バッドエンド注意!

花火大会の日、彩葉が『帰らないで』と言って、かぐやが『帰りたくない』と言ったルート。月人との戦いに勝ったIFルートです。

救いはありません。


本編のハッピーエンドを引き立てる為の調味料です。

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バッドエンド注意です。
それでもよろしければお読みください。

救いはありません。


第1話

 ――二人で花火を見に行ったあの日、きっと私たちは間違えたのだ。

 

「……かぐやはかぐや姫じゃないよ。もっとハチャメチャで、めちゃくちゃで、だから――」

 大輪の花火が紫紺の空を彩る下で、私の気持ちは、身体に表れて、右手はかぐやの左手を摑まえる。

「帰っちゃやだ」

 その言葉がどれだけかぐやを困らせるか、私はわかっていてそれを伝えた。それまで気丈に笑っていたかぐやの笑顔は泣き笑いの様な顔になり、震える声で私に答えてくれた。

「……帰りたくない。本当はもっと、もっと彩葉と歌いたい。もっと、もっと、やりたいことも、たくさんあるのに」

 その言葉で、私の覚悟は決まった。

 

 腹に響く花火の音が当たりの空気を揺らしても、私の心はもう揺れはしない。

 

 私は、どんな手を使ってもかぐやを月人(あいつら)から守る。かぐやは、私がハッピーエンドまで連れて行くんだ。

 

 

 2030年9月12日。その日に、月人はツクヨミにかぐやを迎えに来る。月と近いと言う仮想世界なら、現実より簡単に干渉できるらしい。本当は、かぐやは引退を発表しようとしていた。9月12日、満月のその日に月に帰るかぐや姫として、盛大な卒業ライブで皆に見送られながら、たくさんの笑顔に包まれて、たくさんの思い出を持って帰るつもりだったのだ。

 

「新曲。どんなのがいい?」

 問いかけると、かぐやは即答した。

「あの曲!途中で終わってるやつ!」

 それは、お父さんと一緒に作った、作りかけの曲。勝手に私のPCからかぐやが漁った曲。ノータイムで指定してくる辺り、本当に気に入ってくれたのだろう。

「わかった。できるかわからないけど、やってみる」

 力強く頷くと、かぐやは声を上げて全身で喜びを表した。

 

 ◇◇◇

 

 かぐやが寝息を立ててから、こっそりと部屋を抜け出してツクヨミにログインする。すでに集まってもらっている兄達に、友人達に、ヤチヨに全てを話す。七色に光る電柱から生まれ、月からやってきたと言うかぐやの事を。兄も、芦花も、真美も思い思いの事を呟きながらそれぞれ納得してくれた。かぐやにはそれだけ浮世離れした魅力があるのだから、それも当然といえば当然だ。

 

「ヤチヨ、かぐやを守る事ってできないかな」

「調べてみたけど、どこからアクセスしてるのかもわからなかったんだよねぇ。ごめん」

 申し訳なさそうにヤチヨはそう言った。それを聞きながら兄が、帝がパンと手のひらを拳で打つ。

「相手が現実で手出しできないなら、ツクヨミで追い払えばいいんでしょ?」

 

 その言葉で作戦会議が始まった。

 KASSENのモード『KASSEN』。7対7のバトルロイヤル。相手にルールを課して、そこで迎え撃つ。ツクヨミの管理人はヤチヨだ。私たちが勝手にKASSENのルール外の行動が出来ないように、さすがのあいつらとは言えルールに従うしかないはず。

 

 勝負に勝ったらかぐやを月に連れ帰っていい。まさに竹取物語ではないか。

 

 参加するのはブラックオニキスの三人と私、芦花、真美、そしてかぐやの七人。でも実際にはかぐやには戦わせない。戦っている時に連れ去られても困るし、なによりかぐやをかつての自分の仲間と戦わせたくない。戦うのは私のエゴなんだから。かぐやは天守閣で、大好きな歌を歌って、みんなを応援して欲しい。私たちと、月人との両方を。

 

 作戦が決まったところで、芦花と真美がログアウトする。だけど、ブラックオニキスの三人と私はまだしない。

 

 本題はここからだ。

 

「ヤチヨ、お願いがあるんだ――」

 

 私はもう決めている。手段は選ばない。絶対に、かぐやを連れて帰らせない。

 

 私の提案に、兄は驚いた顔をした後で少し嬉しそうに笑い、ヤチヨは困惑を誤魔化すようにおどけた様子で笑った。

「んん~、さすがにそれはちょ~っとずるくないかなぁ?」

「それは分かってる。けど、お願い……!私は、絶対にかぐやを月に帰したくない。もっと、ずっと一緒にいて、……まだまだ一緒にやりたい事がいっぱいあるから」

 

 ――やるんやったら、勝ちに行きぃ言うてるやんな?

 

 呪いのように私を縛った母の言葉を思い出す。勝ちたい。勝たなきゃ。かぐやがいなくなっちゃう。

 

 無礼を承知で必死に詰め寄ると、ヤチヨは目を丸くしてから袖で目元を覆って大げさな泣き真似をした。

「そんなに想ってもらえるなんて、かぐやは果報者だねぇ」

 袖が目元から離れると、いつもの笑顔ではなく、まるでライブ中のような真剣なまなざしでヤチヨは私をまっすぐに見た。そして、いつも通りの笑顔で、両手でガッツポーズをした。

「わかった。一緒に戦おっ、彩葉!」

 

「よし、じゃあ準備だな」

 兄は乃依と雷に声を掛けて立ち上がり、ブラックオニキスの三人もログアウトしていった――。

 

 ◇◇◇

 

 決戦の日は少しずつ近づいて、私たちの新曲も少しずつ出来上がっていく。私とお父さんが作った曲を、かぐやが好きそうなアップテンポに仕上げて、そこにかぐやが歌詞を載せる。フルコーラスの完成は時間的に難しいけど、ワンコーラス分はどうにかできそうだ。

 

「壁ドンだって~♪」と仮の歌詞でメロをなぞるかぐやを見てクスリと笑う。私とかぐやが過ごしたあの壁の薄いワンルームを思い出す。

 

 絶対に、バッドエンドになんてさせない。

 

 編曲をしながら、不意に手が止まる。一時停止をして、再度サビを頭から流す。BPMは違うけど、そこから流れてきたのはあの大切なメロディ。私とヤチヨを繋いだ、私に生きていく力を与えてくれた大切なメロディ。

 

「……同じメロ?なんで」

 曲を止めて何度も繰り返す。言うまでもなく、私の人生に一番大きな影響を与えた一番大好きな曲。無意識にメロディを似せてしまった?そう思ってすぐに首を横に振る。そんなはずはない。この曲は、子供の頃にお父さんと作った曲だ。かぐやがPCの奥から引っ張り出してくるまで存在を忘れていたくらい昔の曲だ。

 心地よいメロディの組み合わせは有限。そんな偶然もある……。かぐやが気に入ってくれたこの歌を形にする事が優先。そう思って、私はその違和感を気にしないことにした。

 

 ◇◇◇

 

 そして、運命の日はやってくる。

 

 決戦前とは言え、準備はいつもと同じ配信部屋。かぐやは一切の緊張もしていない様子で、なんなら月からくる旧知を歌でおもてなしするくらいの勢いだ。

 

 反対に私は緊張で胃の中が逆流しそうな感覚だ。勝てる。準備はしてきた。兄も、ヤチヨも、皆手助けしてくれる。絶対に勝てる。けど、万一負けたら――、かぐやがいなくなる。私の目の前からいなくなり、二度と手が触れられない場所に行ってしまう。

 

「いーろはっ」

 余程険しい顔をしていたのか、私の緊張をほぐすようにかぐやが私に飛びついてくる。

「わっ、ちょっと。機材危ないから」

「へへへ~」

 

 そして、私たちは手を繋ぐ。かぐやの右手と私の左手。かぐやの右手には銀色のブレスレットが揺れていた。

 

 目を閉じてツクヨミに潜る――。

 

 

 場所はKASSENのフィールド。指定時刻は21時。7対7とは言えミニオンの数は無制限。どれだけの数が来るだろう?どれだけの強さの敵が来るのだろう?ツクヨミの月を見上げる天守閣で、不安を塗りつぶすように大きく一度息を吐いてかぐやを振り返る。

「かぐや。絶対に勝って、またパンケーキ食べよ。今度は私が作るから」

 自分を、かぐやを勇気づけるようにそう言うと、かぐやはいたずらそうに笑う。

「粉と水の?」

「違うわ」

 

 私が声を上げるのとほぼ同時に、時刻は21時を指し示す。

 

 フィールドの反対側の天守付近の空間に、黄金色の満月が現れたかと思うと、それはグニャリと歪んで、そこから月人たちが現れる。コラボライブで現れたやつらじゃない。あいつらはミニオンの扱い。見るからに神々しく、剛健さを感じさせる、七体の月人が姿を現す。リーダーと思しき仄かに光る仏像を思わせる穏やかな表情の月人の前にウィンドウが開く。残機の表示とKASSENのルール説明。それに加えて達成条件。要するに、かぐやを連れていきたければ私たちを倒してからにしろ……って言う事だ。

 

 開戦。

 

 双方の雑兵の距離が近づき、乃依の放った矢が着弾して巨大な氷柱をフィールドに生んだのを合図にしてブラックオニキスの二人が駆け出していく。かぐやの歌に乗せて、私も、芦花も、真美も進攻する。

 

 バッドエンドになんて、絶対にさせない。

 

 戦況は一進一退。芦花が落ち、真美が落ち、私と兄で一体落とす。残機はチームで共通して三機。それ以降は復活できない。――それが通常のKASSENなら。

 

 仏僧のような月人に雷が落とされ、それを気にした乃依がチートレベルの超長距離射撃で落とされる。そして、二人も再度復活。残機は三。それは通常モードでの話。

 

 ツクヨミの管理者はヤチヨだ。戦闘に参加していないヤチヨは管理者権限を用いてこのKASSENの状況をリアルタイムで弄っていく。トレーニングモードに変更。私たちの残機は無限。攻撃力も、耐久力も最大に数値を設定。それに加えてブラックオニキスの三人の表示が変わり、スキンが変わる。目に見えて速度と威力が跳ね上がる。――チートだ。プロゲーマーとして活動する兄たちが本来もっとも忌むべき違法行為。

 

「あの時オレの言った通りやったやろ?『彩葉にも譲れへんものはある』んだもんな?」

 私に向かう射撃を金棒で防ぎながら、兄は優しい顔でそう言った。

「せやったら、絶対渡せへんよなぁ!」

 目にも止まらぬ動きで兄は月人と切り結ぶ。

 

 何気ない会話だったけれど、覚えている。学芸会の主役を譲り、母が私を責めたとき。私を庇って兄が言ってくれた言葉だ。私を見捨てて東京に行ったと思っていた。忘れて楽しく好きなことをやっていると思った。けれど、違った。ずっと、覚えていて、気にしてくれていたんだ。

 

「……うん!」

 

 汚い事をしているのはわかっている。だけど、帰したくない。離れたくない。

 

 私たちは、何度も落とされながら、月人達を倒していく。一体、また一体。彼らの残機はゼロになり、復活しなくなる。やがてブラックオニキスの3人は、私たちと戦った時とはまるで違う洗練された連携で、最後の月人を圧倒し、兄の刃がその身体を切り裂く。最後の月人は桜の花びらになって、散っていく。

「悪いが、なんでもアリや。かわいい妹の為なんでな」

 

 ――消えゆく身体で、菩薩のような顔をした月人が何かを呟いた様に見えた。

 

 勝利。

 

 ツクヨミの月が浮かぶ夜空に大きく『YOU WIN』の文字が光り輝いて、花火の演出が勝利を彩る。

「やった……。勝てた」

 

 振り返って遠くの天守閣を見上げて声を上げる。

「かぐやっ、……勝ったよ!」

 

 ――だけど、天守にはかぐやの姿はすでに無かった。

 

 瞼を開けて現実世界に戻ると、目の前には抜け殻のようにかぐやの服とネコミミのヘッドフォンだけが落ちていた。

 

「え……、なんで?」

 

 状況が理解できなかった。いつから?戦っている間もずっと歌は聞こえていたのに。いつの間に!?どうやって!?

 

 いたずらだとしたら本当にたちの悪いいたずらだよ。見つけたら怒らないと。家中を歩き、戸棚という戸棚を全部開きながら、かぐやを探す。『ここだよー』とか『ばれちゃったー』とか言いながら出てくるのを期待しながら、本当はどこかで分かっていた。

 

 かぐやは光る電柱から生まれた。あれはきっと月の技術で作ったものだろう。ならば、最初からこうやって連れ戻す事が出来たのかもしれない。例えばヤチヨがツクヨミから誰かを強制ログアウトさせるみたいに、管理者としてかぐやをこっち側の身体からログアウトさせることができたのかもしれない。

 

 最初から戦いになんてならなかったのだ。彼らは私たちの余興に乗ってくれただけだったのだ。もしかすると、きちんと戦ってきちんと勝てれば話くらい聞いてくれたかもしれない。無理やり連れて帰るような事はしなかったのかもしれない。

 

 けど、もう遅い。

 

『かぐやがいない』

 

 みんなに一言だけメッセージを送ると、私は一人で塞ぎ込んでしまった。私のせいなのに――。

 

 ◇◇◇

 

 何日か経ち、歌を作ろうと思った。かぐやが好きだと言ってくれたあの歌を、完成させなきゃと思った。

 

 だけど、作ることはできなかった。正確には曲はできた。けれど、歌詞を乗せることができない。かぐやが綴ったこのポジティブでどこか切ない歌詞に、今更私が何を付け加えられると言うのか。私のせいで、すべてがダメになってしまったというのに。

 

 しばらく見ていなかったスマホを開くと、芦花や真美、それと兄からのメッセージが大量に並んでいた。『ごめん、大丈夫。生きてる』と返す。ヤチヨにも謝らないといけない。私が提案した『ズル』をヤチヨは止めてくれた。それでも押し切ったのは私だ。

 

 スマコンを付けて、瞼を閉じる。――だが、ツクヨミにログインはできなかった。

 

 あれ?今日メンテなのかな?SNSを見てみると同じようにツクヨミにログインできないと言う報告が並んでいる。運営――ヤチヨからのアナウンスは無い。

 

 嫌な予感と胸騒ぎがする。

 

 すると、スマコンを付けた視界の端に動く白いものを見つける。――FUSHIだ。

 

 私たちを見るといつもツンケンした態度をとっていたFUSHIは、私が彼に気付いた事に気が付くと、ほっと安心したような表情をした。

「よかった。スマコン付けてたか」

「FUSHI……!?なんでここに!?あっ、ヤチヨは!?ツクヨミはどうしたの!?」

 矢継ぎ早に質問を重ねると、FUSHIは少し悲しそうな顔で返事をくれた。

「ヤチヨは久しぶりにすごい嬉しそうだったんだ。『彩葉はあんなに私と一緒にいたいと思ってくれてたんだ』って」

 

「何言ってるの……?私は――」

 言いかけて何かが繋がる。理屈が通らない。ただの直感。あのメロディに感じた違和感。推論とも呼べない荒唐無稽な言葉は私の口を突いて出る。

「……ヤチヨは、かぐやなの?」

 

 それを聞いたFUSHIの瞳にはウルウルと涙が滲む。そして、FUSHIは教えてくれた。月から再び私に会いに来たかぐやの、ヤチヨに至る8000年の旅の記憶を。『信じられないかもしれないけど』と、彼は付け加えた。

 

「『かぐや』は?『かぐや』に会わなきゃ……」

 FUSHIは身体を横にゆする。

「もう、会えない。本当は、何も言わずに、ただ記憶だけ消してって言われたんだ。全部伝えたのは、ただ僕のワガママ。ヤチヨはずっと、君に会えるのを待ってたんだから。8000年間、ずっと。この時をずっと待ってたんだから。伝えずに消えるのなんて……あまりにもかわいそうだから」

「消える!?ねぇ!どういうこと!?何が起こってるの!?ねぇ!FUSHI!」

 

 絶え間なく涙を流すFUSHIの目から赤い光が放たれて辺りを照らし、それが『私』の最後の記憶となった――。

 

◇◇◇

 

 ――仮想世界ツクヨミ。

 

 サーバーダウンしたツクヨミは月人で埋め尽くされていた。

 

 煌びやかな和風の街並みも、山々も、象徴である大鳥居も、其の全てが崩れ落ち、データの塵となる。

 

 KASSENで彩葉たちと戦った仏僧然とした月人達にヤチヨは囲まれている。左手に持つ傘は折れて破れ、右手だった場所からは桜の花びらが散っている。窮地にもかかわらず、その顔にはうっすらと笑みが浮かぶ。

 

 この状況は想定内だ。彩葉の提案を受けた時からこうなる事は分かっていた。

 

(……ふじゅ~ペイの払い戻しは全部終わったし、彩葉たちの記憶はFUSHIに任せた。オタ公ちゃん、後始末少~し大変かもしれないけど、あとは良しなにお願いねぇ)

 

「|繝ォ繝シ繝ォ霑ス蜉?縲√?惹ス輔〒繧ゅ≠繧翫?《ルール追加、『なんでもあり』》」

 月人は確認のように月の言語でヤチヨにそう宣告した。

「うん、うん。そうだよ~。決めたのは私。でも私の負けだぁ、残念」

 

 データのみの存在である月人は、まるでコンピュータウィルスのようにツクヨミを破壊し、すべてをデータの塵へと消してゆく。

 それはもちろんヤチヨも例外ではない。

 

 消えゆくツクヨミと、自身の身体を眺めながら、ヤチヨは満足げに微笑む。

「……楽しかったなぁ。8000年待った甲斐があったよ」

 そして、作戦会議の日の彩葉の言葉を反芻する。

 ――『私は、絶対にかぐやを月に帰したくない。もっと、ずっと一緒にいて、……まだまだ一緒にやりたい事がいっぱいあるから』

 

「嬉しかったなぁ。……でも、一緒にまたパンケーキ、食べたかったなぁ」

 両目からは涙がポロポロと零れ落ち、足はもう花びらとなって消えている。壁に寄りかかり目を閉じてほほ笑む。身体も、世界も消えていく。

「彩葉、……大好き」

 

 その言葉は、誰に届くこともなく電子の海へと消えていった。

 

 

 END


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