深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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 2017の夏イベント、みなさんは完走されましたでしょうか?
 私はなんとか、甲甲甲乙甲乙乙という感じで終了です。
 Uちゃん以外にはどうにもご縁がない、ドイツ艦達を掘るかどうかっていうのはあるんですけどねぇ。

 今回、前話に引き続いてドンパチが続いております。
 状況はどんどん悪化している模様ですか……はたして?

※今回も、艦娘がかなり酷い目にあっています。
 グロテスクな描写が苦手な方は注意。


 【第十二話 真昼の夜戦 其の三 ~忌雷を踏んだらさようなら~】

【ポイントチャーリー・交戦海域】

 

 

 遠くで大きな水柱が上がり、探照灯の光が大きくブレた。

 支援艦隊の夕立ちゃん達が大きいのを当ててくれたらしい。

 少し遅れて、もう一連なり。

 響と雷だ。

 そして、最後にもう一発、これも大きい。

 目に見えて探照灯の追跡が鈍くなった。

 相手が避けるより砲撃に集中しているといっても、かなり鮮やかな一撃離脱だと思う。

 まとめてあれだけ当てられれば、戦艦級といえどもたまったものじゃない筈だ。

 後は逃げの一手。

 

『電、5時方向、二級浮上よ!』

 

 回頭中の雷が目視してポイントした二級のイメージが浮かび上がった。

 私の右舷を航行している電の右斜め後ろから追跡してきている。

 

『夕立と、叢雲が追撃態勢だ……あっちの方が早いね、私は牽制で砲撃しておくかな』

『私は夕張さんと合流するわ!』

『まだ砲撃は止んでいません、回避運動は継続して下さい』

 

 一撃を加えた響達も回頭して、響と神通さんは全速でこちらへ向かっていたけど、先に雷撃を終わらせていた支援艦隊の方が動きが早かった。

 回頭を済ませた夕立と叢雲は全速で二級を追跡して、天龍さんと龍田さんはその後に続いている。

 

(ようやくちょっと余裕が出てきたわね)

 

『電、大丈夫、ついてこられる?』

『航行には問題ないのです』

 

 2時方向で少し先行している電の艤装からは、左の坊盾と魚雷発射管がまるまる脱落していた。

 その下の外装もかなり凹んでひび割れちゃって、黒こげになった塗料がささくれの様に所々めくれあがっている。

 直撃を受けてた時、運悪く魚雷が誘爆したのだ。

 雷撃実行後に一本だけ再装填された時だから良かったものの、全弾装填されていた時だったらと思うと、ぞっとする。

 そんな事を考えていたら、飛んできた砲弾が、若干離れた場所へ着弾し、巨大な水柱を吹き上げた。

 

『もう、しつこいわね!電、ちゃんと、私から離れてなさい!』

『大丈夫なのです?』

『へっちゃらだし!』

 

 元々、動き回る駆逐艦にそうそう直撃するものじゃないけど、数を撃てばラッキーヒットはあるし、そもそも、戦艦搭載の火砲になれば、私達には至近弾だって、結構あぶない。

 私を狙っているとはいえ、まかり間違って、電に当たったら大変だ。

 

『敵機は見あたらず、ね』

 

 一発アウトは肝が冷えるけど、砲撃はまばらになってきているし、敵機に頭を押さえられなければ十分に逃げ切る自信はある。

 

(吹雪ちゃんより、ほんの少しだけ遅いかも知れないけど、私だって十分早いし……)

 

 速度が落ちない程度に“アメンボ”をして、立ち位置を不規則に変えて回避運動。

 そう言えば、戦艦の砲撃も危険だけど、二級の魚雷もかなり危ない。

 

『ほんと、しつこいなぁ……』

 

 後ろで大きな爆発音がして、聴き慣れた12.7cm砲の発砲音が止んだ。

 

『二級轟沈、お見事です』

『хорошую!(ハラショー)』

 

 支援艦隊も中々いい仕事をしてくれる。

 しかし、かなり鈍くなっているけど、二本の探照灯が交差しながらひたすら追尾してくるのが、ヤな感じ。

 アレに照らされる度に、得体の知れない寒気が背筋に走り、足が止まってしまいそうになる。

 もう大破して虫の息の筈だけど、本当にしつこいったらありゃしない。

 

『前方、何かいるのです』

 

 前方に、電がポイントした小型の何かが走り回っているのが見えた。

 でたらめな蛇行運転。

 

(まるで暴走族ね……近すぎて迂回できないわ)

 

 駆逐級よりずっと小さいそれは、アンバランスに大きい深海棲艦の艤装にまるまるっちい胴体をくっつけ、そこから短い手足が生やしたた生き物だった。

 まるでキュー○ー人形の首だけ、ヘンな前衛芸術の置物にすげ替えた様な気持ち悪さだ。

 響いてくる甲高い鳴き声がさざめきになって、とても不愉快な気分になる。

 

『前方、PT子鬼群、沢山いるのです!』

 

 電の砲撃を受けた子鬼が、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 いい腕だ。

 私も砲撃して、初撃は外したけど……兎に角、三発目は当たった。

 PT子鬼は攻撃には脆くて、12.7mm砲の胴撃ちでも、当たりさえすれば内側から爆発したみたいに粉々になる。

 撃たなくても、轢いちゃえばそれだけで無力化できる程だ。

 多分、威力的には機銃でも十分だと思う。

 けど、小さくて素早いから、かなり当てづらい上、小脇に抱えた魚雷は大型艦にも深刻な被害を与える威力がある。

 少しでも逃せば危険な、数の暴力で圧してくる厄介な敵だ。

 

(うぇっ……)

 

 弾ける子鬼から青白い臓物が飛び散って、形が残ったままの手足と頭が吹っ飛んでゆくのが、また、もの凄く気持ち悪い。

 結構遠くまで飛ぶから、間が悪いと頭突きとかびんた喰らってしまう事もある。

 さいあくだ。

 一刻も早く逃げたくて、私は出来る限りの速力を保って砲撃を続ける。

 勿論、電を置いていかない程度に注意はしているけども。

 

『Watch out! Lady's、足下に居るぞ』

『足下?』

 

 司令官の警告を聞いた時には、もう、群のまっただ中に突入した後だった。

 “内線”で共有している視界の中、波間に蠢く触手がぎらぎらと不吉な赤色に浮かび上がる。

 司令官権限の優先スポットだ。

 

『うわわ!』

『はわわ!』

 

 思ったより近かったそれを、慌ててジャンプして避けた。

 しかし、着水して体勢を立て直す間にも、波間からぴょんぴょんと、ぬめっとした何かが立て続けに飛びついてくる。

 

『あっ!』

 

 正面から、これは避けられない。

 体を捻りって左の防盾で受け止めると、ガチンと音を立てて引っ付いてしまった。

 遊泳忌雷だ。

 うねうねとした触手を巻き付けて締め上げてくるそれの中心、歯を剥き出した球体を力一杯殴りつける。

 

(いたっ)

 

 外れたままの左肩が凄く痛い。

 結構硬い感触がしたけど、大きく凹んだ忌雷から剥がれて落ちていった。

 忌雷を何とかするには、中心の核を壊さないと駄目だ。

 触手は素手で何とかするには丈夫すぎる。

 

『いだだだだ、このっ、嫌らしいわね!』

『全艦、脚を止めず相互支援徹底!』

 

 脚にぬめぬめと巻き付いた忌雷を、雷も殴りつけている。

 

『はわっ!』

 

 電の煙突に忌雷が貼り付いた。

 

(あそこじゃ手が届かないわ!)

 

 私は、錨を引っ張り出しながら大きく跳び、電の側面へ移動する。

 まだ私は的になっているけど、放って置いたら大変な事になってしまう。

 錨で思い切り殴りつけると、ぽろりと忌雷が落ちた。

 

『助かったのです』

『抜けるまで同航よ!』

 

 自分で剥がせない所に貼り付かれたら対処のしようが無くなってしまう。

 最低限二人以上で行動するしかない。

 遊泳機雷の一番怖いところは、一匹居たら30匹は居る事。

 そう言えば、潜水艦娘のKIA、MIAの原因の何割かは潜望鏡深度で航行中に遊泳忌雷に取り付かれた事による“圧壊”らしい。

 深海棲艦達が作り出した、艦娘をだけを狙い、“殺す”為の兵器。

 脚を止めたら最後だ。

 

『司令官、助けるわ!』

『Negative、Miss.雷はMiss.夕張のescortを続行せよ』

『でも、助けてくれたのよ!』

 

 ちらりと意識を向けると、支援艦隊の脚が止まっている様だ。

 叢雲ちゃんが座り込んでいる。

 忌雷に擬体の脚を砕かれたに違いない。

 ひっきりなしに海面から飛び出してくる忌雷を天龍さんと龍田さんが切り払っていた。

 素手で引きちぎるのが困難な触手でも、妖精さん憑きの刃物は易々と両断してのける。

 龍田さんも長刀を持っているから、忌雷だけなら二人で持ちこたえられるかも知れない。

 でも、足止めされたままでは、PT子鬼の雷撃の餌食になってしまうだろう。

 

『No probrem、既にMiss.翔鶴の方で対処済みだ』

『そうなの?あ、良かった、あれならもう大丈夫ね!』

 

 東司令が言っている間に、天龍さんが叢雲ちゃんを海面から引っこ抜いて小脇に抱えていた。

 意識を失っちゃう様な酷いダメージを受けると、“海面が離せなくなる”事がある。

 そうなってしまった艦を持ち上げて運ぶのは無理だ、曳航するしかない。

 曳航すらできない状況なら、最後の仕事が待ってる。

 

『雷、ちゃんと前見なさい!』

 

 今の状況でよそ見はかなり危険だ。

 私が“内線”越しに注意をとばした時、蛍光色に輝く壁が目の前に出現した。

 至近弾。

 直近も直近、回避不能。。

 音圧の衝撃に全身を叩かれながら、両舷一杯で突入する。

 ひっぱたく様に水が全身を包み込む感触と水っぽく泡立つ音。

 何か堅いものが頭にぶつかり、一瞬気が遠くなりかける。

 かたく息を詰めていたのに鼻と口に海水が入りこみ、潮の臭いにむせながら宙に飛び出す。

 水圧から解放された体が跳ね上がって、水面に脚を叩きつける様にして着水した。

 痺れた脚を踏ん張り、危険な程に右傾斜するのを何とか堪え、復元させる。

 思い切り自分のおでこの辺りを殴りつけて、首に巻き付いていた忌雷をはたき落とした。

 

(今のは危なかったわ……)

 

『電?』

 

 曲がってしまった帽子を直しながら電に意識を向けると、返答が無い。

 

『どこ?』

 

 この感じからすると、4時方向にいる筈だ。

 さっきの水柱の一番厚い所を通ったのだろう。

 

『電、返事して!』

 

 背筋に差し水をされた様な感覚が広がり、大声で叫ぶ。

 速度を落として首を巡らし、電を目視で確認した瞬間、私は錨を振りかぶって跳躍していた。

 

「はなれろぉ!」

 

 着水の瞬間、海面をしっかりと踏みしめて、電にびっしりと組み付いた忌雷に力一杯錨を振り下ろす。

 あの水柱の中は、忌雷で一杯だったに違いない。

 殴られた忌雷は“死んだ”けど、既に他の忌雷と絡み合わせていた触手は外れない。

 これだけの数に組み付かれては、身動きは全く取れない筈だ。

 

『ふぇっ!』

 

 ふいに、忌雷が飛び散った。

 まるで爆発した様な勢いに驚いている暇もなく、私は錨を振り回して、吹っ飛んできた忌雷を払いのける。

 一瞬で右腕以外の全身が忌雷で埋まった。

 

「つっ」

 

 磯くさいぬるぬるした触手に唇を塞がれ、文字通り閉口しながら錨を離して頭に貼り付いた忌雷の核を探る。

 左腕が胴体ごと締め上げられ、左肩に激痛が走った。

 目の奥が白む感覚に襲われながら指を食い込ませ、右手を握りしめると、堅くて脆い金属が砕ける感覚がした。

 中からにゅるっと柔らかいものが絞り出される感覚が心底気持ち悪い。

 頭から触手を毟り取って捨てる間も、ぼとぼとと水面に落ちた忌雷が波間から跳躍してくる。

 全身の圧迫が強まり、右手以外が動かない。

 

『姉さん!』

『止まっちゃだめなのです!動いて!』

『すぐ行くわ!』

 

 なんだか、電の声が遠い。

 息はできるのに、呼吸がどんどん苦しくなる。

 体中から金属の軋みが響く。

 このタイプの遊泳忌雷は、圧搾力で艦娘を“殺す”。

 全身を覆った忌雷はお互いの触手を捻り、絡み合わせて、互いの触手の根本までじわじわと圧搾する。

 海底からたまに回収されるイソギンチャクの塊みたいな忌雷群を切り裂くと、小さく丸まった艤装の残骸が転がり出てくるらしい。 動かなくちゃいけない。

 でも、波間から飛び出した忌雷がひっきりなしに飛びつき、のしかかってくる。

 埋まってゆく。

 呼吸が苦しい。

 痛い。

 

『駄目!電、駄目!行って!』

 

 目も耳も忌雷に塞がれてしまっても、“内線”越しに電が必死に錨で忌雷を殴りつけているのが分かる。

 でも、数が多すぎる。

 

『司令官!』

 

 駄目だ、このままじゃ電まで一緒に沈む。

 私が言っても、駄目だ。

 司令官が、命令、してくれないと。

 左腕の骨が砕けた。

 激しい衝撃に、意識が一瞬とんでしまい、すぐに倍加した激痛で目が醒める。

 

『чёрт!(チョルト) 』

『電!』

『駄目!……雷、電を支援!』

『おーけー、忌雷剥がしは任せて』

 

 薄れかけた意識の上を、人の思考が流れていく。

 

(電?、響?)

 

『……戦艦水鬼、独立艤装型の水鬼級……類似の棲姫級とは双頭の艤装にて容易に識別かの……』

 

 強い痛みと、剥き出しの感情がまき散らされて、“内線”の雑音が酷い。

 厚い霧を通している様なあやふやな感覚の中で、ただ、大きな穴が開いている。

 

『あっちいけっ!いきなさいよっ!』

 

 雷が脚を止めたまま、散開したPT子鬼達を砲撃している。

 その傍らでは海面に尻餅をついたままの叢雲も支援砲撃を続けていた。

 体が熱い。

 雷が振り返って何かを叫ぶ、終わりのない砲撃の爆音の中では、口が動いているのだけだが、“内線”が言葉を伝えてくれる。

 

『火を消して!、出火してるわ!』

 

 砲撃の音すら遠く感じる中、艤装の中で必死にダメージコントロールに走り回る妖精さん達の方がはっきり感じ取れた。

 酷くすかすかだ、沢山死んでしまった。

 蒸気と炎、煙が溢れ、側面貫通した艤装の穴から噴き出している。

 圧力が上がらない。

 雷の体が揺れ、苦痛に顔が歪む。

 歯を食いしばって、撃ち返す。

 あちこち破れた制服がどす黒く染まり始めていた。

 

『駄目、なのです……妖精さんが足りなくて』

『頑張って!“電”』

 

 私は、息を吸い込もうともがき、二、三カ所で粉砕骨折した左腕の激痛で却って息を吐き出してしまった。

 

 “内線”がぐちゃぐちゃに混線している。

 抑制が利かず、妹達と意識が混じり始めているのだ。

 

『……主砲として20インチ連装砲を……優秀な電探を備え、偵察機を搭載……』

 

 まるで念仏の様なつぶやきと、小さなモーターの唸りが被って聞こえる。

 全身の骨が少しずつ砕けてゆく。

 砲がへしゃげて、艤装が剛性限界ぎりぎりまで圧迫されつつある。

 

『……極めて堅牢な装甲を持っ……長門型以上の艦と対等以上の砲戦能力を持ちっ、近接戦においても……』

 

 激痛と窒息で朦朧とした意識の中、“内線”を必死に見回す。

 電の意識に空いた大きな穴に呼びかける自分の声がもう聞こえない。

 

『響、回避に専念して!、提督、支援現着は?』

『射程圏内まで、5minutesだ』

 

 目の前で対峙しているのは、ふわふわした真っ黒いドレスを着て長い手袋を付けた深海棲艦。

 額の角と紅く光る眼が無ければ、まるでパーティに行くみたいなファッションだ。

 

『保たせます』

 

 半身に構えを取った先で、戦艦水鬼は軽やかなステップを踏み始める。

 まるでワルツの様にゆったりしたステップにふわり、ふわりとドレスの裾が閃く。

 戦艦水鬼の背後で、巨大な艤装が咆吼した。

 蛙の様に屈んだ体勢だというのに、取りついた二隻の駆逐艦の倍以上の高さがある。

 五月蠅いハエを払う様に震われる腕はゆっくりと見えるが、引っかかっただけで鉄でも肉でも持って行かれるに違いない。

 鈍重に見える巨体の周りを跳ね回る駆逐は、まるでノミの様に頼りなく見えた。

 

「ギィッ」

 

 自分を通り越して背後を見ている視線に気がついた戦艦水鬼が唇の端を上げる。

 仮面に刻んだ様な歪な笑み。

 不意にダンスのリズムが変化、瞬間、合わせて踏み込みんだ先に、膝が浮いていた。

 辛うじて変化先に立てた右前腕に重厚なブーツがめり込み、砲塔がアルミ箔の様にくしゃりと潰れる。

 押し込まれた腕が嫌な軋みを上げるのを無視して踏み込み、左の貫手を打つ。

 

『浅い』

 

 ほぼカウンター気味に決まった一撃は、辛うじて右下腹部へ人差し指の第1関節までめり込むが、腹筋を貫くには至らない。

 左脚が引かれた瞬間、天から右脚が降ってくる。

 素早く左脚を引き、右前中段へ変えて躱すと、途方もない圧を伴った蹴りが水面近くまで落ち、ぴたりと静止した。

 まるでコサックダンスの様な体勢で水平になった脚が消え、這う様な下段払いが海面を切り裂く。

 前方半回転捻りで頭上を跳び避けるのを追い、黒い化鳥の如くドレスが空を舞った。

 一瞬、顔と顔が30cmと離れない距離を通り、左脇腹に大口径火砲並の重爆が炸裂する。

 膝を落としながら、着水した先でゆっくりと立ち上がった戦艦水鬼の背は燃えていた。

 残っていた牽制用の小道具、対艦用火炎瓶は狙いを外さなかったのだ。

 息を一つ吸って身を起こすと、両腕を組んでいた戦艦水鬼は、腰に手を当ててくるりと回ってみせる。

 背を灼く火焔がまるで貴婦人の肩を覆うショールの様にたなびき、光の残像を刻んだ。

 脇腹を灼かれる感覚に苛まれながら、静かに構えを取る。

 普段よりやや肘を体から離した構え。

 左手の甲を向け、立てた四指をくいっと、しゃくる。

 戦艦水鬼の顔が始めて生気をおび、笑みが広がってゆく。

 口が裂ける様な笑みは、人の物ではない。

 

『嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!』

 

(響、どこ?)

 

 突然割り込んできた叫びに私は縋り付いた。

 朦朧とした意識を振り回して、“内線”の中で揺らぎながら白く燃えている炎に手を伸ばす。

 

(響、響?)

 

 小回りの利く副砲の砲撃を掻い潜り、双頭の巨体へ肉薄する。

 戦艦水鬼の艤装は12.7cm砲弾の斉射程度で、揺るぎもしない。

 横殴りにされた巨腕を四つん這いになって躱した夕立が思い切り脚を殴りつけ、横っ飛びで逆手の振り降ろしを回避。

 大口径砲が炸裂した様な水柱を避けて左側面へ回り込み、副砲へ錨を振り下ろす。

 

「собака!(サバーカ)」

 

 錨全体に震動が走り、腕が痺れる。

 硬すぎる。

 錨で殴りつけても、装甲に多少のへこみをつけるのがやっとだ。

 

『早く、早く、コイツを!』

 

「свинья!(スビーニヤ)」

 

 叫びながら、両手で振りかぶった錨をもう一度、叩き付ける。

 装甲の上で滑った錨が、副砲の砲身をねじ曲げた。

 

(駄目、響!逃げなさい)

 

 深追いし過ぎだ。

 普段の響なら、こんな無謀な戦い方はしない。

 もう一度錨を振りかぶる前で、巨体が跳ねた。

 戦艦級の超特大“アメンボ”の余波でまるで津波の様な余波が広がり、足下が大きくせり上がる。

 

「сука!(スーカ)」

 

 錨が弾き飛ばされ、世界が砕け散った。

 

『Hey Lady、Lady、Do you copy?』

『……擬体、艤装共に高い格闘能力を持つ事がかく……確認されている』

 

(響?響?……)

 

 司令官の声に応答しようとした時、激しい痛みに、また、意識がぼうっとしそうになる。

 息を吸い込んで目を開けると、ハンドドリルを持った夕張さんと天龍さんが忌雷を剥がしていた。

 妖精さん憑きの工具は、簡単に忌雷の外殻を貫通して根本まで突き通るらしい。

 虚ろな目で口を半開きにしながら作業している夕張さんと、気合いを上げながら大剣を振るっている天龍さんが対照的だ。

 夕張さんのお腹と左腕は鈍い銀色をしたテープでぐるぐる巻きにされていた。

 

『響?どこ?大丈夫?』

 

 口から何か、どろっとしたものが出て、声が出ない。

 眼が霞んで、遠くが見えない。

 必死に瞬くと、少しだけピントが合ってきた。

 

「くっそが!」

「天龍ちゃん?しょうがないわねぇ」

 

 大剣を振っていた天龍さんが、突然離れた。

 PT子鬼を掃討していた龍田さんも追ってゆく。

 瞬きを続けながらその先へ眼をやると、戦艦水鬼の艤装が掲げた腕の先で、脚を掴まれてじたばた暴れている姿が見えた。

 特大の砲撃音が轟き、龍田さんが海面を転がってゆく。

 

「あら……?」

「ちくしょう!」

 

(うそ?)

 

 龍田さんの下半身が綺麗に吹き飛んでしまったのだ。

 水柱は後からあがった。

 大口径火砲の水平射。

 夕立ちゃんの抵抗など一顧だにせず、反対側の手でむんずと頭を掴むと、カエルの化け物は大口を開ける。

 化け物が艤装に食らい付いて、頭を振るのを私は痺れた様に見つめていた。

 艤装の金属がへしゃげる悲鳴に、蒸気の噴き出す音。

 人が上げるとは思えない、獣の絶叫。

 どれ位続いたか分からない。

 でも、天龍さんが辿り着く前だから、そんなに長くなかった筈だ。

 聞いた事のある爆発音が轟き、白い煙が化け物を覆い隠す。

 缶が爆発したのだ。

 何かが近くに落ちて、水を跳ね上げる。

 至近距離で、長く尾を引く金切り声が耳に突き刺さった。

 座り込んだまま手を伸ばし、叢雲ちゃんが叫んでいる。

 水面に、淡い金髪が広がっていた。

 体は半分も残っていない。

 叢雲ちゃんの手の先でゆっくりと沈んでゆくそれから目が離せない。

 私も艤装が粉砕されれば、死ぬ。

 擬体は溶けて消える。

 無くなってしまう。

 

『い、電……大丈夫?』

『それ以上、無理しちゃ駄目、なのです……もう、いいのです』

『駄目よ!もう少し、もう少し、なんだから』

 

 はっと、意識が戻ってくる。

 雷が煙を吐いていた。

 PT子鬼の魚雷を受けたに違いない。

 電を庇って、出来る限り自分の体で攻撃を受け止めた雷は擬体も艤装も傷だらけだ。

 PT子鬼も少なくなってるけど、もう、持ちこたえられるか分からない。

 もう、体の感覚がない。

 

『し、司令官……支援、ま……だ?』

『3minutes、soon、very soon、Lady カップラーメン作れば終わりだ、don't throw away your hope』

 

 全く、バカな事を言ってる。

 今、3分あれば、私達全員カップラーメンの謎肉にされてしまう。

 

『姉さん……』

『響?』

 

 私はすぐに“手”を伸ばし、強烈な痛みにたじろいだ。

 艤装の煙突はへしゃげて曲がり、擬体の右腕と首が折れてしまっている。

 いくら擬体の怪我が艤装の損傷ほどには問題にならないとは言え、首の骨が折れたら戦い続けるのは難しい。

 

『姉さん、大丈夫、あと3分なんてすぐさ、もう、20秒は経っただろう?』

『……響?』

 

 おかしい、どうとは言えないけど、何かがおかしい。

 

『駄目よ、響、駄目……お、お姉ちゃんの言うこと、聞きなさい』

『はは、ヘンな所で勘が良いね、姉さんは……見えてる、みたいだ』

 

 私は必死に目を開ける。

 デジャビュ。

 大きな拳の親指から、白い髪房が垂れていた。

 一瞬、機関が止まった。

 なんとかしなくては。

 今すぐ。

 雷、龍田さんは満身創痍、叢雲ちゃんは無理、一瞬、神通さんに縋り付いたけど、けっして軽くないダメージが蓄積したまま、あと一撃でも受ければ危険。

 そんな状態で戦艦水鬼の擬体を押さえ込んでいるのがそもそも神業だ。

 戦艦水鬼の艤装はまだ、海面を“掴んだ”ままの響を無理矢理引っこ抜きにかかっている。

 普通ならそんな事は無理だ。

 でも、竜骨の軋む音が、ここまで聞こえてきている。

 

『……あと、2分』

 

 凄まじく痛いはずなのに、響の声は凄く静かだ。

 

『姉さん、ごめんよ……“今回は、私が先だね”……Прощайте(プロッシャイチェ)』




 次回辺りで、ようやくこの回はおわりそうな感じです。
 果たして、一人前のれでぃ達はどうなってしまうのでしょうか?

※感想、評価お待ちしております。

<作中の忌雷について>
 劇中に出た忌雷ですが、以下の様な特徴を持っています。

・船舶には反応せず、人型の目標(特に艦娘)に反応する
・大別して、浮遊忌雷、遊泳忌雷が確認されている
 ⇒浮遊機雷は人が泳ぐよりも遅い程度には遊泳力があるが、基本的に近くを通りかかった艦娘の擬体へ触手を巻き付かせるか、磁力を発生させて艤装へ張り付き、爆発する。
  魚雷ほどではないが、駆逐、軽巡辺りなら、触雷すれば一発大破する可能性が高い。
  基本群れずに、単独で漂っている事が多い。
 ⇒遊泳忌雷は低速の艦船程度の速度で動くことが出来、近くを通った艦娘に対し、トビウオの様に海面から飛び出して取り付く事ができる。
  浮遊機雷と同様に磁力を発生させて張り付く事ができるが、爆発能力は無い。
  その代わり、寄って集まれば艦娘の擬体の手足を骨折させ、艤装を圧壊させる程頑強な触手を持ち、多数で群れて行動する傾向がある。
  又、PT子鬼や駆逐級に“貼り付いた”形で輸送され、戦闘海域へ散布されるのも目撃されている。

 ※上記の様に艦娘の活動上、忌雷は強烈な脅威となる為、各鎮守府は海防艦を主軸とした特務艦隊を編成し、血眼になって駆除し続けている。
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