深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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 昼下がりの一時、択捉島にも暖かい日差しが降り注いでおります。
 くそじじい提督も、一時の休息の様ですが…

 一方、艦娘達は…ティーラウンジで、いつものイベントが始まったようです。
 が、和やかなお茶会の筈が…少々雲行きが妖しい模様でございます。



 【第二話 ぼのぼのティータイム】

【午後・単冠湾泊地にて】

 

 

「お茶にしましょうか」

「おう」

 

 新茶とはいかないが、つゆひかりの覆い掛けが残っている筈だ。

 丁寧に煎れ、厚切りにした虎屋の黒糖羊羹を添える。

 鳳翔は、湯気をたてるそれをデスクに置いた。

 視界には入るが、手元の邪魔にならない場所である

 

「どうぞ」

「うむ」

 

 声を掛けると、睨み付ける様に書類を見ていた男が顔を上げる。

 真っ白い髪に茶色く色素が沈着した肌、そして深く刻まれた皺。

 ぼうぼうに生えている髭まで真っ白だ。

 齢を重ねた男の顔。

 何時も不機嫌そうに顰められている顔の中で、目だけがふと緩んだ。

 その瞳の中で微笑みを浮かべた自分の顔が写り込んでいる。

 

「…ん」

 

 すぐに書類に目を戻した男は、遠慮無くずずずと音を立てて茶を啜り、おおざっぱに切った羊羹をむしゃむしゃとやる。

 

「んん、うまい」

 

 顔も上げずに感想を呟く。

 二重になった窓の外から、遠く風の音が聞こえている。

 静かな午後だった。

 

「わるかったな」

 

 ぼそりとした呟き。

 目線は書類の文字を追ったままだ。

 

「いえ」

 

 見えていないのは分かっているが、鳳翔は微笑んで首をふる。

 

「店の方の準備もあるだろうが」

「昨日のうちに大体済ませておきましたし、こっちのお仕事の方が大事ですから」

 

 だだだだだ、と激しい足音が発生し、すぐに近くなる。

 残念ながら、静かな時間は終わりの様だ。

 足音が執務室の前まで達した時、扉が吹き飛ぶ勢いで開かれ、ドアクローザがへし折れる金属音が室内に響く。

 水平に上げていた脚を降ろし、髪の毛を長いサイドテールに結った少女がつかつかと、デスクの前に歩いてくる。

 ふんぞり返って茶を啜る男の前までやって来た少女は、振り上げた両手をデスクに叩き付けた。

 大きな花の髪飾りが揺れ、手元では、ばき、という音がした。

 

「冗談じゃないわ!」

「っせぇなぁ、三時の茶もゆっくり飲めねぇってか」

 

 片耳を小指でほじくる男を、唇を噛みしめ、目をつり上げて睨み付けているのは、特型駆逐艦“曙”だ。

 開きっぱなしになったドアから、口をおさえておどおどしている潮と、半眼で口を半開きにしたあきれ顔の漣、そして、その漣に押さえられている戸惑い顔の朧が覗いている。

 

「これはどういう事よ!」

 

 曙は手にしていた紙をデスクの上に叩き付ける。

 

「ああ、出撃中止命令書じゃねぇか、おめぇ、そんな文字もよめねぇで、よくこんな仕事やってられるなぁ」

「なに寝ぼけた事言ってんのよ、こんのクソじじい!」

「ああ~、鳳翔さん、飯はまだかいねぇ」

「あらあら、おじいちゃん、さっき赤城さんの秘蔵のおやつを食べたでしょ」

 

 唐突なボケにくすくすと笑う鳳翔の前で、曙の顔がみるみる内に紅潮してゆく。

 艦本式タービンの唸りが聞こえてきそうな勢いである。

 

「こ…この」

 

 しかし、普段ならもう一噴きする所を、曙は深呼吸して拳を握る。

 

「…本当に捜す気あるの」

 

 絞り出す様にはき出す曙の前で、鎮守府“神威機動部隊”提督、赤巻甚五郎(あかまきじんごろう)は腕を組み、首をこきこきと鳴らす。

 

「ああ?お前等の仕事は潜水艦相手の哨戒だろうが、人捜しなんてしろなんて命令は出してねぇ」

「長門もここ来たんでしょ!」

 

 拳が叩き付けられた勢いで机が揺れ、茶請けの皿が跳ね上がる。

 

「独房にぶち込まれたって聞いたわよ!」

「おいおい、半日前の人事情報がダダ漏れじゃねぇか、うちの機密管理はどうなってやがる」

 

 呆れた様に呟く甚五郎の前で、曙は再度顔を紅潮させ始める。

 

「敵の哨戒も数が増えて、何かを捜してるみたいじゃない!早くしないと!」

「うるせぇ!」

 

 今度は甚五郎が湯飲みを机に叩き付けた。

 声の音量は窓が揺れる程だが、机の揺れは曙が拳を叩き付けた時よりは、ささやかなものだ。

 

「そいつを考えるのは俺の仕事だ、そいつで飯食ってんだよ!よけぇな事くっちゃべってるヒマがあったら、てめぇの使う砲弾でも磨いてやがれ!」

「な、何よ!やっぱり見捨てるつもり!」

「こんな稼業やってりゃ陸(おか)でくたばる方がおかしいわ!ああ?ナニか?てめぇは、んな覚悟もなしに水場にでてんのか?いつまでもふやけた事ぬかしてっと、どっかの農家の嫁にでも放り出すぞ!」

 

 にたりと笑った甚五郎の襟首が不意に締め上げられる。

 

「こ、この、クソじじい!」

 

 デスク越しに身を乗り出す不自然な姿勢だというのに、軽々と甚五郎の体がつり上げられ、どさりと落ちた。

 

「ふぃ~、死ぬかと思ったぜ」

「ぅあっ!ちょ!ちょっと、何なのよ!」

 

 真顔で曙の手首を捻り上げて押さえ込んでいるのは、秘書艦の鳳翔である。

 

「口答えは幾らでもしろ、仕事さえしているなら文句位聞いてやる…提督はそうおっしゃってます、けど、手を上げるのまでは見過ごせません」

「いた、いたた、やめ、何なのよ!」

 

 そのまま、執務室の入り口まで連行し、姉妹達に引き渡す。

 

「ああ~、うちの瞬間湯沸かし器が申し訳ないです」

「誰が電気ケトルよ…いたた」

「だ、駄目だよ曙ちゃん、人間に暴力振るうなんて」

「やっぱり止めておけば良かった…軍法会議ものだよ」

 

 ため息をつきながら頭を下げる漣の後ろで、左右から潮と朧に支えられた曙が連れて行かれていった。

 

「おお痛ぇ、馬鹿力で締めやがって」

 

 鳳翔が執務室のドアを閉め直して戻ると、甚五郎は、制服のホックを開けて首をなで回していた。

 

「痣にはなっていない様ですが、濡れタオルをお持ちしますね」

「ああ、すまねぇな…取りあえず、ドアと机はアイツの給料から天引きだ」

 

 濡れタオルを当てている甚五郎の為に、もう一度茶を煎れ直す。

 

「ふぅ、沁みるぜ」

「わざと煽ったりするからですよ」

「へへ、まぁな…しゃあねぇ、半分くらいは持ってやるか」

 

 甚五郎は茶を啜って息をついた。

 艦娘にとって、海の上じゃなかろうが、人間の首を後ろ前にする程度、造作も無い事だ。

 だが、そんな事にびびってる様な人間には提督業など勤まりはしない。

 

「大本営から、各鎮守府の長門型に顕著な情緒不安定が発症しているから、暫く任務を外す様に勧告かきて、呼び出された長門さんが、自分から独房入りを願い出た…事実を伝えてあげれば、あの子も手までは出さなかったと思いますよ」

「そうぺらぺらと、機密を拡散できねぇよ、ま、ここじゃ機密が機密になってねぇみてえだがな、ちっ、休みやるっつったんだから、長門の奴も大人しく部屋で編み物でもしてりゃあいいもんを、ったく」

 

 真面目な顔をして編み物の手引き書とにらめっこしながらちくちく編み物をする長門を想像して、鳳翔はくすりと笑う。

 提督にやれと言われれば、待機業務として大まじめにやりかねない。

 無骨で、妙な所で木訥な所のある艦娘だ。

 

「曙さんも、信じているからあんなに怒っているんですよ、提督が自分の艦娘を見捨てる訳が無いって」

「信頼は、喉を締め上げない形で示して欲しかったぜ、お茶、もう一杯くれないか」

「はい」

 

 もう一杯お茶を飲んだ、甚五郎は深々と息を吐く。

 

「第四艦隊の子達、心配ですね」

「でぇじょうぶだ、くたばったら俺にぁ分かるからな、今は大丈夫、大丈夫だ…」

 

 腹の上で手を組み、自分に言い聞かせる様に呟く甚五郎の肩に手を置き、鳳翔は優しく首筋をもみほぐす。

 

「大丈夫ですよ、きっと」

「そうさな、手は打った、が、な…」

 

 

【単冠湾泊地:艦娘休憩室】

 

 

 休憩室まで運ばれた曙はガラナスカッシュを小脇に挟んで片手で開封する。

 持ち替えて一口やると、独特の香りが鼻腔をくすぐった。

 

「曙ちゃん、大丈夫?」

「いたたたた…あたしが軽空母に一方的に力負けするなんて…ったく、ありえないわ!…何よ?」

 

 潮からアイスパックを受け取って手首を冷やしながらぼやく曙の額を、漣がこつり、と小突いた。

 

「あんたも馬鹿ねぇ、海の上とは勝手が違うんだって、いつになったら意識するのよ」

「何がよ、鳳翔さんて、私らよりは出力低いじゃない(※)」

「はぁ?」

「流石に私だって、秘書官が普段通り赤城さんだったら手まで出して無いわよ、張り手一発で壁まで吹き飛ぶじゃない!」

「あんたん中じゃ、赤城さんは相撲取りか何かなんかい…」

 

 

<----- ※私らよりは出力低い ----->

 

 wikiによると、最高出力は鳳翔が30,000hp、曙が50,000hp…赤城さんは133,000hp。

 

<----- ※私らよりは出力低い ----->

 

 

 曙の言葉に、漣はため息をついて額を抑える。

 

「そう言う事じゃ無いんだよ、地上だと私達は“踏ん張れない”から、出力の殆どを腕力として使えない」

「それ位は知ってるわよ、でもそれはあっちも同じでしょ」

「それが違うんだなぁ」

 

 きまじめな朧の説明に口を尖らせる曙に、漣が指を振ってみせる。

 

「確かに地上じゃ思う様に腕力が振るえないけど、そこを何とかする手はある訳よ」

「体中に重りでも巻く訳?」

「うっっくぅ~、ああ、我が姉妹がこんなにアホだとは…なんもいえねぇ~」(ゆで理論ならぬ、ぼの理論ね)

「なっ!り、理屈はあってるじゃない!」

「ええとね」

 

 額に手を当てて天を仰ぐ漣にまだ、何かを言いそうな曙を朧が制す。

 

「武道だよ、力を効率的に使う武道を習得する事で、地上でも力を使いやすくなるんだよ、やり過ぎると床壊しちゃうけど」(※)

 

 

<----- ※やり過ぎると床壊しちゃう ----->

 

 深海棲艦も艦娘も海上以外では完全な能力を発揮できない、腕力(出力)もその一つ。

 海上では超常的な特性で“足場”を確保して全力を振るえるが、地上ではそれができない為、全力を出そうとした場合、人間並の体重で艦艇のエンジン出力に振り回される事になる。

 武道による力の制御は基本的に力を適切に地面に向ける方法の修練なので、やり過ぎると簡単にコンクリが割れてしまうらしい。

 

<----- ※やり過ぎると床壊しちゃう ----->

 

 

 

「え?弓道で?」

「ち…違うよ」

 

 疑わしげに首を捻る曙に、今まで黙っていた潮が声を上げる。

 

「うん、鳳翔さんは弓道以外にも何か…ええと、合気道っぽい武道をやってた筈、パチンコ玉弾いてビール瓶粉砕するような…」

 

 朧の台詞に、今度は曙が半眼になった。

 

「私の知ってる合気道と違うんだけど…」

「…裏鬼道、だって」

「なんか、禍々しいわね…」

 

 穏やかな小料理屋の女将さんの、裏の顔を想像しかけてしまい、曙は頭を振る。

 

「はぁ…もう、どうでもいいわ、兎に角、敵の動きが妙なのは確かなんだから、早い所あいつらを回収しなきゃまずいでしょ」

「キタコレ~、はぁ、そんなにいきがったってね、命令がなきゃ漣達は出撃出来ないのよ」

「どんなに貧乏くじ引いても放って置けない、曙ちゃんのそういうとこ、キライ・・・じゃ、ない、でも命令違反は駄目だ」

「…できれば全員助けたい、けど…私達まで二重遭難したら…たぶん…提督、そう言う心配してるのかなって…」

 

 姉妹達に口々に諫められ、曙は不機嫌そうにガラナスカッシュをあおる。

 

「HI!今日もイイ天気ネー!」

「おーお、随分煮詰まってるね」

「あ、金剛に、川内」

「さんを付けろよデコ助野郎!」

「いたっ!何すんのよ!」

 

 ふて腐れた顔で呟いた曙の額を、漣がぺしっとはたく。

 

「はは、駆逐の子は元気で良いなぁ、お、潮ちゃんも元気してたかい」

「ひっ、あああああ!…は、はい」

 

 川内に頭を撫でられて、潮は困った顔をし、ついで上目遣いで見上げる。

 

「…あ、あの」

 

 何か言いたげに口を開くが、結局言葉にならず口を閉じてしまう。

 

「あ~、多分、その子、神通さんの事心配してるけど、言葉が出ないとか、そんな感じだと思います」

「そっかぁ、潮ちゃんは優しい子だねぇ」

 

 ますます頭をなで回され、潮は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 

「でもさ、大丈夫だよ、あの子に連絡がつかなくなったのは夜、夜戦の時間だよ、夜戦で私の妹が負ける訳がない!」

「そ~ネ、それに提督は、foultonguedかも知れないけど、ちゃんと自分の艦娘達の事は考えてるデスよ」

「提督の気さくなとこ、キライじゃないけど…金剛さんの事、お婆さん呼ばわりするのはちょっと気になるかな」

 

 眉根をよせる朧の頭を、今度は金剛が撫でる。

 

「朧ちゃんは真面目デスねー、ほんと、失礼しちゃいますけど、ちゃーんと、その場であのじじーには言い返してるから問題ないネー!」

 

 不安と疑問を抱え、答えを求めている四対の目。

 それを見回して、金剛は腰にあてていた手を払い、微笑みを浮かべる。

 

「何かあったらTea Timeネー!」

 

 そう経たない内に、休憩室のテーブルの一つに英国式のアフタヌーンティーが設営された。

 ケーキスタンドにはサンドイッチとスコーンに、ペストリー、シフォンケーキ等が並んでいる。

 鎮守府に金剛型が健在である限り、モーニング、アフタヌーン、イブニングにティータイムが存在する。

 ゲストはその時、手が空いている艦娘達。

 今回は曙達と川内の五人がゲストである。

 

「それは、曙ちゃんの誤解デース、長門は提督と喧嘩してトラ箱入った訳じゃナイネ」

 

 曙達から執務室での一件を聞き終わった金剛は、苦笑して曙の憤りを制した。

 

「丁度、さっき二人して面会に行って来た所だったんだけど、あの人、自分で独房に入ったって事らしくて」

「理由は話してくれません、でも、捜索打ち切りの抗議のせいじゃ無い事だけは、話してくれたネ!」

「じゃあ、一体何が原因なのよ」

 

『ども、恐縮です、青葉ですぅ!一杯宜しいですか?』

 

 唐突に元気の良い声が響き、川内の背後から、にゅっ、と一眼レフカメラを抱えた青葉が現れた。

 

「妖怪スクープ置いてけ、キタコレ!」

「勿論、Guestは歓迎するネ!」

「いやぁ、恐縮です」

 

 にこにこしながら座った青葉は、サンドイッチを一つつまみ、紅茶を飲む。

 

「原稿書いてる時は珈琲が良いですけど、リラックスするなら紅茶ですよねぇ」

 

 ご満悦で、たっぷりとハスカップジャムを塗ったスコーンを頬張りながら、青葉は数葉の写真を取り出した。

 一同が覗き込むと、それは深海棲艦の戦列、膨れあがる光球、そして、長門を捉えた写真だった。

 増感撮影されたものらしく、粒子が粗い。

 

「戦艦棲姫に装甲空母姫、装甲空母鬼、駆逐ロ、ハ、ニ級…大規模作戦の記録映像かな?…でも、何だろう、ここ見覚えがある」

 

 いち早く被写体を識別したのは夜戦命の川内である。

 

「こっちの光は、鎮守府の公報で別の構図を見ましたネ、北大西洋の写真デス」

「…こ、この長門さん…こわい、です…」

「誰か背負ってる…かな?」

 

 全員が写真を検分している間に青葉はスコーンを平らげ、今はリンゴとサクランボのペストリーを片手に二杯目の紅茶を揺らしている。

 

「流石、川内さんは夜戦に関しては慧眼ですねぇー、艦種全部当たってるじゃないですか」

「特徴的だからね、そうそう見間違えるものじゃないさ」

「で、この写真が何だって言うのよ」

「…ここ、単冠湾泊地の1-5…海域」

 

 ぺらぺらと写真をつまんで振っている曙の横で潮がぼそりと呟いた。

 素早く漣が曙から写真をかっさらい、朧と一緒にまじまじと覗き込む。

 

「あぁ~、ほんと!岬見えてるじゃん」

「言われてみれば、なんで気づかなかったんだろ?」

 

 ぱちぱちぱち、無言の拍手が休憩室に響く。

 青葉は口一杯にペストリーを詰め込んでいる為、喋れなかったらしい。

 

「…ふぅ、大変おいしゅう御座いました、それはですねぇ、全部同じ場所、ここの1-5セクションで撮られた写真なんですよ」

「ぜ、全部って、どういう事よ!」

「“恐縮ですが”声の音量を下げて頂けるとたすかりますー」

 

 笑顔のまま、青葉の声のトーンが若干変わっている。

 思わず周囲を見回した曙の目に、閉じられた扉の取っ手に差し込まれたモップが目に入る。

 青葉が入ってきた時にさり気なく封鎖していたらしい。

 

「詳細を聞かせてくれるんだよね」

 

 川内の声のトーンも若干低くなっている。

 

「分かる限りはですけどねー、勿論ですけど、ティータイムの雑談は、ティータイムの外に持ち出さないで下さいよー」

「勿論ネー、girl talkの秘密は門外不出ネ!」

「恐縮です!…では」

 

 にっこりと微笑んだ金剛にお茶のおかわりを注がれ、青葉も営業スマイルを返す。

 

「この写真は、セクション1-5で漂流していた、零式水上偵察機の妖精さんから回収されたものです、同セクションの対潜哨戒に出撃していた第四艦隊旗艦、神通さんが運用していた機体ですね」

 

 誰も口を開かない中、ソーサーにカップが触れる音が響く。

 

「他の漂流物、流出燃料、轟沈の痕跡は見つかってませんから、最初からお通夜みたいな顔してちゃだめですよー?」

 

 青葉は、手元にカメラを引き寄せて、椅子に座り直した。

 

「暫く前、北方海域で一時的に深海棲艦が北方棲姫の周囲に集結する動きを見せた後、その周辺で大規模な戦闘が発生…この時、所属不明の長門型が付近で目撃されています」

「しかし、どの鎮守府も関与を否定してると聞いてマース」

「鎮守府が秘密にしたくても、あれだけの事をすれば資源は万単位で消費しますし、艦娘の稼働にも響きます、秘密にするのは困難です…ついでに言えば、現地の鎮守府所属の長門型は戦闘発生時、全て所在が判明していますねー、戦闘海域以外の場所で」

「そもそも、一つの鎮守府で陸上型を攻めるなんて無理だし、余計に秘密にしにくいよねぇ」

 

 川内の言葉に青葉は頷いた。

 

「その通りです、よしんば隠蔽だとしたら、複数国家にまたがるレベルで隠蔽をかける必要がありますからねぇ、第一、こんな落としどころのない形で情報を拡散させてる時点でおかしいんですよー」

「落としどころ?」

「隠蔽の為のカバーストーリーを作る時は、聞いた人が納得できる“オチ”っていうものを添えるんですよ、納得できる“オチ”がついた話について、人は先を考えないものですからねー」

 

 首を捻っていた朧は、青葉の説明を聞いて若干口を半開きにしながら一々頷く。

 

「そうだね、たしかにそうだ」

「大規模な戦闘の後に観測された発光現象ですが、核爆発レベルの規模だった割には、音も衝撃も観測されていません、最早怪現象ですねー、で、その後、深海棲艦の哨戒活動が活発化したって話なんですが、そこでも1つ妙な噂がありまして」

「いちいち勿体をつけるわね」

「あ~、しーっ!」

 

 焦れた様に吐き捨てる曙の口を素早く漣が押さえる。

 

「地元の鎮守府の艦隊が哨戒任務中、何度も深海棲艦側の哨戒部隊を発見しているんですが、攻撃を仕掛ける前に逃げていったそうです、まるで余計な戦闘を避けている様に」

「そりゃ、気持ち悪い動きだね」

 

 川内は呟きながら考え込む。

 

「そして、同じような事がここの近くでRepeatされたわけネ!」

「すっかり同じって訳でもないですけどねー、大規模戦闘は起こってませんし」

「同じなのは、所属不明の長門型の目撃と発光現象かぁ」

「じゃあ、うちの長門が関わってるっていうわけ!」

 

 曙がテーブルを叩く前に、両脇から朧と潮が手を掴んで止める。

 

「駄目だって、壊れ物がのってるんだよ」

「…落ち着かないと、駄目…」

「わ、分かったわよ」

「助かります、ちょっと落ち着いて下さいね、容疑がかかってたら流石に正式に収監されてますって、人事課のデータ覗いたら、長門さん内勤の待機勤務扱いになってましたね」

 

 ちょっと迷ってから、青葉はイチゴのタルトを一つつまみ、ぱくりと食べる。

 

「とまぁ、以上の様な状況な訳で、セクション1-5の辺りは普段とは大分敵の配備状況とか変わってちゃってるみたいなんですよ、下手に飛び出していったら、鬼とか、姫とかついた奴に遭遇するかもしれませんよー」

「はにゃ~っ!、轟沈不可避だよ!」

 

 ずいと身を乗り出した青葉に、漣は奇声をあげて仰け反った。

 

「見た事無くても、それ位は分かるよね、曙」

「何当たり前の事言ってんのよ!」

 

 真顔で見てくる朧から、曙はつん、と視線を逸らす。

 

「それどころか、下手をすればこの辺に新しい陸上型を建造する作戦が進行中な可能性すらありますからねー」

「提督は戦力の散逸を恐れているという事かな」

「だと思います、大体が、既に第四艦隊を欠いてしまっていますから、状況は厳しいですよー(※)」

 

 

<----- ※状況は厳しい ----->

 

 1~4艦隊に組み込まれていない艦娘も戦力として運用されている。

 しかし、提督と精神的に結ばれ、統率されている1~4艦隊の艦娘は、通常の無線で連携する艦娘に比して、連携能力、反応速度、耐久力等、計測された要素で全てを上回る事が判明している。

 

<----- ※状況は厳しい ----->

 

 

 青葉は、ふと、曙に目線を合わせる。

 

「だから、勝手に動いて提督を困らせちゃあ、いけませんよー」

 

 言葉も無く頬を膨らませる曙に微笑み、青葉は伸びをする。

 

「はぁー、おいしいからって、ついつい食べ過ぎちゃいました、これじゃ夕食が食べられないなー」

「今日のサンドイッチとスコーンは榛名が作りました、好評だったと伝えておきマース!」

 

 青葉は軽くお腹を撫でながら立ち上がって、扉のそばまで行きふと振り返る。

 

「あー、そうそう、勝手に動いちゃ駄目なのは、他の皆さんもですからねー、確かにお伝えしましたよっ!」

 

 にっこり笑うと、青葉はモップを片付けて休憩室を出て行った。

 

「なんだか、でっかい釘を刺されちゃったね、提督の指示かな…那珂にも言っておかきゃなぁ」

「そーネ、多分、私達よりも先に長門の方に行って来たと思うネ」

 

 苦笑する川内に、金剛はため息をついた。

 

「結局、今は何にも出来ないって事」

「夜戦をするには、夜まで待たなきゃならない…私は待つよ、妹の事をさ」

 

 こぶしを固める曙の脇腹を、漣が肘で突っつく。

 

「ああ言われちゃ、我慢するしかないわねぇ」

「う…」

「また、ふくれない、ふくれないーい!」

「っ!も、も!」

 

 ふくれっ面になった、曙の口に漣はイチゴタルトを突っ込んだ。

 

「…どう、なっちゃうの、かな」

「NoProblem!うちの提督はあの食えないくそじじいなのデース!もう、手を打ってない筈がアリマセン!」

 

 不安気な潮の頭を撫でつつ、金剛は努めて笑顔を作る。

 現状でも漠然とした不安が広がっているのに、青葉が話してくれた様な情報が幾ばくかでも拡散すれば、鎮守府内の艦娘達が浮き足立つのは避けられないだろう。

 

(出来る限り、Soft landingしないといけないネ…)

 

 少なくとも戦艦である自分が平時と異なる態度を安易に取るのは絶対に避けるべきだ。

 金剛は、不安をしまい込み、意識して笑みを深くした。

 

「話をきいてばっかりで喉が渇いてしまったネ!紅茶を入れ直してくるデース!」




 次回、満を持して、れでぃ登場!
 主役は遅れてやって来る?
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