深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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 お久しぶりです。
 前回は、暁ちゃんの夢の世界(?)の冒険のお話しでしたが、今回はお仕事のお話しです。
 このお話しで、ちゃんとした作戦行動やるの始めてかも……

 


 【第十一話 強行偵察任務~ミツバチ作戦~】

【南の島? 東水雷戦隊鎮守府】

 

 

 黒い亀裂のせいで、空はまるで裂けたスクリーンに投影された安っぽい合成映像みたいに見えた。

 雲一つ無い、抜ける様な快晴が更に嘘くささを増している。

 

「やっぱり駄目だね、全然反応が無い」

 

 ここ一時間位、無線とあれこれ格闘していた響は、ため息をついて私が持ってきたお茶を飲んだ。

 

「どこか壊れてるとか、妨害電波とかしら?」

 

 私は、自分の分のお茶を啜りながら、後ろで何かアンテナをかざしている夕張さんを振り返る。

 

「ん~、さっき見た限りだと、無線は壊れてないのよねぇ、そーれーに、妨害も何も、電波らしきものが全然拾えないのよ、正直、そっちの方が問題だわ」

 

 夕張さんは、きょとんとしている私に見て、コード付きのアンテナで肩をとんとん叩きながら、きゅっと、自分の分のお茶を飲む。

 

「普通なら、人が住んでるんだから、何かしら、こんな所でもラジオの電波くらい入ってくるでしょ、ここ一応、ラジオ局も、テレビ局もあったし、まぁ、チャンネル2つしかないし、アニメもナゾのストップモーションのやつしか流れないけど、それも無いのよ、さっきの地震で局がやられたって訳でもなさそうだけど」

「確かにヘンね」

 

 朝ご飯の最中、突然の地震(?)に見舞われて、空が割れた様になってしまった後、事態の把握の為、私達は手分けして対応に当たっていた。

 無線で隣の翔鶴さん達の鎮守府意外の場所へ連絡がつかない状態になっている事が判明した為、響は夕張さんと一緒になんとかして外部へ連絡する為に努力、雷と電は町の方へ様子を見に行き、神通さんはお隣の鎮守府から、敵に何か動きがあったと言う事で、東司令とそっちの相談で出かけている。

 私はと言えば、司令が留守の間、何か判断が必要な場合の司令官代理を任命されていた。

 

(司令官が居ない間の代理なんて、一人前のレディなら出来て当然ね)

 

『大変よ!大変!』

『一大事なのです!』

 

 町へ偵察へ行っていた雷と電から、30分もしない内に最初の連絡が入った。

 “内線”から、二人の動揺した雰囲気が伝わってくる。

 

「一体どうしたんだい、まるで、幽霊でも見たみたいじゃないか」

『ちがうわ、誰も居ないのよ!』

 

 何だか、会話がかみ合っていない。

 困った顔でこちらを見る響と目を合わせ、私は“内線”で二人に呼びかける。

 

「はぁ、取りあえず、ふたりとも落ち着いて報告してよね、司令官に笑われちゃうわよ」

 

 動揺している二人の感覚に呑まれない様、私はもう深呼吸してもう一度呼びかける。

 

『もう、落ち着いてる場合じゃ無いわ、町から誰も居なくなってるのよ、人っ子一人居ないの、まるで最初っから誰も居なかったみたいに』

『端から端まで見て回ったけど、本当に誰も居なくなっていたのです』

 

 興奮しきりの雷に対して、電は不安そうな感じだ。

 

「うーん、それって、まるで、マリーセレスト号事件みたいにって事かしら、食べかけのご飯が残ってたりとか、吸いかけの煙草があったり、つい、いままで人が居た痕跡が残ってる感じで」

 

 興味津々な意識を振りまきながら割り込んだ夕張さんに気を惹かれたのか、雷の思考が少し安定する。

 

『言われてみれば確かにそうねぇ、流しの中に洗ってない食器が入ったままになってる家はあったわね』

 

 妙にオカルト的な話になってきた。

 雷は少し考え込んでいる様子だ。

 

「急いで逃げ出した感じかしら?」

 

 私は“事実じょーほう”を収集する為に方向修正する。

 憶測で行動するのは駄目な指揮官の典型なのだ。

 “内線”は向こうに居る司令官にも神通さんにも“聞こえて”いる筈だが特に割り込んでくる様子はない。

 他に集中している事があるか、私に任せて聞き取りをしているのだろう。

 

『別にものが壊れたり、散らかっていた様子はなかったから、空襲されたとかじゃないのです』

『確かに、取るもの取り敢えずかも知れないけど、パニックって感じじゃないわね』

 

 私は頭の中で、日常生活を行っていた街の人達が、突然全てをそのままにして、整然と街を出て行く光景を想像する。

 後に遺されるのは無人の街。

 ふと、賑わっていた市場と錆と死体だらけの街の風景が重なり、背筋にぞくりとした感覚が走る。

 

(二人が帰ってきたらココアをいれようかしら)

 

 新しい謎を解くには、頭を使う必要がある。

 あたまを使う時には、甘い物の補給が欠かせないのだ。

 決して、背筋にでた寒気が消えないからではない。

 

「そうすると、町の人達は突如として、整然と混乱も無く、何一つ持たずに消えてしまった事になるわね、サイレンも聞こえなかったし……うー、ムー的な何かを感じるわぁ」

 

 こんな状況だと言うのに、夕張さんは何だか楽しそうだ。

 

『笑い事じゃ無いわよ!』

 

 不真面目な夕張さんの台詞に雷がぷんすこ怒っている。

 確かに、今朝、死体で一杯の無人の町をうろつく夢を見た私だって、笑い事じゃ無い。

 あの夢、やけに感覚が生々しくて、記憶がはっきりしているので、油断してると又、フラッシュバックが起きそうなのだ。

 

「確かにこの状況はとても奇妙だね、これも、深海棲艦の攻撃の一種なのかな」

 

 こんな状況でも響の声は静かで落ち着きを与えてくれる。

 

「砲撃も何もせずに町から人を消すなんて、幾ら深海棲艦でもできるのかしら、今までにそんな話聞いた事無いから、あったとしたら新兵器?」

 

 あそこの町の人口はよく分からないけど、この島の人口は二千人くらいと聞いた事がある。

 雷達が見に行った町は、この島で一番大きい所だから、少なくとも数百人は居たはずだ。

 それだけの人間をいっぺんに痕跡も無しに消す、或いは、何かがあって逃げたとしても、それだけの人数がいっぺんに隠れられる様な場所は何処かにあるんだろうか。

 想像がつかない。

 

『深海棲艦は、船とか、私達を先に攻撃するので、私達を無視して、町の人達だけを攻撃するのはおかしいのです』

『そうよねぇ』

 

 深海棲艦は本能的に、船、あるいは、船に近い存在の艦娘を敵と認識して攻撃してくる。

 基本的に人間は注意を無理に惹かない限り、艦娘より先に攻撃される事は無いはずだ。

 深海棲艦が艦娘より人間を優先して攻撃し始めたら、いままでの常識の一つがひっくり返ってしまう。

 

「取りあえず、後は神通さんとしれーかん待ちね」

「そうだね、敵に動きがあったと聞いているから、気になるね」

 

 私の言葉に響も頷いて、少し冷めてしまったお茶をすする。

 

『Hum、Ghost townか、こっちでも別の村にscoutを出しているが、同じ状況らしい、細かいことは帰ってから話そう』

「了解したわ」

 

 東司令も内線を丁度聴いてたみたい。

 東司令と神通さんは30分ほど後に帰って来た。

 取りあえず、みんなと食堂へ移動し、一通り、無線の状況と、町が無人になっているという情報をリストアップし、会議形式で再共有する。

 “内線”の通信はどうしてもイメージ優先で、キャッカンセイに欠ける為、改めて全員で再確認するプロセスはじゅーよーなのだ。

 

「Hum……と言うわけで、手分けして行った偵察活動では、body count、head count共に0、Civillianは一人も発見されなかった、戦闘の痕跡も全くなし、Panicの欠片もない、Cleanそのものだ」

 

 机の上のモニタには、人っ子一人居ない町中を映した動画が流されている。

 雷と電が撮影してきたものだ。

 若干乱雑に並べられた野菜や果物は瑞々しく、ぶら下げられた魚もハエがたかっているのに目をつぶれば、別に腐っている様子はない。

 所々に小銭や飲み物のカップ、食べ物の串等が点々と落ちているが、乱雑に放り出されたという感じではなく、それぞれ、屋台の前にまとまって落ちている。

 カフェに入ってみると、テーブルの上には、二、三口かじった跡のあるトーストと、剥きかけのゆで卵にミルク入りのコーヒー。

 半開きになったレジと、床に散らばっている数枚のコインが、僅かな混乱の痕跡として残されていた。

 

「見た感じだと、手に持っていた物がその場に落ちた様に見えるわね、まるで、持ち主が瞬間的に消えたみたいに……でも身につけてた服が残ってないから、手に持ってた物だけその場に落としてどこかへ歩いて立ち去ったか」

 

 映像を見ながら呟いている夕張さんの台詞を聞いている内に、ゾンビの様にふらふらと歩き出す人々の姿を映像に被せてしまい、私は身震いした。

 手の中でぱきっという軽い音がして、我に返る。

 

「あ」

 

 両手で持っていたマグカップに大きな罅(ひび)が入っていた。

 “神”の字を背景にパンダイルカが跳ねているかっこいい図柄がお気に入りだったのに、勿体ない。

 

「Ms.響、通信状況はどうかな?」

「Да(ダー)」

 

 司令官に水を向けられた響はカップを置いて、目線をあげる。

 

「今までの中で一番酷い状態だ、大本営所か、近くの補給基地とも繋がらない、完全に無線封鎖されてしまっているよ」

「hum、隣の鎮守府もご同様の状態だ、外部からの支援は受けられないと思った方がいいな」

 

 響の言葉に頷いていた提督は、雷に目線を移す。

 

「Ms.雷、備蓄はどうかな」

「そうねぇ、糧食は備蓄で半年分位かしら、うちの鎮守府だけなら、食べ物は割と自給できるから、もう少し延びると思うけど……私達は最悪燃料だけあれば大丈夫だし」

 

 ぞっとしない話に雷は顔を顰めて口ごもった。

 確かに、私達は艤装に充分な燃料があって、搭載してる妖精さん達が元気なら充分動ける。

 けど、食べたり、飲んだり、眠ったり、“人間らしく”するのは、私達にとって、単なる習慣以上に大事な事だ。

 響達と一緒にちょっと特別なカレーを仕込んでいる時の楽しみ、雷の作ってくれるご飯やおやつをみんなで食べている時に感じる幸せ。

 我慢は出来る、でも、無くしてしまうのは絶対にイヤだ。

 

「あと、発電器用の燃料は4ヶ月位ね、私たち用のは、普段通りに作戦活動するなら6ヶ月分位、弾薬は3ヶ月分位よ、高速修復材は128個」

「Good、悪くない」

 

 雷の報告に東司令は頷いている。

 ちょっと艦娘用の弾薬備蓄が少ない気がするけど、人類が確保している水域の端に設置された前線基地だって事を考えれば、こんなものだろう。

 高速修復材も戦艦、空母を運用している艦隊へ優先的に回され、比較的、入渠時間が短めの軽巡と駆逐で構成されている水雷戦隊への配給は少な目になる。

 それでも、128個も残っているのは、割と節約してきた結果である。

 装甲部分を深海棲艦から剥がした鋼板に置き換えるだけで、入渠に必要な時間は結構短くなるものだ。

 とは言え、激しい戦闘なら、結局4つ以上使うことは珍しくもない。

 連戦になったらあっという間に無くなってしまうだろう。

 

「持久戦になっちゃうと不利ねぇ」

 

 夕張さんが何事か指折りを数えながら呟いている。

 多分、工廠に備蓄してある部材の在庫の事だ。

 兵装、素材は機会があれば出来る限り回収、鹵獲しているけど、そんな余裕のある状況というのも中々ない。

 現状、消耗品より、兵装が破損する方が遙かに深刻な問題だ。

 特に電探なんか壊れたらそれっきりになってしまうだろう。

 

「Hum、不安要素は多いが、取りあえずは plan Bだな」

「えっ……」

「どうしたんだい」

 

 半分ぼーっと考え事をしていた私は、東司令の言葉に思わず反応してしまい、響に顔を覗き込まれてしまった。

 

「ううん、なんでもない」

「そうかい」

 

 夢で見たおじいちゃんが叫んでいた言葉と同じ言葉。

 あの時の状況を考えると、なんだか凄く不吉な感じがしてしまう。

 

「それって、まだ、何にも考えてないって事じゃない、ほんと大丈夫?」

「我々は隣島への上陸偵察を実施します」

 

 モンキーレンチで肩を叩きながら大あくびする夕張さんに視線を当ててから、神通さんは私達全員を見回した。

 

「本土だけではなく、近隣諸島からの発信電波が途絶えているのは、確認した通りです、我々の泊池がある本島の偵察はおおむね完了しましたから、続いて近隣の諸島の偵察を行います」

「このOperationもとなりの鎮守府とのconcerted operationになる、operation code は“Honey bee”だ」

「しれーかん、なんでミツバチなの?」

 

 雷の問いに、東司令は隣島の地図に赤マルが描きこまれた一点を指さした。

 

「今回偵察を担当する隣島には、緊急用に秘匿されたSecret Depotがある、そこの周辺状況の確認及び、可能であれば物資の持ち出しを行うが、輸送用の通常船舶の支援はない……場合によっては火事場泥棒になるからな」

「そんなへそくりがあったなんて、知らなかったわ!」

 

 雷は驚いたみたいに机を軽く叩いた。

 横目をやると、少し不満そうな顔をしている。

 秘匿資材はいわゆる“ぐんじきみつ”だから隠されているのは仕方ない、けど、鎮守府の家計を預かる“主婦”としてはやっぱり知らない”へそくり”には少し思う所がある様だ。

 東司令は軽く肩を竦め、唇の端を軽く持ち上げる。

 

「Sorry ま、取りあえず行けば現物を見られる」

「そーいう事じゃないでしょ!」

 

 憮然とお茶をすする雷の隣で、電が挙手した。

 

「あの…司令官さん、そこにはどれ位物資が貯蔵されているのです?」

 

 東司令は軽く手元の資料に目を落とした。

 

「Hum……隠してあるのは、艦娘の予備兵装と弾薬、燃料がMainだ、Sizeは書いてないが、多分、六畳間か八畳間程度だろう」

 

 普段は英語混じりなのに、今回は妙に日本的な例え方だ、まぁ、その方が分かり易いんだけど。

 

「それでも一度に運ぶのは難しそうだね、なにを持ってこればいいんだい?」

「Fuel 、Ammoには今の所、余裕があるから予備兵装を中心に回収した方が良いな」

 

 東司令は、クリップバインダーから書類を外し、雷に差し出した、けど、遠すぎたので、伝達は電経由になる。

 

「You達用に予備兵装を一揃い選んで、後は、消耗品で備蓄の少ない物から優先して選んでくれ」

「わかったわ!」

 

 自分の知らないへそくりに若干釈然としない顔をしていた雷は、機密物資の回収リスト作成を任された事で、機嫌を直したらしく、にこにこしながら書類をめくり始めた。

 

「輸送任務ならドラム缶ね、偵察を兼ねてるから……一人1個位にしておいた方がいいかしら」

「確かに、今の状況だと、安易に兵装を削るのは危険なのです」

 

 雷の横からリストを覗き込んでいた夕張さんの呟きに、電も同意する。

 持って行く兵装の相談から、みんなの間で何となく雑談が始まった。

 神通さんがちらりと目をやると、東提督が頷く。

 

「Hum、こんな所かな」

「各自、明日6:00までに出撃準備を完了し、食堂へ集合して下さい、以上、解散」

 

 

 翌朝、食堂に集合した私達は簡単に作戦の再確認をしてから出発した。

 慣れ親しんだ潮の香り。

 でも、頬をこする空気はなんだかなま暖かくて、なんだか澱んだ感じがする。

 毎日見飽きるほど眺めた抜ける様な空も、今はヒビに覆われて、割れた鏡みたい。

 ヒビから漏れた赤黒いシミが、気持ち悪いすじ模様を描いていて、ぼう、と滲んでうごめいている。

 まるで、浮き出た血管みたいに見えて凄く気持ち悪い。

 私は口を結んで対空警戒を続けながら、神通さんの後を追従する。

 旗艦の神通さんを先頭に対空電探を積んだ私と響、水上電探を積んだ夕張さん、その後ろに水中聴音機と爆雷を積んだ雷と電が続く単縦陣だ。

 緊急事態が発生する迄は、基本通常の無線は封鎖、傍受の危険性のない東司令を経由した“内線”でやりとりする。

 神通さんは零水偵を積んできているけど、敵に捕捉される危険性もあるため、やたらと飛ばす訳にもいかない。

 今は空と水上を見張る“眼”と、水中の物音を聞き取る“耳”が頼りだ。

 

 かなり警戒して進んだけど、特に敵影を発見する事もなく、私たちは順調に目的地へ接近した。

 

(これで空がふつうなら、少しは気分がいいんだけどなぁ)

 

 私はそんな事をちらりと思ったが、すぐに首を振って気合いを入れ直す。

 偵察活動はおさんぽではないのだ。

 気を抜いていたら、浮遊忌雷で手足を無くしかねない。

 擬体の手足なら割と簡単に生えてくるとは言っても、痛いものは痛いし、触雷するのは私とは限らない。

 私が敵を見逃したせいで妹たちが傷つく事になったら、立ち直れないだろう。

 すっかり日が高くなった頃に、目的地の島が見えてきた。

 

(ふぁーすとらんど島ね、周囲4キロ位だったかしら?)

 

 遠目に見るファーストランド島の印象は、なんだから平べったい島という感じだった。

 多少の起伏と林が少し。

 あれだけだと、非常時に待避しても、上空偵察で簡単に発見されてしまいそうだ。

 

(なんでこんな分かり易い所に秘密基地を作ったのかしら?)

 

「右に少し回り込んで、そこの岩場から上陸します、接岸準備用意」

『はーい』

 

 神通さんに続いて私たちは面舵へ転舵する。

 岩がごつごつして歩きづらい以外、上陸はあっけない程簡単だった。

 姿勢を低く保ったまま、神通さんが指した手近な茂みへ走り込む。

 しばらく無言で、みんな周囲の音を聴き、周りの様子を伺う。

 電探に頼れない障害物だらけの地上だと、艦娘も人間と同じで眼と耳が頼りになる。

 波の音と葉鳴り、良いお天気だけど、なんだか風が強い。

 小さな足音は聞こえないかも。

 でも、みた感じ、周囲に何か動く気配は感じなかった。

 

「陸戦装備を準備してから進みます、艤装はしまって下さい」

 

 小声で囁かれた指示を受け、私たちは艤装から防水ケースを外し、中から陸戦用装備を取り出した。

 出発前のブリーフィングで、島の上で敵と交戦する可能性もあるので、念の為、持ち出し許可が出た兵装だ。

 陸の上で艦載砲を撃つには、いちいち膝をついた射撃姿勢を取らないとひっくり返るっていうのもあるけど、艦載砲を撃つより静かだって事と、間違って保管庫の方を撃っても大丈夫っていう事情もある。

 艦載砲に比べれば、小銃や短機関銃の銃声なんて、こおろぎの鳴き声みたいなものだ。

 火力は艦載砲とは月とすっぽんだけど、ちゃんと、当てるところに当てれば深海棲艦も倒せるはず。

 

(いちにんまえのレディはちゃんと、作戦に応じて、てきせつな装備を使い分けできちゃうんだから♪)

 

 私は二式小銃の前後に分かれてる部品を組み合わせて、しっかり固定する。

 少し短い九十九式小銃みたいで、私達にも割と使いやすい……気がしない事もない。

 これは、見た目のデザインはそのままに、内部きこーが改修された“当世版”だ。

 今風のデザインにするより、“かつての戦争”で使われていた武器と同じにした方が“妖精さんの落ち着きが良い”らしい。

 妖精鍛冶の人が、私達、艦娘から引っこ抜いた妖精さんを宿らせて一丁一丁仕上げるから、大量に作るのは難しいんだけど、そもそも妖精さんが見える私達か司令官みたいな人達位しかうまく使えないので、そこまで沢山作ってもしょうがないと思う。

 弾薬は、腰につけてきた弾薬盒に120発位持ってきている。

 

(こんなにたくさん撃たないと思うけど……)

 

 ちなみに、口径は7.7mmじゃなくて、NATO規格の7.62mm弾になっている。

 補給に便利だから、最初から7.62mm NATO弾に変更する事を考えて設計し直されたって司令官は言ってた。

 “当世版”の三八式は5.56mm NATO弾らしい。

 神通さんは九九式狙撃銃、夕張さんは百式機関短銃と、十四年式拳銃。

 もちろん、両方とも“当世版”で、狙撃銃は7.62mm NATO弾、機関短銃と拳銃は9mm パラベラム弾用に再設計されている。

 夕張さんは出発直前まで九十九式軽機関銃とどちらを持って行くかかなり迷って唸っていたんだけど、結局、持ち運びが嵩ばり過ぎると言う事で泣く泣く諦めていた。

 いつもの事だけど、お気に入りのおもちゃを前にして悩んでいる子供みたいでつい笑ってしまった。

 

(夕張さんも、いちにんまえのレディまではまだまだねぇ)

 

 私達は神通さんが出した地図を囲んで、最終確認をする。

 

『保管庫の場所はここです、陸上の徒歩ですから、30分程度は見た方が良いでしょう、整備された道はありませんから、少し藪こぎして進む事になります』

『うぇ、服がヘンな草の種まみれになっちゃいそう』

『茅の葉っぱがちくちくするのです』

『マチェットでも持ってくれば良かったかしら?』

『秘匿された保管庫だから、あまり痕跡を残すのは良くないんじゃないかな』

『任務の為なら、少しくらい制服が汚れるのなんてへっちゃらなんだから!』

 

 撤退時の集結地点は、今の上陸地点がアルファ、私達の泊池に向かう航路上にブラボー、泊池に向かわず、本島側へ向かう航路上にチャーリーを設定。

 大体、後の方を使う様になる程、状況は悪くなっている。

 特にチャーリーを使う場合は、足が速い水雷戦隊でも逃げきれない状況だから、無傷で切り抜けるのは難しい状況になっていると思う。

 

(考え過ぎよね……)

 

『……陣形は二列横隊を取ります、いつもの陸上用配置です』

 

 陸上の二列配置なら、先頭は私と響、その後ろが神通さんと雷、最後が電と夕張さんになる。

 

『出発』

 

 藪の中に入ると、私の背丈より高い草に囲まれて、太陽どころか、何も見えなくなっちゃったけど、私達艦娘には羅針盤があるからいつでも真北がわかる。

 だから一定の方向に進むのはとても簡単だ。

 

『迂回で、西に30m程度それました、戻しましょう』

『暁、了解よ』

『響、了解だよ』

『雷、了解したわ』

『電、了解なのです』

『はいはい~い、夕張了解でーす』

 

 時折神通さんの方向指示が“内線”でとんでくる。

 前後は10m程度間隔を開けているので、お互いの姿は見えないけど、“内線”のおかげでおおよその位置はわかる。

 ただ、頭上は完全に木陰に覆われているし、進む先も、私達の背丈より高い草でぜんぜん見えないのには辟易させられた。

 いくら手を切ったりする事は無いとはいえ、密集した草を、できるだけ静かにかき分けて進むのは気疲れする。

 草だけならまだ良いけど、たまに蜘蛛の巣は絡むし、上からぽとぽとと蛭が落ちてくるのは最悪だ。

 

『おっと……ごめんよ』

 

 響の方は、さっき蛇を踏んづけたらしい。

 この手の虫や害獣は私達の肌に歯は立たないから、怖がる事は無い、そうなんだけど……やっぱり、気持ち悪いものは気持ち悪い。

 

『ん……?』

『姉さん?』

『何か、聞こえた気が』

 

 私は響に生返事しながら、意識の端にひっかかった何かに、感覚を集中する。

 

『総員停止、低姿勢』

 

 神通さんの指示に反射的に従うと、私の耳にはっきりと、がさがさと何かが動き回る葉ずれの音が聞こえてきた。

 

『2時の方向から、こっちへ少しずつ近づいてくるわ!』

『大きい、2m以上……3mは無さそうだけど』

 

 私の警告に、夕張さんの報告がかぶり気味に続く。

 

『各艦、陸戦準備、可能ならやり過ごします、指示があるまで発砲はしないで』

 

 私はなるべく静かに二式小銃を抱え直した。

 結構完熟訓練はしてるけど、艤装に積む火砲とは感覚が違う。

 難しさで言えば、フォークとお箸、いや、手づかみとお箸位の差がある。

 そんなくだらない事を考えている間に、がさがさと草を押し退ける音はどんどん近づいてきていた。

 もう、すぐ脇を歩いている様な感じだ。

 

『ちらりと見えた、駆逐イ級だね……まだ、警戒色は出してないみたいだ』

 

 響のつぶやきが聞こえてすぐ、私にも揺れる草が見えた。

 光は見えない。

 警戒中の深海棲艦は、目を発光させ、装甲部分にも縞模様状にオーラの光を波打たせる。

 同じ種類の艦でも色合いは違っていて、大体、赤、金色、青白色の順に危険になってゆく。

 

(あれなら、船体部分は大型のオートバイ位かしら)

 

 息を呑んで、目の前を移動中の目標をいつでも狙える様に全身の力を抜く。

 装甲部分に当てても、有効打にはならない。

 

(駆逐級なら、左右の目、口の中にある弾薬庫、後はお腹の喫水下辺り)

 

 普段は見えない喫水下の部分は、無装甲で柔らかい。

 

 私達の緊張とは裏腹に、駆逐イ級は幾分ヨタヨタしながら歩いて行ってしまった。

 どうやら発見されずに済んだようだ。

 

『Hum……連中、“探している”か』

『秘匿倉庫があるのバレちゃってるのかしら?』

『まだ分からんな、確認してくれ』

 

 不安そうな雷の声に、軽い調子の東司令の声が被った。

 肩を竦めるイメージ付きだ。

 

『了解、全艦、警戒態勢のまま前進』

 

 神通さんの声には、小銃を構えたまま進む私達のイメージがついてきた。

 “内線”の会話は、言葉にしなくても、自分の思った事を伝える事ができるから、短時間に言葉だけの通信とは比較にならない情報量をやりとりできてしまう。

 これは本当に便利だけど、混乱してるのもそのまんま伝わってしまうので、最悪、1艦の混乱が艦隊全体に飛び火する事もある。

 だから、提督と“内線”で繋がる艦隊にはせーえいの艦娘が割り当てられるのだ。

 

(ま、うちにはぎりぎりの数しか居ないんだけど……)

 

 小銃を抱えたまま、そっと、藪をかき分けて進む。

 さっきよりはだいぶ遅くなるけど仕方ない。

 

『目的地の方から、何か物音がしています、警戒を厳にして下さい』

 

 耳を澄ましていると、確かに遠くから微かに風で揺れるのは違う葉擦れの音が聞こえる気がした。

 

(何か居るのかしら?)

 

 音は、私達が近づくとだんだんはっきりとしてきた。

 

(木の倒れる音?……あれ?)

 

 不意に藪が途切れて、私は眩しさに目を細めた。

 反射的に立ち止まり、身を低くする。

 ぷん、と青臭い臭いが鼻をついた。

 

『止まって!藪が切れてるわ』

『姉さん、地面が』

 

 珍しくギョッとした様な響の声に慌てて地面に目をやり、私は思わず後じさる。

 刈り取られた草の間から、青黒くぬめぬめした金属が顔を出していた。

 

『深海棲艦の装甲?』

『そんなぁ~』

 

 怖がっていると言うよりは、がっかりした様な雷の声で、私は気を取り直した。

 

『ん~、これって、陸上型の艤装よねぇ、流石に見たのは初めてだけど……サンプル取っちゃだめ?』

『Negative』

『却下します』

 

 既に小型トーチを片手に持ち出している夕張さんを、東司令と神通さんが口を揃えて制止する。

 

『ちぇ~、仕方ないかぁ』

『あぶないのです』

 

 刈り取られた草と多少の木が折り重なった広場を、草むらに姿を隠しながら見回すと、少し先の、丁度中央辺りに誰かが座っているのが見えた。

 その周辺は誰かが草を片付けたのか、青黒い金属が完全に露出している。

 目を凝らして望遠してみると、黒くてふわふわにウェーブした髪が背中を覆っていて、頭には真っ黒いハーフボンネットを被っているのが見えた。

 その右横には、火砲が突き出した艤装があって、背中をぐるっと回り込む様に左側へ傾斜のついた滑走路が付いている。

 

『離島棲鬼、姫かしら?ぱっと見た目じゃ分からないわねぇ』

『“姫”型だった場合、砲台小鬼が随伴している筈、各艦、周辺警戒を厳にして下さい』

 

 棲鬼、棲姫級が出てくると、私達水雷戦隊だけでは打撃不足。

 目の前の離島棲姫の様に特殊な陸上型の深海棲艦なら尚更だ。

 陸上型深海棲艦の艤装には侵食能力があって、今、目の前でやってるみたいに、地上を自分たちの陣地、基地へ変えてしまう事ができる。

 時間は結構かかるみたいだけど、侵食が終わると、周囲数キロは青黒い鉄に覆われて、多数の火砲と艦載機に守られた要塞になる。

 艦娘の間に伝わる怪談話だと、最終的には建造能力を備えた基地に成長して、そこには深海側の提督が棲んでいるなんていうのまである。

 陸上型には重巡と戦艦が撃てる、三式弾が結構有効な筈だけど、うちの鎮守府にはいない。

 戦車妖精さんを積んだ内火艇辺りがあれば少しはなんとかなるかも知れない、あと、ドイツ艦が持ってるロケットランチャーも使えるらしいけど……

 

(無いものの事を考えても仕方ないわよね)

 

 対地上攻撃用の装備を積んできていない今、あの艦の撃破はかなり難しい。

 

『Эй, смотрите! (エーイ、スマトリーチェ)あの艦が座ってる先、何かある』

 

 響の声につられて、離島棲姫の向かいに目をやると、緑色に盛り上がったものが見えた。

 周囲15m程がぬらぬら光る金属に覆われている中で、ふさふさに草の生えた土饅頭はやけに浮いて見えた。

 

『Hum……アレがDepotだな』

『何で取り込まれてないのです?』

 

 陸上型の深海棲艦が艤装を展開する場合、材料に使えるものは呑み込まれ“消化”されて拡張の材料にされてしまう。

 確かに、補給品が無事なのはちょっと不思議だ。

 電の疑問には、肩を竦めるイメージが帰ってきた。

 

『分からん、But 取り込まれてないと言う事は、まだ回収する chance はあるって事だ』

『だといいけど』

 

 雷の声には、溜め息をついている様な気配が漂っている。

 まぁ、隠し在庫の確認を結構楽しみにしてたからしょうがない。

 

(雷、ヘンな事が起きすぎて、思ったより気落ちしてるのかも、でも、こんな危ない状況なのに、司令官はぜんぜん慌ててないわね、帰ったら少しほめてあげなきゃ)

 

 私達、艦娘側の一番の強みは、司令官との絆である“内線”だ。

 司令官と結ばれることで、艦娘は、艦隊という一つのせーぶつとなる……だったっけ。

 兎に角、それだけ結びつきの強い“内線”で、一番危険なのは艦娘達の思念を処理するサーバでもある、司令官の動揺や混乱だ。

 艦娘側の混乱は最悪、“内線”から締め出すって言うことも出来るけど、司令官の場合、戦闘中の強制切断なんてしたら大変な事になってしまう。

 司令官が倒れた事によるブラックアウト、発狂による戦術情報の混乱などなどで、艦隊がまるまる壊滅したお話はいくつも聞いた事がある。

 イヤな死に方だ。

 

『うーん、電探には頼れないけど、少し離れた所に、幾つか筒先出してうろついてるのが見えるわね、うーん、あれは3m以上あるわね……バラバラに3か、5か……ちょっと絞りきれないけど、取りあえず直近1km以内に他の敵艦は見えないわ』

 

 どうやら、近くの木に登って、視界を望遠しているらしい。

 

(結構細い木なのに、危ないなぁ)

 

 夕張さんは結構ほっそりしてるけど、流石に私程には体重が軽くない。

 下手すれば、ぽっきりといきそうだ。

 そんな心配をしつつも、私は右手でひさしを作り、周辺を精一杯目視警戒する。

 望遠された視界の中には、敵機は見あたらないし、不自然に揺れてる茂みは見えない。

 まぁ、夕張さんみたいに上から見晴らした訳じゃないけど。

 

『暁、敵機、敵艦の視認は無いわ』

『Да(ダー)こちらも同じだよ』

 

 私の左手に陣取っている響からの報告も同じ。

 見落としてるだけかも知れないけど、実際に交敵してみるまで、それは分からない。

 陸上では私達の装備は本当の実力は発揮できない。

 こんな時は、危険な場所だと言うのに、海に戻りたくてしょうがなくなる。

 

『Hum……Miss.神通』

『はい』

『Atack and sink、離島棲姫を撃破する』

 

(なに、めちゃくちゃな事言ってるのよ!)

 

 陸上型深海棲艦なんて、ふつう、支援を受けた連合艦隊で戦う相手だ。

 輸送任務で、ドラム缶を積んだ水雷戦隊が正面から戦える相手じゃない。

 提督のつまらない冗談に私が内心、ぷりぷりしていると、少し黙っていた神通さんからの通信が届いた。

 

『提督、現状、陸上型深海棲艦の正攻法での撃破は困難です、ただ、離島棲姫のみであれば、肉迫して近接戦に持ち込む事で撃破は可能かと思います……しかし、その場合、離脱は困難となります、ご存じかとは思いますが、陸上型深海棲艦は単独では行動しません、必ず、強力な随行艦、及び、支援艦隊と行動している筈です』

 

 神通さんの声のイメージは、いつも通りとつとつとして静かだったけど、なんだか、少し、少しだけ、背筋が寒くなった。

 私に向けられたものじゃないけど。

 たぶん、殺気に近いもの。

 

(やれと言われればやりとげる、でも、それを命じるという事は、私達に死ねと命じること、それを理解されていますか?)

 

『That's Right』

 

(ん~)

 

 間をあけずに届いた司令官の“声”は深く頷いている様な肯定のイメージ、だけど、何か含みがある。

 

『陸上型深海棲艦は単独では行動しない、Because 地上で艤装を展開を始め、数時間は完全に無防備になるからだ』

 

『へぇ、知らなかったわ!』

 

 雷の素直な驚きの“声”に、司令官は軽く肩を竦めるイメージを送ってきた。

 

『普通なら、その無防備な時間は、随行艦が張り付きになってる、ま、大体、地上で陸上型が見つかるのは強引に上陸されて接近が困難な場合か、見つけられないまま上陸されて、ある程度、艤装がPackage openされた後だからな、sleepyな彼女達をみる機会なんて無いだろう」

『спящий (スペーシィ)確かにうつらうつらしているね、お昼寝かな』

 

 司令官が喋っている間、離島棲姫の横に回り込んでいた響が、イメージを伝えてくる。

 確かに、目を閉じて船を漕いでいるみたいだ。

 全く、のんびりしたものである。

 

『……眠ってるにしても時間はなさそうねぇ、随行の砲台小鬼がいつ帰ってくるか分からないし』

『今回の作戦の趣旨はgrab and dash、かっぱらって逃げ出すだが、But、残り物を無駄にするのはMOTTAINAI精神に反する、そっくりPinataにしてプレゼントしてやろうじゃないか、Miss.夕張』

 

(ぴにゃーた?なにかしら)

 

『よっ、と、はい?』

『物資をIEDにするのはどれ位かかる?』

 

 木を少しだけ揺らしながら降りてきた夕張さんに、東司令が話しかける。

 

『そうねぇ、小さいのなら5分、あそこ全体を吹き飛ばしたいなら、15分位ほしいかなぁ、でも提督、アレ全部誘爆させたらここがクレーターになる位の分量ありますよ』

『Sure、それ位じゃないと“彼女”に通用しないだろう、できれば十分以内にやってくれるとありがたい』

 

 手から木くずを払いながら答える夕張さんに、にこりともせずに東司令は無茶ぶりをする。

 まぁ、全部“内線”の中のイメージなんだけど。

 

『はいはい、艦長の仰せのままに、7分半でやれって言われない分、うちは惑星連邦よりはホワイトね』

『Hum、では、今から離島棲姫爆破工作を行う、Miss.夕張はDepotに潜入してbombの準備、Lady 暁は助手として同行、他はMiss.神通の指揮でその支援を実施してくれ、交戦状態になるまで艤装の展開は禁止する』

 

(爆発物の設置は雨の日の座学と、海岸の防衛線の構築でやった事あるし……いちにんまえのレディは何でもできちゃうのよ!)

 

『НетНет!(ニェーニェー)……ダメだ、司令官、私が助手をやる』

 

 了解の返答を返そうとした時、不意に響が東司令に抗議した。

 普段の響はこんなあからさまに命令に逆らったりする子じゃないから、私は少し驚いた。

 

『Neggative、許可できない、Miss響は支援を担当せよ』

 

 でも、響に即答した東司令の言葉は、まったくとりつくしまもなくて、私はちょっと気分を害した。

 

(確かに、ちょっとわがままに聞こえちゃったのかも知れないけど、もうちょっと言い方あるじゃない……褒めて上げるのは取り消しよ!)

 

『私は東側に出張してた時にも、破壊工作の研修を受けている、私の方が適任だよ』

『Dance partnerの変更は認められない、支援活動を開始せよ』

『Жесть (ジェスチ)、司令官……本当に姉さんじゃないとダメなのかい?』

 

 響がこんなに逆らうのは珍しい、電からは心配する気配が伝わってくるし、雷もよく分からなくて困っている様子だ。

 私が口を開こうとした時、一拍、強く手のひらを打ち合わせた様な音が頭の中に響き、続いて聞こえたいつもと変わらない静かで囁く様な神通さんの声が聞こえてきた。

 

『離島棲姫正面を基準に、1班、私と響は9時方向、2班、電、雷は4時方向へ、広場の縁沿いに展開、展開後、3班の暁、夕張は6時方向から進入して下さい……響、復唱を』

『Ладно(ラードナ)、響は旗艦神通に同行、9時方向から夕張、暁の支援を行うよ……』

 

 命令に余り遅れずに復唱はしたものの、大分歯切れが悪い感じだ。

 

(響、大丈夫かしら)

 

『展開後、離島棲姫の動向を伺いつつ、全周囲警戒、指示あるまで発砲を禁じます……提督、よろしいですね』

『No problem、実行してくれ』

 

 神通さんの声も、提督への念押しの時は何か少し硬い気がする。

 

『2班、雷、了解したわ!』

『2班、電、了解なのです、です!』

 

 雷の声には普段以上の気合いが込められている。

 電からは、両拳を握りしめている様子が伝わってくる。

 

(そうよね、いちにんまえのレディなんだから、妹たちに負けてられないわ)

 

『夕張、暁は指示を待って移動を開始して下さい』

『はいはーい、3班、夕張了解でーす、提督、危険手当期待してるわよ』

 

 夕張さんの返答は、完全にいつも通りだ。

 まぁ、一見、ただマイペースなだけ見えるけど、こう言う時の夕張さんは生返事代わりに軽口を叩いてるだけの事も多い。

 多分頭の中は、これからやる破壊工作の段取りで一杯になっている筈だ。

 兎に角、邪魔しない方がいい。

 

『3班、暁、了解したわ、いちにんまえのレディにまかせなさい!』

 

 私は妹達に負けじと、胸を叩いて見せる……イメージを送った。

 

『я волнуюсь(ヤ ヴァルヌーユシ)……姉さん、気を付けて』

『響こそ、気を付けなさいよ、相手は姫級なんだから』

 

 私は、まだ浮かない感じの響の頭を軽く小突くイメージを送ったが、返事は無かった。

 その後、離島棲姫の背中を見つめたまま数分間、“内線”を通して響達が移動するのを確認しながら、合図をじっと待ち続ける。

 その間、不気味な程、周囲は静かなままだった。

 動物の声が全くしないのが、かなり気味が悪い。

 聞こえるのは、離島棲姫の艤装が地面を侵食する微かなぱきぱきと言う音と、根を刈られて草が倒れるかさかさした音。

 後は時々、木が刈草の上に静かに倒れる音位だ。

 

(靴が浸食されたりしないのかしら?)

 

 私は、浸食の縁に足をのっけたりしない様に気を付ける。

 何度か足の位置を直している内に“内線”が入った。

 

『神通、配置完了、周囲に動き無し』

『響、配置完了、こちらも動きは無いよ』

『電、配置完了、動きは無いのです』

『雷、到着、新たな敵影無しよ』

 

 次々に状況連絡の通信が入る度に、おなかの辺りにきゅーっとした感覚が走る。

 艤装を展開していたら、きっと、中で妖精さん達が慌ただしく走り回るのが感じられたはずだ。

 

『3班、移動を開始して下さい』

『3班了解です、暁ちゃん、行きましょ』

『分かったわ』

 

 私は夕張さんに先行して、敵が切り拓いた領域へ足を踏み入れた。

 倒れた草を踏んづけて滑りでもしたら目も当てられないので、慎重に足を運ぶ。

 敵の支配地域で遮蔽も無く、周囲から丸見えの状況を電探の眼も無く進むのは、本当に怖い。

 今撃たれたら、艤装を展開している間に撃沈されてしまう。

 いつの間にか脇の下をじっとりと冷たい水が濡らしている。

 私達の汗は冷却水だからヘンな臭いはしないけど、気持ち悪い事は変わりない。

 何事も無く、刈草がどけられている円の中に足を踏み入れるまで3分もかからなかった筈なのに、手が震え始めている。

 

(大丈夫、“姫”は寝てるし、敵艦は近くに居ないわ……)

 

 革靴が足音を立てない様に、慎重に、慎重に足を運ぶ。

 離島棲姫の横を通り過ぎる時は、3メートルも離れていなかった。

 独特の白い肌に、意外な程に細い腕。

 眼はしっかり閉じられてるから、何色かは見えない。

 顔立ちまではっきり見える程、“姫級”に近寄ったのは初めてだ。

 

(なによ、私より“ちょっと”大きい位じゃない)

 

 後ろからそっと、腕に触れられて、私は我に返った。

 

『“ひらけゴマ”といきましょ』

 

 夕張さんが、離島棲姫の2メートル位前にある倉庫の扉を指さした。

 扉は葉っぱとかで偽装してあった筈だけど、それは取り外されて、今は鉄扉がむき出しになっている。

 何故か、大きな丸ハンドル付きの水密扉だ。

 よくよく見ると、周りの壁も金属製らしい。

 ちょっと触れてみると、私達の艤装に使われているのと同じ金属なのが分かる。

 建物というよりは、金庫みたいな金属の箱を埋めてあるようなものだ。

 

『なんで、水密扉なのかしら?』

『さぁ、ま、確かに湿気は入らないわよね……取りあえず、音を立てない用にあけないといけないわね』

 

 水密扉には、扉と枠に三組L型の掛け金が溶接されていて、丈夫そうな南京錠が三つぶら下がっていた。

 離島棲姫を見ながら待っていると、軽い、ぷしゅーという音と独特の嫌な臭いが漂ってくる。

 船舶用のク○ー6○6だ、アレは普通の5○6より、かなり臭い。

 ちらりと目を向けると、夕張さんは扉の金具にたっぷりと差したみたいだった。

 

『う~、臭いなぁ』

『そうかしら?』

 

 夕張さんは慣れてるみたいだけど、この酷い臭いで離島棲姫が眼を醒まさない様に祈らずにはいられない程強烈な臭いだ。

 スプレー缶をしまった夕張さんが、手際よく三つとも鍵を外し、ハンドルをゆっくりと回して、更に、四隅についたレバーハンドルを解除してゆく。

 まだ、離島棲姫はゆっくりとただ船を漕いでいるだけだ。

 最後にコの字型の取っ手を引くと、扉は音も無く開いた。

 

『流石○レー6○6ね、又、発注しておこうかしら』

 

 日本が誇る潤滑スプレーの威力に、雷は補給線が絶たれた事も忘れて呟いている。

 私はそれを遠くに聞きながら、じりじりと、倉庫の中へ撤退した。

 扉をそっと閉じて息をつくと、妙にひんやりとした空気が口に入ってきて、咳き込みそうになる。

 なんだか、ひどく寒い。

 私は、息が白くなっていないか、無意識のうちに確認してしまった。

 

(嫌な感じ……)

 

 でも、何だか最近、この嫌な感じと同じ様な空気を嗅いだ覚えがある。

 でも、どこでこんな気味の悪い空気を感じたのかちょっと思い出せない。

 

『よーし、じゃ、お宝探しといきますか、はい、これ持って、私は右の手前から始めるから、えーと、糧食は左奥だった筈だから……固形燃料を探してね』

『はーい』

 

 私は大きく息をして、考え事を放り出した。

 今は、余計な事を考えている場合ではない。

 受け取ったL字型の懐中電灯をつけると、ぼんやりとした赤い光が灯る。

 改めて照らして見ると、倉庫は想像していたよりも狭くはないみたいだった。

 ぱっと見て、十畳位はありそうに見える。

 壁も床も金属製で、建物と言うよりは船室として造られている様だ。

 夕張さんが点けた携帯用のLEDランタンのお陰で、部屋の中央だけ明るくなってるけど、棚がぎゅうぎゅうに並べてあるせいでぜんぜん光が通らない。

 この懐中電灯の光で探さないといけないだろう。

 私は二式小銃を肩に掛け直して、重たい懐中電灯をなんとか胸ポケットに押し込んだ。

 身を屈めた拍子に落ちない事を確認してから、倉庫の奥へ入り込む。

 入り口からだとわからなかったけど、通路の一番奥は、棚がハの字型に避けてスペースが作られていた。

 小さな神棚白木の祭壇が置かれているけど、私と妹達なら、2、3人は脚を伸ばして座れそうだ。

 そんな事を考えながら、懐中電灯の光を上にふる。

 

「ひぁ」

 

 ヘンな声が出た。

 

『ふにゃぁ!』

『なに、これ?』

『写真?』

 

 私の意識から漏れた驚きは、“内線”に信号弾でも上げたみたいに響いてしまったらしく、こちらに意識をよこした妹たちへも伝染する。

 神棚の周りの壁には、びっしりと写真が貼られていた。

 妹達に、神通さん、夕張さん。

 全部、私達の写真だ。

 壁を埋め尽くすほど乱雑に貼られているだけでも十分に気持ちが悪いのに、みんなの顔が黒っぽいクレヨンでギザギザに塗りつぶされている。

 まるでかんしゃくを起こした子供が叩きつけた様なムラっ気のあるタッチ。

 目線を下に向けると、祭壇には、よくある水玉とか徳利は置いて無くて、破れた略帽と、割れて捻れたバレッタ、小さな髪留めピン、焼け焦げた鉢巻き、スカーフの切れ端が並んでいる。

 これじゃ、まるで遺品だ。

 

(ここ、倉庫なんかじゃないわ……)

 

 最初に感じた妙に冷たくて、外と違う空気。

 私は唐突に思い出した。

 あれは、夢の中に出てきた鎮守府のお墓と同じだ。

 

『周囲警戒を継続して!』

 

 神通さんがぴしゃりととばした号令に弾かれて、妹たちの意識が離れていく。

 

「……こ、固形燃料よね、えーと」

 

 私も気を取り直して、頼まれた物資を探し始めたけど、どうしても奥の壁際が気になって仕方がない。

 

(カンメシって書いてある、この辺かしら……)

 

 それでも意識を集中して探すと、奥の左側にある棚に糧食が置かれているのが目に入った。

 カンメシ、オカズ等、マジックで書かれた段ボールを確認していくと、下の方に、携帯燃料と印刷された段ボールが押し込まれている。

 しゃがみ込んで引っ張ってみたけど、神棚の下に置かれている白木の祭壇が邪魔で引っ張り出せない。

 仕方ないので、私は、ちょっと祭壇をずらしてから、段ボールを小さく開けて、一つずつ急いで取り出してゆく。

 支給品の固形燃料缶は、250g入りで結構大きい。

 段ボール一箱分を両腕に抱えて落とさない様にそっと立ち上がり、狭い通路をできる限り急いで夕張さんの隣まで移動する。

 うっかり夕張さんが苦心して作っている何かの装置に、固形燃料を落っことしたりしない様に気をつけて、床に大きな缶を積み上げた。

 

「はい、ここにおいたわよ」

「は~い」

 

 私が置いた缶をみて生返事する間も、夕張さんはずっと手を動かしている。

 と思ったら、腰のベルトからぐるぐるコードに輪っかと鰐口クリップがついたコードを引き抜いて私に突き出してきた。

 確か、夕張さんが普段はサーバをいじる時につけてる静電防止用のリストストラップだ。

 

『えーと、これつけて、その辺の鉄棚にクリップ噛ませてから、装薬袋をバラして奥へ詰めて、弾頭は入り口の方へバラして積んで、重油ミニ缶は真ん中』

『分かったわ』

 

 取りあえず、受け取った静電リストストラップをつけて、しっかりと鉄棚にクリップを噛ませる。

 ここは火気、静電気は厳禁だ。

 私は、軽く息を吸い込んでから出来る限り急いで箱を破り、夕張さんの邪魔をしない様に気を付けながら、中身を指定の場所へ詰め込み始めた。

 

『9時方向から、何か接近してくるのです!』

『あっちは任せましょ』

 

 電の声を聞いて、一瞬、手が止まってしまった私に、夕張さんがぼそりと呟いた。

 

『そ、そうよね』

 

 私は中断していた作業を再開する。

 かなり集中してるのに、ちゃんと見てるのは凄い。

 まぁ、眼はこっちを見てないんだけど。

 

『こちらでも確認しました、砲台子鬼です……1班で対処します、2班はそのまま警戒を続けて下さい』

『2班、了解なのです』

『1班、隠密戦闘準備、広場に到達される前に片付けます』

 

 神通さんと響が静かに、移動してゆく。

 砲台子鬼の積んでいる大砲は戦艦並みで、電探も優秀だ、流石に戦艦程頑丈じゃないみたいだけど。

 

(響、大丈夫かな……)

 

 私は響達の方に注意を向けたくてしょうがなかったけど、手元の仕事も放って置けないので、頑張って集中した。

 

『砲台子鬼沈黙、排除完了です』

『Good Kill』

 

 弾薬の最後の箱をバラしている時に、神通さんの報告が入り、私はこっそり響の方に注意を向けて確認する。

 響は、へし折った通信アンテナを棄てている所だった。

 

(怪我はしてないわね……)

 

 神通さんは砲台子鬼の前で残心の体勢だ。

 右の手から肘まで、深海棲艦の血と得体の知れない何か塗れになっている。

 倒れてる砲台子鬼の“眼”に大穴が開いてるから、多分、逆側まで貫通させたのかも知れない。

 

『じきに敵艦が通信途絶に気がつく筈です、作業を急いで下さい』

 

 私はひとまずホッとして、作業を続ける。

 

『できたわ!次は何?』

『そうねぇ……』

 

 夕張さんは少しだけ手を止めて倉庫を見回し、軽く頷いた。

 

『火事場泥棒ね、提督、バケツと換えの電探持てるだけってとこかしら?』

『Good ChoiceだMiss.夕張、Lady、BucketとRadar、あと、Hum……奥に置いてあるArtifact、神棚本体と祭壇に載っているものも一緒に回収願う』

『あ、あーちふぁくと?』

 

 私は、棚から下ろした予備の輸送用ドラム缶と神棚を見比べる。

 祭壇の上の帽子とかスカーフ類は詰め込めばいいから大した事はない、神棚も、扉が一つの一社宮の造りで横幅は広くないから確かにドラム缶へ入る事は入る。

 

『神棚入れちゃうと、バケツが6個位は入らなくなっちゃうけど、大丈夫?』

 

 私も神棚を爆破するのは気分が悪いけど、高速修復材の数は、妹達の安否に直結している。

 正直、6個、下手すると8個位持てなくなるのは痛い。

 

『そのArtifact達はmost important!一番重要な回収物だ、必ずSalvageしてくれ』

『そうなの?う~ん、わかったわ』

 司令官から正式に命令された以上、言われた通りに実行する必要がある。

 

(相変わらず、本気なのか、冗談なのか分からないけど……)

 

 まぁ、確かに置いていくのも気分が悪いし、丁度いいかもしれない。

 私は、急いで棚の右奥に積まれている高速修復材の箱から輸送用のドラム缶にぎゅうぎゅうにバケツ型のパッケージを詰め込んでいく。

 三つ分逆さまに三角に並べた後に、真ん中に一個置くと、丁度いい感じにはまってくれる。

 それを4段、輸送用のドラム缶一つで大体16個位は持って帰れる計算だ。

 

(電探の箱は一応手持ちできるから……)

 

 電探の保管箱は、鞄の様に手持ちできる様、取っ手がついている。

 ちょっと格好悪いけど、ドラム缶を2つ小脇に抱えて、電探の箱は2つ手持ちで行って、後で電達の艤装に積んで貰えばいいだろう。

 そんな事を考えながら目線を上げた時、ふと、神棚に目が行った。

 

(そうそう、忘れずに持って行かなくちゃ、あ、そうだ……みんな、妹達が無事に帰れます様に)

 

 こんな時だと言うのに、私は思わず神棚を拝んでしまった。

 

(でも、こんな時だから神頼みだってしたくなっちゃうわよね……)

 

 まぁ、私達の艤装の中にも艦内神社があって、そこから妖精さん達が生まれるんだから、神頼みは無駄じゃないとは思う。

 艤装の妖精さん達は、私達の血液みたいなものだ。

 被弾で妖精さんに欠員が出る度に体から力が抜けていくし、酷くなれば全く体が動かなくなる。

 とりあえず神棚をそっと外してからドラム缶に入れて、祭壇の遺品で周りを覆ってから、バケツで残りの隙間を埋めていく。

 ちゃんとタオルとかを使った方が良いとは思うけど、もう、探してる余裕は無さそうだったから、仕方ない。

 

(これでいいかしら……他にも必要な物って無いのかしら?)

 

 一応、指示を受けた分は回収したけど、私は最終確認の意味を込めて、倉庫を一通り見回してみた。

 

(糧食、野営備品、即席ドック、燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト、火砲に魚雷、機銃……)

 

 改めて確認すると、身一つでここに逃げてきても、しばらく抗戦するか、戦略的撤退の為に態勢を整えるのに充分な備蓄がされていたのが分かる。

 これを今から全部爆破してしまうのは何だかもったいないけど、もったいないと思う程の備蓄を敵に渡すのはもっとダメだ。

 

(ん?……なにかしら?)

 

 私は何となく、違和感を感じて、倉庫の入り口横辺りに目を凝らす。

 薄暗くて棚が並んでいるから見えづらかったけど、よく目をこらしてみると、何か横木の様なものが、扉の上を通っているのが分かった。

 

(鴨居?)

 

 一瞬、日本家屋によくある鴨居に見えてしまったが、船室を真似した金属の箱にそんなものがある訳がない。

 大体、よく見れば、横木の端は壁まで繋がらずに終わっている様だ、それじゃ、天井を支えるつっかえ棒の意味がないだろう。

 もっとよく見ると、端は上ぞりになっていて、見えづらいけど、棚の隙間から二本の柱が下から繋がっているのが見えた。

 

(鳥居……よね?)

 

 祭壇に置かれた遺品を見た時の悪寒が又、戻ってくる。

 私は、ドラム缶の中に入れた神棚に目を落とした。

 最初は、お墓じゃないかと思った。

 けど、これは、違う。

 狭くて窓のない真四角な船室。

 入り口には鳥居、そして奥には祭壇と神棚。

 ぎっしり詰め込まれた荷物棚さえなければ、艤装にある艦内神社と同じ造りだ。

 

(ここが本当に艦内神社だったら……)

 

 艦娘の艦内神社にある神棚は普通の神棚とは違っていて、お神札以外に、艦娘の名前が書かれたお札が格納されている。

 例えば、私の艦内神社なら……

 

【吹雪型駆逐艦 二十一番艦 暁】

【特Ⅲ型駆逐艦 一番艦 暁】

 

 とか書かれたお札が入っている筈。

 同じ“暁”でも、自分の認識次第で書かれている事は変わるみたいだけど……そう考えるとやっぱり、特Ⅲ型の一番艦て書いてある気がする。

 見たこと無いけど。

 

(“誰”なのかしら?)

 

 ドラム缶から出して確認してみるべきか迷っていると、たぱたぱと、何か水っぽい音が聞こえた。

 顔を上げてみると、私が作った重油のミニ缶の山に、夕張さんが重油をトッピングしている。

 

『こんなものかしらね』

 

 かなりたっぷりとふりかけて満足したのか、夕張さんは後ろから、何かを大事そうに取り上げ、重油缶のてっぺんに据えた。

 それは、タコ足したキッチンタイマーに、ゼリーみたいなものを詰め込んだタッパーを合体させたものだ。

 

『てーとく、夕張さん特製、愛情たっぷりアツアツ発火装置完成致しましたっ!』

『Good work、Miss.神通、撤収だ……着火を10 minutes、に設定、ツいてれば、5 minutes以内にBoom!だ』

 

 手と頬を真っ黒にした夕張さんの宣言を待ちかねていた様に、東司令の指示が神通さんへ飛ぶ。

 

『了解しました、タイマー設定後、3班は、速やかに撤収して下さい、3班の広場離脱確認後、1班、2班は警戒態勢を解除、移動を開始します、再集結地点はアルファに設定』

『2班、了解なのです!』

『3班、りょーかーい、さ、逃げ逃げ、撤収よ』

 

 私は慌ててドラム缶に蓋をして抱えこみ、電探の箱を持つ。

 

(かさばるなぁ)

 

 3班の私達が行動の起点になっているのだから、急がないと、響達が脱出できない。

 夕張さんがそっと扉を開けると、まだ、離島棲姫がこっくり、こっくりと船をこいでいるのが見える。

 

『状況変化なし、と、抜き足、差し足でね……』

 

(影?)

 

 夕張さんの後を追って外に出ると、ふと、足下で日が陰った。

 雲でも被ったのだろうかと思いながら、目を上げると、紅い瞳と目線が合った。

 それからの数秒間は、なんだか、とてもゆっくりと時間が流れた気がする。

 銃声がして、離島棲姫のこめかみの辺りが爆ぜた。

 少し遅れて、もう三回銃声が響き、一発は滑走路脇で火花を散らし、二発目は左胸下を抜け、もう一発は首の中程を抜けた。

 時間感覚が戻ってきたのは、夕張さんの百式が30発全弾を撃ちきった後の事だった。

 胸からおなかにかけて、擬体がズタズタになった離島棲姫の口から青白い血が溢れ、格納庫から飛び立てなかったたこ焼き型の迎撃機がぽろぽろと零れ落ちて、地面を転がってゆく。

 

『あっちへ走って!走って!止まらないで、着火します!今すぐ!』

 

 夕張さんにお尻をひっぱたかれて、私は扉から左直角に走り出した。

 両腕に抱えたドラム缶と、電探の箱がすごく邪魔だ。

 後ろで何か、ガシャッ、ぼっ、とか、ぼわっとかいう音がして、倉庫に火が付いたのが分かる。

 

(……ツいてれば、5 minutes以内にBoom!だ)

 

 頭の中で、東司令の言葉がぐるぐると回る。

 ここ一帯を吹き飛ばすだけの、火薬が後ろにあって、あと、何秒残ってるか分からない。

 真っ直ぐに、灌木の中に走り込んで、走る、走る。

 

 音が消えた。

 

 




 基地に帰るまでが作戦活動です。
 一人前のれでぃ達は、果たして無事に鎮守府まで帰投する事が出来るのでしょうか?


 次回、【第十二話 真昼の夜戦 ~flagship暁~】

お待ち頂ければ幸いです。
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