不幸の温度はちょうどいい 作:ペンシルガン
「東京の夜だー! 遊ぶぞー!」
「遊ばねえよ。ホテルで爆睡に決まってるだろ」
「岡崎のノリが悪い! おい岡崎
「眠いから完全にダウナーモードになってるんですよ。僕にはどうすることもできません」
寧々子がハイになっている。寧々子だけがハイになっている。他はみんな疲れている。特に五里先生の様子がおかしい。
三日間にかけて緊張状態を強いられた挙げ句、ようやく終わったと思えば今度は引率。他のコーチはみんな帰ってしまい、大人は自分の奥さんの
みなさん寛大なお母様方で、『頑張ったのでこれくらいは』『学校行かなくても死にはしないですよ〜』と言っていたが、帰ってくれた方が気が楽だった。
「五里先生、後で部屋に集まって反省会などいかがですか?」
「他のクラブの先生にお話を聞ける機会ってあんまりないですから、是非〜!」
「は、はあ……なんというか、嫁さん次第ですけど」
「私はいいわよ?」
「マジかよ」
延長戦決定。
五里誠二はヤケクソな笑みを浮かべた。
目はギンギンに血走っている。これで酒でも飲んだりしたら、その場で爆睡してしまうかもしれなかった。
\●/
「なあ、メンサスコンサスってなんだと思う?」
姉さん。いるかちゃんが変なことを言い出した。
いや、早く寝なよ。みんながお風呂に向かう中、眠いから無理とベッドに直行したのに、なんでいつまでも起きてんの。
僕はなんでここにいるの。
五里先生の部屋で寝る予定だったのに、ご婦人達が押しかけてきちゃったからだな。宴会するからって追い出されてしまった。追加で部屋を取ってくれるわけでもないし、とんでもないことするな。避難場所、女子の部屋しかないんだけど。
「なー、メンサスコンサス」
「聞いてるけど、メンサスコンサスってなに」
「私が聞いてんだよ」
「知るわけないだろ。なんなの、その絶妙に語呂がいい謎の呪文は」
「これ見てみ。スピーカーにするから」
チョイチョイと呼ばれたので近寄ると、いるかちゃんはベッドの上にスマホを置いた。色んな動画が見れるアプリ、ユアチューブだ。
いるかちゃんが再生ボタンをタップすると、なんかSF映画っぽい動画(動かないで音声だけ流れるやつ)が始まった。
登場人物は以下の通り。
黒スーツの偉そうな人。黒人。
エンジニアっぽいスキンヘッド。黒人。
頭が縦に長いエンジニアっぽい人。黒人。
つぶらな瞳の偉そうな人。ガチムチな白人。
『Iシステム起動から一時間経過。
誰かが落ち着いた声で言った。多分、エンジニアっぽいスキンヘッドの人かな? 一番下っ端っぽいし、下っ端が報告してる感じだろう。
静止画だから誰が喋ってるのか正確にはわからない。背景は司令室っぽいところで、なんか敵がいて戦ってる感じ?
『なかなか厄介ね。R2プログラムを起動するわ』
今のはわかった。
つぶらな瞳のガチムチだ。なんかオネエっぽい雰囲気の後ろ姿だし、間違いない。
『しかしそれではPIC値が上がりすぎますぅ』
『ほう、R2プログラムか。考えたな』
下っ端が弱々しい声を発した一方、偉そうなスーツが大物感のある口調を披露。今のは間違いなく偉そうなスーツだろう。静止画だから動いてないけど、偉そうに頷いてる絵面が容易に想像できる。
『ダメです。エラーコード340! メェンサスコォンサスが損傷ッ』
『なに?メンサスコンサスが!?』
下っ端が悲鳴をあげた。メンサスコンサスが損傷してしまったらしく、偉そうなスーツはこれは想定外だと言わんばかりの態度を見せる。
いるかちゃんが言ってたメンサスコンサスってこれか。さっぱりわかんない。わかんないけども、これ全ての元凶はR2プログラムじゃねーの? 一時間なにも動きなかったのに、いきなり緊急事態が訪れてるし。
『ダニエル、インスティンフィンスティンとサードモジュールを切り離しなさい!』
『いまやってるよ。解析完了まで残り5ネルロス』
つぶらなガチムチがダニエルさんに指示を出したが、ダニエルさんはなんと先回りしていた。ダニエルさんは多分、頭が縦に長い形の人だな。凄い有能な感じがする。
『PIC値が許容値をオーバーしています!』
『なに? PIC値が?』
『レフトザッカーバーグ暴走! 制御できません!』
『作戦変更。ライトザッカーバーグとセントラルザッカーバーグをそちらに向かわせなしゃいフフッ!』
ヤバい感じになってきた。静止画だからわからないけど、声から伝わってくるのは混乱である。つぶらなガチムチがなんで吹き出しかけたのかは不明。
とにかく非常事態だ。予期せぬ事態を前にして、経験豊富っぽい方々でさえ切迫している。それなのに、一番偉そうな人は無駄に良い声でオウム返しを連発して、まるで役に立っていない。
『チンポロンの陣だと? あまりにも危険すぎる』
『フ……デニーズの雷か』
『懐かしいですね』
最後の方は誰が喋っているのか一部わからず、動画が終わった。超大作の雰囲気が凄かった。世界観もじっくり作り込まれてそうな雰囲気。雰囲気だけね。なんだこの中味カラッポな動画は。
「な? わかんないでしょ?」
いるかちゃんは枕に顔を乗せて、得意げな顔で笑っている。
「わかるわけないでしょ。謎が謎を呼び続けてるまま終わっちゃったよ。ザッカーバーグ達は何者なの? レフトザッカーバーグ暴走しちゃったから、やっぱり機械兵器……ターミネーター的な存在?」
「知らん。わかるわけないだろ、こんな意味不明な動画で。でも、最後にやろうとしてたことって背水の陣的なやつだよな。チンポロンの陣な」
「デニーズの雷じゃないの?」
「同じだから。ライトザッカーバーグとセントラルザッカーバーグをどっかに向かわせるのがチンポロンの陣で、言い換えるとデニーズの雷ってわけ」
「なんでわざわざ言い換えるの。いらないよねその変換。てか結局さあ、一番偉そうなスーツの人なんもしてないよね。オウム返し連発してティンポロンをデニーズに言い換えただけじゃん」
「チンポロンな」
「あ、うんそうね」
謎動画すぎる。悪ノリで作ったか深夜テンションの産物かのどっちかだろ、これ。再生回数は万超えてて凄いな。たしかに面白いのは間違いないし、再生時間も短いから暇つぶしにはいいかも。
でも、全日本選手権の夜にこれを見るか?
自分は昨日で終わってるとはいえ、この非日常をもっと噛み締めた方がいいんじゃない?
どうせオススメで出てきたから適当に再生したんだろうけど、こんな時に何の話してるんだか。
「そろそろ皆さん上がってくるんじゃない? お風呂行ってくれば?」
「んー、もうちょい」
「旅先でスマホ依存するのやめなって」
「だってお前しかいないじゃん。毎日顔みてるから新鮮味ゼロ。やり直し」
「なにをやり直せって?」
「
「酷い姉だ。姉の心とかないの?」
とは言いつつも、きょうだい関係はそれなりに良好だと思う。どんな形かはさておきコミニュケーションはちゃんと取れてるからね。
まあ、世の姉と弟はもっとベタベタしたりしてるかもしれないけど……してないか。普通は適度な距離感持って生活してるって聞くし。
ちなみに、ベタベタしたいとかは一切ない。もし、いるかちゃんが甘々な姉になったりしたら、あまりに気味が悪すぎる。慣れたら面白さに変わって会話に集中できなさそう。
「真面目な話さぁ、私って優しいじゃん? 優しいお姉ちゃんじゃん?」
「なんだって? ごめんもっかい言って?」
「優しいじゃんって、私。どんな時でも自分のことは後回しで、いつもお前に譲ってあげてるじゃん?」
「割と最近シュークリームをカツアゲされたんですが」
「仕方ないだろ1個しかなかったんだから。私だって半分あげようとしたよ。でも気付いたら中身がなくなっててさぁ。皮だけとか要らないだろ?」
「中身全部吸っちゃうとか狂った食べ方やめて。外でしないでよ恥ずかしいから」
あと気になることがひとつ。ホテルの部屋でシュコーシュコーするのはやめて欲しい。
具体的にはその顔の下側を覆ってる黒い布を外して欲しい。そうマスクだ。この人、マスクの着用率が病的に高い。一時期は家でもつけてたからね。父さん、母さん、あなた達がブサイクブサイク言って面白がってたせいだぞ。主に小学生の頃。控え目に言っても虐待だあんなもん。
「つかダリア達おせぇ。このまま寝落ちたら風呂入れなくなっちゃうんだけど」
「もう部屋のシャワー使っちゃえば? 大浴場じゃなくて」
「ヤダ。もったいないし」
「めんどくさいなぁ……」
「はいはい私はどうせ面倒臭いですよ。覚えとけよお前。ワイファイのケーブル全部引っこ抜いて焦らせてやる」
「それ自分も困るからね。ユアチューブ見れなくなるから。ギガの容量制限で」
ダメだせっかく家以外で過ごせてるっていうのに、こうしてると特別感が一気に薄れる。
早く誰か戻ってきて欲しい。ベッドの上で溶けてネット動画サーフィンしてるいるかちゃん見てると、ここがいるかルームだって錯覚してくるから。
嫌なわけじゃないけど、もったいなく感じるんだわ。
なんだか損してる気分になる。
原作ではいるかちゃん初登場の前年なので、大部分を想像と捏造で補完している。家庭環境が悪くなってないかって? そこは多分改悪されてる。