古明地うつつは忘れたい   作:sea_forest

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第8話 隱ー縺句勧縺代※ 諤悶>

暴力と言う名の災害。

フランの振るう力はそう表現するに相応しいものだった。

華奢な腕から無邪気に繰り出される拳は防御してなお骨が軋むほどの衝撃を与え、放たれる高密度な妖力の弾幕は着弾痕がその威力を物語る。

うつつはかろうじて耐えているが、先の戦いで消耗した妖力が大きく響き、攻勢に転じることができないでいた。

 

「化物みたいな威力だね……!」

「アハハ、女の子に化物なんてひどいなぁ。ほらほら、手が止まってるよ!もっと遊んでよ!」

 

ついに弾幕がうつつの防御を貫き、そのまま勢いよく壁に打ち付けられる。

衝撃で壁は大きく抉れ、体に激痛が走る。今追撃されたら間違いなくやられる。

うつつの懸念はしかし的中せず、フランは余裕を持ってこちらに歩いてくる。

 

「案外弱っちいのね。あなた本当にお姉様に勝ったの?」

「僕たちは確かに勝ったよ。僕は負けたけどね」

「謎解き? 私そういうの好きよ。殺人犯のいない殺人事件とか」

「僕にはそっちのほうが意味わかんないんだけど」

 

あんなに狂気的な言動をしていたのに、意外と理知的な感性を持っているようだ。

あまりの落差に頭が混乱するも、体を動かせないこちらを攻撃してこないのであれば何でもいいと、うつつは彼女と会話を続けることにした。

 

「ところであなた、なんでこんな悪趣味な館に来たの?」

「悪趣味って、自分の家じゃないの?」

「だってお姉さまが作った家だし、私は関係ないわ」

「……この赤い霧を止めに来たんだよ。これは人間にとって毒だし、下手すると妖怪にも影響が及ぶかもしれないからね」

「人間!そうだ、あそこで戦ってる巫女と魔法使いは人間なんでしょう? 私ケーキと紅茶でしか人間を見たことないから、今すごく感動してるの!」

「それはまた物騒な食事だね」

 

絶妙に噛み合わない会話は、彼女が他者とのかかわりが少ないことを感じさせる。

地下に幽閉されていたということらしいが、一体何年閉じ込められていたらこのような狂気が生まれるのだろうか。

とはいえ、生殺与奪の権は目の前の少女の掌中にある。いつ破壊されてもおかしくないそれが彼女の気まぐれで維持されている以上は、彼女とのおしゃべりに付き合う他はない。

 

「んー、でもあの二人は人間だけど、あなたは妖怪だよね? どうして一緒にいるの?」

「霊夢はたまたま道中で知り合っただけだけど、魔理沙とはたまに一緒に遊んだりする友達なんだよ」

 

そう答えた瞬間、フランの雰囲気が変わる。

赤い瞳が細くなる。口元から笑みが消える。

 

「へえ、ちなみに巫女と魔法使いどっち?」

「え? 魔法使いの子だけど……」

「そう。いいないいな、お友達。私の友達は人形ばかり。誰も私と友達になってくれないの。あなただってそう、私のこと化け物だって思ってるんでしょ。ならさ」

 

――あなたの大事な友達(おもちゃ)、壊しちゃっていいよね?

 

悪寒が体中を駆け巡る。絶望的なまでの嫌な予感。うつつは自分の体の状態を二の次にして、全力でフランと魔理沙の間に割り込むように飛び出す。

同時に、フランの破壊の能力が込められた妖力弾が、別のフランと戦闘中の魔理沙を意識外から襲う。ダメだ、間に合わない。

 

「避けて魔理沙ぁ!!!」

 

叫ぶ声も空しく響き、魔理沙には反応する間もなかった。彼女の驚いた表情を最後に、妖力弾に貫かれた魔理沙はそのまま力なく地面に墜落する。

急いでうつつが駆け寄るも、魔理沙の黒い服からでもわかる大量の出血。倒れた地面も鮮血で満ちる。

うつつが無意識で癒しの力を発動させたことで傷口は塞がるが、既に流れた血は戻らない。

 

「魔理沙、起きて、起きてよぉ……」

 

いくら揺すっても声をかけても、魔理沙に反応はない。あるのは血の感触だけ。

赤い。鉄のにおい。生暖かい。魔理沙の。

……知っている。知らないはずの記憶。この色を、匂いを、感覚を。

存在しない記憶が、あまりのリアリティを伴って、うつつの脳内を埋め尽くす。

 

 

 

異変に最初に気づいたのはフランだった。

ちょっと乱暴に扱いすぎちゃったかな、と二人を眺めていたが何やら様子がおかしい。

目の前の少年から漂う気配が、まるで別人のそれに変わっていく。

ふと彼のサードアイに目をやると、かかっていたはずの眼帯がなくなっていた。

 

「ああああああああ!」

 

突如として、うつつが叫び声をあげる。

その声に、戦闘を続けていた全員の動きが止まる。

 

「何?いったいどうしたの?」

「わからないけど、急にあいつの様子が……」

 

霊夢がうつつの異様な様子に気が付くと同時に、その場にいる全員の脳内に強制的に情景が流れ込む。

 

――あらゆることを才能でねじ伏せる友人に対する嫉妬

――大切な家族に、仕方がないと言い聞かせながらひどい仕打ちをしてきたことの後悔

――好きなことを楽しそうに、好き放題やっている自由な友人への羨望

――死体は山のように、血は海のように広がる凄惨な光景への絶望

――自分を理解してほしい、話し相手が欲しい、友達が欲しいという孤独

 

実体験のような記憶。しかし今までこんな体験をしたことはないはずだ。それでも各々の脳内には確かに”誰か”の記憶が刻まれている。

 

「ちょっと……何よこれ……」

「わかんないわよ、急に脳内によくわからない記憶が……」

「うぅ、頭が割れそう……」

 

少し時間がたつとまた別の記憶が刻まれる。もちろん、知らないはずの記憶である。

無理やり脳内に情報が流し込まれている不快感と記憶の矛盾という気持ちの悪い感覚が残り、先ほどまでの戦いの雰囲気はとうになくなっている。

 

「あんた達二人も、知らない記憶が流れてるのは同じ?」

「ええ、私はするわけのない妖怪退治をしている記憶が流れてきたわ」

「今までずっと地下にいたのに突然知らない景色の記憶が……これは何?」

「多分だけど、ここにいるみんなの記憶がごちゃまぜになって流し込まれてるわね。さっき吸血鬼っぽい種族と戦ってる記憶があったわ。多分これあんたの記憶でしょ」

「なるほど、記憶がシャッフルされて流し込まれているのか。まあ考えるまでもなく、様子のおかしいあいつが原因よね」

「なら、力づくで止める!」

 

記憶の混濁をものともせず、霊夢がうつつに近づく。

あと少しで手が届くかといった距離になったとたん、急に脳に流れる情報量が増えた。

取り留めのないありふれた日常の記憶や強烈に残る摩訶不思議な体験、本人にとって大事な思い出。情報の奔流が脳内を支配し、正常な思考回路を奪っていく。

このままだと、自我すら他人の記憶に押しつぶされて塗り替えられてしまう。

まずいと思ったところで、レミリアに無理やり引っ張られる。

距離が離れたところで情報の奔流は収まる。尤も、他人の記憶がシャッフルして再生される事象は続いているが。

 

「ちょっと大丈夫!? 急に頭を押さえてうずくまるもんだから無理やり引きずり戻したけど」

「とりあえず大丈夫。助かったわ、急に頭に流れてくる情報が増えて、意識まで塗り替えられるところだった」

「ってことはあいつに近づけないってこと?」

「やめといたほうがいいわね。自分を見失いたくなければ」

「じゃあ遠距離攻撃はどうかなぁ?」

 

フランが先ほども使った破壊の力を込めた妖力弾をうつつに放つ。

しかし、それは直撃する瞬間に謎の防壁によって弾かれる。

 

「嘘、これ弾かれるの!?」

「あの防壁、一回見たことあるわね。私が魔理沙に向かって放った槍を防ぐときに使ってたやつよ」

「あいつ無意識で能力を二つも実行してるってこと? 冗談じゃないわ」

 

近づくこともできなければ、遠距離からの介入も不可能。

止める方法を見つけられないまま、また新たな記憶が流れ込んでくる。

 

「……これ、早く止めないとまずいわ。今度はこの場にいないはずのメイドの記憶が流れてきた」

「咲夜の? ってことは効果範囲が広がっている?」

「私にも、パチュリーの記憶が……」

 

このままでは紅魔館どころか、その外にまで影響が及びかねない。

でもどうやって? 近づけば自我を失い、遠距離攻撃は防壁に阻まれる。

この場の誰にも、あの暴走を止める術がない。

 

そんな状況を、一人の少女の影が静かに見つめていた。

 

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