深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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 どうも、本当にお久しぶりです。
 年明けし、1月も半ばとなりましたが、最新話をお届けします。

(前回の要約)
・強行偵察の末、離島棲姫を破壊する事に成功した暁達。
 からくも島を脱出するが、軽巡棲姫率いる水雷戦隊の追撃に戦艦の伏兵、更にはPT小鬼群に遊泳忌雷に襲われ、最終的には帰還を阻む戦艦水鬼と対峙した暁達。
 矢尽き刀折れ果て、轟沈者を出しながら生還した彼女達を迎えたのは、お隣の鎮守府であった。

 壊れかけた楽園の真実が、今、開かされる。


 【第十三話 真夜中のお茶会 ~Crazy tea party~】

【南の島?・お隣鎮守府 東・a corpse walking】

 

 外にある入居ドックは、リゾートホテルのプールっぽいデザインをしていて、リラックスしながら浸かるには丁度よいデザインだ。

 屋根だけをつけた開放的な作りだが、必要ならフレームに頑丈なパネルをはめ込んでしっかりと密閉できる。

 見た目が無駄に豪華なだけではなく、機能的にも悪くない。

 今、入室しようとしている集中治療ドックは、外のものみたいに洒落てはいないが、一部屋分のお値段で、外の入居ドックが、まるまるもう4セットは増設できるだ代物だ。

 大きな観音開きのドアの上で、“使用中”のランプが軽く点灯しているのを無視して、足を踏み入れる。

 中は六畳一間位の広さの準備室になっており、左側の壁には艦娘用医療品の在庫を整然と納めた棚や、各種非破壊検査機等、艦娘用の検診機器が集積されていた。

 右の壁際には艦娘搬送用の展開式ストレッチャーが押し込まれている。

 これは、艤装を展開していない状態に使う通常タイプだ。

 艤装を展開した状態の艦娘を搬送する為には、特注の構内トレーラーと電動車が必要だ。

 何しろ、駆逐艦達の艤装ですら数10kgから100kg超の重量があるし、戦艦ともなれば、数100kgになる。

 艦娘の緊急処置室には、牽引の電動車が入る余地と、重量物が吊り下げ可能なクレーンが必須なのだ。

 正面右には、入ってきた扉と同じ観音開きの扉があるが、こちらも大型自家用車が悠々とくぐれる程度のサイズに作られている。

 処置室へ繋がるこの扉は、二重扉になっていて、手前側と奥側、どちらか一度に片方しか開かないエアロック構造だ。

 処置室内をクリーンに保ち、又、処置室内部を蒸している“霧”を無駄にしない為の構造である。

 処置室内に置かれた艦娘の擬体、艤装をまるまる高速修復材が調合された“霧”で燻蒸する事で、つま先から頭、擬体の体内まで薬効を効果的に浸透させるのだ。

 又、“手術”が必要な場合も、高速修復剤による治癒効果を受けながら施術できる為、本来、そういった処置に耐えられない程弱った患者にも対応可能となる。

 非常に重大な負傷を負った艦娘の為に造られた集中治療室であった。

 正面左の少し小さな扉は、治療管制室及び、エアロック管理室の入り口となっている。

 中には明かりが灯っている様だ。

 

「Hum」

 

 暁が運び込まれてから、室内の灯りは点いたままだった気がする。

 特にノックせずに中に入ると、内部は四畳程の細長い部屋になっていた。

 大きなガラス窓で、隣のエアロックの中が見える造りだ。

 その窓の手前に置かれたコンソールで、オフィスチェアに腰掛けた夕張が、ノート端末のキーボードに指を這わせたままぼーっとしている。

 監視モニタには、隣の部屋で眠ったままの暁が映し出されていた。

 幾つかあるサブモニタには、心拍等のバイタル情報を表示している。

 手近に放り出されたクリップボードには、時間毎のバイタル情報の値や、負傷箇所の状態等が書き込まれている様だ。

 他にも、数枚の紙が散らかっているが、そちらは何度も何度も何かを書き殴って、その後、ぐちゃぐちゃに消した状態で、判読できる状態ではない。

 

「提督、私たちってどうやったら殺せると思います?」

 

 不意に夕張が口を開いた。

 

「艦種にもよりますけど、手足どころか、頭と心臓を吹き飛ばされても死なない私達をって……まぁ、知ってますよね、でも、擬体をまるまる吹き飛ばされても再生するのは知ってます?」

 

 答えを待たずにしゃべり始める夕張の手は、キーボードとマウスを忙しく操作している。

 バイタル情報を表示していたモニタの表示が切り替わり、非破壊検査のスキャン画像になる。

 

「粉砕骨折28カ所、複雑骨折32カ所、単純骨折56カ所、筋断裂37カ所、脾臓破裂、肺挫傷に外傷性気胸、胃の破裂……この辺、脳挫傷も、あと、皮下組織全体に熱損傷も、これは冷却水なしで過剰な出力を出したせい、本当に体の中で血が沸騰するんですよ、そうそう起こる事じゃないですけど、普通はここまで擬体を壊されると、維持ができなくなるから、一旦、“ご破算”になってリセットかかるんですけど……」

 

 画面が切り替わり、今度は鈍く輝く金属を写した写真が表示される。

 まるでしなやかなタイツの様に細い体を包んだ金属は青黒く、てらてらと光を反射していた。

 

「そうはならなかった……あの金属はどこが関節なのかもわからなくなった体を押し込んだ、人の形を保つための“殻”です、暁の全身の70%以上を覆い、体の外だけじゃなく、体内の損傷を受けた場所にも充填されていて、各機能を代替しています……ものは深海棲艦の擬体と共生関係にある生体金属です、外部刺激に対して強度が可変する、それ自体が筋肉であり、外骨格でもある、動かない筈の体が動いて戦えたのはこれのおかげ、“生きた”サンプルは大本営の技研が欲しがるでしょうね」

 

 ちらりと向けられた夕張の視線を意識していないかの様に、東は奥の“霧ドック”の監視モニタに目線を移す。

 モニタの中では、照明が低く抑えられた室内で、艤装を展開した状態の暁が搬送用トレーラーから足を投げ出している。

 霧に包まれて眠る体は露に覆われて、所々からぽたり、ぽたりと水滴が滴っていた。

 テカテカと濡れ光る金属に覆われた体と蒼白い顔色、そして、絹糸の様でありながら、金属的な光沢を反射する白髪。

 作られた人形の様に無機質な美しさ。

 くるくると表情を変えながら動き回っていた少女とは全く別人に見える。

 

「とても、立っていられる体じゃなかった筈です、あの時、暁の心臓は動いてなかった……保証します、私達は死体が歩くのを見ていたんです」

「No, it's not true. She's Alive……Still Alive. どういう形だとしてもだ」

「どういう形であれ、ですか、確かに、艤装が壊れない限り、私達は“死んだ”と思わなければ死ねないですからね」

 

 少しの沈黙の後、夕張はコンソールを操作し、表示画面を切り替える。

 

「Hum、このGray Colorの表示がBiological Metalか……Red Statusが多いな」

 

 コンソール画面に映っている暁の擬体の立体図は、体の表層部分から樹木の根の様に体内へ浸食した灰色の筋と、その周辺をべたべたを塗りつぶす赤色に彩られていた。

 

「生体金属に浸食された場所は高速修復剤が効いてない、その周囲も効きが悪い……まぁ、半分サイボーグ化された体に薬を使っている様な感じです」

「Hum、Biological Metalを除去する事はできないのか?」

 

 一瞬、夕張の唇がぐにゃっと曲げられた。

 横顔でなければ、泣き笑いだったのかも知れない。

 

「じゃあ、あの子が暴れない様に、脚でも抑えて貰うと助かります、幸い、ここって耐爆構造だから、少々炸薬が誘爆した位じゃ音も漏れないんで、どれだけ叫ばれても悲鳴は外へ漏れないですし」

 

 夕張がキーを叩くと、画面が断面図撮影の図に切り替わる。

 皮膚を被う様にして、最大で1cm厚程度の金属がコーティングされている様だ。

 勿論、そのまま、腹腔、胸腔、一部は頭蓋に浸食している部位もある。

 恐らくは酷く負傷した部位だ。

 

「この様に、アレは擬体と“共生”しています、触れば皮膚感覚はあるし、癒着どころじゃなく、融合してますから、肉ごと剥いでいくしかないんですけど、生きたまま肉を削がれて解体される……陵遅刑って知ってます、耐えられない子も居ましたよ」

 

 艦娘は擬体の損傷から生じる苦痛については本来、異常な程の耐性がある。

 四肢の喪失、内臓への深刻な損傷を被りながらも戦い続けられるのはその為だ。

 しかし、この傷は普通の損傷では無い。

 

「hum……tough problemだな」

「提督」

「What's up?」

 

 少しトーンの落ちた呼びかけに、応える。

 夕張は相変わらずこちらを見ていない。

 

「訊かないんですか?……色々、あると思いますけど」

 

 最後の作戦の後、詳細のデブリーフィングや個人面談は行っていない。

 一般的な損傷報告と補給申請を書面で受け取った程度だ。

 

「Miss Shotはあったが、You達はMissionを達成した……だろ?」

 

 散らかっている紙を拾い、綺麗に揃えたそれをクリップボードの上に載せる。

 

「それに、その“色々”は、“話せる”のか?」

 

 夕張の目線がモニターから外れ、つかの間、横目遣いになった。

 軽いため息が聞こえる。

 

「物わかりが良いんですね」

 

 椅子が軋みながら回転し、夕張が正面を向いた。

 表情を消した彼女の左手には、拳銃、南部十四年式が握られている。

 

「でも、“良すぎる”のも問題ですよ、無関心なのか、或いは、まるで、訊かなくても全部“知ってる”みたいですから……提督に訊く事が無いなら、私から訊きますね」

 

 自然と腰だめに構えられた拳銃はぴたりと、腹部を狙っている。

 一番避けづらい射線の置き方だ。

 妖精さん憑きの武器は、深海棲艦と艦娘の擬体に対して特効を持つが、人間にとってはごく普通の武器として作用する。

 銃弾は敵味方を区別しない。

 

「できれば、ほかの娘達は呼んだりしないでくれると助かります、扉、ちょっと手間かけてロックしたので、私達でも、外からじゃ入るのにちょっと手間がかかるし、大きな音がするんで、一発毎に撃ち込む場所を考えながらでも全弾使い切るくらいの暇は十分ありますよ?」

 

 元は試作型として存在したダブルカラムモデル。

 当世型では、通常のバリエーションモデルのそれには、弾倉に16発装填可能。

 本体薬室に1発装填したコンバット・ロードで17発。

 片手撃ちでも、彼女は外さないだろう。

 

「挨拶代わりに一、二発撃ち込みましょうか?」

「Hum、Do you mind if I sit?」

「そこへどうぞ」

 

 夕張の右手が、素っ気なく向かいのオフィスチェアを指差した。

 椅子を引いて座る間も、左手に構えた十四年式はブレもなく、ぴたりと胴の中央を狙っている。

 

「何をInterviewしたいんだ?」

「私達の記憶を弄りましたね」

 

 疑問系ではない。

 断定だ。

 

「Hum、何故そう思う?」

「秘匿倉庫から回収した私達……艦娘の遺品を何処へやりました?」

 

 瀕死になりながら輸送に成功した、数少ない品物。

 ドラム缶の中に格納してあったそれは、ドックで目を醒ました時には、神棚ごと消え失せていた。

 ならば、それはどこに消えたのか。

 ソファを指出した手が反転し、夕張自身の胸にあてられる。

 

「ここですよね」

 

 抑揚のない、淡々とした指摘。

 疑問は微塵も含まれておらず、回答も期待されていない言葉。

 手が僅かに移動し、制服の襟元からまるで手品の様にスカーフの切れ端が引っ張り出される。

 彼女が巻いているのと元は同色だったと思われるそれは、重油と何かどす黒い液体で薄汚れ、変色してしまっていた。

 

「入渠プールにつけてある、バスソルトのネットから出てきました……あんな傷にしみるもの、普通、入渠プールに入れませんよ、なに考えてるんですか?」

「Mango bathにしておけば良かったな」

 

 東が困った様に手を挙げようとするのを、銃口を示して制止する。

 とぼけた言動をする男だが、平気な顔をして神通の近接格闘訓練についていく人間だ。

 暗器で目を潰す位はやりかねない。

 

「割と普通に認めますね、まぁ、証拠が全部消えてたら予想してたとは思いますけど」

 

 夕張がデスクの引き出しをあけると、そこには、略帽、バレッタ、髪留めピン、鉢巻が放り込まれていた。

 

「出所は言わなくても分かりますよね?……しかし、今回が初めてじゃない、記憶の混濁状態はもっと前から起こってる……かなりの期間をとって、換えの記憶を定着させる為に」

 

 夕張は、不意に吐き気に襲われた様に目をすがめ、胸元を掴む。

 数十秒、無言で銃口をふるわせる夕張と、京太郎は見つめ合う。

 やがて、深呼吸した夕張の声は、やや嗄れていた。

 

「本人に対する合意もなく、しかも、“死んだ”同型艦の記憶を上書きしようとするなんて、破ってるのは倫理規定だけじゃ済みませんよ……そこまでして、何の為です?」

「Overwrite、か」

「これだけ大規模なクローズドの検証環境まで用意するなんて、余程の資金力と政治力がある組織みたいですけど、何の実験です、目的は?」

 

 表情を消した夕張から放たれる言葉は、普段の彼女を知る者には余りにも平坦に聞こえる。

 だが、その目には陰火の如き光が宿っていた。

 怒りではない。

 冷たい憎悪の輝き。

 復讐を楽しむのではなく、ただ、そうすると決めたから、粛々と実行する。

 それは、覚悟と言い換えても良い。

 

「Hum……Youは心当たりがあるみたいだな」

 

 銃を構えたのと反対の手が上がり、親指と人差し指がピストルの形を作る。

 

「死人は生き返らない……別の器に記憶を注いだら、それは記憶を受け継いだ別の誰かになるだけ」

 

 ピストルの銃口を自身のこめかみに押しつけ、夕張は京太郎の目をじっと見つめる。

 

「“器”にも人格はある、それを上書くって事は、消してしまうって事……人の核を消してしまう事、体を殺さなければ人殺しじゃないのかしら?」

 

 ピストルが拳に変わり、ゆっくりと下ろされた。

 

「私達にも“人権”が保証されているのは、文字の上の事だけに過ぎないの?……死人は生き返らない、人も、艦娘も」

 

 一旦言葉を切った夕張の目が半眼に眇められる。

 

「それが分からない馬鹿な人と、それをくだらない目的の為に利用した人々が居た事を“私は”知ってる……そう、“まだ、憶えてる”」

 

 殺意のよぎる瞳を見つめ、京太郎はかぶりをふる。

 

「I know it very well. But、しかし、そのCaseと今回の件は違う、何より、overwrightじゃなくて、add onだ、決して本来のyou達を消したりはしていない……you達の言う“近代化改修”の延長だ、ただ、Lady 暁に関してはもう少し特殊なんだが」

「それが本当なら、轟沈した艦娘の記憶移植実験て所かしら?……最も、あなたが人格書換事例の件を知ってるってだけで、情報部への通報義務が発生するんだけど?」

 

 銃口を向けられたまま指摘され、京太郎は肩を竦める。

 

「Hum、“Experiment”じゃなくて、“Impromptu”なんだがな、通報されるのは初めてじゃない、向こうに戻ってから存分に通報してくれ、Hum……多分、通報しなくてもAgentの方がすぐInterviewに飛んでくると思うが」

「即興って、思いつき?、それはそれで尚酷い気がするわね、でも、戻るって?まともに帰すつもりがあるんですか?」

 

 これだけの手間を掛け、拉致と洗脳じみた真似をした組織がそのまま犠牲者を帰す訳が無い。

 戻されるとすれば、通報など出来る状態ではなくなっている筈だ。

 夕張の返答が気のない、挑発半分のものになったのも当然だろう。

 

「By all means.あらゆる手を尽くして、you達は帰還させる、必ずだ」

 

 予想外に力強い言葉が耳を打った。

 厳粛な表情で見つめ返されて、一瞬、毒気を抜かれそうになり、銃を持つ手に力を込め直す。

 

(これも条件付けの一種……他には何をされてる?)

 

「……話が逸れたわね、あなた達の目的は何?」

「Client達の依頼はYou達の脱出と帰還、追加条件は“きっかり、しっかり、無事、何事も無く、生きたままで”……だな」

「まるで悪意がない様に聞こえるわね」

 

 悪意など無くても、存分に悲惨な結果は作り出せる。

 

「“依頼人”はと言ったけど、あなた自身の目的は何?」

「“Contract”、契約して見届ける事だ、最初から最後、場合によってはその後まで……今回で言えば、ここに潜入して、君たちがここから脱出するのを見届ける感じだな」

 

 京太郎の言葉に、夕張は若干眉をひそめる。

 

「ちょっと待って、潜入?……それじゃ、“あなたが私達を救助しにきた”みたいに聞こえるんだけど?」

「Hum、状況から言うとそうだな、正直、信じがたい状況だとは思う……まぁ、そのままを報告したら、Clientの一人には、間違い無く殴られるな、激しく」

「私は、今、あなたを撃ちたいけど?」

「確かに、youにもその権利がある」

 

 重々しく頷いた京太郎の眼を、探るように見つめた夕張の手元で内線電話がコール音を立てた。

 無視していると電話機から声が響く。

 勝手に通話状態になったらしい。

 

『あーあー、お取り込み中割り込んじゃって悪いけど、今、そいつ殺されると少し困るからちょっと待って欲しいんだけど、ここ出てからなら八つ裂きにして構わないけどさ、て言うか、私が殺そうか、そいつ?』

 

 普段と同じ、やや軽めの口調で一気に言い放ったのは、“瑞鶴”の声だ。

 

『だめよ、“瑞鶴”これから他の子と一緒の席で泥を吐かせるんだから、まだ怪我をさせると困るわ』

 

 翔鶴の声は、館内放送用のスピーカーから響いていた。

 

『隠しカメラは無いわよ?』

 

 視線をちらちらと動かしていた夕張が眉根を寄せるのを見て、京太郎は手を下ろしたまま、肩を竦める。

 

「Hum、カメラは無いが、“彼女”には見えてる」

『銃を突きつけられている状態で不明瞭な発言はお止めなさい、どうせ、どうにかなるとでも思っているのでしょうけど、二度目は本当に止めないわ』

『ま、私も、そいつに任せてると話が進まないから口突っ込んだだけだしね、だから、私は引き金引いちゃってもいいと思うよ』

 

 夕張は溜めていた息を一気に吐きだし、セーフティをかけた南部十四年式をホルスターへ収める。

 

「今、あなたを撃ってもしょうが無いか……」

『わかるわぁ、私も最初からそいつの首をへし折りたくてしょうが無いし』

 

 廊下へ続くドアが音も無くゆっくりと開いてゆく。

 このドアは内側からしか開かない様に細工済みな上、そもそも自動ドアでは無い。

 しかし、外は無人に見える。

 

 誰が開けたのか。

 

『取りあえず、いつもの会議室で話しましょう、そちらの他の子達も集めておくわ、化けの皮を剥いでおやりなさい、できるなら……ね、その時、こちらの事情も話すけど、余り、動揺されると困るわ、あと少しは一緒に戦わなくてはならないし』

「Hum、“三尺高い木の上に乗る”事になりそうだな……」

 

 軽く首を回す京太郎から眼を外し、夕張は改めて室内を見回した。

 

「妙に古風な言い回し知ってますね、しかし、どういう仕込みなのかしら、確かに隠しカメラとかは無かったけど」

 

 その手の監視機器が無いのは、事を起こす前に充分確認している。

 むしろ、この手の施設にしては皆無に等しいレベルでその手の機械がないのが、疑惑を強くしたのだが。

 

『そんなもの無くても分かるわ、知りたければ教えるけど、知ってしまえば、種明かしなんてつまらないものよ』

『ま、ある意味驚くかもね』

「正直聞きたくてしょうがないわ……お先にどうぞ」

 

 夕張は立ち上がると、京太郎に廊下を指してみせる。

 

「yes mam」

 

 京太郎は軽く頷いて立ち上がると、特に警戒するでもなく廊下に出ていく。

 多少警戒しながら夕張がその後に続くと、ドアが背後でゆっくりと閉まる。

 

「……ん~、気になるわ」

 

 廊下は耳が痛くなる位の静寂に包まれており、二人分の靴音がやけに大きく響いた。

 足下で放たれた時には微かだった音が、壁に反響する毎に力を増し、脳が揺さぶられる感覚。

 今に始まった事ではないが、本当にこの場所は事ある毎に違和感に苛まれる。

 真新しい廃墟を独りで探索している様な、それでいて背中に誰かの視線が貼り付いている様な。

 この場所では、何か、常識が歪んでいる。

 夕張はふと、深刻な寒気に襲われ、立ち止まる。

 

「hum、Coffeでも一杯欲しい所だな」

 

 脳天気な声に耳を叩かれ、ようやく気を取り直して歩き始めると、程なくして前方に灯りが見えた。

 食堂のガラス戸から漏れる光だ。

 人の気配に一瞬、ほっと、気が緩む。

 しかし、すぐに、違和感がざわめきとなって耳朶に囁いてくる。

 

 はたして、そこに居るのは本当に“人”なのだろうか?

 

 そんな夕張の物思いをよそに、京太郎はさっさと扉を引き開けてしまった。

 中から溢れた茶の芳香が寂とした雰囲気を破り、一斉に室内の視線が集まるのを感じる。

 

「Hum、全員集合だな」

 

 食堂内には、暁以外の駐留メンバーが集合していた。

 テーブルの上にはアフタヌーンティースタンドとお茶が用意され、ちょっとしたお茶会の装いだ。

 しかし、参加者は皆一様に押し黙り、辛気くさいことこの上ない。

 食堂の中央に、テーブルを幾つか寄せて作られた円卓もどきがつくられており、そこに、翔鶴と瑞鶴、神通、響、雷、電が着席している様だ。

 

「Hum、Coffeeもあると有り難いな……」

「そんなに豆の煮汁が飲みたかったら、勝手に煎れればいいでしょ」

 

 瑞鶴が指さしている壁際のビュッフェ・テーブルには、色とりどりの洋菓子、果物、高価そうなティーセットが上品に配置されていた。

 こんな状況下だというのに、まるで高級ホテルのティータイムに闖入してしまった様な違和感が強い。

 しかし、隅っこの方に、明らかに場違いに年期の入った電気ポットとコーヒーマグ、インスタントコーヒーの瓶が鎮座しているのが眼に入り、何故だか少しほっとした。

 

「お言葉に甘えよう」

 

 軽く腰を浮かし掛けた雷に首を振り、京太郎はスプーンも使わずに瓶から粉を振り入れ、じょぼじょぼとお湯を注ぐ。

 かぐわしい紅茶の香りの中へ、安物のコーヒー臭が暴力的に割り込み、かなり場を台無しにしている気がするが、京太郎は意に介さず、そのまま一口中身を啜って頷いた。

 

「not bad」

「もう、司令官、お行儀が悪いわよ!」

 

 呆れた様に指摘する雷にマグを持ち上げて見せてから、京太郎は翔鶴の向かいの席にそれを置いた。

 隣の席を引いて、脇に立つ。

 数瞬経過するまで、夕張は自分が席に着く様に促されている事に気がつけなかった。

 

「あ、そうね……」

 

 曖昧な返事をしながら、引いて貰った椅子に座る。

 さっき拷問しようとした相手から、礼儀正しくされてしまうと、居心地が悪い。

 

「あの子以外は、全員揃ったわね……」

「Mug……そう思う」

 

 どこにそんなものが置いてあったのか、京太郎はドーナツを頬張っている。

 断面を見るに、クランベリーか何かを挟んだジェリードーナツらしい。

 ぼろぼろと零れた欠片がテーブルクロスの上に落ち、大変下品な事になっている。

 

「もう、しょうがないわねぇ」

 

 雷は呆れた様に呟いて自席を立ち、テーブルの上の欠片を紙ナプキンに払い落として片付け、京太郎の手元に皿を置く。

 

「Thanks」

「子供じゃないんだから、お行儀良くしなきゃダメよ」

 

 雷は自席に戻らず、そのまま京太郎の左後ろに立つ事にした様だ。

 給仕、というより、世話を焼きやすくする為であろう。

 司令官が何か品のない事をやらかす度に席を立つのはせわしない、と言った所か。

 瑞鶴の視線があきらかにゴミを見る目つきになっているが、京太郎は雷に軽く頷いただけで、平然とドーナツの残りを殊更ゆっくりと囓っている。

 仕上げに指を舐めようとして雷に睨まれ、京太郎は軽く肩を竦めてナプキンで手指を入念に拭う。

 

「さて、Meetingだったかな?」

 

 軽く手をはたいて、首を傾げてみせると、翔鶴は黙って揺らしていたカップを戻し、視線を上げる。

 

「そろそろ、潮時ではないかしら?」

「Hum?」

 

 翔鶴はゆっくりと円卓についた一同へ目線を回してから、先を続けた。

 

「ここしばらくは膠着状態なりにうまくやってきたとは思います、しかし、ここに居れば居る程に状況は徐々に悪化する、それは共通の認識だったと思うのだけど?」

 

 翔鶴にじっと見つめられたまま、京太郎はマグカップに眼を落としていたが、軽くその縁を指で弾いた。

 ちん、とマグカップにしては妙に澄んだ音が響く。

 

「Hum、慌てる乞食は貰いが少ない、と、じり貧という言葉は両立する……Targetはいいとこ取りと行きたいが、Sweet Spotの判断は難しいな」

「司令官のお話はむずかしいのです……」

「真面目に取り合わない方が良いわ、中身のないたわごとだし」

 

 困惑顔の電に眉根を寄せた瑞鶴が片手を上げてみせる。

 

「いい加減、中身のある返事を返して欲しいんだけど?」

「どうしちゃったのかしら?」

 

 電達からすると、少々今までとはキャラが違う瑞鶴の様子に、雷も困惑して、顔に手をあてている。

 翔鶴は、不満げな瑞鶴を目線で制すと、再度口を開く。

 

「直前の作戦では、我々にも大きな損害が出ました、沈んだ者も居ます、艦娘にも、任務投入が不可能な状態の艦が出ていますね」

 

(ん?)

 

 翔鶴の言葉に、何となく違和感を感じながら、表情を曇らせた電の視線を追うと、ぼんやりとした表情で座っている叢雲が居た。

 以前までのミーティング時に夕立が座っていた席は、曙が埋めている。

 視線を戻すと、所在なげにテーブルの上に伏せられた響の手に、電の手のひらが重ねられていた。

 俯いていた響の顔がつかの間上がり、電の視線を捕らえる。

 言葉は無く、ただ軽く頷いて手を握り返す。

 彼女達の共感に、“内線”等無用だ。

 

「今、あの子は私の中に隠しているけど、時間の問題でしょう……世界の主にも、もう守る力は無い」

「翔鶴さんまで、司令官みたいになっちゃったわ……」

 

 雷の呟きは殆ど口中で発せられた独り言に近かったが、殆ど耳の横に立たれてる状態の夕張には充分聞き取れる大きさだった。

 

(まぁ、そうも言いたくなるわよね~)

 

 ふと、響が顔を上げた。

 拳が白くなる程掴まれた手に目線をやり、何事か問いかける様に電の方に見る。

 唇を引き結んで緊張した様子の横顔に、少し困惑しながら周囲を見回し、いつの間にか食堂に居る全ての艦娘が真顔でじっと自分達を注視している事に気がついた。

 会話のさざめきもぴたりと止まり、まるで、制服を着せられた蒼白いマネキンが置いてある様にも見える。

 何故だか、妙に既視感を感じる風景だった。

 

「Интересно……(インチェレースナ)、何なんだい?」

「靖国みたいなのです……」

 

 電の不安そうな声に、夕張は第六駆逐の姉妹達と一緒に九段下近くの神社へ参拝した時の事をようやく思い出した。

 あの時、附属の展示施設を見学した際に、ひっそりと設けられていた艦娘関連の展示コーナーに立ち寄ったのだが、そこには特型や、朝潮型のレプリカ制服を着せかけられたマネキンが立ち並んでいた。

 今、向けられている視線は、あのマネキンから感じたのと同じ無機質で、情念を感じないもの。

 生気を感じない人形。

 電が不安を感じるのも当然だ。

 目を離した隙に、置いてあった人形が全部こちらを向いている。

 そんな絵面に近い。

 

(あれは暁も結構怖がってたなぁ)

 

 元気な暁の記憶に触れると、形容しがたい痛みを感じた。

 傷口が新しすぎるのだ。

 姉妹達と笑っていた記憶が、今の夕張にとっては重すぎた。

 たとえ、それが今の自分の記憶でなかったとしても、その痛みは偽りではない。

 

(そんな事を言ったら、“本当の私”だった時の記憶なんて、一日分も無い……何時間分かしらね?)

 

 暁は、目の前の姉妹達の為、僚艦の為に全てを代償にして、不可能を可能にした。

 斜め前に座っている神通に視線を向けると、彼女は周囲の異常にも、目線を巡らせて軽く首を傾げたきりで表情に変化はない。

 何が起ころうと、既に食堂に展開した艦娘の艦種と位置は把握済という事だろう。

 翔鶴達の動き次第で、即座に血路を開きにかかるに違いない。

 彼女ならやる。

 記憶の中の自分と今の自分が一致しようがしまいが、今、自分の指揮下、いや、“保護下”にある艦が存在する以上、行動を躊躇う娘ではない。

 

(そう、私も躊躇わない……確かに私は、兵装の実験、実証の為に造られた、でも、玩弄物じゃないわ)

 

 夕張の艤装は既に修復と補給は完了済みだ。

 戦闘で殉職した妖精さん達も再配備している。

 神通の行動に合わせて動けるだろう。

 しかし、司令官を名乗っているこの男……もう、今は少年とは呼ぶ気にはなれない、東と名乗る男はどう動くだろうか。

 今の響達の状態で、提督の指揮能力無しに“艦隊”として連携を取るのは至難の業だ。

 束の間、危ぶんだ後、夕張はそっと息を吐いた。

 もしもどうしようも無くなった場合、さっきは東との交渉に使いそびれた、ちょっとした“最終兵器”の出番になるだろう。

 緊張に煽られ、機関の出力が上昇していく。

 夕張が目線を上げると、翔鶴は軽く触れ合わせた手指越しに、東を静かに見つめていた。

 

「She finds us soon……very soon、確かに、そうなるだろうな」

「“彼女”に喰らわれる前に、脱出する必要がある……我々も、艦娘も、もう、あなたの“別契約”の都合がつくのを待ってはいられない、種明かしの時間よ」

「……茶番も潮時かぁ」

 

 翔鶴の隣で腕を組んだまま押し黙っていた瑞鶴がぽつりと漏らして、天井を見上げた。

 

「面白みがなかったと言えば、ま、嘘になるけどさ」

 

 不穏な言葉の連発に不安を覚えたのか、雷の手の中で椅子の背もたれが、みしりと音を立てる。

 右肩越しに振り向かないと彼女の表情は窺えないが、想像するのは容易だ。

 

「司令官」

 

 掠れた声の元に目を向けると、顔を上げた響が京太郎に目を向けていた。

 うっすら隈のできた顔の中で、見開かれた目だけが光っている。

 

「Miss.響?」

「さっきから話について行けていないから、間違っているなら否定して欲しい……翔鶴さんは、私達には何も知らせず、司令官が本来の任務とは別の“契約”の為に艦隊を私的に利用している、そう言っている様に聞こえるんだが?」

 

 口調こそ丁寧ではあるが、響の視線は底冷えする様な寒気を背筋に走らせるものだ。

 答えによっては、テーブルの下に構えた銃の引き金が引かれる。

 そんな根拠のない妄想を引き起こしそうな殺気。

 響は、視線をチラリと翔鶴達に向け、唇を引き結んだ。

 

「……そうさ、元々、支援が来るのが早すぎた、確かに、あの支援があったから私達は沈まずに帰って来た、でも“準備が良すぎる”……司令官、もしかして、最初から敵の機動艦隊が待ち構えている事を知っていたのかい?」

 

 電の顔が僅かに歪んだ。

 テーブルの上で握りしめられた響の拳が、血の気を失う程に握りしめられている。

 人間の手なら、粉々に握りつぶされていただろう。

 

「提督」

 

 少しずつ高くなってゆく響の声を、神通が静かに遮る。

 

「お話しの流れですと、私達に開示されていない秘匿情報があるようですが……今は非常時です、速やかにご共有頂きたく思います」

 

 神通は翔鶴へちらと視線をやってから、言葉を続ける。

 

「たとえ不利な情報だとしても、事ここに至っては、伏せ続ける事で無用な混乱を招くだけです……何か、私達には開示できない理由がおありなのですか?」

「Hum」

 

(うわ)

 

 まるで沸騰中の様な湯気が出ているマグから平然と一口啜った東に、夕張は唇を歪めて自分のマグを撫でる。

 

(コーヒー?……いつ淹れたっけ、最初からあった?)

 

 手をかざせば、ごく普通に暖かい湯気が触れる。

 まだぬるくはなっていない様だ。

 

(保温マグ?……エスプレッソじゃないけど地獄のように熱そうね、肚の底は悪魔の様に黒いの?)

 

「司令官、本当に私達に何か隠してるの?」

 

 囁き声の方を見てみると、雷が不安気な表情で東の耳に顔を寄せている。

 東はマグを下ろし、軽くため息を吐いた。

 

「……Time and tide wait for no man、“いい潮”が来ているといいが」

 

 改めて周囲を見回して、出席者達の顔に目を留めて行く。

 

「Just to let you know……この件で俺が受けているContractは幾つかあるが、第一目的はyou達をここから脱出させる事だ」

 

 東が指を鳴らすと、壁際からホワイトボードががらがらと走ってきて、背後で止まる。

 

(リモコン?どういう仕掛けかしら……)

 

「とりあえず」

 

 東の背後に止まったホワイトボードに、じわりと文字が浮かんだ。

 

(磁性流体を使えば……)

 

 夕張は思わず、機械的にやるならどう作るか考えそうになり、首を振る。

 今は、そんな事を考えている場合ではない。

 

『Mission 1 ファーストランド島からの脱出』

 

 ホワイトボードには、そんなタイトルが黒々と踊っている。

 

「at first、まずは、全員でここを脱出するのが主目的だ」

「そうね……」

 

 東がちらりと目をやると、翔鶴はそっけなく首肯した。

 とりあえず、この大目標に異論は無いらしい。

 

「とは言っても、Questionだらけだと思う」

 

 ホワイトボードに“Why?”と項目が追加された。

 

「Hum……日本だと、5W1Hだったか」

 

 ホワイトボードの“Why?”が消え、新しく項目が書き直される。

 

・When?(いつ)

・Where?(どこで)

・Who?(だれが)

・What?(なにを)

・Why?(なぜ)

・How(どのように)

 

「When、そうだな……you達にとっての始まりは、Section1-5から、1-6の哨戒任務の時だな」

 

 東に視線を向けられ、電は少し困った顔をする。

 

「うーん、でも、別に1-5も、1-6も特に変わった艦は見てないけど」

「確かに、敵の航空戦力を見かける事はあっても、姫級の様な特筆すべき敵艦は見かけていません」

 

 雷の言葉を、神通が肯定する。

 確かに、ファーストランド島の1-5、1-6セクションは、割と平穏なものだ。

 特別な事件が起こった記憶はない。

 

「ここじゃない、you達の本来の所属泊地の話だ、そこで、you達は“MIA”になった」

 

 ホワイトボードの文字が追加される。

 

・When?(いつ)

 →哨戒任務中

 

・Where?(どこで)

 →Section 1-5(単冠泊地)

 

「単冠……なのです、か」

「行方不明?って、え、司令官?」

「私たちが行方不明……конспирация?」

 

 困惑する電達には構わず、神通は探る様な目つきで東を見つめている。

 

「原因をお聞かせ頂いても良いでしょうか、1-5、1-6セクションと言えば、外辺ではありますが、鎮守府の直近海域です、通常、轟沈しない限り、負傷者の回収は容易かと思います……ただ、大型艦艇を含んだ予想外の戦力と不期遭遇戦に陥る事は考えられますが、その場合も基本、直接の交戦は避けますから、全員MIAになる可能性は低い筈です」

 

 そう、鎮守府の最終防衛ラインとも言える、セクション1は厳重に守られている。

 足の早い、水雷戦隊がKIAにならず、MIA扱いで全滅なんていうのは余程の事だ。

 互いの領海を削りあう様な、熾烈な戦況であれば話は別だが。

 横須賀、佐世保よりは厳しいかも知れないが、それでも、基本は日本の近海の鎮守府は、そこまでの状況にない筈である。

 

「そうね、鎮守府直近なら警備艦隊に出動を要請すればいいし、間に合うか怪しければ、基地航空隊に支援を要請できるわね、余程、無理攻めする理由でもない限りはだけど……それとも、もっと別の理由なのかしら?」

 

 神通と夕張の言葉を、東は一通り黙って聞いていたが深く頷き、又、指を一つ弾いた。

 

・Who?(だれが)

 →ヌクパナ(Nukpana)

 

「ぬくぱな?」

 

 体をひねってホワイトボードを見ていた雷がいかにも読みにくそうに、その名を口にした。

 実際、本当に意味が分からない。

 

「依頼人の爺さんはそう呼んでたが、hum、まぁ、Monsterの親戚位の意味だと思っていい……you達は、“天敵”に遭遇したんだ」

「“天敵”……やっぱり、深海棲艦なのです?」

 

 首を傾げる電に、瑞鶴がため息をついた。

 

「なら、分かりやすかったんだけどねぇ」

「奴は、深海棲艦にとっても”天敵“よ」

 

 又、ホワイトボードの文字が追加される。

 

・What?(なにを)

 →艦娘と深海棲艦達

 

 あまり愉快そうではない顔で吐き捨てた翔鶴を見て、電はますます困惑した表情を浮かべる。

 

「Hum……“天敵”、“Nukpana”、“The Thing”どれでも良いが、あれは艦娘、深海棲艦のPredetorだ、捕らえて、自分の一部にしてしまう」

 

 東指令は、本来の“捕食者”の意味で使った様だが、夕張にしてみれば、やはり、語感からあの、戦闘民族な宇宙人ハンターの事が思い起こされる。

 

(……ま、正直、光学迷彩さえなんとかなれば、殴り合いでわりと勝てる気がするけど)

 

 いや、現実逃避をしている場合では無いのだが、話がかなり荒唐無稽な方向に向かっていて、理解が追いつく事を拒否したくなる。

 

「自分の一部って、食べちゃうって事?」

「Hum、“語弊”だったか、“Eat”じゃなくて、“Assimilation”……“同化”の方が近いな、Zombieに噛まれたら、Zombieになる感じか」

「ええぇ」

 

 ゾンビに噛みつかれる所でも想像したらしく、雷が舌を出して顔を顰めた。

 夕張としては、“同化”等という言葉を使われると、某SF作品に出てくるサイボーグ種族を思い出してしまう。

 

「実際you達は、“同化”された艦娘と深海棲艦からSaturation attack

、hum……飽和攻撃を受けて、無力化されたから、さほど間違ってはいないだろうな」

 

 ホワイトボードの文字が一つ飛ばされ、記述が追加された。

 

・How(どのように)

 →艦娘、深海棲艦を“Assimilation(同化)”する。

  同化した艦を用いて、“Saturation attack(飽和攻撃)”を行い、更に犠牲者を増やす。

 

「Это странная история……なら、私達はなぜ、捕まりもせずにここに“隠れる”事ができたんだい?」

 

 まともに考えれば当然とも言える響の問いかけに、東は深く頷く。

 

「That’s a good point.……その通りだ、you達が“同化”される前に、ここに匿ったのは、牟田浜啓司だったものだ」

 

(だった者?……名前を変えて生き延びていたとでも?)

 

 真面目に初期教育の座学を聞いていれば、名前くらいには憶えがある筈の人物だが、麾下の艦隊と運命を共にした筈の彼が生き残っていたとなれば、それなりに世間を騒がすニュースになっている筈だ。

 

(何かしら……)

 

 彼が生きていたかも知れない、それを考えた時、目の前に灯りがともった様な、強烈な期待感が夕張の目を見開かせた。

 どうも、それは他の娘も同じだったらしく、電達も押し黙ったまま、目を見開いている。

 

(……そっか、これは“私”の気持ちじゃない)

 

 私の中に植え付けられた、“同い年の姉妹”、彼の元で”夕張”として生きた娘の気持ち。

 知らなければ、何処から来たかも分からず、知れば、自分の気持ちすら疑う事になる。

 淡い希望と激怒を、正気のまま保ち続けるのは難しい。

 鋭い物音が耳を打ち、夕張はもやもやと気持ちを押し込んだ。

 

「粗相をしました」

「いいわ、安物のつもりだし」

 

 静かな表情を浮かべた神通の指に、ティーカップの取っ手だけが残っていた。

 強く摘まみすぎたらしい。

 彼女らしからぬ失敗。

 表情は静かだが、内心は“同い年の姉妹”の記憶のおかげで容易く想像できる。

 

『結婚指輪なのです!』

『基本、内線の増幅器だけど……大本営も妙な色気出してきたわねぇ』

『薬指か……』

『……そうですね、別の指にします』

『いや、それで良い、きっと悪い虫から守ってくれるだろう』

『はい……』

『いいなぁ、やっぱり一人前のレディなら、指輪のひとつもプレゼントされる様にならないきゃダメね』

『そのうち、私達にもくれるんでしょ?』

『まいったな、そんなに嫁さん貰ったら、指輪代だけで破産しそうだ』

『大丈夫よ、幾らでも養ってあげるから、もーっと私達を頼ってもいいのよ?』

 

 息を吐いて、白昼夢の様な記憶の残滓を吐き出す。

 テーブルの上に伏せられた神通の左手。

 その薬指には、飾り気のない金無垢の指輪が鈍く光っていた。

 心にもやがかかっている。

 説明が必要だ、十分な説明が。

 

「ミスタ啓司が“外の世界”ではKIAとなっているのは、you達も知っている通りだ、But、“彼が娘達の為に創り出したこの世界”では別だ」

 

Ex1.牟田浜啓司が創り出した世界

 ・KIAとなった娘達と、独り取り残された暁を守る為、“暁”の中に創り出した、平穏な世界。

 

 ホワイトボードに現れた文字を目にして、夕張は思わず挙手していた。

 

「……発言許可願います」

「Hum、許可する」

「もう少し、マシなライターを雇って下さい、微妙なノベルゲーの設定じゃないんですから」

 

 散々微妙な日常描写で引っ張ったあげく、唐突に不穏な展開をぶつけてきて、ふたを開けてみると、雑な夢落ちをぶっこまれた様ながっかり感。

 納得させたいなら、せめて、もう少し練ってから開陳すべきだと思う。

 

「いつだって当事者からすれば、人生はたちの悪いJokeみたいなものだ、彼は、それをせめてComedyにしておきたかったんだ」

 

 普段より大分トーンが低い、語りかける様な声。

 そこに含まれる何かが、場を一瞬だけ、静かにした。

 

「彼の罪悪感と娘達との幸せの記憶が作り上げた世界、艦娘でありながら、戦う必要のない世界……you達は戦ってなどいなかっただろう?」

 

 皆、一様に考え込む顔つきになった。

 確かに、世界に違和感を覚える前に戦闘をした記憶はない。

 

「はぁ、釣り竿で釣れる深海棲艦なんてね、どう考えてもおかしいでしょ」

「Несомненно(ニサムニェーンナ)……なぜ、疑問に思わなかったんだろう」

 

 言われてみればそうだ。

 深海棲艦を竿で釣ったあげく、ハンマーで締める。

 そんな子供の絵日記じみた風景を、何故、よりによって艦娘である自分達が、日常風景として認識し、疑いすら持たなかったのか。

 

(それだけ深く条件付けされて、認識が歪められていたってこと?)

 

「この世界では、それが“Reality”だったって事だ」

「“だった”のです?」

 

 小首を傾げる電に、東は頷いた。

 

「この世界の“Reality”は大分書き換えられてしまったからな、Peacefulなwonderlandとしてcreateされたが、今は殆どnightmareと言っていい、Oparation Hanny-Beeが失敗していたら、完全にNukpanaのnightmareに呑まれていただろう」

「司令官、もしかして、ここが夢の国だって言ってるの?」

「Hum、to be more precise……“牟田浜啓司が、暁に見せていた夢”だな」

 

 雷の疑問に、東は軽く振り返って、肩をすくめる。

 

「だったら、私達みんなで夢を見てる事になっちゃうわ」

 

 凄まじく荒唐無稽な話だ。

 無意識に腹部を撫でた夕張の手には、滑らかな皮膚の感触が感じられる。

 夢の中であれだけの痛みを感じると言うのか。

 気絶していられない程の痛み。

 悪夢から醒めても、悪夢の中から出られない。

 

(……いや、まさかね)

 

 雷の頓狂な声に、今まで押し黙っていた神通が顔を上げた。

 

「提督、今、“暁”の夢だとおっしゃいましたが……だとすれば、この夢の中での私達はどの様な立場に置かれているのでしょうか、夢を見ているのか、それとも?」

 

(あ、そこは信じるんだ……)

 

「You達は“夢見る人”だ、あちらの世界に戻るべき体と、泊地がある……帰りを待つ“提督”も居る、But、帰るのには少々問題がある」

 

 話している東の背後で、また、ホワイトボードの記述が更新される。

 最後に残っていた、Whyの項目だ。

 

・Why?(なぜ)

 →ヌクパナ(Nukpana)、“天敵”、“The Thing”は、“Assimilation(同化)”する事により、艦娘、深海棲艦を彼女の“世界”に取り込む。

  艦娘と深海棲艦による争いのない、平和な海を作る為。

 

「無理矢理捕まえて仲間にしちゃうなんて、ぜんぜん平和じゃないわ!」

 

 こんな状況でも率直な雷の感想は、聞いていて安心感がある。

 東も、口頭で返事こそしないものの、“That's right”とでも言いたげに首肯し、先を続ける。

 

「you達の艤装、擬体は、Nukpanaに無力化され捕らわれている……“彼”のちょっとした遺品と一緒にだ、しかし、you達は“夢を見る”事で、“Assimilation(同化)”から逃れた」

「正確に言えば、あなたがその子達を死んだ娘達の“宿主”に利用する為に、この夢に送り込んだのではないかしら?」

 

 無表情に東を睨め付ける(ねめつける)翔鶴の視線は冷たい。

 

「確かにContractの為だが、Rescueの為でもある、kill two birds with one stone……日本語だと、一石二鳥だったか」

「……先に聞くといい」

 

 互いに動く気配を察して顔を見合わせた電に、響が頷きかける。

 

「えっと、その“天敵”さんは、何でそんな方法で“戦いのない平和な海”を作ろうとするのです?」

 

 少しおずおずとした電の質問に対して、東は、少し考えるように首を傾げる。

 

「“彼女”はyou達とは違う世界観を持っている、nightmareそのものである“彼女”からすれば、あれが、与えられる限りのPeacefulなんだ」

「それは私達の“世界観”から言えば、狂気に取り憑かれているって事じゃないか?」

「Hum……そうとも言える」

 

 響の言葉に、東は短いため息をついた。

 

「……nightmareになった世界が“彼女”を変えてしまった、世界が“彼女”にnightmareになる事を望んだ、ただ“彼女”は世界が望んだ以上のnightmareになってしまっただけだがな」

 

 ふと、胸に嫌なざわめきを感じて、夕張は挙手する。

 

「東提督、大分“天敵”に詳しいみたいですけど、“彼女”で、深海棲艦でもない、と言う事は……“天敵”は艦娘、或いは、元艦娘ですか?」

「Good guess!」

 

 正直当たっても全然嬉しくない。

 一瞬で電達の緊張が跳ね上がるのを肌で感じる。

 神通や響は薄々は可能性を考えていたかも知れないが、それでも、口に出してしまえば、事実としてのし掛かってくる。

 大体、皆、暁の姿を皆見ているのだ。

 反駁するのすら簡単ではない。

 

『……夕張、ワタシ、まだ……艦娘に……カナ?』

 

 息を吐いて、記憶から響く声を消す。

 

(そう、私は他にもそう言う事案を“知ってる”……あれは現実、夢なんかじゃない)

 

 工具の一つでも、あの澄ました顔に投げつけたくなり、夕張はテーブルの上に目線を落とした。

 茶会のテーブルの上には当然、工具などある訳もなく、せいぜい、ケーキ用のフォーク位しかまともなとび道具になりそうもない。

(“Add on”……近代化改修、延長線上の話なら)

 

 さっき、東が言っていた様に本来の人格へ別人格を追加したのだとすれば、それを正常に統合できない場合、最悪、私達は“発狂”するだろう。

 

「……あれは、“あの長門”ね、salvager?」

 

 以外と流暢な発音に惹かれて顔を上げると、翔鶴がじっと、東を見つめていた。

 

「“dreaming within a dream”youは、Ladyと一緒に見ただろう?」

 

 ホワイトボードの文字がじわりと更新される。

 

・Who?(だれが)

 →ヌクパナ(Nukpana)>別世界の“長門”

 

 東はまだ湯気が立っているマグから一口コーヒーをすすった。

 

「こちらではDreamでも、あちらではReality、現実に起こった事だ……Hum、ここで、“いつ”とQuestionされても困るが」

 

 前提を吹っ飛ばした問答にもそろそろ飽きてきた所だが、周囲をちらりと伺うと、“瑞鶴”が妙に訝しげな顔をしている。

 感情表現が豊かというか、どこか“わざとらしい”感じがする相手だが、これは、素で滲み出た当惑に見えた。

 

「“私達が勝利した世界”……あれは、“私達が造りだした天敵”と言う事カ」

 

 苦々しげに顔を歪ませる翔鶴に、東は首を振った。

 

「It's not your fault.」

 

 その声に含まれた、いたわりの響きに翔鶴が目線を上げる。

 

「あなたに同情されるおぼえはナイ」

 

 敵意の込められた瞳を見つめたまま、指がマグの縁をなぞっている。

 

「Choice、Choice、Choice……選択は、皆で少しずつ、重ねたものだ、中には大きなものもある、が、“あちら”のyou達のせいだけにするには、大きく、重すぎる」

「提督」

 

 再び神通が挙手し、東の注意を惹いた。

 

「What's up?」

「私達の擬体と艤装は捕らわれ、無力化されているというのであれば、ここを脱出しても、“夢から醒める”だけで、状況は変わらないのではないのでしょうか?」

「敵に囲まれた状態……よね?」

 

 もっともな疑問だ。

 東の言っていた“夢”の話が本当であれば、今自分の体に戻るのは、“同化”されに行くようなものだろう。

 まぁ、眠ったまま捕まってる状況自体が安全とは程遠いが。

 

(ま、それが本当だとすれば……)

 

「That's right、なのであちこちに“ご協力”願う事にした……幸い、“彼女達”にも協力して貰える事になった」

「“脅迫した”の間違いでしょ」

 

 ちらりと視線を送られた瑞鶴が心底嫌そうな顔で吐き捨てる。

 

「でも、私達だけでは状況を変えられなかった、“契約”は“契約”よ」

 

 諭す様な翔鶴の声を聞きながら、瑞鶴は手に持ったカップを睨んでいたが、一息に中身を飲み干す。

 

「分かってる、約束は守るよ、決めた事だからね」

 

 苦薬でも飲まされた様な表情の瑞鶴に、東は座ったまま一礼した。

 

「Thanks、そう言って貰えるとありがたい……他にも、“援軍”は手配済みだが、それでも、罠を内から食い破る状況は際どい」

 

 東は少し考えて、また指を鳴らす。

 すると、背後のホワイトボードの記載が更新される。

 雷は身を反らしてホワイトボードをのぞき込んでいる。

 

Ex2.援軍

 ・神威鎮守府

 ・彼女達

 

「単冠泊地の神威鎮守府には、“昔なじみ”のルートから情報をLeak済みだ、実の所、you達の回収についてのオプションcontractを持ち出したのは、そこの……you達の提督さ」

 

 東は軽く微笑んで電に目をやった。

 

「なのです?」

 

 難しい顔で首を傾げていた電は、一瞬、きょとんとした顔になり、今度は当惑した表情で首を傾げた。

 

「“彼”は自分の艦娘達を全力で取り戻しに来る、間違いない」

 

 ホワイトボードの“神威鎮守府”の近くに、うっすらとカートゥーンっぽい絵柄のガミガミ親父の絵が浮かび上がる。

 完全に悪役面なのだが、何故か妙に親しみを感じるキャラだ。

 

「hum……」

 

 東は、微笑みを消して、軽く頭を掻いた。

 

「そろそろ、“彼女達”については改めて、introduceする必要があるか」

「結構」

 

 東の動きを翔鶴が強く制止した。

 

「自分の紹介を任せる程、信用してないわ」

「だよね、妙なこと吹き込まれて、この子達にいきなり撃たれるのもイヤだし」

 

 翔鶴は紅茶のカップを取り、軽く揺らす。

 まるで紅茶占いでもしている様な感じだが、出されている紅茶は茶葉が残る様な淹れ方はされていない。

 

「私達も“奴”に捕らえられた、そして、取り込まれる前に、“彼”から“契約”を持ちかけられた」

 

 翔鶴はカップを下ろし、東にちらりと目をやった。

 東は素知らぬ顔でコーヒーを啜っていたが、マグを軽く持ち上げて、微笑する。

 

「“彼女達”は取り込まれずに済むし、俺のcontractは果たしやすくなる、Win-Winなcaseだったからな」

「……私達は本来の立場はどうであれ、“彼”との“契約”に縛られている、私達が助かる為には、あなた達を助けるしかない」

 

 翔鶴は東の反応を黙殺して視線を巡らし、こちら側の艦娘達一人一人としっかり目を合わせてきた。

 しっかりと、言葉を認識しているか確認している様だ。

 最後に、神通に目線を向けて少し考える様に首を傾げる。

 

「念のため、もう一度言うわ、“いきなり攻撃はしないで”」

 

 正直しつこい念の押しように、神通も少し眉をひそめながら頷く。

 

「……まずはお話をお聞きします」

「ありがたいわ」

 

 神通の言葉を聞いて、翔鶴はようやく薄く微笑んだ。

 

「ま、そうね、流石にあんたに殴られたら、下手な戦艦に撃たれるより効きそうだし」

 

 瑞鶴は片手を軽く上げ、首を振る。

 口調は裏腹に、表情は真顔のままだ。

 

「薄々察してるかも知れないけど、私達の姿は本来の姿ではないわ、この姿は、あくまでも、“暁の夢の登場人物になる為”の仮の姿……安らかな夢の世界では戯画化できない悪は存在が許されないもの、だから、“本来の私達”はここに存在してはならない、ここでは、私達は異物だから」

 

 確かに、最初から薄々は感じていたが、どうも、この話題の方向性は気に入らない結論に進んでいる。

 いや、もう既に答えを出せるだけの材料は揃っている。

 ただ、馬鹿馬鹿しい結論を認めたくないだけだ。

 

「……違うわよね?」

 

 雷が小声で呟いているのが聞こえる。

 普段なら、割とずけずけと疑問を口にする方の彼女だが、今は、口に出せば後戻りできなくなる気持ちが強いのだろう。

 

「何かしら?」

 

 気を取り直して目線を上げると、電が手を挙げていた。

 

「えっと、翔鶴さん達は、深海棲艦なのですか?」

 

 少しおずおずとしているが、割といつも通りの調子で言い切る。

 一瞬、場が再び、しん、とした静寂に包まれた。

 一斉に視線を浴びて、電は少し困った様にちらりと視線を動かしたが、すぐに、翔鶴に視線を戻す。

 “瑞鶴”はため息を吐いて瞑目し、頬杖をついた。

 

「やれやれ、オマエがぐずぐずしているから、先に言われてしまったゾ」

 

 片目だけ開け、“翔鶴”へ横目を向ける。

 呆れた様な口調だが、口元はうっすらと笑いを浮かべ、まるで揶揄している様な様子だ。

 一瞬、意外な程可愛らしい、きょとん、とした表情になっていた“翔鶴”は、深く一息をついてから、口を開いた。

 

「そう、私達は、おまえ達が“深海棲艦”と呼称する存在ダ」

 

 今度こそ部屋の空気が固まった。

 まるで全員がレジン封入されたフィギュアにでもなってしまった様な静寂。

 この感覚は、効果的な初撃を放つ為に、互いの様子を窺いながらにらみ合う。

 戦闘直前の緊張感そのものだ。

 違うのは、誰も艤装を展開していない事位だろう。

 

「言葉だけでは半信半疑でしょう、少しだけ……ミセテヤル」

「オイ、“化けの皮”を剥がせば、“奴”に特定サレルゾ?」

「この部屋だけダ」

 

 少し眉をひそめた“瑞鶴”に“翔鶴”が指を振った瞬間、部屋の風景が一変した。

 重い金属音に鼓膜を叩かれ、自分が立ち上がっている事に気がつく。

 目の前に、港湾棲姫と空母棲姫が座っていた。

 上品なホテルの食堂は、独特の黒光りする金属でできた部屋に変わっている。

 

「ひゃっ!なに!え?もうっ!」

 

 次に、場違いな黄色い悲鳴が脳に染み込んだ所で、自分の右手が銃把を握っている事を意識した。

 

 中腰のまま視線を右に巡らせると、錨を握ったまま、東の膝上に横座りさせられている雷が目に入る。

 足をばたばたさせているのは可愛らしいが、床と錨が接触する度に、かなり重々しい接触音が響く。

 怒るというより、本気で困惑した表情からすると、どうやってそんな体勢にされたのか、全く分からない早業だった様だ。

 視線を逆に振ると、集合した深海棲艦達と目線が合う。

 駆逐、軽巡、重巡、雷巡、十全に数の揃った艦隊だ。

 

「Да ты что!(ダーティシトー!)電?」

「響ちゃん……お茶が冷めてしまうのです」

 

 響も立ち上がっていたが、座ったままの電が手を握ったままなので、中腰になってしまっている。

 電は紅茶のカップを確かめる様に持ち上げると、鼻先で軽く回す。

 無理に振り解こうか迷いを見せている響に構わず、そのまま一口啜る。

 

「普通のお茶なのです」

「ソウダ、ココハ、ワタシノカラダノナカダガ、オマエタチノツカウモノハ、スベテ“ソチラガワ”ノモノデジュンビシテアル」

「ノゾンデココニイルワケジャナイガ、レイギクライハココロエテイルサ、ナァ?」

 

 至極真面目な調子で、訥々(とつとつ)と答える港湾棲姫の横で、空母棲姫は揶揄する様に鉄紺(てつこん)色のカップを持ち上げて見せる。

 ちらりと見えた中身は、鮮やかな青色をした何か。

 

「まだお茶会は終わってないのです」

 

 落ち着いた調子で促され、響は困った様子で神通へ目をやる。

 神通はいつの間にか中腰から自然体の直立姿勢に移っていた。

 目線を少し追ってみると、俯いたまま座っている“叢雲”を見ている様だ。

 

(艦娘が混じってる?)

 

 深海棲艦の群の中にぽつりと艦娘が混じっているのは明らかに浮いている。

 さっき気づかなかったのが不思議な所だが、驚き過ぎて見逃してしまったのかも知れない。

 しかし、落ち着いてみてみると、もう一人、混じっている。

 ジョッキ片手で、にやにやしながら、こちらを見ているのは“天龍”だ。

 鉄灰色の泡立つ液体を呑んでいる彼女に目を留めていると、隣にいた軽巡ト級っぽい艦につつかれ、一瞬、妙な顔になったあと、慌てて酔いを醒ますように顔を叩き始める。

 一瞬、視線がぶれた様な感覚の後、“天龍”は、中途半端に艤装を装備した軽巡ト級になっていた。

 

(……所々、艤装に“天龍型”が混じってる?)

 

「……もう、これくらいで十分かしら」

 

 瞬きもしない内に、暗灰色に覆われていた部屋は、ホテルの食堂に戻っていた。

 

「そろそろ座ったら?」

「お茶を淹れ直しましょう……正直、これだけは少し気に入ったわ、“あの子”が戻ったら、私達もたまには、お茶会を開こうかしら」

 

 薄く微笑む顔は、ごく普通の艦娘と変わらない。

 取りあえず、出来る限り体の力を抜いて椅子に腰を下ろす。

 全ての訓練と経験に逆い、深海棲艦の前で無防備に着席する。

 正直、結構な負担だ。

 しかし、腰のホルスターからはみ出している銃把に落ち着きたがっている手を、強いて机上に置いておく。

 “話し合い”であれば、少なくとも態度で示しておくべきだろう。

 

「ちょっと、自分で歩けるわ!」

 

 目線を上げると、雷をお姫様だっこした東が、平然とした様子で“翔鶴”達の背後を通り過ぎていくのが目に入る。

 敵艦のただ中を無防備に持ち歩かれる形になった雷にしてみれば、恥ずかしいとか言っている状況ではないだろう。

 

「Sorry」

「もうっ!」

 

 椅子の上に下ろされた後、東の背をはたいた手が少々鈍い音をさせたのは仕方ない所である。

 軽く片眉を上げた程度で納めたのは中々我慢強い。

 数歩歩いて、東が肩に手を置くと、まだ中腰になっていた響が肩越しに振り返る。

 数瞬、視線を交わした後、再度電に手を引かれ、響は不承不承、体の力を抜いた。

 

「Ладно(ラードナ)……電、取りあえず、手は離してくれ」

 

 響が着席したのを確認し、東は神通へ目線を向ける。

 

「……前は別の形でお尋ねしました」

「hum」

 

(多分、割と物騒なやり方で訊いたんだろうなぁ)

 

 それ位は何となく分かる。

 問題は何を訊いたのかだ。

 

「あなたはまだ、私達の“提督”なのですか?」

 

 私達は人の姿をしているが、あくまでも“艦”。

 “艦”がつどって“艦隊”を成すからには、“提督”が必要だ。

 実際的な指揮官であるか、象徴なのか、いずれにしても、ある、なしは重大な問題になる。

 

(信頼できれば……ね)

 

 しかし、神通が問うているのは、形式上の事というより、もっと別の事だろう。

 

「帰還の為のOperationが完了して、本来の“提督”の所までyou達をescortし終わるまでは、そう思ってくれていい」

「帰還……撤退作戦ですか?」

 

 東は大股でつかつかとホワイトボードの所まで戻ると、ホワイトボード消しを手に取り、大ざっぱにホワイトボードの書き込みを消した。

 

(あ、そこは普通に消すんだ)

 

「humm……」

 

 何事かを呟きながら、ホワイトボード消しをフェルトペンを持ち替え、文字を殴り書く。

 

『point X withdraw operation』

 

(ポイントX撤退作戦?)

 

「そのままね……」

「あんた、センス無いって言われるでしょ?」

 

 ペンの蓋を閉め、頷いている東の背に、“翔鶴”と“瑞鶴”の言葉が突き刺さった。

 微妙にがっかりした顔で振り返った東が、神通に目を向けると、彼女は少し困った様に眉根を寄せる。

 

「分かり易い作戦名かと思います、でも、平文で使うには秘匿性に問題があります……その、略称とされてはいかがでしょう」

「humm……」

 

 東はペンをくるくる回しながら少し考えていたが、やがて、ペンを空中に投げ上げてキャッチすると、ホワイトボードに文字を書き込み始めた。

 

Operation Homing Instinct>OHI >陽号作戦

 

「帰巣本能作戦ってとこだが、Nicknameは“ひごう”でOK?」

「はい、呼称としては問題ないかと思います」

 

 神通が頷くのを確認した後、東は室内を一通り見回したが、今度は異論を唱える者は居ない様だ。

 東は神通に目線を戻し、改めて、じっと瞳をのぞき込む。

 

「無事Operation nameが決まった訳だが、さっき言った通り、この“陽号”作戦が終わるまで、俺はyou達の“提督”だ、無事にyou達を元の居場所に戻す事について、contract……契約上の責任を負っている」

 

 目線をすっと外し、東は翔鶴達に目を向ける。

 

「……of couce、彼女達についてもだ、contractは履行されなければならない」

 

 軽く一礼する東に、翔鶴は鷹揚に首肯を返した。

 

「そうね、これだけの事をさせておいて、約束を破るような人は、一口分ずつ爪で千切って、サメにでも投げようかしら」

 

 一瞬、翔鶴の細い指が鈎爪に変じ、すぐに元に戻った。

 

「生きたまま投げないなんて、“翔鶴姉”はお優しいネェ……」

 

 それを薄笑いを浮かべて見ていた瑞鶴から、ふっ、と表情が消える。

 

「ま、サメの餌にした位じゃ、死ぬか分からないカ……」

「Horror movieのSlasherじゃあるまいし、過大評価さ」

 

 妖しい黄金色の輝きを放つ瞳に指を振り、東は肩を竦める。

 

「Miss. 神通、少しとっちらかって悪いが……もう少々、“陽号作戦”が終わるまでは俺を“提督”と思って、彼女達を率いて欲しい」

 

 敬礼はせず、ごく普通に頭を下げる東に神通はほんの一呼吸分程度目を落とし、すぐに視線を上げた。

 静かに注目している“翔鶴”達をちらりと見てから、少し硬い表情で見つめる電達に軽く頷きかける。

 いつの間にか向き直っていた神通と、目線が合った。

 

(……誰を信じる?何が本当なの?)

 

 この場にいる皆が、多かれ少なかれ抱いている疑問。

 

(非現実の中で、現実を見極めろって言われてもねぇ)

 

 今、答えを出さなければならない。

 腰の工具ベルトを探って、小型のスイッチを取り出した。

 掌に握り込むには少し大きいが、携帯電話のバッテリを使って最厚でも1センチ以下に抑えてある。

 ボタンスイッチの安全カバー周りにトラ模様を入れてあるのは個人的な拘り。

 まぁ、そもそもが、今日日のテロ組織なら携帯電話から特定番号を発信させる“スマート”なやり口があるので、わざわざスイッチを自作する事自体が拘りかも知れない。

 我ながら、有り物から急いで作ったにしては上出来だ。

 自信作をテーブルの上に載せ、“翔鶴”の方へ向けて滑らせる。

 

「それ、あげるわ」

 

 拾い上げた翔鶴は、物珍しげに掌に乗せてひっくり返し、ためつすがめつしている。

 

「……器用ね」

「なんだコレ?」

 

 面白そうに微笑した彼女の手元をのぞき込んでいた瑞鶴が、物言いたげに視線を向けて来た。

 

「この世界を終わらせるスイッチ、のつもりだったものよ、押すとドカンといくわ」

「うげ……」

 

 にっこり笑って、掌をぱあっと開いて見せると、瑞鶴はげんなりとした顔で翔鶴に目をやった。

 

「あらあら、火薬庫のアレはコレに繋がってたのね……」

「オマ……“翔鶴姉”、知ってたの?」

「そりゃ、自分の体の中ですもの……スイッチ貰ったから、後で配線戻しておこうかしら」

「ヤメロ!」

 

 目を剥いた瑞鶴に微笑みかけ、翔鶴はスイッチを懐にしまい込んだ。

 一瞬、肩を竦めかけてから思い直し、神通へ頷いて見せる。

 乗せられている気しかしないが、やるしか無いだろう。

 

「……分かりました、引き続き“東提督”麾下にて、陽号作戦を実施致します」

 

 居住まいを正して敬礼する神通に、東は珍しく綺麗な返礼を返して微笑する。

 

「Thank you、ありがたい……礼を言われる気分じゃ無いとは思うが」

「司令官さん」

「Hum」

 

 電が響に掴まれたのと反対の手を挙げ、東の気を惹いた。

 頷きかけられたのを確認すると、電は軽く咳払いしてから、東を見据える。

 

「あなたは、本当は誰なのです?」

 

 訊きたい事は多々あったのだろう。

 しかし、最初の質問として選ぶ時、どうしても外せない疑問はそれだったのだろう。

 今度は、東が少し考えこむ。

 

「訊かれてるわよ、“引き揚げ屋”、答えてあげたら?」

 

 含み笑い混じりに声をかける瑞鶴をちらりと見て、東は肩をすくめる。

 

「日本語で近いのは“何でも屋”だと思う、Contractを結んで何でもやる、割とTroubleshootが多いな、特に今回の件は複数のContractが絡んでて、少々厄介だ……あと、この世界ではyou達の提督だ」

「“人攫い”と“艦娘回収業”が抜けてるわよ……こいつらのせいで、オマエラが増えてコマル」

 

 瑞鶴の皮肉を含んだ物言いに、東はマグの縁を又、指で弾いて澄んだ音を立てる。

 

(こいつら?私達を増やす……?)

 

 まさか、この、東とその背後にいる組織が、私達を造ったとでも言うのだろうか。

 

(でも、“サルベージ”に“回収”、造っているなら、そうは言わない筈……)

 

 駄目だ、今、考え込む訳にはいかない。

 欺瞞情報だったら、思うつぼだ。

 そもそも、完全に信用してる訳じゃ無い。

 

「Hum、まぁ、そちらから見ればそう見えるか」

 

 東は嘆息し、目を白黒させている電に目を戻す。

 

「私達を増やす……大本営の人なのですか?」

「いや、彼らとのお付き合いは遠慮させて貰ってる、BigBrotherは何故か鉄格子の中でInterviewしたがるんでね、Self-employed……hum、自由業とかまぁ、そんなもんだ」

 

 首を傾げていた東はふと片眼を閉じ、顔を顰める。

 

「別に呼び名は“何でも屋”でも“艦娘浚い”だろうが何でも良いさ、重要なのはContractだ、契約を果たして結果を見届ける、どうせ見届けなきゃならないなら、気分のいいものを見たい」

 

 鈍い揺れが食堂を揺らした。

 

「あら……あの子、起きたわ、でも」

「姉さん?」

 

 椅子を蹴たおした響が、いち早く出入り口の扉に走り寄ってバーを引いたが、ガラス戸が開かない。

 両手を添えた響が力一杯引っ張っても、ガタつきもしないのは異常だ。

 

「Чёрт!(チョルト!)、ここを開けてくれ!」

 

 振り返る響に、少し遅れて追いついた雷も扉を試して目を丸くする。

 

「びくともしないわ!」

「まるで、金属みたいなのです」

「そりゃね、ガラスに見えても“翔鶴姉”の中だから、うちらの艤装と同じだし」

 

 響達に歩み寄った瑞鶴は、見上げてくる電に肩を竦め、翔鶴を振り返る。

 

「で、なんで開けないわけ?」

 

 翔鶴はそれには答えず、手で片眼を押さえながら立ち上がると、東につかつかと歩み寄った。

 襟首を求めて伸ばされた手が、静かに押さえられる。

 そよとも気配を感じさせず、神通が東の傍らに立っていた。

 

「Thanks」

「いえ……この方はまだ、私の“提督”です、お控えください」

 

 翔鶴は止められて始めて気がついた様に手を引っ込め、息をつく。

 

「さっき、全ての隔壁を下ろしたわ……あの子の意識が、ヤツに持って行かれそうになってイル、私の中で厳重に、一番深く隠していたのに……ナゼダ?」

「hum……Ladyは、この世界の本物の“Dream master”と完全に同調している、もう一人の“暁”だ、She is alive」

 

 東が席を立ち、響達の方へ歩き始めるのを見て、慌ててその背を追う。

 

「私の記憶だと牟田浜水雷戦隊は全員KIAになってるけど、嘘だったって事?」

「さっき言ってたな、艦娘は“死んだと思わなければ死なない”と」

 

 扉に手を当てた東は振り向きもせずに、言葉を続けた。

 

「そうね」

「少し違う、“自分が死んでる”なんて考え続けられる奴は死んでない、死んだふりをしているだけだ、自分自身にさえ嘘をついてだ……Open door plese」

「Не трогай меня.(ニ トローガイ ミニャー)」

 

 ドアに貼り付いていた所を背後からひょいと持ち上げられた響はジタバタと暴れたが、流石に体格差がひっくり返せず、あっさりと翔鶴の小脇に抱えられてしまった。

 

「今のあの子には私達が分からない、あの子も、あなたも今死なれたら困るわ」

「一人で行っちゃ駄目なのです」

「そうね、兎に角みんなで行った方がいいわ」

 

 抱えられたまま妹達に諭されて響は何事か呻いたが、不承不承暴れるのを止めた。

 

「分かったよ……早く行ってくれ」

 

 翔鶴が押すと、ドアは何の抵抗もなく、すう、と開いた。

 遠くから、重い衝撃が断続的に壁を揺らしているのを感じる。

 

「hum、こっちだな」

「ええ、まださっきあなた達が居た、霧ドックの辺りね」

 

 全員が駆け足で現場へ向かう。

 廊下に下りていた隔壁が滑らかに開き、通り過ぎた端から戻ってゆく。

 

「Lady達はこの世界から出る鍵だ、この世界のMaster、生きて、まだ、向こうとつながってる、死んだふりを止めれば、夢は終わる」

 

 目的の場所が近づくと、重い打撃音と機関音が耳に響いてくる。

 甲高く、まるでモーターの様な音。

 高位の深海棲艦が発する音。

 

「この先に居るわ」

 

 全員が立ち止まった前で、ゆっくりと隔壁が開いてゆく。

 ついてきた深海棲艦は、ほんの一部。

 どうやら、前回支援に来た艦隊の構成艦の様だ。

 

「見つかったのはこっちのLadyじゃない、you達の鎮守府に隠しておいたLadyの艤装が見つかったんだ、Backdoorだ、Escape routeは

Intrusion routeにもなる、Nukpanaは艤装からLady達に干渉しているんだ」

 

 隔壁の先に立っていたのは、幾つか、目を瞑れば“暁”だった。

 艤装の形は暁型の物だし、制服もいつもの吹雪型のセーラ服に略帽をしっかり被っている。

 でも、壁を殴るのを止めて振り向いたその目は、黄色く濁っていた。

 こぼれる髪は砕ける波濤の様に白く、肌は不健康に蒼白い。

 踏み出した足を包んでいるのは、黒ストッキングではなく、ぬめ光る流体金属。

 なまじ、暁の姿形がそのままなだけに、見るのがつらい。

 

「姉さん!」

 

 響の声が発せられるのと、暁がまっしぐらに翔鶴へ襲いかかるタイミングは同じだった。

 一瞬過ぎて、まるで床に錨が生えた様な錯覚に陥りそうだ。

 暁と翔鶴の間には神通が入り、静かに構えている。

 暁が首を傾げ、ゆっくりと錨が巻き戻されてゆく。

 

「提督、作戦を……無傷では長く抑えられません」

「hum」

 

 普段よりトーンが落ち込んだ声で囁く神通の前に、すたすたと東が歩み出る。

 

「ばっか、何してんの!」

「死ぬ気かい?」

「司令官!」

「司令官さん?」

 

 何となく不思議そうな様子で見ている暁の前で、東は帽子を取る。

 

「Miss.翔鶴、歌ってくれ、まだ、“聞こえる”筈だ、注意が戻れば、Miss.響の声も届くだろう」

 

 声とともに飛んできた帽子を掴む。

 

「Ladyと少しDance timeだな、elegantなのはからっきしなんだが」

「好きにさせとけば?……そいつも、別口の“化け物”よ」

 

 東の横に並ぼうとした神通を、瑞鶴が制した。

 

「そう簡単に死ぬ位なら、こっちはこんなに苦労してないし」

「どうも」

 

 一瞬の躊躇いの間にゆらりと暁の姿が揺れ、次の瞬間、壁を衝撃が揺らした。

 単なる足払い、と言うより、足を引っかけただけに見える動き。

 それでも、暁の体は宙に舞い、壁に激突した。

 

「Sorry、卑怯かも知れんが、こう言うのは割と得意だ」

 

 平然と肩を竦めているが、勿論、普通の人間にできる事では無い。

 地上とは言え、常軌を逸した腕力を振るう艦娘の足など引っかけたら、かけた脚が千切れる。

 神通が構えを解いて、自然体に戻す。

 受けに回る事にしたらしい。

 潮騒に似ているが、何処か不安で、心をかき乱す音が響く。

 “翔鶴”が歌っている。

 

「歌なのです……?」

 

 不安そうに電が呟く。

 到底歌には聞こえないが、瑞鶴達は、心地よさそうに表情を緩めている。

 

(レコーダー持ってこれば良かった、この時代、スマホ無かったのよね)

 

 反射的にそう思いながら、ふと、外の世界にある暁の艤装が気になった。

 

 艤装が活性化して暴走でもしていたら?

 誰かを傷つけて、破壊されたらどうなる?

 或いは、鎮守府を脱出して、私達を捕らえているものに合流してしまったら?

 

(……普通に考えて終わりよね)

 

 暁と対峙している東を見つつ、言葉を呑み込む。

 外に干渉できない以上、考えてもしょうが無い事だ。

 まだ、イマイチはっきり思い出せない単冠の僚艦達を信じるしか無い。

 

(その辺、考えてたのかしら?……あなた?)

 

 東は艦娘ですら捕らえるのが難しい暁の動きを、最小限の動きで躱し、ほんの少し押している。

 まるで“崩し”の究極の様な技。

 しかし、いつまで続くのか。

 

「信じるしかない……か」

「そうしてくれると……hum、助かる」

 

 小声だったのに聞こえたらしい。

 とんでもない地獄耳だ。

 瑞鶴の“別口の化け物”と言うのはあながち誇張ではなかった様だ。

 

(いいわ、今は、信じる……でも、そうなると、サルベージャーって、なんなのかしら?)

 

「姉さん、聞いてくれ!」

「暁ちゃん!」

「暁!がんばって!……えー、じゃなくて、ねぇ、聞いてよ!」

 

 こんな状況だと言うのに、思わずツボに入りそうになってしまった。

 兎に角、この場を切り抜ける。

 後の事は、後の事だ。

 夕張は、目の前を注視する。

 全てを記録する為に。

 分析はその後だ。

 

 

To Be Continued……




 最後まで読んで頂きありがとうございます。
 次回は流石にもう少々早く投稿出来る様、がんばります……。

Ps.2019冬イベは甲甲乙でなんとかクリアできました。
ジョンストンさんと早波さんをお迎えできた所で、力尽きました……もう、気力無い(+_+)
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