というか、前が5月なんで、半年ぶりですね……いやはや。
今回のお話は、単冠泊地サイドです。
長門さんと差し向かいで一杯やって、気持ちよく就寝していた甚五郎提督ですが、どうやら残業が発生した模様。
まぁ、もっと残業している人が、身近に居るんですけどね……
【単冠泊地・大深度地下施設 提督用シェルター内・寝室】
『んあ!?』
甚五郎は地下シェルターを襲った震動で目を醒ました。
ベッドの上で転がり、枕元備え付けの端末をぶっ叩く。
すぐに光を取り戻したモニタの中に、アラートはない。
「地震、敵襲じゃねぇってかよ」
ぼやきながらベッドから跳ね起き、きちんと揃えてあった靴をつっかける。
微かな、圧力の変化を感じた。
誰かが通路の扉を開けて、此方へ向かっている様だ。
「済まない、起こしてしまった様だな」
欠伸をこらえながらリビングに入ると、壁に手をついていた長門が振り返る。
何故か息を切らしている様だった。
「おい右手、みょーなことになってっぞ」
長門の右の手で、小指が力なく揺れていた。
「ああ、少々寝ぼけが過ぎてしまったな」
若干ばつが悪そうな顔をしながら長門が体をずらすと、壁にくっきりと拳の形が一センチ程の深さで刻印されている。
「おいおいおい、敷金返ってこなくなる様なまねは止めてくれや」
軽口を叩く甚五郎を長門は真っ直ぐ見つめ返す。
「提督、敵が来るぞ」
「いつだ?」
耳に小指をつっこんだまま、甚五郎が即座に質問を飛ばす。
「遅くとも週末には」
「規模は?」
「200隻弱程度だ、あと、水の中にとんでもないデカブツが居る」
「的(まと)は?」
「艦娘だ」
矢継ぎ早に繰り返された問答の末、甚五郎はやや間を取って考える。
「戦れるか?」
甚五郎の問いかけに、長門は右の拳へ ぶらぶらになった小指を押し込み、掲げて見せた。
「あなたが必要とする時、ビッグ7の力はあなたのものだ」
長門の背後に立っている朝潮が甚五郎を見つめ、敬礼をしている。
瞬きの間にその姿は消えていた。
「あらあらあら、やっちゃったわねぇ」
会話が途切れたのを見て、陸奥が長門の手を確認する。
途中から入室していたが、会話が途切れる間を見ていた様だ。
その後には、金剛が立っている。
そして、ぶ厚い金属扉の後ろから、ひょっこりと、ピンク色の頭が突き出された。
「ども、司令官、恐縮です、青葉ですぅ!」
にこにこ笑いながら、入室した青葉は長門と甚五郎に愛想を振りまいた。
「あいっかわらず、ぜぇーんぶ見てた様なタイミングで来やがるな」
「えへ、おほめにあずかり、青葉、恐悦至極ですぅ」
首を傾げながら満面の笑みを浮かべる青葉の様子に、甚五郎は何事かを小さく呟いた。
単なるため息だったのかも知れない。
「へっ、で、面出したってこたぁ、土産ありって事か?」
「もちろんです、青葉は司令官の期待を裏切ったり致しませんとも」
青葉は抱えているノートPCをぽん、と叩いてみせる。
甚五郎は室内の長門、陸奥、金剛、青葉を見回し、腕を組んでしばし考えた後、内線電話を持ち上げる。
「赤巻だ、寝入り端にわりぃが、緊急会議だ、ついでに明石を叩き起こしておれん家まで引っ張って来てくれや、艦娘用救急箱付きでな」
「ふっふー、だと思いまして、青葉、長丁場のインタビュー準備は万端なのですよ」
「OH~!」
肩掛け鞄から、得意げにドーナツショップの紙袋とスティックコーヒーのパックを掲げて見せた青葉に、金剛は天を仰ぐ。
そして、内線電話を甚五郎が置いたのとほぼ同時に引ったくり、ボタンをものすごい速度でプッシュする。
「Hey! 霧島、支援要請、“Tango、X-Ray”、構成“Alfa、Foxtrot”で“SIX-PACK”分、てーとくのHome前、entrance hallに揃えるネ!」
一息で指示をとばし、内線を切る。
「あ゛~、んじゃ、イロイロ届いたらはじめっぞ」
15分後、即席の作戦室となったシェルターのダイニングに会議のメンバーが集合した。
テーブルを囲んでいる甚五郎、長門、陸奥、大淀、明石、青葉。
そして、ティーワゴンの横に立っている金剛。
テーブルには軽食が載せられたティースタンドが置かれ、全員の前で香り高い紅茶が湯気を立てている。
「毎回思うけどよ、なんで○トールの珈琲出前より早く、お茶会セットが届くんだ」
「company secretね(※)」
ティーワゴンの横に立った金剛は人差し指を立て、甚五郎にウィンクする。
※company secretね
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単冠泊地内では、金剛の一声で、あらゆる場所にお茶会セットがデリバリーされる。
基本的に金剛型姉妹の趣味で運用されているのだが、S.T.S.(Special Tea Service)なる秘密クラブも暗躍しており、必要なら戦闘海域も紅茶の匂いで満たしてやると豪語する。
ちなみに、S.T.S.のモットーは「In tea and elegance(紅茶と優雅さで)」らしい。
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「これでよし」
長門の横に座った明石は手際よく折れた小指を固定した。
「すまんな」
「いえいえ、これ位の損傷だったら、取り敢えず会議中旗艦にして貰えば直せますけど(※)やります?」
※旗艦にして貰えば直せますけど
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工作艦である明石は艤装に搭載した艦艇修理施設の効力により、艦娘の軽微な損傷を修理する事ができる。
具体的には、提督と艦娘の精神接続の基幹(旗艦)になる事により、接続されている中で一番近しい艦娘達(第一艦隊)の艤装に住まう妖精さん達を活性化させ、軽微な損傷を修復させているらしい。
艤装の一部が丸ごと脱落する様な損傷を完治させる事は出来ないが、へこみや裂け目、焼け焦げ程度なら修復資材の投入無し&ドック入り無しで修復可能な為、財政の厳しい鎮守府では平時、ほぼ常に明石が旗艦を勤めている所も多い。
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「どうよ?」
問いかける様に目線を向けられた長門は、首を振る。
「いや、止めておこう」
「しゃーねぇな」
赤巻は思考を凝らし、第一艦隊として接続している艦娘に通知してから、接続の組み替えを行う。
明石、陸奥、金剛、赤城、加賀。
さざなみの様な思念の波紋が重なり合い、金剛達は長い息をつく。
言葉にならないレベルの共感が響き合っている。
例えようもないこの感覚。
提督直下の第一から第四艦隊に組み込まれた艦娘達だけが得られる特権。
すすんで手放す艦娘など、普通居るものでは無いのだが。
「っと、これでお上り中の一航戦どもにも、もっかい説明しなくても済むわな……つーか、なんだぁ、超特大牛丼“ジャイアント”?しかもつゆだく、俺まで胸焼けもんだぜ、東京まで行って何喰ってんだか」
一航戦は食事中らしい。
「さて、と」
赤巻は目の前の紅茶をひと飲みして、ティースタンドからフラップ・ジャックを一欠片摘まんで口に放り込む。
噛み応えのあるそれを噛みしめると、香ばしいオーツ麦の香りと甘い蜂蜜の風味が口一杯に広がって行く。
「赤城、東京のお土産は雷おこしにするって言ってるネ」
「悪くねぇな、さぁてと」
赤巻は、テーブルを囲んだ一行を見回し、手をバンと叩き付けた。
「最近イロイロありすぎてよぉ、ボケが始まったジジイの頭にゃちとキツいぜ……てな訳で、ちょっちばかり、頭付き合わせてお話しようってこった」
「そうですね、一応、報告書類は全て目を通していますが、個々の不可解な事象ばかりが目立って、全体が見えません」
大淀は眼鏡を軽くずらして、目頭を揉んだ。
本来なら欠伸の一つでも漏らしたい所だろうが、きっちり着込んだ制服には皺一つ無く、髪もしっかりと梳(くしけず)られて背中に流されている。
とても就寝後に寝床から叩き起こされた直後とは思えない折り目正しさだ。
「そーネ!諮問探偵が実在してたら、UKから連れて来たい位デース」
「明智くんが居れば、本土への出張で間に合ったんだろうがな」
金剛のやけくそ気味の叫びに、長門は小さく笑い、軽口を返す。
「そうねぇ、明智さんなら、小林君もついてくるし、可愛いわよね、小林君」
「ふぁ……私、ちょっと寝てていいですか」
陸奥までそれにのるものだから、明石は思いっきり欠伸をしてぼやき始める。
好きでやっているとは言え、工廠の責任者となると、かなり多忙なのだ。
「ったく、きんちょー感のねぇ奴らだぜ、ま、うちらしいっちゃ、らしいがなぁ」
甚五郎は口を曲げ、無意識の内に撫でていた、右手首の数珠から手を離す。
『提督、責任者なんですから、ちゃんと進行して下さい、あ、あと私達、そろそろホテルに着きますので』
『もうちょっとかかるなら、コンビニでお夜食買ってきてもいいですか?』
東京の一航戦達も大概である。
「だーっ、いいわ、てきとーに聞いてろ、ったく、きりねぇや、青葉!オマエからちゃっちゃとなんかふってくれや」
「きょーしゅくです、いい情報ありますよぉ?」
青葉はいそいそと、ノートPCをプロジェクターに繋いでカタカタと操作する。
・艦娘連続失踪
・北方AL海域での大規模戦闘発生
・深海棲艦の哨戒活動活発化
・単冠泊地1-5セクションでの発光現象観測
・所属不明艦隊:ULN_003
「ま、こんなもんか」
箇条書きにされたお題を見て、甚五郎は軽くうなづく。
「さーてですね、うちとしては、1-5セクションで対潜哨戒任務に着いていた第四艦隊が未帰投になった事が発端だった訳ですが……実はですね、多発してるんですよ、艦娘の行方不明案件」
喋りながら、青葉がウィンドウを切り替えると、世界地図が表示された。
メニューから期間を選び、スクリプトの実行ボタンをクリックすると、ポツリ、ポツリと赤い点が表示されてゆく。
「これ、全部がそーなんデスか、many、many……多すぎデース!」
地図上の赤点は20を超えている。
驚きを露わにしている金剛をよそに、大淀は自分の膝に載せた端末をしばし操作して顔を上げた。
「完全に根拠のない情報と言う訳ではありませんね、マークされた鎮守府ですが、大本営のDBに幾つか、未帰投、行方不明等の報告が上げられています」
「なら、30倍はあらあな」
「いやいや、ゴキブリじゃないんですから」
皮肉めいた甚五郎の呟きに呆れた様に額に手を当て、明石は紅茶を啜る。
「負けが込んでいる情報を隠す、“大本営”がな」
「嫌な話よね」
苦々しげな長門の呟きに、陸奥もため息をついてティーカップの縁を撫でる。
『今、世界情勢が表面上落ち着いているのは、我々が深海棲艦を押しとどめているからです、その有効性が崩れたとなれば、世界は恐慌に陥るでしょう、大本営が慎重になるのはある程度は理解できます』
『シーレーンが寸断されれば、明日のご飯も心配になっちゃいますからねぇ、いや、加賀さん、兵站は大事な事ですよ』
「ちっとも死語になりゃしねよなぁ“大本営発表”ってやつぁよぉ」
東京の一航戦のやりとりを額に指を当てながら聞いていた甚五郎は、青葉に目をやって、先を促した。
「北方AL海域で観測された大規模な泊地の襲撃ですが……」
言いかけた青葉は一旦言葉を切り、大淀に目を向ける。
「大淀さん、“大本営発表”はどうですか?」
「大体は、広報で回っている通りです、しかし、詳細情報については提督限定の閲覧許可キーがついていますね」
「碌なもんじゃねぇな……ほれよっと」
甚五郎は身を乗り出して大淀の端末に静脈認証デバイスを突き刺し、手の静脈を読み込ませてから、二重の認証キーを入力する。
「どうも……提督」
「んあ?」
AL海域泊地襲撃の情報に目を落とした大淀は、眉間に皺を寄せて顔を上げた。
「情報の冒頭に、艦娘にも別途指示があるまで公開を禁ずる旨の警告がありますが……」
「面白くなってきましたねぇ♪」
青葉がにんまりと笑って、ショートブレッドを頬張る。
「Surprise partyって訳じゃなさそーネ」
「ますますもって、キナ臭ぇじゃねぇか」
甚五郎は渋面になりながらも、大淀に手をぷらぷらと振ってみせる。
「いーから、先見せてくれや……って、他言むよーだぜ」
甚五郎は不意に一同をぎろりと眺め回し、指を立てる。
『了解です』
『ふぁい』
「無論です」
「明石、口は固い方ですから」
「まーかせるネ」
「うむ」
「はいはい、海の底まで持って行くわよ」
甚五郎に睨まれて、青葉は降参する様に両手を挙げた。
「……むぐぐ、っ……青葉にお任せです!」
「ったくよぉ、いいぞ」
甚五郎はため息をついて、大淀に顎をしゃくった。
「はい」
大淀は青葉からケーブルを受け取って差し替え、自分の端末の画面をプロジェクターに投影する。
「派手にやったもんだぜ」
最初に表示されたのは衛星写真であった。
敵味方が100隻以上もつれる乱戦、更にその先に控える数十隻の北方棲姫の護衛艦隊。
数の上で艦娘側が圧倒的に不利な状況である。
東京に居る赤城と加賀の為に、口頭で大淀が画面を解説する。
提督との精神リンクでは、他者の感覚から得られるのは純粋な情報ではなく、あくまでもイメージに過ぎない。
細かいディテールは伝わりにくいのだ。
「しかし、陣形も何もあったもんじゃあないですねぇ」
「そうねぇ、最近じゃあここまで非道いのは見た事が無いわ、今時の提督は最低限艦隊運用についてはきちんと教育されてるし」
呆れた様な明石の言葉に、陸奥も首を捻る。
「おいおいおい、こりゃなんだ」
『どうしました?』
『提督、お腹痛いならトイレ休憩します?』
甚五郎の当惑を感じ取り、加賀が訪ねる。
「よーく、見てみろや」
難しい顔をして背もたれに倒れ込んだ甚五郎は、頭をぼりぼりと掻きながらため息をついた。
「砲を向けている相手を見てみろ」
一瞬、無言になった一同の中、腕組みをしていた長門がぽつりと呟く。
「混ざっている方の、深海棲艦だ」
眼鏡をかけ直した大淀は、画像を拡大する。
「Oh!深海棲艦が深海棲艦を撃ってるネ!」
「なるほど~、乱戦じゃなくて、単純に深海棲艦混じりで陣形を組んでたって訳ですかぁ、ま、先入観がありますから、初見でそうは見ないですよねぇ」
「いやいやいや、全然単純じゃないでしょ!」
面白そうに画像に見入っている青葉に、明石は呆れたようにつっこみを入れる。
『はい?』
『え?え?え?』
困惑した様な呟きが思考に混じる。
「これだと、北方棲姫を攻めてる方が倍近くいる事になりますね、ふーむ、これは、“こちらがわ”に付いた深海棲艦が居るって事なんでしょうかねぇ」
「いえ、少なくとも、大本営はそうは思っていない様です」
大淀は画面を切り替えて、別の添付資料を表示する。
多数の艦娘、深海棲艦に包囲された哨戒艦隊を捉えた衛星写真だ。
「めちゃめちゃ囲まれてるじゃないですか」
「But、軽巡と駆逐でここまで囲まれるのは一寸不自然ネ」
「どうよ?」
金剛の疑問に甚五郎は軽く頷き、大淀に目線を向ける。
「そうですね、この資料によると」
「海中から奇襲したのさ、至近距離から浮かび上がってな」
大淀の言葉を、腕を組んだままの長門が遮った。
「見てきたみたいに言うじゃあねぇかよ?」
提督を通じた精神の絆は、明確に伝える事を意識したイメージを伝えるテレパシーだけでは無く、それに付随する心情を伝えるエンパシーの側面を持っている。
甚五郎は伝わってくる艦娘達の当惑と不安を肩を竦めて受け流し、そこから拾い上げた疑問を口にした。
「見たさ」
長門は呟く様に答えると、長々とため息を吐いた。
「天龍、叢雲、曙、夕立、磯波、多分長期の哨戒任務だったんだろう、どの子もドラム缶を搭載していた、彼女達は、最初、中破したままふらふらと航行している駆逐艦を見つけた……あれは確か、子日だったな、当然、助けに来たさ、無論警戒はしていただろうが……」
※どの子もドラム缶を搭載していた
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人類側が制海権を確保出来ていない海域には、原則的に艦娘以外の船舶は立ち入らない事になっている。
故に、深海棲艦の支配下にある海域への遠征任務では、通常艦船による支援は受けられない為、艦娘は燃料や弾薬、食料(実は必須ではない)等を格納したドラム缶を艤装に搭載している。
又、艦娘の装備は、燃料、弾薬、補修部品に全てに一定の儀式的な加工処理が必要な代わり、分量は艤装のサイズに見合ったものになる為、艤装の兵装ハードポイントに補給品を格納したドラム缶を搭載出来るのだ。
輸送用ドラム缶のサイズは大体、5Lの焼酎ペットボトルを2~3割程度太らせた位のサイズとなっている。
因みに、効果・効率を投げ捨てるなら、燃料は未加工品でも使用可能である。
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長門は、テーブルに目を落としたまま、一瞬唇を歪める。
「囮に近づいてきた時点で奴らは下から浮かび上がった…全方位からな、ソナーを搭載した曙が気づいたが、とても間に合うものでは無かったさ、そして、一気に数で圧し潰して鹵獲した……砲撃をしなかったのは奴らの数を増やす為だからだ」
終始独白の様に抑えたトーンで語った長門の様子に、長門の顔をじっと見据えている陸奥以外は、皆、顔を見合わせ、むっつりとへの字に口を曲げている甚五郎に目を向けた。
「なぁる程な、数以外はさして珍しくもねぇ手口だがな、ったく」
歯をむき出した甚五郎は、物言いたげな視線を向けている大淀の目線を捕らえ、軽く頷いた。
「お聞きしたい事は色々ありますが、まず、“やつら”とは何者ですか?」
「見た通り、“やつら”は艦娘と深海棲艦の混成部隊だ、そして、それを捕らえ、操っているのは、狂気だ、海底に沈んだ、馬鹿でかい実体のある狂気さ」
「“実体ある”ですか……」
呟きながら、探る様な目つきで見つめてくる大淀に、長門は頷く。
「蛇の頭は海の底ってか、幽霊じゃねぇんなら、腹一杯爆雷を喰わせてやらぁな……ん?」
『かいひぇいですか……やっぱり、しぇんふぁい、あいたっ!……深海棲艦絡みでしょうか?』
長門の言葉に軽口を叩いていた甚五郎は、何かを頬張っている様に若干不明瞭な思念に顔をしかめつつそれを代弁する。
「おう、海底って事は、やっぱり、深海棲艦絡みかよ?」
「いや、アレは別物だ」
赤城の疑問に、長門はきっぱりと首を振る。
「深海棲艦は我々を排除しようとする、だが、ヤツは同化する……ヤツは」
ふと、長門は良い淀み、奇妙な薄笑いを浮かべた。
「愛してるんだ」
一瞬、時が止まった。
「ほへ?」
「えっ?」
「Love!?」
長門の場違いな形容に、赤城、明石、金剛の当惑した声が唱和する。
「ヤツは狂った頭で、狂おしいまでに全てを愛して、全てを取り込んでいく、放っておけば、ヤツの狂気に我々も、深海棲艦も取り込まれ……ヤツの望み通り、七つの海全てが“戦いのない静かな海”になるだろう」
苦笑が深まり、殆ど泣き笑いにまでなった長門の肩に陸奥が手を載せると、がっくりと肩が落ち、表情が消えた。
『狂気の結果が“静かな海”、ですか……私達には笑えない皮肉ですね』
「んん~、いやいやいや、想像越えちゃってるんですが、一体、何なんですか“ソレ”は?」
抑制され、淡々とした加賀の思考に対して、明石はせわしなく細口のスパナを鉛筆回しして、落ち着かぬ様子である。
「ちょ~っと、いいですかぁ?大変興味深いお話しなんですが、肝心な所がまだですねぇ」
一時静まりかえった部屋の中に、妙に明るさを保ったままの声が響いた。
声の主の青葉は、小指を立てて摘まんでいたティーカップをソーサーに戻すと、長門に向かい、にっこりと笑いかける。
「不肖、この青葉、情報収集については一家言あるつもりなのですが、流石に、提督外秘レベルの情報となると、“小耳に挟む”のはと~っても難しいのです、しかも、こんな“まるで当事者みたいな情報”となれば尚更です……宜しければ是非とも入手手段についてもご開示頂きたいなぁ~とか思うのです」
あくまでも笑顔を崩さない青葉に、甚五郎は思いっきり舌打ちし、長門に目をやった。
「まわりくでぇ事言いやがって、はっきり言ってやれや、そのつもりだろが?」
「そうだな」
長門は指が折れていない方の手で自分の頬を叩くと、息を吸い込み、明石に目をやった。
「“ヤツ”が実際には何なのか、正確な所は分からないが、見た限りでは、馬鹿でかい、水に沈んだ鉄塊だ……今までに沈んだ深海棲艦と艦娘の塊だったとしても驚かんさ」
「うえ……キツいですねぇ」
「ああ、想像以上にな……」
吐きそうな顔で舌を出す明石に頷いてから、長門は先を続ける。
「今まで話した事は、眠っている時にヤツの“眼”を通して見た、いや、正しくはヤツに同化された艦娘と深海棲艦の眼だ……私も最初は単なる夢だと思ったさ、眠っている時にしか見なかったからな、だが、見たもの、感じたものが細部まで具体的過ぎてな、確認すると、事実情報と大まかに一致している」
そこで長門は一旦、言葉を切り、周りを見回した。
皆、表情はそれぞれだが、黙って先を待っている。
「流石にその程度じゃ、確信にまではならなかったさ、だが、ヤツらの中に見つけたんだ、私達の“内線”に干渉してくる奴をな……私はそれに遭った事がある」
強く手を握られた長門は途中で言葉を切ると、傍らの陸奥に頷き、言葉を正した。
「いや、“私達”はそれと戦った事がある、今回とは違う状況でだが、そう言う敵もいる」
艦娘にとっても突拍子もない話だが、“内線”を介して伝わる陸奥の強い感情に虚偽の入り込む隙は無い。
頷き返す甚五郎から目線を上げた長門は、その傍らで、痛ましげな表情を陸奥に向けている金剛に目を向けた。
長門の目線に気がついた金剛は、真剣な表情で深く頷いて見せる。
大淀と明石と違い、戸惑いが全く無いその様子に、長門はちらりと甚五郎に目をやり、陸奥に袖を引かれる。
「話したのは、私よ」
「そうか」
長門は軽く謝罪する様に甚五郎に頷くと、一時、唇を噛み締め、目を閉じた。
「今回の敵の中に、私達が交戦した駆逐艦が混じっているのは“視た”、奴の艤装には、艦隊を瞬間移動させる機能もあるらしい、ま、それなりに力を貯める必要もある様だが……そう言えば、全身で放電でもしている様に光っていたな」
長門の手を掴んだ陸奥の手が、うっすらと汗ばみ始めている。
「提督、我々は“内線”無しで迎え撃たねばならないぞ」
「ま、うちの連中ならやってやれねぇこたぁないだろ」
「提督、結論を出すには早計です、材料が出揃うまで、“検討”に留め置かれるべきです」
こちら側が優位に戦える条件の一つを、夢見話ともとれる証言一つであっさり捨てようとしている甚五郎に、大淀が警告を発する。
「おたおたするねい、うちの娘共は俺が“席外した”だけで戦れなくなる程、ヤワな鍛え方はしてねえぜ」
正直、想定していた通りの回答に大淀は微かに溜め息をついた。
日露両国をクライアントとして、択捉島防衛の契約を受注している以上、活動についての報告と言うものを当然両国の所定の機関へ提出する必要があり、それには交戦記録も含まれる。
月並みな小競り合いなら兎も角、総力戦レベルの戦闘ともなれば、膨大かつ、詳細なレポートが必要だ。
そこで、明白な落ち度と見なされる行為があれば、次年度予算、ひいては契約の継続にも響く。
しかも相応の理由もなしに“内線”無しで主力艦隊を交戦させたとなれば、提督が職場放棄したと見なされかねず、進退問題に発展しかねない。
『無論です、が事前に通達と調整はしておいた方が良いでしょう……無用な混乱を招きます』
加賀が発した言葉は、大淀の缶が発する不穏な不完全燃焼の響きを感じ取った故の事であった。
「ま、大本営にゃ、まだそれなりにつてはあるからな、後は、そうだな、久々にクマ公と“お話し合い”でもすっか」
「くれぐれも、国際問題になるような真似はお控えください」
「ああ、俺からはやんねぇぜ、“オトナ”だからよ」
不敵に笑った甚五郎の表情を見た、大淀は抑えきれずに大きく溜め息をつき、眉間を揉んでいる。
「俺のВерныйちゃん何処へやった!」
「んあ?」
俯いて眉間を揉んでいた大淀が、突然ぼそりと呟いた言葉に、しばし、甚五郎の口が開いたままになる。
「Верныйちゃんのロシア童話朗読会延期についての問い合わせ……広報部宛ですね」
「あはは、来てましたねぇ、龍驤さんに対応任せちゃいましたけど」
大淀は顔を少し上げ、上目遣いに青葉を睨み付ける。
青葉は頭を掻きつつ、つついっと、目をそらした。
「ベルーガ(ウォッカ)とキャビア缶、それぞれ1ダース各種詰め合わせ……『Верныйちゃんへのお見舞品として、風邪でもひいちゃったかな? 1ファンより』、とのメッセージカード付、駆逐艦寮前に“配達”されていました、例の如く関与した宅配業者はありません、念の為、警備部には見回り警戒強化を要請済みです」
「うむ」
大淀は、何か言いたそうな顔をした長門に目をやって黙らせ、先を続ける。
「カサトカのベルーガへ 『我等が不死鳥は何処で羽根を休めている?』……通勤中のチラシ配りから渡されたチラシに挟んであったものです」
「ったく、妙な徒名で呼ぶんじゃねぇっつの、ストーカーの親玉が……相変わらずヒマな野郎だぜ、つーか、おめぇのじゃないわい!」
大淀がテーブルに載せたメッセージカードを見て、甚五郎が吐き捨てる。
メッセージカードの裏面には、座り込んだ熊の肩に可愛らしくデフォルメされた不死鳥が止まり、頭をこすりつけて頬ずりしているイラストが印刷されていた。
「『不死鳥を憂う心に、何も割り込むものはない』 熊のおじさん達より……鳳翔さんから預かりました、お店を閉めようとした時、カウンターに置かれていたそうです」
大淀がテーブルに置いたカードには、札束の入った吹き出しを出した人相の悪いシャチを相手に、それを断っている熊が描かれ、その下ではセーラーを着た熊達と艦娘達が海に出て行く様子が描かれている。
「Hey! テートク、Chill out、落ち着くネ、興奮しちゃ駄目よ」
一瞬、席を立ちそうになった甚五郎を、金剛が宥める。
「次、会ったら、今度こそぶちのめすか……」
「スポンサーと物理的交渉をするのはお控え下さい……と言うか、居酒屋の中で、ミドルティーンの女の子と本気で睨み合う羽目になったSPの人達の心情も少しはお察し下さい、ひいては、大本営の担当者に毎回一緒に謝りに行く私の事も多少なりとも気にかけて頂ければ助かります」
「うわぁ」
音が出そうな程歯を食いしばった横顔を見た明石の口から、思わず妙な声が漏れる。
基本、仕事上の事は愚痴もこぼさない同僚だが、時たま、明石の所にふらりと立ち寄り、“叩き壊しても良い廃材はあるか”と問う事がある。
そんな時、明石は黙って工廠の隅のジャンク置き場に彼女を連れて行く。
そして、仕切りでしっかりと囲んでおいたそこから漏れる破壊音を忘れられる様に夜なべ仕事にせいを出すのだ。
(後で、一山準備しておかないとな~)
「結局、口喧嘩になって、二人共、鳳翔さんにつまみ出されそうになったんでしたっけ、いやぁ、現場の写真が撮れなくて残念至極ですぅ」
当日の秘書艦は不知火であった。
「“艦娘(むすめ)”を遊びに行かす、行かさないの話で、本気で時の書記長殿と殴り合おうとするとか、本当に、火遊びが好きよねぇ」
「提督はいつだって私達の事には真剣だ、だからこそ、皆ついて行く」
呆れた様な陸奥の言葉に、長門は首を振り、微笑を浮かべる。
「まぁ、うちの響ちゃんは、親善大使として、その書記長殿と握手してきたりしてますから……実際向こうでも“うちのВерныйちゃん”って事で、かなりの人気な訳でして、広報部としても、握手会、撮影会、グッズ展開等々で色々と儲け……じゃなかった、友好的交流関係の構築に多大にご貢献頂いておりますねぇ」
ティースタンドを物色しながら、にこにこと話していた青葉が、つい、と甚五郎に目線を移す。
「な・の・で、実際、響ちゃん達の失踪が長引くと、結構大事になりますよ、あの子の人気はクレムリンのおじさん達だけの事じゃ無いですからねぇ、国民的アイドルですよ、あ・い・ど・る、那珂ちゃん嫉妬不可避レベルですぅ」
「知ってらぁ」
「……もう、大事になってます」
うっとおしそうに吐き捨てる甚五郎の前に、大淀が紙片を滑らせた。
『カサトカのくそじじいへ
建前なんか捨てて泣きついてこい!
協力してやると言ってるだろが!
ビビってるなら、来年の予算くらいは保証してやるから、さっさとしろ!』
「提督に呼び出される前、ちょっと自席を外した時に机の上に置かれていた物です」
「おいおい、うちの警備はほんとに何してやがる……つーか、さっきまで残業してたのかよ、大丈夫か?」
「ええ、お陰様で残業手当は満額支給されております、今月は基本給を越えてますから、そうですね、この際、倍プッシュ狙っちゃいましょうか?」
半ば呆れた様に呟いた甚五郎は、大淀はにっこり微笑まれ、すすいっと目をそらした。
「ん~、これって、逆に協力させなかったら、ひどい目に合わすって言ってません?」
「まぁ、そうでしょうね……」
明石の問いかけに、大淀は笑顔で甚五郎を睨むのを止め、ノート端末を机の上に移す。
そして、くるりと回転させ、画面が皆に見える様にする。
そこで開かれているメールには、次の一文だけが記されていた。
『はやくしろっ!! 間にあわなくなっ てもしらんぞーーっ!!』
「ついさっき、幹部職員向けの緊急ML(メーリングリスト)に発信されてます」
「おいおい、ちゃんと“お返事”してやってんのか、こりゃ?」
自分の業務携帯に直通でその怪文書が届いているのを見て、甚五郎は顔をしかめる。
「当たり前です、“問い合わせ”が届く度に、部門の担当者が“それなり”の返事を返しています」
甚五郎のぼやきに、大淀は淡々と答えた後、一呼吸置いてから口を開く。
「恐らく、カサトカのベルーガ、その人の言葉こそが必要なのでしょう、“娘”の為なら何者にも臆せず,退かず、時の書記長殿と殴り合い、杯を傾けた“父親”の本心からの一言が」
「俺の弟子共だって、“艦娘(むすめ)”の事でへたれる奴なんて一人もいねぇよ……」
甚五郎は身を乗り出すと、大淀の端末のキーを些か乱暴にタイプし、送信ボタンをクリック。
メーリングリスト外の青葉と、業務携帯を置いてきた長門以外の携帯が鳴動、それぞれが画面をちらりとチェックする。
「あらあら」
「これは……らしいな」
『流石に失礼なんじゃ』
『非礼に、非礼をもって対し、敢えて同じ場所に立つ、今回に限っては、悪手では無いでしょう』
「何です、何ですか、青葉にも見せて下さいよ~」
それぞれの反応をしている中で、黙って目頭を抑えている大淀の携帯を、青葉が覗き込む。
『会議中じゃい!電話すっから、メドヴーハでも呑んで待ってろ!』
「あはは、これは激しいですねぇ」
大淀は無言で青葉から携帯を奪い返すと、画面にしっかりとロックをかける。
「……この様に、ロシア側の協力を得る事は、さほど難しくは無い状況です、むしろ、もう、裏側ではとうの昔に動き出しているでしょうから、いい加減、ちゃんと会談して相手の動きを制御すべきでしょう」
「ま、ロハで協力してやるから、大本営相手はこっちでケツもてって事だろうよ……いや、タダじゃねえなぁ」
「株主優待で第六駆逐の特別撮影会でも開きますかねぇ」
腐る甚五郎ににたりと笑って青葉がカメラを持ち上げると、何か固くて脆い物が静かに砕ける音が響いた。
「けしからん事を言うものでないぞ、やりたければ、お前がサービスしてやるんだな、“広報課長殿”」
「いやぁ、青葉、オジサマ達にはそこまでの人気は無いので、ああ、残念だなぁ~」
拳から殆ど粉になったかけらをソーサーの上にこぼしながら睨みつける長門の視線を、青葉は後頭部をかきかき受け流す。
「すまんな、後で一セット弁償しよう」
ソーサーの上でカラフルな粉になったエインズレイを見て、悲しげなうめきを漏らした金剛に、長門は少し困った表情で頭を下げる。
「はぁ、もういいネ、ジジイのツケに上乗せしておきマース」
「おい」
「艦娘(むすめ)の不始末はテートクの不始末デース」
気色ばんだ甚五郎に、金剛はツンと上を見上げ、指を振る。
甚五郎の方等、一顧だにしようともせぬ様子に、老提督は両手を天に突き上げ、大きく息を吐いた。
「ったく、しゃーねーな、今月は厳しそうだぜ……」
膝に手を打ち付けた甚五郎は、意識に微かなノイズを感じ、ちらりと大淀に目をやる。
「なんじゃい、まだ、熊公がぐだぐだ言ってやがんのか?」
「いえ」
大淀はモニタへ伏せていた目線を上げ、長門へ目を向ける。
「長門さん、これまでの話、確かに事実情報との合致がある程度見受けられます」
「ああ」
頷く長門の脇で、陸奥が警戒する様に眉を顰めた。
「しかし、失礼ですが、あなたの精神疾患歴については拝見させて頂いております、フラッシュバックとの混同や、デジャビュ……既視感現象の可能性をまだ払底出来ないのでは?」
淡々とに猜疑を表明する大淀の言葉に、陸奥は愁眉を深めたが、長門はむしろ生真面目な顔で頷いて見せる。
「ああ、無論納得いくまで調べてくれて構わんさ、私だって、確証は欲しいからな……しかし、余り余裕は無いとは思う」
不意に、ぴんと伸ばされた手がぐるぐると振り回された。
「はいはーい、長門さん、“敵”さんに長門さん側から繋ぎにいったのっていつですか?」
「あ、ああ……こちらから繋ぎに行ったのは、三日前からだが」
唐突な質問に、長門は殆ど反射的に応える。
「なる程、なる程……」
不意の横槍に、大淀の視線が今度は青葉の顔に突き刺さるが、屈託のない笑顔は崩れない。
「少なくとも青葉は信じますよ、長門さんの事」
「相変わらず、よく分かんない人ですねぇ」
一人納得してからうんうんと頷いている青葉の姿に、明石は目をぐるりと回して手を上げる。
文字通り、お手上げだ。
そんな明石の様子に、青葉は更に笑みを深くする。
「しかし、艤装から放電ですか、セントエルモの火は先端放電だから全身って訳でも無いですね、まぁ、私達の艤装に物理法則なんて、冗談にしかなりませんけど、一寸、調べてみたいとこです……はは、夕張さん辺りならいきなり自分に載っけて試しかねないですねぇ」
誰に向かうでもなく呟いていた明石は、ふと、乾いた笑いを浮かべ、力なくため息をついた。
工廠に持ち込まれる突拍子もない難問もいざ途絶えてみると、寂しいものである。
「ま、調べは並行するしかねぇやな、大淀、そっちも頼むぜ、青葉、売店は龍驤にでも任せて、お前はそっちを手伝ってくれや」
「はーい、青葉了解しましたぁ、大淀さん宜しくお願いしますね」
甚五郎の言葉を快諾して微笑みかけた青葉の顔を真顔で直視し、大淀はゆっくりと頷いた。
「そうですね、丁度良いです、手伝って頂きましょう」
「よろしくー」
含みが込められた言葉にも、青葉はただ微笑んでいるのみである。
「ふん、しっかし、ピカピカ光る度にあちこちうろっちょろされるんじゃ、動きが読めねぇな」
場に流れた妙な緊張感を断ち切ったのは甚五郎の悪態であった。
再び端末のモニタに目を落とした大淀は、今までの所属不明艦隊の位置情報を確認する。
「あの発光現象が瞬間移動に伴うものであったとすれば、移動距離は相当なものです、距離的には最後の観測場所からいきなり鎮守府の1-1セクターに出現しても不思議はありません」
「おおぉ、大規模な鎮守府丸ごとレベルの艦隊が奇襲ですか、青葉達、歴史の目撃者になってしまいそうですねぇ」
大淀の発言に青葉は口調だけは大げさに反応したが、目線は宙を彷徨い、何事かを思案中の様子であった。
「じきにデフコン2ってとこか、大淀」
「はい」
「取り敢えず、受付分の島外休暇申請は却下、受付も停止だ、帰還命令は……リスト見てからだな」
甚五郎の言葉を聞きながら、端末を弄っていた大淀は、眉根を寄せつつも、スケジュール管理システムのステータスを変更し、メールを一斉送信する。
「島外への外出を含む休暇について、申請を却下、受付を停止しました」
『提督、我々は帰還しますか?』
大淀の報告に続けて、加賀から確認が入る。
「いや、本土に丁度居るからな、ちょいと後で“お使い”を頼まれてくれや」
『分かりました、赤城、加賀は指示あるまで待機します』
「まーた、悪い事考えてますね」
「ふん、立ってるもんなら、親でも使えってな」
明石の混ぜっ返しに歯を剥いて応えた甚五郎は、改めて腕を組み、長門に目をやった。
「しかし、敵の“頭”は水の底から、全艦に紐付けて、ちまちま動かしてんのか、流石に人間技じゃあねえな、こいつぁ……ま、ご苦労なこったぜ」
苦々しげに吐き出された甚五郎の言葉に、長門は首を振る。
「いや、確かに、水中にでかい本体が居るのは確かだが、水上で艦の指揮を執っている者が居る」
『あちらにも“提督”とか、居るんでしょうか?』
「向こうの“提督”か?」
甚五郎が代弁した赤城の疑問に、長門は又、首を振った。
「いや、ヤツらに“提督”は居ない、指揮を執っているのは旗艦だ」
一瞬、誰もが嫌な想像をして黙り込み、室内から、空調の音以外が、消える。
「連中の旗艦は“私”なんだ」
「長門型一番艦が、デスね?」
殆ど一瞬の沈黙の後、一言でさらりと告げられた言葉の意味が場に染み渡る前に、颶風(ぐふう)の如き声量が耳たぶをひっぱたいた。
「恐らくそうでしょう」
まるで叱りつける様な勢いの金剛に、大淀はいつもの静かな口調で割り込んだ。
「大和型級ではなく、長門型一番艦級の近似艦であれば、それなりに数が居ます」
※近似艦
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長門型の長門、陸奥の様に史実上の同型は“姉妹艦”と呼称される。
だが、艦娘は完全な同一艦が存在する為、その場合は“近似艦”、もっと砕けた言い方では“同い年の姉妹”等と呼称されている。
ちなみに、艦娘は個の艦としては艦名と艦籍コード、個人としては氏名も持っている。
しかし、鎮守府に所属している場合、自分の近似艦が同席する公的な状況では、慣例として“単冠の赤城”、“神威機動艦隊所属の暁”、“神威第四艦隊旗艦神通”等、所属を付けて呼称される為、氏名を呼ばれる機会は少ない。
又、原則として、一つの艦隊に近似艦を複数配置する事はない。
これは、単純に誤認による混乱を避ける為である。
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それなりの規模と歴史を持つ鎮守府であれば、大和型は居なくても、長門型のどちらか1隻位は所属している。
大淀は、ノート端末から顔を上げ、甚五郎に目をやった。
「最初に、所属不明の長門型一番艦が確認された後、各鎮守府へ、長門型一番艦の拘束要請が出ていますね?」
「え、あれって、そんな物騒な話だったの?」
会議資料でも読み上げている調子の大淀の言葉に、明石は思わず回していたスパナを取り落としそうになり、ジャグリングを始める。
「あらあら、休暇扱いでお茶濁したのがバレたら、大本営から査察部がすっ飛んで来て粗探しされるわよ」
呆れた様に言いながらも、甚五郎に向けられた陸奥の視線は柔らかいものだった。
鎮守府内の人事、殊に艦娘に関するものは提督に大きな裁量権がある。
大本営と言えども、国営ではない神威機動艦隊に出せるのは“お願い”がせいぜいだが、“お願い”を聞いてくれない組織には官僚的な嫌がらせがあったりするものだ。
「へっ、査察部にもケツが青い内に蹴り上げてやった奴が何人もいらぁな、で、何処までよ?」
何の事もなさげに肩を竦め、甚五郎は大淀に先を促した。
「長門さんの近似艦達も、同じ様な影響を受けていた為にあの様な通達が出たのでしょう、大本営も既にある程度は事情を把握しているものと考えた方が良いですね、この通達は近似艦達の“繋がり”が双方向である事を警戒しての事でしょうから」
「それって……」
「Oh……military secrets筒抜けネ!」
「それで突然引きこもったり、提督との接触を切ったりした訳ですか、なる程、なる程……繋がってきましたねぇ」
驚きを露わにしている明石、金剛をよそに、青葉はご満悦の様子でノート端末のキーを叩いている。
苦虫を噛みつぶした様な表情でそれに目をやっている甚五郎の横で、探る様に長門の目を見ていた大淀はふと、視線を伏せて眼鏡を直す。
「長門さん、一応、確認しますが、今は“繋がって”いませんね?」
いつの間にか元通り目線を合わせて来ている大淀の問いかけに、長門は即座に首を振った。
「ああ、“繋がる”のは、私が眠っている時だけだ、私に分かる限り、ではだがな」
「成る程、では、もう一つ」
「ああ」
「敵はどれ位の情報をあなたから引き出したと思いますか?」
全員の視線を受けながら、長門は若干考え込む。
「この泊地の場所と規模程度だと思う、どちらかと言えば、ヤツは私の、個人的な記憶の方に興味があった様だからな……しかし、ヤツは既に多数の艦娘と深海棲艦を鹵獲している、下手をすれば、こちらが知らない情報まで持っていると思った方が良いだろう」
「なる程、参考になりました」
「生かして帰す訳にゃいかねえな、こりゃ」
甚五郎の言葉に一同が首肯する中で、青葉は妙に真剣な表情のままで固まっている。
「おいおい、寝てんじゃねぇだろうな?」
「あ~、いえいえ、青葉、寝てません、寝てませんよ!」
慌てて、笑顔を作る青葉の様子を胡散臭そうに眺める甚五郎とは対照的に、金剛は若干柔らかい表情になる。
どうやら、一つ下の妹の事を思い出したらしい。
「えーとですね、こほん」
青葉はすっかり冷めてしまった紅茶で口を湿し、咳払いする。
「実際の所、症状が出てるのは“うち”の長門さんだけじゃなかった訳なんですが」
『拘束命令が出る程です、ある程度の察しはつきます』
加賀は悪夢にあてられ、暴走した艦娘と海上でつかみ合いの喧嘩をする羽目に陥った経験がある。
理性を欠いた艦娘の扱いは、例え相手が駆逐艦であろうと、非常に厄介な事だ。
「まぁ、“よそ”の長門さん達はうちの長門さん程にはうまく対処出来てないみたいですけどね、不眠症に、せん妄症状……まるで、“かつての戦争”の記憶に振り回される若い子みたいな事になってらっしゃってたそうですが」
青葉はじっくりと間をおいて、紅茶を飲んでから、先を続ける。
「そ・れ・がです、聞いた所によると、三日前から、どれもぴたりと収まったらしいんですよ、興味深いですよねぇ」
にかっ、と笑いかけられるが、大淀はにこりともせずに、軽く頷いた。
「相変わらず、細かい所までよく聞こえる耳ですね……一応、分かりました、別件で確認したくなった事もありますが、それは、後程」
大淀が青葉から目線を外し、甚五郎へちらりと目線をやると、甚五郎は手のひらにのせたペパーミントグリーンの星形菓子をじっと見つめていた。
「……提督?」
「おう」
甚五郎は一言呻くと、口の中に星を放り込む。
砂糖の甘さとミントの香りに刺激された記憶を紅茶で肚の底に流し込み、口を開く。
「うさんくせえ奴だが、“言わねぇ”事はあっても、そうそう嘘を言う奴でも無いぜ」
「司令官にそんなに信頼して頂けるなんて、青葉感激ですぅ~、って、あわわ!」
どさくさに紛れて甚五郎に抱きつこうとした青葉は、目の前に突き出されたティーポットの筒先を、辛くも仰け反ってかわす。
勢い良くソファに尻餅をついたその眼前で、そよそよと紅茶が注がれた。
「Tea timeは、elegantに楽しむものデース……you got it?」
「あ、あいごっといっとです」
目だけが笑っていない金剛にへらへらと笑いかけつつ、青葉はマカロンを口に入れる。
「えーと、それはそうと、こちらとしては、どれ位情報を掴んだんですかねぇ~、うちの長門さんは、敵に転ばされたのに只で起きる程、甘くないんじゃないかと、青葉は思うのですが?」
あからさまに話題をそらし始めた青葉の様子に、甚五郎はやれやれと首を振っていたが、長門が真っ直ぐ視線を向けて来ているのに気づいて、そちらに首を向け直す。
「そうだ、ヤツが私を覗いた様に、私もヤツを覗いた、目的、戦力、戦術、それなりに盗んでやったつもりだ……提督」
「ん゛?」
やや、躊躇う様に言葉を切ってから、長門は歯を食いしばり、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「捜し物を見つけたぞ、うちの第四艦隊は、ヤツの所に居る」
一斉に、全員の視線が甚五郎に集まる。
「ああ‥…」
固く結ばれた甚五郎の口元が微かに動き、呟きがこぼれた。
心臓が締め上がり、血が逆流する。
左手が右手首に巻かれた、少々珠が不揃いの数珠を固く掴む。
円形とは程遠いが、丁寧に手磨きされた十勝石がごりごりと皮膚に食い込んだ。
動きが止まった甚五郎の横から、そっとポットが差し出され、注がれたカップから、強いベルガモットの香りが溢れ出す。
「テートク、Deep Deep breath、ゆっくり、吸い込むネ」
「ったく……止せやい、アっチィな、おい」
横から体を支えられ、優しく口元へ運ばれたカップから一息啜り、甚五郎は詰めていた息を吐き出した。
『流石に背筋が一瞬冷えました』
『お土産は養命酒にしておきますね』
「っせぇ、老々介護される程じゃ、先は長かねぇやな」
「おじいちゃんは大丈夫そうネ」
一航戦達に憎まれ口を叩く甚五郎の鼻を突っついてから、金剛は身を離す。
「提督、大丈夫だ、今の所、あいつ等は無事でいる」
力づける様に断言してのける長門に、甚五郎はただ頷き、大きく息を吐いた。
「あの子達は絶対に提督の所に帰還させる、絶対にだ……機会は私が作ってみせる」
「機会ですか、既に何か勝算がおありのご様子ですねぇ、興味深いです」
歯を食いしばり、無事な方の拳を掌に叩きつけた長門の様子に、相変わらず楽しげな様子で青葉が質問を飛ばす。
「機会とは言っても、深海棲艦って水中に潜ってる時には追跡も難しいですよ、工廠でも、色々改良はしてみてるんですけど、音を聞いて判断するって言うのは変わりませんからねぇ……しかし、一寸気になってるんですが、深海棲艦は兎も角、連中、水上艦の艦娘をどうやって潜らせてるんでしょうかねぇ?」
潜水能力なぞ持たぬ水上艦の艦娘には、水中航行等、当然不可能だ。
しかし、深海棲艦はその名が示す通り、ベースが水上艦であろうと全ての個体が潜水能力を備えている。
水中の深海棲艦を捉えるにはソナーに頼るしか無いが、広範囲をカバー出来るものではなく、哨戒線の後方にすり抜けた艦隊が奇襲をかけてくる事がある。
幸いなのは、深海棲艦が比較的“浅い海”を潜ったまま移動するのを好まない事と、水上艦タイプは一度浮上すると撤退まで再潜行しない傾向がある事だ。
「長門さんは“見つける”気でいる訳では無いでしょうからそれについてては余り問題ないでしょう」
「見つける気がない?それじゃ、向こうから挨拶電文でも送ってきてくれるとか、んな訳無いですよね」
「ああ、そう言うわけね、あらあらあら」
「ん?何ですか?みんな黙り込んじゃって?」
冷たい目で長門をねめつけている大淀と、呆れた様に天を仰いでいる陸奥の間で明石は視線を彷徨わせ、首を捻る。
「“機会の作り方”の想像はつきます、が、私の想像している通りであれば、もう、実行中ですね……不可抗力ではなく、意図的に此方の情報を流して敵を呼び込む様な行動は反逆行為と見なされても……」
「敵が来るってなぁ、俺はもう聞いてたぜ」
大淀の言葉を、甚五郎がしっかりとした声で遮った。
「提督、最先任を心配なさるお気持ちはお察し致しますが、切り分けはつけておかないと駄目な事も……」
「ちげーよ」
甚五郎は再度、大淀の言葉を遮り、数珠を撫でる。
「確かに、家出娘も気にはなるがな……元々こいつぁ、うちだけの話じゃねぇ、何処の鎮守府もちまちま艦娘を削られてるってのに、大本営も手をこまねいて、隠し事に汲々としてやがる、放っときゃ雪だるまみてぇにでかくなる敵相手に、慎重に構え過ぎて餌をくれてやってる状態だぜ」
『せめて、もっと早く各鎮守府へこの“敵”の情報が渡されていれば、捕まらずに済んだ子も居たのに』
『大本営にも、我々の事を信用していない者が居るのでしょう』
沈んだ調子の赤城と、苦々しげな加賀の言葉を脳裏に聴きながら、甚五郎は一同を見回す。
「こっちの泊地が二、三個喰われて、いよいよ隠し通せなくなってから“大本営発表”なんて段取り踏んでたら、いよいよ、手に負えなくなるのが目に見えてるぜ……大体、一般市民様からしてみりゃ、艦娘と深海棲艦が組んで襲ってくる様にしか見えねぇもんを陸に揚げて見ろ、おちおち街も歩けなくなっちまうぜ」
甚五郎の言葉に一同は黙り込む。
片手で戦車をひっくり返し、轢いたダンプを破壊する艦娘が、ごく普通に世の中に受け容れられて居るのは、あくまでも“人類の友”であるからだ。
長年積み上げられてきたその信頼が揺らげば、世界も揺れるだろう。
もし、崩れてしまったら?
「ま、大本営の連中も、ある意味、それに一番ビビってるんだろうがな……だが、おっかなびっくり、様子見ながらやってる場合じゃねぇ、こいつぁ、誰かが、手に負える内に片付けなきゃならねぇ、出来る限り早くだ」
甚五郎は周囲を見回した。
これには特に異論は無いらしく、皆無言で甚五郎に注目している。
「実際に敵は居る、来るなら叩く、備えは充分に、基本はいつもと変わらねえ……ついでに、神出鬼没で、尻尾を掴ませてくれなかった敵さんが、わざわざうちの庭まで出張ってくれるってんなら、叩かねえ手はないって事よ」
「よし」
甚五郎の宣言を聞き、長門は立ち上がる。
「そこまで提督の肚が決まっているなら後はやるだけだ、そろそろ私は席を外しておこう、私は……その、詳細は聞かない方が良いからな、又何か見えたらすぐに連絡する」
寝室のドアの前で一旦立ち止まり、長門は振り返った。
「取り敢えず、以降、私と話す時には盗聴器がついている事を前提にして注意を払ってくれ……念の為な」
「ん」
「留意します」
頷き返す甚五郎と大淀に黙礼し、他の皆を一旦見回してから、長門はドアを閉めきる。
シェルターへの侵入を許した時の最後の気休めとしてパニックルーム仕様になっている寝室のドアは、一度閉めてしまえば、銃声も聞こえなくなってしまう。
皆、しばしそれぞれに物思いを浮かべながら閉じたドアを見つめていたが、不意に、ずぞずぞぞぞぉと、下品に紅茶を啜る音で物思いを破られる。
「さてと、取り敢えず、何から片づけっかよ?」
下品な作法にそぐわない慎重な手つきで、甚五郎はティーカップを戻し、にたりと笑う。
この間、金剛のお気に入りだったウェッジウッドを水盃替わりに叩き割ったばかりの為、まだ少しは慎重さが残っているのだ。
ましてや、先程長門の分の負債が増えたばかりである。
因みに、ウェッジウッドのカップ一つは、ミントンのティーセットのテーブル一つ分に生まれ変わっている。
「取り敢えず、スポンサーに対応されるべきでは?」
「おう、クマ公の奴、さぞやイラついてやがるだろうぜ」
不適な笑みを浮かべる甚五郎に、大淀は長い長い息を吐いた。
「穏便に、くれぐれも穏便に願います」
現在、秋イベントの真っ最中ですねぇ。
私は今、Fallout4やりつつ、サブPCでE3までは丙丙丙で流し、E4を乙でラストダンス中です。
取りあえず完走できれば良いなぁ。
次回は、南国鎮守府編を予定してますが、閑話を挟むかも……