心読みの逆転探偵録 カイジVS名探偵コナン   作:梅酒24

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今回は趣向を変え、事件を最初から起こさせないためにカイジが能力を使うお話です。
原作の悲しきエンディングをどう変えるのか?
第8話と同時公開!


ファイル11:ピアノソナタ『月光』殺人事件 前編

潮の匂いがやけに鼻につく。

船の揺れが収まったと思ったら、今度は足元がふわつく。

伊藤カイジは桟橋に降り立った瞬間、軽くよろけた。

「おいおい大丈夫かいな」

横から笑いながら声をかけてきたのは服部平次だ。

「顔色、紙みたいやで」

「うるせえ……船は反則だろ……」

胃の奥がまだ揺れている感覚が残っている。地面に立っているはずなのに、どこか現実感が薄い。

「もう、カイジさんってば」

毛利蘭が苦笑する。

その横で江戸川コナンがいつもの調子で周囲を見回している。

そして、偉そうに腕を組んでいるのが毛利小五郎だ。

「ふん……ここが月影島か」

静かすぎる島だった。

人の気配はある。だが妙に音がない。風の音だけがやけに耳につく。

背中に、理由の分からないざらついた感覚が残る。

こういう場所はろくなことにならない――そんな直感が、やけに強く働いていた。

 

「で、その手紙やけど」

服部が小五郎の方を見る。

「ああ、これだ」

小五郎が封筒を取り出す。

「差出人は……麻生圭二」

蘭が少し驚いたように言う。

「でもその人、亡くなってるんですよね?」

「そうだ。十年以上前に火事でな」

死んだ人間からの依頼。

あり得ない話だが、現実にここまで来ている。

胸の奥に、嫌な重さがじわじわと広がっていく。

笑えない。これは冗談で済む話じゃない。

 

島の住民に聞き込みをしながら、五人は診療所へ向かう。

「先生に聞けば分かると思いますよ」

そう言われて案内された建物は、古びてはいるが妙に整っていた。

「月影島診療所」

木の看板が風に揺れている。

扉を開けると、外の空気とは違う静けさが広がった。

「すみませーん」

蘭が声をかける。

少しして、奥から足音が近づいてくる。

 

「はい、どなたですか?」

現れたのは白衣を着た人物。

浅井成実。

柔らかい笑顔。落ち着いた声。人当たりの良さがにじみ出ている。

「私、この島の医師をしている浅井成実です」

丁寧に頭を下げる。

第一印象は、完璧だった。

優しい。穏やか。信用できそうな人間。

だが――

胸の奥に、小さな引っかかりが残る。

理由は分からない。ただ、どこかで警鐘が鳴っている。

こういう違和感は、大抵当たる。

 

「俺は名探偵・毛利小五郎だ」

小五郎が前に出る。

「ある依頼でこの島に来た」

「依頼、ですか?」

成実が首を傾げる。

その瞬間、コナンが口を挟む。

「麻生圭二って人、知ってる?」

空気が一瞬だけ止まった。

ほんのわずか。だが確かに止まった。

成実の表情が、一瞬だけ硬直する。

見逃すような変化じゃない。

その後すぐに、元の笑顔に戻る。

「ええ……知っていますよ。有名なピアニストでしたから」

服部がじっと成実を見ている。

「“でした”っちゅうことは……」

「はい……もう亡くなっています。火事で……」

静かに語るその声。

だがその奥に、感情の濁りのようなものが見え隠れする。

完全に隠しきれていない。

 

診療所の中は、外の静けさとはまた違う、妙に整った空気が流れていた。

消毒液の匂い。規則正しく並べられた器具。

その中央に立つ浅井成実は、やはり穏やかな笑顔を崩さない。

だが――

さっきから引っかかっている。

視線、声のトーン、わずかな間。

そして何より――

頭の奥に直接流れ込んでくる“声”。

 

(私のお父さん……あいつらに家族全員が殺された……絶対に許すものか)

 

強い。

あまりにも強すぎる。

悲しみと怒りが混ざり合って、ぐちゃぐちゃになっているような声。

それなのに芯だけは折れていない。

むしろ、研ぎ澄まされている。

この場にいる誰よりも――

危険な温度を持っている。

カイジは無意識に息を飲む。

この声は目の前の女から聞こえている。

間違いない。

だが違和感がある。

名前は浅井成実。

さっき話に出た麻生圭二とは苗字が違う。

結婚か?

いや、違う。

そんな軽い話じゃない。

もっと根本的に――何かを隠している。

 

診療所の空気は相変わらず静かだった。

穏やかに会話は進んでいる。

浅井成実は変わらず優しく、丁寧に受け答えをしている。

だが――

引っかかる。

さっきからずっと、何かがおかしい。

その違和感が、頭の奥でざわざわと音を立て始める。

ざわ……ざわ……

気のせいじゃない。

確実に“ある”。

 

そして――気付く。

その違和感の正体に。

 

ざわ……ざわ……

そうだ……違う……

喋っている声と、心の声。

高さが違う。

1オクターブ――いや、それ以上のズレ。

耳で聞く声は柔らかく、落ち着いている。

だが、頭に直接響く声は、もっと低く、重い。

同じ人物のはずなのに、どこか別人のような響き。

思い出す。

あの時の感覚。

怪盗キッドが毛利蘭に変装していたとき――

あの時も“ズレ”があった。

ただ、あれは分かりやすかった。

声そのものが違ったから。

だが今回は違う。

声は同じだ。

なのに――高さだけが違う。

微妙で、気付きにくいズレ。

だが一度気付けば、もう誤魔化せない。

 

あっ……

あっ……

そうか……

 

視線が自然と成実へ向かう。

優しい笑顔。整った仕草。女性らしい立ち振る舞い。

だが、その奥にある“声”。

 

彼女は――

いや、違う。

 

彼は……

麻生成実(あそうせいじ)だ。

 

だからか。

「お父さん」と言った理由。

苗字が違う理由。

全部、繋がる。

偽名。

いや、それ以上だ。

存在そのものを作り替えている。

 

頭の中で、別の記憶が浮かぶ。

姉の言葉。

戸籍にはフリガナはない。

読み方は役所で登録するだけ。

そして、その読み方は簡単に変えられる。

つまり――

“成実”を「なるみ」と読むか「せいじ」と読むか。

それは自由に変えられる。

名前のトリック。

そんなところに気付く人間は、ほとんどいない。

 

そしてもう一つ。

もっと重要なこと。

 

あの心の声。

 

あれは、知っている。

嫌というほど、知っている。

 

あの怒り。

あの復讐心。

あの、底に沈んだ悲しみ。

 

あれは――

人を殺す直前の人間の声だ。

 

間違いない。

このままいけば、こいつはやる。

確実に、殺す。

 

だが同時に――

あの声には、まだ残っている。

悲しみが。

完全に壊れきっていない証拠。

 

なら――

止められるかもしれない。

 

今まで、そんなことは一度もなかった。

事件はいつも起きてからだった。

死体が出てから、真実を暴いてきた。

だが今回は違う。

起きる前に気付いた。

 

どうする……俺……

 

視線を横に向ける。

こうちゃん。

そして服部。

どちらも頭の切れる人間だ。

だが――

説明できない。

「心の声が聞こえる」なんて言っても信じるはずがない。

ましてや、「これから殺人が起きる」なんて。

根拠がなければ、ただの妄言だ。

 

なら――

やるしかない。

 

俺が、止める。

 

まずは説得だ。

事件が起きる前に、こいつを止める。

感情を揺らす。

迷わせる。

復讐を踏みとどまらせる。

 

そして――

見張る。

徹底的に。

一瞬も目を離さない。

 

もし、少しでも動いたら――

その時は、こうちゃんと服部を頼る。

あいつらなら、物理的にでも止められる。

 

それしかない。

 

ざわ……ざわ……

 

この島で起きるはずの“事件”。

それを、起こさせない。

 

それが今の俺の役目だ。

――潮風がゆっくりと頬をなでる。

月影島の静かな空気の中で、妙に胸がざわつく。

俺は、目の前にいる三人――こうちゃん、服部、そしてコナンを見ながら、口を開いた。

「なあ……ひとつ聞いていいか」

自然と声が低くなる。自分でも分かる。これはただの雑談じゃない。

こうちゃん――毛利小五郎が腕を組んで「なんだ?」と気だるそうに返す。

服部はニヤッと笑いながらも、どこか真剣な目でこちらを見る。

コナンは……静かにこちらを見ている。全部分かっている顔だ。

「もしさ……殺人事件が起きなかったら……探偵って、いらないのか?」

一瞬、風の音だけが響いた。

こうちゃんが先に口を開く。

「はあ?何だ急に」

ぶっきらぼうに言いながらも、少し考えるように目を細める。

「そりゃあよ……事件がなきゃ、出番は減るだろうな。だがな」

タバコを取り出す仕草をしながら、言葉を続ける。

「トラブルってのはな、殺人だけじゃねえ。浮気調査もあれば、行方不明もある。人間がいる限り、問題は消えねえよ」

現実的な答えだ。

だが――それは俺が聞きたい答えの“半分”だ。

服部が口を挟む。

「せやけどやな……カイジの言いたいことは、そういうことちゃうやろ?」

ニヤリとしながらも、鋭い。

「“未然に防げたらどうなんや”って話やろ?」

図星だ。

服部は腕を組み、少しだけ真面目な顔になる。

「理想論で言えばや……殺人なんか起こらん方がええに決まっとる。誰も悲しまへんしな」

少し間を置く。

「でもな、人間ってのはそこまで単純ちゃう。感情で動く生き物や。恨みも、怒りも、どうしても止められへん瞬間がある」

その言葉に、胸の奥がざわつく。

あの声――あの復讐心を思い出す。

コナンが静かに口を開いた。

「でも……止められる可能性があるなら、止めるべきだと思うよ」

子供の声なのに、不思議と重い。

「事件が起きてから解決するのが探偵の仕事って思われがちだけど……本当は違う」

真っ直ぐこちらを見る。

「人を救うことが目的なら、起きる前に止めるのが一番いい」

……そうだ。

そうなんだよな。

俺の中で何かが噛み合っていく。

こうちゃんがフッと笑う。

「ガキのくせにいいこと言うじゃねえか」

コナンは苦笑する。

こうちゃんは続ける。

「まあよ……理想はそうだ。だが現実は難しい。証拠もねえ、未来も見えねえ中で“これから殺します”なんて止められるか?」

痛いところを突く。

……そうだ。そこなんだ。

証明できない。説明できない。

俺のこの“力”は。

服部がポンと肩を叩く。

「せやけどな、カイジ」

少し優しい声だ。

「お前が“おかしい”と思ったんなら、それは大事にした方がええで。探偵ってのはな、理屈だけやない。“違和感”で動くことも多いんや」

コナンも頷く。

「うん。全部を止めるのは無理かもしれない。でも、一つでも防げたら、それは意味がある」

――ざわ……ざわ……

胸の奥がざわつく。

だが、さっきまでの不安とは違う。

少しだけ、道が見えた気がする。

俺は小さく息を吐いた。

「……そうか」

完全な答えなんてない。

でも――やるしかない。

やれることを。

こうちゃんが手を叩く。

「よし!難しい話は終わりだ!腹減った!」

空気が一気に緩む。

服部が笑う。

「せやな、メシ行こか。島の飯もうまそうやしな」

コナンもいつもの顔に戻る。

「うん!」

俺も少しだけ笑った。

――その裏で、決意が固まっていく。

もし、あの声が本物なら。

もし、これから何かが起きるなら。

今度こそ――止める。

事件が起きる前に。

そう心に決めながら、俺は三人の後を追った。

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