深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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 みんなダイスキ、特型駆逐ネームシップ。
 れでぃ暁の登場です。

 ここは、何だか書いてて凄く楽しい章でした。
 なので、他の章より、少し長めかも…


 【第三話 ふしぎな島の暁】

【南の島にて】

 

 

 身長180サンチメートル足らず。

 体重165ポンド前後。

 顔、(たぶん)ふつー。

 きんにく、そこそこ?

 のーみそ…有るのかしら?

 にんげん…だよね?

 

 私は疑問を解消する為、誘導尋問を試みる事にした。

 一人前のレディーには容易い事である。

 まずは、さして関係ない質問から。

 常識ね。

 

「ねぇ、なんで学生服なの?」

「制服は一着しかないからな」

 

 竿が振り抜かれる。

 手を少し動かして、軸線上に連装砲を合わせる。

 海から飛び出したイ級の横っ腹に、吸い込まれる様に5インチ砲弾が炸裂し、風穴が開いた。

 

「Nice kill」

「と、とーぜんよ!」

 

 ヒューという口笛混じりの賛辞に、ふんすと鼻を鳴らす。

 水上を不規則に高速移動する目標に比べればあんなもの止まっているも同然だ。

 とは言え、崇拝者の賛辞を素直に受け取るのも一人前のレディーの務めである。

 私は上機嫌で自分の浮きに目を戻す。

 ピクリともしていない。

 尋問を再開する。

 

「なんで制服が一着しかないの?」

「二着めからは自腹だからな」

 

 又、隣で竿が引き抜かれる。

 波間から飛び魚の様に跳ねたのは、ニ級だ。

 素早く引きつけられたそれを迎えたのはでっかいトンカチ。

 めんたまを叩き割られてぴくりとも動かなくなったそれを、彼は脇にひょいと放り投げる。

 

「学生服だって制服でしょ?」

「That's right! だから勤務中に着てても良いだろ?」

 

 やっぱり喋り方、ヘン。

 せーかく、もっと、ヘン。

 うん…やっぱり、訳わかんない。

 

『なんで、学生なのに司令官なの?』

 

 私は、暁型駆逐艦一番艦の艦娘、“暁”。

 誇り高き帝国海軍の魂を受け継ぐ者にして、一人前のレディでもある。

 残念ながら、まだ長門さんには背丈じゃかなわないけど、レディの価値は背丈で決まらないから問題ないと思う。

 

「Lady暁、引いてるぞ」

「ん、あ…ほんとだ」

 

 私は、慌てて竿に注意を戻す。

 最初の自己紹介以来、この人は、私の事をレディー付けで呼ぶ様になった。

 からかう調子じゃなくてごくふつうにそう呼んでくれた人は初めてなので、正直面食らってしまった。

 嬉しく無い訳じゃないけど、誰の前でも普通に言うので一寸恥ずかしい。

 

(ま、まぁ、世の中にもたまには礼儀を心得てる人が居るって事よね)

 

 それはさておき、今日はまだ全員分の魚が釣れてない。

 このままだと、明日の朝ごはんのおかずが又、干物かスパム缶になってしまう。

 せめて、新鮮な塩焼きが食べたい。

 慎重にあたりをあわせる。

 

「たべられるの~、こいっ」

 

 イ級なんて、幾ら釣った所で食べられないのだ。

 

「ふむ、Black seabreamか、刺身にすると良さそうだ」

 

 たも網の中で跳ねている黒鯛は三十サンチは有りそうだ。

 少なくともこれで、タンパク質の供給源がスパム缶だけという事態は回避出来そうだ。

 おさんどん担当の雷が幾ら頑張ったとして、味気ないCレーションを、暖かくて皿に載ったご飯にするのが限界である。

 素材の壁と言うものは如何ともし難いものがあった。

 

 

 ここに来た時最初の食事…あの、MREレーションの味ときたら、この世のものとは思えなかった。

 一人前のレディだというのに、余りの不味さに、私は残して空腹に耐える道を選んでしまった。

 あんなものを米帝の軍は食して居たというのか。

 繰り返し聞かされ、飢餓の恐ろしさは重々心得ている。

 が、その上で、あれを常食しながら士気を保てる軍と言うのはなんと精強なのだろうと感心する。

 私は舌は甲板磨き用ワックスの味をチョコレートだと認識しないし、あのコップを磨くと茶渋がとれてピカピカになる粉をレモネードなんて認めない。

 

 ぜったいにだ!

 

 電が一寸食べてしまったフルーツバーなんか、もう腐っていたらしくて、かわいそうにあの子はお腹を壊してしまった。

 冷えたレーションから漂う異臭を前に、ひとりだけあの異物を完食したこの人は、軽く周囲のお通夜を見回して少し首を傾げてたけど、すぐに立ち上がった。

 

『取り敢えず、まずは現地調達だな』

 

 それが、司令官が下した最初の指令だった。

 

 

「どう考えても、暁の勝ちってことよね!」

「明日のMorningはDeluxeになりそうだ」

 

 そう言いながら竿を引き、私達第四号艦隊の司令官、東京太郎提督は又一匹、今度はロ級を釣り上げた。

 

 

 

 しばらく釣りを続けた後、そろそろ陽が南中から傾き始めた為、私達は竿を畳んだ。

 釣果はさっきのクロダイにブダイ、スジアラ、ヒブダイ、ロウニンアジ、ハマフエフキと言った所。

 後は、外道の各イ、ロ、ハ、二級が一山に、何故か軽巡ホ級が一隻。

 駆逐は提督と私で交互に〆て、ホ級は砲撃でよろめいた所に、提督がネックツイストで〆た。

 正直、対潜哨戒に出てる時より、釣りの間に駆逐してる数の方が多い気がする。

 こっちは食べられないけど、夕張さんがあれこれする素材になる。

 既に私達の艤装の一部には深海棲艦の部品を代用した即席整備が施されている。

 私が手に装備してる連装砲は深海棲艦の5インチ砲に換装されているし、破損した防盾は駆逐級の外郭を流用した素材に置き換わっていた。

 ぬめっとして艶びかりする防盾を見ると、正直一寸気分が悪いが、物資が足りないのだから仕方ない。

 この状況下で全員分の艤装が稼動する様に保っている夕張さんはほんと凄いと思う。

 

「よく釣れたな…支援感謝する」

「と、当然よ!私が手伝ったんだから、うまくいかない訳がないわ」

 

 差し出された手を取って立ち上がる。

 少なくとも、この提督は私の頭を撫でたりしない。

 ヘンはヘンだけど、そこは評価してあげなくちゃいけない。

 

「ありがと。お礼はちゃんと言えるし」

 

 東司令官はバッカンとクーラーを担いだまま軽く肩を竦める。

 太陽、白い砂、椰子の木、碧い海。

 竿を担いで砂浜を歩いていると、戦いの中に身をおいている事を忘れそうになる。

 

 そんな風景の中で、私は妹の一人を見つける。

 暁型二番艦“響”。

 砂浜に腰を下ろして、スケッチブックへ写生をしている様だ。

 この鎮守府で響の担当は通信士だが、そこまで多忙な仕事で無いのは見たとおり。

 因みに、私、暁の担当は衛生管理。

 私もヒマだか…じゃなくて、一人前のレディの嗜みとして、手が空いている時には他の人のお手伝いをしてあげているのだ。

 

「Добрый день(ドーブィルイ デーニ)、司令官…と、姉さん、今日は糧食調達支援かい」

「そうよ、一杯釣っちゃったんだから!」

「ま、イロイロ釣れたな」

「…砲撃音が聞こえたからね、お察しするよ」

 

 響はスケッチブックを畳んで立ち上がり、服から砂を払う。

 

「内地から連絡は?」

「何時もの定時連絡だけだよ、しかし、相変わらずジャミングがひどい、会話するのは困難だね」

「Hum…」

 

 内地との通信状況は良くない。

 鎮守府周辺の作戦行動なら大した影響は無いけど、内地までの長距離通信は酷く阻害されている。

 ノイズが酷過ぎて意味の通る会話をするのが難しいのだ。

 東司令官によると、深海棲艦側の封鎖攻撃らしい。

 一応、モールス通信で疎通出来てはいるものの、短いやり取りでもかなり不便。

 補給が円滑にいかない一因である。

 

「夕張さんも色々工夫してるみたいだが、流石に無理があるみたいだ」

 

 軽巡の夕張さんは技術担当だ。

 実に適職で、先程も言ったとおり、朝から晩までありものの資材で何かを作っている。

 ここだと(深海棲艦の残骸以外は)何でも不足しがちなので、夕張さんみたいに手当たり次第代用したり、別物に改造して使いこなす技術が無かったらちょっとした無人島遭難じみた苦労を強いられていただろう。

 

「Let's take it easy」

 

 私達は口笛を吹きながら歩き出した提督の後を追う。

 

「Take it easyか…」

「ん?」

 

 響がわざわざ英語を言い直すのは珍しい。

 

「口笛さ、あれはイーグルスの、Take it easyという曲だよ」

「へぇ…」

 

 そんな事を言っていると、三棟のビニールハウスに二枚の畑が見えてくる。

 そこで鋭く鍬を振るっているのは、軽巡の神通さん。

 第四号艦隊の旗艦にして、作戦立案及び、訓練担当。

 まぁ、最近は訓練の基礎体力作りは農作業と入れ替わる事が多いんだけど。

 この畑は、神通さんの趣味であると同時に私達の重要な食料供給源の一つ。

 最早、戦略的な価値を持っていると言っても過言ではない施設だ。

 又、あのいつ作られたか分からないMREレーションを食べる位なら、みんな自分の体でここへの砲火を遮る方を選ぶだろう。

 

「あっ…提督、お疲れ様です」

 

 私達に気づいた神通さんは、鍬をさっ、と持ち替えて体の脇に寄せた。

 まるで刀を納刀する様なキレのある動きだ。

 普段は気弱に見える程に控えめな話し方をする人だけど、どんな過酷な戦闘や訓練にも率先して挑み、決して退かない。

 レディーとはちょっと違うけど、芯が強い…大和撫子というのだろうか、長門さんとはちょっと違う意味で憧れる。

 ただ、意識が無くなるまで訓練に付き合わされるのは、流石に一寸、遠慮したい。

 あの時は、気がついたら妹達と夕張さんの5人でマグロみたいに寝かされて、額に絞りタオルがのっけられていた。

 神通さんは私達を宿舎へ運んだ後、普通に畑仕事に行ったらしい。

 司令官はタオルを絞りながら、

 

「なる程、確かにDrill Sergeantだな…」

 

 なんて呟いていた。

 もう、凄い、と言うか怖い。

 ただ、その後司令官から訓練は稼働率に支障が出ない事を優先する様にと指令が下された為、倒れるまでみたいな訓練は無くなった。

 ほんと、妹達とこっそりお祝いした程嬉しかったものだ。

 しかし、それ以来何故か神通さんと一緒に訓練している司令官の姿を頻繁に見かける様になった。

 端から見ても滅茶苦茶にしごかれてる様に見えるのに、何だか妙に楽しそうにしてるので私は触れない様にしている。

 アレに巻き込まれたら一大事だし。

 

「茄子はあと二、三日で収穫出来そうです…甘藷(かんしょ)も良く育ってくれています」

「Thanks…Miss.神通は、green thumbを持っているんだな」

「緑?…な、なんでしょうか…?」

「ちょっと、響、分かる?」

 

 東司令官の物言いに当惑している神通さん。

 レディとしてちゃんと勉強している私には、“緑の親指”っていう意味だって事はちゃあんと分かったけど、別に神通さんの親指は緑色じゃない。

 

「細かくは知らないけど、植物を育てるのがうまい人の事をそんな風に呼ぶらしいよ」

「ふ~ん、ヘンな言い回しね」

 

 流石私の妹、物知りだ。

 全く、東司令官はいきなり妙な事を言うから、たまに意味が分からなくて困ってしまう。

 

「次の哨戒任務について、電さんに書類を預けてあります…東提督、確認をお願いしますね」

「Aye ma'rm checkしておく」

 

 電は秘書艦を担当している。

 他の担当者が作った管理書類に目を通し、申請書を取りまとめ、東司令官のサインを貰う。

 全員のスケジュール調整もする。

 多分、一番鎮守府っぽい仕事をしてると思う。

 

「Miss.神通もそろそろ上がるか?」

「…私はもう少し続けてから行きます」

「Yes ma'rm. see you later.」

 

 くだけた敬礼を返す東司令官の隣で、私も手を振る。

 

「神通さん、後でね」

「До свидания(ダ スヴィダーニァ)」

 

 コンクリで固められた細い道を上ってゆくと、左の方に大きな白い建物が見えてくる。

 島の裏側でこの泊地を拠点とするもう一つの鎮守府だ。

 硝子を多く使った、リゾートホテルの様なビル。

 実際、似た様なものだと思う。

 広くてふかふかの絨毯が敷かれた天井の高いロビーにお洒落なカフェテリア。

 庭には艶々の木材で作られたおっきな建物(クラブハウスって言うらしい)に、広いプール。

 大きな日傘付きの寝椅子…カウチ、だったかな、があって不思議な色で飾りがついた飲み物がある。

 多分、空調も完備で、妹達全員と川の字になれる位大きくてふかふかのベッドもあるに違いない。

 ま、ベッドは想像だけど。

 少なくとも、一度に四隻入梁出来るフルサイズのドックが幾つもあるのは確かだ。

 夕張さんが涎を垂らして喜びそうな整備施設と物資が山積みだった。

 そこを横目にしながら少し歩くと、数張りのテントと、椰子の木で組まれたログハウスが見えてくる。

 これぞ軍隊の前線基地。

 或いは難民キャンプ。

 そんな見た目のここが私達のささやかな鎮守府だ。

 

 ふかふかのベッドも、空調も無いけど、一通り最低限の施設は揃っている。

 ドックは標準通り2つあるし、お湯の使えるお風呂とシャワーだってある。

 

 ドックには苔生えてるし、湯船はドラム缶で、シャワーは手動だけど…あ、プールも無いか。

 ベッドは、ハンモックで代用。

 

 空気にカレーの匂いが漂っている。

 そう言えば、今日は土曜日だった。

 道具を片付けてから洗面所(兼台所の流し、兼洗濯場でもある)へ手を洗いに行くと、顔を洗っている夕張さんにあった。

 油シミだらけのつなぎは、溶接の火花のせいで点々と穴が開いている。

 泡だらけにして、手からグリスを落としているのは椰子の油から作った石鹸だ。

 雷と一緒にあれを作った時は、寒天羊羹作ってるみたいで結構楽しかった。

 よく汚れが落ちるけど、服を洗うと少しごわごわになるから困る。

 

「Good evening Miss. 夕張」

「ふぁ…提督、おはようございます」

 

 夕張さんはタオルで顔をがっし、がっしと拭いて顔を上げる。

 色白で美人なのに、本当に勿体ない。

 常々、司令官みたいなのしか居なくても、女を捨てるのは駄目なのよと、レディーの義務として忠告してはいるけど、お化粧にはそこまで関心が無いみたい。

 …内地から届いたアニメ動画を一緒に見てる時に言うから駄目なのかも知れないけど。

 

「今日は、Junkが随分釣れた」

「ホ級まで釣れちゃったんだから!」

「よぉし!後で見に行かなくちゃ、

ちょっと、良い部品穫れるかも!」

 

 バンザイしてジャンプする夕張さんは、本当に嬉しそうだ。

 しかし、最近夕張さんの深海棲艦を見る目が、敵と言うより代用資材の塊を見る目になってきていてちょっと怖い。

 

「あれとあれ、ああ~、アレも欲しいなぁ…ガワ以外全部バラせば持って帰れるかなぁ」

「資材確保はバッチリね!」

「さぁ!色々剥ぎ取っても、いいかしら?」

「どーぉ、この攻撃はっ!って、まだ沈んじゃ駄目なんだからねっ」

「よしっ、後で中身開かせてね!」

「あの装備、まだ穫ってないのにぃ!

「~っ。やっぱ、ちょっといろいろ穫りすぎたのかなぁ‥。」

「魔改造に使えそうな兵装は、私がきっちりチェックするからね!

えっ?足が遅いって…?しょ、しょうがないじゃない!戦利品が重いんだもん!」(返りオイルまみれ)

 

 耳にする発言の方向性がどんどん妙な方向に走ってきてる気がする。。

 艤装にも常にジャンクパーツ回収用のドラム缶を搭載してる状態だし。

 東司令官は、

 

「Jolly Rogerでも付け足しとくか」

 

とか言っていた。

 

 

 食堂のテーブルにみんな勢揃いする。

 食堂とは言っても、兼会議室、兼作戦室なので壁には海図や黒板がある。

 ついでに、男の人の写真も飾られている。

 多分、前の司令官だった人だと思うが詳細は不明だ。

 皆は花と水を供えるのが日課だが、私はやってない。

 大体、まだ亡くなってなかったら結構失礼な話だとも思うのだ。

 男の人は制帽に夏服のシャツ姿で幾分かラフな敬礼を決めている。

 よく焼けた顔に微かに微笑みが浮かんでいるのは、正式な場面でなくスナップショットだからだろう。

 大きな拳に太い腕。

 私くらいならひょいと持ち上げられてしまいそうだ。

 年齢は40を越えるか越えないかと言った所か。

 

「ностальгическое…何故だかみなこの写真から郷愁を感じている…姉さんはどうだい?」

「私は…」

 

 いつの間にか隣に立っていた響の問われ、私言いよどむ。

 確かに温かみを感じる写真だが、私はそこまで思い入れを持っていない。

 この写真に好感を抱いている様子の妹達に、わざわざ言いたい感想ではなかった。

 

「ちょっとぉ、二人とも並べるの手伝ってよ!」

「はーい」

 

 私は雷に怒られたのをこれ幸いと、その場を離れる。

 昼は作業の都合でバラバラになるので、ここで全員が顔を合わせる機会は、会議とか、出撃を除けば朝夕の食事時になる。

 最も、夕張さんは朝起きてこない事多いけど。

 

「いただきまーす」

 

 水コップからスプーンを抜いて、ライスカレーを食べる。

 簡単に手に入る食べ物がタロイモ、ヤムイモ、バナナ、パンの実、サゴヤシ、ココヤシみたいな環境だと日本のご飯が恋しくてたまらなくなる。

 けどお米とルーさえあれば、どこでもちゃんとライスカレーはライスカレーになり、とてもおいしい。

 だから、それはとてもじゅーよーな事なのだ。

 …要するに、ライスカレーはおいしいと言うこと。

 

「やっぱり、土曜日はカレーよねー」

「そうよねぇ、この仕事お休みなんて無いし、曜日感覚狂っちゃうわ」

 

 雷の言葉に頷きながら、夕張さんがカレーをぱくついている。

 若干意味がすれ違っている気がするけど、どっちも気にしてないみたいだし問題ないだろう。

 

「ま、敵さんにはSabbath Dayなんてのは無いだろうからな」

 

 東司令官は又、よく分からない事を言っている。

 しかし、社交術を身に付けた一人前のレディーは、礼儀正しく無視をすべき時を心得ているので、私は黙ってライスカレーを食べる。

 

「交代する艦娘も居ないから、半舷上陸って訳にもいかないわよね」

 

 そうだ、私達、艦娘だって働けば疲れる。

 休憩は必要だ。

 だから、普通の鎮守府なら、艦隊に所属させている以外にも控えの艦娘を擁しているものだ。

 ついでに言えば、異なる作戦に対応する為には異なる艦種が必要だから、そういう意味でも控えは必要だ。

 でも、ここには、それがいない。

 

 ヘンな司令官、ヘンな鎮守府。

 

 考えながら、水を飲む。

 なんで、こんなに何にもないのか。

 それについては、一応の理由はある。

 この鎮守府の雇い主は、そこまで大きくないNPO団体らしい。

 深海棲艦に家族を殺された被害者達からの寄付金で賄われている組織。

 採算は決して良い方では無いらしい。

 

『ちっせぇなぁ』

『本当に、あの怪獣やっつけられんのかよ?』

『あいつらやっつけてよ!』

 

 日本を出発する時、憎まれ口を叩いたりしながらも、旭日旗を一生懸命振っていた子達の事を思い出す。

 

 島裏の大きな鎮守府の雇い主(母体だったかな…)は大きな民間の警備会社らしい。

 

(東司令官はぴーえむしーとか言っていた)

 

 あそこには何でもある。

 複数の艦隊。

 立派な施設に沢山の資材。

 お洒落なカフェー。

 そして、ふかふかのベッド。

 

 でも、ここには戦う理由があり、妹達がいる。

 それが一番重要な事。

 

 デザートにパイナップル入りの冷やし寒天が出てきた。

 絶妙な酸味と甘味のバランス、涼感を演出するほのかな花の香り。

 これは美味しい。

 ここに来てから、雷は本当に主婦としての腕を上げている。

 よく、あの乏しい材料から毎回ちゃんとしたご飯を作るものである。

 

「ちょっと工夫してみた献立はどうだったかしら?」

「Good」

 

 コーヒーを出しながら自慢気に感想を尋ねる雷に、東司令官は親指を立て、端的すぎるこたえを返す。

 

「なによ、そのおざなりな返事は?ひどーい!」

「…私はとてもおいしかったと思います」

「この寒天、良い匂いがして、とてもおいしいのです」

「Вкусно(フクゥースナ)、雷の料理は、ここで味わえる数少ない娯楽の一つだよ」

「正直、雷ちゃんをメイドさんに雇ってお世話してもらいたいわ~、ダメになりそう」

 

 ちょっと不満げだった雷は、口々に褒められて満足そうに胸を張る。

 

「そうそう。もーっと私を誉めてもいいのよ」

 

「Hum…」

 

 コーヒーを飲みながら、降参とでも言うように、東司令官は手を挙げている。

 いや、文字通りお手上げかもしれないが。

 私は情けあるレディーとして、助け船を出してあげる事にした。

 

「だめよ雷、司令官はあの固形燃料全部食べちゃう様な人なんだから、多くを求めたらいけないのよ」

「そりゃそうね、あははっ」

 

 固形燃料とは、初日に食べたアレの事だ。

 

「俺はベア・グリルズには程遠いと思うんだがな…」

 

 ひとしきり司令官で遊んだ後、お風呂に入る。

 ドラム缶の底をガスで炙るお風呂が2つ。

 電と体を洗いっこし、交代で手動ポンプ式のシャワーで泡を流してからドラム缶に浸かる。

 丁度よい湯加減だ、お洒落じゃ無いけど、中々気持ちがよい。

 ただ、うっかり縁から手を離すと顔まで水没してしまうので油断は出来ない。

 まさか、ドラム缶風呂で大破着底してしまうとは、何たる屈辱であったことか。

 あの時、駆けつけた司令官が頭まで浮揚させた所で夕張さんと神通さんに作業を引き継いでくれたのは武士の情けである。

 全身再浮揚されていたら、艦歴に拭いがたい汚点が記される所だった。

 

 ちなみに、その後、ドラム缶風呂での船体洗浄作業を行う際、駆逐艦は二隻以上で作業にあたる事、という鎮守府内通達が行われた。

 以後、同じ事故は発生していない。

 

 お風呂から上がったら、夕涼みのお散歩をする。

 学生服の上着を脱いで、左肩に引っ掛けた司令官の隣を歩く。

 段差や小川を越える時、忘れず手を差し出してくれるのは一寸気分がよい。

 実の所、背丈を超える様な段差でも一寸、力を込めて跳べば良いだけなんだけど。

 一人前のレディーたるもの、紳士(?)の気遣いを快く受けてあげるのも礼儀の内なのだ。

 小川を超え、5m位の岩を幾つか登り、崖っぷちの道を螺旋に上がると見晴らしの良い高台に出る。

 二つの鎮守府と周辺海域を一望出来るスポット。

 目視観測には絶好のポイントだ。

 それは良いのだが、ここには正直あんまり良い思い出がない。

 神通さんが鎮守府からここまでのタイムアタックを訓練に組み込んだ事がある。

 あの時私は、崖っぷちの道から響と一緒に転がり落ちてしまった。

 椰子の木を3本折った挙げ句、地面で背中を強打。

 息は止まるし、気を失うし、ほんと散々だった。

 ちなみに、響は私の上に落ちたので何事も無かったらしい。

 

(不幸だわ……。)

 

 意識を取り戻した後、優しく手当てしてくれていた神通さんは、後でちゃんと転がり落ちたりしなくなる様、一緒に再訓練する事を約束してくれたものだ。

 レディは子供みたいにぐずったりしちゃいけないので、私は何とか半泣きで持ちこたえた。

 結局その後の訓練は、神通さんだけではなく、司令官も一緒になってやり、椰子の実となんか大きな蟹を捕まえて帰ってきた。

 蟹は取りあえず茹でてみたけど、一口食べた司令官が漏らした一言。

 

「Hum…これは食べない方が良いんじゃないかな?」

 

 その発言に私達は震え上がり、蟹は食材ではなく食卓を飾るオブジェとして処理された。

 それにしても、ここは夜になると、星をみるのにもってこいの場所になる。

 素敵な紳士とのデートスポット、と言いたい所だが、司令官はひとしきり海をみた後、お隣の鎮守府を見て独り言中。

 そんな気分になるのは難しい。

 

「Enemy…Negative、alliance…第一艦隊出撃中…第二艦隊、古鷹、有明、夕暮、白露入梁…Hum」

 

 偵察は良いけど、お隣の鎮守府で入梁中の子を確認するのは覗きスレスレの行為だ。

 紳士的とは言いかねる。

 

「だめよ司令官、覗きは犯罪って言ったでしょ」

「Hum…戦力偵察は大事な作戦行動なんだが」

 

 まぁ、確かにお隣の鎮守府とはあまりちゃんと連携出来ているとは言えないとは思う。

 お互いに作戦行動計画をやりとりしている訳でも無いから。

 一応担当する作戦は決まっているから、あまり問題にはなっていないけど。

 

「定例会議とか開けば良いじゃ無い、向こうは、気軽に寄ってくれって言ってたし」

「hum…」

 

 市場に買い物に行くと、たまにお隣の鎮守府の艦娘達と出会う事がある。

 大概がちょっと挨拶をする程度だ。

 しかし、瑞鶴さん、翔鶴さんには何故か気に入られてしまったらしく、会う度にちょいちょいとお菓子だの、果物等をくれたり、露天でお茶に誘われたりする。

 そう毎回貰い物をするのも気がひけるので、断ったりもする。

 というか、頭撫でようとしたり、膝にのっけたり、頬ずりしたりしようとするので、本当に勘弁して欲しい。

 しかし、妹達へのお土産にと言われると、ちょっと断り切れないのが困る。

 それに、もの凄い笑顔で誘われて、断るともの凄く寂しそうな顔をされるので、更に断りにくい。

 

(司令官が一緒だと楽なんだけどなぁ)

 

 あの二人も、流石に司令官が一緒だとある程度は気を使うのか、誘ってはこない。

 事ある毎に鎮守府に誘われるのだが、流石によそ様にお邪魔するのは気がひけるし、司令官が心なしか嫌そうな顔をしているので、それだけは丁重にお断りしている。

 勿論、あくまでも礼儀正しくだが。

 夕涼みのお散歩が終わると、消灯時間だ。

 夜番以外は早々に眠る。

 敵襲があれば都度叩き起こされるし、もっと頻繁に神通さんの召集訓練が入るのだから、早寝するに越した事はない。

 歯磨きをして、ハンモックによじ登る。

 これが、最初は結構難しかった。

 乗り損ねてぶら下がったり、転げ落ちたり、やっぱりもうちょっと背丈がほしいと、改めて思ったものだ。

 しかし、一度収まってしまえば、至極快適である。

 程よい浮遊感と涼しさ。

 これはふかふかのベッドでは得られない感覚だ。

 すきま風所じゃない開放的溢れる宿舎もこう言う時は良いものである。

 ま、でかい虫だけはまだちょっと慣れないけど。

 

 

【明けない夜の中で…】

 

 

 誰かが闇の中叫んでいる。

 敵だ、敵艦が居るのだ。

 光を照らさねばならない。

 爆音と衝撃。

 少しでも長く、時間を。

 探照灯をつけて走り、消しては走る。

 砲撃する、魚雷は撃てない。

 もう音が聞こえない。

 光と衝撃によろけながら跳ぶ、這う、跳ね起きる。

 一際大きな衝撃が全身を叩く。

 罠にかかりもがいていた敵の首が跳ね跳び、動かなくなる。

 滑る様に闇に同化する神通さんの反対側に走り、探照灯を再点火する。

 今までで一番激しい衝撃が襲い、最後の設置式探照灯が吹き飛んだ。

 周囲が完全な闇になる。

 まだ、司令官の“声”は聞こえている。

 大丈夫。

 だが、そろそろ速力を維持するのも限界だ。

 そこら中、深海棲艦の残骸だらけで走りにくい。

 一瞬、意識が途切れた後、浮遊感と激しい衝撃に覚醒し、地面か壁か何か分からないものに何度も叩きつけられる。

 探照灯が砕け、体がふっと軽くなった。

 

(あ…錨取れた?)

 

 世界が私の上に落ちてきて、全てが遠くなる。

 竜骨が歪む音だけが耳障りだ。

 静寂の中、誰かの声が聞こえる。

 

「すまない…すまない…すまない…」

 

 頭に閃光が走り、何も、何も聞こえなくなる。

 残されたのは絶望と絶対的な孤独感。

 存在が圧し潰される。

 消えてゆく。

 

 一人、独りだ。

 それも…

 




 次回、流行病の黒潮病でちまたを騒がしているあの子が登場。


【The wornick、AmeriQual、Sopaco社及び、Natickの名誉の為…】

 暁達が食べていたMREですが、アレは民間払い下げ品で、消費期限がとうに過ぎていた代物です。
 今日日のMREは、ものによりますが、結構マシなものになっているらしいです。
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