不幸の温度はちょうどいい 作:ペンシルガン
いのりさんはよ。つかさ先生の明るさも待ってるよ。
ああ、もやもやする。
だめだ、今日はもうなにもしない。できない。
ダリアはカーテンを閉めて、ふかふかのベッドにダイブした。倦怠感が抜けない。昨日まで元気だったのはアドレナリンが出ていたせいか。この1ヶ月で3キロも痩せてしまったというのに、体は鉛のように重かった。
「なんだか、一気にやつれたような……」
今朝はまだマシな顔だったはずなのに、家の鏡に映った自分の顔は疲れ果てていた。真っ青だしクマは過去最大級までレベルアップしているしで、亡霊にでも取り憑かれたのかと思った。
(思えば……先月の全日本ジュニアからずっと気が抜けなかったですし、こうなっているのも妥当と言えば妥当ですかね)
秋の終わりを思い出す。
突如として
ショートプログラムで敗退したらやめさせる。
安定しない結果に不満を募らせていた母親が、本番数日前に言ったらしい。全日本ジュニアにしても全日本選手権にしても、二日目のフリーに進めるのは24名。初日のショートで25位以下は予選落ち。
足切りされるようなら見込みなんてないから、お金をドブに捨てるようなもの。だから辞めさせる。選手生命をかけたプレッシャーを押し付けられた友人を見ながら、自分も結果を出す。気が気じゃない時間が延々と続いて、本気で倒れるかと思った。
(もとはといえば、親の見栄のために始めさせたくせに、子供をアクセサリーかなにかと勘違いしている……ああ、地獄に落ちればいいのに)
なんでそんなことをしたのかはしらないが、いるか母は昔、娘がスケートをしていて才能があると、周囲の人間に虚言を吐いていたそうな。
その時はまだ、いるかはスケートを始める前。絶対にバレる嘘を本当にするために、いるか母は娘にスケートを始めさせましたとさ。なんでそんな頭の悪いことができるのだろうか。どうして人間を道具みたいに扱うことができるんだろうか。眠れなくなるほど考察してみたことがあったが、理解できる日はついぞ訪れなかった。
(そういえば、ルッカはいるかより後でしたね。ルカルカルッカ、いるっかの弟よきルッカ)
頭の中でぽんぽん浮かぶ同一人物の複数の呼称。
上品な
(のんびりしますか……少なくとも、今年はもうハラハラドキドキする必要はないですし……あぁ、よかったぁ)
スマホに保存した写真をスクロールしていくと、いるか率が異常に高いことに気付く。念の為に宣言しておくとダリアにその気はない。ただ、あの子がキラキラセンサーに最もひっかかるだけである。
キラキラセンサーとは何か。
それはダリアも説明できない。
とにかく、何を着せても絵になる天性の素材。夜空のような瞳、氷の上で見せる爆発的なオーラ。最近はかっこいいとか怖いとか言われがちだが、顔の作りは決して強面の系統ではない。鬼にも天使にもなれる正統派の美人だとダリアは思っている。生まれ変われるならあんな顔になるのも悪くないかも。
(……しばらく会えないかもしれないので、補給が必要かもしれません。ルッカに頼んで秘蔵写真でも撮影してもらいますか)
もしかしたら既に持っているかも。
ならば善は急げだ。質問のメッセージを送っておこうとダリアは決めた。トーク画面は本日付けでスタンプ合戦になっているから、改めてお疲れ様を言い合う必要はない。早速本題だ。
「いるかの隠し撮り、もとむ……と。お礼は……自撮りは……さすがに烏滸がましいですね。となれば、魔法少女いるかの写真でいいでしょう。レアものですし」
忘れもしない。名古屋に遊びに行った時に着てもらった、キュアキュアというアニメのコスプレ。ちなみにピンクだ。うさ耳リボンもついている。きっとルッカは喜んでくれることだろう。あの子、外ではクールぶってるものの姉大好きな人間だし。
「はい送信。もう後戻りはできませんね」
ダリアは悲しげに目を細める。
きっと怒られる。すっごく怒られるのが目に見えているが、ルッカも頑張ったんだしご褒美の意味でもこれはアリ。ベストではないかもしれないが、ベターなことは間違いない。本当か?
「返信が早い。なになに……精神的ブラクラはやめください……? これは照れ隠しで、実は喜んでいる……? ふーむ……」
まあいっか。
送ったものは取り消し不可能だし、深く考えるのはやめよう。ダリアは開き直った。
なお、いるかの写真はすぐに送られてきた。
ウサちゃん人形を握り潰して、人殺しの目をしてた。綺麗な顔のこめかみに血管が浮き出ている。ウサちゃん人形はたぶん死んだ。迫力が凄まじいがノーブラだ。はい保存。
\●/
運命の分かれ道って沢山あって、正解はいつもわかりにくい。少し間違うくらいなら全然いいけど、即ゲームオーバーの落とし穴とかわりとあるから、前に進むことは勇気がいる。
正解。何が正しかったんだろうか。どうするべきだったんだろうか。全日本ジュニアが始まる前、私はずっと考えてた。
選んだ曲と、テーマになってる物語について。
(妹の優しさに増長した姉、姉への愛が裏返って復讐鬼になった妹……私はどっちだ?)
選曲したのは少し前にヒットした映画、使用曲『ラスト・アフター』の主題曲、ニルヴァーナ。
舞台は中世ヨーロッパ。継母にしいたげられていた義姉のエルヴィラを、妹のアナスタシアが健気に勇気付けるストーリー。
序盤は美しい姉妹愛が描かれる。
アナスタシアは姉を守るために恐ろしい母に歯向かい、エルヴィラは妹の優しさに救われる。姉は口下手だからお礼とかは言わなかったけど、伝わってるものだって信じてたんだ。
『つらいの。私は死んでしまいたい。私は何も悪くないのに、みんな私をしいたげる。こんな世界は嫌。消えてしまいたい』
『そんな事言わないでお姉さま。私達はずっと一緒。大丈夫。私がちゃんと守るから』
そして時が流れていき、二人は大人になるんだけど、いつしか姉妹の立場は逆転していた。
継母は実の娘であるアナスタシアをいじめるようになって、あてつけのように姉を愛した。
しかし、姉妹の絆はパッと見は昔のままで、ずっと一緒だよって約束して前半パートは終了。
『あんなに愛してあげたのに、アナスタシア、お前は私の期待に応えなかった』
『お母さま、あまり虐めてはアナスタシアがかわいそうですわ。私が悪いんです。姉としてきちんと導いてあげられなかったから』
『ああ、あなたはなんて優しい子なの! 私が間違っていたわエルヴィラ。見るの目のなかった私をゆるしてちょうだい!』
後半は復讐劇だ。
王子様が結婚相手を探しているっていうんで、母は姉のエルヴィラを舞踏会に行かせた。でも、実は妹のアナスタシアは昔から王子様に恋をしていて、家を抜け出して舞踏会に向かう。
ドレスも靴もなくて泣いてたんだけど、親切そうな魔女が無料で恵んでくれて、アナスタシアは涙を流してお礼を言うんだ。でも、王子様はアナスタシアには見向きもしないで姉との婚約を決めてしまう。
二人は誓いのキスをして、いきなり暗転。
画面が明るくなったかと思えば、アナスタシアが森に何かを燃やしている。姉の死体な。帰り道で拉致ってから絞め殺して、最後のシーンだ。
映像では描かれてなかったけど、設定的には首の骨を鉄の棒でへし折ったみたいね。それから、致命傷になったのは顔面への一撃で、鼻から後頭部にかけて鉄の矢が貫通してたんだって。こわいこわい。
(姉のバラバラ死体が燃え盛ってる中に、歩いて行って、愛してるってキスして終わり。約束は永遠に叶ってハッピーエンド)
泣きそうになるくらい壮大な曲が始まって、大自然の中でかけっこをした想い出が、一緒に果物を食べて笑いあってる景色が、走馬灯みたいに流れて。
悲劇的な旋律に転調して、真っ黒な画面の中で炎が延々と燃え続ける。これがエンディング。炎の中では人の形をしたものがふたつ、身を寄せ合うように倒れてて、最後はパッと消えるんだ。
(映画はコメディ風なとこも多かったし、殺人シーンはブラックアウトだったし、グロくはなかったんだよね。内容ちゃんと考えるとエグすぎるけど)
妹は最後まで姉のことが大好きで、最終的には燃え盛る炎の中でひとつになった。愛も憎も全部ひっくるめて受け止めさせたって解釈が多い。
だから妹にとってはハッピーエンドなんだけど、姉はどうなんだろうな。
死ぬ前の最後のセリフにね、お願いだから助けてっていうのがあるだけど、私は凄くひっかかるの。
ちがくね。ごめんじゃないのって。許されようとか思うなよってイラついた。そんななるまで追い詰めたのはお前なんだから、残りの人生ぜんぶ使ってでも何とかしろよ。償えよって思った。
私は『ラスト・アフター』の姉キャラが嫌いだ。
同族嫌悪の類かもしれない。でも、私はお母さんと結託して弟をいじめたりはしないよ。
仮に逆の状況になった時は、絶交して終わり。
殺したいほど恨むだろうけど、死んだらやっぱり悲しいからね。
(私はエルヴィアにはならない。アナスタシアにもならない。ぬるま湯を求めて約束を破ったりしないし、破られたとしても片割れが幸せならそれでいいよ。犯罪者になって友達困らせるわけにもいかないし)
そう思ったっていうか答えが出たのは、ショートの演技開始直前。リンクサイドでダリアとすれ違って、そん時にあーそうだよなってなったの。
「私は全力をぶつけましたよ……恨まれることになっても、私はあなたと対等でいたい」
「そ。安心したよ。トップ争い確実の演技されて、遠慮があったとか言われたら間違いなくキレる」
その後は、ひたすらキレてたな。
ダリア関係なしにキレてたな。なんで『ラスト・アフター』みたいな胸糞悪い映画作ったんだよって意味わかんないキレ方しながら、がむしゃらに滑った。
そしたら体もキレキレでノーミスの完走、シーズンベスト更新。次の日は怖いもんなしでガンガン踊って、人生イチのトリプルルッツも決めて、暗殺者みたいだったって後で言われた。弟にね。
まあ納得だったよ。だって私、踊りながら『ラスト・アフター』の姉妹シバきまくってかんね。なり切ってたのは王子様だ。とにかく謝れこの野郎とか、愛してる奴ぶっ殺してどうすんだこのボケとか、まあ頭おかしい感じになってたな。
演技終わった瞬間はめっちゃ気持ちよかった。
スタオベ最高。私は氷の上だとこんなに強くなれるんだぞって、胸張れたんだ。
「で、興奮しすぎてキスクラに頭から突っ込んで、椅子吹っ飛ばして後ろの壁ブチ破るとか、なんなのお前」
「床が濡れてた……」
「濡れてねえよ! 水滴ひとつ見当たらねえよ! 足フラフラのくせに雄叫びあげて走ってくからだろ! オメーが悪いじゃんオメーが!」
「ごめんなさい」
これは余談だけど、ノリに乗っていた私は演技後、キスクラを破壊するっていうすげー経験をした。
言うまでもなく最初で最後だ。キスクラ破壊のイベントとか、二回もあってたまるか。
\●/
「お前さ、一時期お父さんポジになりかけてたことあったじゃん?」
「それいつ? なかったでしょそんな時期」
いるかちゃんが拗ねている。
魔法少女姿を晒されたせいで、さっきまで頭ガンガンに振って悶えてた。今はベッドに突っ伏して『ケッ』て感じの顔をしている。
「小学校5年生の頃。ほら、お父さんがやたら帰り遅くなってさ。お母さんと三人でいることが増えて、お母さん、お前に話振ってたじゃん。私が髪切ったの見て男みたいだねって言ったり、センスなさすぎて恥ずかしいってため息ついたり」
「あー、あったねー」
あったあった。
いじめ仲間のお父さんがいないからって、こっちに話振ってきてた時期がたしかにあったわ。ほんと小学生みたいなことするな。今になって思うけど自分の親ながら恥ずかしいぞ。
「適当に同調してた方が楽なのに嫌味とか言うから、家庭崩壊しかけたよね。お母さんキレて」
「ちゃんとフォローはしたよ?」
「そうなん? それ聞いてなかったけど、どんな感じで?」
「お母さんが大変なのはお父さんのせいだよね。それなのに言い合いになってごめんねって肩に手置いたり。お母さんが頑張ってるのは僕もいるかちゃんもわかってるから、恩返しできるように頑張るね。お父さんにじゃなくてお母さんに恩返しするからねって言ったりして」
「こえーよ。お前メンタル魔王なん?」
魔王ではないけど、自分でも怖いです。
あんなに低姿勢で行ったのに、『どうせ私だけが頑張ればいいんでしょ』って
「てか、なんで今その話?」
「いや、ふと思い出してさー。お前、よくあんなこと言ったよね。いるかちゃんは顔が綺麗だから髪短くてもあんま関係なくない? とか。センスなくても知ってる人の中では可愛い方だ、とか。一番とは言えないかもしれないけど、将来は美人になりそうだと思うよ、とか」
言ったな。お母さんは期待してた答えじゃなくて不機嫌になって、それで軽い事故が発生したんだ。フォローするんじゃなくてキレて向かって行ってたら、高確率で家庭大崩壊してたな。今の状態は普通の家庭崩壊ね。もう少し改善されると些細な家庭崩壊にシフトする。家庭崩壊から抜け出せないなぁ。
「思い出してみて、思ったんよ」
「うん」
「あれ、もしかして私のこと好きなんじゃねって?」
「はあ」
「でも、よくよく考えてみると微妙なんだよな。褒められてるけどモヤッとするこの感じ。なんか中の上みたいな言われ方してた気がするんだけど、そうなん? なんか勝手に誰かと比べられた気がするんだが」
「考えすぎだし、別に中の上でもいいでしょ……なんかキャラちがくない? なに細かいこと気にしてるのさ」
なにが不満なのかわかりません。
まさか世界一可愛いとでも言って欲しかったのか?
だとしたら引く。キャラが違いすぎてて気味が悪い。あなたはそういう担当じゃない。
「なに、誰がガサツで無神経だって?」
「極度の被害妄想。悪癖復活させないでね……自己肯定感高めるトレーニングする?」
「なにそれ」
「君は偉いって言い続けてくれる音声なんだけど、なんか検索したら出てきた。低くてかっこいい声だから多分元気出るはず」
「それ、限界まで追い詰められた人間が頼るやつな。私の心配する前にさ、そんなもん検索しちゃう自分のメンタル気遣ってよね」
いるかちゃん、姉さんは可哀想なものを見る目を向けてきた。
いや、どう考えてもあなたの方が重症でしょ。
ストレスで性癖こじらせたのが高校入学前になっても治ってなくて、興奮すると弟の腕に噛み付いちゃうやばい人間なんだから。
これからもっとファンが増えていくと思うけど、いい加減に私生活とかちゃんとしていった方がいいと思うんだ。
どっかで致命的なボロが出て炎上しそうで怖い。
たとえば後輩可愛がってるつもりが、傍から見たら虐めてるだけに見えちゃったりとか。かなり解像度高い未来図だ。ほんの少しでいいから、人当たり良くした方がいいと思う。