死人と接続するに等しい危険行為に当然反対する大淀であったが、やべぇか、覚悟がキマった奴しか居ない現状に絶望するのであった。
【択捉島・神威鎮守府 工廠・明石の個人研究室 赤巻達】
「本気ですか?危険すぎます!“近代化改修”が失敗した個体と“内線”して廃人になった提督の事例も存在しますよ」
「それとコレとじゃ、だいぶ違うぜ?」
「なお悪いじゃないですか!」
鬼の形相で詰め寄る大淀を前にして、甚五郎は耳毛を毟る。
「お、いってぇ……まぁ、起きねぇんなら、モーニングコールいれてやるしかねぇだろ?」
「ご自分の立場をお考え下さい、提督に何かがあれば、うちの艦娘達全員が路頭に迷いますよ!」
「うちのやつらなら、どこ行っても簡単に再就職できんだろ?紹介状もしこたま書き貯めてあっからな」
目の醒めない“暁”に“内線”を繋いで叩き起こそうという甚五郎の無謀な行為を大淀は無駄と知りつつ必死に止めようとしていた。
何故ならそれが役目だから。
陽炎達は言える立場に無い……まぁ、不知火は何か言いたい言葉を必死に飲み込んでいる様子だが。
川内は自分の妹が返ってくる重要なキーである“暁”の覚醒を後押しするだろうし、金剛は甚五郎となら地獄へ勇躍同行し、鬼共との合戦望む所だと思うので数に入らない。
明石は……
(ちょっと興味あるみたいな顔してるじゃないの!)
技術マニアな大淀の友人は役に立ちそうになかった。
「ま、だてに初期からうん十年現役でやってねぇよ」
ぬぐぐ、とまだ何か打開策を考えている様子の大淀に苦笑して、甚五郎は立ち上がる。
(ちっと一旦“内線”切るぞ……)
危険性の高い真似をするので、甚五郎は第二から第四艦隊までの“内線”を切断する。
常時繋がっている艦娘達の精神との繋がりが切れると、急にひとりぼっちになった様な、急に狭苦しい所へ追いやられた様な、何とも例えがたい、寂寥を通り越した、喪失感に襲われた。
(くたばるときゃ、誰だって独りよ)
艦娘達と繋がる精神的リンク、“内線”の依存性は実際かなり高く、提督達が生涯を通して精神鍛錬を続ける理由の一つだ。
“内線”に依存し過ぎると、“切断”された普通の状態に恐怖感を覚える様になる。
艦娘も“内線”の依存症になる事はあるが、提督に比べれば、さほどの事はない。
これは、“内線”の“ハブ”、或いは“サーバ”役をする提督と艦娘の負荷が桁違いである事も関係しているのだろう。
それはそうと、甚五郎は首に回された腕と、首筋をくすぐるもふもふとした髪、そして、ふにふにと背中に押しつけられる柔らかくて大きな二玉の肉球が潰れる感覚に襲われた。
じんわりと暖かい。
いい感じに肩こりがほぐれそうな温もりである。
『てーとくぅ!二人っきりは久しぶりネ!』
『いや、全員“出ろ”っつったよな?』
まるで大型犬が甘える様に背後から全裸で抱きついた(様なイメージを送っている)のは、金剛だった。
『長い付き合いなのに、水くさいデース』
耳元で囁かれる(感じがする)のを鬱陶しそうにしつつも、振り払う(感じ)もさせずに、甚五郎は放置し、ちらりと後ろへ目をやるが、十六時方向に鎮座している金剛は澄まし顔のままティーカップを持ち上げている。
『ちっ、しゃーねぇな』
『最近テートクがイイコトしてくれないからおなかの下でYarrow boilerが火照って火照って圧力あがりっぱなしョ~』
『おめぇ、もうとっくに新型の高圧缶に換装済みじゃねぇかよ』
突然媚びっ媚びの艶々ボイスを出して更にべったりひっついてくる(イメージを出す)金剛(のイメージ)を押し返し、甚五郎は、壁際に寄りかかった川内に意識を向ける。
『つーか、なんでおめぇも“居る”んだよ?』
『あ~、愛人との情事真っ最中に失礼します……ドーモ、川内型ネームシップ、センダイです、業務中に提督と艦娘が激しく前後するのはジッサイ違法行為だよ?』
川内は合掌してお辞儀する(イメージを発した)。
『もう、ぶすいネ~』
『ちがわい、つーか、知っとるわ!』
『まぁ、ネタはさておき、なんかあの子の目を醒まさせないと駄目なんでしょ?』
『だな、叩き起こすから、ちっと待ってろや』
しっしっ、と追い払うイメージを送ると、川内からは首を横に振る拒絶のイメージが返ってきた。
『なんとなく、私、あの子の事少しだけ分かる気がするんだよね、海からの“声”が聴こえてるとことかさ、だから、“同席”させて貰うよ』
『ったく……おとなしくしとけや』
どうにも退きそうにない気配を感じた為、甚五郎は意識を戻してゆらりと立ち上がり、吊り下げられた“暁”の所へ歩み寄る。
「さてっと、んじゃ、起こしてやっか……降ろしてくれ」
「はーい、そっと、そっと……」
軽やかな鎖の音と共に床に降りてくる暁の周囲を、ごく自然に陽炎、不知火、黒潮が二歩程度離れた間合いで囲む。
いつの間にか、甚五郎の右斜め後ろの位置を金剛がとっている。
大淀は逆に左前の位置だ。
川内はそれを俯瞰する様に、若干離れた場所から見ているが、彼女にとってどこに居ようが、必殺の間合いなので問題は無い。
人形の様に脚を投げ出して俯いた“彼女”の前に甚五郎が跪くと、陽炎達と大淀、金剛がほんの僅かに身じろぎをする。
緊張感の走る中、甚五郎は両手を差し出して“暁”の両頬を挟むと、そっと顔を上げさせて額を付けた。
「そろそろ起きな、“明來(あきら)”」
【“暁”の中 ヤシロビーチ 赤巻と牟田浜】
そう囁くと、“暁”の背中の艤装から、ざわり、と気配が溢れた。
甚五郎の“内線”の感覚が”彼女”の意識に触れた瞬間、意識が静かな空白に包まれる。
“暁”の中に蓄積されていた記憶、いや“世界”の情報が爆轟となって意識に叩きつけられた情報の飽和による空白。
『オマエヲカンゲイスル』
意識の端に掠れる痕跡だけで人の精神など、コンプレッサーを繋がれた紙風船同然に弾け飛ぶ。
そんな奔流の中、背を支えるなじみ深い温もりに支えられ、甚五郎は“立ち上がる”。
行方不明の神通率いる第一艦隊が経験したセクション1-5の哨戒と、奇襲、飽和攻撃を食い破ろうとし、叶わなかった記憶。
『……ワタシタチトヒトツニナレ』
翔鶴、瑞鶴を初めとした擬態深海棲艦達の深海泊地の防戦記憶、薄れゆく意識の中ただただ娘達の事を想い、男が夢想した争いのない楽園の記憶、そして暁が夢で夢見た異界の記憶。
『ナゼワタシタチヲコバム……』
隙あらば精神を引き裂き、意識を灼かんとする情報のハリケーン、瀑布に抗がい、甚五郎は意識を研ぎ澄ます。
『オマエトワタシタチハオナジカブカラワカタレタ……』
情報を見てから選んではいけない。
予め選んだ情報だけを見る。
『タダヒトツウミデヘイワヲ……』
『ごちゃごちゃ、うっせぇわ!』
甚五郎の叫びと共に一閃が走り、気配が遠ざかる。
全てを見ようとすれば、人の意識など、駄菓子屋の水風船の様に弾けるだろう。
甚五郎は刹那の毎に精神がごりっ、ごりっ、と削り取られる感覚に襲われながら、一直線に進んだ。
“暁”を目指して。
“内線”では、主観的な時間感覚は当てにならぬ。
見失いそうになる度に、視界の端で正しい方向を静かに“指さす”手を見て進む。
『ジジイを急かすんじゃねぇやい』
進めば進む程、冷えて凍える心を、背中から与えられる温もり押され、支えられてじわり、じわりと歩を進める。
幾度も近づく“ササヤキ”を、付き従う影が打ち払う。
決して立ち止まらない。
歯を食いしばりただ進む。
そこに到達するまでどれ程かかったか。
気がついたのは、鼻をつき、むせ返らせる異臭。
燃え上がる重油に炙られた、人脂と髪が焦げ付く異臭だ。
甚五郎の人生につきまとってきた死の臭い。
目を開ければ、砂浜に立っていた。
南国の砂浜だ。
元は白く美しかった筈の砂は重油と得体の知れない体液を吸って薄汚れ、足跡と爆発でぐちゃぐちゃに乱されている。
周り中で燃える炎が擱座した深海棲艦の遺骸と、粉砕された防衛陣地を照らし出していた。
『てめぇも“そっち側”へいっちまったかよ』
息も絶え絶えになった甚五郎は、炎の中を這う様に進み、燃え上がるドラム缶にめり込んだ男の前に膝を突く。
記憶の中で逞しい腕に“娘”を抱いていた男は、左腕を失い、残った四肢も一つとしてまともな形をしているものはなく、腹部に生じた大穴からは腸の一部と歪んだ鉛球がごろりと溢れていた。
声をかけられた体がびくり、と動き顔が上がる。
『がんばり過ぎだぜ、てめぇはよぉ』
焼けただれた顔には、ただ、眼窩だけがあった。
内部から灼かれた様な真っ黒な穴。
何かを告げる様に、口が動くが、舌を失った口から漏れるのは今にも途絶えそうな喘鳴だけだ。
男が懸命に持ち上げた腕の先で人差し指が伸び、指し示し、崩れ落ちた。
甚五郎は立ち上がり、しっかりと敬礼すると、その場に背を向ける。
指し示された先には、崩れ落ちた崖があった。
そこにあったのは場違いな和型の墓で、どうやら石では無く、金属で出来ている様だ。
黒光りするものと、暗灰色に光る金属のマーブル模様。
竿石には、一言だけ、“暁”とあった。
『まじってやがるな……』
甚五郎は一撫でして感触を確かめると、すっ、と距離を取り、腰を落とす。
『おらぁ!』
気合い一閃。
全力を載せた背中からのぶちかましが、墓石(?)に炸裂した。
『いってぇ!』
反作用で吹っ飛ばされた甚五郎は、地面をごろごろと転がり、受け身をとり、ぱっ、と立ち上がる。
一瞬、揺れた竿石が、がたん、と戻るのが見えた。
『くそ、腰が先に逝きそうだぜ……我慢比べか?おれぁ、幾らでも付き合ってやんぜ、あの馬鹿から預かっちまったからよぉ!』
何度も、何度も、肉と金属が激突する音が続き、どんどん竿石がぐらぐらと傾く角度が大きくなってゆく。
『ぐぉっ!腰より肩か……ってぇなぁ、よぉ、我慢比べだなぁ』
脱臼した肩をぶらぶらさせながら、甚五郎は立ち上がり、既に円を描く様にぐらぐらしている竿石へ覚束ない脚を踏みしめながら、突撃というよりも、体重を全てかける体当たりをかけた。
崩れ落ちそうになる脚をつっぱって、全力で体重をかけ続ける。
どこか生暖かい金属に身を任せ、呻く。
『まだ、あったけぇじゃねぇかよ』
自分の上に倒れ落ちてくる竿石を見上げ、甚五郎はただ、笑った。
【択捉島・神威鎮守府 工廠・明石の個人研究室 赤巻達】
「やったネ」
「おう……おい、氷みてぇになってんぞ」
くずおれかかる所を、金剛に抱き留められた甚五郎は、背の冷たさと彼女の腕の青白さに気づき、すぐに身を離した。
しかし、金剛は笑顔を浮かべて首を振り、甚五郎の背を押す。
「大した事ないネ、はやく、あの子をお迎えしてあげるね」
「ありがとよ」
震える手を袖に隠した金剛に、口を引き結び、甚五郎は向き直った。
“暁”艦橋から慌ただしく妖精さんが飛び出し、周囲を確認し、中へ戻り、甲板を走り回っている。
彼女の前で膝をついて少し見守っていると、びくん、と擬体が痙攣し、ゆっくりと顔を上げる。
「じ、んごろ……おじさん?」
「おう、おかえり」
ぶっきらぼうな一言には、心からの親愛、そして少しの後悔が含まれていた。
食い入る様に、皺と白髪が増えたその顔を見上げていた“暁”は、何かを口にしようとして、何度も口を閉じ、眼を潤ませる。
甚五郎は彼女と目線を合わせ、じっと次の言葉を待つ。
「……私………私っ………!」
「悪かった」
“暁”の口から言葉が零れ落ちない内に、甚五郎は彼女を抱きしめていた。
「お前達を捜すべきだった、何年かかっても行けた筈だった、現地に行く位できた筈だ、でも、俺ぁ、びびって行けなかったんだ、“見つけちまう”のが怖くてよ、とんだ、腰抜けだ」
一瞬、虚を突かれ、呆気にとられていた“暁”の顔がくしゃりと歪む。
声どころか、音にならない慟哭を上げ涙を流す“娘”の頭を甚五郎はしっかりと掻き抱いて、己も涙を流す。
「よく帰って来た、ありがとよ……ありがとな」
To Be Countinued...
今日は少し短かったですが、とうとう牟田浜水雷戦隊の“暁”が目覚めました。
次回は、神威鎮守府の“暁”視点の話となります。