深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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 もの凄く久しぶりに次のお話しをお届けします。
 今回は、南の島の暁さん達のお話しです。

 南の島で、変わらない割とのんびりした日常を過ごしている暁さん達。
 徹夜の訓練の後はお昼寝します。
 眠りの浅い昼寝というのは夢をみやすいものなのですが……

 さて、どんな夢を見るのでしょうか?

※今回は特に、艦娘(或いは艦娘的なもの)の死亡描写が多いです。
 描写的には大した事はありませんが、絶対に許容できないレベルの方は避けた方が良いかも知れません。
※今回、艦これ以外のネタがいくつかぶち込まれています……おこんないでね♪


 【第十話 夢の国の暁】

【南の島? 東水雷戦隊鎮守府】

 

 

 今日も抜ける様な青空に、眩しい太陽。

 サラダボールから緑色のパパイヤを取り出して包丁で二つに切り、スプーンで中身の種をえぐり取る。

 ピーラーで皮を適当に剥いてから、それを千切りにし、水を張ったボールに入れてゆく。

 パパイヤはそんなに灰汁を出さないので、ちょっと水に入れておくだけでいい。

 水を切ったら、他の野菜と一緒に雷特製のドレッシングで和える。

 それでサラダは完成、とっても簡単。

 下を見ると、首からぶら下げている白板が目に入る。

 

『私は無断外出をして、僚艦に迷惑をかけました』

 

 几帳面に極太マジックで書かれた字は響のものだ。

 横にちらりと目をやると、重ねたバナナの箱を机にして司令官が書類仕事をしている。

 

『私はそれを迎えに行った先でセクハラして、お仕置きされました』

 

 その胸には、私と同じ様な白板が掛けられていた。

 こちらの字体は書き殴られたみたいに崩れている。

 一寸読みにくいけど、あれは雷の字だ。

 

「hum……昔、ドイツのどこかで、これと似た様なのをかけて、ぶら下がってる連中を見た憶えがあるな」

 

 そんな事を呟きながら東提督は書類に何事が書き込んでいる。

 世の中には変わった趣味の人も居るものだ。

 

(その内、はっちゃんか、ろーちゃんにでもきいてみようっと)

 

 昨日は無断でお隣の鎮守府まで行って、眠り込んでいたと言う事で雷にすごく怒られた。

 お陰で今日は1日、こうして司令官の横で家事手伝いの刑である。

 正直、あんまり憶えてないから癪に触るけど、怒る雷の隣で、黙って唇を噛んでいた響の涙目が結構堪えたので、大人しく“処されている”ところだ。

 取り敢えず、電が宥めてくれたので助かった。

 

『無事で良かったのです』

 

 電は本当に優しい。

 寛容さはレディにとって、大事な美徳の一つ。

 流石は、一人前のレディたる私の妹である。

 サラダの準備をしている内に、厨房の方からいい匂いが漂ってきた。

 今日は多分、この間沢山作っておいたキャッサバ粉を使った何かだと思う。

 この間はトウモロコシ粉を混ぜて、クスクスを作っていたのでそれかも知れない。

 クスクスはパスタだけど、お米みたいに細かくて面白い。

 魚の匂いもするけど、今日は司令官がこんなことになってるので、あれは多分、作りおきのモルディブ・フィッシュでも出汁代わりに使っているに違いない。

 お昼ご飯を食べて、午後は雷と洗濯をして、その後は神通さんと畑の手入れ。

 今日のおやつは、カノムサイサイだった。

 蒸した米粉がもちもちして、ココナツの良い匂いがして、甘く煮たバナナが餡代わりに入っている。

 凄くおいしい。

 おやつの後は、電と一緒に備品の在庫チェックと補給が必要な物のリスト作りだ。

 やることがなくなったら、昼夜逆転気味の夕張さんとお昼寝である。

 そして、いい匂いに目を覚ますと、夕飯の時間になっている。

 今日の晩御飯は、響が穫ってきた白身魚と、神通さんの畑からはタロイモ、あとはジャングルから採ってきたバナナを蒸し焼きにしたものだ。

 青いバナナは、お芋みたいな味がする。

 慣れるとおいしい。

 夜は、もう夕張さんの部屋みたいになってる仮設工廠で一緒に夜更かしする。

 夕張さんは最近、蛇のおじいちゃんが出てくるゲームをやっている。

 蛇とは言っても、それはこーどねーむなので、ほんとうの蛇じゃないけど。

 続き物の四つ目なので、細かい所はよく分からなかったけど、たまに蛇のおじいちゃんが腰を痛そうにしたりしてるのに妙に親近感を感じる。

 雷はやっぱり名前びいきなのか、サイボーグ忍者のおじさんがお気に入りだ。

 響はコップを片手に、東側の鉄砲が出てくると、あれは撃たせて貰った事があるとか、狙撃銃は手が届かなくてうまく撃てなかったとか教えてくれた。

 今夜は電と一緒に、蛇のおじいちゃんの作戦を見守っている所だ。

 もうゲームは終盤にさしかかっていて、おじいちゃんは黒い板が並んだお墓みたいな場所を進んでいた。

 ヘンな三本足のロボットを振り払いながら、ボロボロの体で這い進む姿を見ていると、じれったいのと、手伝ってあげたいのがぐちゃぐちゃになる。

 

「がんばれ、がんばれ、がんばれ」

 

私はいつの間にか、声を上げておじいちゃんを応援していた。

 電の応援は涙声だ。

 

「やめて!」

 

 大事な人のお墓の前でおじいちゃんが鉄砲を自分に向けた時には、電の叫びが聞こえた程だ。

 ちなみに、雷はサイボーグ忍者さんが子供を抱きしめるシーンを見た時は涙が止まらなくなっていた。

 その後も、夜の自由時間には度々、夕張さんの所で妹達と遊んだ。

 当直があるから、全員じゃないけど、毎晩誰かと一緒。

 横幅の大きいおじさん達が、ノコギリ付の鉄砲で地底人と戦うゲームで対戦した時は、電はぐるぐる回して投げる手榴弾の使い方が物凄く上手かった。

 直撃させてくるし、補給品の手榴弾に混ぜておいたり、踏み込んだ曲がり角に設置されてるとか、あれで何度爆死したことやら。

 ほんと、ひどい目にあった。

 

 しかし、これでは遊んでばかりみたいだけど、ちゃんと仕事はしている。

 一人前のレディたるもの、仕事も遊びも手を抜かないのである。

 

 月は上から食べられて、5分の1も残っていない。

 弱い月明かりは、海面には届いていなくて、波のうねりだけが目に入る。

 聞こえるのは、背中の艤装から漏れる機関音だけだ。

 艤装をしまっていれば、胸に耳をぴったり当てないと聞こえない位だけど、展開中は車のエンジン位の音になる。

 夜間の索敵の場合、艦娘と深海棲艦の機関音の聴き分けは重要だ。

 私たちの機関音は低めで重々しいけど、深海棲艦のは、軋んで咳き込み、不安定に変化する。

 旗艦や鬼、棲姫級になると、不安定じゃなくなって、ものすごく高い、早い音になる。

 まるで、モーターみたいに。

 その音は、缶を冷やし、蒸気をしぼませてしまう様に冷たい感じだ。

 私は、濃淡でしか様子が分からない闇に目を凝らした。

 電探は無いから、私は純粋に目と耳を頼りにして索敵する。

 もう、信号弾が上がってから、15分位経っていた。

 私はちらりと後ろを振り返り、響がついてきている事を確認する。

 闇の中で響の姿はぼう、と白く浮かび上がり、まるで雪の妖精みたいに見えた。

 こちらが見ているのに気がついたのか、響は両手でバツ印を作る。

 向こうもまだ何も見つけていないらしい。

 その時、微かな金属音がして、響の艤装に小さな灯りが点いた。

 あれは、磁石をくくりつけた発炎筒。

 夕張さんが間に合わせで作った小道具の一つだ。

 くっつけられると、5分位は燃え続けて、至近距離であれば良い的にできる。

 今は“なってしまう”方だけど。

 気がついた響が全速航行を始めるのと同時に、砲撃が始まった。

 響が初撃を何とか躱す光景に気を取られ、その背後にちらりと見えていた影を見失う。

 耳の中でで急に大きくなった機関音に慌てて、出来る限り腰を落として面舵をいっぱい、機関、左舷一杯にして右へUターン。

 傾いた艤装の煙突辺りに、何か削り取られる様な感覚が抜けてゆく。

 急いで体を起こし、ターンの途中で足を海面から引っこ抜いて、ぴょんと跳ぶ。

 追撃を迎え撃つ、スピンターン。

 これをやるにはかなりの練習がいるけど、一人前のレディには、この程度の操艦、ちょっと駆け足するのと変わらない。

 

 

※足を海面から引っこ抜いて

 

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 海面に“踏ん張って”いる状態を解除する事。

 艦娘は足を引っこ抜くと、地面と同じ様に水面を歩くことが出来る。

 しかし、うねる水面を上手く歩くのは中々困難である上、艤装による推進航行が出来ず、容易く転倒してしまう。

 又、“踏ん張れない”ので転覆の危険から砲撃が出来ないが、飛び跳ねたり、その場で180度のクイックターンを決められる為、上手く使えば異次元レベルの機動が可能となる。

<ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー>

 

 

 180度回転の着地の直前、いきなり目の前が真っ白になった。

 反射的に目をつむって、左の防盾をもち上げる。

 着水して海面を踏ん張った瞬間、防盾が重い衝撃に震える。

 貫通した振動に左腕全体が痺れ、防盾が下がるのも構わず、私は目を開け、左肩からぶつかる様に前進。

 体をひねって、右手の錨を目の前の神通さんに横殴りに叩きつけた。

 神通さんは全く構わず前進し、左腕で錨を私の腕ごと絡め取ってくる。

 一気に持ち手の所まで踏み込まれたので、殴った感触もしないけど、それでいい。

 元々ぴんと張っていた鎖に全力で巻き取りをかけたのと、お腹に下から重い一撃が突き込まれたのは大体同じタイミングだった。

 お腹から艤装まで、ずん、と響く衝撃が広がって、視界の端が白んで来る。

 駄目押しにと点灯した左肩の探照灯が、目を閉じた神通さんの顔を照らし出した瞬間、腕ごと錨が払われ、一瞬、何かに引っかかった感覚の後、すっぽぬける。

 神通さんの顔が探照灯の光から外れた瞬間、私は、左右の魚雷と肩の12.7cm連装砲を斉射した。

 右の魚雷が外れ、左の魚雷も外れた。

 でも、最初に左に回転させてあった12.7cm連装砲が至近距離で砲弾を炸裂させる。

 

「暁、撃沈……神通、大破」

 

 海面に夕ご飯を全部戻しながら聞く神通さんの声は、どこか優しい感じがした。

 訓練で最後に生き残ったのは結局、電、雷組だった。

 夕張さんと響が砲撃戦をしている横合いから、電、雷組が参戦したのだが、二人の先制雷撃で夕張さんが中破し。

 夕張さんから反撃を受け、速力の落ちた電は神通さんの奇襲を受けて相打ち。

 その後、響の雷撃で夕張さんが沈んだ後は、雷と響の一騎打ちになり、魚雷が切れるまで雷撃した後、接近しながら砲撃しては、すれ違い様に錨を打ち込む。一撃離脱戦になった

 最後に勝負を決めたのは響の頭にがつんと入った一撃だった。

 

『Nice work』

「この雷様に敵うとでも思ってんのかしら、ねぇ、司令官?って、響、大丈夫?」

 

 長い訓練の終わりに、思わずはしゃいだ声を上げてから、雷はすぐにしゃがみ込んで鼻を押さえていた響を助け起こす。

 

「Ничего страшного……どうってことないさ」

「駄目よ!ちゃんと押さえてないと」

 

 鼻血を手で拭う響に雷はハンカチを渡して、鼻を押さえさせている。

 最後まで生き残れなかったのは悔しいけど、響も雷も中々の練度で姉として鼻が高い。

 電も十分頑張ったけど、流石に大破していたとは言え神通さん相手じゃ分が悪い。

 というか、神通さんは久々の大破判定で、何かヘンなスイッチが入ってしまっていた気がする。

 

(ま、それでもちゃんと相討ちに持ち込んだんだからね)

 

 朝日の中で、みんな体中ペイントだらけだ。

 神通さんも胸の辺りにべったりとペイントが付いている。

 至近距離だったから、余り広くは飛び散らなかったみたい。

 しかし、その背中は大きく破けて、そこからは酷い鈎裂き傷が覗いている。

 腰の魚雷発射管の少し上位の高さにできたそれは、私の錨の爪がつけたものだ。

 当然、真剣に演習をやったからだし、神通さん本人から、恥ずかしくなる位“そっちょく”に褒められてしまったのだが、薄桃色の布地にべっとりと染み込んだ赤黒い染みを見ると、やっぱり少し、やり過ぎちゃったかなと思う気持ちは抜けない。

 そう言えば、褒められたけど、一緒に注意もされてしまった。

 もちろん、やり過ぎの事じゃなく、最初から相打ちを狙う様な戦術を取った事についてだ。

 

『あなた一人に、深海棲艦一隻では割に合いません、敵の首を獲って相討たれてしまうなら、敵の手、足を奪い、生き残りなさい、僚艦の為に、敵艦の脅威で有り続けなさい……私はその為に、貴女達を鍛えています、生き延びさせる為に鍛えています、生きて、戦い抜きなさい』

 

 確かに訓練は厳しいけど、神通さんは優しい。

 私が響達のお姉さんである様に、神通さんは私達のお姉さんだ。

 

 点呼を取った後、私達は朝焼けの中ゆっくりと鎮守府へ帰還した。

 司令官がお風呂を沸かしてくれていたので、早速ペイント塗れになった体を洗いっこして、ついでに服も洗濯する。

 お風呂から上がると、朝ご飯が出来ていた。

 

「Breakfastだ」

「私がやるからよかったのに……すごーい、おいしそうじゃない!」

 

 自分の仕事を取られて、雷は一寸不満そうな顔をしたけど、食卓の上を見て歓声を上げる。

 赤魚の煮付けに、タロイモの煮っ転がし、ほうれん草の煮浸し、板麩入りの味噌汁、炊きたての銀飯、箸休めに蕪の漬け物、デザートには黒ごまのプリンがついている。

 

「おいしそうなのです」

「хорошую работу!、いいね」

「提督って味覚崩壊してるかと思ってたけど、意外な特技持ってるわねぇ」

 

 食堂を満たす懐かしい純和食の匂いに、みんなも嬉しそうだ。

 席について食べ始めると、お腹から背中の方まで、ぞくぞくとする程懐かしい感覚がした。

 ずっと昔、どこかで嗅いだ匂いと、味。

 どこか遠くへ行ってしまいそうになる感覚。

 ふと、私は違和感感じて、周囲を見渡した。

 戸惑った様に箸を止めている響と目があった。

 目線を動かすと、夕張さんも眉をひそめて魚をつついている。

 雷も上の空で漬け物をかじりながら目線をさまよわせていた。

 電はじっと机の上の銀飯を見て、押し黙っている。

 私は一旦箸を置いて、お茶を飲む。

 みんな、何かを感じている。

 何かが、おかしい。

 神通さんは目の前の膳に手を着けずに、東司令を見ている。

 東司令は箸を止めずにそんな食卓の様子を見回していたけど、茶碗が空になると席を立ち、テーブルの端のお櫃でお替わりをてんこ盛りに盛り付けた。

 まるで漫画に出てくるご飯みたいに、山盛りになっている。

 

『しれーかん、お行儀悪いわよ』

 

 叱りつける雷に肩を竦めて応えると、ひょいと手を伸ばして壁際の棚から写真立てを取り、食卓にぽんと置いた。

 写真の中では、白い歯を見せておじさんが笑っている。

 もう一人の私をその腕に抱いて。

 

『どうした、見てるだけじゃ腹はふくれんぞ』

 

 楽しげな声に、頭を撫でられる感覚。

 私は無意識に帽子の位置を直そうとした手を下ろし、もう一度箸をとる。

 

『いただきます』

 

 言葉が重なった。

 

「やっぱり、ご飯はみんなで食べなきゃ駄目ね」

「団欒よねぇ~、日本のおこたとみかんが恋しいわぁ」

「ここじゃ、あついのです」

「みんな居れば、どこでもいいさ」

 

 みんなほっとした顔で、ご飯を食べている。

 多分、みんなにも同じ様な声が聞こえたんだろうと思う。

 

(でも……)

 

 私は急に寂しくなり、もう一度箸を置いてしまいたくなった。

 うまく言葉にできない感覚。

 ここに居るのに、みんなと一緒にここに居ない様な。

 楽しそうな響達にそんな気持ちを知られたくなくて目をそらすと、神通さんも箸が動いていないのが目に付いた。

 目線を追うと、魚の骨から身を剥がすのに夢中の東司令を睨んでいるみたいだった。

 私が見ているのに気がつくと、神通さんは軽く頷いて、プリンをくれた。

 

「あ、ありがと」

 

 思わず、反射的にそう言ってしまう。

 

(そう言う事じゃないのにぃ)

 

「あ、良いなぁ」

「食いしんぼさんなのです」

「う~」

「ふふっ、確かにこれ、おいしいわねぇ」

「Hum……日頃の感謝を込めて、Mistress thunderに進呈しよう」

「やったぁ!ありがとう」

「姉さん、私のも食べるかい」

「じゅ、充分よ」

 

 電に茶化され、流されて、私は違和感を気にするのを忘れてしまった。

 あと、プリンは2つとも食べた。

 

 朝ご飯の後はお昼寝の時間になった。

 真夜中からの野戦訓練の後に満腹になったら、目を開けているのは難しい。

 私の機関停止騒ぎの時からそのままになっている簡易ベッドに、響と一緒に潜り込む。

 何だか、あの日以来、独りで寝たことがない、と言うより、夜、一人になった事がない。

 何か司令官が内々に迷子にさせるなとか、指示を出しているのか考えてしまうが、妹達なら言われなくても、自主的にやる。

 と言うか、妹たちの誰かが同じ様な事したら、私が最初に始めてる。

 しかし、取り合えず眠い。

 私は全てを後回しにして目を閉じた。

 

 轟く砲声と弾着音、土砂と樹が砕けて混じって、纏めて降り注ぐ。

 重い土の波に呑まれ沈んでゆく。

 音のなくなった夜。

 みんなが居なくなった夜。

 響が何か言っている。

 頭の中で響いているその声を聴こうとするけど、何かが邪魔をしている。

 聞こえているのに、意味が分からない。

 もっと集中しようとした私は、ふと、誰かが歌っている事に気がついた。

 目を開けると、まっくらな中に、白く光る手が見えた。

 私は、その歌に惹かれ、手を伸ばす。

 誰かが、私の名前を呼んだ。

 肩に手が置かれる。

 燃えるように背中が熱い。

 ストーブみたいな穏やかな熱さとは違う、剥き出しの焚き火の熱さ。

 首筋と頬まで灼かれる感覚に、たまらず振り払うと、後ろに立っているものが目に入ってきた。

 人の形をした、火の塊。

 それは、どこか困った様子で、被っていた略帽を取り、額を拭う。

 踊り回る火の下から一瞬見えた、焦げた顔、そこから何かがべろりと剥がれるのを私は見た。

 多分、私はみっともなく悲鳴を上げていたに違いない。

 いつの間にか、私は最初差し伸べられた手につかまって、必死に走っていた。

 そして、私は丸い部屋の中にいた。

 正面には壁一面を占領する様なテレビが付いていて、そちらを向くように、沢山のスイッチとメーターが付いた机が並んでいる。

 そこに座って何かしている人達は、ぴっちりとしたタイツみたいな服を着ていた。

 

(何だか、SF映画みたいね)

 

『Captain!』

 

(船長さん?船……艦橋かな?)

 

 そう思いながらぼんやりと周りを見回していた私は、突然テレビに顔色の悪いおじさんが大写しになってびっくりした。

 おじさんは金属板の付いた服を着ていて、眉も髭ももじゃもじゃで、おでこがごつごつしてる。

 

(宇宙人?)

 

 もじゃ宇宙人が船長さんを、アドミラルって呼んだのと、二人の会話に同盟とか出てきたので、多分、この船は軍艦らしい。

 

(ハンソン提督、宇宙海軍かしら?)

 

 よく見ると、みんな着てるピチピチの服は仕事で色が違うらしい。

 でも階級章っぽいものと言ったら、胸に付けてるロケットっぽい金バッジだけだ。

 そんな事を考えながら、私はそわそわとあちこち見回す。

 何だか落ち着かないが、トイレに行きたい訳じゃない。

 大体、艦娘は人間みたいにトイレに行く必要はないのだ。

 

(あ、“カッセンジュンビ”……)

 

 艦橋を包んでいる雰囲気は、戦闘直前に感じる、あの息が詰まる様な感じだった。

 今の今まで、それに気づかないなんて、寝ぼけてたどころではない。

 思わず、周囲を見回して神通さんを探してしまった。

 訓練中だったら、不注意一発、一撃必殺お休みコースだ。

 

(見られてる内に気づけば大丈夫なんだけど……)

 

『ジャン・リュックを“引き揚げて”くれと頼んだら……』

 

 突然、隣に座っているハンソン提督が呟いた。

 私の方を見た訳じゃないけど、話しかけられた事は分かる。

 提督が言わなかった残りの声が頭に直接聞こえていたから。

 

(君にはできるのだろうか)

 

 私は右手で頭を掻き、髪をくしゃくしゃにする。

 癖っ毛の白髪を。

 

『つまらん事を言った、忘れてくれ』

 

 私は何も言ってない。

 ただ、聞こえないだけかも知れないけど。

 私は言葉を聞き流しながら必死に自分の体を見ようとしていた。

 自分の体じゃ無いって気がついたら、急に動かせなくなった気がする。

 

『キャプテン、USS.サラトガ以下、第四艦隊、展開完了です』

 

 報告の声に気がついたのか、テレビに視線が移ると、星空の中に艦娘が展開しているのが映っていた。

 みんなおおきな丸い円盤が付いた艤装を付けている。

 でも、私たちの艤装に装備されている様な主砲や魚雷発射管はどこにも見あたらない。

 

『キャプテン、ライカー“提督”から、通信が入っています』

『メインスクリーンに繋いでくれ』

 

 テレビにまた髭もじゃのおじさんが大写しになった。

 こっちの髭もじゃおじさんは、赤と黒のぴちぴち服を着てるから、ハンソン提督と同じ軍の人だろう。

 顔色も悪くないし。

 

(ちょっと、表情が暗いけど)

 

 髭もじゃおじさん、ではなく、ライカー提督が目線をこっちへ動かした時、軽く眉が動いたのが見えた。

 

(響と一緒に行ったバーで、後から入ってきたお客さんがあんな顔してたっけ)

 

 こっちが見えてるみたいだけど、私は今の自分がどんな格好してるのか分からない。

 

(こっちが映ってるテレビがあればいいのに)

 

『ハンソン提督、ボーグキューブの破壊は失敗、小破させ、トラクタービームを損傷させましたが、依然、地球方面に侵攻中です』

 

 ハンソン提督は報告内容に予想がついていたらしく、表情は変わらなかった。

 

『そうか、こちらの損害はどうかね?』

『轟沈した艦娘はおりませんが、全艦、中破以上の損傷を受け、母艦で入渠中、母艦のエンタープライズDもディフレクターとワープコアに重大な損傷を受け、即時の追撃は困難です』

 

 ハンソン提督は少し、手元の机に目を落としてから顔を上げた。

 詳細のメールでも届いていたのかも知れない。

 

『分かった、艦隊の修復が完了次第追撃に移ってくれ、ああ、そうそう』

『はい?』

 

 通信を切ろうとした、ライカー提督に取り澄ました微笑を向け、ハンソン提督は私の方へ手を向けた。

 

『一言、挨拶してあげたらどうかね、確か……二年ぶりだろう』

 

 私、と言うか、今の私の体は床まで届いてない脚を椅子の前でぶらぶらさせながら、ダブルピースを決めて見せた。

 

(あー、もう子供っぽいなぁ)

 

 一人前のレディなら絶対にやらない、はしたない仕草を見たライカー提督は、本気で困った顔になった。

 何だか申し訳ない気持ちである。

 

『まぁ、分からなくても仕方あるまいな、Mー33銀河に行った時には“違う格好”だったそうだからね……ライカー提督、彼女は“Promise ling”だ』

 

 ライカー提督の眉が一瞬ぴくりと動き、私の顔をじっと見つめてくる。

 じっと見られると反応に困るのだが、今の私の身体の方は困るどころか、両手を振ってアピールしている。

 

(どこまで子供なのよ!)

 

 と、思ったけど、どうやら、私の身体が見ているのはライカー提督の背後にいる男の子らしい。

 すらりとしてかっこいい、筈だけど、機械を操作する手を止めてこっちを見つめている顔の中で、目線が泳いでいる。

 ライカー提督も、自分を通り越している視線に気がついたのか、ちらりと背後に目をやり、すぐに視線を此方に戻してきた。

 

『成る程、M-33銀河から帰って来てから、我々は随分君を捜したよ、あの妄想と現実が入り交じる中で、“そこに居ない筈の君が”監視装置に現実の存在として記録されていた……装置に頼らず、最初にそれを見抜いていたクラッシャー少尉代理を称えるべきでしょうな』

 

 顔は大まじめだが、最後、若干の笑いを含んだライカー提督の声に、男の子、クラッシャー少尉代理は、はっとした様に背筋を伸ばして機械をもう一度弄り始める。

 若干頬が紅潮してるみたいだ。

 かわいい。

 

『しかし、“プロミスリング”が現れたと言う事は、新造艦ですか?』

 

(プロミスリング……そう言えば、雷がくれた編み紐がそう言う名前だった様な気がするわ)

 

 少し興味を惹かれた様に訪ねたライカー提督に、ハンソン提督はにっこり笑って頷き、通信士に合図を送った。

 

『ハサウェイ君に繋いでくれたまえ』

『ラ、ライカーさん!い、いぇっ、ライカー提督!は、初めまして、コンステレーション級 U.S.S.ハサウェイです、ブラスロタ星系では“母”がお世話になりました!』

 

 返答した通信士が繋いだ瞬間、元気で早口な声が割り込んできた。

 テレビの右下には四本の筒(多分エンジン)を担いだ娘が映っている。

 しゃちほこばって敬礼する姿が実に初々しい。

 

(なんか、吹雪ちゃんみたい)

 

『……君か、“母上”にはラブリーエンゼル作戦で随分と世話になった、加わってくれてとても嬉しいよ』

『はい、ありがとうございますッ!去年、クリンゴンの国境封鎖作戦でもお世話になったピカード提督も、必ず、お救いして見せます!』

『ありがとう、充分気をつけて、な……ハンソン提督、頼みます』

 

 力いっぱい宣言するハサウェイに優しい笑顔を向けていたライカー提督の顔が、ハンソン提督に目線を動かした時、少しだけ曇っていた。

 

『ああ、君の方も気をつけてな』

 

 敬礼して通信を終えたハンソン提督は、息を吐いて椅子にもたれかかった。

 じっとその顔を見上げている私に気づくと、提督は苦笑いして目頭を揉んだ。

 

『さて、実際の所、我々は勝てると思うかね?』

 

 そう訊かれた私の体は、指を捻って、どこからともなくチョコレートを取り出して口に放り込んだ。

 手首辺りまでしか見えないが、私は白い長袖シャツを来ているらしい。

 

(チョコは……A○Cチョコレートね)

 

『それも見にきた、か、いや結構、また後でな』

 

 ハンソン提督が辞退したチョコレートを口に放り込んで五分と経たない内に警報が鳴った。

 サイコロみたいに四角いものがテレビに映る。

 あれが敵艦らしい。

 拡大されると、デザインに統一性のない雑多な艦娘が10隻程度随伴している。

 どの子も黒い機械がごちゃごちゃとついていて、変わった深海棲艦みたいに見えた。

 

『来たか……』

 

 ハンソン提督の号令を受け、各艦がサイコロ艦とその随伴艦に対峙する。

 いきなり、テレビの画像が切り替わり、つるつる頭のおじさんが大写しになった。

 このおじさんも体中にごてごての機械がくっついて、まるでロボットみたいだ。

 

『私はボーグのロキュータス』

『ああ、ジャン・リュック、ひどいもんだ……』

 

 小さく呟いたハンソン提督に椅子の上から身を乗り出して、握りしめられた拳の上に手を置いてあげる。

 この体勢、地味に苦しい。

 

『シールドを下ろし降伏せよ、お前たちの生物的特性と科学技術を我々のものとする、お前たちの文明は我々に従属する、抵抗は無意味だ』

 

 ハンソン提督は私の手を外すと、頭をくしゃりと撫で、まだ喋っている、つるつる頭のおじさんに向き直った。

 

『残念だよ、残念だ……各艦、交戦を許可する』

 

 また画像が切り替わったテレビの中で、展開した艦娘達が一斉に、光線を発射し、光る魚雷で雷撃する。

 砲声も轟かず、火薬と潮の臭いも無い艦隊戦。

 遠目に見えるのは、光の瞬きだけ。

 ちかちか、ぱぱぱっと光って、ぱーんと大きな光になる。

 まるで花火大会だ。

 現実感が無いのに、艦橋の中で飛び交う状況報告だけが、私には生々しかった。

 ハンソン提督の命令で、味方の全艦が敵艦1隻に集中砲火を浴びせている。

 いっぺんに何百発も光線と魚雷が命中した敵艦がテレビから消えた。

 お返しに放たれた敵艦の光線が、味方の艦娘のシールドを素通りして真っ二つに切り裂き、爆散させる。

 1時間も経たない内に、40隻以上居た艦隊が半数に減っていた。

 テレビの右下に開いた拡大窓が切り替わる度に、大破、轟沈した、艦娘だった欠片が映し出されている。

 私はその中に、特徴のある4本のエンジン筒が付いた艤装がないかこわごわ確認してしまう。

 時間の感覚がはっきりしなくなってきた。

 敵の随伴艦はほぼ壊滅だが、艦隊の損害が大きすぎる。

 普通なら、とっくに撤退している筈だ。

 このままでは、こちらが先に壊滅してしまう。

 いきなり、艦全体が揺れた。

 

『トラクタービームです!』

『全力後退!』

 

 ハンソン提督の命令が飛ぶと、物凄い振動に艦が軋んだ。

 

『駄目です、この位置を保つのが……』

『シールドへ全出力を回せ!』

 

 報告を途中で遮り、ハンソン提督が叫ぶ。

 その瞬間、艦が跳ね上がった。

 

『シールド60%!』

 

 地震の様に揺れている中、機械にしがみついて、士官が叫んでいる。

 

『全艦へ通達!プランB、プランBを実行だ』

『了解、こちらU.S.S.ヤマグチ、全艦、プランBを実行せよ!繰り返す、全艦、プランBを実行せよ!』

『ブラフ、か、やはりジャン・リュックだな……』

 

 ハンソン提督の命令を通信士が全艦に伝達する間も、艦は今にも分解しそうな勢いで跳ねている。

 テレビの画面の中で、生き残りの艦娘と母艦が次々にワープして消えて行く。

 腕を掴まれたハサウェイが引きずられる様にして消えて行くの見て、一瞬気が緩んだ瞬間、私は椅子から放り出されていた。

 床に叩き付けられて息が詰まる。

 でも、意識を他に向けるより早く別の所に放り出され、今度は右腕を激しく叩き付けられた。

 

(ぎゃあ!)

 

 折れたかと思った。

 その後は何回何処をぶつけたか分からない程、転がり続け、しまいには、壁に激しく背中を打ちつける。

 

(痛い!痛い!)

 

 “人間の”体が感じる痛みがこんなにひどいとは思わなかった。

 ちょっと体を打ちつけただけで息が出来なくなる程なら、手足が取れたら死んでしまうのもよく分かる。

 諦めて、床の上にひっくり返って揺れに身を任せているだけでも、体が跳ねるのが止まらない。

 

『シールド、ダウンします!』

 

 最後に大きく一回揺れて止まった時には、壁に両足を乗り上げてひっくり返ってしまった。

 頭は打つし、スカートはめくれちゃうし、最悪だ。

 とは言え、今の私はチェック柄のロングスカートを着てるらしいのは分かった。

 靴もしっかりとしたブーツを履いている。

 ごろりと転がって体を起こすと、テレビの画像が勝手に切り替わって、つるつる頭のおじさん、多分、サイコロ艦の艦長が又映った。

 艦橋のあちこちで光が走り、機械だらけのおじさん達が現れる。

 反射的に動こうとした士官が殴りつけられ、機械に叩きつけられると、たとえるのが難しい、凄く嫌な音がした。

 士官は接合部分から折れた機械の上にぐったり伸びて、動かない。

 私は腕を掴まれ、無理矢理立たされた。

 首を動かすと、無表情な機械おじさんと目があう。

 身長が違いすぎて、上がりすぎた肩が痛い。

 

『生命体19216811、お前を同化する』

『ジャン!ジャンリュック!』

 

 艦長席を掴んで身を起こした、ハンソン提督が叫ぶ。

 つるつるおじさんは、ちらりと目だけを動かして、すぐに私に目を戻した。

 

『貴様の過去の戦術パターンは解析ずみだ、おまえは同化しない』

 

 つるつるおじさんが私を見る目、凄くぞっとする。

 まるで、深海棲艦に睨まれてるみたいだ。

 首の後ろがちくっと痛くなり、そこが何か、あつくて、肉がねじ切れる様に痛くなる。

 勝手に筋肉が引き連れて、左肩と頭がくっつきそうに引きつった。

 口が大きく開いたけど、悲鳴が出ない。

 

(何か注射された!)

 

 私が苦し紛れに足をばたばたさせると、ブーツの踵が何か硬い物に激しくぶつかった感触がして、足が地面についた。

 暴れに暴れていると、掴まれていた手が外れ、私は床の上を転がり回る。

 

『大丈夫だ、大丈夫、かわいこちゃん、目を開けて、大丈夫だから、頼む、目を開けてくれ』

 

 顔を撫でられている感触がする。

 瞬いて、目を開けると、ハンソン提督に抱えられていた。

 身体が熱っぽくて、視界がぼやける。

 ハンソン提督が機械おじさんを振り払う。

 

『邪魔するなジャン、今更、逃げられんさ』

『私はロキュータス、そうだ、お前達は同化される』

 

 私は抱っこされて運ばれる。

 なんと、お姫様だっこだ。

 

(でも、おじいちゃんなんだよなぁ)

 

 一人前のレディとして相応しい運ばれかただけど、こう言うのは、恋人とか、結婚した提督にして貰う事だ。

 

(あ、でも、おじいちゃんも提督だっけ)

 

 おじいちゃんが腰を下ろして、私を抱えると、艦長席に運ばれた事が分かった。

 艦橋にいる士官達は、みんな緊張した顔で、じっと持ち場で周りを伺っている。

 機械おじさん達が見張っていて動けないのだ。

 テレビにはサイコロ艦が映っていて、そこから伸びた青いビームが画面全体を青く染めていた。

 捕まっているのだけは分かる。

 

『この艦一隻だけとは、お前にしては随分と少ない戦果じゃあないかね、ジャン・リュック?』

『貴様が撤退させた艦は再集結して戻ってくる、進路変更は非効率的だ、最後にはお前達は同化される』

 

 やけに陽気な声で話しかけたハンソン提督につるつるおじさんは冷たく返し、また、ぞっとする様な目でこっちを見た。

 身体の中で、何か蠢いている様な嫌な感じがする。

 勝手に開いた口が、痙攣する舌を食いちぎる前に、指が差し入れられた。

 口の中に、鉄さびみたいな味が広がってゆく。

 ハンソン提督は少しだけ顔を顰めながら、私の前髪を払って何か囁いている。

 でも、身体の方の意識が朦朧としているせいか、聞き取る事ができない。

 顔を撫でられている感触の方がはっきりとしている。

 

『生命体19216811を同化した事により“艦娘”が建造可能になる、ドローン・ハンソン、おまえがこの情報を持って帰るのだ』

 

 次に意識が戻った時に聞こえたのは、つるつるおじさんの声だった。

 ハンソン提督は、大きなため息をついた。

 

『嘆かわしいな、連邦最高の提督を取り込んだ挙げ句がその程度か、私が情報を持って帰ろうが、お前が“代弁”しようが、我々は諦めんぞ、何故その程度が分からない』

『抵抗は無意味だ、何故理解しない』

『ほう、ボーグが“何故”とはな、聞いたより進歩的だな』

 

 つるつるおじさんの応えに、ハンソン提督が小さく呟いた。

 その間、私の身体は寒気で震えっぱなしだったけど、身体の中のもぞもぞが、だんだん酷い胸やけに変わり、その内、凄い吐き気になる。

 身をよじっておじさんの膝の上から抜け出し、私は床の上に色々と戻してしまった。

 最悪だけど、トイレどころか、流しだってどこにもないんだからどうしようもない。

 駆け寄ろうとした、青いピチピチ服の人が機械おじさんに抑えつけられている。

 背中を撫でられながら胃が口から出てきそうな程吐いた私は、ハンソン提督に助けられて身体を起こした。

 提督の左手の親指から、血が出ている。

 

『大した事は無いさ、君は大丈夫か、気分は?』

 

 歯形の形に出血している指を見ている私の頭を撫で、ハンソン提督は微笑んだ。

 言われてみれば、吐いたら、なんだか凄くすっきりしてしまっている。

 ただ口の中が苦くて気持悪い。

 と、思っていたら、私の身体はどこからともなく青色に光る瓶を取り出して、よく分からないけど爽やかな飲み物を飲んで口の中を洗った。

 ハンソン提督の方を見て、にっこり笑うと、私は画面のつるつるおじさんを瓶の口で指し、大きく口を開いて舌を出せるだけ突きだす。

 あかんべぇ、というやつだ。

 隣でハンソン提督が軽く噴き出し、ブリッジが若干ざわついた。

 

(何で自分の声が聞こえないのかしら?)

 

 何か言ってるっぽいのに聞こえないのが、こうなると、たまらなく気になる。

 

『おまえらの答えはつまらん、ね、アレでも、ジャン・リュックはアカデミー時代は大した色男だったもんだがな、若い娘は残酷なもんだ』

『生命体19216811、お前は回収し同化する、同化できないのであれば破壊する』

 

 私は両手を頭の横に持ってきて指をひらひらさせ、もう一発あかんべぇをかます。

 

(なんて下品なのよ!)

 

 相変わらずレディにあるまじき仕草だが、正直ちょっとだけすっきりした。

 結局、この身体は大した事は喋ってないらしい。

 しかし、ヘンな薬を断りも無しにレディに注射するなんて、“ゆるされざれるつみ”だ。

 表情を変えずに見ているおじさんからぷいっと顔を背けて、私は、艦長席に戻っていたハンソン提督の膝上に上がり込んだ。

 もう、サイコロ艦はテレビ画面一杯に広がっている。

 ここまでくると、開口部に誘導されているのがよく分かった。

 鹵獲されてしまったら“同化”とかされてしまうのだろうか。

 何だか、凄く嫌な感じの言葉だった。

 戦利艦として連れて行かれた響の事が思い浮かんだけど、それより余程悪い事に違いない。

 がくんと大きな揺れがあって、動きが止まった。

 入港したみたいだ。

 

『お前達の同化を開始する』

『老人の長話に付き合ってくれて感謝はするが、ホストしては及第点はやれんなぁ、ジャン・リュック』

 

 ハンソン提督は艦橋を見回して、多分、士官達に頷いた。

 

『ありがとう……ウィル、任せたぞ』

 

 機械おじさんが近づいてくる。

 ハンソン提督は顔を上げ、つるつるおじさんに笑いかける。

 凄く、寂しそうだった。

 

『ジャン・リュック、自分を取り戻せ、お前ならできるさ……』

 

 首を反らして顔を見上げていた私を見て、ハンソン提督は頭にぽんと手を置いた。

 

『お嬢ちゃん、“約束”を頼む』

 

 私は伸び上がって、ハンソン提督の頬に軽くキスをしてあげる。

 私の中で何かが膨れあがり、弾けた。

 強い光で全部真っ白になって、じわっと滲んだ暗がりに消えてゆく。

 どこまでも落ちて行く私を背中から抱き留め、誰かが耳元で囁いた。

 

『“コイツ”デハナイ、“ココ”デハナイ』

 

(誰?)

 

 私の黒髪と、混ざってたなびいている白髪を見ながら、意識が遠ざかって行く。

 

 意識を取り戻して目を開けると、空に太陽が輝いていた。

 波の音が聞こえる程の静寂の中、砂浜を踏みしめる足音が耳に響く。

 サングラスをかけているらしく、ちょっと、視界が琥珀色っぽく色づいている。

 これが無ければ、砂浜の照り返しが結構きつかったかも知れない。。

 引き揚げられて、FRPがケバケバになった漁船の間を抜け、沿岸道路に上がる。

 風化したアスファルトはあちこちが裂けてひび割れ、雑草が塊になって茂っていた。

 取りあえず、今度は地球の上に居るみたいだ。

 左右を見回しても、車がきたり、誰か歩いているのは見えなかった。

 かなりさびれた町、と言うか村みたいだ。

 適当に右を選んで歩き出すと、コンビニが見えた。

 近づいて半開きになった自動ドアから覗き込んでみると、薄暗い店内は地震にでもあったみたいに散らかっている。

 全部灰色の埃まみれで、蜘蛛の巣まではっていた。

 放棄されてから大分経つらしい。

 良く見たら、ガラスもかなり煤けている。

 そのまま歩き続けたが、沿岸には人っ子一人居ないみたいだった。

 海沿いの建物にも、全然人気が無い。

 

(避難でもしてるのかしら?)

 

「ふむ」

 

 やけに野太い声にちょっとどきりとした。

 そう言えば、今回はやけに周りが小さく見える気がする。

 今の身体は、かなり背が高い男の人らしい。

 しかも、声からすると、結構お年寄りみたいだ。

 さっきのガラスがあれだけ煤けていなければ、顔も見えた筈だけど、仕方が無い。

 身体が違うのを意識してみると、何か色々と装備をつけているのが分かった。

 腰に幾つか袋を下げているし、背中にも何か大きなものを背負っているらしく、微かに金具の音がしている。

 人間には相当な重さの筈だけど、この人は全然平気そうだ。

 人気の無い海岸通りを抜け、アスファルトが割れ、あまり手入れされていない県道を上り、ぼろぼろのコンクリ敷きの脇道に入る。

 トラックが充分通れる幅があるけど、好き放題にススキや猫じゃらしみたいな雑草が生えているので、邪魔になりそう。

 

「こいつは使われなくなってから大分経つな」

 

 この体の人はここを知っているらしい。

 緩やかに下る道なりに進んでいくと、大きな門が見えてくる。

 観音開きじゃなくて、横から車輪付の重たい柵を引っ張って閉める本格的なやつだ。

 

「何があった……」

 

 柵はへしゃげて横転していて、守衛さんの小屋は焼けている。

 地面に転がっている看板には、“有限会社 山代運送”と書かれていた。

 突然、目の前が明るくなった気がした。

 土埃の上に残された足跡が光る様にくっきりと見える様になり、漂う臭いは、まるで煙が立ち上っているのが見えるみたいに感じられる。

 まるで超能力みたいだ。

 真っ黒に焼けた、小屋をじっくりと検分する。

 あんまり、じっくり見たいものではないのだが。

 

「外はかなり焼けているが内部への延焼は見られない、内部の人間は逃げられなかった様だな、壁に開いているのは銃痕、随分と大きい、拳銃弾ではあるまい、小銃弾という奴だな、しかも、縫い目みたいに規則的に孔が開いている、自動小銃か……ふむ、複数の方向から一度に撃ち込まれている、角度から見て、襲撃犯は少なくとも5人以上、しかし、死体が無いな、誰かが片付けたか」

 

 感覚が鋭くなるだけじゃなくて、推理も早い。

 

(でも、凄いひとりごとだなぁ)

 

 たぶん、この人、結構なおじいちゃんだ。

 電も、お年寄りは独り言が多くなると言っていた気がするし。

 守衛小屋の横を通って敷地に入ると、ロータリーになった前庭を挟んで正面に事務所があって、右手は駐車場兼荷捌き場、その横は倉庫になっているのが見える。

 ロータリーには前部分がぐしゃぐしゃに潰れたトラックが放置されていた。

 

「馬の要らない馬車か、あの子が来たのはここではなかったろうがな」

 

(誰のことかしら?)

 

 取りあえず事務所の方に進み、粉々に割れたガラスを踏みしめて、中に入る。

 軽く身を屈めた所を見ると、この人、本当に背が高いみたい。

 この入り口、私と響で肩車しても悠々と通り抜けられる位の高さはあるし。

 事務所の中も滅茶苦茶だった。

 椅子はなぎ倒されているし、机も蹴倒されたり、ひっくり返ってるのまである。

 そして、カーペットにはべったりと黒い染みがあちこちに染みついていた。

 しゃがみ込んで、薬莢を一つ拾い上げる。

 緑色の錆を吹いているそれは、頭の所できゅっとくびれた形をしていた。

 ライフルの薬莢だ。

 よくよくみると、沢山落ちている。

 

「滅多矢鱈に撃ちまくった様だな、壁に随分と喰わせた所を見ると、威嚇か……いや、床の血糊を見ると、這いずった先で何かが飛び散った後になっている、念入りなとどめの跡だ、未熟な新兵の仕事、そう、熱に浮かされた新兵だ」

 

 痕跡を追っていくと、部屋中に似た様な痕跡が残っていた。

 幾つも見れば、私にだって少しは分かる。

 どの痕跡も、入り口から逃げようとしている。

 一つも、立ち向かっているものがない。

 

「ふむ」

 

 おじさんは、腰から何かを外した。

 凝った作りのランタンだ。

 灯りが漏れない様に、シャッターみたいな覆いがついている。

 

(ヘンなの持ち歩いてるなぁ)

 

 今回の身体の人は、本当に変わった人らしい。

 ランタンの覆いをずらすと、中からぼんやりとした緑色の光が漏れ出した。

 何かに驚いて立ち上がった人が尻餅をついた、それを見た女の人が悲鳴をあげ、倒れた。

 遅れて立ち上がり、背を向けた人は背を震わせて前のめりに倒れた。

 床に倒れて、ゆっくり這うその背中が何回か揺れて動かなくなる。

 緑色で半透明に透けた人々が繰り返す、死の瞬間を、私はただ、ぼーっと見ていた。

 

「ここでも使えるか……キーラには何か、化粧品でも土産にしてやらんといかんな、しかし、武器を持っていれば反射的に抜こうとする、それが出来ない程、完全な奇襲、或いは全員丸腰だったか、ここも死体は片付けられている、どっちが片付けたんだ」

 

 事務所の奥に行くと、カーペットの色合いが違う場所があった。

 

「ほう、金庫ごと持って行ったか、派手な物盗りだな」

 

 事務所から出て、駐車場の方に行ってみると、山代運送と書かれたトラックが一台だけ残っていた。

 穴だらけになって焼けている。

 

「5、6台はあった筈だがな……さて」

 

 荷さばき場の段差へ軽く跳び乗ると、ここにも血溜まりと、弾痕が残っていた。

 荷物も開けられた段ボールが幾つか転がっているだけだ。

 他は持って行かれたらしい。

 

「手当たり次第だな、だが、目的はここじゃあるまい、これだけの殺しと軍用の武器、ちんけな倉庫荒らしでは割に合わん、盗人もその辺は気に掛けるものだ」

 

 荷さばき場の台を飛び降りて、倉庫に入ると、黴臭い臭いが鼻をついた。

 昼間なのに、灯りがないとかなり薄暗いと思うけど、この人の目で見ると、昼間みたいにはっきりと見える。

 他と同じ様に荒らされている中の痕跡を辿ると、奥の昇降機に辿り着いた。

 昇降機は下に降りたままになり、手すりに縛り付けられたロープが垂らされている。

 地下にも倉庫があるらしい。

 

「動かんだろうな、しかし、こいつは古い……」

 

 下を覗き込んだおじさんは、腰から新しいロープを取り出して、素早く手すりに結びつけ、下へ滑り降りた。

 地下の扉は、内開きの耐爆ドアで、開いたままになっている。

 

「ここの銃痕は二方向から穿たれている、ここに来て、ようやく抵抗にあった訳か」

 

 言われて、壁の銃痕に注意すると、確かに内側と外側から刻まれているのが分かった。

 爆発物が炸裂した跡まであった。

 壁に突き刺さった金属の欠片を指でなぞり、顎を撫でる。

 

「新兵とは言え、これは完全に軍隊の仕業に違いない、この国で軍隊と言えば、自衛隊だけだった筈だが、しかも、ここは国の所有する施設だった、分からんな」

 

 緑色のランプで照らしながら進んで行くと、応戦しながら次々に撃ち倒されていく人影が映り込んだ。

 その中には、艦娘まで混じっている。

 撃ち抜かれた身体がぶれて消滅し、地面に艤装が投げ出された。

 狭い施設の中では艤装を展開できない。

 艤装の火砲で撃たれなくても、妖精さん付きの拳銃で撃たれたり、刀で身体を刻まれれば艦娘も傷つき、死ぬ。

 

「襲撃した連中は、艦娘がここにいる事を知っていた、その上で、艦娘を殺す為の武器を用意した、“妖精さん憑き”の武器は妖精鍛冶の一品ものだ、そんなもの、簡単に手に入るもんじゃない、ただの物盗りではありえん」

 

 奥に進んでいくと、激しい戦闘の痕跡があちこちに残されていた。

 

(ここ、鎮守府だわ)

 

 地下に広がっていたのは倉庫じゃ無くて、通信設備に工廠、作戦室に待機室、ドックに艦娘用入渠設備。

 どれも、鎮守府には必須なものだ。

 地上の施設はどれも目隠しの為のもので、ここはヒミツ基地だったのだろう。

 

(ヒミツ基地とか、わくわくするんだけど……)

 

 普段なら、そう思えるのに、どの場所も銃痕と血痕、爆発の跡。

 古戦場に迷い込んだ様な、居心地が悪い感じがして、おしりの辺りがもぞもぞする。

 

「妙だな、地上の徹底した略奪と破壊に較べて、ここはやけに手つかずだ、使おうと思えば、どれも使える」

 

 備蓄品倉庫の中で段ボールを開けてみると、重油のミニドラ缶がぎっしりと詰まっていた。

 振ってみると、たぷんたぷんと揺れる感触がする。

 蓋を開けて嗅いでみると、新鮮では無いが、いつもの重油の香りがした。

 修復剤の入ったバケツ容器も同様だ。

 

「妙だ、新しすぎる」

 

 蓋をして、ひとまず重油缶とバケツを腰の袋に入れ、奥へ進む。

 奥から空気の流れと一緒に、霧の様に潮の香りが流れ込んできている。

 途中から、壁がコンクリから自然岩に変わった。

 ここまで来ると、微かに水音も聞こえている。

 海が近いのだ。

 幾らも進まない内に広い空間に出た。

 天井の高い洞窟に、穏やかな波の打ち寄せる桟橋。

 隠し港だ。

 

「もう一度使うには、ちょっいと工事が要るな」

 

 天井は一部が崩れて、そこから光が差し、多分、出入り口だった筈の場所は崩落が起きて半ばまで埋まってしまっている。

 多分、艦砲射撃のせいだ。

 少し眺めた後、隠し港の横にある鳥居をくぐる。

 鳥居の先は、又、別の洞窟になっているらしい。

 

(ここって)

 

 何となく分かった。

 同じ様な雰囲気のある場所は、どの鎮守府にもある。

 

 ここは、お墓だ。

 

 洞窟を進むと、広く掘り抜かれた空間になっている。

 おじさんが指を変わった形にひねると、置いてあったロウソクに火が付き、うっすらと周囲が明るくなった。

 

 沢山のお墓があった。

 

 どのお墓も、壊されて中身が無い。

 なんで、こんなに酷いことができるんだろう。

 みんな、人を守る為に、戦って死んだ筈なのに。

 

(なんで、どうして……)

 

 艦娘のお墓を荒らす悪い人が居るのは聞いた事があるし、ペンキでイタズラされたって言うニュースも見たことはある。

 でも、私の知っているお墓は基地の中でいつも綺麗で、大事にされていた。

 おじさんがしゃがんで、墓石を確認している。

 白露、初雪、沖波、文月、球磨、隼鷹、摩耶、艦名と、“人間としての”本名が並べて彫られていた。

 一つ一つ、じっと、全てを確認する。

 私は頭がぼんやりしてしまったが、しばらくすると、おじさんが明らかに誰かのお墓を捜している事に気がついた。

 でも、最後のお墓を確認するまで止まらなかったので、その誰かのお墓は見つからなかったらしい。

 

「どの墓も中身が根こそぎになっている、目的は艦娘の艤装か……しかし、死んだ子の艤装を何に使う、何故だ」

 

 しばらく呟いていると、急に緑色の光で足下が照らされた。

 ランプの覆いが勝手に開いている。

 

『あら、本当に帰って来るなんて、思ったより優しいのね』

「思ったより、か、死人と言うのは中々辛辣だな」

 

 視線を上げると、まるで日本画の幽霊みたいに、両手を胸前で垂らしている子が立っていた。

 

『流石に驚かないわね、フフ……ウフフフ』

「喋る死人には、少しは慣れているんでな」

 

 片眼を完全に隠した直角の前髪に、さらさらの長い髪の毛。

 今はぼんやりした緑色だけど、多分、生きてる時には綺麗な黒髪だったに違いない。

 

(夕雲さん所の、早霜ちゃん)

 

「丁度いい、何があったか教えてくれるか」

 

 素で幽霊に情報を聞こうとするこの人も、かなりどうかしてる。

 早霜ちゃんも、呆れた様に軽くため息をついて、うらめし風の手を止め、前髪を軽く持ち上げた。

 そこに、目は無かった。

 目玉が入っている筈の孔は爆ぜた様な歪な傷孔になって、向こう側が見えている。

 

「襲ってきた奴らにやられたのか」

『付き合いが悪いのね、お義理でも驚いたふりをするのが幽霊への礼儀よ……フフフ、違うわ、最後の戦闘の至近弾で頭が半分無くなっちゃったの』

 

 早霜ちゃんは、しゃがみ込んだ。

 頭の上は見えたけど、幸い、死んだ時の状態の再現は止めちゃったみたい。

 

『撃たれて、砕かれて、燃えてしまった私を、朝霜と清霜はそれでも連れて帰ってくれたわ、ここに埋めて、お供えをくれて、時々、話しかけてくれた、あの人も来てくれた』

 

(あの人って、誰かしら?)

 

 足下の墓石には、“早霜”と彫られていた。

 本名は砕けてしまっていて見えない。

 

『ここを襲ったのは深海教の連中よ』

「深海教だと?」

『……ふふっ、やっと驚いた』

「おい」

 

 くすくす笑う早霜ちゃんに、おじさんはお手上げして見せた。

 

『私が見たのは深海教の連中、騒ぎが収まってから、ここにやって来て、私達のお墓を壊して、みんなの身体を持って行ったわ』

「やはり艤装が目当てか、しかし、何だって、その、“深海教”って奴らは、艦娘の“遺体”を持って行ったんだ、まさか、ゴーレムかなんかでも作るつもりか」

 

 至って真面目に呟くおじさんの言葉に、早霜ちゃんは噴き出した。

 

(うわぁ)

 

 油断したからなのか、頭半分がない姿が一瞬ぶれた。

 正直、怖いから止めて欲しい。

 

『お供え物よ、深海教の連中は、私達を捧げれば、“深人類”に“深化”して、救われると信じているのよ、私達は、人類の自然との一体化を妨げる“進化に反する種”だそうよ』

 

 呆れた様な口調だったけど、何だか、早霜ちゃんの顔は凄く寂しそうだった。

 

「率直に言って、訳がわからん事は良く分かったが、そいつらは沢山居るのか」

『あなたが居た頃から、本当は居たのよ、居なくなった後に増えたの、沢山ね』

「もしかして、そいつらは、深海棲艦を呼び込んだりできるのか?」

『私が“生きてた”時に、そんな噂を聞いた事があるけど、どうかしら』

「成る程な」

 

 黙り込んで顎を撫でているこちらを、早霜ちゃんはしゃがみ込んだまま、上目遣いに見上げている。

 物憂げな顔をしたままの上目遣いは凄く色っぽくて、こんな状況だというのに、私はどうやって真似しようかなと考えてしまった程だ

 

『朝霜ちゃんね、ここに来て、毎日言ってたわよ』

 

 おじさんは黙っていた。

 

『あなたは絶対に帰ってくる、帰って来た時に、情けない“選択”を見せる訳にはいかないって』

 

 いつの間にか、立ち上がった早霜ちゃんの顔は思ったより近かった。

 ホントに近い。

 

『最初、たった4人のあなたの“同類”だけ、でも最後には友達みんなと力を合わせてあなたの“小さな女の子”の為に戦ったお話、話してあげたでしょう……あの子、あいつは、たった4人になっても諦めなかった、負けてられるかって、歯を食いしばっていたわ』

「あの子は何処にいる」

 

 じっと目を覗き込むと、早霜ちゃんはすっと、離れた。

 

『私の所に最後に清霜と来た時ね、あの子、あなたのくれたあの剣を背負って、街に行くって言ってたわ、生き残りが街に連れて行かれたから連れ戻すって……ああ、あの子達を止めたかった、でも、私死んじゃってたから』

「君のせいじゃない」

 

 おじさんの言葉を聞いた早霜ちゃんは、何故か凄い目で睨んできた。

 

『そうね、あなたのせいかしら』

「かも知れん」

『……あなた、腹が立つ位優しいわ……街へ行くの』

「ああ、あの子の“選択”を見なければならんからな」

 

 軽く背を揺すると、二本の金属が触れあう微かな音が聞こえた。

 

『一つ、頼んでもいいかしら』

「何だ」

「街に行く途中、港があるけど、そこにまだ男の人が居るわ、多分、釣りでもしているのかしら、あの人、好きだったから」

 

 くすくすと笑う早霜ちゃんは、本当に可愛かった。

 でも、何だか、凄く悲しい気持ちになる。

 なんでだかは分からない。

 

『そこの、お墓の下に私のリボンが挟まっているんだけど、それを渡してあげて欲しいの……あからさまに、嫌そうな顔するのね、本当に礼儀知らずだわ』

 

 どうも、おじさんは相当渋い顔をしてたみたい。

 

「いや、すまん、ちょっと昔な、同じ様な手を使って呪縛を逃れようとした地縛霊がいてな」

『あら、そう言えば、朝霜ちゃんがそんなお話しをしていた気がするわね、では、だめかしら』

 

 寂しそう顔で手を下ろした早霜ちゃんの前でおじさんは腰を落とし、軽々と墓石を傾けて、下からリボンをそっと取り上げた。

 

「君は、最初から話をはぐらかさず、自分の見聞きした記憶について話してくれた、騙そうとする化け物は、そんな真っ当なしゃべり方をしないものだ」

『ふふっ……あなた、やっぱり甘いわ、でも、ありがとう』

 

 丁寧に埃を払って、リボンをしまうおじさんに早霜ちゃんは微笑み、消えてしまった。

 

「街か、ここいらで、それなりに大きな街と言えば、一つしか無いな」

 

 目眩の様なかんじがして、意識が戻った時には、もう、波止場を歩いていた。

 時間が飛んでしまったらしい。

 もう、驚く程の事でも無い気もする。

 周りに注意をうつしてみると、波止場には、魚市場と多分観光客の為の土産物屋とレストランが入った建物がある様だ。

 

(観光施設ね、ぎょーせーがお金を出して、こういうハコモノを作っちゃうのよ)

 

 一人前のレディは、社会情勢にも詳しいのだ。

 ハコモノ施設の先にヨットハーバーがあり、そこまでの道はボードウォークになっている。

 中々、オシャレだ。

 今日は良いお天気だから、お散歩したらすごく気持ちいいだろう。

 とりあえず、観光施設に入ってみると、やっぱり結構荒らされていた。

 机はちゃんと並んでないし、椅子は蹴倒されてるし、レジは壊されて中身が無い。

 又、突然、目の前が明るくなった気がした。

 おじさんが感覚を増幅したのだ。

 

「食品の腐敗臭が無いのと埃の堆積から見て、放棄されたのは大分前の事だな、複数の人物の足跡、どれも違う埃の積もり方をしているのを見ると、別々の時期に侵入者があった様だ、荒らされた状況をからすれば、物資の略奪目的に違いない、しかし、血痕がない所を見ると、ここでもめ事は起きていない様だな」

 

(やっぱり、ひとりごとが癖になっちゃってるのかしら?)

 

 周囲を更に見回すと、おじさんは別の足跡を見つけたらしく、しゃがみ込んだ。

 

「複数の足跡、女が一人と男が二人、これは比較的最近のものだな……女は杖をついている、だが、足を引きずった跡はない、護身用の武器か装飾品か、連中はそこの椅子を立て直し、向かい合ってしばらく休憩した」

 

 確かに、椅子の周りの床には引きずった跡があって、それを、うっすらと埃が覆っている。

 テーブルの上に視線を移して、顎に手を当てる。

 そういえば、この身体は結構厚い手袋をしてるみたい。

 いまさらだが、結構長いヒゲが生えてるみたい、ふさふさだ。

 

「左に男達が座り、右に女性が座った、男達の座った側の床には、ほう、それぞれに銃床の跡か、休憩の為、銃を机に立てかけ、一度綺麗にした……こんな場所で休憩とはな、天気が悪かったか、人目に触れたくない事情があるか、余り真っ当な稼業の人間ではないな」

 

 外にでて、ボードウォークの方に行こうとすると、防波堤に人が座っているのが見える。

 初めての、生きている人影は白い髪をしたお年寄りだった。

 近づいていくと、椅子に座って釣りをしている様だ。

 バケツの中には、何匹かアジっぽい魚が入っている。

 早霜ちゃんが言っていたのはこの人に違いない。

 

「釣れるか?」

 

 声をかけると、丁度、竿が上がった。

 又、一匹アジが追加される。

 

「悪くはねぇな、もう、他に釣るヤツもいねぇから、よく釣れるぜ」

 

 おじいさんは振り向きもせず、手に持っている瓶からお酒を飲んだ。

 今の身体は、栓が開いてるだけでお酒の臭いがはっきり分かる。

 あんまり呑まないから銘柄は分からないけど、ウィスキーだ。

 

「ライ・ウィスキーか、昼間から中々強いのをやっているな」

「銘柄を選べるご身分じゃ無いもんでな」

 

 おじいさんはようやく、隣に立ったこちらに目を向けてきた。

 

「このご時世に海に来るなんざ、自殺願望でもあんのか、まぁ、もう、若ぇ身空でどうこうとか言われる年じゃねぇのは確かみてぇだが」

「そりゃお互い様って所だな、あんたはどうなんだ」

 

 おじいさんは、又お酒を飲んだ。

 かなり酔っ払いの臭いがする。

 もう、かなり呑んだ後みたいだ。

 

「波が浚ってくれるのをまってんのよ、ヤツらがデカい顔してやがっても、海は海よ、クソ共しか居ねぇ陸(おか)でおっちぬのはごめんだからな」

「ヤツら、深海棲艦か」

「あん、それ以外に何が居るってよ?」

「艦娘が居るだろう」

「居ねぇよ、大本営が無くなってから二十年以上経ってんだぞ、俺たちゃ、負けたんだよ」

 

(二十年!?)

 

 おじいさんが黙り込み、始めて胡散臭そうな顔で、こっちをまじまじと見つめた。

 

「妙なもん担いでるじゃねぇか、段平二本、しかも、片っぽは妖精さん付きたぁな、“艦娘狩り”の賞金稼ぎか」

「“艦娘狩り”だと、聞いた事がないな」

 

 大宇宙の艦隊戦の後で、鎮守符の廃墟に、ヘンな宗教と幽霊。

 そろそろびっくりのタネは尽きたと思っていたのに、流石に大本営が無くなったって言うのにはもう一度びっくりさせられた。

 

(艦娘狩りって何よ、失礼しちゃうわ!)

 

 しかし、このおじさん、早霜ちゃんの事を、伝えてあげる気はあるのだろうか。

 

「ばっくれんじゃねぇよ、今時、艦娘殺しの武器を持って海沿いをうろつく様なヤツが、真っ当な商売してる訳がねぇ、大方、“深海教”の賞金に目が眩んだごろつきってとこだ」

「まて、“深海教”って言うのは何なんだ」

 

(うわぁ、白々しいなぁ)

 

 私の身体が指先をさささっと動かすと、うっすら逆三角の模様が宙に浮かんで、おじいさんの目がとろんとなった。

 

「言え」

「キチガイ共さ、深海棲艦が海から現れた神様だと崇めてやがる」

 

(あ、これ、すごい便利だ)

 

「もっと詳しく、何処から湧いて出たんだ」

「元は、自然保護団体だったらしいな、可愛そうなクジラを殺すな~、ってヤツよ、深海棲艦の出現は、クジラの虐殺を止めない日本人の蛮行が招いた海の怒りで、深海棲艦共は海神の使者、それに対抗する艦娘が日本からしか現れないのが何よりの証拠だとか抜かしてな」

 

 何だか、聞いてて頭が痛くなってきた。

 名前だけでも頭がおかしいのに、中身はもっと頭がおかしい。

 

「どんな馬鹿げた教義でも、困窮した民は“救い”があればすがるものだ」

「ああ、そうだ、最初はみんな笑ったさ、当の自然保護者の間でだって物笑いの種になったもんだ、だが、深海棲艦と“話せる”子供を教祖様にして孤島に移り住んだ奴らが居てな、あれが間違いの始まりだ、放っときゃ良いものを、国連サマの御声掛かりで“救出作戦”をやってな」

「ほう、どうなった?」

 

 おじいさんは首もとを親指でついっとなぞった。

 

「連中、抵抗の挙げ句に集団自決しやがってな、しかも、周囲に集結した深海棲艦共が救出艦隊を迎撃する所が、如何にも連中を保護してるみたいに見えてなぁ……それが、全世界に中継されちまった、深海棲艦の横で死んでる“教祖様”も含めてな」

「殉教者か、一の敵を殺して、一万の敵を作った訳だ」

 

 “深海棲艦”と“お話し”する。

 果たしてそんな事が出来るのだろうか?

 駆逐級、軽巡級辺りはいくら何でも無理そうだし、それ以上の、人型をしてるのも言葉を発しているのは聴いたことがない。

 鬼、姫級になると喋るらしいけど、一方的に喋るだけで、会話が成立しないと聞かされている。

 

「ああ、後のこと考えりゃ、そうだな、一万位で済みゃ良かったんだが……世界中のあちこちで似た様な事をやる馬鹿が増えた、普通にくたばった奴らも居たがな、確実に増えてやがったのさ“深海人間”共がよ」

「深海人間、又、妙な響きだな」

 

 深海人間、まるで、怪奇映画のタイトルみたいだ。

 

「今じゃ、“深海提督”とか、“海神の御子”とか呼ばねえと信者にぶちのめされるぜ、連中のお陰で、俺達は海だけじゃなく陸(おか)でもやり合わなきゃならなくなっちまった、“海との共存”をお題目に掲げるスパイ、テロリスト共とな、提督、艦娘、整備員、鎮守符に関わる全員、おちおち町を歩けなかったよ……今じゃ、歩く艦娘がいねぇがな」

 

 おじいさんは一息ついて、お酒を一口呑んだ。

 

「次は鎮守符、いや、“艦娘を支援する者”が徹底的にマトになった、人も、組織も、国もだ、結局、最初に“寝返った”のは“オーストラリア”だったよ、南極を奴らの領土にする条件で最強の海軍を手に入れたって訳だ、旗色が本格的に悪くなったのは三十年も前の話よ、その頃にゃ、ニュージーランド、オランダ、フィンランド、数えるのもめんどくせえ国が、奴らの側になってた、日本の原発が砲撃食らって吹っ飛んだ時にゃ、天罰が下った、神の鉄槌だの、ひでぇ、もんだったよ」

 

 おじいさんは又、一息、今度は少し長く、お酒を呑んだ。

 

「最初は、通りすがりのガキに石を投げられる程度だった、次は、銃で撃たれた、燃料に糖蜜を混ぜられた事もあったな、あいつは、俺たちゃ何の為に……」

「昨日パンを売ってくれた農民が翌日には腹をフォークで串刺しにしてくる、恐怖に駆られた人間はそう言うものだ、宗教、イデオロギーが絡めばもっと厄介な事になる」

「経験がありそうだな」

「好き好んでじゃ無いがな、所で、“深海教”とやらの“艦娘狩り”って言うのは何なんだ」

 

 何だか嫌な話しだし、長いから疲れてきていたけど、丁度いいタイミングで方向修正を入れてくれた。

 この身体、結構口がうまい。

 

「いくら、大本営が無くなって、日本が降伏しようが、諦めの悪い連中は居るし、艦娘も建造されずに産まれる事だってあるからな、駆逐、軽巡なら十万、二十万、重巡、軽空母なら四十、五十、戦艦、正規空母ならヒト桁増えるってな、提督なら家が建つらしいぜ、生かして捕まえりゃ倍掛けってな、クソが」

「残兵狩りか、しかし、生かして捕まえると報酬が上がるって事は、連中、尋問する事でもあるのか」

 

 顔を真っ赤にして怒りながら、おじいさんは、又一口のんだ。

 これじゃ、怒ってるんだか、呑み過ぎなんだか分からない。

 

「艦娘は“深海さま”の生贄、提督は“教化”すんのさ、踏み外した道をうんたらかんたらすりゃ、新しい“深海人間”の出来上がりってな」

 

 しばらく黙っていたあと、しゃべり始めたおじいさんの口調は結構落ち着いていた。

 でも、そっちの方がかえって怖い。

 

「成る程、よく分かった、しかし、あんた随分と連中に批判的みたいだが、危なくないのか」

 

 確かに、この人からは“深海教”って言うのが嫌いって言うのは、よく伝わってくる。

 

「気が触れた老いぼれだと思われとるからな、真っ当な人間なら、今日日、海岸線になんざ来ねえよ、確かにここん所妙に静かだがな、まぁ、もうどうでもいいこった」

 

 私の体はおじいさんの足元に小瓶を置く。

 薬瓶みたいだ。

 

「そうか、ここのじゃないが、こいつもライだ、口に合うといいがな」

「腹に効くなら歓迎するぜ、まぁ、気をつけろ、確かに何か妙だ、狂っちまった世界以上に妙なもんがあるかっていやわかんねぇがな」

「ああ、気をつけよう、あと、こいつは“早霜”からあんたへだ」

「なんだと」

 

 思いがけない事を言われて、感情が溢れてしまった人の顔はちょっと怖い。

 心配になるくらい震える手で、白いリボンを受け取ったおじいさんの顔はそれを確かめるうちに、くしゃくしゃに歪んでいた。

 

「早霜ぉ、本当に、そうなのか、どこだ、何処から、こいつを」

「墓石の下に挟まってるって言われてな」

「全部、全部持って行かれたと……」

 

 おじいちゃんは、額に両手で掴んだリボンを押し当て、押し殺した声で泣いている。

 おじさんは、できるかぎりそっと、その場をはなれた。

 おじいさんとお別れした後、少し歩き、ちょっと階段を上る。

 その間、ずっと後ろから人の足音が聞こえていた。

 おじいさんとのお別れの余韻が台無しである。

 

(隠す気あるのかしら)

 

 あからさまな尾行だと思ったけど、よく考えればこの体は凄く感覚が鋭いんだった。

 上がった先は駐車場で、車体が錆びた車が転がってるだけだ。

 コンクリのおかげでまだ雑草天国を免れてる状態。

 

(ここも廃墟ね、人が住んでる場所ってあるのかしら)

 

 奥のベンチに腰を下ろして、また感覚を増幅するとこそこそ動き回っている人達の動きがよく分かった。

 

(電探載せた時にちょっと似てるわね)

 

 このおじさんの超感覚も説明しにくいけど、普通の人に、私達が電探や、水中聴音機を積んだ時に感じる感覚が広がる感じも又、説明しづらい。

 相手は三人、一人が右に回り込んでいる。

 

「おい、そこの二人、何か聞きたいことがあるんじゃ無いのか?」

 

 声をかけると、黒っぽい服を着た人達が出てきた。

 ひらひらした服を着た方は杖を持っていて、もう一人はライフル銃と、腰には警棒を下げている。

 何だか、どこかで見た事がある格好だ。

 特に、ひらひら服の頭。

 大きな帽子にくっ付いた長い吹き流しが妙に気になる。

 

(あ、ヲ級!)

 

 深海棲艦を真似した服装をしているらしい。

 よく見ると、ライフル銃を持ってる人の方も、服は黒と青灰色の深海棲艦カラーだ。

 

「噂の“深海教”のご登場だな」

「流れ者、どこから来た」

 

 随分と横柄な女の人だ。

 

(レディ相手に失礼ね!て、今、おじさんだったっけ)

 

「里帰りの後でね、リヴィアから、と言っても分からんか」

「リビア、船員には見えないが」

「まぁな、仕事は害獣の駆除ってとこだ」

 

(リビア共和国、アフリカの国ね、ちゃんと勉強してるんだから!)

 

「そのデカい金串は国からの土産か」

「ああ、こいつは人を刺すのにも刻むのにも便利だぞ」

 

 ライフル銃を持った人、こっちは若い男の人、って言うか男の子。

 馬鹿にする様な口調が凄く失礼だけど、ヲ級の人に睨まれて、バツが悪そうに黙り込んだ、いい気味である。

 しかし、今の話からするとずっと背中にのっていたのは剣か何からしい。

 

「ここに来た目的は」

「観光だ、今日はいい散歩日よりだろう、潮風に当たりながら一杯やるには最高だ」

「そうかい、そうかい」

 

 男の子がライフル銃から棍棒に持ち替えながら寄ってくる。

 

「止めろ」

 

 ヲ級の人が低い声で命令しても止まらない。

 右手の草むらから、かちり、という微かな金属音が聞こえた。

 棍棒が振り下ろされた瞬間、左手があっという間に男の子の腕を捕らえて捻り、背中にねじり上げていた。

 男の子の体を右側の気配へ盾にしたまま、ナイフを投げつける。

 悲鳴が上がった所を見ると刺さったらしい。

 一瞬の早業。

 

(この人強いなぁ)

 

「さて、次は、そちらの目的を訊こうか」

 

 男の子が体をよじっているけど、びくともしない。

 力も凄い。

 

「何をしでかしたか、分かっているのか」

「素面の時にはな、さぁ、ここをうろついていた目的はなんだ」

 

 男の子の首に手をかけて横に捻ると、簡単に真横を向いてしまった。

 こき、とか嫌な感触がする。

 男の子が、くぐもった声で呻く。

 

(やだ、もうちょっと捻ったら死んじゃうじゃない)

 

 人の首を一回転させる感触なんて気持ち悪いに違いない。

 

「どこの手先か知りませんが、海神の御子は死を怖れません、イ級深子 原田、あなたの魂は深海の神域に還るのです、恐れる事はありません」

 

 そう言いながら、ヲ級の人は、杖と反対側の手で何かを取り出した。

 

(艦載機、本物?)

 

 平べったくて、後部に発光部位のある深海棲艦の艦載機。

 人が持っているのを見ると、模型にしか見えないけど、発光部位が赤く光っている。

 あれが本物なら、人間には勝ち目はない。

 しかし、ヲ級の人が杖を振り上げた瞬間、おじさんは捕まえていた男の子を突き飛ばして走り込み、まだ剣も届かない間合いで手を突き出すと、なんと、すごい衝撃波が発生し、ヲ級の人が弾き飛ばされてしまった。

 いつの間にか抜いていた剣で杖を弾き飛ばし、地面に転がった艦載機を串刺しにする。

 

「確かに、こいつは本物だな」

 

 足をかけて引っこ抜くと、光を無くした艦載機が軽い音を立てて転がった。

 

「さて、もう一度だ、ここに来た目的は何だ、単なる追い剥ぎではなかろう」

 

 剣を軽く突きつけられ、ヲ級の人がしぶしぶと言った感じに口を開いた。

 

「偵察活動だ、はぐれ艦娘はこういう寂れた入江に潜んでいるからな、それにここは昔、隠し基地があった場所だ、定期的に偵察している」

「成る程な、その隠し基地って言うのはどこにある」

「ここから、15分程度歩いた岬の下にある、もう、見れば分かる」

「ふむ、おい、お前、藪で転がってる奴を連れてくるんだ」

 

 剣で指された男の子は、首を押さえて立ち上がると、草むらから、似た様な黒服を着たおじさんを連れてきた。

 右肩の辺りに投げナイフがかなり深く突き刺さっている。

 汗まみれで、顔色が真っ青だ。

 

(うわ、痛そう)

 

「さて、俺は一々、人様の信仰に立ち入る気はないが、たまたま、そこの“隠し基地”に居た子を探している、街へ行ったっていう噂がある、知らないか?」

 

 ヲ級の人は無表情で睨んで居るだけだけど、男の子……イ級とか呼ばれてた子は少し目を逸らした。

 

「何か知っているなら喋った方が良いぞ、喋れる内にな」

 

 男の子は口をぱくぱくさせながら、ヲ級の人とこっちを見比べていたけど、つばを飲み込んで、座り直した。

 

「あの基地は、結構な昔、俺が入信する前に“街の本部の連中が”制圧したんだ、その後も、“背教者”達を捕まえるのに便利って事で、わざと完全には壊さずに、物資にも手をつけなかった……て、聞いてる」

「やはりな、でどうした」

 

 銀色の刀身に赤く紋様が浮き出た剣で先を促され、男の子は顎を引く。

 

「艦娘は街の反対側にある、“祭場”は連れていく決まりだ、俺みたいな下っ端にはよくわかんねぇけど、今まで手入れで捕まった艦娘はみんなそこに連れて行かれてる筈だぜ」

「成る程な、では、この娘を知っているか?」

 

 おじさんは不意に、写真を取りだした。

 ちらりと見えた感じだと、朝霜ちゃんだ。

 

「いや、しらねぇ」

 

 男の子は、ちょっと安心した様に息を吐いた。

 

「街に行った筈なんだが」

「正直言うと、俺たちはこの辺の支部のもんだから、街の方は良く分からないんだ、ここしばらく、街の本部とは連絡もつかねぇし、何か、どえらい事があったのは確からしいけどよ……逃げてきた連中は、艦娘の亡霊とか化け物がどうとか錯乱しててまともな話は聞けねぇし、見に行かせた連中も帰ってこねぇ、今、ここいらで動けるのは俺等を入れて十人もいねぇよ」

「原田!」

 

 ヲ級の人が怒鳴ると、男の子はぷいっと横を向いて、つばを吐いた。

 汚い。

 

「成る程な」

「なぁ、もう良いだろ、洗いざらいくっちゃべったんだ、俺は、アンタにもう関わり合いたくねぇ」

 

 男の子は、顔を真っ青にしてあえいでいるおじさんを抱えて、ヲ級の人の方をチラチラとみている。

 ヲ級の人は、今にも殺しそうな目つきで男の子を睨んでいた。

 あの間には正直入りたくない。

 

「お前、艦娘を殺した事があるか?」

 

 ごく普通の声色だったのに、男の子の顔色が紙みたいに白くなり、肩をふるわせていたかと思っていたら、突然笑い出した。

 

「やってねぇ、“俺はまだ”やってねぇよ!こいつらとちがってなぁ!」

 

 強烈な異臭がしてきた。

 地面にじわっと、染みが広がって行く。

 

 おじさんはため息をついて剣を収めると、手早く倒れたおじさん(信者の方)の肩口をきつく布で縛り、ナイフを静かに引き抜いて、布でしっかりと男の子に抑えさせた。

 

「お前等にはつきあいきれん」

 

 言い捨てて、足早にその場を離れる。

 確かに、この人達の相手をしていると、本当に頭がおかしくなりそうだ。

 

「亡霊か、艦娘もレイスになりうるのか……女である以上無いとは言えんか、しかし、街まで歩きになるな、ローチが恋しいもんだ」

(なんで女の子限定なのよ、それって、さべつてきだわ)

 

 又、意識が歪み、気がつくと、大きな街を見下ろしていた。

 もう夜になっている。

 眼下に広がる町は、平坦な街並が広がる、いわゆる、ちほーとし、と言うやつだ。

 二十階建てのビルなんてマンションか、役所のビルにあるかどうか。

 都会って程じゃない。

 でもちょっとおかしい。

 真っ暗だ。

 流石にそれくらいは、おじさんが独り言漏らすより先に気がついた。

 

「妙だな、まるで廃墟だ」

 

 おじさんはつぶやいて、小さいビンから薬を飲んだ。

 

(うえ、なにこれ)

 

 何かお酒臭い上に形容しがたい味がする。

 でも、急に周りがまるで昼間の様に明るくなってきた。

 エビ○ス錠よりすごい効き目だ。

 少し警戒しながら近付くと、すぐに異臭に気がついた。

 街中に入ると、すぐにその出所が分かった。

 

(うわ、あ……)

 

 そこかしこにごろごろと、死体が転がっていた。

 どの死体も、手足が曲がっちゃいけない方向へ曲がり、回っちゃいけない角度に回転させられている。

 そうじゃない死体は、力任せに壁に叩きつけられて鉄骨に突き刺さっていたり、お腹に大穴が開いていた。

 

「どれも力任せに捻折られ、叩きつけられ、引き裂かれている……少なくとも、レイスの仕業じゃない、まるで、フィーンドかチョルト並の力だが、食い荒らした跡も、糞の臭いもしない、腐り方からすると、そうだな、多分、一週間も経ってないだろう、しかし、こいつは何だ」

 

 あちこちに点々と落ちている赤茶色の塊を拾って、調べてみる。

 軽く力を入れるとあっさり砕け、粉になってしまった。

 手袋の指先についた粉を嗅いでみると、金気臭い臭いで鼻がつんとする。

 

「錆だ、それも鉄錆だな」

 

(うわ)

 

 艤装にできる赤錆は、美容の大敵である。

 本体の艤装が錆で汚れたりすれば、人間としての体、擬躯(ぎたい)のお肌まで荒れてしまう事もあるので、艤装磨きだけは言われなくてもみんな熱心にやっている。

 点々と落ちている赤錆をたどりながら町の中を進んでいくと、町中が死体の山になっている事が分かった。

 砕かれたガラス戸、引き裂かれたシャッター、打ち抜かれたドア。

 どの先にも死体の山があった。

 壁から剥がれて転がっているドアは、まるでサランラップに拳を押し付けて伸ばしたみたいになっている。

 

「拳の跡だな、この大きさだと、女性の手だ……深海棲艦、或いはな」

 

 おじさんが飲み込んだ言葉の先を私も考えたくはない。

 しかし、ここの街に入ってから、何か凄く落ち着かない。

 先に進んではいけない気がする。

 

(とにかく、何だかすごくイヤな感じ)

 

 どう言ったらいいか、分からない。

 けど、このまま進めば、何か、私たちには良くない何かを見てしまう気がする。

 おじさんがどんどん町の中を進んでいくと、ビルの壁が壊されたり、火事になった跡が目についた。

 車はひっくり返ったり、玉突き衝突していたり、ショウウィンドウに突っ込んだり。

 そうでなくても、ドアが開けっ放しのまま乗り捨てられたりして、かなりパニックが起こったのが分かる。

 

「不安定な足跡だな、どれも小さい、女の足跡だ、だが、ずいぶん大きいのが混じっているな、しかも素足か、人間のものに似ているが、並の男の倍はある、どれも足を引きずりながら、走る足跡、こっちは革靴に、女物のハイヒールだな、こいつを追った」

 

 おじさんは地面に広がった煤についた足跡を調べている。

 ここにも沢山の赤錆が落ちていた。

 

(どういう事かしら)

 

「そして、追いついた訳か」

 

 足跡の先には、何人分か分からない、人間の体……だと思う、ものがあった。

 落ちてる靴を持ち上げると、見た目より重い。

 

(身!身!身!)

 

 靴には中身が入っている。

 

「食い荒らした跡はあったわけだ、一、二、三、四、五、六人、ふむ、おかしいな、全部揃ってる、どこを食った、いや食ってないな、“よく噛んだ”だけだ」

 

 食堂のよく噛んで食べましょう、の標語を見るたびに思い出しちゃいそうだ。

 

「しかし、歯形は人間に似ている、大きさは10倍以上あるがな、深海棲艦、恐らく駆逐級だろう……深海棲艦が人間を襲うか、ここは“深海教”とやらのお膝元じゃなかったのか」

 

 足跡と赤錆の跡を追って歩いていると、大きな建物が見えてきた。

 黒と青灰色の深海棲艦カラーでできたそのビルの前には、ポールがあって、そこでは四角い歯をしたクジラの旗がゆっくりとはためいている。

 二十階建て位はありそうだ。

 

(趣味の悪いビルね)

 

「この建物の敷地に向かっている二組の足跡は新しい、成る程、“祭場”とやらの情報もここならあるだろう」

 

(ええっ!)

 

 絶対に入りたくないなぁ、と思っていたのに、地面の足跡を調べていたおじさんは、ビルに入る気マンマンみたい。

 最初に軽くロビーを見てみると、他の建物と同じで、ガラスが叩き割られていて、死体が幾つもあった。

 

「こっちの足跡は少し古い様だな、しかし、これだけ広いと切りがないが、さて、どう辺りをつける」

 

(えー、退き際が大事って阿武隈さんもよく言ってたし、さっさと撤退よ!すごく臭いし)

 

 ビルの中は、腐った臭いが充満していて、頭がおかしくなりそう。

 でもおじさんは我慢できるらしい。

 

「隠すべきは地下、守るべきは上に……ふむ」

 

 おじさんは、軽く天井に目をやって歩き出した。

 エレベーターなんて動いてないから、階段を登ってフロアを確認していく。

 事務所とか、会議室、休憩室とかで、割とふつうの会社みたいに見える。

 ただ、やたらと大きなセミナールームがあって、壁にずらりと深海棲姫達の写真が飾られていた。

 

「南海棲姫の写真が一番大きくて真ん中に飾られているな、主はあれか……これは、艦娘の無力化手順についてのガイドライン、ほう」

 

 散らばっている資料を見てみると、それは艦娘の捕獲手順についての資料だった。

 中身は、轟沈させない程度に艤装を損傷させる為の攻撃箇所が艦種、型毎に纏められている。

 目次をみると、印刷してない部分には、人質をとって降伏させたり、自然に浮揚した艦娘を騙して拠点に誘い込む手順等が纏められた部分もあるらしい。

 しかし、驚異度、高の分類に神通さんが含まれているのは納得だ。

 

「充分な体制が揃うまで決して接触しない事、戦闘になれば彼女は決して降伏しない、深海の導きを信じて引き金を引き続けろ、か、よく調べているじゃないか」

 

(て言うか睦月型のページ、卯月は縞パンて何よ、って、あちこちに同じ様ないたずら書きあるし!)

 

 多分、それなりに真面目な会議か何かをやっていた筈なのに、不真面目もいいところだ。

 

「しかし、この辺りは死体が少ないな、痕跡からするともっと居た筈だが……こいつだけは沢山あるな」

 

 又、赤錆の塊である。

 言われてみれば、今のセミナールームだけでも二十人以上入りそうなのに、見て回った限りでは三人位しか死体がなかった。

 確かに何か、おかしい。

 その疑問は上の階を見ていく内に分かってきた。

 点々と錆がこぼれる階段のあちらこちらに、つぶれた死体最初はぽつり、ぽつりと、高層階になると踊場で足の踏み場がなくなる位、落ちている様になった。

 

「なる程、上に逃げたか、しかし、足跡は一組になっているな、教えた事をちゃんと思い出したらしい」

 

 閉め切られたビルの中なので、又、臭いがひどい。

 最上階に辿りつくと、風の動きを感じた。

 

「大分派手にやったようだな」

 

 最上階はあちこち窓が割れ、壁にもぼこぼこと穴が開いていた。

 高い所だからか風が結構すごいけど、おかげでかなり臭いがましだ。

 

(ふぅ、鼻がバカになっちゃうわ、うぁ、またぁ)

 

「大分つつかれてるな、カラスか」

 

 臭いは少しましだったけど、今度は死体がまた凄い事になっている。

 本当にさいあくだ。

 

(何でもじっくり観察するの、止めて欲しいのに~)

 

 錆にまみれて転がっている大きな欠片から錆を砕いて取り除くと、下から鈍色の金属が出てきた。

 

「この欠片は、艦娘の艤装だな」

 

 別のを拾って砕くと、今度はぬめった青色の金属が転がり落ちる。

 最近、防盾に代替装備してるせいで見慣れてきた、深海棲艦の艤装に使われている金属だ。

 

「こっちの欠片は深海棲艦のものだな、しかし、両方ともひどく錆びたせいで欠け落ちた様に見えるが、ここまで酷く錆びるものなのか」

 

(錆びる訳ないじゃない、そんなに錆びてたら死んじゃうわ!)

 

 少し錆びても痒い気がしてくるのに、芯まで錆びて艤装から欠片がおちる程なんて、人間なら身体が腐ってる様なものだ。

 

(……)

 

 何だか、少し怖い考えになったので、私は取りあえずそれ以上考えるのは止めた。

 

「こいつは一際酷いな、錆の量も大分多い」

 

 又、私が考え事をしている間に、おじさんはどんどん調査を進めている。

 入り口が滅茶苦茶に壊されている部屋の中に足を踏みこむと、中も滅茶苦茶だった。

 ガラスはたたき割られて吹きさらしになっているし、高そうなソファもガラス製のテーブルもバラバラに引き裂かれ、たたき壊されている。

 壁際の本棚は辛うじて無事だったけど、本は放り出されて床に散らばり、散々に踏みつぶされて色々汚いもので汚れて、もうちょっと読めそうにはない。

 そんな中で、一つだけ、ちゃんと立て直してあるデスクが妙に浮いていた。

 散らかっている家具からすると、多分提督の執務室みたいな感じの部屋だったんじゃ無いかとおもう。

 足下から、塊から粉まで、大小様々な錆が部屋の真ん中まで、まるで敷き詰めながら進んだ様にバラ撒かれている。

 最初、部屋の真ん中にあるそれが何かは分からなかった。

 

「牛裂きとはな、随分恨まれたものだが……こいつが親玉で間違いは無さそうだ」

 

 おじさんの呟きで、私の頭は渋々、そこに転がっているものが、五個に分かれてしまった人間の部品だと言う事を認識する。

 

(うぇ、やっぱり調べるんだ……うあ、ひどい!)

 

「手足、首、頭部、全て掴まれた場所が酷く内出血しているな、しかも捻った跡だ、それにこの形相、生きている間に五体を捻切られたか……だが、死体についている手形は全てが小さい、女性のものだ、あと、こいつの服にこびり付いているのは、赤錆の粉だな、ふむ」

 

 相変わらず容赦の無いおじさんのひとりごとが、私の精神力をごりごりと削っていく。

 生首の形相はしばらく夢に見る事間違い無しだ。

 

(……夜、おトイレに行かない様にしないと)

 

 一人前のレディにあるまじき事かも知れないけど、正直、しばらく一人で寝られる自信が無くなってきてしまった。

 響なら、きっと、理由も聞かずに一緒に寝てくれるに違いない。

 おじさんは、死体を調べるのに飽きたのか、デスクの引き出しを一つ一つ調べ始めた。

 

(最初からこっちだけしらべてよ~!)

 

 どの引き出しも力任せにこじ開けられていて、半開きの中に、乱雑に書類が放り込まれていた。

 一部の書類はくしゃくしゃに丸められている。

 おじさんが、くしゃくしゃのを伸ばして見てみると、何かの報告書みたいだった。

 

「ふむ、何かの承認書類に、月次報告書……鹵獲、重巡1隻、羽黒、駆逐艦3隻、望月、白雪、叢雲、轟沈回収分艤装、戦艦1、軽巡2、駆逐5、金曜の奉納式に合わせて順次祭祀場へ輸送、どう見ても碌な儀式じゃなさそうだ」

 

(まったくよ!)

 

「……金曜、金曜、確かここの周期は、一年365、月は12……そうだ、週だ、金曜はカレーの日だったな」

 

 金曜はカレーの日、そう呟いた時、おじさんが少しだけ笑った気配がした。

 書類をめくっていくと、今度は、子供の顔が写った履歴書みたいな書類が出てきた。

 

「こいつは……スカウト対象のリストだな」

 

 書類には、名前とか健康状態、あとは保護した状況と、略歴が附属していた。

 一般家庭から引き取られた子が多かったけど、中には艦娘と一緒に居る所を“保護”されたり、隠れ鎮守府から“奪還”された子達が居て、不安そうな表情や、睨み付ける様な顔で写っている。

 なんだか、見ているのがつらくなる写真だった。

 

「これは」

 

 おじさんのページをめくる手が止まる。

 

(杉野延太郎?)

 

 唇を結んだ男の子の顔には青あざが幾つもあって、それでも、睨み付ける様な目からは闘志が溢れていた。

 

「5-1セクタ離島の拠点強襲時に“保護”、数年間に渡り“提督”としての洗脳教育を施されていたとみられる、態度は反抗的であり、早期の矯正は困難と思われるが、共感適正高し……備考、保護時に鹵獲した戦艦“長門”を“秘書艦”と呼称していた為、“内線”の接続を警戒、当該作戦の鹵獲艦を使用した“儀式”完了まで、薬品による沈静化処置とし、生活棟医務部に収容していたが、xxxx/xx/xx(金)20:00容態急変、20:16、心停止」

 

(この子、死んじゃったの)

 

「お前、長門と延太郎を捜しに来たのか」

 

 腰の袋から取り出した写真の中では、白いシャツを着た白髪のおじさんと朝霜ちゃん、清霜ちゃんが写っていた。

 やっぱり、凄く背が高い。

 というか、眼が猫目だし、顔にすごい傷あるし。

 

(このおじさん、本当に人間かなぁ……それにしても“こわもて”だわ)

 

 朝霜ちゃんは楽しそうに歯を剥いてピースサイン、清霜ちゃんはその横で大きく背伸びして、多分手を振っている。

 その二人の後ろに立っているおじさんは腕を組んで、なんだかすごみのある笑いを浮かべていた。

 朝霜ちゃんとおじさんは、二人共背中にお揃いで剣を背負っている。

 少しの間、おじさんは写真を見ていたけど、ため息をついてしまいこむ。

 

「お前なら、捜したろうな」

 

 おじさんは、残りの書類もぱらぱらとめくり、隣のビルに目をやる。

 ビルには、しっかりと“生活棟”っていう看板がついていた。

 分かり易い。

 

「そこか」

 

 おじさんは立ち上がり、階段をもう一度下まで下る。

 疲れを感じさせない動きで、全然音を立てなかった。

 本当に凄い体力だ。

 生活棟のロビーは、入り口のガラスが粉砕されてる位で、他はあんまり壊されてなかった。

 入り口の横に受付のカウンター、応接用のソファと机、奥には階段とエレベーター。

 ちょっとしたホテルみたいな内装だけど、何だか凄くあっさりとした感じだ。

 ホテルというよりは、少し高級なマンションみたいにみえる。

 

(寮かしら?)

 

 でも、奥の方にはやっぱり、潰れたり、ひん曲がったりした死体が所々落ちている。

 酷い光景だけど、さっきよりは驚かない。

 私が吐きそうと思っても、おじさんの方には影響が無いみたいだ。

 なんとなく、ちょっと不公平だとは思ったけど、よく考えたら、私が吐きそうだと思うのが伝わるなら、他にも色々伝わってしまう事になる。

 それは何だか、ちょっと困る。

 年頃のレディには、色々とヒミツがあるのだ。

 

「ここでもそれなりに、侵入した連中は反撃を受けた様だな」

 

 大理石の床にはべったりとタールみたいな黒い物が広がり、赤錆の塊も沢山ある。

 その中を、引きずった様な足跡が沢山入り乱れていた。

 おじさんは奥の壁際で倒れている深海教の人の横に転がっている小銃を拾い上げる。

 

「この銃、妖精憑きだな、こいつは重油か、微かに潮の香りが混じっている、海塩だ」

 

 大きな黒い液を軽く調べた後、もう片方の、転々と小さく垂れた点を取り出したナイフで少し削りとる。

 

「こっちには血が混じっているな、艤装から垂れた重油と擬体から出血した血、艦娘か」

 

 ナイフをしまって、階段を登る。

 ここでも、エレベータは試して見る気も無いらしい。

 

(まぁ、電気止まってるわよね)

 

 足跡を辿って、低い階に入ると、この辺は公共スペースになっているのが分かった。

 教壇と机の並んだ教室、室内運動場、小さい図書室、食堂、そして、ふわふわの絨毯がしかれて、おもちゃの並んだ遊び場。

 

「これが、“矯正”とやらをやる場所か、まるで孤児院だが」

 

 このフロアは、このビルには珍しいパステルカラーで内装が作られている。

 ついでに壁には、かなり可愛くデフォルメされた深海棲艦と、穏やかな顔をした深海棲姫達が笑っていた。

 

(保育園かしら、でも、深海棲艦なんて、趣味がおかしいわよ!)

 

 どの部屋も、鍵がかかったままのドアが破壊され、床に転がっている。

 柔らかい絨毯の上を、黒いホースの跡がのたくり、それをいくつもの足跡が踏みつぶしている。

 

「子供の足跡だな、しかし、この階には普通の人間の血は無い、大分慎重に動いた様だが、子供を傷つけたくなかったか、なら、何故ドアをこじ開けてまで中に入る必要がある、いや、まさかな」

 

 確かに、言われてみれば、この階は全然臭くない。

 他のフロアも全部見てみたけど、子供の死体は一つも無かった。

 私は少しだけほっとした。

 

「しかし、こうなると、次は“儀式”とやらをやる場所か、“祭祀場”とか言ったか、町の反対側だったか……馬車、じゃなくて、“車”だったな、そこに地図か何かあるかも知れんな」

 

(馬車とか、剣とか、このおじさん、ファンタジーの人みたいな事言うわね)

 

「こういう所は、地下に“駐車場”があるんだったな」

 

 おじさんは外にでて、ビルの外から地下駐車場に傾斜路を降りて行く。

 不意に、おじさんの足取りが凄く慎重になった。

 

(何かしら)

 

 注意して耳を澄ますと、微かに何か動き回る音が下から聞こえてきた。

 電気のついてない地下駐車場は凄く暗そうだ。

 と思ったら、おじさんは薬瓶を出して素早く飲んだ。

 周囲が又、明るくなる。

 いつの間にか、夜目の薬が切れかけていたらしい。

 素早く中に踏みこんで、駐車されている車に張り付いて中をうかがう。

 確かに、中で幾つかの影が動き回っている。

 

(駆逐イ級!)

 

 見間違えようのないシルエットだ。

 でも、その周囲で動き回っている、見慣れた姿は。

 

(白雪ちゃんと、敷波ちゃん……)

 

 艤装を展開したまま足を引きずる様に歩いている姿は、まるで、夕張さんと一緒に見たゾンビ映画みたいだ。

 

「何をしている」

 

 おじさんは音も無く車の影から影を移動して、イ級達に近づいた。

 

(あ……)

 

 近づいてみると、本当にヒドイ事になってるのがはっきり見えてくる。

 白雪ちゃん達の艤装は錆びだらけになっていて、動く度に体中から、ぱらぱらと錆の粉が零れ落ちていた。

 イ級も普通ならぬめぬめと光っている筈の表面がひび割れて、錆びだらけになっている。

 白雪ちゃんが、駐車場に置いてあるコンテナをこじ開けると、敷波ちゃんは中から何か大きなものを引きずり出していた。

 酷く破壊されて、焼け焦げた艤装や、フジツボがこびりついた艤装。

 引きずり出したそれを掴んで、がりがりと引きずったまま出口へよろよろと進んで行く。

 

「あれが、色々やっていた犯人という訳か、もっと居るだろうが、どこへ行く」

 

 おじさんが尾行している事に白雪ちゃん達は全く気がつく様子も無く、街を進んで行く。

 艤装を引きずる音がやけに大きく聞こえる気がする。

 すごく不安な気持ちがしてきて、おじさんはちゃんと周囲を警戒してるのに、まだ、足りない気がして、おしりの辺りがもぞもぞするヘンな感じ。

 街中を通り過ぎると、遠くから潮騒の音と独特の磯の香りが漂ってきた。

 

(海が近くなってきてる)

 

 ここまで来ると、もう、不安じゃなくて、回れ右して街の中へ逃げ戻りたい気持ちで一杯になってきてるのに、おじさんはそんな事は関係なしにどんどん下って行ってしまう。

 

(かえりたいよぉ)

 

 そのままついて行くと、高いフェンスに仕切られた敷地に白雪ちゃん達は入って行った。

 凄く太いスチール製の角棒で組まれて、てっぺんには鉄条網、そして監視カメラとセンサー付きのライトまで仕掛けられた凄く厳重な感じの場所だけど、門は開きっぱなしになっている。

 中はかなり殺風景な雰囲気だった。

 アスファルトで敷かれた道路が続く他は何も建物は無くて、ひたすら下って行く道が続いているだけ。

 左も右も何にも手入れされてない空き地で、ふきっさらしで風が強いせいか、あんまり高い草は生えてないみたい。

 下の方に海が見えてるけど、お天気が悪かったらなんだか凄く不安な気持ちになってくる風景だったと思う。

 でも、今は不安というより、凄く嫌な感じしかしない。

 兎に角、すぐに帰りたい。

 

(ここ……居たくない)

 

 妹達が居る前では口が裂けても言えないけど、怖くてたまらない。

 身体が自由になるなら、みっともなく両舷一杯で逃げ出してる。

 

「こいつは、振り向かれたら最後だな」

 

 それどころじゃ無い私とは関係ナシに、おじさんは冷静だ。

 確かに言われてみると、ここって、どこにもかくれる所が無い。

 白雪ちゃん達が振り向きでもしたら、一発で追跡がバレてしまうけど、いっそ、それで一時撤退とかになってくれるとありがたい。

 でも、そんな雰囲気は全然ないまま、どんどん白雪ちゃん達は進んでいき、また、今度はコンクリの塀で覆われた門の中へ入って行ってしまった。

 門の左右には、さっきの建物にもあった、気持ちの悪い四角い歯の鯨の旗が垂らされていて、その前に立ってるポールには、図案化された南方棲姫の旗が翻っている。

 怖いのとは別に、イヤな雰囲気。

 塀の先は崖下にある、入り江に降りる階段に続いている。

 三十メートルはありそうな崖に挟まれた入り江は、小さな砂浜があって、普通なら可愛いプライベートビーチみたいで、響達にも見せてあげたくなる様な場所だった。

 でも、今は、まるで、真っ暗な奈落の底みたいに見えていて、気が遠くなりそうで、がん、がん、がん、と階段に艤装が叩き付けられるヘンなリズムがやたらと気に障っている。

 

「あれは、なんだ」

 

 狭い入り江の崖下には、おおざっぱな造りの小屋が建てられていた。

 流木、トタン、FRP板とか、そこらへんで拾ったみたいな材料だけど、結構頑丈そうだ。

 おじさんは、ちらりと入り江の中で艤装を引きずって行く、白雪ちゃん達に眼を戻し、地面にくっきりと引きずった跡がついているのをみて、小屋の方へ足を向けた。

 寄り道が多すぎる気もするけど、今は白雪ちゃん達が行ってる方には本当に行きたくないのでちょうどいい。

 小屋の中には全然気配がなくて、中には誰も居なかった。

 結構広くて、木箱を重ねたテーブルとか、ビールケースの椅子とかがあって、カセットコンロと飲み物のペットボトル、レトルトの食品に、お菓子も少し残っている。

 お布団はマットレスだけど、ちゃんと毛布と枕まで用意されていた。

 枕元には幾つか、ぬいぐるみとおもちゃまで転がされている。

 凄い生活感だ。

 

「この小屋は随分新しいな、居なくなった子供達は、ここに匿われていたに違いない、随分大事に扱われていた様だが、何処に行った……椅子と、寝床の数からすると消耗品が少なすぎる、連れ出されたか、逃げたか、分からんな」

 

 床は結構綺麗に掃除されていたけど、錆の粉が沢山の足跡に踏みつぶされて、床板の木目にすり込まれて残っている。

 

「少なくとも、“深海教”の仕業じゃ無さそうだ、これは」

 

 おじさんは、テーブルの上にぽつんと置かれていた手帳を手に取った。

 ひっくり返すと、裏表紙にプリクラが貼られている。

 朝潮ちゃん、清霜ちゃん、早霜ちゃんの三人、そして、窮屈そうに顔を寄せているおじさんと、朝霜ちゃんのシールもあった。

 ページをめくると、それは、朝霜ちゃんの日記だって言うのが分かる。

 

(て、いうか、読んじゃダメよ!乙女の日記読むなんてサイテーだわ!)

 

 私は思わず素に戻って抗議の声を上げた……気になった。

 声は出ないし。

 私の抗議の声など、お構いなしに、おじさんはページをくって行く。

 最初の方のページは、割と普通の日記だった。

 私とか、響も日記に書きそうな、姉妹で買い物に行った話とか、訓練でヒドイ目にあった話とか、あれが面白かったとか、あれがおいしかったとか、本当に普通の日記。

 でも、途中から、“白狼”っていう人の事が沢山書かれている様になった。

 

(あ……)

 

 最初は、すげぇのが来た、位にしか書かれていなかったのが、あいつおもしれぇ、に変わって、あいつ、ほんとうにすげぇなぁ、辺りからは、毎日、“白狼”の事が書いてない日が無くなっている。

 どんなうとい子でも、これだけ書かれれば、すぐ分かっちゃう。

 絶対に他の人に読まれたくないし、本人になんか見られたら即死ものだ。

 

「意図的に置いていったか、だが、何故だ」

 

(だから、やめなさいよ!)

 

 じたばたあばれた(気になっても)、おじさんはぱらぱらとめくるのを止めない。

 斜め読みしただけでも、後半はどんどん戦況が悪くなっていくのが分かる。

 そして、空白ページが少し続いた後に、なんだか、ちょっと違う感じの文章が綴られていた。

 

『誰だか知んねぇけど、これ読んでるって事は、もうあたいが説明できねぇって事だから、とりあえず書いとく。

 ここに居た子供達はみんな逃がした。

 みんな元気だったし、虐待なんかされてねぇからな、虐待してたのはあんなとこに押し込めて嘘っぱち教え込んでた深海教の連中で、だいたい、どんなにおかしくなっても、長門が子供にヒドイ事する訳がねぇんだ!

 ああ、畜生、延太郎が大丈夫だったなら、長門だってきっと。

 兎に角、あたい達が止めさせなきゃならないんだ。

 長門は、鎮守府があんな事になった後も、ずっと、あたい達の面倒を見てくれた。

 最後の最後まで、みんなが一緒に居られたのも、長門のお陰だ。

 

 長門はわるくねぇ!

 

 誰かわるいってんなら、なんでもかんでも、長門に頼り切りだったあたい達の責任だ。

 仲間はどんな事があっても、最後まで面倒をみる。

 長門はそうしてくれた。

 だから、あたい達も返さなくちゃならない。

 ああ、くそ、かっこいいこと書いてても、ペン先がふるえてきやがるなぁ。

 かっこわるいけど、こわくてたまらねぇや。

 あそこに入ると思うだけで、ちびりそうなんだ。

 でも、行かなきゃな。

 長門も、みんなもあそこで待ってる。

 あああ、もう、あたいはなに書いてんだ。

 これじゃ、読んだやつ意味わかんねぇだろ。

 書き直すのもめんどいけど。

 頭に思い浮かんだ事書いてるだけだから、かんべんしてくれ。

 ああ、どうしよう。

 ああ、やっぱ、書いとく。

 いつ、来てくれるかわからねぇけど、白狼、来てくれてるんだろ?

 あんたは約束を守る男だかんな。

 前の方、読んでくれたかわかんねぇけど、あんたと一緒にいて、すげぇ、おもしろかったって事分かってくれよな。

 そのな、えーとな、くっそ、書きたい事あるけど、なんか、いっぱいありすぎて、なんか、なんか、出てこねぇや。

 でもよ、いっこだけ。

 あんたの大事な誰かの代わりだったのかも知れねぇけど、それでも、あたいはほんと好きだったんだぜ。

 今かんがえてもみっともねぇくらいだけど。

 あたいは、あんたの大事だった誰かの代わりにくらいはなれてたかい。

 あああああああ、もう、くっそ、みっともねぇなぁ。

 

 いい加減、清霜のやつが、なに書いてんの、ねぇ、ねぇ!ってうっさいから、これくらいにしとく。

 

 じゃあな。』

 

 声が出ない。

 これは遺書だ。

 おじさんの呼吸が少し乱れているのを感じる。

 階段を何十階分上り下りしても全然息を切らさなかったのに、少しだけ文字もぼやけて、見づらいきがする。

 

「誰も、誰かの為に、代わりになんてなれないんだ朝霜、あの子も、お前も、誰だって」

 

 おじさんは、日記を大事にしまって小屋から出る。

 艤装を引きずった跡を追っていくと、右手の崖下にある洞窟へ続いていた。

 改めて、頭の先から爪先までが、ここに入る事を拒否しているのが分かる。

 

(駄目!駄目!ここ、入っちゃだめなの、私たち……入れない、の……)

 

 気が遠くなりそうになりながら、おじさんの身体に引きずられて、下り坂をついて行く。

 

「遅かったじゃないか」

 

 落ち着いた声を聞いて気を取り直すと、なんだか薄暗くて、広い空間に居た。

 早霜ちゃんと会った隠れ鎮守府の、隠し港みたいな場所だけど、何倍も広いし、天井が開いている。

 まるでドーム球場みたいだ。

 

「まるで闘技場だな、長門よ」

 

 おじさんの声は凄く反響して、空間に響いた。

 長門さんは、鏡みたいに凪いだ水の上に腕組みをして、一人で立っている。

 他には誰も居ない。

 

「闘技場?港だよ、私達のな、よく帰って来てくれたな“白狼”、みんな喜ぶよ」

 

 周りを見て、何事もないみたいに笑う長門さんが、なんだか、すごく、怖い。

 艤装の左側、第二砲塔に剣が突き刺さっている。

 

「みんな、か、どこにいる」

「いるだろ」

 

 ぼう、と、水面が蛍みたいな緑色に光った。

 声が出せたら、きっと、悲鳴がでっぱなしになってる。

 

(あれは、あれは、イケナイモノだ)

 

 水面の下には、びっしりと、艤装、艤装、艤装。

 まるで、アイアンボトムサウンドを雑に再現して、ゴミ捨て場にしてしまった様な。

 艦娘と深海棲艦の残骸が絡み合った地獄だ。

 

「ほら、金剛達はそこにいるし、陸奥はそこ、赤城と加賀は相変わらず一緒だ、はは、明石と夕張は一緒に何を企んでいるんだろうなぁ」

「朝霜と清霜をどこへやった」

 

 おじさんの声はドスが利いていて、空気がびりびり震えるのを感じた程だ。

 

「ああ、朝霜と清霜か、二人共元気でいい子だ、会ってやってくれ、お前がいなくなってから、二人共さみしがってなぁ」

 

 にこにこ笑いながら話す長門さんの足下から、頭が2つ、浮かび上がってきた。

 

 身体をぎくしゃくしながら立たせているのは、体中を錆色に染めた朝霜ちゃんと清霜ちゃんだった。

 

 もう、背中の艤装のシルエットが酷く崩れて、マストは無く、機銃のあった場所は錆の塊が載っているし、魚雷発射管は半分位崩壊して、残って錆を吹いた魚雷は不発弾みたいに半分顔を出している。

 身体が揺れる度に、お腹に開いた孔から、ぽちゃ、ぽちゃとパチンコ玉くらいの大きさの錆び玉が水面に落ちて音を立てていた。

 清霜ちゃんは、辛うじて繋がっている左腕を押さえながら、左目の穴から、ぼとぼとと湿った錆を垂れ流している。

 長門さんは二人の頭を撫でて、愛おしそうに抱き寄せた。

 おじさんの全身がぶるぶると震えている。

 煮えたぎった感情が出口を求めて、体中の血管で暴れているのだ。

 

「長門、朝霜はお前を尊敬していた、清霜はお前が好きだった!」

「ああ、私も二人共、大好きだぞ」

 

 轟く様な咆吼に、長門さんは微笑みを返した。

 

「長門よ、それがお前の“選択”だと言うのか」

 

 おじさんが背中の剣を抜いた。

 銀の刀身に赤い紋様がぼうっと浮かび上かぶ。

 

「朝霜、お前の“選択”確かに見た、お前の意志を継ぎ、俺は今、“Sinker”になろう」

 

 全身の震えが止まる。

 おじさんの目線は、長門さんの艤装に突き刺さっている朝霜ちゃんの剣を見ていた。

 

「お前も帰ってきた事だし賑やかになりそうだな、こいつらの為に今度は長く居てやってくれ、“Wanderer”」

 

 長門が腰に手を当てると、水面に沢山の艦娘と深海棲艦の頭が生え、次々と浮かび上がる。

 その中を朝霜ちゃんと、清霜ちゃんがかき分ける様に手を前に出し、よろよろと、暗闇で手探りしている様な不安定な足取りで歩み寄ってきた。

 

「もう違う、大人しく沈め、長門」

 

 “白狼”のおじさんが薬を飲むと、全てがゆっくりになった。

 手の中で、銀の剣がくるくると回転する。

 ゆっくりとした世界の中で、おじさんだけが普通の速度で動き、朝霜ちゃんの艤装を胸から背中へ貫いて抜けた。

 地面に落ちていく艤装をそのままに、返す剣が、清霜ちゃんの艤装を串刺しにする。

 そこから先は、まるで悪夢の様に朦朧とした記憶になった。

 鉄さびを散らしながら、まるで、ゾンビの様に歩み寄る艦娘と深海棲艦の手をかわしながら、切り裂き、突き刺し、印を結んで吹き飛ばす。

 数限りない様に見える敵とどれだけ戦ったのかは分からない。

 殆どの敵は、もう、燃料も弾薬も尽きているみたいで、撃つ事も出来ずに掴みかかってくる程度だから、“白狼”のおじさんの剣なら、大した事は無い相手。

 でも、たまにまだ使える火砲を装備している艦もいて、砲撃を紙一重でかわした時、“白狼”のおじさんは又、別の印を結んで、バリアみたいので防いでいた。

 いくらゾンビみたいにしか動けなくても、これだけの数の艦相手じゃ、すぐに押しつぶされて動けなくなっちゃうけど、“白狼”のおじさんは捕まらずに切り抜けて、いつの間にか長門さんの左舷まで移動している。

 左舷の第二砲塔、朝霜ちゃんの剣で串刺しになっているそこは、意識的な死角だ。

 一番砲塔を回すか、左手で殴りつければ反応は遅れないけど、ああいう損傷は、つい、動かそうとして、一瞬引きつってしまう傷みたいなものだ。

 最初からなければ動かさない。

 でも、たまたま傷ついただけでは、普段通り動かそうとしてしまう。

 そこに一瞬の遅れがある。

 長門さんの左舷第二砲塔がぴくりと動いた瞬間、背中のバイタルパート目がけて突き出された剣は、やけに澄んだ音を立ててはじき返された。

 長門さんが右斜め前に身体を傾かせたせいで、左舷第二砲塔に刺さった朝霜ちゃんの剣と打ち合わせてしまったのだ。

 その瞬間、強烈な風が吹いた。

 

「なんだ、雪か?」

 

(さむい!いたいっ!)

 

 やけに平静な長門さんの声を聞きながら、転がる様にして離れると、左舷から真っ白い霧みたいなものが噴き出して、見る見るうちに水面が凍り付いて行く。

 

「門だと、何故だ!」

 

 一分と経たない内に水が全て凍り付き、今度は、全てが呑まれて行く。

 床に突き刺した剣に縋ってひたすら耐えていると、最後に何かが爆発した様な音がして、静かになった。

 やっぱり、すごくさむい。

 でも、さっきまで感じていた、嫌な感じはきれいさっぱり無くなっている。

 白いもやが晴れてくると、なんと、水が全部沈んでいた艤装ごと消え失せていた。

 代わりに、白い霜がそこら中にできていて、からだの震えが止まらない。

 

「ただの剣の筈だ、魔物狩り用の……何故だ、誰だ」

 

 おじさんは呟きながら、体をやっとの事で起こして、よろよろと歩き出した。

 

(長門さんたち、どこいっちゃったんだろ)

 

「捜すぞ朝霜、お前の選択だと俺は約束を守る男らしいからな」

 

 揺れる視界の中で、急速に現実感が薄れて、誰かに抱きしめられている感覚が強くなってくる。

 どこまでも落ちて行く中、私を抱いた誰かは震えていた。

 

(大丈夫よ、もう、アレはどっか行っちゃったんだから)

 

 一人前のレディらしく頭をぽんぽんして上げたくなっちゃったけど、後ろから抱きつかれてるとそれは無理だ。

 

『“アイツ”ダ、ミツケタ、ミツケタ……“ドウスル?”』

 

 

 次に目が醒めると、私は異国風の街をあるいていた。

 周りを歩いているのも、彫りが深い西洋人ばかりだ。

 お天気はよくて、気持ちよい風が吹いている。

 

(はぁ、いつおわるのかしら)

 

 とはいえ、とりあえず風からは潮の香りがしていて、本当に気持ちがいい。

 鼻歌のひとつもでちゃいそうだな、と思うと、本当に鼻歌が出た。

 英語だけど、なんだか、かなり聞き覚えがあるメロディーだ。

 

「……sweet home♪」

 

『……わが宿よ♪』

 

(埴生の宿!音楽の時間で習っただんだから)

 

 学校で習った事位、ちゃんと憶えているのだ。

 ちょっと得意な気持ちになって、満足したけど、今度は、何だか周りの人にちらちら見られている事に気がついた。

 

(そんなに鼻歌が珍しいのかしら)

 

 そんな事を思っていると、突然走ってきた子供達が両手で目の両端をつり上げて、周りをぐるぐると回り始めた。

 何かはやし立てているらしい。

 辛うじて、イエロー?的な何かは聞き取れたが、兎に角、何か馬鹿にされている事だけは充分に分かるので、他はどうでもいい。

 

(まったく、教育の悪い子供はどうしようも無いわね、おしりぺんぺんされなかったのかしら)

 

 ちょっと腹を立てていると、今の私の体は、すすっと、子供達の輪の中を抜けて先を歩き出した。

 一瞬の早業だったので、どうやって抜けられたのかも分からずに、一瞬子供達がきょとんとしたのが分かる。

 けど、すぐに又、走って追いつこうとしてくる足音が聞こえた。

 

(がくしゅーしない子達ねぇ)

 

 私の体は足を速めて角を曲がり、跳躍した。

 狭い路地の壁でパイプを掴んで、するすると屋根の上まで登ってしまう。

 

(凄い、これなら、フリークライマーになれるわね)

 

 路地に走り込んできて、何かを興奮して叫んでいる子供達に肩を竦め、建物の反対側で路地に飛び降りる。

 

「古典的だが、まぁ、効果的だな」

 

(ん?………しれーかんじゃない!)

 

 しばらく考え込んでしまった。

 このヘンにとぼけた調子の声は、東司令官だ。

 

(一体、こんな所で何やってるのよ)

 

 そんな事を考えている内に、又も東司令は、絡まれていた。

 今度はよりによっておまわりさんだ。

 

「こんなご時世に、Nipがカリフォルニアへ何の用だ?」

 

 警棒で手のひらを叩きながら話す警官はかなりお行儀が悪くて、私は嫌な気持ちになった。

 

「IDには合衆国市民て書いてある筈だが?」

「Nip野郎はNip野郎だ、俺の兄貴はデューイに乗ってた、二ヶ月前、おまえんとこの艦娘に沈められたがな」

「Calm down、だから、IDには United States citizen て書いてあるだろ?」

 

 感じの悪いおまわりさんの後ろに立っている、もう一人のおまわりさんを見ると、肩を竦めて、もの凄く冷たい目でこっちを見た。

「俺の、義理の姉貴はグウィンでな、よく、海に遊びに連れて行ってくれたもんだ、今度も帰って来たら、一緒に釣りにでも行こうと言っていたんだがな、俺は一人で行かなきゃならん」

「Hum、思い出の為の生け贄って事か、ステイツも変わったもんだ、いや、戻ったというべきか?」

 

(グウィン……えーと、コロンバンガラで沈んだ艦ね)

 

 周囲を見回しても、通行人は遠目で何か噂話をしながらこっちを見ているだけだ。

 というか、さっきのしつけの悪い子達がいつの間にか来ていて、にやにや笑いながらこっちを見ている。

 もの凄く教育に悪い。

 と思ってたら、思いっきりお腹を殴られた。

 痛い、けど、取っ手付きの警棒をお腹に突き込んで、にやにやしていたおまわりさんが、ちょっとだけ、おっ、という顔をする。

 あんなモノで思いっきり殴られたら、多分普通は黙って立ってられないと思うので、ちょっと驚いたみたい。

 

(しれーかんも、なかなか頑丈ね)

 

「Ouch!止めてくれないか」

 

 私がきいても、凄く白々しい痛がり方に、一気におまわりさんの顔色が真っ赤になった。

 警棒を握っているのとは逆の手で、思いっきり顔を殴ってくる。

 でも、それは顔の左をすっぽ抜けて、おまわりさんが倒れ込んできてしまった。

 

「Oh! be carefull!」

「Freez! そいつを離せ!」

 

 目を上げると、後ろで見ていたおまわりさんが、いつの間にか銃を抜いている。

 

「Calm down、よろけただけだろ?、ほら、落とし物だ」

 

 抱きつく様になっていたおまわりさんが慌てて体を離して、差し出された警棒をひったくった。

 取っ手を持って、回転させる様して殴りつけられるのは、流石に痛い。

 一度、二度、三度。

 情け容赦ない力一杯の攻撃。

 腕も、肩も、砕ける様に痛い、けど、周りの人はみんなただ見ているだけだ。

 それが一番怖い。

 

(しれーかん!なんとかしてよ、いたいじゃない!)

 

「Slant eyeなんざ吊しちまえ、midge monkeyにゃ、似合いだぜ」

「Kill the Nip!」

「Do it! Do it! Do it!」

 

 なんだか、みんな周りを取り囲んできてるし、本当にまずい。

 少し質が違う、鈍い音がした。

 

「Cut it out!」

 

 女の子の声だ。

 おまわりさんと司令官の間に白いセーラー服を着た女の子が割り込み、周囲を睨み付けている。

 茶色いふわふわの髪の毛が少し乱れている。

 上げた片手で掴まれた警棒は、ぴくりとも動かない。

 

「おまえ、Nipを庇うのかよォ!」

「Shame on you!」

 

 不満そうな声を上げた子供を睨み付けて、女の子はよく通る声で、ぴしゃりと言い放つ。

 

「Officer ジョゼフ、この人が何をしたと言うんですか?」

 

 少し穏やかな声でおまわりさんに声をかけ、女の子はそっと警棒から手を離す。

 小さな女の子に睨み付けられて、司令官を殴っていたおまわりさんは、所在なげに警棒をもてあそびながら、不機嫌そうに口を尖らせている。

 まるで小さな男の子だ。

 

「Lady Cooner、このNi、東洋人は、逮捕に抵抗しました」

「どんな容疑の逮捕ですか?」

「公務執行妨害ですよ、そいつは職務質問の時、ジョーイの警棒を奪って抵抗しました」

 

 一瞬、口ごもった警棒のおまわりさん(ジョーイ)の後ろで、銃を構えていたおまわりさんがすかさず口添えする。

 

「その通りです、コイツはNip共のスパイかも知れません」

 

 女の子は、ため息をついた。

 

「ハリー……最初から見ていたんですよ、グウィンさんの誇りを穢す様な情けない言い訳は聞きたくありません!」

「ハリー、行くぞ」

 

 ジョーイ巡査(?)は舌打ちをして警棒を乱暴に腰のベルトに突っ込むと、足音も荒く、人垣を押しのけて立ち去って行った。

 

「大丈夫ですか、まだ、歩けますか?」

「Solly、助かった、No Problem、かすり傷だ、しかし……Cooner、Coonaer……Cannon級か」

 

 司令官が体を起こすと、もの凄く体中の節々が痛んだ。

 特に手首から肘の辺りとか、肩が滅茶苦茶痛いけど、一応折れてはいないみたい。

 

「はい、DE-172 Coonerです、よくご存じですね……ミスタ Azuma?」

「Completeはできてないが、Trading Cardは結構買ったんでね、youのcardも持ってるよ」

 

 司令官の言葉に、クーナー……ちゃん?は少し顔を顰めた。

 短く切った茶色の癖っ毛に、同じ色の瞳、少しそばかすの残った幼い顔。

 顔立ちは幼いのに、表情はなんだか凄く大人っぽい。

 

(け、結構、かわいいじゃない、ま、一人前のレディにはほど遠いけど)

 

「海軍省の広報が出していたものですね、正直、写真写りは良い方じゃないので、自分のは見たくはないです」

「そうでもない、実物はもっと良かったけどな、兎に角、Thank you 助かった」

 

 司令官が拾って差し出したセーラー帽をクーナーちゃんは被り直した。

 よくよく見ると、この子はオーバーサイズの白いセーラー服を着ている。

 吹雪ちゃん達が着てるのは紺色が混じってるけど、この子のは真っ白だ。

 なんだか、スカーフも細い感じで、大分違う。

 

(この子、艦娘よね?)

 

「いいえ、お世話になった先輩の弟が、道を踏み外すのを見ていられなかっただけですから」

「ああ、そういえば、この辺にカチナ人形とか、インディアンジュエリーを売ってる店があると思うんだが、ホピの爺さんがやってる店なんだけど」

「この辺りでカチナとか、インディアンの民芸品を扱っている店と言えば、オマウナク(Omawnakw)の店ですが」

 

 クーナーちゃんは少し眉をひそめて、司令官を見た。

 

「Yes! そこだ、そこに用事があってね」

「ここからなら、五ブロックくらい先ですが……ミスタ、失礼ですが、どのような用事ですか?」

「オマウナクの爺さんに呼ばれてね、何か、仕事を頼みたいらしいんだが」

「仕事ですか」

 

 周囲を見回してから少し考え、クーナーちゃんは時計を見た。

 

「そこまでお送りします」

「Thank you 正直、これ以上の騒ぎは体に悪い」

 

 司令官は有り難くクーナーちゃんの後について、歩き出した。

 艦娘と一緒に歩いているせいか、誰も絡んでくる様な事は無さそうだ。

 10分も歩かないうちに、目的の店に着いた。

 白い羽をデザインした看板のお店だ。

 

「遅いぞ、イクバヤ、待っている間に儂の寿命が尽きてしまうかと思ったではないか」

 

 店のカウチで、パイプをふかしていたおじいさんが雲の様な煙を吐き出した。

 

「オマウナク、お久しぶりです」

「おお、パヴァーチ(Pavati)、よく来たね」

 

 クーナーちゃんににっこり笑いかけ、おじいさんは又パイプを吹かした。

 

「すみません、エルドリッジはまだ」

「良いのだ、あの子は今ここにはおらん、捜してみつからんのは当然だ、ヌクパナ(Nukpana)が別の海に連れていってしまったからな」

 

 クーナーちゃんは、真面目な子が何を言って良いか分からなくなった時に浮かべる、真面目なしかめ面になっていた。

 

「Hey、じいさん、あんまり若い子を困らせるなよ」

「お前が遅いのが悪い」

「ちょっと、通行料が高くてな」

 

 司令官がかなり殴られた腕を叩くと、じわっと、痛みが走った。

 

「まぁいい、さっさと中に入れ、パヴァーチにもお茶を淹れよう」

「はい」

 

 クーナーちゃんは少し迷ったみたいだけど、おじいちゃんと司令官を見比べて、中に入る事にしたみたい。

 お店の中は、沢山の動物と人が混じった様なデザインの人形に、銀製のアクセサリ、綺麗な石、その他よく分からない民芸品で一杯だった。

 椅子に深く腰をかけて、よく分からないけど、良い臭いのするお茶を飲む。

 

「あの、オマウナク?」

「イクバナはな、こう見えてもカチナなのだ」

「はい?」

 

 何かを聞こうとしたクーナーちゃんを遮って、突然よく分からない事を言い出すおじいちゃん。

 

(イクバナ?、生け花の親戚?、まったく、何処のおじいちゃんもよく分からない事言い出して困るわねぇ、でも、カチナって何かしら?)

 

 クーナーちゃんに何か、胡散臭いものを見る様な目を向けられ、司令官は頭を軽く掻いた。

 

「爺さん、何を頼みたいんだ?」

「ヌクパナが連れていった、儂のポワクァ(Powaqa)をここの海に戻せ」

「ポワクァ?」

「私の妹、エルドリッジの事です、オマウナクはそう呼びます、オマウナクはエルドリッジの里親です」

 

 説明してくれたクーナーちゃんは、悲しそうな顔をしていた。

 

「エルドリッジは哨戒任務中にMIAになりました、我々も捜していますが」

「あの子は死んでなどおらん、悪い精霊に囚われておるのだ」

 

 先を言えずに口を閉じたクーナーちゃんをよそに、おじいちゃんは新しい煙草をパイプに詰め込んでいる。

 

「Hum、大体分かった、なら、オマウナク“Contract”だ」

「うむ」

 

 司令官は服のポケットから紙を取り出した。

 テーブルの上に広げると、契約書なのが分かる。

 履行項目の部分におじいちゃんが言ったとおりの事が書いてあって、ちょっとビックリした。

 クーナーちゃんも、司令官の事を何か怪しむ様な顔で見ている。

 

「オマウナク、あんたは何をくれる?」

「ミスタ アズマ!」

 

 警告する様な声を上げるクーナーちゃんを、おじいちゃんは片手を上げて止めた。

 

「自分のやっとる事位わかっとるよ」

 

 パイプに火を入れてゆっくりと煙を吸い込み、空中に大きな雲を作る。

 

「向こうの海の精霊を呼んでやる、精霊の声を聞き、おまえでないおまえのために死んだ娘の為、ヌクパナを鎮めるがいい」

 

 手も触れていないのに、契約書の上に文字がじわっと書き記されて行く。

 司令官がテーブルの上のペーパーナイフをとって、軽く親指を撫でるとちくりとして、血の珠が盛り上がってくる。

 司令官がそれを契約書に押しつけて血判にすると、おじいさんは持っていたパイプの底をついて、鳥の羽型に焼き跡をつけた。

 

「O.K. “Contract”成立だ、いつやる?」

「今夜だ、近くに我等の墓地がある、月が上がったら来い」

 

 一瞬、意識が途切れると、周囲は夜になっていた。

 人気の無い登り道で、舗装もされてない道を歩いているらしい。

 高原は空に光る満月だけだ。

 

「Hum、道案内してくれるのは有り難いが、仕事は大丈夫なのか?」

「No Problem、妹に勤務は代わって貰いました、今夜は大丈夫です」

 

 隣を見ると、白いパーカーを着たクーナーちゃんが歩いていた。

 なんか、私服も可愛い。

 

「まぁ、妹の大事な人が、インチキ東洋人の詐欺にでもあったら大変だもんな」

「それもありますが、個人的な興味です、妹に関わる事ですから」

 

 なかなかはっきり言う人だ。

 

(しれーかんて、ほんと、たまにうさんくさいのよねぇ)

 

「DE-173 Eldridge、Professor Teslaの遺産、Rainbow Project、1943年10月28日のPhiladelphia Experiment」

 

(全く、しれーかんたら、何言ってるのかしら?)

 

「歴史的にはただのよた話です、けど、私達にとっては馬鹿に出来ないのは確かです、私達はかつての私達が持っていなかった、持つはずだった、その力を持っている」

「エルドリッジは、テスラ博士の遺産を受け継いでいる、なら、何が起こってもおかしくないな」

「やっぱり、あなたはスパイとして始末すべきですね」

「じいさんとのContractが終わってからにしてくれると助かる」

 

 話している内に坂道を登り切り、墓地の真ん中で焚かれているたき火が見えてきた。

 そこでは、オマウナクのおじさんが傍らに座って、何事か唱えている。

 おじいさんは、ちらっとこちらをみて頷くと、たき火の反対側を指した。

 たき火の横に座ると、おじいさんが何か呪文みたいなものを唱えながら、ときおり、何か粉みたいなものをたき火に投げ入れていく。

 火の色がなんとも言えない色にグラデーションして、果物か花みたいな甘い匂いがした。

 何分経ったか分からないけど、虫の鳴き声と、火の燃える音、そして時折聞こえる夜鳥の鳴き声に耳を澄ましていると、感覚が拡張していく様な感覚がしてくる。

 

「来たぞ」

 

 不意におじいさんがそう言った。

 たき火に注意を戻すと、火の中に人が浮かび上がっているのが見える。

 

(え……うそ)

 

 たき火の中に立っている人は、鎮守府に飾られている先代の提督だった。

 写真の中でもう一人の私を抱いて笑っていた人。

 その人が炎の中で揺らめいている。

 

『サルベージャー、私の“娘達”を……救ってくれ』

「……牟田浜啓司、お前は何を俺にくれる?」

 

 司令官が差し出した紙の上で火が踊った。

 

「“Contract”成立だ」

 

(えー、中身も見ていないわよ!)

 

 司令官は中身も見ずに契約書をしまうと、立ち上がった。

 

「See you Again Lady Cooner.」

 

(え!)

 

 司令官は軽く敬礼をすると、なんと、火の中に飛び込んだ。

 唖然としているクーナーちゃんの姿が遠ざかり、あついと思う暇も無く、現実感が薄れ、世界が白くなって行く。

 

(“コイツダ”)

 

 また、後ろから強く抱かれたまま落ちて行く。

 強く掴まれた所が痛い。

 何か硬い物が食い込んでいる。

 

(痛い、痛いわ!)

 

 強い衝撃があって、突然落下が止まった。

 

『Hum、Lady's、そろそろ戻った方が良いんじゃないか?』

(しれーかん!)

 

 東司令は、お姫様抱っこしていた私を下に下ろした。

 急に体の感覚が戻ってふらふらする。

 司令官の腕に捕まって顔を上げると、私は、司令の逆側の腕に掴まっている港湾棲姫と顔を付き合わせている事に気がついた。

 

(≒〒↑★仝§♭!!!!!!!!)

 

 絶叫が声にならない。

 

『暁、早く神通達の所へ戻りなさい』

 

 背中を押されて振り返ると、牟田浜提督が立っていた。

 躊躇っていると、もの凄い悪寒が走った。

 “白狼”のおじさんの所で感じたあの感覚と同じだ。

 牟田浜提督が、何かに立ち向かう様に背を向ける。

 その背中は傷だらけで、シャツが血まみれになっていた。

 

(ひどい)

 

『Hurry、Hurry』

 

 抜けかけた腰で、東司令にせかされるままに、何故か港湾棲姫と一緒に引きずられる様に白い世界を走って、走って逃げ続ける。

 逃げ続けていたら急に床が抜けて、私は思わず東司令に力一杯抱きついた。

 

 

 目を開けたら、目の前に響の顔があった。

 

「姉さん、起きたかい」

「ん?」

 

 目を動かしてみると、ここは、夜寝る時に響と一緒に入った簡易ベッドらしい。

 外はもう明るくなっているみたいだ。

 

「電達はもう起きているよ、私達もそろそろ起きよう」

「そ、そうね」

 

 私が響の事を抱き枕みたいに思いっきり抱いて寝てたから、私が起きるまで待っていてくれたらしい。

 体を離して伸びをすると、大きな欠伸が出た。

 ずっと夢を見ていたせいか、全然寝た気がしない。

 窓の外から、今日も良い匂いがしてきた。

 

(今日はパンケーキかしら)

 

 食卓につくと、やっぱり、朝ご飯はパンケーキだった。

 たっぷりとメープルシロップがかかっている。

 

「へぇ、また凄い夢見たのねぇ」

「宇宙戦争に、私達が負けた世界に、別の艦娘と戦争してる世界、凄い冒険なのです」

 

 雷と電がパンケーキを食べるのも忘れて目を丸くしている。

 私は、朝ご飯を食べながら、さっきまで見ていた夢をみんなに話してあげていた。

 普通なら、夢なんて起きたら簡単に忘れてしまうけど、今回の夢は気持ち悪い位に全部憶えている。

 

「しっかし、オチが港湾棲姫と一緒に提督に引きずられて逃げるって、夢らしいヘンなオチねぇ」

「姉さんには作家の才能があるみたいだね」

「あはは、折角だから、忘れないうちにメモしておいた方がいいかも、これ、きっと出版したら売れるわよ」

 

 夕張さんは結構気に入ったみたい。

 

「でも、司令官は夢の中でも殴られてるのね、日頃の行いが悪いからかしら」

「Hum、これでも一日一善を心掛けてるつもりなんだがな」

 

 雷はまだ、翔鶴さん達にいたずらをした司令官の事を少し怒ってるみたいだ。

 私は、付け合わせについていた、ペパーミントクリームを口に入れる。

 クッキーみたいに可愛い形に型抜きされた砂糖菓子は、爽やかな味を残してさっと溶けていく。

 これは可愛いし簡単だから、電達とよく作った記憶がある。

 

「牟田浜啓司……さん、牟田浜水雷戦隊、思い出しました、バラック島のヤシロビーチ駐留、所属していた艦娘は……」

 

 神通さんが司令官を見て言おうとした時、何か、もの凄い衝撃が全身を打った。

 一瞬意識が途切れる程の衝撃で、私は片頬をメープルシロップまみれにして、体を起こした。

 みんな、きょろきょろと周囲を見回している。

 

「いったー、地震かしら?」

 

 一番被害が酷かったのは、椅子から転げ落ちた夕張さんだったみたい。

 響は鼻の頭がメープル塗れになっている。

 

「た、大変なのです!」

「空が割れちゃってるわ!」

 

 電と雷があげた声で空を見ると、確かに空のあちこちに亀裂が走っている。

 亀裂の中は真っ暗で、抜ける様な青空に真っ黒い亀裂が走っているのは、なんとも言えない不気味な雰囲気だった。

 

 

「何よこれ、作り物みたいじゃない……」

 

 




 今回は遅い上、他作品のネタとかオリジナル艦娘的なものまで盛りだくさんで、艦これのSSとか名乗るなとか怒られそうですが、書いてる側は好き勝手できて楽しかったです。
 ネタまみれでしたが、そこそこ話の裏部分の情報は盛り込まれているので、完全なネタ回って訳じゃ無いです。

 次回はもっと早く投降出来ると良いのですが……ただでさえ、忘れ去られた作品になってるし。

 気が向いたら、足跡代わりに評価をポチッと頂くか、一言感想など宜しくお願いします。
 次のモチベーションに繋がりますので。


※以下、本編に入れられなかった、エルドリッジ達の戦闘です。
 ただ消すのも少し忍びなかったので、ここに載せておきます。
 状況としてはオマウナクの能力で、鳥の視点からエルドリッジ達の最後の戦闘状況を見せられている所でした。
 クーナーさん出したくなったんで、ボツ。

<---------- オマケ、ここから ---------->


 目を開けると、月が緑色に光っていた。
 風が潮の臭いと、波の音を一緒に運んでくる。
 私は力を込めて羽ばたき、風を捕まえて飛ぶ。
 目を凝らすと、眼下に航行中の艦隊が見えた。

(榛名さん、利根さん、鳥海さん、秋月ちゃんに、川内さんと、龍驤さん)

 夜な上に遠目だが、はっきりと見える。
 大したものだ。

(何かしら?)

 遠くに、別の艦隊が見える。
 見たことのない艦娘だ。
 なんとなく駆逐艦と軽巡、あとは重巡、と軽空母っぽいの位は分かる。
 駆逐艦は3隻居てみんな白いセーラー服、軽巡はでボーイスカウトみたいな服、重巡は毛皮の尻尾付き帽子がマタギさんみたいで、軽空母は何だか、ハロウィンでローマさんがしてた魔女みたいな格好をしていた。
 そちらの艦隊を観察していると、どうやら、榛名さん達に気づいたらしく、駆逐の子が指を指している。
 すぐに艦隊は進路を変えると、二列に別れて複縦陣を組んだ。

(攻撃する気ね、演習かしら?)

 魔女の子が、鳥の羽を取り出して投げると、弾けて艦載機が飛び出した。

(グラマンだ!)

 特徴的な角張った形と爆音。
 味方機とは全く違うそれは分かりやすい。
 捕捉された事に気がついたのか、榛名さん達は陣形を組み替えた。
 輪形陣だ。

(あ、夜偵)

 川内さんのカタパルトから小さな飛行機が発進する。
 そのすぐ後に、砲撃の第一波が着弾した。
 大半は外れたけど、一発だけ、秋月ちゃんに直撃。
 吹き飛んだ右舷艤装から、大きな火と煙が上がる。

(実弾!?)

 遅れて龍驤さんが放った符が燃えて、艦載機が飛び立つ中、艦隊直上まで到達したグラマンで爆装していた機体が次々に急降下爆撃に入る。
 火を噴きながら、対空砲火を続ける秋月ちゃんに2発が直撃、利根さんに3発の至近弾。
 秋月ちゃんの艤装の爆発音はもの凄く、空でも空気の震えを感じた程だった。
 火薬に誘爆しないとああはならない。
 燃える金属が沈むのは一瞬で、一分と経たないうちに爆発しながら沈んでいった。

 轟沈だ。

 龍驤さんの出した、直衛部隊とグラマンが激しい空戦をしている。
 鳥海さんの打ち上げた照明弾が、アメリカの艦隊を浮かび上がらせ、強力な大型探照灯が光の道を描いた。
 梯形陣に形を変えながら、榛名さん達の艦隊の鼻先をかすめてゆくアメリカの艦隊が更に砲撃する。
 輪形陣の端にいた鳥海さんと、利根さんに着弾、でもまだ火は噴いてない。
 大体同じタイミングで反撃していた榛名さん達の砲撃がアメリカの艦隊に着弾した。
 探照灯に照らされていた、ボーイスカウトの子が一瞬揺らぎ、身体を跳ね上がらせて大爆発を起こす。
 第二射が発射された瞬間、不意に、輪形陣のど真ん中に駆逐の子が紫色のバチバチを放って出現した。
 榛名さんの右舷艤装が爆発し、二度三度、艤装全体に爆発が発生し、見る見る間に沈んで行く横を、榛名さんに一撃食らわせた駆逐艦が、両舷一杯で脱出して行く。
 混乱しながらも、捕捉行動で15.5cm三連装砲を発射した川内さんの背中に、いつの間にか肉薄していた他の駆逐艦が放った魚雷が炸裂する。
 色々と飛び散らせながら、水上に上半身を落下させる川内さんの左右を高速で抜ける駆逐艦達は、丁度榛名さんの右舷を雷撃した、最初の駆逐艦と対角線に輪形陣を駆け抜ける形となった。
 しかし、川内さんの右横を抜けた駆逐艦は鳥海さんに激突してしまい、足が止まった所を首を捻られて、艤装に20.3cm連装砲を打ち込まれ、四肢を飛散させる。
 離脱に成功した二隻の駆逐艦は本体合流に向かい、生き残ったマタギの重巡に合流したけど、二射目を受けて船足を失っていた魔女の軽空母は、三射目で沈められてしまった。

(あの駆逐の子、ワープしたみたいに見えたけど、それにしても無茶な作戦ねぇ、輪形陣のど真ん中を十字に横切ろうとするなんて)

 それにしても、今、見たのは実戦だ。
 しかも、艦娘同士で戦っていた。

(でも、榛名さん達と戦ってた方の艦娘って、全然見た事無い人達だったなぁ……なんか、ここもろくでもない所な気がするなぁ)

<---------- オマケ、ここまで ---------->



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