古明地うつつは忘れたい   作:sea_forest

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なんかやたら長くなった気がする……
次回で紅魔郷編は最終回です


第9話 知らぬ間に終わってました。 めでたし?

――夢を見ていた。

そこはまるで地獄で。辺りは火の海と死体の山が広がっている。

その中心には、一人の少年と二人の少女の影が、舞い散る火の粉の中で揺れ動いている。

少年は狂ったように笑っていて、少女の一人はそれを怯えたように見つめている。

もう一人は気絶しているのか、横に倒れたまま動かない。

――夢を見ていた。

視点が切り替わり、今度は先程よりも現場に近づいた光景になる。

頭の中に、様々な感情が流れ込む。

怒り、悲しみ、後悔、恐怖……

幾つもの負の感情が入り混じって押し寄せる。

これはきっと、少年の感情なのだろう。

そう気づいたと同時に、目の前がぼやけ始める。

何となく目覚めが近いことを感じながら、その感覚に身を委ねた。

……ところで、あの怯えていた少女。あれは、見覚えのある誰かに似ているような……

 

 

 

魔理沙が目を覚ますと、周囲は異様な雰囲気に包まれていた。

霊夢は額を押さえてうずくまり、レミリアは壁に背を預けて荒い息をついている。フランですら、先ほどまでの狂気的な笑みが消え、ただ困惑した表情で自分の頭を抱えていた。

この状況に疑問を抱いた瞬間、脳内に知らない記憶が流れ込む。

よく見知った紅白の巫女が、自分のことをどう思っているか。その本音や本心が隠さず伝わってくる。

……一体何が起きている?

辺りを改めて見渡すと、すぐ近くでうつつが我を失ったかのようにもがいていた。

目は虚ろで、何かをずっと呟き続けている。

そして、膨大な妖力の本流を吐き出し続けている。

気を抜けば、自分自身も他人の記憶に飲み込まれて自我を失ってしまいそうだ。

経緯はわからないが、緊急事態であることは一目でわかった。

しかし、一体どうすればいい?

単純に力ずくで止めることも考えたが、先ほどフランに負わされた傷が痛むせいでおそらくまともに戦えないだろう。

他の皆も、おそらく同じ様に記憶を流され続けて動けないのだろう。

このままでは全員無事では済まないが、それよりも間違いなくうつつが後悔することになる。

あいつの友人として、彼を止めなければという強い意志を持って立ち上がる。

傷跡は痛むし、頭は失血の影響と流し込まれる記憶でくらくらする。

 

「つまり、絶好調ってことだな!」

 

精一杯の強がりを込めて自分を叱咤する。

具体的に止める方法は思いつかないし、できるかもわからないがとにかくやるしかない。

そう覚悟を決めた瞬間だった。

 

「さすがお兄ちゃんのお友達だね」

 

どこかから声が聞こえる。

それは遠くから響くようにも、耳元で囁かれているようにも感じる。

 

「私の声が聞こえる?」

 

謎の声はそう問いかけてくる。

 

「ああ、聞こえてるぜ」

「よかった。お兄ちゃんを止めるの、手伝ってくれる?」

「ああ。もちろん」

 

魔理沙は即答する。

この際誰でもいい、彼の暴走を止めてくれるのならばできることは何でもしてやる。

 

「……私が誰かとか、気にならないの?」

「気にならないことはないが、今はそれどころじゃない。あいつを止めてくれるんだろ? 私は何をすればいい」

「ふふ、いいね。話が早くて助かるよ。それじゃあ、一度だけでいいから、全力でお兄ちゃんを攻撃して。大丈夫、まず間違いなく防いでくるから」

「防がれるのにいいのか?」

「うん、私が近づくまでの時間稼ぎだから」

「よくわからんが、火力なら私の十八番だ、任せな。弾幕はパワーだぜ」

 

そう言って魔理沙はミニ八卦炉を取り出し、いつもの得意技を声高々に詠唱する。

 

恋符「マスタースパーク」

 

凄まじい熱量を伴った光線が放たれる。

うつつを焼き尽くさんとするその一撃は、先の言葉通り謎の防壁によって防がれる。

だが、彼女の言葉通りならこれでいいはずだ。

傷跡が疼く。頭も痛い。だが、こんなところで負けてはいられない。

 

「ありがとう。もう少しだけお願い」

 

今度ははっきりと耳元でそう聞こえた。

気がつくと、緑色の影が迷いなくうつつへと歩み寄っていた。

それは妖力の流れと記憶の混濁をものともせずに、いとも簡単に接近する。

 

「迎えに来たよ、お兄ちゃん。大丈夫、もう怖くないよ」

 

魔理沙の位置からでは何を言っているか聞き取れなかったが、緑の影がうつつを優しく包容する。その影は、光線に照らされてうつつとよく似た少女であることがわかる。

 

「ああ、あ、あぁ……こいし、ちゃん?」

「うん、私だよ。さあ、帰ろう?」

 

彼の目の焦点が合うと同時に、急速に妖力の奔流が弱まっていく。それと同時に魔理沙の体力も限界に達して地面に倒れ込み、光の束もたち消える。

やがて崩れ落ちるうつつを彼女が支える頃には謎の記憶が流れ込む現象は収まっていた。

 

「終わった……のか?」

「魔理沙! 無事!?」

 

遠くから霊夢が駆け寄ってくる。

後ろからはレミリアとフランもこちらにゆっくりと歩いてくる。

上半身だけ体を起こした魔理沙が無事を伝える。

 

「ああ、なんとか生きてるぜ」

「良かった。怪我してたみたいだけどそっちは?」

「傷は塞がっているみたいだから問題はないぜ。痛みはあるけどな」

「それだけ元気そうなら大丈夫ね」

 

軽口のようなやり取りとは裏腹に、霊夢はほっと胸をなでおろす。

レミリアも追いつき、うつつの様子を確認しに向かっている。

一方のフランは、魔理沙にフラフラと近づいて立ち止まった。

先程までの狂気的な様子は鳴りを潜め、どこかバツの悪そうな雰囲気が感じられる。

 

「……ごめんなさい」

 

ポツリと、言葉が漏れる。

声は小さかったが、はっきりとした謝罪の言葉だった。

 

「許すぜ。お前は人との関わり方を知らなかっただけだもんな」

 

そう言って魔理沙は手を差し出す。

 

「……私が怖くないの?」

「怖くないぜ。お前は精神年齢がガキなだけのただの吸血鬼だよ」

 

流れてきた記憶の中で、フランの過去や境遇も感じ取った。

あれだけの年月を地下に閉じこもっていたのなら、気が狂ってもおかしくはない。

だが、彼女にはまだ理性の芽が残っている。この騒動で彼女自身がそれに気づけたのならもう大丈夫だろう。

 

「……私より年下のくせに」

「こういうのは実際に生きてきた年齢は関係ないんだぜ」

「あんたも人に語れるほど精神年齢高くないでしょ」

「あーあー、聞こえないぜ」

 

先程までの張り詰めた空気は嘘のように薄れていた。

夜空の端がわずかに白み始めている。もう夜明けが近いのだろう。

長い夜だった。

そこへ、うつつの様子を見に行っていたレミリアがあの緑の少女と共に戻ってくる。

 

「彼の様子を見てきたわ」

「そうだ、うつつはどうだった?」

「それはもう気持ちよさそうに寝てるわ。全く、あんな騒動を起こした元凶だって言うのに呆れるわ」

「そもそも異変の元凶であるお前が言うなよ……」

「で、そこの妖怪は?」

 

霊夢は、そのレミリアの横にいた見慣れない人物に目を向ける。

 

「私? 私は古明地こいし。覚えても覚えなくてもいいよ。どうせ忘れちゃうと思うし」

「忘れる?」

「うん。私の能力のせいだから気にしなくていいよ。私も制御できないんだ」

 

こいしは悲しげな様子もなく、それが当たり前であるかのように淡々と語る。

 

「そうか。お前はうつつの妹か? 呼び方と苗字がそれっぽいぜ」

「察しが良いね。そうだよ、私はお兄ちゃんの妹」

「なるほどね。じゃあ幾つか質問に答えてもらおうかしら」

 

霊夢はため息を一つ吐いてから、こいしに向き直る。

内心めんどくさいとは思いつつも、彼のことを知らないことには本当に異変が解決したとは言えない。

 

「うん。私に話せることならね」

「それじゃ、さっきの暴走……暴走でいいのかしら? あれはあいつの能力によるもの?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

「何よそれ。私は謎解きをしに来たんじゃないのよ」

「私からはそうとしか答えられない。まあでも、お兄ちゃんの能力の一部であることは確かだよ」

 

霊夢が少し顔をしかめるも、こいしがこれ以上答える気がなさそうであるため、一旦納得することにした。

 

「まあいいわ。じゃあ次、あんたはどうやってあいつの暴走を止めたの?」

「それに関しては簡単だよ。お兄ちゃんを落ち着けただけ。私がやったのはお兄ちゃんの深層心理に呼びかけただけ。この方法は能力有りきだけど、別に落ち着かせられるんだったら何でもいいと思う」

「そこは単純なのね。なら、あの状況であんただけは影響を受けていないように見えたけど、それも能力によるもの?」

「うん、そうだよ。私は色々あって心を閉ざしているからね。お兄ちゃんの能力の影響は受けないんだ」

「なるほどね……。あんたの能力以外で、能力の影響から抜ける方法は?」

「うーん、わかんないけど……普通の人だと難しいかも」

「てことは、またあいつが暴走してもあんたしか止められないってこと?」

「それについてなんだけど……」

 

こいしは霊夢から視線を外して、魔理沙の方に向き直る。

 

「ん?私か?」

「うん、あなたくらいお兄ちゃんと仲が良ければ、止められるかも?」

「ほう? それはぜひ知っておきたいな」

「簡単だよ。……ごめん、方法自体は簡単だけど、実行は難しいかも」

 

「それどっちだよ」

「やることは簡単なの。あなたとお兄ちゃんの間にある、楽しかった思い出とか嬉しかった思い出。そういうのを強く思い出しながら近づくことができれば、あの記憶の奔流の中でも自我を保っていられるはずだよ」

「思い出、か」

「うん。ただ、もちろん途中で心が折れちゃうと自我の喪失につながっちゃうから、リスクは大きいね。心を保ち続けるのは難しいから」

 

うつつとの思い出は幾つもある。本人が忘れてしまうなら、自分が忘れなければいいと面白そうなことは何でも誘ったから。

彼に対する感謝や友人としての好意であれば、雑多な記憶に負けないくらいに思い出せる。

 

「ま、そんなことが起こらないことを願うけどな」

「うん、私もそう思う。お兄ちゃんには、平穏に過ごしていてほしいから」

「まあ、あんたがうつつのことを大事に思ってるのはよくわかったわ。じゃあ、最後の質問。あいつが落ち着いたことはどうやって証明するの?」

「あ、それは簡単だよ。お兄ちゃんのサードアイを見て」

 

こいしは寝かせていたうつつに向き直る。

うつつに近寄り、自分のものと彼のものを並べるように見せる。

こいしのそれは目を閉じているが、うつつのは眼帯をしている。これはその場にいる全員の記憶にある彼の姿そのものだ。

 

「私の目は閉じてるけど、普段のお兄ちゃんはこうやって眼帯で目の力を封印しているの。そしてあの力が使われている時はこの眼帯が消えるから、それで判断すればいいよ」

「じゃあ眼帯がついている今、こいつはさっきの能力は使えないってこと?」

「うん」

「なるほど。はぁ~それを聞けて安心したわ……」

 

霊夢は力が抜けたように、そのまま大の字に倒れこむ。

 

「ごめんね、お兄ちゃんが迷惑かけちゃって」

「ん? あーいいのいいの。もとはと言えばそこの吸血鬼姉妹が原因だし」

「ぐ……事実だから言い返せない」

「私もごめんなさい。魔理沙を怪我させてからうつつがおかしくなっちゃったし……」

「その謝罪はさっき受け取ったからもういらないぜ」

「うん、ありがとう」

「さて、迷惑をかけた上に助けてもらった恩人に対して、解決したから帰れ、とは言えないわね。客間を用意させるから、皆泊まっていきなさいな」

 

そう言いながら、レミリアが足元の魔法陣を破壊する。紅い霧の噴出が完全に止まり、これにて本当の意味で一件落着だ。

魔法陣の機能停止を確認したレミリアは、ゆっくりとした足取りで館内に向かう。

きっと、これから部屋の配置や内部の掃除をメイドたちに言いつけるのだろう。

途中でふと思い出したように足を止めると、うつつの方に近づく。

 

「まあお互い迷惑かけたし、お互い様ね。それに悪いことばかりじゃなかったわ」

 

と誰にも聞こえない声で呟きながらうつつの頭を軽く撫でると、そのまま満足したように歩き出す。

 

「お姉様、待って!」

 

フランがそう言って駆け出す。レミリアはそれに気づいて再び足を止めて振り返る。

やがてレミリアのもとにたどり着いたフランは、優しく頭を撫でられながら二人で館の中に姿を消す。

その光景は、先程まで姉妹喧嘩をしていたとは思えないくらい仲良しな姉妹のやり取りそのものだった。

 

「いや~、無事解決してよかった~」

「お気楽ね」

「何だよ、嬉しくないのか?」

「嬉しいとかよりも疲れたが勝つわね……」

 

霊夢と魔理沙のいつも通りのやり取りだが、少しだけぎこちない雰囲気が漂う。

霊夢がポツリと呟く。

 

「……見たわよ、あんたの記憶」

「一体何の記憶だ?」

「主に私に対する感情」

「あー……」

 

魔理沙は少しだけバツが悪そうに頬をかく。

 

「魔理沙が私のことそんなふうに思ってたなんてね~」

「なんだよ、嫌味か?」

「別に~? ただ普段飄々としているあんたが私に嫉妬してるなんて、口では絶対に聞けないからね。ちょっとした優越感ってやつよ」

「それを言ったら、お前の記憶だって見たぜ。私の自由さがそれはそれは羨ましいようで」

「何よそれ。そんな……って、否定しても無駄ね。そうよ、私はどうしても博麗の巫女という立場に縛られる。だから、あんたみたいに自由に空を飛んでみたいって、たまに思うわ」

「ま、お互いないものねだりってことだ。むしろ私は霊夢の人間らしい感情を知れて嬉しかったぜ?」

「気持ち悪いこと言わないで。……まあ私も、あんたの本心を知れて良かったと思うわ」

「珍しく素直だな。明日は雨か?」

「ぶん殴るわよ」

 

二人の間には既に日常が戻っている。

そんな二人に気づかれないように、こいしが少し離れて気配を消していたのはきっと彼女なりの気遣いかも知れない。

 

「お兄ちゃんのおかげで、最終的に皆仲良くなっちゃった。これも、お兄ちゃんの才能ってやつかな?」

 

いまだに安らかな寝息を立てているうつつを優しく撫でながら独りごちた。

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