深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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※前回までのあらすじ

 暁の半深海棲艦化を含む多大なる損害を出しながらも、オペレーション“HaneeBee”を成功させた“東鎮守府”。
 しかし、東の行動に決定的な疑いを抱いた夕張は、彼を監禁して真意を問う。
 だが、その途中で翔鶴と瑞鶴から、お茶会の誘いを受ける。
 全てが明らかになるというお茶会の誘いを受けた夕張と東が参加したお茶会にて、とうとう、彼女達は、今居る世界が“暁”の夢であるという事実を知るのであった。

 そして今、現実の単冠鎮守府にて“暁”の体が起動しようとしていた……



 【第十四話 存在Xの呼び声 ~Call of the thing~】

 

 

【択捉島・神威鎮守府 陽炎】

 

 

『えー、定時連絡、定時連絡、どないな調子や?』

『何にもないわ、極めて退屈な状況ってとこ、もうちょっと回ったら戻るわ』

『なんも無いのが一番や、あんじょうよろしゅう』

 

 歩きながら無線に応えていた陽炎は、その間も、間断なく周囲に目線を配っていた。

 傍らを歩く不知火が手にした懐中電灯が頼りなく闇を照らしている。

 光量は十分。

 単一電池6本を直列に装填したそれは、探照灯程ではないにしても、地上から雲を照らせる程度には強力だ。

 問題は、むしろ、明るすぎる事だった。

 明るく照らし出された輪の外は、墨汁を流した様な暗闇になってしまう。

 

「消す?」

 

 不知火が少々眩しげにしている様子を見咎め、横を歩いていた陽炎がぼそりと呟いた。

 

「……そうですね、陽炎がよいなら」

「あんた程じゃないけど、割と見えるからいいわよ」

「じゃあ」

 

 陽炎と不知火は片目を瞑り、スイッチが落とされた瞬間、瞑っている目と、開けている目を入れ替える。

 解像度がやや荒いが、真の闇にはほど遠い。

 これなら、何か動くものがあれば見逃す事は無いだろう。

 

「しかし、まぁ、あの“宣伝部長”殿が協力して欲しい事っていうのが何かと思えば、夜警のバイトとはねぇ」

「この区画には、“あれ”をしまってあります、何かあった時に私達以外が居れば、情報が漏れます」

 

 声を落とした不知火の言葉に肩を竦め、陽炎は耳を澄ました。

 真夜中とは言え、泊地が完全に眠り込む事はない。

 しかし、明かりもまばらな倉庫区画で聞こえる音と言えば、冷蔵施設のモーター音程度。

 重要な資材や食品保存庫には警報装置が仕掛けられている為、先の大戦中の様に銀蠅(ぎんばい)する様な不埒者はまず居ない。

 大体、食べ物にありつきたければ食堂の方を狙った方が手っ取り早い。

 

(……というか、普通にコンビニ行くわ)

 

 今日日最前線でも無い限り、そこまで物資は不足していない。

 アイスや羊羹、カップ麺、好きなものが買える。

 兵站が安定していると言うのは、本当にありがたいものだ。

 太平洋や大西洋の様な大洋をはるばる渡ってくる舶来品については、流石に少々値が張るが、それでも入手不可能という程でもない。

 七つの海を文字通り“護送船団方式”でゆっくりと回る“移動鎮守府”達が作り出す“軌道制海権”のおかげだ。

 

(なんか、珈琲飲みたくなってきた)

 

 食べ物の事を考えていたら、ホットコーヒーが飲みたくなってきてしまった。

 流石に北の離島は夜の冷え込みが厳しい。

 アメリカ軍につてがあれば、大体どの場所でもまともな珈琲が飲める。

 とは言え、残念ながら、この島はロシアの目と鼻の先、と言うか、未だにロシアが自国領であるとの主張を崩していないお土地柄だ。

 紅茶の在庫は割と潤沢で簡単に良い物が手に入るのだが、珈琲となるといまいち選択の幅が少ない。

 そんな中で、喫茶チェーン並の品質で24時間いつでも飲めるコンビニ珈琲は有り難いものだなと思う。

 

「ん?」

 

 陽炎はふと、何か違和感を感じ、頭(こうべ)を巡らせる。

 

「……何か聞こえませんか」

 

 既に不知火も身を低くし、耳を澄ましている様だ。

 

(高くて……だいぶ早い)

 

 二人の視線が交わされる。

 艦娘の初期教育施設でイヤと言うほど聴かされる音。

 

『こちら陽炎』

『黒潮や……厄介?』

 

 素早い応答。

 だが、耳に当たる声はあくまでも柔らかい。

 

『例のアレが置いてある所から、カテゴリHのエンジン音がするわ』

『なんやて!……ほんまやないの!……通報、どないしょ?』

 

 陽炎は、もう一度不知火と視線を交わし、息を吐く。

 

『お気楽な部長殿へ先に連絡お願い、夜番に通報するか確認して……この調子で鳴ってたら、その内誰か聞きつけて騒ぎになるわ、こっちは、現場を確認する』

『きぃつけてなぁ……いたずらなら、ええんやけど』

『ガッコじゃあるまいし、さすがにそりゃないと思うけど』

 

 深海棲艦の艤装が戦闘機動時に発するエンジン音の聞き分けは、水上艦娘達にとっても必修科目だ。

 そこで学ぶ各クラスのエンジン音の中でも、カテゴリH、或いはK、つまり”姫級”、“鬼級”以上の強敵が発する独特の高音域の音色。

 開けた海上で、遠くからでも聞こえるそれは、艦娘達に本能的に戦慄を覚えさせる代物であり、まず聞き間違える事はない。

 実際に直面した際に新人をまごつかせない為に、艦娘の訓練施設では夜間緊急召集の集合音と併せて用いられる事もある。

 しかし、いくら何でも常時警戒中の基地でそんなもの流す者は居ない。

 普通に懲戒ものの行為だ。

 

(せめてスニーカーにしてこれば良かったかな……)

 

 真っ暗な倉庫区画にすこしくぐもった高回転音と、靴音が響く。

 地上歩行用に形態変化させた艤装靴はよくあるローファーになっている。

 隣で走っている不知火は確か、ラバーソールの半靴を履いていた。

 殆ど足音が聞こえないのはいつもの事だが、この状況だと、まるで深夜の海域で独り取り残された感覚に陥りそうになる。

 点々と灯った常夜灯以外は光源のない通路に音が反響し、発生源を覆い隠す。

 発生源にあたりがついていなければ、少し迷ったかも知れない。

 歩幅を緩めて、例の艤装が保管されたコンテナのある倉庫へ近づく。

 強まる背筋の寒気を感じながら、扉の錠前を開け、逆側に張り付いた不知火に目配せをしてからそっと引く。

 僅かに開いた隙間から、するりと入り込んだ彼女を追って中に入り込む。

 非常灯すら灯っていない倉庫内は完全に闇に沈んでいた。

 流石に暗さに慣らした目でも、視界ゼロだ。

 スイッチの場所を思い浮かべた時、闇が少し薄れる。

 不知火が常夜灯を点けたらしい。

 相手に接近を悟らせる事になるが、こんな物だらけの場所で海上みたいな感覚で夜戦をやるわけにはいかないのだから、リスクを取ったのだろう。

 操作盤から戻ってきた不知火に頷き、手早くにクリアリングをしながら進む。

 

(……っ?)

 

 不意に、大きな衝突音が倉庫に響いた。

 一瞬、目線を交わし、二人は駆けだす。

 もう、猶予はない。

 衝突に軋みが混じり、それはすぐに破壊音となって、倉庫に轟いた。

 一気にエンジン音がクリアになる。

 ちゃら、ちゃら、と鎖を引きずる音が近い。

 不知火が手を挙げ、二人はぱっと離れて、物陰に身を隠す。

 すぐに、それは姿を現した。

 

(……)

 

 おぼつかない足下は一歩一歩、不規則な歩幅を打ち付け、上半身は欠いたバランスを補う様に、前に延ばした腕が泳いでいる。

 半ばへしゃげた艤装からは、よろめく度に土の欠片がぱらぱらとこぼれ、真新しい擦過痕が浮いた錆に不釣り合いな艶にきらめいていた。

 そして、それは、それらすべてが見て取れる程にうっすらと、青白い輝きに包まれている。

 丁字路を横切っていく“暁”を、息を殺してやり過ごし、陽炎はずっと貯めていた息を吐く。

 不知火が自分を指さし、通り過ぎていったものを指して、拳を打ち付けて見せる。

 このまま先行して仕掛けるつもりの様だ。

 

(アレが何かは兎も角、基地を彷徨かれたら……ヤバいわ、色々な意味で)

 

 頷いて物陰から出ると、不知火がまるで猫のようにしなやかな動作で追跡を始める。

 幸い、“暁”は背後は無警戒でふらふらと歩いているだけだが。

 

(どこへ?)

 

 疑問が浮かぶ。

 

(どこだってヤバいわ!)

 

 兎に角、止める。

 後は、どこで仕掛けるかだ。

 

(倉庫をでてすぐ)

 

 倉庫の外はトレーラーが余裕を持ってすれ違える二車線道路に歩行者通路が附属した広い空間だ。

 大立ち回りするには充分な広さがある。

 不知火に追いつき、出口を指さしてから、投げ縄を振り回して投げるサインを送ると、若干顔を曇らせたが、頷き返してきた。

 

(迷ってる暇は無いわ)

 

 “暁”が倉庫の入り口をくぐり、空を見上げる。

 

「あ゛ぅ~」

 

 夜空に戸惑った様に首が傾げられ、掠れたうめき声の後に、空咳が続いた。

 その背後から静かに右手へ進み出ながら、陽炎は艤装を展開。

 逆では、不知火が同じタイミングで艤装を展開している。

 熟練した駆逐艦娘が艤装の展開に要する時間は、十秒以内。

 ゆっくりと、“暁”が左右を見回す間に、陽炎と不知火の手から錨鎖(びょうさ) が放たれ、狙い違わず艤装と擬体をぐるりと捕らえて締め上げる。

 すると、タイミングよく艤装側の無線が鳴った。

 

『なに?取り込み中!』

『あちゃ~、気が早いですねぇ、もう始めちゃってます?』

 

 のんびりした青葉の声に、陽炎は歯を食いしばって応える。

 錨鎖からまるで漏電する様に、力が抜けてゆく。

 

「なに……これ?」

 

 ぐい、と鎖がたぐられる。

 それだけで、一瞬、陽炎はたたらを踏みそうになり、足を踏みしめ直す。

 

『まぁいいです、赤巻司令官に許可を頂きました、カバーストーリー“特別夜戦教練”を適用します……援軍も送りましたけど、保ちそうですかぁ?』

『保たすわよ!』

 

 熱を奪われ、圧が下がり始めるボイラーに気合いを入れながら陽炎は怒鳴り返す。

 艤装から熱が奪われるのに合わせて、擬体の芯も冷える。

 手がかじかむ様に、感覚が失われてゆく。

 

(単純な力比べしてたら、保たないわ)

 

 たったの数分。

 それだけを今、稼げる気がしない。

 

「不知火!」

 

 声をかけて錨鎖を掌中で滑らせながら“暁”の背後側へ跳ぶ。

 均衡が崩れた“暁”が僅かに傾斜するのを逃さず、不知火が錨鎖をたぐり寄せ、更に傾斜を深くする。

 “暁”が踏ん張ろうと重心を僅かに変更した瞬間、不知火が錨鎖を緩め、待ち構えていた陽炎が力一杯自分の錨鎖を引っ張った。

 ぴん、と鉄鎖が張り詰め、50,000と52,000馬力の出力がぶつかり、一瞬の拮抗状態を生み出す。

 

(よく耐えるッ!)

 

 背後から、艤装の重さも加えて引いたというのに、崩せない。

 僅かに有利な馬力の差も、優位を得るには足りない様だ。

 思ったより力を奪われているのか。

 狭まる視界に、“暁”が右手に握った錨が映り込む。

 錨の先端、左右に分かれた錨腕の片方が、地面に深々とめり込んでいる。

  いや、正確に言えば、“引っかけられて”いた。

 咄嗟に手近のマンホールをたたき割ったのだ。

 

(思ったよりやる……っ、五月蠅いわね)

 

 体が冷え過ぎた影響か、頭の中で鳴るノイズを振り払うように首を振った視界で、“暁”の左手が不知火の錨鎖を掴み、力強く引いた。

 一瞬、綱引きの様な体勢のまま、ずるり、と数十センチ引きずられた不知火が跳躍する。

 そうだ、馬力が強すぎる艦娘は、海面を“掴める”洋上でもない限り、まともな引っ張り合いは不可能だ。

 強すぎる馬力は最終的にお互いを引き寄せあう結果になってしまう。

 地上ではただ強すぎるトルクを持て余す艦娘が取りうる戦術は、体勢の崩し合い。

 転倒、或いは擱座させてしまえば、数分の時を稼ぐのは容易い筈だ。

 体勢を崩さず着地した不知火が錨鎖を手放し、そのままの勢いで“暁”へ走る。

 不知火の手でも、足でも、“暁”へ届けば、一瞬で擬体の関節を“分解”可能だ。

 一瞬、“熱量”を奪われる前に終わる。

 

『ええ゛っ!』

 

 全身から噴き出た冷たい汗が散り、その一滴が目に滴る。

 体の芯を侵す冷たさに逆らって引いた錨鎖が勢いよく戻り、瞬いて戻った陽炎の視界一杯を、艤装の艦尾が占拠した。

 頭骨の陥没、首の骨折、胸骨の粉砕。

 ほぼ同時に起こった擬体への損傷に痛覚はなく、陽炎は体に伝わる衝撃としてそれを認識した。

 

『♭§仝↑≒※〒◎→〆!!!』

 

 艤装の無線へ入電した音声が耳を叩く。

 だが、既に陽炎の脳はそれを意味をもった情報と認識する機能を喪っている。

 一時、彼女の五感から入力される情報は意味を無さぬノイズと化し、潰れた肺と喉を塩辛い液体が満たす。

 完全に見当識を喪った陽炎は、地上で“溺れた”。

 

 

【択捉島・神威鎮守府・倉庫街 不知火】

 

 

 艤装で圧し潰した陽炎の上から、錨を杖にして、のそりと“暁”が起き上がると、緩んだ錨鎖がじゃらりと地面に広がった。

 ふと、“暁”の頭が下がり、顔が錨の陰に沈むと、略帽が弾かれた様にとぶ。

 続けて飛来した金属の礫が、持ち上げられた左腕の防楯で鋭い着弾音を立てた。

 “指弾”を放ちながら駆け込んだ不知火の左手を、“暁”の右の防楯が防ぐ。

 停滞無く沈み込んだ下肢から繰り出される右下段蹴りが、いつの間にか左に持ち手が変わった錨に受け止められる。

 

(厄介な……)

 

 不知火が人間以外の相手に本気で放つ“指弾”の速度は高初速の軍用ライフル弾……マッハ3程度は出ている。

 艦娘と言えども、”見てから”避けるのは至難の業だ。

 しかも、初見で防いで見せたのはおそらく”勘”だろう。

 基本の連携技とはいえ、奇襲攻撃を全て最小の動きで、しかも、全て”手足に触れさせずに”防御した。

 この“暁”は明らかに接近戦の経験を、それも地獄の様な戦場で積んでいる。

 不知火の背筋に冷たい感覚が走った。

 次の瞬間、“暁”の体が跳ぶ。

 

「くっ!」

 

 頭上を越えるその擬体へ手を伸ばすが、僅かに届かない。

 展開した艤装のせいで、背部への動きが制限されている。

 それを知悉した上での動き。

 

(本当に厄介な)

 

 視界の端で陽炎の”しっ、しっ”とでも言いたげな、手の動きを捉えながら反転。

 艤装を畳みながら不知火も跳躍する。

 言語機能はまだ”バイパス”できていない様だが、意識ははっきりしている様だ。

 “暁”の艤装が倉庫の間に吸い込まれる。

 不知火は、一瞬、倉庫の壁にはりつき、中を伺ってから飛び込む。

 飛び込んだ勢いのまま大きく前転すると、地面を離れた足のすぐ後ろに、降ってきたエアコンの室外機が重い音を立てて激突した。

 更に前転でついた手に力を入れ、前に背中を倒しながら地面を突き放す。

 一瞬、仰向けに天井を眺める態勢になった視界で、降ってくる錨の先端が急激に大きくなる。

 頭の先から十センチ位後ろに突き刺さった錨が、コンクリを粉砕しながらめり込み、すぐに勢いよく引き戻されてゆく。

 それを追い、不知火は壁へ跳ぶ。

 倉庫の窓枠、送風の配管、ほんの僅かな足がかりを頼りに上へ、上へ。

 棟の屋根と屋根の間をすり抜ける様にして跳び抜け、波形スレートの上へ転がりながら着地。

 傾斜で転がり落ちようとする体を、柔道の受け身の要領で手を叩き付けて跳ね上げた。

 粉砕されたスレートを犠牲に、体勢を立て直した不知火は、強い海風に目を眇める。

 

(……忍者?)

 

 不知火は一瞬、月光を背にマフラーをたなびかせる忍者を幻視したが、すぐにそれが、軽巡の川内である事を認識。

 自然体で佇む彼女は、“暁”と対峙している様だ。

 

「何だか今日は騒がしいね……いつも“聴いてる”のとは違うけど、なんだか、遠いのにはっきり“聴こえる”んだ……これは、君の為に“歌ってる”のかな?」

 

 何かを聞くように片手を耳に当てていた川内は、無言で錨を構える“暁”に微笑みかける。

 

「でもね、行かせるわけにはいかないんだよね」

 

 川内の姿が霞み、その残像をスレートの欠片が通り過ぎた。

 間髪入れずに続けて跳んだ“暁”がそれに続こうとした時、がくん、と空中でその姿勢が崩れ、屋根の上に激しい激突音を立てて転倒する。

 錨を突き立てて、落下に耐えた“暁”が足に絡まったロープを掴み、そのまま、片手で引きちぎった。

 しかしその時には、既に分銅付のロープを捨てた川内が苦無を放っている。

 “暁”の後頭部目がけて飛来した苦無は、巧みに後頭部をカバーした左の防楯に突き刺さり、凄まじい放電音を発した。

 オゾン臭すらしそうな放電の光と音は、どう考えても対人用スタンガンレベルではない。

 幾ら艦娘と言えども、あれが直接擬体に流れたら、流石に少々効く。

 

「お?」

 

 振り上げられた錨がスレートを爆砕し、“暁”が消える。

 不知火は穴に駆け寄り、中を覗き込む。

 

「そう来たかぁ、ま、大丈夫だけど」

 

 飛び降りる瞬間聞こえた川内の声を背にして、倉庫の天井付近の鉄骨を掴み、一瞬、上から下の様子を確認する。 すると、下に降りた“暁”に、コンテナの上から青葉と黒潮が網を投げつける所だった。

 鋼線で編まれた投網が広がり、艤装ごと“暁”を絡め取る。

 “暁”がもがけばもがくほど、鋼線が絡みつく。

 恐らく、艤装の使用素材を用いたものだろう。

 通常の金属製品ほど容易くは切断できない筈だ。

 陽炎が手を離して、コンテナの上に降り立つと、ぎぎぎ、と音を立てながら、“暁”が立ち上がる所だった。

 

「あら~、しぶといですねぇ」

 

 脳天気な青葉のセリフに反応したのか、まるで錆びた人形の様な動きで“暁”の首が動き、こちらの方を向く。

 始めて見た“暁”の貌は、蒼白く、無表情で、そして……その眼は蒼白く燃えていた。

 

「あ、悪霊退散やー!」

 

 不知火が動くより、黒潮が飛び降りる方が僅かに早い。

 ぼこん、という、少々鈍い音がした。

 黒潮が飛び降りる時に振り上げた金属バットが、クリーンヒットしたのだ。

 

「黒潮!」

 

 思わず膝をついた“暁”は、手近に下りてきた黒潮の足首を掴む。

 

「うっわ!つめたっ!……離せ!、離してっ!、離してんかーい!」

 

(そう言えば、黒潮は幽霊とか苦手でしたね……)

 

 “暁”の貌になにか、くるものがあったのか、黒潮は眼を閉じたまま、“猛虎魂注入棒”と書かれた金属バットを滅茶苦茶に振り下ろしまくり、ぼこん、とか、がきん、とか結構激しい音が連続している。

 

「黒潮……」

「そこまで!……もう、のびてるわ」

 

 不知火がそろそろ止めようかと思った時、倉庫の中に声が響いた。

 倉庫の入り口から、金剛に肩を支えられた陽炎が入ってきていた様だ。

 

「や、やったんか?」

「もー、黒潮……やり過ぎ、もう、“殺った”って言った方がいい感じになってるじゃない」

「あー、ホント……こりゃあ、入渠もんだねぇ」

 

 陽炎が頭に手を当てているのは、陥没した頭蓋骨を庇っているだけではなさそうだ。

 息を荒くした黒潮の前で、いつの間に降りてきたのか、川内が、擱座した“暁”をしゃがんで検分している。

 “暁”の首が変な方向に曲がっているし、床に血と何かの液体がぽたり、ぽたりと垂れており、黒潮の“猛虎魂注入棒”も真新しい血糊らしきものでべったりと濡れていた。

 どう見ても、殺人の現行犯現場である。

 とは言え、艦娘故に、一時的に無力化されただけでしかない。

 

「あ~、皆さんお疲れ様で~す、いやぁ、一時はどうなる事かと思いましたが、無事海へ出る前に制圧出来て助かりましたぁ」

「出番はなかった見たいネ」

 

 惨劇の現場を見て、金剛は苦笑している。

 

「そうですね、確かに搦め手で制圧出来なかったら、金剛さんに、ちょっと力尽くでっていうのも考えてはいましたけど」

 

 青葉はあくまでも笑顔を崩す気は無いようだ。

 

「う~ん、ここはいいけどさ、なんか……“この子”に向けて歌ってた奴、まだ歌ってるよ」

 

 独り目を閉じ、耳を澄ませていた川内の言葉に、若干、一仕事を終えた様な感じになりつつあった場の空気が、すっ、と冷えた。

 

「……これ、多分、その内みんなにも、“聴こえる”……うん、そう意識しなくても、何か感じる位には強くなりそうだね」

「それは、前にお聞きした“声”と同じで、海に呼んでる感じですか?」

 

 青葉の言葉に、川内は少し考えて首を振る。

 

「“底”から聞こえる声とは違うね、この“声”は……もう呼んでない、“来る”とか“迎えに行く”かな、これ、みんな、少し、ぞわぞわしちゃうんじゃ無いかな」

 

「兎に角、赤巻司令に報告しましょう」

「そうネ、報告は大事、テートクを叩き起こしてきマース!」

 

 神威鎮守府の長い夜が始まろうとしていた。

 

 To Be Countinued...

 

 

 




 何年越しの更新になるか分かりませんが……お久しぶりです。
 少々思う所があって、頑張ってこの本編を終了させようと思い、再度書き始めた次第です。

 宜しければお付き合い下さいませ。
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