本文の全てが、チェンソーマン第二部最終回のネタバレに費やされているので注意
教室の窓から、カーテン越しに光が揺らめいていた。
黒板に向かう教師の声は遠く、チョークの擦れる音だけがやけに鮮明に耳に残る。
そのどちらも任務には関係ない。
そう、これは任務だ。
私はソ連の諜報員。
支配の悪魔が支配する、この国の現状を探るために送り込まれた存在だ。
私は頬杖をついたまま、ぼんやりと窓の外を見ていた。
校庭では何人かの生徒がボールを蹴って遊んでいる。
動きは鈍いし、連携も拙い。
訓練されているわけじゃない。
それが日本の当たり前なのだけど。
(平和だな)
心の中でそう呟いた。
「レゼ、聞いてる?」
隣から声をかけられて視線を戻すと、三鷹アサが少し不機嫌そうにこちらを見ていた。
「うん、聞いてるよ。さっきの話でしょ? 実行委員や委員会がどうとか」
「どうとか、じゃないけど……まあいいや」
呆れたようにため息をつく彼女を見て、少しだけ口元が緩む。
自分でも呆れるくらいに脳天気な会話だった。
こういうのも悪くない。
任務のために用意された立場なのだとしても、この教室は居心地が良かった。
(……いやダメでしょ。数カ月もすれば祖国に帰るんだから)
スパイである私には不要な感情だ。
そういうものは判断を鈍らせる。
……分かっていても、この時間ができるだけ長く続くことを願わずにはいられなかった。
──放課後。
帰り支度を済ませ、アサと一緒に校舎の外に出た瞬間、空気が変わった。
ざわり、と。
肌に触れる感覚が、ほんのわずかに粘つく。
(悪魔が来る…!?)
思考より先に身体が反応した。
周囲の人間の動き、逃げ道、障害物の位置。
一瞬で視界に収め、周りの人間を殺す助けるために最適な行動を脳内でシミュレートする。
この感覚には覚えがあった。
何度も繰り返してきたような気がする。
けれど──
(いつ、こんな技術を身につけた?)
私はあくまでも諜報員であって、情報を仕入れるのが仕事のはず。
悪魔と対峙した経験なんてほとんど無い。
訓練でも対人を想定するのが基本だった。
考えても答えは出ない。
この局面においては無価値でしかない事柄に対して、思考を回すこと0.2〜0.3秒。
振り向いた視線の先、昇降口から悪魔が現れた。
膨れ上がった胴体と硬質な手足。
(蜘蛛の悪魔、ってところかな)
このままではほんの数秒後に誰か死ぬ。
最初に狙われるのは多分、一番近くにいる田中先生だ。
まずは突き飛ばして悪魔から引き離す!
覚悟を決めて一歩を踏み出したその瞬間。
「公安退魔特異4課で〜す。学生さんは離れててくださ〜い」
後ろから間の抜けた男の声が聞こえた。
反射的に振り向く。
そこにいたのはスーツに身を包んだ金髪の男と、赤い角を生やした女。
気の抜けたアホ面で、場違いなほど軽い口調。
良くも悪くも、私には縁のない人種……そのはずなのに。
(……何、この感じ)
胸の奥がざわつく。
面識は無いのに、なぜか強烈な既視感があった。
「今日は何で殺る?」
「こないだは斧だったから〜、チェンソーで」
(血が武器に変化した? あの魔人の能力かな)
男が真正面から踏み込んでチェンソーを振るう。
力任せで、無駄と隙だらけの攻撃。
その穴を埋めるようにして、女が血の槍を横から刺し込む。
(一応は連携してるけど……)
デビルハンターではないレゼから見ても、2人の動きは粗雑だというのに、不思議と噛み合っている。
槍が脚を貫き、体勢を崩した悪魔にチェンソーが叩き込まれる。
反撃の隙も与えられぬまま、悪魔の動きが鈍っていき──あっけなく力尽きた。
「悪魔は退治されました〜!ここぁもう安全で〜す!血とか死体にゃ触らねえでくださ〜い!」
男の声を皮切りに、周りの人間はホッとしたような顔で日常に戻り始めた。
サッカーに興じる生徒たちを見て、男が小さな声で「オレも学校行きたかったな」と呟いた。
彼も学校に行ったこと無いんだ……。
また鼓動が高鳴った。
(もう、ワケ分かんない)
男を視界に映すだけで顔が熱くなる。
理解できない感覚に戸惑っていると、目の端で動く影。
アサが
(ちょ、ちょっと待って!)
このままじゃコケピーがアサに潰されてしまう。
一歩を踏み込んで、今度こそ駆け出した。
それと同時に男も動き出していたけど、それを考慮する余裕は無くて。
転ぶギリギリのところで伸ばした、私と男の腕がアサを抱き留めた。
アサと私と男の3人で抱き合っている形だ。
(近〜っ!?)
男の顔がすぐそばまで迫っていて、爆発しそうなくらいに恥ずかしい。
それでも口は勝手に動いた。
「あの…どこかで会ったことありますか?」
男は一瞬目を瞬かせ、困ったように言った。
「え、いや、初めて会ったと思うけど……?」
やっぱり面識はなかった。
その事実を確かめるためだけの会話だったのに、心臓がまたドクンと跳ねた。
(一目惚れなんて、あり得ない)
この感情の正体は分からない。
任務には不必要で、理屈にも合わない感覚。
だけど──いや、だからこそ、突き止めたいと思った。
武器人間というのは“チェンソーマンに食われてもなお残った概念の残滓”であるため、チェンソーマンが忘れられた世界線に武器人間は存在しません(無理のある独自解釈)
なのでレゼが実験で使い潰されて、爆弾の武器人間として駒扱いされる事もありません(願望)