深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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 第一話です。

 一応、今回出てくる不知火達が所属しているのは、単冠湾泊地を拠点とする、“神威”鎮守府です。
 この世界では、公的機関所属以外の鎮守府はPMCの一種で、“神威”は日本国、ロシアの共同出資で雇われ、警備活動を行っています。


 【第一話 まれびと帰り来たりて】

【大本営より、各鎮守府への通達】

 

 

・北方AL海域にて大規模な戦闘を観測

 ⇒被侵食泊地への甚大な被害を確認するも、作戦に従事した鎮守府は不明(申請無し)

 ⇒強力な発光現象が当該海域で観測されたが、爆風観測無し、放射線変動無し。

 ⇒未知の兵器が使用された可能性がある為、当面、当該海域での作戦行動は推奨されません。

 ※戦闘発生前に所属不明の長門型が目撃されています、心辺りのある鎮守府は大本営の情報収集部まで連絡して下さい。

 

・北方海域にて深海棲艦の哨戒活動活発化を認む

 ⇒新規目撃艦種:駆逐イ級(flagship)、軽巡ホ級、ヘ級(flagship)

 ※潜水艦娘運用時には十全な注意をされたし

 

 

【午前中・札幌・中央区にて】 

 

 

「何だか、騒がしいですね」

「確かに、憲兵(※)に動きがありますね」

 

 

<----- ※憲兵 ----->

 

 “鎮守府”に関わる治安活動を専門に受け持つ為に創設された治安組織“海洋特殊災害対応警務隊”の構成員。

 正式名称は“海洋特殊災害対応警務官”だが、長い為、提督や艦娘からは“憲兵”と呼ばれている。

 沿岸部で深海棲艦の活動が見られた場合の、市民の避難活動支援等も彼らの仕事である。

 帝国海軍なら“海軍特別警察隊”だから、“特警”じゃないか?という突っ込みは、関係者定番のネタと化しているらしい。

 

<----- ※憲兵 ----->

 

 

「おい、お前ら、ぼけっとしてっとおいてくぞ!」

「あ、はいっ」

 

 赤城は不機嫌そうにポケットに手を突っ込んだまま、ずかずかと歩いていく老人を追いかける。

 その後に追従しながら、加賀は周囲をもう一度それとなく伺う。

 憲兵、警官、警務官が慌ただしく動き回り、出入りの者を誰何し、手荷物の検査を行っている。

 又、人が潜めそうな物陰のクリアリングも行われていた。

 

(…機密漏洩騒ぎといった所ね)

 

 それを横目に駐車場まで行くと、ワゴン車の傍らで、おっとりした印象の女性が手を小さく振ってきた。

 

「お疲れ様」

 

 その隣で、軍隊式の“休め”体勢をとっていた少女は、直立不動になり、ピシリとした敬礼をする。

 敬礼に合わせ、髪留めで結わえた桜色の髪が揺れた。

 

「おう」

 

 ポケットに突っ込んでいた手を引っ張り出し、老人、鎮守府“神威”提督、赤巻甚五郎(あかまきじんごろう)は不知火にラフな敬礼を返し、鳳翔には軽く頷いて見せる。

 甚五郎と赤城達一航戦ペアが後部に乗り、不知火は助手席へ。

 ドライバーグラスをかけた鳳翔がワゴンを発進させる。

 

「あら?検問かしら」

「その様ですね」

 

 ゲート前に簡単な検問ができている。

 

「検査にご協力をお願いします」

 

 顔見知りの憲兵が敬礼し、協力を求めてくる。

 鳳翔がちらりと背後の甚五郎に目をやると、老人は腕を組んだまま頷いた。

 

「ちゃっちゃとやってくれ」

「お願いしますね」

 

 憲兵はドアを開け、一通り、車内、天井、底面、グローブボックス等を確認する。

 

「こちらは?」

 

 憲兵はワゴン車の後部に積まれているスーツケースと旅行鞄に目を留める。

 

「私達の荷物です」

「関東まで出張なんですよ」

 

 いつも通り淡白に答える加賀に、若干嬉しそうな赤城。

 

「なる程、確認させて頂いても?」

「どうぞ、着替えと化粧品程度のものですから」

「では、失礼します」

 

 憲兵は簡単にスーツケース内を改め、旅行鞄を開ける。

 

「む…」

 

 一瞬、手を止めてから、妙にまじめ腐った顔になり、手早く点検を行う。

 

「あ?おいおい、でけぇの抱えてると思ったら、おめぇ、どんだけ食いもん持ってく気だ?」

 

 憲兵の妙な様子に、ひょいと覗き込んだ甚五郎の表情が苦虫を噛み潰した様な渋面から呆れ顔に変わる。

 ぱんぱんに膨れた旅行鞄には、両手で掴んで食べるサイズの丸い焼おにぎりが6個。

 その下には、個包装にほどいて収納ケースに隙間なく詰め込んだ菓子類、といった食料が効率良く収められている。

 

「ご協力感謝致します」

 

 手早くかつ丁寧に内容物を戻し、敬礼をした憲兵の顔は完璧なポーカーフェイスで感情は読み取れない。

 改めてワゴンを発信させる時、鳳翔はバックミラー越しに改めて敬礼を返している憲兵を見た。

 その顔に浮かんだ若者らしい笑顔に、鳳翔は微笑する。

 

「大体、東京に行ったら幾つか行ってみたいお店があるとか言っていましたよね?」

「だって、電車に乗ってる間お腹は空くし、出張中に間宮さんのご飯が恋しくなったら困るじゃあないですか」

 

 さっきの太鼓みたいなおにぎりは、もちもちに炊き上げたゆめぴりかを熱い内にまあるく握り上げ、そこに醤油や、味噌ダレを塗りつつ、丁寧に焼き上げた一品だ。

 表面がしっかり焼かれているので、こんな大きさでも、食べている間に型くずれせず、塊を地面に零した赤城が涙目になる事も無いのである。

 

「ったくよ、全国ネットでみっともねぇとこ晒してくんじゃねぇぞ」

 

 二人の出張は、広報業務である。

 人気番組、秘書艦さんいらっしゃい、のゴールデンタイム拡大版。

 全国鎮守府秘書艦さん大集合、のロケに出演するのだ。

 

「ゴールデンタイムにおひつ飯やらかした二航戦の子と一緒にしないで下さい」

「ああ、あのしゃもじで食べてるのはなんか美味しそうでしたねぇ」

 

 ほこほこと笑う赤城を、加賀は冷たく睨む。

 

「赤城さん、やったらはたきますよ?」

「うう」

「ふふっ、あの子達、あれで農協のCMに出演する事になったみたいですね」

 

 加賀は一瞬口をつぐみ、ちらりと後部の荷物に目をやった。

 

「…やるなら、赤城さんにおにぎりでも持たせておいた方が、もっとましな絵になります」

 「つーか、せっかく電車のんだからよ、駅弁の五個や六個、経費で落とせや、経費で」

「買いますよ?名物は別腹ですから」

「…先行き不安なこった」

 

 何を当たり前の事を言っているのだと、不思議そうに首を傾げる赤城に甚五郎は天を仰ぐ。

 

「私が付き添いでおりますから、問題ありません」

「おう、精々面倒見てやってくれや」

 

 甚五郎は、加賀にぷらぷらと手をふった。

 

「でも…本当に私達が出張なんかしていても良いんでしょうか?」

「ああ?」

「第四艦隊がまだ」

「なんじゃい、今日、おめぇは秘書艦じゃねえんだから気にしてんじゃねぇよ、大体、出張に許可出したのは俺だぞ?」

 

 ふと顔を曇らせた赤城に甚五郎は呆れた様に眉を顰める。

 

「捜索任務は私達正規空母の任務ではありません、敵襲があったとしても、二航戦が残っていれば、急場を凌ぐ程度問題無いでしょう」

「まぁ、そうですけど」

「何かありゃ、空自にタクシーをチャーターしてあるから、帰りははええ(※)もんだ、今の内にもんじゃでも、チカラめしでも好きなだけ食いだめしてきやがれ」

 

 

<----- ※帰りははええ ----->

 

 深海棲艦の艦載機によって寸断されていた空路は、各鎮守府の警備活動によって復旧しているが、たまに撃墜される事もある。

 戦闘を行わずして喪失してしまう可能性がある為、通常艦娘の移動手段に空路は推奨されていない。

 幸い日本は鉄道網が発達している為、国内移動であれば鉄道で事足りる。

 北海道から本州への重要な輸送手段である青函トンネル付近の海域は、厳重に対潜哨戒が行われている。

 

<----- ※帰りははええ ----->

 

 

 

 若干浮かない顔ながら、取りあえず赤城が黙ったのを確認し、甚五郎は窓の外に目をやった。

 

「…鳳翔」

「何でしょう?」

 

 甚五郎は不意に真顔になり、運転席の鳳翔を呼ぶ。

 

「ちっと、止めてくれや」

「はい」

 

 ウインカーを出して、すぐに路肩に停車した車内で、甚五郎はシートベルトを外しながらドアを開ける。

 

「提督、又、おしっこですか?」

「赤城さん、年を取ると人間は近くなるものなのですよ」

「うっせ馬鹿、鳳翔、こいつ等予定通り駅までたのまぁ」

「甚五郎さん?」

「野暮用だ、帰りのアシはいらねぇ」

 

 やり取りを終えるが早いか、ドアを叩きつける様に閉めて、甚五郎は歩道を歩き出す。

 殆ど小走りに近い早歩きだ。

 

「はぁ…」

 

 鳳翔は少し困った様にため息をつき、助手席の不知火に目をやった。

 

「あと、お願い出来るかしら?」

「はい」

 

 素早くシートベルトを外して車外に出た不知火は、小さくなる甚五郎の背を小走りに追う。

 そして、不知火はすぐに提督の目的がトイレ休憩では無い事に気がついた。

 店舗等には目もくれず、前方の何かに注目しながら歩いている。

 明らかに何かを追っている様子だ。

 何を追っているのかは分からないが、脅威を与えるものであれば、制圧、排除する。

 艦娘と絆を結び、運用する能力を持つ提督は誰も重要人物だ。

 幾度となく艦娘を拉致しようとした、各国の諜報機関…殊に日本近辺の某国が悉く派手な失態を晒した結果、直接行動の標的となるのは専ら提督達となった。

 多くの提督が常に艦娘を傍らに置いているのは、世間でよく邪推されがちな理由より、護身の意味合いが強いのだ。(※)

 追跡を続ける内、不知火は提督が尾行していると思われる人物に目星をつける。

 

 

<----- ※護身の意味合いが強い ----->

 

 不知火さんの認識です。

 

<----- ※護身の意味合いが強い ----->

 

 

(関係者?)

 

 その男は、提督達が着用している白い制服と似たものを着用していた。

 小脇に何か大きな荷物を抱えている。

 だが、店のウィンドウにちらりと映り込んだ前影では、七つの金ボタンが輝いていた。

 

(候補生…?)

 

 海自や提督の候補学生が纏う制服には、今でも伝統として予科練の7つボタンが採用されている。

 どうやら甚五郎の尾行に気がついたらしく、候補生は早足になった。

 甚五郎も合わせて小走りになり、そして、すぐにそれは駆け足になった。

 介入して良いものか、迷いながら不知火はそれを追う。

 全力で追えば甚五郎が追っている候補生を捕縛するのは容易いだろう。

 しかし(候補生と言えども)提督同士の揉め事に、指令も無しに介入するのは躊躇われた。

 

「待てや、逃げんな、おらぁ!」

 

 まるっきり、やくざ者の様な胴間声を上げる甚五郎に追われ、候補生はさっとビルの隙間に消える。

 

「どこへ行きやがった!」

 

 追って駆け込んだ甚五郎がきょろきょろしているを確認し、不知火は若干考える。

 意地でも見つけ出さずにはおかない勢いだ。

 不知火は足元に転がったゴミバケツの蓋をつま先で跳ね上げ、掴み取ったそれを投擲する。

 

「んあ?」

 

 甚五郎が頭上を見上げると、ビル三階の非常階段にぶら下がった候補生が見えた。

 靴の間に不知火が放ったバケツの蓋が挟み込まれている。

 

「Hum…古典的な手だが、結構引っ掛かるもんなんだけどな」

「へっ、生憎だな、うちのは眼が良いからよ」

 

 候補生は体を振って手を離す。

 顔面目掛けて飛来した蓋を、不知火は眉一つ動かさずに掴み取り、甚五郎の前にでる。

 

(何者だ?)

 

 候補生は地上三階から飛び降りたと言うのに、膝を軽く曲げて衝撃を吸収しただけだ。

 艦娘なら出来る。

 だが、人間には無理だ。

 

「年貢の納め時だなぁ、おい」

「日本じゃ、今でもTAXを米で支払ってるのか…伝統だな」

「相変わらずだな、てめぇはよ」

 

 明らかに甚五郎の知り合いの様だが、その声が含む緊張感を感じ取り、不知火は臨戦態勢を崩さない。

 

「何しに来やがった?」

「Clientのprivacyに関わる事は話せないな」

 

 肩を竦める候補生(?)の前で、甚五郎は何かを拾い上げる。

 

「少なくとも、こそ泥にやらかしてるのはまちげえねなぁ、おい?」

 

 不知火の脇から手を出して、ぷらぷらと摘まんだそれを振る。

 それは、歪み、所々メッキの剥がれた“Ⅲ”型の銀バッジ。

 大荷物から零れ落ちたものだろう。

 

「相変わらず墓荒らしか?ん?」

「Treasure Hunterって言う呼び方も有るんだがな」

 

 不知火の手の中で、音を立ててブリキの蓋が歪んでゆく。

 世の中には、コレクションとして、轟沈した艦娘の遺物を欲しがる輩が存在すると聞く。

 艦娘用の墓地が鎮守府や特殊災害庁の警備区画に設けられているのも盗掘を警戒しての事だ。(※)

 

 

<----- ※盗掘を警戒 ----->

 

 研究用に欲しがる組織、研究者も多い。

 

<----- ※盗掘を警戒 ----->

 

 

 身を捨てて使命を果たした同胞の墓所を暴き、遺体を物珍しい記念品で有るかの様に取引し、辱める。

 これでは、かつての大戦で鬼畜と呼んだかの帝国と変わらぬでは無いか。

 不知火の手から、ソフトボール大に丸められたブリキが飛んだ。

 

「Huyuuuuu!」

 

 ブリキボールは身を傾けた候補生の肩口を掠め、ビルの外壁にめり込んだ。

 

「おーおぅ」

 

 甚五郎の呆れつつも、若干面白がっている様な呻きを背に前に進む。

 走らず、じわじわと歩いて追い詰める。

 背後は壁、上に跳んでも捕まえる。

 

(下手に殴っては殺してしまう…)

 

 艦娘の腕力で殴っては、人間の骨肉など容易く崩壊してしまう。

 掴んでしまえば腕力で負けはしないが、体重差で振り回される。

 体格の小さい駆逐艦娘にとって、自分より体格に勝る男性を制圧する為の最善手。

 

(捻るッ)

 

 手中に捉えた体の一部を捻り、苦痛を与える事で制圧する。

 歩みとは真逆に、霞む程の速度で掴みにいった不知火の手があっさりいなされ、下方に反らされた。

 若干の驚愕を覚えながらも、連続で仕掛ける。

 が、全てを片腕と、足を使っていなされた。

 一歩距離を離し、不知火は呼気を浅くする。

 

「Wow、裏鬼門か…それも、旧い方」

「並の盗人ではないという事ですか」

 

 感心した様に呟く声を聞き、不知火の目が細まる。

 訓練の一環として修得した体術だが、ここまで鮮やかにいなされたのは、指導教官以外では初めてだ。

 

「遠慮はいらねぇぞ、腕の二、三本無くたって、口は利けるからよぉ」

「了解」

 

 提督の声に答え、不知火は打撃を解禁する。

 掴み、打撃、打撃、掴み、金的、肘、膝、掴み…ひたすら攻める、攻める。

 

(そんなに、“お宝”が大事か…)

 

 じわじわ下がりながら、それでも大きな包みを離さない研修生に心中毒づきながら、不知火は、右の引き手でさっと服の裾を撫でる。

 そして、左の蹴り足を手で受けて体を浮かせている候補生に向け、右掌中に落とし込んだパチンコ玉を弾く。

 

「っ」

 

 銃弾が弾ける様な音を立て、候補生の人差し指と親指につままれた帽子がパチンコ玉を弾いていた。

 不知火が行動を起こすより早く、候補生の体が地面を仰向けに滑っている。

 足の間をするりと抜ける動きを認識するのと同時に、蹴り足が下に引かれ、軸足が払われた。

 前方につんのめった不知火は地面にハンドスプリングを決めて勢いよく跳ね起き、振り返る。

 

「っと、そこまでだな」

 

 膝立ちになった候補生に、甚五郎が拳銃を向けていた。

 “十四年式”と刻印された、古色蒼然たるブルースチール。

 突き出ただるま型のトリガーガードが特徴的だ。

 

「こいつは妖精付き(※)だぁ、撃たれりゃ、ちぃと、いてぇぜ?」

「Oh…イキがよさそうだ」

 

 

<----- ※妖精付き ----->

 

 艦娘達の艤装がサイズ、機械構造等を満たしていないのに兵器として力を発揮するのは宿る妖精達のおかげである。

 妖精を宿らせる事ができれば、深海棲艦に対抗できる人間用の武器が作成出来るのではないかという想定に基づき、人間用の“妖精付き”武器の開発が行われた。

 結果、艦娘、艤装と同じく、旧い時代の火器や刀剣を忠実に模倣すれば妖精達を宿らせる事ができ、深海棲艦にも一定の効果を持つ事が確認される。

 しかし、それらの性能を十全に発揮できるのは妖精を知覚できる提督(及び艦娘)達に限定される事も同時に判明した。

 現状、これらの武器は職人が手作業で作成しなければならない為、主に提督の護身装備として限定生産が行われている。

 又、軍刀や薙刀といった一部近接武器に関しては、武道を嗜む艦娘達からの需要がある為、そちらについては小規模ながら量産が行われている。

 

<----- ※妖精付き ----->

 

 

 

 甚五郎の指は既に引き金にかかっている。

 不知火は地面に落ちた候補生の帽子を拾った。

 帽子の中に薄い鉄板が仕込まれ、パチンコ玉を受けた場所が凹んでいる。

 

「小細工を…憲兵に連絡します」

「待て」

 

 携帯電話を取りだした不知火を、甚五郎が制した。

 

「こいつには、ちっとばかりうたって欲しい事があってな」

 

 不知火は携帯電話をしまい、候補生から包みを回収する。

 

「…は、ぁ」

 

 触った瞬間に走った怖気に、若干身を堅くしながら間合いを離す。

 風呂敷包みには、へしゃげた手持ち型の12.7mm連装砲が入っていた。

 砲身は拗けて曲がり、箱は殆ど潰れてぺしゃんこ、乾いた泥が付着し、所々に錆が見られる。

 砲戦で砕かれた損傷とは又違った凄惨さに、不知火は眉をひそめた。

 圧壊したか、とんでもない爆発でへしゃげたか、いずれにしてもかなり悲惨な死に様だったろう。

 

「最近の北とうちの近くのピカ、ありゃ、おめぇんとこの関係か?」

「俺が起こした訳じゃないさ」

「俺は二十の扉やってる訳じゃねぇんだぜ、もちっと、わかりやすく言ってくれや?」

 

 甚五郎の口角が僅かに歪む。

 

(実に悪人顔、でもそれが役に立つ事は否めない)

 

 不知火は候補生がいつ動き出しても動きを制する事が出来る様に斜め後ろに陣取っていた。

 真後ろだと、甚五郎の射線に割り込んでしまうからだ。

 

「俺が起こした訳じゃない、関係はこれからつくって所だ、From now…ちょっかいを出すからな」

「やっぱり、てめぇ関係かよ…」

 

 甚五郎の表情が渋くなる。

 不知火の記憶では、主力艦隊に甚大な被害が生じた作戦の時、あんな顔をして喫煙室に入っていくのを見た憶えがあった。

 確かあの時は、入渠中の駆逐艦娘達が寝ぼけ眼で差し入れのお握りをもそもそと食べている中、食堂では長門、陸奥等の戦艦組や、赤城、加賀等の正規空母達が炊き出し飯をがんがん掻き込んでいたのが印象に残っている。

 

「…まぁいい、お互い時間がある訳じゃねぇからな、たいむいずまねぃ、ってやつだ」

「I’ll say、だな、どうする?」

 

 

 軽く肩を竦める候補生に銃口を向けたまま甚五郎は一瞬間を置き、口を開く。

 が、声を発したのは候補生が先だった。

 

「Miss. Little Lightningの事なら、受けられない、dual contractになるからな」

「んだと!…誰が?、って、吐かねぇだろうなぁ」

 

 一瞬、甚五郎の指に力が籠もるが、引き金を絞りきるまでには至らない。

 

「OhOhOh… Relax? take it easy buddy、俺はYouに不利益を与えた事は無いだろ?」

「どうだか、貸しは残ってる気がするがなぁ?」

「Ha?」

 

 甚五郎と候補生のやりとりについて行けないまま、不知火は様子を見守る。

 

「アレに喰われそうになった時、ウインチ回して引っ張り上げてやったのは俺だぜ、沈没中、飯も分けてやっただろ?」

「あの、賞味期限切れのMREの事か?」

「ああ?何だったら一緒に置いてあったKレーションか、あの虫食いだらけのでけぇカンパンと緑色のベーコンでも良かったんだぜ?」

「Hummmmmmm…」

 

 候補生はしばし考える様子を見せた後、もう一度肩を竦めた。

 

「Oh well…well、ClientとのContractとその主旨に反しない、俺のjobのやり方で済む範囲内、それでyouに手を貸す、それが限度だ」

「もう一声、言う事があるんじゃねぇか?うちの、図体のでけえ奴に関してとかよ?」

 

 銃口をしゃくってにたりと笑みを浮かべるが、甚五郎の目は笑っていない。

 

「The Big?」

「でけぇなりして、乙女な奴が居てなぁ、最近ちょいと思春期的に不安定な感じなのよ、アレもお前の“問題”のせいじゃねぇの?」

「humm…i see、関係はある、俺のcontractには直接関係ないが…ただ、彼女の問題を、俺は解決できない」

「じゃあ、どうしてくれんのよ?」

「分かり易くして、彼女に解決できる…かも知れない様にするのがせいぜいだ」

 

 しばし、息の詰まる様な時間が流れた。

 

「あ~、しゃあねぇな…妥協してやっか」

 

 甚五郎はにやりと笑う。

 不知火はいつの間にか詰めていた息を吐く、妙な緊張感だ。

 砲戦とは全く違う感覚。

 

「admiralより、negotiatorに向いてるって言われないか?」

「へっ、兎に角だ…お前んトコの“問題”で迷惑してるうちの娘共を引き揚げてよこせ、きっかり、しっかり、無事、何事も無く、生きたままでだ、分かったか?…でけぇのもな」

 

 候補生は降参といった調子で万歳する。

 

「俺はIfritじゃないし、Monkey handでもない、ちゃんとyouのwishを果たすさ…best effortだがな」

「とらすと・みー?ってか、相変わらず胡散臭ぇが、しゃぁねぇな」

 

 甚五郎は鼻で笑いながらも南部十四年式の安全装置をかけ、ホルスターに突っ込む。

 候補生はゆっくりと立ち上がり、膝の埃を払った。

 

「Jobをstartさせたいんだが…Mr.甚五郎、そのバッジを貸して貰えるか?」

 

 差し出された手を見て、若干甚五郎は迷っていたが、やがて舌打ちしてそっと歪んだ銀バッジを渡す。

 

「ちっ、返せよ」

「多分、返すのは俺じゃないが、返すさ」

 

 不知火はどう反応したら良いのか態度を決められずに、遺骸を抱え込んでいた。

 できる限り早く手放したい感覚に抗うた。

 こんな胡散臭い相手に、同胞の遺骸を渡したくはない。

 しかし、甚五郎に命じられれば、渡さねばならぬだろう。

 話の流れからして、哨戒任務中に消息が途絶えたままとなっている第四艦隊の安全に関わる取引だと、想像がつく。

 もう一つは、ちょっと分からないが。

 

「Sorry、返してくれ…youの師匠、会ってみたいが、Not much time、やる事がある」

「それ以前に、不審者に恩師の個人情報を与える理由がありません」

 

 しかし、候補生がとったのは、穴の開いた帽子の方だった。

 

「はっ、おめぇにゃナンパは無理だな、しかし、そっちはいいのかよ」

 

 甚五郎が指摘すると、候補生は帽子の穴を指で突っついて肩を竦める。

 

「you達の格納庫においてくれ…というか、残りはもう置いてある」

「ああ?んだって!?」

「いや、元からそれはyouの格納庫に置いておく予定だった、そっちで置いて貰えると、一つ助かる」

「…っ、くそっ乗せやがったな?」

 

 毒づく甚五郎に苦笑して、候補生は帽子を頭に戻す。

 

「Hum…日本語だと、こう言う時、確か…みんなで幸せになろう、とか言うんだったな」

「おれといっしょに地獄に堕ちよう、のまちげぇだろ、そりゃ」

「難しいな…じゃ、俺はJobを始める」

「おうおう、とっとて連れ戻してこい」

 

 候補生は銀バッジをポケットにしまい、きびすを返した。

 路地から候補生が居なくなった後、不知火は甚五郎に近づき、その額にじっとりと脂汗が浮いているのを見た。

 

「司令、ご無事ですか」

「まぁな」

 

 甚五郎は、歯を食いしばって艤装を抱え込んでいる不知火を見て、苦笑を浮かべる。

 

「不知火よ」

「なんでしょうか」

「この辺で適当な茶店しらねぇか?」

「幾つかあります」

 

 唐突な質問だったが、不知火は淀みなく返答する。

 個人的にはそこまで趣味では無いが、黒潮に引っ張られて陽炎共々、穴場的な、若干変わった限定メニューのある飲食店に連れて行かれる為、店舗情報自体は充実しているつもりだ。

 最も、若干偏っているのは否めない。

 

「よっしゃ、喋りすぎて喉が渇いちまったからよぉ、ちいとサボっていこうぜ」

 

 一瞬、呆れた顔をした不知火から、甚五郎はひょいと艤装の残骸を改修する。

 

「ご命令であれば」

 

 元来、不知火の今日の任務は、提督の随行と護衛である。

 提督が行く場所へついて行くのは、元より任務の範囲だ。

 

「よーし、いくぜ」

 

 言いながら既に路地から出ている提督を、不知火は慌てて追いかける。

 

(返事を聞かないお人だ)

 

 聞きたい事は幾らもある、が、今それを聞いても答えは返ってこないだろう。

 

(一旦、呑み込んでおこう…)

 

 不知火は足を速めた。




 次は鎮守府の提督の日常がちょっとと、お茶会のお話。
 お茶会と行ったら、あの人ですね。
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