心読みの逆転探偵録 カイジVS名探偵コナン   作:梅酒24

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第894話・第895話「となりの江戸前推理ショー(前編・後編)」 準拠作品

今回の事件はカイジ&成実先生で解決していく!
そして、黒の組織NO2「ラム」登場!!!!


ファイル13:となりの江戸前推理ショー 前編

 

俺は黒の組織のNo.2、コードネーム「ラム」。

現在は寿司職人「脇田兼則」として、米花町の「いろは寿司」で働いている。

すべては毛利小五郎を調査するためだ。

俺には、生まれつき「フォトグラフィックメモリー(映像記憶)」が備わっている。

見たものすべてを、そのまま記憶する力――いわゆる異能だ。

異能能力者は特異体質であり、世界中でもごくわずかしか存在しない。

例えば、カードの裏表を見抜く透視能力。水と空気だけで生きる「ブレサリアン(不食者)」。あるいは、人間には本来見えないもの・聞こえないものを認識できる強化五感。そうした報告例はいくつか存在する。

だが――能力者の現実は、決して甘くはない。

能力の存在が露見すれば、研究対象として拘束されるか、あるいは裏社会で利用される。

俺の場合は、そのどちらでもない道を選んだ。自ら悪の組織に身を置き、その力を武器に、この地位まで上り詰めたのだ。

非能力者は、しばしば特異な力に憧れる。

だが実際には、多くの能力者がその力ゆえに苦しむ。

結局のところ、能力とは「恩恵」であると同時に「呪い」でもある。

その力があるがゆえに、人生の選択肢は歪められ、支配されやすくなる。

優れた才能を持つ者が自ら命を絶つ――そんな話を耳にしたことはあるだろう。

異能能力者は、それよりもさらに深い次元で苦しむ。

テレビで活躍し、人気もあり、若く才能にも恵まれていた人物。

だが後に調べてみれば、異能能力者だった――そうした例も、決して珍しくはない。

能力者は、自身の力を他人に語らない傾向にある。

それは直感であれ、論理であれ、「それが危険である」と本能的に理解しているからだ。

心理学の実験で、透明な床と不透明な床を用意し、赤ん坊を自由に動かすというものがある。

多くの赤ん坊は、透明な床の上を進もうとしない。

透明という概念を知らずとも、「下に落ちる危険」を直感的に察知しているのだ。

人がバンジージャンプを前に躊躇するのも同じだ。

飛び降りることへの本能的な恐怖――生存本能が働く。

能力者は、その“危険を察知する感覚”が常人より鋭い。

だからこそ、自らの能力を明かさず、徹底して隠そうとする。

だが――

もし、そのような能力者を組織に引き入れることができれば。

それは、そのまま組織の力の底上げを意味する。

世界のどこかに、まだ隠れている能力者がいるはずだ。

そして俺は――それを見つけ出したいと考えている。

 

***

 

 ざわ……ざわ……。

 胸の奥で、嫌な音が鳴っていた。いや、音じゃない。現実が崩れるときに出る、あの独特の気配だ。

 ――やべえ。

 財布の中身を何度も確認して、ようやく認めるしかなくなった。

 金が、ねえ。

 指先が妙に冷たい。中を覗いても、小銭がわずかに転がっているだけ。紙幣は影も形もない。

 ニート生活。ああ、甘く見てた。毛利探偵事務所に転がり込んで、食わせてもらって、多少の雑費だけあれば何とかなる――そう思っていた。

 だが現実は違う。

 目暮警部に呼び出されるたびの交通費。細かい出費。気づかぬうちに削られ続けていた残高。

 ――くそっ……ジワジワ削るなよ……!

 あの豪華客船で手に入れた200万円相当の旅行券? あれは換金不可。売ろうにも、登録情報でガチガチに管理されている。

 メルカリ? 論外だ。紙屑になるだけだし、そもそも規約違反。

 ――なんでだよ……! あんな大金、使えねえとか罠かよ……!

 頭を抱えたくなる現実。そんな時だった。

 ――カイジさんへ。

 封筒の文字を見た瞬間、少しだけ胸のざわめきが和らいだ。

 成実(なるみ)。

 あの事件以来、手紙のやり取りをしている医者だ。見た目は可愛いし、性格も……いや、かなり変わってる。

 今どき手紙だぞ? LINEじゃなくて。

 ――でも、なんか……いいんだよな。

 封を開ける。

 丁寧な文字が並んでいた。

「カイジさんに助けられたあの事件以来、私の心を青年期からずっと支配していたどす黒い感情は消え、肩の荷が下りました。

今は多くの患者さんの命を救う日々を送っており、医大で医学生に授業を教える大学教員の仕事も始めました。

また、医師免許を活かして、飲食店などで衛生管理の仕事にも携わっています。食中毒のリスクがないかどうかを確認するなど、さまざまな形で関わっています。

かつて人の命を奪おうとしていた私が、今では多くの命を救おうとしている――本来進むべき道はそちらだったのだと、カイジさんは教えてくれました。

カイジさんにとっては数ある事件の一つだったかもしれませんが、私にとっては、間違った道へ進もうとしていた自分を救ってくれた、かけがえのない出来事です。

カイジさんは、ちゃんと働いていますか?」

――1枚目が終わる。

 ――くぅぅぅ……。

 俺より年下なのに、立派すぎるだろ……それに比べて俺はニート。

 ドラマ撮影のバイトはクビ。フードデリバリーの仕事は凍結中。

 そういえば一時期、バスジャックなんてのもやってたな……いや、あれはやらされてただけだ。

 結局、俺は相変わらずのプー太郎だ。

 2枚目がある。

「カイジさん、今ニートしていたりしませんか?

以前、回らないお寿司を食べたことがないとおっしゃっていたので、ぜひ私がご馳走したいと思いました。

私と一緒にお寿司を食べるのは、嫌でしょうか?

良いお返事を、緊張しながらお待ちしています。

――成実より」

 

 ――行きます!!!!!!

 即答だった。心の中で叫んでいた。

 理性? 知らん。プライド? どっか行った。

 寿司だ。しかも回らないやつ。

 行かない理由がない。

 

 そしてその日。

 なぜか俺は――

 競馬場にいた。

 「カイジ!今日は来てるぞ!この馬は絶対だ!」

 隣で叫ぶのは毛利小五郎。通称こうちゃん。

 観客席は熱気でむせ返る。歓声、怒号、新聞を叩く音、タバコの匂い。全部が混ざって、独特の空気を作っていた。

 ――うわ……これが競馬か……。

 電光掲示板に並ぶ数字。オッズの変動。馬の名前がやけに強そうに見えるのは気のせいか?

 「この血統見ろ!来るぞこれは!」

 「いやいやこうちゃん、それ罠だろ!」

 気づけば俺も新聞を握りしめていた。

 ――当てる……当てるぞ……!

 だが現実は甘くない。

 レース開始。

 地鳴りのような歓声。

 そして――

 ハズレ。

 またハズレ。

 さらにハズレ。

 「ぐにゃああああああ!!」

 俺の中で何かが崩壊した。

 こうちゃんも同じだった。

 「お、おかしい……この馬が来ないなんて……!」

 ――いや普通に来ねえだろ……!

 気づけば、手元の金はほぼ消滅。

 さらに悪いことに。

 ――キッドに借りた10万も……パー。

 完全終了。

 

 帰り道。

 ふらふら歩いていると――

 ドンッ。

 誰かとぶつかった。

 「あ、すみません……」

 気づいたときには、財布が地面に落ちていた。

 小銭が散らばる。馬券も。

 「ちっ……最悪だ……」

 地面に這いつくばって拾う。

 惨めすぎる。

 ――俺、何やってんだ……。

 

 事務所に戻る。

 テレビでは競馬の結果が流れていた。

 コナンが、ふと俺の馬券を拾う。

 「ねえカイジさん、これ……」

 「ん?」

 「万馬券だよ」

 ――は?

 一瞬、思考が止まる。

 「え?」

 「これ当たってる。100万円くらい」

 ――えええええええええええええええ!?

 脳内で爆発が起きた。

 さっきまでの絶望が、一瞬でひっくり返る。

 ――来た……! 来たぞ……!

 人生逆転。

 奇跡。

 神。

 全部乗せ。

 「うおおおおおおお!!」

 俺は即座にスマホを取り出した。

 トイレへダッシュ。

 そして電話。

 「キッド!!」

 『なんだよカイジ』

 「金返せる!!今すぐ!!」

 『は?どうせまた負けたんだろ――』

 「100万当たった」

 沈黙。

 『……は?』

 「だから当たったって言ってんだろ!!」

 『お前……マジかよ……』

 少し間があって。

 『くそ……どうせボロ負けすると思って弱み握る予定だったのに……』

 「おまえなー!!」

 思わずツッコむ。

 『そもそも高校生に10万借りるか普通』

 「うるせえ!緊急事態だったんだよ!」

 電話越しでも分かる。キッドが呆れている。

 でも今は関係ない。

 ――勝った……俺は勝ったんだ……!

 底から一気に天井まで跳ね上がる、この感覚。

 これだからやめられない。

 これだから――

 俺は、カイジなんだ。

 待ち合わせ場所――米花駅。

 人の流れが絶えない改札前で、俺は落ち着かない足取りのまま周囲を見渡していた。

 ――来てるか……?

 そのときだった。

 視界の中に、ひときわ目を引く存在が入る。

 ――……え?

 思わず、足が止まった。

 そこに立っていたのは――成実だった。

 白を基調とした上品な服装。柔らかく揺れる髪。控えめなのに、目を離せない存在感。

 ――めちゃくちゃ可愛いじゃねえか……!

 心臓が一瞬で跳ね上がる。

 「あっ、待たせたか?」

 なんとか平静を装って声をかける。

 「いえ、今来たところです」

 にこりと微笑む成実。

 ――いや絶対嘘だろ。こういうの大体嘘なんだよな。

 その瞬間、頭の奥に声が流れ込む。

 (本当は緊張して50分前から来てたんですけど)

 ――は?

 「そんなに待たせてたか!すまん!」

 思わず声が大きくなる。

 成実は少し驚いたあと、くすっと笑った。

 「そっか、私の心の声、筒抜けなんですね。照れちゃいます」

 「そのあたり、コントロールできなくてな……」

 ――マジで厄介だなこれ。

 「私、医者ですし。精神科に進んだ友人や、教授の知り合いもいるので聞いてみましょうか?」

 「んー……でも人体実験されるのは嫌だ」

 即答だった。

 「大丈夫ですよ。そういう方たちじゃないですし。あるいは、私の方からカイジさんのことは話さずに相談するとか……」

 少し考えて、さらに続ける。

 「そのうえで、こっそりそのお医者さんの心をカイジさんが読んで、安全かどうか判断するっていうのもありかもですね」

 ――頭の回転どうなってんだよ……。

 「頭の回転早すぎだろ」

 「大学受験は1日15時間、毎日やってましたからね」

 「勉強しすぎだろ!」

 反射的にツッコむ。

 だが、成実は首を横に振った。

 「いえ……私はそんなにしていませんよ」

 ――ざわ……ざわ……。

 嫌な予感がする。

 「え、一日15時間でしてないってどういうことだ?一日20時間とかやってんのか?他は?」

 「違います。私は現役で東都大学に合格しましたけど、医学部は平均4浪なんです。8~10浪の方もいますし……普通の大学とは違って、浪人が当たり前なんですよ」

 ――ざわ……ざわ……。

 言葉を失う。

 ――なんだその世界……。

 「だから、トータルの勉強量でいえば、浪人生の方がずっと多いんです」

 静かに語るその声に、重みがあった。

 ――俺……医者って金持ちで楽してるイメージあったけど……。

 違う。

 全然違う。

 青春を全部突っ込んで、それでも届かないかもしれない世界。

 「……すげえな」

 自然と口から出た。

 「俺、多分1日15時間とか、一日で無理だわ……。成実、すげえんだな」

 成実は、ぱっと表情を明るくした。

 「えへへ。カイジさんに褒められた」

 そして――

 俺の腕に、そっと自分の腕を絡めてくる。

 ――!?

 心臓が爆発する。

 ――ちょ、近い近い近い!!

 だが、振り払う理由なんてどこにもない。

 むしろ――

 ――最高かよ……。

 

 向かった先は、俺がずっと決めていた場所。

 毛利探偵事務所の隣のビル、その1階。

 『いろは寿司』。

 こうちゃんがたまに競馬で勝ったときに通う店だ。

 そして俺にとって――

 初めての“回らない寿司”の場所。

 店の暖簾をくぐる。

 ふわりと漂う酢飯と魚の香り。

 落ち着いた照明。磨き上げられたカウンター。無駄のない動きで包丁を扱う職人たち。

 静かだが、緊張感のある空気。

 ――これが……本物か……。

 「いらっしゃい」

 板前の男――脇田が、にこやかに迎えた。

 その視線が、俺に止まる。

 「おや……カイジ君じゃないですかい」

 ――ん?

 「え?俺、初めてだろ?」

 俺が首をかしげると、脇田の額に一瞬だけ汗がにじんだ。

 だが、すぐに笑顔に戻る。

 「へい、失礼しました。あっしが一方的に知ってただけでして」

 軽く頭を下げる。

 「バスジャック事件、ニュースで拝見しやしてね。毛利探偵事務所に居候してるって聞いて、気になってたんでさぁ」

 「……ああ、なるほどな」

 ――やっぱ広まってるよな……あれ。

 「もちろん、お会いするのは初めてでさぁ。紛らわしいこと言ってすみやせん」

 「いや、いいって」

 隣で、成実がくすくすと笑っている。

 「カイジさん、有名人ですね」

 「別の意味でな……」

 苦笑するしかない。

 ――よりによって“あの事件”で有名ってな……。

 だが――

 目の前には、綺麗に並ぶ寿司。

 隣には、楽しそうに微笑む成実。

 そして、少しだけ温かい空気。

 ――まあ……悪くねえか。

 俺は、初めての一貫に手を伸ばした。

 カウンターに腰を下ろした瞬間から、場の空気が変わっていた。

 静けさの中にある緊張。板前たちの動き一つ一つが無駄なく、美しい。

 ――場違いじゃねえか……俺。

 そう思った矢先だった。

 脇田が、少し身を乗り出してきて、妙に含みのある声で言った。

 「あっしがこんなこと言うのもおかしいですが……2か月ぶりですぜ……」

 「何がだ?」

 思わず聞き返す。

 脇田は、軽く肩をすくめるようにして続けた。

 「特上寿司でも滅多に注文が入らねえ。その上の“特選”なんざなおさら……」

 一拍置く。

 「そして、一番上のランク――『極(きわみ)』」

 その言葉に、店の空気が一瞬だけ重くなる。

 「とんでもねえ額でしてね……カイジさん、あんた金、大丈夫なんですかい?」

 ――……は?

 嫌な予感が、背筋を這い上がる。

 俺はそっと身を寄せ、脇田に耳打ちする。

 「……いくらなんだ?」

 脇田は、声を落とした。

 「1人、20万ですぜ……」

 ――ざわ……ざわ……。

 頭の中で、何かが崩れた。

 20万。

 1人。

 つまり――

 ――40万。

 心臓が止まりかける。

 だが、確認せずにはいられない。

 俺は震える手で、そっと財布を開いた。

 ――頼む……入ってろ……!

 中を覗く。

 ……。

 ……。

 ――千円札、1枚。

 ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……。

 完全に、終わっていた。

 ――詰み……!

 人生詰み……!

 その瞬間だった。

 脇田の視線が、俺の財布に一瞬だけ走る。

 ほんの一瞬。

 だが、その目は全てを記録していた。

 「……カイジさん、ちょっと」

 低い声。

 そのまま、俺は店の奥へと連れて行かれた。

 

 裏口近く。

 さっきまでの落ち着いた空気とは違う、現実的な空間。

 脇田は振り返ると、声を潜めた。

 「カイジさん……今ちらっと見えやしたが……」

 一呼吸。

 「財布の中、1000円札1枚しかねえじゃないですか」

 ――ぐっ……。

 「まずいっすよ……これは」

 脇田の額に、うっすら汗が浮かぶ。

 「あっしも、金の確認しなかった責任、取らされやす……」

 ――やべえ……。

 完全に、やべえ。

 だが――逃げられない。

 「……落ち着け」

 自分に言い聞かせるように、呟く。

 「まだ……まだ方法はあるはずだ」

 脇田が眉をひそめる。

 「あるわけねえでしょうが……!」

 「いや、ある!」

 俺は即座に言い返す。

 ――考えろ……考えろ……カイジ……!

 「ツケとか……できねえのか?」

 「無理です。ここはそういう店じゃねえ」

 即答。

 ――ぐっ……!

 「じゃあカード!」

 「持ってねえでしょう?」

 「……」

 ――詰み。

 完全詰み。

 「彼女さんに払ってもらうとか……」

 ――そうなんだが、そんなダサい事言えるか……!

「……」

 脇田はため息をつく。

 「じゃあどうするんです?」

 その問いに、言葉が詰まる。

 ――どうする……?

 ――どうする……?

 頭が回らない。

 だが、そのとき――

 脳裏に、さっきの光景がよぎる。

 コナンの声。

 万馬券。

 100万。

 ――そうだ。

 「……ある」

 小さく呟く。

 「金は……ある」

 脇田が眉をひそめる。

 「どこにです?」

 「今はねえ。でも、すぐ入る」

 「は?いくら?」

 「100万入る予定だ」

 ――賭けだ。

 完全な信用勝負。

 脇田はじっと俺を見る。

 沈黙。

 数秒。

 やがて――

 「……本当ですかい?」

 「本当だ」

 即答。

 嘘は言っていない。

 ――ただ、まだ手元にないだけだ。

 「……」

 脇田は顎に手を当てる。

 思考している。

 ――頼む……乗ってくれ……!

 「……分かりやした」

 ぽつりと呟く。

 「ただし、あっしの責任になります」

 「……すまねえ」

 「その代わり」

 目が細くなる。

 「逃げたら……ただじゃ済まねえですぜ」

 ――ひっ。

 背筋に冷たいものが走る。

 だが、引くわけにはいかない。

 「逃げねえよ」

 ――逃げられねえしな……!

 脇田は小さく頷いた。

 「なら、表に戻りやしょう」

 ――ギリギリ……綱渡り……!

 心臓がバクバク鳴る中、俺は再びカウンターへと戻った。

 成実は、何も知らずに微笑んでいる。

 ――守らねえとな……この空気。

 たとえ命がけでも。

 そんなことを、本気で思っていた。

席に戻った瞬間、店内の空気がわずかに変わった気がした。

静謐な空間に、もうひとつ別の流れが入り込んだような――そんな感覚。

新たに入ってきた客は三人。

一人目は、鋭い目つきをした若い男――原島常貴。

整えられた髪、無駄のない動き。椅子に腰を下ろす所作すら、どこか神経質で、神経の糸をぴんと張り詰めているような印象を受ける。注文も簡潔で、「上」ガリ多め、飲み物コーラ。余計な言葉は発しない。

二人目は、眼鏡をかけた壮年の男――宗近為重。

落ち着いた雰囲気をまといながらも、どこか威圧感がある。腕時計をちらりと確認しながら、「本日のおすすめを頼む」と低い声で言う。店の流れを把握している、そんな余裕がにじんでいた。

三人目は、若い女性――芦野捺芽。

長い髪を揺らしながら席につき、周囲を興味深そうに見回す。その仕草は自然体だが、どこか観察しているようにも見える。彼女は「いつもの」と柔らかく注文した。

――なんだこの面子……。

普通の客……か?いや、なんか全員クセがあるな。

そんな違和感を抱きつつも、俺の意識はすぐに目の前へ引き戻される。

成実と向かい合い、卓上には特選寿司。

まずは前菜代わり――いや、前菜ってレベルじゃねえ。これがもう主役級だ。

一貫、口に運ぶ。

――うまい……。

いや、違う。

うまい、なんてもんじゃない。

口の中でほどけるシャリ。

ネタの脂がじんわりと舌に広がり、香りが鼻に抜ける。

――うまい……うまい……うますぎる……。

気付けば俺は何度も同じ言葉を繰り返していた。

情けないくらい単純な語彙。でも、それしか出てこない。

そんな俺を見て、成実がくすりと微笑む。

「そんなに美味しいですか?」

「いや……これ……やばい……人生変わるレベルだ……」

自分でも笑えてくるくらい、素直な反応。

でも止まらねえ。止められねえ。

成実はそんな様子を、どこか嬉しそうに見つめていた。

まるで、自分のことのように。

その柔らかい視線に、少しだけ胸の奥が温かくなる。

そして、不意に彼女が口を開いた。

「ねえ、カイジさんって……あの能力で困ること、ある?」

――来たか……。

頭の中に、いくつもの記憶が浮かぶ。

嫌なもの、どうでもいいもの、どうしようもないもの。

そのとき――

「ちょっと席外すね」

大将がそう言って奥へ消えた。

そして数分後、戻ってきた大将は威勢よく声を張る。

「さあ!今から極、握るからね!」

その瞬間――

(大量のうんこも沢山して、気合十分!!極を握ってやらぁ)

ざわ……ざわ……

――出た。

一番聞きたくないやつ。

頭の中に響く、どうでもいい、しかし致命的に気になる情報。

――いやいやいやいや……ちょっと待て……。

寿司職人だって人間だ。

そりゃトイレも行く。分かる。分かるが――

ざわ……ざわ……

今このタイミングでそれを知る必要あったか……?

「カイジさん、困ることあるの?」

成実が首を傾げる。

「いや……今がそのときだ……」

「え?なになに?」

「聞かない方がいいぞ」

「聞きたい!」

――どうする……言うか?

いや、でも……共有したくなるこの地獄。

俺は小さくため息をつき、彼女の耳元で囁いた。

「……大将がさっき、大量にうんこして……これから握るって……」

一瞬の沈黙。

――終わった……引かれる……。

そう思った次の瞬間。

「あははっ」

軽やかな笑い声。

「そんなこと?」

「いやいやいやいや!」

俺が慌てるのをよそに、成実は落ち着いた口調で続ける。

「大丈夫ですよ。ほら、あそこ見て」

壁に掲げられたプレートを指さす。

「食品衛生責任者。あれ、ちゃんと管理されてる証拠なんです」

そして、医者としての知識を静かに語る。

衛生管理、除菌、徹底されたルール。

理屈としては、完璧に正しい。

「いや……気持ちの問題だって……」

「カイジさん、人が亡くなった家に住めないタイプでしょ?」

「当たり前だろ!」

成実は少しだけ遠くを見るような目をした。

「私はね……何百人も、亡くなる瞬間に立ち会ってきたんです」

その言葉は、静かで、重い。

「だから……あんまり気にしないんです」

――……。

言葉を失う。

自分の中の小さな嫌悪感が、急にちっぽけに思えてくる。

――俺……ダサいな。

そんなことを考えていると、脇田が皿を運んできた。

「お待ちどうさんです……極」

その一皿は――芸術だった。

艶やかなネタ。

均整の取れた形。

光を受けてきらめく寿司たち。

――うわ……。

言葉が出ない。

そして、一貫。

口に入れた瞬間――

――違う……!

特選とは別次元。

旨味の密度が違う。

味が、深い。

広がり方が、まるで違う。

ざわ……ざわ……

――これが……本物か……。

「おいしい……ですね」

成実が静かに呟く。

俺は何も言えず、ただ頷いた。

さっきまでの雑念も、全部吹き飛んでいた。

――結局、人間って単純だな。

うまいもんの前では、全部どうでもよくなる。

そんな当たり前の事実を、噛みしめるように味わいながら、俺はもう一貫に手を伸ばした。

 

――ハッピーエンド?

 

いつもならこれで終わりだが……。

 




アンケートの結果発表

外交官殺人事件は、工藤新一VS服部平次VS毛利小五郎VSカイジの推理勝負!事件を解くのは誰だ!?

回答
(1) 工藤新一
(3) 服部平次
(2) 毛利小五郎
(10) 伊藤カイジ
(1) 毛利蘭

正解は、毛利小五郎です!若者たちには負けません。2名の正解者様おめでとうございます。

成実先生の再登場について どう思う

  • かなり嬉しい
  • 嬉しい
  • 普通
  • 必要ない
  • 誰だっけ?
  • カイジと結ばれて
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