深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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 再起動した“暁”確保の報を受けた赤巻は、長門達へ決戦前に見せるものがあると告げ、鍵を託す。
 そして、艦娘達の“天敵”の歌の影響を受け始めた鎮守府をいっちょ、“シメる”為、赤巻は少し“おさんぽ”を始めるのであった。



 【第十六話 ~わたしのだいすきなせんかん~】

 

【択捉島・神威鎮守府 地下バンカー 甚五郎とながむつ達】

 

 

「おう……ちょっと待て」

 

 神威鎮守府司令官 赤巻甚五郎は欠伸をかみ殺しながら通話を切り、表示された時計に目を落とす。

 

「ふん」

 

 シャワーを浴びてソファに倒れ込んだ後、一応、三、四時間位は眠れたらしい。

 仮眠とすれば上等だ。

 大体、爺婆の睡眠など短くて浅いものと決まっている。

 

 いつの間にか運ばれていた寝台から起き上がって、手早く身支度を始めた甚五郎は靴下を履こうとして、ふらりと泳いだ上体を立て直す。

 

「……年は取りたくねぇもんだ」

 

 毎度のため息をつきながら、制服へ袖を通し、すっかり実家の如く落ち着く空間になったバンカーの“居間”へ移動する。

 “居間”には、大淀と、長門、陸奥が既に待機していた。

 

「ん?なんか少ねぇな」

 

 あくびをかみ殺しながら部屋の中を見回した甚五郎は“関係者”の金剛、明石、青葉が居ない事に気がつき、大淀へ目線を向ける。

 

「先ほど、想定していた“埋没艤装”の再起動事案が発生していた為、以前ご承認頂いた通り、青葉の“臨時対応班”が対処し、工廠へ収容しています」

「そうか……で、“口を利けそう”か?」

 

 一度“死んだ”艦娘が息を吹き返す。

 今回については可能性が高いと“知って”はいても、実際に見るまでは中々実感が湧かないものだ。

 

「……現在“修復作業中”でまだ意識が戻っていない為、意志疎通ができるか不明ですが、逃走中は、捕縛命令が出ていたとは言え、不知火と陽炎を手玉にとり、陽炎の擬体が一時、活動不能になる程度のダメージを与えた様ですから少なくとも戦闘能力は高いです、流石に直接顔を合わせるのは危険では?」

「ちょっと待て、“修復中”で“意識がねぇ”って、どこまでやった、つーか、陽炎のやつ、大丈夫なのかよ?」

 

 甚五郎のつっこみを聞いた大淀は、表情を変えずにメガネをくい、と直して手元のノートPCへ目線を落とした。

 

「……明石の所見では、頭骨と頸椎に粉砕骨折、右肩脱臼、左右鎖骨に複雑骨折、艤装の煙突部分に軽微な打突による損傷で今、明石が手を入れてます、陽炎は“暁”の艤装後部に“轢かれた”事による頭蓋骨陥没及び、脳挫滅ですが……入渠する程では無い様ですね」

 

 人間にしてみれば、致命傷が何回分も入っているが、艤装の方がが無事ならかすり傷である。

 

「滅多打ちじゃねぇか……囲んで錨でぶっ叩いたのかよ」

「いいえ、事情に半信半疑だった黒潮が、罠にはまって急に目の前に落ちてきた暁を物の怪の類と勘違いして狂乱、私物の妖精さん入りのバットで沈黙するまで打擲したとの事です」

「ああ、ここの黒潮は幽霊の類が苦手だと聞くな……」

 

 しみじみと呟く長門。

 彼女の頭には、鎮守府所属の海防艦と駆逐艦達の公開プロファイルが全て収まっている。

 無論、変な趣味ではではない。

 一番“新陳代謝”が激しい彼女達の事を、せめて記憶にだけは留めておきたいという……少々偏執的な想いから行っている事だ。

 流石に自室の壁一杯に犠牲となった娘達の名前を刻んだ木仏や位牌を並べている程では無いが。

 

「それはそうと、私はそろそろ席を外そう」

「待て」

 

 ソファから立ち上がり奥の寝室スペースへ移動しようとした長門を、甚五郎が呼び止める。

 振り返った長門は目の前にとんできた鍵を反射的に掴み取った。

 

「これは……?」

「ただ待ってるだけじゃ暇だろ、部屋の袖机の上から二番目の引き出しを開けてみろ、陸奥、お前も一緒に“観てきな”」

「私も……なにかしら?」

 

 首を捻る陸奥と、腕を組んだまま鍵に視線を落とした長門に、甚五郎は咳払いを一つして真面目腐った顔を向ける。

 

「そうそう、見る前に言っとくわ」

「なんだ?」

「お前らをここに推薦したやつ、久坂じゃ無いんだわ」

 

 言い放つ甚五郎の口は若干悪戯っぽく曲げられていた。

 

「なに?」

「え?」

 

 言うだけ言って、さっさとシェルターを出て行った甚五郎に、長門達は声をかけようとしが、疑問の声はドアに当たって跳ね返るだけである。

 

「何なんだ?一体……」

「私達の推薦人が“久坂提督”じゃ、ないってどういう事かしら」

 

 これから割と重要な情報共有がある筈だが、その席を外してでも見せるもの。

 そして、長門と陸奥が神威鎮守府は受け容れられる切っ掛けとなった推薦が、前鎮守府の提督からではないという告白。

 正直何がなにやらだが、答えを知るにはこの鍵を使う必要は無さそうだ。

 

「まぁ、見てみるか」

「そうね」

 

 長門と頷き会い、陸奥は寝室へ向かう。

 

 

【択捉島・神威鎮守府 地下バンカー>鎮守府地上 甚五郎と大淀】

 

 

「さて、と……こっちは、ちっと、出向くか」

 

 甚五郎は歩きながらくるくる回していた帽子を被って脚を早めた。

 大淀を伴ってシェルターを出て、夜が更けてきたと言うのに、妙に活気のある基地を視察しながら工廠を目指す。

 

「あんだぁ?ガキ共が夜更かししやがって、寝てらんねぇなら艤装でも磨いて、爆雷をたっぷり積んどけや」

 

 海防艦達の待機所、別名、“海防保育室”で不安そうに身を寄せ合っていた海防艦達がおしくら饅頭状態でしがみついてくるのを片っ端から頭をぐりぐりして、頬をうりうりと挟み、腰にくるぜぇ、とぼやきながら両脇に手を入れて持ち上げ、飛行機遊びで振り回す。

 きゃっきゃと楽しげな嬌声を背にして腰をとんとん叩きながら、歩いていると、多目的室に軽巡と駆逐艦が溜まっているのが目に入った。

 

『ああ、もう!あてにならない部品がざっと7、8個はあるんだけど!』

『そんなポンコツ引っ張り出すからですぞ、もっと新しいのを選ぶべきでは?』

『砲なんてハジいて、敵が沈められりゃ何でもいいと思うよ?』

『あたんなきゃ意味ないわよ!』

『ぼのちんは、腕か頭すげ替えた方が早いのでは』

『何ですって!』

『みんな、もっとまじめにやんないとおわらないよ~』

 

 実に姦しく艤装に搭載する装備を弄り回しているのは七駆の四人。

 漣、曙、朧、潮だ。

 皆、艤装を展開し、搭載武装の調整や不足の確認、強化兵装の持ち出し申請記入等、まだ作戦行動について通知が出ていないにも関わらず武装蜂起する勢いで準備を進めている。

 ついでに既に何かしら“やらかした”者も居るらしく、壁際に鎖でぐるぐる巻きにされて転がされている娘も何人か目に付いた

 

「おうおう、遠足前の晩かぁ?おやつは一日三百円まで、果物はおやつにゃはいんねぇ、タマとアブラ、ついでに爆雷もたっぷり補給しとけや、後は近づかれても何とかなるよう、ステゴロに自信のある奴以外は、なんか斧でも鉞でも、ヤッパでもいいから持ち込めや」

「クソ爺!」

 

 大声で喝を入れると、曙の罵声が打てば響く様に帰ってくる。

 準軍事組織としてはあり得ないやり取りだが、甚五郎にとっては心地よい小気味の良さだ。

 

「相変わらずイキがいいじゃねぇか、その調子ならいつでも戦(や)れるな」

「あったりまえよ、“取り返しに”行くんでしょ?」

 

 この間怒鳴り込んできた時のままの強い意志が籠もった眼差しに頷き返す。

 トイレ掃除二週間程度では、彼女の意志に曇りを与える事は不可能らしい。

 

「わざわざご近所まで“連れ帰って”くれるらしいからな、無断でうちの娘共を預かってくれた礼に熨斗付きの砲弾(たま)と、水引巻いた爆雷(ぼたもち)を腹一杯馳走してやんぜ」

 

 左肘を突きだして、右掌で力こぶの辺りをパンと叩く。

 突き上げられた左手は堅く拳を握っている。

 ふざけた様な言葉、だが、低く、絞り出される様な口調で吐き出されたそれに、室内に居る駆逐、軽巡艦娘達の眼が据わってゆく。

 

「ぶちかますぞ!」

 

 それまでの喧噪が嘘の様に静まりかえる中、響いたその一言に、場の圧が一気に高まり、どっと娘達に動きが戻る。

 改めて各自が動き出した後の動きはきびきびとした軍人のものになっていた。

 

 その後も、戦艦と重巡、空母、支援艦、潜水艦と、手当たり次第に目に入った娘達に檄を飛ばし、鼓舞する。

 それだけで、浮ついていた基地の雰囲気が作戦行動前の張り詰めた空気に変わってゆく。

 

「お見事です」

「“提督”をやってんのは伊達でも酔狂でもねぇよ」

 

 一通りの“視察”を終えた後、斜め後ろを歩いていた大淀が一言述べた感想とも賞賛ともつかない言葉に、甚五郎は手を振って応える。

 

「実際、これだけの艦娘を単独で率いる事ができる“提督”は少ないですよ」

「少ない、ねぇ……俺の知ってる中でも、何人かやらせりゃモノになりそうな奴は居るが、“無理になる”だろうな」

「……」

 

 大淀からの返答を受けないままで、甚五郎は言葉を続ける。

 

「“俺たち”にしてみりゃ、“お前ら”は戦友で仲間、家族よ、でも、“お偉いさん”共はそう思ってねぇ」

「人間サイズの戦術兵器、ですか」

 

 艦娘は海上・海中でこそ、その真価を発揮する存在だが、陸上でもその力は健在だ。

 素手で人を引き裂き、戦車砲弾の直撃に耐え、戦闘車両を転覆させ、大口径の艦砲を放って瓦礫の山を築く。

 艦娘の“個人保有数”トップの赤巻提督に“その気”があれば、北海道、東北辺りまでは簡単にシーレーンの支配、掌握が出来てしまう……無論補給、整備、橋頭堡となる港の確保は必要だが、戦力的には充分それを可能とするだけの数と精強さを持った部隊だ。

 引退して政界に入れば、かなりの影響力を発揮する事も可能だろう。

 当然ながら、甚五郎にそんな考えは欠片もないのだが。

 それだけの“戦力”を動かす決定権を保持しえているのは、艦娘運用の黎明期から多数の関係者を直接、間接的に育て、助力してきた影響力が大きい。

 しかし、戦いが拮抗し、緩やかににらみ合いが続いている、この“落ち着いた”状況では、それまで見過ごされてきた政治的な動きが加速するものだ。

 少しでも影響力を殺ごうと、現場を無視した立法で締め付けてくるだろう。

 

「ったく、“提督”なんざ、“娘”共に“おんぶにだっこ”の防衛しなくて良くなりゃ、明日にでも隠居してやらぁ」

「望み薄ですね」

 

 悪態をつきながらのし歩く甚五郎の背に、大淀は端的な否定を投げる。

 

「まぁ、“娘”に引き金を引かせたのは俺だ、くたばるまで逃げる訳にゃいかねぇな」

 

 

【択捉島・神威鎮守府 地下バンカー・寝室 長門と陸奥】

 

 

「ここかしら?」

 

 バンカーの寝室はさほど広くないが、“提督”の非常用の執務室として使用する事を想定して、立派なビジネスデスクと袖机が備え付けられている。

 袖机は簡易保管庫を兼ねている為、五段引き出しの大きなもので全てに鍵の異なる錠前が付いているものだ。

 陸奥は上から二段目の錠前に鍵を挿し、ロックを解除する。

 引き出しを開けると、そこには一本のビデオテープとスケッチブックが入っていた。

 テープのラベルには“佐世保観艦フェスティバル”というタイトルと日付だけが記されている。

 

「観艦式?」

「これは、清霜の……」

 

 スケッチブックを手に取った長門は、スケッチブックの裏面に元気の良い筆跡で記された、見覚えのある名前、かつての僚艦であった“清霜”の本名を見て、そっと指で撫でた。

 スケッチブックは、所々、血と油が垂れた跡と、手形に塗れている。

 

「取りあえず、観てみましょう」

「そうだな」

 

 大事そうにスケッチブックを抱いた長門が座るのを確認し、長門は小型のビデオデッキにテープをセットした。

 

 動画は高所から佐世保港一角に確保されたスペースを空撮した映像から始まっている。

 色とりどりの煙が鮮やかに海上を彩っているのは“観艦式”興行に参加している各鎮守府の艦娘達が煙幕を炊きながら航行しているのだろう。

 開幕式だ。

 そこからは、各鎮守府達個別の演技となる。

 

 昔、“観艦式”は本来の艦船達が行っていた“海の軍事パレード”と同様の意味を持ち、実行されていた。

 だが、艦娘達が人間大、しかも年若く見目良い少女達の外観を有しており、又、人の手足を持つが故に、本来の艦船とは比較にならない高速感、そして、戦術機動として演目にも取り入れられていった、地上のパルクールじみた“空間機動”。

 それらは、“観艦式”に高いエンターテインメント性を与え、最初は、各鎮守府の戦技練成の為、そして、“艦娘”という存在をより肯定的に受け容れさせる為の広報手段として祝日の慰問行事や基地祭りの演目として演技された。

 更に、“艦娘”達の数が増えた現在は、少数ながら各地を慰問して回る専門の“観艦劇団”が存在し、その中でもよりエンタメ性を高めた歌劇を行う“観艦歌劇団”や、“観艦舞踏団”まであるという。

 

 ビデオに映っているのは、戦闘機動を極めた艦娘達が、“戦技”を披露していく“正当派”の観艦式だった。

 

 湾内にステージとして区切られた区域を、二つの艦隊が、それぞれ時計回り、逆時計回りにループを描きながら、単縦陣から斜めの梯形陣、梯形陣から二列の複縦陣へ、そして、主力艦を中央に置いた輪形陣、主力艦を中央に置いたまま横一列の単横陣へ陣形を変えて行く。

 鮮やかな陣形変更には停滞もなく、一分の隙も無い。

 

「結構な練度ね……」

 

 そして、ループが対面で交わるコースに入った所で、双方の艦隊の水雷戦隊が両舷一杯に加速して先行する。

 凄まじい相対速度を保ったまま、艤装が触れ合わんばかりの距離で水雷戦隊が交錯、通り過ぎた瞬間に一斉に跳躍して、百八十度反転、対面を保ったまま互いに後退しながら離れ、ループを終えた主力艦と合流した所で、単横陣となった二艦隊が対面に進み、再度交錯。

 互いに取り舵、面舵を切り、同一方向へターン。

 曲がり終わる時には、連合艦隊の“第一警戒航行序列”……第一艦隊が鏃の様な形の先鋒となり、第二艦隊が三宝の様な台座型の次鋒となる、主に対潜を重視した陣形へ変貌を遂げていた。

 

 余りにも自然にやっているが、一歩間違えれば確実に美保関事件レベルの大事故間違い無しの危険な艦隊機動ばかりだ。

 

「ねぇ、これって」

「昔、よくやったそのままだ……“彼”が得意だったな」

 

 激しく陣形を入替え、互いの水雷戦隊を入替え、連合艦隊に合流し、更に水雷戦隊の娘達は、主力艦の頭上をアクロバティックに跳び越えて陣形を変化させる。

 それ程の戦闘機動を実現させるには、提督の“内線”による艦隊制御が必要だ、それも極めて優れた。

 当然、麾下の娘達が“内線”経由のシンクロで深く繋がり会う事を許容できるだけの強い信頼関係も必須となる。

 

 当時の長門と陸奥が所属していた、久坂提督の鎮守府には両方揃っていたものだ。

 

 画面の中では、過去、二人が演じていたポジションに武蔵と扶桑が配されている。

 扶桑型は兎も角、現在でも希少な大和型は、その辺の適当な鎮守府にほいほい所属している様な艦娘ではない。

 演技している部隊は、相応に実戦が可能であり、求められれば艦娘の本分を存分に果たす事ができるという事だ。

 二人が無言で見守る中、最初から最後までワンミスたりとも無く演技が完了する。

 そして、最後に連合艦隊全艦娘達が“提督”を囲んで、まるで記念写真を撮る様な雰囲気でカメラの前に集合しているシーンへ移る。

 武蔵に肩車された清霜の心からの笑顔に曇りは無く。

 礼服の上からでも随分痩せた事が隠せない久坂提督と、その傍らに控える五月雨の薬指には、揃いのデザインをした結婚指輪が煌めいている。

 些細な失敗を繰り返しながら、くるくると表情を変えていた少女の顔には、今や、誇らしげで満ち足りた笑顔が浮かんでいた。

「……良かったなぁ」

「そうね……」

 

 耳に響いた呟きに、陸奥は寂寥と冷たい安らぎが胸中に拡がって行くのを感じていた。

 久坂提督と清霜達がその後どの様なキャリアを歩んできたのか。

 最初に安否だけを確認した後は、どうしても、調べる気にはなれなかった。

 甚五郎はそれを知っていたのだろう。

 少なくとも、彼等の時はあれからとうに動き出している。

 これを観た以上、長門の時も否応無しに動き始めるのだろう。

 だが、陸奥はどうしても長門の顔を見ることが出来なかった。 長門の顔に浮かんでいる微笑が、生きた事に満足してしまった者の顔をしている様な、そんな気がして、それを認めたくなかったのだ。

 だから、陸奥は無言で長門の体を引き寄せ、ただ、頭を抱いてやる。

 顔だけは見えない様に。

 

「ちゅーもーく!」

 

 ビデオから流れた元気のいい声に視線が流れた。

 武蔵の肩の上でバンザイした清霜の前で、久坂提督が身を震わせている。

 両手に杖を持った久坂提督の傍らには、五月雨が静かに控え、苦闘を静かに見守っていた。

 “あの事件”以降、久坂提督の体はどこの異常も無いにもかかわらず、手足は殆どまともに動かない筈だ。

 だが、何度も何度も、五分以上かけて、バンザイしたままの清霜と、ただ静かに佇む五月雨達に見守られ、久坂はやり遂げた。 歯を食いしばって離した手から、杖がからん、と音を立てて転がり、色紙とマジックペンが手渡される。

 ただ直立するだけの事にどれ程の意志力を動員しているのか、今や玉の汗を流しながら、久坂は色紙へ震える手で何事かを記す。

 そして、マジックペンを取り落とし、色紙をカメラに向かって示す。

 

『すすめ!

 まえへ!』

 

 流麗な達筆だった男とは思えない、ミミズののたくった様な殴り書き。

 だが、それはただ、力強かった。

 挑む様な目から、ふっ、と力が抜け、心得ていたタイミングで腕を伸ばしていた五月雨に抱き留められて、座り込む。

 

「長門さん、陸奥さん、清霜は元気だよ!」

 

 清霜はどこから取りだしたのか、大判のスケッチブックを取り出し、頭上に掲げる。

 そこには、少々抽象的だが、迷いの無いタッチで、頭からアンテナを二本生やした人間の間に、長い髪を二房左右に流したやや小さな人影が立ち、手を振っている絵が描かれていた。

 上の余白には、でかでかとタイトルが書かれている。

 

『せんかんとわたし!』

 

 膝の上に置いた陸奥の右手に、暖かい雫が弾けた。

 

「はは、戦艦ならそこにいるだろうに、日本最強の奴が……ははは、陸奥よ」

「なにかしら?」

 

 長い黒髪を撫でながら、耳元で囁く。

 

「本当に駆逐艦は凄いな……最高だ」

 

 おかしさが止まらないといった風に身を震わせる長門から、止めどなく暖かい雫が零れ、陸奥の手を濡らす。

 

「そうね、本当に強いわ、私達よりもずっと」

 

 長門の手からそっと受け取ったスケッチブックを開くと、ビデオで掲げられた色紙が挟まっており、それをどけたページは、殆どが血混じりの重油に塗れており、そこに、辛うじて判別できるひらがなが、ただ一言、クレヨンで書き殴られていた。

 

『ながとさんたちをたすけて』

 

 全てが失われ、彼女自身も擬体の頭部を全損したあの状況で、あの子はこれを描き、誰かに託していたのだ。

 皆がただ絶望していた中で、彼女だけは救おうとしていた。

 

「あなた、もう、戦艦よりも強いわよ」

 

 二人の戦艦達は、一時停止された画面内で輝く、戦艦級の笑顔に今暫く見入っていた。

 

To Be Countinued...

 




 あけましておめでとうございます。
 超亀進行のお話です。

 当初からずっと描きたかったエピソードの一つまで辿り着きました。
 名前がなかった長門さん達の以前所属していた鎮守府の提督さんに名前が付きました「久坂 昇治(くさか しょうじ)」提督です。
 あの事件の後、謎の敵から“内線”越しに攻撃を受けた後遺症で、一時期、首から下が完全に麻痺していましたが、希少な症例として大本営直営の先端医療施設で治療を受け、更に献身的な介護の末、自力歩行以外はある程度日常生活は行える程度の回復をみています。
 前鎮守府からのメンバーは清霜と五月雨しか残っておらず、五月雨ちゃんとはケッコン(ガチ)していたり。
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