上がる。

(さすがだな……)

「まぁな……こっちも一枚岩じゃねえし」

――確認は十分。

メローネはポケットからスマホを取り出す。

ピッ。

発信。

数秒後――

「……兄貴」

低い声。

相手は――

プロシュート。

「どうだ」

短い問い。

メローネは即答する。

「確認した」

一拍。

「リゾットは本物だ」

沈黙。

だがその沈黙の奥で――

空気が変わる。

「……そうか」

兄貴の声が低く響く。

「なら次に進む」

その一言で、全てが決まる。

メローネはニヤリと笑う。

「了解。こっちは安全圏まで下がる」

通話終了。

ピッ。

車はそのまま走り続ける。

後部座席。

リゾットが静かに呟く。

「……随分と派手なことをしているな」

メローネは笑う。

「だろ?バスジャックなんてよ」

(だが……)

(本命はそこじゃねえ)

そして同時刻――

バスの中。

プロシュートがゆっくりと顔を上げる。

「……確認は取れた」

ペッシが身を乗り出す。

「兄貴ぃ!?」

「リゾットは無事だ」

その一言。

ざわ……ざわ……

空気が震える。

「よし……」

兄貴が立ち上がる。

「これで“金は用済み”だ」

カイジの心臓が跳ねる。

――来た……

本当の勝負が。

「次は――」

低く、確実に。

「脱出だ」

――全てが動き出す……!

 

 

■ 人質交換

「行くで」

低く告げるのは、服部平次。

その声で、全員が動き出す。

「蘭姉ちゃん、トリッシュ……前へ」

毛利蘭が一歩前に出る。

「……大丈夫、必ず戻ってくるから」

その声は震えていない。

――強えな……

一方でトリッシュは静かに歩く。

(……ここで出るのも悪くない……状況はまだ掌の上……)

――やっぱりこいつ……!

だが表情は変えない。

外では、あの婦警――三池苗子が待っている。

「準備はできています!」

声は張っているが、どこか必死だ。

「ケースを地面に置きます!」

ガチャ……ガチャ……

重い音。

金の詰まったケースが並べられる。

「人質をお願いします!」

「……行け」

背後から、プロシュートの兄貴の声。

蘭とトリッシュがゆっくりと歩く。

その間――

全員の視線が一点に集中する。

――今だ……

交換成立。

婦警が二人を抱き寄せる。

「大丈夫です!もう安全です!」

その瞬間――

服部が小さく呟く。

「……スタートや」

 

■ 囮1発進

「ジョディ先生、博士、行くで!」

ジョディ先生が肩をすくめる。

「やれやれ……こんな形で協力するとはね」

(でも……悪くない展開ね)

アガサ博士は慌てながら。

「わ、わしが囮とはのう……!」

二人は車に乗り込む。

ブロロロロ……

エンジン音が響く。

「行くぞ!」

車が飛び出す。

――警察は……!?

数秒。

沈黙。

無線のざわめきはあるが――

追ってこない。

「……来てへんな」

服部が呟く。

 

■ 囮2・3 同時発進

「次や!」

服部の声が鋭くなる。

「新出先生、カイジ!」

「……ああ」

俺はドアを開ける。

外気が一気に流れ込む。

(……ここで捕まれば終わり……)

心臓がうるさい。

だが止まれない。

「行くで!!」

同時に――

二台が発進。

俺の車と、新出の車。

アクセルを踏み込む。

――来るか……!?

バックミラーを見る。

……警察は動かない。

「……っ!」

――読めねえ……!

「どうや……?」

服部が無線越しに呟く。

「……まだ動かん」

 

■ 本丸発進

その瞬間――

服部が低く言う。

「……今や」

バスの中。

「兄貴ぃ」

ペッシが緊張した声で。

「行くぞ」

プロシュートが立ち上がる。

ケースを積み込む。

ドン……ドン……

重い音。

「これが本命や」

ペッシがニヤリと笑う。

「へへ……逃げ切るぜ兄貴」

車が静かに発進する。

音を抑え、気配を消すように。

――頼む……

――行ってくれ……!

 

■ 囮4

「最後や!」

服部の声。

「運転手!!」

「承知しました」

あの無表情な運転手が答える。

(役割は理解しました……)

空のケースを積み――

ブォン!!!

爆発的な加速。

「派手に行きます」

車が猛スピードで飛び出す。

――目立つ……!

――あれは追う……!

 

■ 区役所内部

静寂。

残ったのは――

俺じゃない。

赤井秀一と、服部平次。

赤井が静かに言う。

「……見事だな」

服部が肩をすくめる。

「まだ終わってへんで」

赤井は目を細める。

「これで、筋書きは完成だ」

外ではサイレンが鳴り始める。

「さて……」

服部が呟く。

「ここからが“芝居”や」

――そして……

全ての歯車が、同時に動き出した。

――ざわ……ざわ……

ハンドルを握る手が、じっとりと汗ばむ。

(……やばい……)

バックミラー。

そこに映るのは――

赤色灯。

回転する光。

パトカー。

(……来てる……!俺の車だけ……追跡されてる……!)

心臓がドクンと跳ねる。

無線が耳元でざわつく。

『……こちら運転手、発進完了』

『本丸、移動開始』

――来た……!

(兄貴たちは逃げた……!)

つまり――

(バス爆破は無し……)

(人質も無事……)

(兄貴たちも逃走開始……)

一瞬、思考がクリアになる。

(……この時点で……俺たちの勝ちだ……!)

なのに――

「こちらカイジ」

無線に声を乗せる。

「パトカーに追跡されている」

数秒の沈黙。

そして返答。

『……こちら囮2、追跡なし』

『こちら本丸、問題なし』

『囮4、追跡なし』

――え……?

(……俺だけ……?)

その瞬間――

後方から、拡声器の声が響く。

「伊藤カイジ!!!!」

ビリビリと鼓膜を打つ声。

「囮作戦なのはバレている!!!!」

「ワシの目は誤魔化せない!!!!」

――この声……!

(目暮警部……!)

歯を食いしばる。

(くそ……読まれてたか……!)

だが――

(……いい)

(全員無事なら……それでいい……!)

アクセルを踏み込む。

ブォォォォン!!!

エンジンが唸る。

車が前へ弾けるように加速する。

「来いよ……!」

思わず呟く。

「付き合ってやる……鬼ごっこ……!」

 

■ カーチェイス

交差点。

信号は――赤。

だが――

「行くぞ……!」

アクセルを踏み抜く。

キュルルルル!!

タイヤが鳴く。

ギリギリで交差。

横から来た車がクラクションを鳴らす。

プァァァン!!

「危ねえだろ!!」

怒号が飛ぶ。

(悪いな……今は止まれねえ……!)

バックミラー。

パトカーも突っ込んでくる。

――しつこい……!

「カイジ!!止まりなさい!!」

目暮の声。

だが――

止まらない。

細い路地へ。

ハンドルを切る。

キュッ!!!

タイヤが悲鳴を上げる。

(狭い……だが……!)

(パトカーじゃ入りにくい……!)

だが――

「くっ……!」

後ろからもついてくる。

(離れねえ……!)

 

■ 判断

呼吸が荒くなる。

だが思考は冴える。

(逃げ切る必要はねえ……)

(時間を稼げばいい……)

(兄貴たちが完全に逃げ切るまで……!)

橋を渡る。

トンネルに入る。

光と影が高速で切り替わる。

(まだだ……まだ走れる……!)

だが――

視界の端。

燃料計。

――針が、下を向いている。

(……嘘だろ……)

(……もうこんなに減ってんのかよ……!)

 

■ 最後の加速

「……っ!」

歯を食いしばる。

(ここで止まったら……ダサすぎる……!)

アクセルを踏む。

最後の加速。

ブォォォォン!!!

直線。

一気に距離を取る。

パトカーとの間に、わずかな差。

(……行ける……!)

だが――

ガクン。

「……あ?」

ガク……ガク……

エンジンが不安定になる。

(……やばい……!)

さらに踏む。

――反応しない。

ブスッ……

完全に止まる。

「……っ……!」

静寂。

車は惰性で進み――

ゆっくりと停止。

(……終わりか……)

数秒後。

後方からパトカー。

キィィィッ!!!

包囲。

ドアが開く音。

バンッ!

足音。

カツ、カツ、カツ――

「……伊藤カイジ」

低い声。

ドアが開かれる。

目の前に立つのは――

目暮警部。

汗を拭いながら、こちらを見る。

「終わりだ」

その言葉。

カイジはシートにもたれたまま、目を閉じる。

(……終わったな……)

(でも……)

ゆっくりと目を開ける。

(……全員、生きてる……)

小さく笑う。

「……ああ」

素直に答える。

「終わりだ」

手錠がかけられる。

カチャリ。

冷たい感触。

だが――

(……悪くねえ……)

(これでいい……)

パトカーへと乗せられながら――

カイジは空を見上げる。

(……やりきった……)

サイレンが鳴る。

遠ざかる街。

その中で――

一人の男の“勝利”が、静かに幕を閉じた。

――パトカーの横。

手錠の冷たい感触が、現実を突きつけてくる。

カチャリ……

逃げ場はない。

だが――

まだ終わってない。

「目暮警部、分かっていると思うが俺は脅されていたんだぜ!」

必死に言葉を叩きつける。

だが返ってきたのは――

「そんな訳ないだろ」

あまりにもあっさりした否定。

――ざわ……ざわ……

(え?)

一瞬、思考が止まる。

(……安室さんから連絡来てないのか?)

嫌な予感が走る。

「安室さんから聞いただろ?」

すがるように言う。

だが――

「安室君は仮眠を取っている……」

――え?

ざわ……ざわ……

(……は?)

(……タイミング悪すぎるだろ……!)

背筋が冷える。

(終わった……?)

「ご……誤解だ……俺は、みんなを救うためにだな……」

言葉が崩れる。

焦りで噛む。

だが――

「誤解……何を言っているんだ……伊藤カイジ……逮捕」

無情。

そのまま――

ガチャリ……

銀の輪が完全に固定される。

「おいっ。待てよ!!」

思わず叫ぶ。

「俺が改心したって前に言ってくれたじゃないか!」

目暮警部は静かに言う。

「それは間違いだったのは、テレビのニュースを見れば分かる」

淡々と。

「極悪人伊藤カイジ特集ばかりだぞ……ずっとな……」

――ああ……

(そういう見られ方かよ……)

さらに追い打ち。

「それにワシがお前のお母さんを呼び、説得させるというナイスな作戦をしたが」

ピクリと反応する。

「それでも改心しなかったからお前を見限った……」

――くうううう……

(やっぱりあんたか……!)

歯を食いしばる。

「だから、あの時説得されてたらボン!全員爆発で死んでたんだって」

吐き出すように言う。

だが――

「知らん……」

一蹴。

「お前がボスだと言ってたじゃないか!お前自身の言葉で」

――あ……

(あの時の……!)

「いやいやだから――」

言いかけた、その時。

目暮警部が車内を覗く。

「……なんだこのケースは?」

ざわ……ざわ……

(……あっ……)

心臓が跳ねる。

(1億円……!)

(兄貴……残していきやがったのか……!)

「そ……それは……」

言葉が詰まる。

「1億円は入っているじゃないか……何が誤解だ!!」

――詰み……!

そのタイミングで――

「目暮警部!!」

高木渉が駆け込んでくる。

「バスの中にあったレコーダー持ってきました!」

嫌な予感が確信に変わる。

「再生します!」

カチッ――

流れ出す音声。

『……逃走ルートはこうだ……』

『1億円は俺によこせ……』

『この作戦でいく……』

――俺の声……!

ざわ……ざわ……ざわ……

(終わった……)

完全に。

逃げ道は、ない。

 

■ 牢獄

鉄の扉。

ガシャン……

閉まる音。

冷たい床。

静寂。

(……ここまでか……)

天井を見上げる。

(……全部、上手くいったのに……)

(なのに俺だけ……)

苦笑が漏れる。

(……いや)

(全員生きてるなら……それでいいか……)

目を閉じる。

 

■ テレビ報道

その頃――

日本中のテレビが同じニュースを流していた。

『速報です――』

アナウンサーの緊迫した声。

『大規模バスジャック事件の首謀者とみられる伊藤カイジ容疑者が、先ほど警視庁により逮捕されました』

画面には――

手錠をかけられたカイジの姿。

『伊藤容疑者はこれまでにも数々のトラブル歴があり――』

『今回も計画的犯行とみられています』

スタジオでは評論家が語る。

「非常に悪質ですね」

「人質を利用した典型的な凶悪犯罪です」

「計画性も高く、単独犯とは思えないですが……」

街頭インタビュー。

「怖いですよね……」

「極悪人って感じです……」

「絶対許せないです」

――好き放題だな……

(まぁ……そう見えるよな……)

テレビの中の自分は、

完全な“悪役”だった。

 

■ 翌日

朝。

牢の前に足音。

カツ……カツ……

「伊藤カイジ」

声がかかる。

顔を上げる。

「……なんだよ」

「釈放だ」

――は?

ざわ……ざわ……

(……え?)

「関係者の証言が揃った」

「それと――」

少し間を置いて。

「安室透が目を覚ました」

――来た……!

「お前は主犯ではない可能性が高い」

鍵が開く。

カチャリ……

「……出ろ」

立ち上がる。

足が少し震える。

(……助かった……)

外に出ると――

眩しい光。

そして。

遠くで見える空。

(……生きてる……)

深く息を吐く。

(……まだ終わってねえな……)

小さく笑う。

(……次は、もっと上手くやる……)

カイジはゆっくりと歩き出す。

――地獄からの、生還。

だがそれは同時に――

新たな勝負の始まりでもあった。

――夕方。事件から一夜明けた街の片隅。

いつもの喫茶店の奥の席に、五人は集まっていた。

カップの湯気がゆらりと立ちのぼる中、誰もがどこか現実感のない表情をしている。

最初に口を開いたのは、やはりあいつだった。

「いやぁ〜〜……ほんま濃すぎる事件やったなぁ」

服部平次が、ぐいっとコーヒーを飲み干して言う。

「バスジャックに黒幕に囮作戦に……おまけに爆破未遂やで?映画かっちゅうねん」

カイジは苦笑いを浮かべながら、椅子にもたれかかった。

(本当に終わったのか……?あの地獄みたいな時間が……)

「……笑えねえよ……俺、ガチで人生終わるかと思ったんだからな」

「でも終わらなかったじゃない」

灰原が淡々と言う。

その一言が、妙に重く、そして現実を突きつける。

「結果的には、全員生存。上出来でしょ」

「上出来どころやないで」

服部が指を立てる。

「普通なら半分は死んどる案件や。ようやったで、カイジ」

カイジは視線を逸らす。

(俺がやった……?違う……俺はただ、必死に転がり続けただけだ……)

コナンが静かに口を開いた。

「でもさ、カイジさん。あの時の判断、ほとんど正解だったよ」

「は?」

「特に最初の交渉と、人質の選び方」

コナンの目が鋭くなる。

「“時間を稼ぎながら被害を最小にする”っていう動き……あれ、普通できない」

カイジは少しだけ黙る。

(……見られてたか)

「……死にたくなかっただけだ」

「それが一番大事なんだよ」

博士が優しく頷く。

「人はな、“生きるための判断”が一番難しいんじゃ」

一瞬、空気がやわらぐ。

だが次の瞬間――

「せやけどなぁ」

服部がニヤリと笑う。

「最後の鬼ごっこはちょっとカッコつけすぎやろ」

「うるせえ!!あれは仕方ねえだろ!!」

「ガス欠で捕まるとか漫画やん」

「だからうるせえって言ってんだろ!!」

場に笑いが広がる。

その笑いの中で、カイジはふと気づく。

(ああ……生きてるな……俺……)

灰原が小さく呟く。

「でも……もう二度とごめんね、あんなの」

「同感や」

コナンも頷く。

その時――

服部が突然立ち上がった。

「よっしゃ!!決めた!!」

「は?」

「こんな重い話ばっかやとアカン!!」

そして満面の笑みで言う。

「たこ焼き食いに行くで!!!」

「は??」

「打ち上げや!!大阪流のな!!」

「いや場所東京だろ!!」

「ええやんけ!!心は大阪や!!」

強引すぎる理屈だったが――

数分後。

――屋台の前。

鉄板の上でジュウジュウと音を立てるたこ焼き。

ソースの香りが、さっきまでの緊張を全部溶かしていく。

「うっま……」

カイジが思わず呟く。

「せやろ?」

服部がドヤ顔。

コナンはふーふーしながら一口。

「……熱っ!」

灰原が小さく笑う。

博士は嬉しそうに頬張る。

そして――

カイジは、夜空を見上げる。

(結局……俺は何だったんだろうな……)

黒幕に操られ、命を握られ、罪を被せられ――

それでも、最後は全員生き残った。

(まあいいか……)

手の中のたこ焼きが、やけに温かい。

(生きてるだけで……上出来だろ)

「おいカイジ!!次焼けたで!!」

「おう!」

「ソース多めやで!」

「だから太るって!!」

笑い声が夜に溶ける。

――事件は終わった。

だが、それぞれの物語は、まだ続いていく。

 

 

 




スペシャル回ということで人気キャラを登場させ、さらにタイムリープ能力を使ったお祭り回にしようと考えていました。
しかし、タイムリープを繰り返すことで物語が間延びしてしまうことに気付きました。また、登場キャラクターが多すぎるため、一人ひとりを掘り下げるとさらに冗長になってしまい、人質交換も何度も行うと同じような展開の繰り返しになると判断しました。

そのため、全体を簡略化し、話をまとめる形にしました。

本来は「カイジが変装している人物がいる」といった展開から、キッドが「馬鹿、やめろ!」と言いつつベルモットの変装を見破るシーンや、目暮警部の交渉ミスによるバッドエンド、さらには爆発による全滅エンドなど、複数の世界線も用意していました。

しかし、ループ構造やキャラクターの掘り下げを丁寧に描こうとすると、20話以上かかっても完結しない可能性があったため、序章を含めて全5話で完結させる構成にしました。
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