エデンの戦士が彷徨うのは間違っているだろうか 作:ノマド
この世界に来て、12日目。相も変わらず、早朝からダンジョンへ潜る。
現在、第5階層。
足音を殺し、呼吸を整える。周囲の音に耳を澄ませながら、五感を研ぎ澄ませていく。この世界に来て間もない頃は、ダンジョンの空気に押し潰されそうな恐怖を覚えたものだ。今でも緊張はするが、それと同時に、少しずつだが確実に自分が適応してきている実感もある。
数分歩いたところで、またモンスターを見つける。
通路の曲がり角の先、小さな水溜りのような場所で、3体のフロッグ・シューターがじっとしていた。【ガネーシャ・ファミリア】等の駆除活動によってかなりの数を駆除したと聞いているがそれでも時々見かけている。
杖を前に向け、精神を集中させる。
「……メラ」
呪文を唱えると、周りにいつも通りに周りに幾何学模様のような魔法陣が浮かび上がる。それらによって浮かび上がる感覚に従い杖の先へ消費したMPであろう力の流れを魔法陣を通して、変化させる。
すぐに杖の先に赤い炎の球が形成され、直径はせいぜいバレーボールほど。だが、その熱量は本物だ。
(発射!)
火球は音もなく飛び出していった。赤い軌跡を描きながら空中を進み、フロッグ・シューターの背中に正確に命中する。
「ッゲ」
小さな甲高い悲鳴が響く。炎の玉はすぐには爆発せず、一点に集中してエネルギーを解放する。フロッグ・シューターの背中が焼け爛れ、その後遠目でも見える小さな爆発と共に体ががひっくり返った。命中した箇所は抉れ、そのまま魔石をころりと落として肉体は灰と化して消える。
再度杖を次の標的に向ける。
「メラ」
今度は杖の先端から直ぐに炎の玉が飛び、もう1体の胸元に命中し表面で
「ギィ!」
残る1体が、こちらに向き直った。
「メラ」
しかし走り出す前に、3発目が放たれて今度は
ーーーーーー
【シキ】
レベル:8
HP:58/58
MP:35/45
職業:魔法使い★☆☆☆☆☆☆☆
かけもち:僧侶★★☆☆☆☆☆☆
習得呪文・特技:
→メラ
→ラリホー
→ホイミ
→キアリー
→バギ
→スカラ
ーーーーーー
「……よし」
息を吐き出して、杖の構えを解く。最後に放った【メラ】は弾けるイメージより、貫通を意識してみたがうまくいったようだ。
(とはいえ、この階層にいるモンスター相手だとそもそも【メラ】でも1発で倒せちゃうし過剰火力ということも分かったけど……)
ドラクエでお馴染みな【メラ】は単体対象への火属性攻撃魔法。【バギ】のような範囲攻撃ではないが、消費MPも半分で効率的だ。魔法の検証と練習のため。そう考えて、この数日間【メラ】を中心に魔法をダンジョンに潜ってから直ぐのタイミングで続けてきた。魔力の集中の仕方、発動のタイミング、そして何より対象に対してどうすれば当たるのかという確認だ。
職業切り替えの武器補正と同じく、魔法はどう制御すべきなのかというのはなんとなく分かる。魔法の発動し、発射までをその軌跡を思い描きながら集中し
ただわざと発射せず維持したり、そのまま移動したりということもできるが流石にその場合はそれなりの集中力がいるらしくそれができなくなると自然と消えてしまった。
接近戦の【スキル】技である
よって相手や周りの気を配りながらの戦闘となると、スキルと違ってひたすら要練習だということも分かった。
良くも悪くもこの世界における魔法使いも多くは
ーーーーーー
職業:魔法使い★☆☆☆☆☆☆☆
↓
職業:武闘家★★★☆☆☆☆☆
ーーーーーー
ーーーーーー
【シキ】
レベル:8
HP:62/62
MP:35/39
職業:武闘家★★★☆☆☆☆☆
かけもち:僧侶★★☆☆☆☆☆☆
習得呪文・特技:
→とうこん討ち
→あしばらい
→ふとうふくつ
→ホイミ
→キアリー
→バギ
→スカラ
ーーーーーー
倒したフロッグ・シューターの元へと近づき、魔石を回収しつつ、職業切り替えによって普段のスタイルに戻す。ここ数日のルーティンとも言うべきか。最大MP値を考慮し、前日の寝る前は職業を
この習慣を始めた理由はそもそも、高騰化の一途を辿っている
以前購入した
まあドラクエだったら【まほうのせいすい】があるが、そもそもあれを購入できるのは終盤であった。それを考えれば破格と考え、あくまで使用するのは緊急時としてMP切れを目安に地上へ戻ることにした。今までは朝から夕方まであまり考えずに潜っていたが、【冒険者は冒険をしてはいけない】、この言葉が語られていた様に引き際を見直すいいきっかけになったと思うことにした。
「ん?」
そうしていると、また通路の奥からコボルト達が音に引き寄せられたのか集団がやってきた。
コボルトの群れだ。
5体。細い通路の向こうから、目を光らせながらこちらに向かってくる。吠え声が岩壁に反響し、数をさらに多く感じさせる。
いつもならここで、このまま杖で応戦するが……
ーーーーーー
職業:武闘家★★★☆☆☆☆☆
↓
職業:盗賊★★☆☆☆☆☆
ーーーーーー
ーーーーーー
かけもち:僧侶★★☆☆☆☆☆☆
↓
かけもち:船乗り★★☆☆☆☆☆
ーーーーーー
ーーーーーー
【シキ】
レベル:8
HP:62/62
MP:35/36
職業:盗賊★★☆☆☆☆☆
かけもち:船乗り★★☆☆☆☆☆
習得呪文・特技:
→ぬすっと斬り
→ポイズンダガー
→ジバリア
→すいめんげり
→キアリク
ーーーーーー
(まだ距離はあるし、コボルト相手なら
杖を背中の固定具に、素早く固定する。そして…
ーーーーーー
【どうぐ】
やくそう×30
→ブロンズナイフ×20
ーーーーーー
どうぐ欄に意識を向け、「ブロンズナイフ」へと選択を切り替えるイメージを強く持つ。すぐに
「ふう……」
軽く息を吐き、両手のナイフを前に構える。右手は少し前に、左手はやや後ろに。両刃の短剣のような形状なので、突くことも斬ることもできるが、主に突きを意識した構えだ。コボルト達は既に気配を察知し、低い唸り声を上げながら接近してきている。距離はおよそ二十メートル。彼らは四足歩行と二足歩行を織り交ぜ、不規則な動きで迫ってくる。素早い。
そもそものこのスタイルの発端は、杖以外の武器。職業切り替えによる他の戦い方を模索していた結果、これは
右足を一歩前に踏み出し、腰を捻る。右手に握ったブロンズナイフを、肩の高さまで引き上げる。視線は、集団の先頭を走る1体のコボルトの頭部に固定する。
(狙いは……頭!)
息を止め、一瞬で力を解放する。
右手のナイフが、引き裂く音もなく飛び立つ。回転せず一直線に飛翔し、たった数秒足らずで標的に到達した。
「ギャッ!?」
先頭のコボルトの額に、ナイフの刃先が深々と突き刺さる。衝撃で体勢が崩れ、そのまま前のめりに倒れる。このくらいの距離で頭ほどの大きさであれば特に集中せず当てることができるようになったはここ数日になってから。先日のナァーザとの一件はこれが出来るようになってなかったらあの男の子は助けられなかったはずだ。
一撃目が命中したほぼ同時に次は左手のナイフを構えて、素早く、しかし慌てず。次の標的に意識を向けるが、並行してどうぐ欄にも意識を割く。一瞬の集中力の切り替え。
(次のナイフを……)
右手に重量感が戻る。新しいブロンズナイフが、何の前触れもなく現れた。そして、立て続けに左手のナイフを腕を横に振って
(そこ!)
2本目を放つ。
目標は、もう1体の先頭コボルト。最初の仲間が倒されたことに少し動揺しているのか、一瞬速度が落ちたタイミングを逃さない。今回はさきほどとは違い首元を捉え、刃が頸動脈らしき部分を切り裂いた。コボルトは苦悶の表情を浮かべ、その場で崩れ落ちる。
残るは3体。しかし、投擲による遠距離攻撃で仲間を2体も失ったことで、コボルト達の足は明らかに鈍った。警戒と混乱が、彼らの動きに現れている。警戒と混乱が、彼らの動きに現れている。
(ならば、こっちから仕掛ける!)
今度はこちらが逆に前進を開始。その時点で両手には、それぞれ1本ずつブロンズナイフが握られている。投擲した後すぐに左手にはまたナイフをすでに
コボルトたちは、こちらが動き出したことでさらに警戒を強めている。低い唸り声を互いに交わし、散開しながらも確実にこちらの存在を捉えている。2体の仲間を一瞬で倒されたことによる動揺はあるが。
距離が十メートルを切った。
一番手前の個体──が跳びかかってきた。口を大きく開け、黄色く汚れた牙を剥き出しにする。
(来た!)
思考よりも先に、体が動いた。
右足を横へ滑らせ、上半身を僅かに左に傾ける。跳びかかってくるコボルトの軌道を、間一髪でかわす。風圧が頬を撫でる。
その瞬間、右手に握ったナイフを突き出す。狙いは、掠めるように腹を。
「グヴッ!?」
鈍い手応えと共に、ナイフの刃先がコボルトの側腹部を切り裂いた。革のような皮膚を穿ち、肉に食い込む。コボルトは着地と同時にバランスを崩し、崩れ去る。
ほぼ同時に、左側からもう1体が襲いかかってきた。先ほどより小柄で、動きが機敏だ。爪を立てた右手が、こちらの顔面を目がけて振り下ろされるが構えていた左手のナイフを、横から払い上げるように動かす。棍のように弾き飛ばすほどの力はない。しかし、鋭い金属の刃が迫ってくることに、コボルトは本能的な忌避を感じたのか、攻撃軌道をわずかにずらした。
「ギャッ!」
その動揺したスキに右手のナイフの刃が、コボルトの胸を貫く。バランスを崩し、その場に尻餅をつくが過ぎに横に薙ぎ払い中から魔石が出てくると同時に灰と化す。
(残りは……)
心の中で冷静に状況を整理する。残りの1体は、少し離れた位置で様子を窺っている。仲間が簡単に倒され、彼らの中に明確な躊躇が生まれているのだろう。
倒れこんだコボルトのそばに、一歩踏み込む。右手のナイフを、今度はしっかりと握り直す。とどめと胸元へと突き立てる。コボルトの体が一瞬痙攣し、その後力なく崩れる。肉体は灰へと変わり始め、中心から小さな魔石が転がり出た。
こちらから間合いを詰める。二歩、三歩。コボルトが飛びかかろうとする瞬間、左手のナイフを投げる──フリをして自然に間合いを詰める。
体を低くし、飛びかかってくる近くにいるコボルトの下へ潜り込むような動作。同時に、右手のナイフを上から突き上げる。狙いは、柔らかい下顎から脳へ。
ブシュッと鈍い音と共に、ナイフが顎を貫通した。コボルトの体が空中で硬直し、そのままぼたりと落ちる。
(……よし)
息を吐き、一瞬体勢を立て直す。両手のナイフには、コボルトの血がべっとりと付いている。鈍い金色の刃が、生温かい液体で曇る。
この投げナイフ含めた練習を始めたきっかけは明白だった──魔法に頼らない遠距離手段の確保。そもそもの魔法自体現状は目立つため、代替手段として考えついた。また魔法自体は強力だが、MP消費が無視できない。咄嗟の牽制や、動きを止めるための一撃として倹約という点でも魔法よりこっちのほうが何かと都合が良かった。加えて盗賊や船乗りのスキルは所謂搦め手、武闘家や僧侶、魔法使いにはない特徴もあり必ずこれが必要なモンスターが今後出てくるのは分かっているからだ。
加えて、狭隘な場所。ダンジョンは広い通路ばかりではない。岩の裂け目のような細い道や、鍾乳洞の柱が立ち並ぶ区域では、長い杖はかえって邪魔になる。振ることも、構えることも制限される。そういった場所での戦闘も想定すると自ずとこれに行き着いた。幸い職業の武器補正は本当に優秀なようで、利き手に関係なくある程度続けていれば両手でナイフをどう扱うべきかなんとなく分かった。それを繰り返し反芻し、体に覚え込ませていく。
先ほど投げたナイフは回収しつつ、倒れていてまだ灰と化していないコボルトへ解体用ナイフを突き立てる。現代日本では猟師でもならなければ体験できないものだと毎度思いつつ、何も感情が浮かぶことはなくなったのはいつからだろうか。
ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー
「よう、来たか」
店のドアを開けると同時に、奥から聞き慣れた声が響いた。ゲパルトさんだ。ドワーフの鍛冶屋店主は、作業台の上に広げた道具の手入れをしながら、ちらりとこちらを見た。赤銅色の髭が夕闇に照らされ、鈍く光っている。
「こんにちは、ゲパルトさん」
「さっき完成したところだ」
手に持っていた小さな鑢を置くと、腰を上げた。がっしりとした体型が、店内の薄暗がりの中でも存在感を放っている。
「注文品が?」
「ああ、待ってろ。持ってくる」
そう言うと、ゲパルトさんは作業場との仕切りのカーテンをくぐり、奥へと消えた。その隙に、店内を見回した。棚には様々な中古武器が並び、壁には盾や防具がかけられている。鉄と油、それに革の匂いが混ざり合った、独特の空気が漂う。
(相変わらずの品揃えだな……)
多くは【ヘファイストス・ファミリア】、または他ファミリアからの在庫品、あるいは回収品だ。ここはオラリオにある武具が最後に辿り着くような場所らしい。ゲパルトさん自身は半ば引退状態で、新たに武器を鍛えることは稀で倉庫番のような役目があるとか。そんな中、注文を引き受けてくれたことには、感謝以上のものがある。
カーテンが再び揺れ、ゲパルトさんが戻ってきた。その手には、二つの革包み。一つは細長く、もう一つはやや分厚い。どちらも上質な革で丁寧に包まれ、紐で縛られている。
「ほれ、これだ……数日前に見せたあの捌き、あれが確かな腕前だと判断したからな。でなければ、戦闘用の刃物を駆け出しに作るような真似はしない」
彼の言葉には、職人としての矜持が込められていた。武器は命を奪う道具だ。それを軽々しく扱う者には、相応の覚悟と技術が求められる。ゲパルトさんはその判断を、実際にこちらの戦闘スタイルを見て下したのだ。
(あの時の実演が、全てを決めた……)
注文した数日前、ナイフを使った基本動作を披露したのだ。現状自分に必要なものであるとアピールするためだ。ゲパルトさんは最初、眉をひそめていた。駆け出しが、複数の武器を扱おうとはと。しかし、こちらの動きを見ているうちに、その表情が変わっていった。杖とは違う重心移動、両手の連携、投げナイフの軌跡。そして何より自分が思い描いた【戦うための理屈】を必死に伝えるように。
最後にはなるほどと彼はそう呟き、深く頷いていた。
「まずは、これだ」
細長い包みを作業台の上に置き、紐を解く。革が開かれると、中からは深い灰色の刃が顔を覗かせた。
「気に入らなきゃ言え。だが、ワシが鍛えたものに不満がある客は、今まで一人もいなかったがな」
その言葉には、職人としての矜恃がにじみ出ていた。うなずき、左手で鞘を握り、右手で柄に手をかけた。
(さて、どんなものか……)
息を吸い込み、静かに引き抜く。
──すっと、刃が現れた。
その瞬間、店内の薄暗がりの中でも、刃は微かに青白く輝いているように見えた。全長は四十センチほどか。ブロンズナイフと同じくらいの大きさ、しかし扱いにくいほど長くはない。バランスの取れた、実用一点張りの長さだ。柄は滑らかな木製で、手になじむようにわずかにカーブしている。握った瞬間、手のひらにぴたりと収まる感触。滑り止めの細かな刻みが施されており、汗や血で濡れても握りが緩まないよう配慮されている。
そして刃──。
「これは……」
「鋼だ。上質なものを選んだ。投げるなよ、戦うための1本だ」
ゲパルトさんが説明を加える中、刃をじっくりと観察した。
刃文は細かく、美しい波模様を描いている。しっかりとした鋼だ。切っ先は鋭く尖り、刃筋は真っ直ぐに通っている。メンテナンスさえ怠らなければ、長く使い続けられる品質だと直感した。
「……素晴らしいです。手に、まるで吸い付くような感覚があります」
「ふん。それは良い反応だ」
ゲパルトさんが満足そうに頷く。
「武器は使い手の延長であれ。特にナイフのような近接武器は、手の一部となるほどに扱いやすくなる。これから使い込むほどに、さらに手に馴染んでいくだろう」
そう言いながら鼻を鳴らしたが、その目には満足げな輝きが宿っていた。職人としての仕事に誇りを持っている証だろう。
次に、もう一つの分厚い革包みを開けた。中には、二十本の投擲ナイフが整然と並べられていた。ブロンズナイフと明らかに形状が小さい。全長は二十五センチほどで、より細身だ。刃の部分は菱形に近く、先端は針のように鋭い。柄は無く、投げに最適化されたシンプルな造りになっている。
「投擲ナイフ20本。材料は同じだが、耐久は並み。重心は前方に配置し、飛翔時の安定性を高めた」
1つを取り上げると、確かに軽い。しかし、手の中で揺れることなく、指先でコントロールできる感覚があった。
「投げる時は、回転させずに真っ直ぐ飛ばすのが基本だ。お前が先日見せた投擲フォーム、あれで問題ない。ただし……」
ゲパルトさんの目が鋭くなる。
「投擲はあくまで牽制、または不意打ちだ。決してメインの戦法と思うな。遠距離から動きを止められる利点はあるが、威力は限られている。上層のモンスターならまだしも、中層以降では致命傷を与えるのは難しい」
「はい、承知しています。主戦闘はあくまで接近戦、そして杖での対応です。投擲はその補助、牽制用の遠距離攻撃として考えています」
ゲパルトさんがこちらの言葉を反芻する。その目には、一瞬だけ深い考察が走ったように見えたがさらに、二つのホルダーを取り出した。
「腰に装着する戦闘ナイフ用、そして腿に装着する投擲ナイフ用だ。それぞれ三本まで収納できる。皮革製だが、内部には薄い金属板を挟み、衝撃から刃を保護している。抜き差しの滑らかさにもこだわった」
戦闘ナイフ用のホルダーは、腰ベルトに取り付けるタイプだ。ナイフを差し込むと、適度な抵抗がありながらも、引き抜く時はスムーズに手元に来る。まさに職人の技が光る細工だった。投擲ナイフ用のホルダーは両腿用で、ベルトで大腿部に固定する。こちらも三本ずつ収納可能で、歩行時の邪魔にならないように設計されている。
「装着してみろ」
言われるまま、ホルダーを身に着ける。まず腰に戦闘ナイフを1本。次に腿のホルダーに、投擲ナイフを3本ずつ計6本を収納する。
「戦闘ナイフ1本、投擲ナイフ6本を即時使用可能、残り十四本を予備……、これだけあれば上層程度ならば、十分すぎるほどの火力だ」
「1人で行動する以上、万全を期したいのです」
「まあ最初は杖をきちんと使いこなせ、と言ったはずだがな、数日前にお前がここで見せた動き……あれを見て、考えを改めた」
彼の目が真剣になる。
「確かに、杖は強力だ。範囲も広い。だが、お前のように1人で動く者にとって、常に両手が塞がっているというのは、時に致命的な隙になる。片手で杖を扱い、もう片方で牽制や速攻を仕掛ける……遠近両方それぞれに対応できる柔軟さが必要だろう。その点、この二種類のナイフを使い分ける発想は理にかなっている」
「緊急時の対応や杖での戦闘中に遠距離から動きを止める手段として、投擲ナイフを。杖が使えない、有効打でない緊急時のみ戦闘ナイフで応戦を考えてます」
「……シキ。1つだけ、言っておく」
その声はわずかに低い。
「この間も聞いたが事情があってこれから眷属が増えることもない1人だけのファミリアだと……それでも団長だ」
黙って聞いている。胸の奥で、冷たい塊が少しずつ膨らんでいくのを感じた。
「
その目が、鋭く光る。
「目を付けられる。好奇心から、あるいは脅威から。そして、お前のような【孤独な成功者】は格好の標的だ。拉致して強制的に眷族にしようとする者もいれば、単純に邪魔だから消そうとする者もいる」
「…………」
「お前の動きを見ていると、まるで……時間との戦いをしているように見える。焦っている、というわけではない。だが、確実に、速く、効率的に前に進もうとしている。それは時に、無理を生む」
(……鋭い)
胸の内が揺れる。確かに、ゲパルトさんの指摘は正しい。この世界に来てから、常に時間との戦いだった。エデンを見つけなければならない。日本に帰る手がかりを見つけなければならない。そのためには、強くならなければならない。一刻も早く。
長い沈黙が流れた。炉の火がぱちりと音を立て、影が揺らめく。
ゆっくりと息を吐き出した。
「……ご忠告、感謝します。ゲパルトさん」
心の中では、彼の懸念が正鵠を射ていることを認めざるを得なかった。暗黒期のオラリオ。ここは、現代日本の法治社会とは根本から異なる。力こそが正義であり、弱き者は食い物にされる。そのことを嫌というほど思い知らされた。
(だが……自分には、まだ誰にも明かせない「力」がある)
頭の片隅で、ドラクエのメニュー画面がちらつく。職業切り替えによる能力値の変動。そして、まだ習得していない数多の呪文と特技。これらは、隠された切り札であり生命線だ。しかし、それらを明かすことは、同時に【異世界人】であり、【
「自分は……」
言葉を選ぶ。
「覚悟はあります」
そう言い切った。
「ある目的を果たす。そのためには、強くなるしかありません。目を付けられるリスクは承知の上で……まあ目立たないように頑張ります」
ゲパルトさんはじっとこちらを見つめていた。その視線は、探るような、そしてどこか──哀れみのようなものを含んでいるように感じた。
「……随分と重い目標を背負っているようだな。まあいい。若い者の覚悟に、老いぼれドワーフがとやかく言うことじゃない」
「ワシは職人だ。中立を保つ。だから、これ以上は言わない。ただ、お前が真面目で、そしてどこか……この街の連中とは違う空気を纏っているのはわかる。だから、せめて武器だけは、きちんと役に立つものを渡そうと思った」
彼は大きくうなずくと、作業台の上に置かれた品々を一まとめにして差し出した。
「さて、これで取引成立だ。戦闘用ナイフ一振り、特注投擲ナイフ20本、腰用、腿用ホルダーそれぞれ一式。総額で……8万ヴァリスだ」
魔石の相場は決して悪くない、ポーションや食料、宿代を差し引いても大きな出費だがこの日のために貯めてきた資金だ。
「……はいここに、8万ヴァリスです」
「ああ、確かに受け取った」
ゲパルトさんはヴァリスの入った袋を一瞥すると、さっさと取り出し数えて受け取った。商人らしい素早さだ。
「これで取引完了だ。武器は、命を預ける相棒と思って扱え。手入れを怠らず戦いの後は、必ず手入れだ」
「はい、大切に使わせていただきます」
受け取ったホルダーを改めて装備し戦闘ナイフと投擲ナイフ6本を収め店を出る準備をする。
「ああ、そうだ」
店をを出ようとした時、ゲパルトさんが声をかけてきた。
「ローズに、よろしく伝えておけ。あの狼娘、最近塞ぎ込んでいるようだ。お前なら、少しは話を聞いてやれるかもしれん」
「……ローズさんが?」
振り返ると、ゲパルトさんは複雑な表情を浮かべていた。朝の講習から、魔石の換金後の話は欠かさず毎日会っているが別段変わりない様子だった。
「ああ。あの娘も、過去にいろいろあった。今はギルドのアドバイザーとして中立を保っているが……本来なら、もっと活発な性格なのだ。お前のように真面目で、堅実な冒険者が現れたことで、少しは心を開くかもしれない」
「わかりました。機会があれば、話をしてみます」
「ああ、頼む」
最後に軽く会釈を交わし、店を出た。
ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー
工房を後にし、夕暮れのオラリオの街並みを歩く。
新調したホルダーが腰と腿に馴染む感覚。戦闘用ナイフ1本、投擲用ナイフ6本。これらが今、確かに自分の一部として存在している。歩くたびに腿のホルダーが微かに擦れる感触が、新しい装備を実感させてくれた。
「……思ったより、軽いな」
独り言が漏れる。ブロンズナイフより明らかに質の高い鋼材で作られた戦闘用ナイフ。その重さは、手にした時の印象よりも遥かに軽く感じられた。バランスが良い証拠だ。空を見上げると、西の空が茜色に染まり始めている。オラリオの街並みが、夕陽を受けて影絵のように浮かび上がっていた。バベルの塔は特に高く、その頂上にはまだ陽の光が当たっている。
日本ではまずお目に掛かれない幻想的な景色の中、先程言われた言葉が頭の中で反響していた。
『目を付けられる。好奇心から、あるいは脅威から。そして、お前のような【孤独な成功者】は格好の標的だ』
確かにその通りだろう。この暗黒期のオラリオで、一人でダンジョンに潜り、それなりの成果を上げている――そんな情報が広まれば、様々な思惑が動き出すに違いない。
(だが、止まるわけにはいかない)
胸の奥で、冷たい決意が固まる。エデンを見つける。日本に帰る手がかりを得る。そのためには、強くなるしかない。たとえそれが危険を伴うとしても。
そう考えながら目的地の薬品店が見えてきた。店の看板が、午後の光を受けて鈍く輝いている。ドアを開けると、店内にはいつものように薬草やポーションの匂いが漂っていた。カウンターにはいつも年配のエルフの店主はいないが──
「あ、シキさん!」
犬の耳をぴんと立てた少女が、こちらに手を振っていた。ナァーザだ。今日も店員として働いているようだ。
「こんにちは、ナァーザ」
カウンターに近づくと、彼女はにっこりと笑った。先日の事件以来、少し打ち解けたような空気が流れている。
「今日も苔の換金ですか?」
「はい、お願いします」
リュックサックから、ダンジョンで採取した苔を入れた布袋を取り出す。第5階層の湿った区域で集めたものだ。薬用として需要が高まっているらしく、安定した収入源になっている。ナァーザが布袋を受け取り、中身を確認する。彼女の動きは慣れたもので、年齢の割にしっかりとしている。
「ふんふん……量は前回と同じくらいですね」
そう言うと、ナァーザは店の奥へと消えていった。その背中を見送りながら、店内を見渡す。棚には様々な瓶や袋が並び、ハーブや薬草の香りが空気に混ざっている。
ふと、またゲパルトさんが別れ際に話したことが頭をよぎる。
(ローズさんのこと……最近塞ぎ込んでるって言ってたな)
(機会があれば、話を聞いてみるか……)
考え込んでいると、パタパタという足音が戻ってきた。
「鑑定はいつも通りの時間くらい掛かるって!」
「分かりました」
カウンターに歩み寄ると、ナァーザは慣れた手つきでカウンターの裏側に回った。どうやら今日は店番を任されているらしい。
「そういえばさ、シキさん」
「はい?」
「その……新しい装備?」
ナァーザの目が、腰と腿のホルダーに向けられる。その視線は、子供らしい好奇心に満ちていた。
「ああ。今日、受け取ったばかりなんだ」
「すごい! 見せて見せて!」
「……危ないから、直接触るのは無しでお願いします」
そう言いながら、腰のホルダーから戦闘用ナイフを抜き、鞘ごとカウンターの上に置く。
「わぁ……かっこいい……」
ナァーザは目をキラキラ輝かせながら、鞘をじっくりと観察している。その無邪気な様子を見ていると、つい口元が緩んでしまった。
「シキさんってさ、いつも1人でダンジョンに行ってるんだよね? 誰かと一緒に行ったことはないの?」
「はい、まだソロでしか潜ったことはありません」
「1人だけ……? それって……寂しくないの?」
ナァーザの表情が一瞬曇らせ、犬の耳も少し垂れてしまった。その言葉に、心臓が一瞬止まったような気がした。
(寂しい……か)
そんなことを考えたこともなかった。この異世界に来てから、毎日が生き残るための闘いだった。生き残ること、強くなること、エデンを見つけて日本に戻ること。それ以外の感情は、意図的に心の隅に押し込んで置き去りにしていた。
「……まあ、慣れたよ。1人の方が行動が自由だし、誰かを巻き込んで危険に遭わせるよりはマシだから」
「ふーん……」
ナァーザが何か言いたげだったが、店の奥から足音が響いてきた。年配のエルフ店主が、髪を整えながら現れた。
「お待たせしました、シキさん」
「いえ、こちらこそ急にすみません」
店主は穏やかな笑みを浮かべると、カウンターに置かれた苔の入った袋を受け取った。
「いつもありがとうございます。状態の良い苔ですね……日に日に採集の腕もより上がってますよ」
「ありがとうございます」
その瞬間、店主が急に少し前かがみになり、周りを確認してから小声で話しかけ始めた。
「シキさん。少々お時間よろしいでしょうか? ちょっとだけ、店の奥の応接間でお話ししたいことがあるんです」
「……はい?」
「会って頂きたい方がいらっしゃいまして」
店主の声は、いつもより少しだけ改まった調子だった。その口調から、何か特別な用事であることを察することができた。
「……構いませんが」
「では、こちらへ」
店主に促され、カウンターの横を通り過ぎ、店の奥へと足を踏み入れる。ナァーザが心配そうな表情で見送っているのが、視界の端に映った。
(会って頂きたい方……?)
(まさか……何か問題を起こしたか?)
この店には何度か足を運んでいるが、トラブルを起こした覚えはない。むしろ、ナァーザを助けた一件で、感謝されたはずだ。しかも店主は元副団長だったらしく、格式ばった謝礼と謝礼金を受け取ったばかりだ。ファミリアの立ち場的にも受け取らないとまずいとのことで、なあなあと受け取る形になったのは記憶に新しい。
なおその際の謝礼金はそれなりの額だったので、【エデン・ファミリア】が来年度からギルドへ納める税金にそのまま当てさせてもらった。
(……いや、それが理由か?)
確かに、ナァーザは【ミアハ・ファミリア】の眷族だ。自分が彼女を救ったことを知ったファミリアの誰かが、直接お礼に来たとしても不思議ではない。
(だが……)
それだけなら、態々店の奥の応接間に通す必要はないはずだ。表のカウンターで簡単に済ませることもできる。店主がここまで慎重になるということは、何か別の意図があるだろうか。
考え込んでいると、店主が扉の前で立ち止まった。
「こちらです」
店主が扉を開けると、そこは落ち着いた応接間のような部屋だった。柔らかい黄色い照明の下、上品な木製のテーブルと椅子が配置されており、壁には薬草の絵が飾られている。テーブルの向こうには1人の人物が座っており、扉が開いたのを見て立ち上がった。紺色の長い髪が肩まで垂れ、整った顔立ちに柔和な微笑みを浮かべた美男子。
それが、【ミアハ・ファミリア】の主神──ミアハだった。
「やあ、待っていたよ」
投稿が遅くなってしまい申し訳ございません。リアルが立て込んでいてなかなか執筆する時間が取れず。展開の主軸は定まったのでなんとか投稿頻度を上げていきたいです。気長にお待ちください。