深海戦線 ~ポイントX撤退作戦~   作:八切武士

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 溜まったので投稿…
 不知火さん達の疑問に、青葉さんがまるっと、お答えしちゃいます!

 まぁ、書いてる人間のせいで、かなり回りくどくなってますけどね。

 しかし、今回特に本文中の脚注が多くなってます。
 ちょっと、本文に入れるにはうっとうしいかな…

 後書きに纏めるとか、別のページ作って追加していくとか、何処かに纏める形式の方がやっぱり良いのでしょうか?


 【第六話 ザ・グレート ハマの伝説】

【単冠湾泊地・オフィス】

 

 

「こんばんは、せいが出ますねぇ」

 

 キーをたたく音と、PCのファンが回る音しか聞こえないオフィスに、不意に元気な声が響いた。

 肩を叩かれた不知火は、さり気なく艦籍管理システムの画面を、勤務管理表の入力画面に切り替える。

 

「何か、ご用でしょうか?」

 

 気安く肩を揉んでくる手を無視して、肩越しに振り返ると、青葉がにこにこと笑っている。

 

「いやいや、堅いですねぇ、金剛さんのお茶会で、ほんの時たまご一緒する仲じゃあないですか」

 

 突っ込んだら負けである。

 

「まだ、作業が残っておりますので、失礼」

 

 言い捨てて戻ろうとすると、後ろから抱きつかれた。

 右耳の辺りに頬が押し付けられ、マウス操作を奪われる。

 ひょいひょいと画面が操作され、艦籍管理システムが切断された。

 

「xxxxxxxxx」

 

 耳朶に囁かれたコードに、不知火は動きを止める。

 調べようとしていた、あの潰れた艤装に記されていたコードだ。

 

「まぁまぁ、これなら翌日以降でも問題ないじゃないですか、青葉の取材にちょっとおつきあい下さい、損はさせませんっ!」

 

 右に横目を向けると、普段と変わらぬ青葉の笑いがある。

 しかしながら、近い。

 

「お茶でもしながらどうでしょう?」

「取りあえず、離れて頂けますか」

 

 ますます、しがみつかれた。

 

「いやいや、取材受けていただけるまで、青葉は離れませんよ!、不知火ちゃん呼吸しちゃいますからね…おや、いい匂いですねぇ、くんかくんか…シャンプー変えました?」

「…」

 

 

【単冠湾泊地・職員(艦娘)宿舎】

 

 

「で、情報検索しに行って、情報発信機を拾ってきたと」

「いやぁ、たまにはパジャマパーティーって言うのも良いものですねぇ」

 

 陽炎はにこにこしながら、ドーナツをかじっている青葉を見る。

 本当にパジャマ姿だ。

 陽炎、不知火、黒潮も寝間着姿で、小さな机を囲んでいる。

 

「どうでもええことやけど、そのかっこで、ここまで来たん?」

「いやぁ、流石にちょっとした寒かった(※)ですねぇ」

 

 

<----- ※ちょっと寒かった ----->

 

 ここは択捉島です。

 夏でも平均気温は16℃、冬場はー6℃前後。

 旭川等に比べれば寒暖の差は無い方でも、夜になれば夏でも寒いと言われる場所。

 

<----- ※ちょっと寒かった ----->

 

 

「でも、パジャマパーティーにパジャマで来なくてどうするんですか、まかり間違って、ジャージでも着てきた日には、林間学校か、修学旅行になっちゃうじゃないですか!」

 

 ドヤ顔で珈琲を飲む青葉に、陽炎、不知火、黒潮は顔を見合わせる。

 

「で、広報部の課長さんが、何の用かしら?」

「取材、と言いたい所ですが、今夜は少し、歴史の勉強でもどうかと思いまして」

「お勉強?ほんまに学生のノリやねぇ」

 

 青葉はペーパーナプキンで指を拭い、無言でねめつけている不知火ににっこり笑いかける。

 

「ええ、たまには先達の活躍知るのも良いものですよ」

 

 青葉は一葉の写真を取り出した。

 若干、古さを感じさせる色合いのカラー写真。

 そこには、浅黒い肌をした逞しい中年男性と、6人の艦娘が写っている。

 

「第六駆と…うちの第4艦隊と同じ構成ね?」

「なんや、トロピカルな場所やねぇ」

 

 写真の背景は真っ白い砂浜に碧い海。

 砂も茶色っ気なださらさらない、混じりっ気無しの白砂だ。

 正に南国であった。

 

「家族写真ですね」

 

 しばし黙って写真を見つめていた不知火が、ぽつりと呟いた。

 一寸不服そうな暁を抱き上げた男性を中心に、左には電と雷の肩に後ろから腕を回した夕張。

 右手前には横目で暁を見ている響。

 その背後、男性の傍らには神通が寄り添っている。

 

「こんな風に笑うんだねぇ」

 

 陽炎が言い放った口調には、何故か感嘆の響きがあった。

 

「いやいや、神通はんかて乙女やさかい…ほんと、ええ写真やね」

 

 陽炎を窘めた黒潮は、頬に手を当て写真に見入っている。

 結構気に入ったらしい。

 

「…この提督、何か見覚えがありますね」

「おや、さすがは優等生、座学にも落ち度がありませんねぇ…いや、誉めてるのに睨まないで下さいよ~」

「それ、その子基準じゃ普通に見てるだけよ」

「ああ~、そうですか」

 

 中途半端に拍手の体勢のまま固まっていた青葉は、もう一つドーナツを取り出した。

 

「この提督はん、有名な人なんえ?」

「うーん、まぁ、こっちの写真は普通出回ってませんからね、取り敢えず、第一次上陸侵攻戦は知ってます?」

 

 ピンと来ない様子の黒潮に、青葉はドーナツを一口かじってから水を向ける。

 

「ああ、それなら有名な話やさかい、知っとるよ」

「確か、深海棲艦が初めて上陸の為に纏まった戦力を動員した作戦よね、ま、失敗したけど」

「ですです、流石にこれは有名ですね」

 

 陽炎は机に肩肘をついてホットココアを飲む。

 

「そやねぇ、確か、む…なんや毒霧吐きそうな名前の提督はんの名前習った気ぃするんやけど、思い出せんわぁ」

「牟田浜ですね、恐らく」

「おおーう、流石ですね、黒潮さんも間違っては無いですね、あっちじゃ、あの人グレート・ハマとか呼ばれてるらしいですから」

「で、その作戦が何なのよ…ふぁ、珈琲にしておけば良かったかな」

「お、良いですね珈琲、いれましょう」

 

 大欠伸をする陽炎の前で、青葉はにっこりしてマグカップを振る。

 ため息をついて、不知火が立ち上がり、マグカップを取った。

 

「およよ、催促したみたいで恐縮です」

「それ以外の何だってのよ、不知火、私のも~」

「うちも欲しいわぁ」

 

 改めて全員分の珈琲が用意された。

 

「さて、改めてですが、当時、侵攻対象となったバラック島、ここには二つの鎮守府が駐留していました…」

 

 バラック島、面積231キロ平方メートル、当時人口2,000人。

 島の南、ウェリントン湾泊地には4提督、4艦隊を擁する大規模な鎮守府(※)が置かれ、島の北側、ヤシロビーチにはかの牟田浜水雷戦隊が単独で駐留していた。

 

 

<----- ※大規模な鎮守府 ----->

 

 素材を用意して“喚べ(よべ)”ば実体化する現在と異なり、当時は艦娘を顕現化するには、予め作成された艤装に提督が“降ろす”必要があった為、運用される艦娘の数は少なかった。

 

<----- ※大規模な鎮守府 ----->

 

 

「ビーチ?泊地じゃなくて」

「バラック島の北側は、小さな砂浜以外は、磯場でしてね、港って言う所じゃ無いんですよ」

「まぁ、ウチら、海に降りられれば別にええからねぇ」(※)

「ま、気分は出ないわね」

 

 

<----- ※海に降りられれば別にいい ----->

 

 喫水を気にしなくて良いのは、艦娘運用上の利点である。

 

<----- ※海に降りられれば別にいい ----->

 

 

「で、南のウェリントン鎮守府が水上護衛、牟田浜水雷戦隊が近海の対潜哨戒を任務としていた訳ですが…」

 

 最初は北から忍び寄る深海棲艦の動きから始まった。

 接近する多数の深海棲艦を最初に発見したのは、ミカサ・クリフの上で目視哨戒を行っていた雷である。

 雷は直ちに牟田浜提督へ一報。

 真っ直ぐヤシロビーチを目指す敵の進撃速度から、敵襲まで30、いや、20分の猶予も無いと悟った牟田浜は、通信担当の響にウェリントン鎮守府への一報を任せ、その間、可能な限りの迎撃準備を行った。

 

「そう言えば、いきなり海上戦諦めたんだっけ?」

「元々対潜装備で、換装したとしてもメイン火力が神通、夕張の20.3cm連装砲ですから、連合艦隊二つ以上の戦力相手じゃ足止めも無理、って判断立ったんでしょうねぇ…ま、それだけじゃ無いですが」

 

 牟田浜水雷戦隊からの警告を受けたウェリントン鎮守府は即座に総力出撃の準備に移ったが、深海棲艦はヤシロビーチを攻撃後、或いはそのまま島を迂回してウェリントン湾泊地を襲撃するものと予測していた。

 その為、五分後に牟田浜水雷戦隊へ折り返し入電を入れ、深海棲艦がどちら周りで侵攻するか報告されたし、と告げている。

 

「それまで、深海棲艦が群れで陸をてちてち歩くなんてなかったさかいに、しゃあないおもうわぁ」

「敵、上陸目標、ヤシロビーチ…でしたね」

「です、事実上最後の通信でした」

 

 ヤシロビーチに上陸した先発の駆逐級(脚付)は恐らく、砂浜に埋没されていた爆雷の洗礼を受けた。

 後に、此処では下半身が激しく損傷した駆逐級が3、それに加えて上面に砲撃痕のある軽巡が2見つかっている。

 その後、砂浜を突破しジャングルへ続く隘路を登る敵に対して激しい砲撃と爆雷の投下(坂道転がし)が行われ、古代の城攻めの様な光景だったろうと言われている。

 此処では急所を撃ち抜かれた駆逐級3、砲撃と爆破痕で原形を留めていない重巡1が発見されている。

 ここまでの激しい戦闘の音、それにありったけ点灯された探照灯の光に、ようやくウェリントン鎮守府も、これが今までにない本格的な地上攻撃である事を認識した。

 しかし、陸路を横断して参戦するのは余りにもリスクが高い(※)と判断され、海上を最大船速で回り込んでの攻撃が採用された。

 もし上陸されたとしても、背面からの攻撃となり、若干の利が得られるとの読みからである。

 

 

<----- ※余りにもリスクが高い ----->

 

 地上での移動の遅さ、及び地上戦の経験など存在しない為。

 

<----- ※余りにもリスクが高い ----->

 

 

「でも、これってさ、街の防御はがら空きにしたって事だったんだよね」

「まぁ、悪い方に転べば大虐殺だったでしょうねぇ」

 

 手漕ぎボートまで動員して隣島への避難が実施される中、島の南では戦闘が続いていた。

 驚くべき事に、牟田浜水雷戦隊は4倍以上の戦力差を持った艦隊に対して、未だ組織だった抵抗を続けていたのだ。

 しかし、その後、上陸部隊の支援の為、海上に残留していた戦艦から間断無く放たれた艦砲射撃、そして空母からの徹底的な絨毯爆撃。

 ジャングルを消し去り、ミカサ・クリフを崩落せしめる程のそれらが、牟田浜水雷戦隊の運命を決した。

 

 

「でも、深海棲艦達は時間をかけ過ぎました…」

 

 

 多大な弾薬を消費し、随行の水雷戦隊の大部分を喪失した深海棲艦の脇腹に遅れて到着したウェリントン鎮守府の4艦隊が襲いかかったのである。

 短く、激しい夜戦が行われ、火力を発揮出来ないまま深海棲艦達は沈んでいった。

 

「撤退する深海棲艦に追撃は行われましたが、最大船速維持の為に燃料を使い過ぎていた為、途中で断念せざるを得なかったそうです」

 

 夜が明けてみれば、民間人の被害は避難中の混乱によるもの以外は無し。

 ウェリントン鎮守府の艦隊は大破2隻、中破3隻、小破4隻と、戦闘の規模の割にかなり軽微なものに留まった。

 島自体への被害も南側のジャングルが丸裸になり、クリフ(崖)が崩落した跡が荒れ地になった程度で、市街地への被害は皆無である。

 

「我が身は鋼、我が身は城、我沈むとも護国の壁と化さん…」

「“最初”の大和さん(※)の言葉ですね」

 

 

<----- ※“最初”の大和さん ----->

 

 最初に顕現が確認された大和型。

 呉鎮守府にて入渠中、大規模空襲を受け、大破着底しながら、最後の一発まで砲を撃ち続け、最期はドックごと吹き飛んだ。

 投入された敵戦力は大きかったが、大和型を目標にした攻撃だった為、鎮守府全体としての損害は軽微であった。

 

<----- ※“最初”の大和さん ----->

 

 

「で、牟田浜はんはどないしてもうたんえ?」

「最期、爆雷を満載した高速ボートで敵旗艦に特攻して果てた…」

「どんだけよ!?」

「なんて、無責任な噂も有りましたが、実際は浜辺に集積されていた燃料に着火して、最後の最後まで上陸を阻止せんとされていたらしいです、いや、巻き込まれたタ級は明々とよく燃えて、実に良い的だったとか」

「むちゃくちゃなのは変わらへんなぁ」

 

 牟田浜提督が元々、陸上自衛隊の出身者で、かつレンジャー資格を有している程の猛者であった事。

 その牟田浜提督の経験を取り込んで、日常的に陸戦訓練が実施されていた事。(※)

 訓練設備として、ジャングルと海岸にブービートラップが常設され、実戦用として簡単に転用可能であった事。

 牟田浜水雷戦隊の特異性と、状況がたまたまがっちりとかみ合った結果であった。

 

 

<----- ※日常的に陸戦訓練が実施… ----->

 

 今日は海が荒れていますから、陸で遊びましょう…とか。

 

<----- ※日常的に陸戦訓練が実施… ----->

 

 

「ま、あとは深海棲艦が退き際を見失って、馬鹿撃ちしてくれたって言うのも有るんですけどね」

「そりゃ、楽勝やと思うてたのに、出せば出しただけ、ジャングルから帰ってきーひんとか、もう、ホラーの世界やしなぁ」

 

 

 状況が落ち着いた後、牟田浜水雷戦隊の捜索が行われたが、ジャングルへの砲撃、爆撃が余りにも凄まじく、艤装のひとかけらすら発見できない状態だった。

 徹底的な破壊を免れていたビーチから、牟田浜提督の装身具がかろうじて発見され、後年、ミカサ・クリフの数百トンの土砂の下から、暁型の艤装だけが発見される事となった。

 

「ちょ、まさかそれが?」

「はい、あなた達がアレしようとしたソレです」

「たまげたわぁ」

 

 

 牟田浜提督が所属していた、陸上自衛隊の元隊では追悼式が執り行われ、又、後に紅綬褒章が授与された。

 

 

「ま、それ位あってもいいでしょ、流石にさ」

「そうですねぇ、占拠されてたら、歴史上最初に港湾棲姫が顕現してたかも知れませんし、ついでに、この後から陸自関係者からの提督志願者が結構増えましてね…あと、陸自所属の上陸事案対応艦娘部隊が出来たのもこの事件が切っ掛けなんですよ」

「へー、大したおっちゃんやなぁ」

 

 改めて写真に目を落とす。

 それだけの偉業を成し遂げた提督と艦娘。

 平和な家族写真からは想像がつかない歴史だった。

 

「でさ」

「はい?」

 

 一番最初に顔を上げた陽炎が、沈黙を破る。

 

「何で、そんなもんが、うちの倉庫に押し込まれてた訳?」

「うん、そやね、よけい気になるわぁ」

 

 一気に空気が緩んだ。

 

「あ~、まぁ……」

 

 青葉は意味もなく周囲を見回した後、腕を組む。

 

「そうなるな」

「なにがよ…ったく」

 

 脱力した顔で、陽炎が珈琲を啜る。

 すっかり冷えてしまっていた。

 

「ま、冗談はさておき」

「ここにある直接的な理由は、不知火さんが既にお知りなので、後で補完して頂くと致しまして」

 

 青葉はごそごそとドーナツの箱を探り、思い直した様に引っ込める。

 

「うちの提督が関係者だからだと、青葉は睨んでおります」

「睨んでる?」

「恐縮ですが、青葉だって都合良く全てを知っている訳では無いのです」

 

 胡散臭そうな顔をする陽炎に、青葉はわざとらしくため息をついてみせる。

 

「それはそうと、うちの赤巻提督が関係者というお話なんですが、牟田浜提督って、赤巻提督の弟子なんですよ」

「弟子?…ですか」

「そう言えば、あのじーさん、沢山後輩居るわよね」

「そや、そや、お中元の時とか、後輩の提督はん達からぎょうさん届きはって、一緒に仕分けした時、赤城はん嬉しそうにしとったわぁ」

 

 弟子という言葉に、不知火が反応する。

 

「今や、防衛大学に専門科があって、専門学校もあったりしますけど、あの頃は基本どこかの鎮守府で実務経験積んでっていうのが正道(※)でしたからねぇ」

 

 

<----- ※実務経験積んで… ----->

 

 艦娘を養うのに資格は要らないが、提督として鎮守府を運営するには、それなりの国家資格が必要である。

 とは言え、才能(妖精さんが見える等)が無いとそもそもなれない職業である為、人員不足による超法規的処置(特例としての資格付与、試験免除等)は結構頻繁に行われていたりする。

 

<----- ※実務経験積んで… ----->

 

 

「当時はやれる人間が手当たり次第に提督やって、国も半分やけくそでそれを支援してましたから、鎮守府乱立でかなりカオスな状態だったんですけど、その中でも海自出身者は流石に割と纏まっていてですね、初期参戦組の赤巻さんは何人も自分の鎮守府で海自の後輩達を提督として鍛え上げてきたのです」

「でも、牟田浜さんて、元陸自よね?つてとか無いんじゃない?」

 

 陽炎の指摘に青葉はにっ、と笑ってマグカップの縁を指先で撫でる。

 

「相当頼み込んだらしいですよ、しまいには、鳳翔さんの店に雇って貰って、板前やりながら毎日交渉したとか」

「へぇ…」

「そう言えば電さんから、聞いた事ありますね、甚五郎さんのお弟子さんで料理のうまい提督さんが居たとか」

「ああ、電ちゃんなら知ってるか~、長いもんね」

 

 不知火の呟きに、陽炎は外したヘアゴムをくるくると回しながら天井を見上げる。

 実際、電は神威鎮守府では最古参の艦娘であった。

 

「牟田浜はん、随分ときばりはったんやねぇ」

「どうせなら、最高の人に師事したい、そういう志があったって話ですから」

「最高…ねぇ」

「陽炎?」

「あー、今のはこの子基準でも、マジ睨みよ」

 

 陽炎は不知火の視線を笑って受け止めながら、青葉に手をひらひらさせる。

 

「おおう、こわいこわい…と、で、結局、真面目で優秀な方でしたから、赤巻さんには相当可愛がられたらしいです、なので…牟田浜さんと、戦隊の艦娘達に死後贈られた紅綬褒章の授与式に代理で出席されたりしてますね、あの方ご遺族、居ませんでしたから」

 

「そないな話、しらんかったわぁ…でも、そんな自慢のお弟子はんなのに、全然、話聞いた事ないのおかしない?」

 

 黒潮はちょくちょくスーパーのセール時間に電と一緒になって雑談する事があるのだが、その時、甚五郎の弟子達との親交エピソードがぽつぽつと混じる事がある。

 牟田浜水雷戦隊程のエピソードがあれば、もう、何回か聞いていてもおかしくは無い筈であった。

 

「ま、電さんは気を使ってるんでしょうねぇ、提督にしてみれば、自慢する気にはならないでしょうから」

「ん?こないな凄いお人やのに?」

 

 黒潮は首を捻る。

 赤巻は“ワシが育てた”的な物言いをする人間では無いが、弟子の功績については割と普通に賞賛する方だ。

 まぁ、ついでに面白エピソード(下ネタ含む)を添える枕詞になっている事も多いが、親しみの表れと解釈出来る程度の事である。 電にも披露できる、懐かしい話の一つや二つはあった筈である。

 

「不知火、どう?」

 

 陽炎は、じっと机の上の牟田浜水雷戦隊の集合写真を見つめている不知火に水を向けた。

 

「…確かに牟田浜水雷戦隊は歴史に名を刻み、提督は偉人になりました、でも、それをこの人は喜ばない」

「流石、提督のお気に入り、分かってますねぇ」

 

 不知火の探る様な視線にうんうんと頷き、青葉はドーナツを一つ取る。

 

「小規模な鎮守府程、結びつきは濃いものがありますが、牟田浜水雷戦隊は、牟田浜さんに係累が無い事もあって、殆ど鎮守府が家庭というお人でした…作戦の為とは言え、“家族”が死んで行く“声”を聞いていた(※)気持ちはどうだったでしょうね」

「そやなぁ、そういうお人だって、知ってはるから…」

「世間が身勝手に持ち上げりゃ、持ち上げる程、あのじじい、気にくわなかったでしょうねぇ」

 

 

<----- ※“声”を聞いていた… ----->

 

 直接精神的なリンクを構成している艦娘が損傷を受けたり、失われたりすれば、提督の精神もそれ相応の動揺を受ける。

 一度に艦隊を丸ごと失った提督がショック死したり、死なないまでも廃人になった事例も報告されている。

 又、艦娘の最期の言葉が脳裏を離れず、PTSDを患う提督も多い。

 提督も精神的には常に前線に身を晒しているのだ。

 

<----- ※“声”を聞いていた… ----->

 

 

 陽炎は半眼になりながら、すっかり冷えた珈琲を飲み干した。

 

「あの暁の艤装も、“成仏”できない艦娘のサンプルとして収容されるか、博物館の目玉になりかけたんですけど、赤巻さんが無理矢理手近の庁舎まで持ってきてたものですからね、流石に鎮守府までは無理だったみたいですけど」

「ああ~、ここにあっちゃいけないのね」

「お察しが早くて助かります」

 

 合点がいった様な顔で頷いた陽炎に、青葉はにっこり笑って会釈する。

 

「今現在、管理備品が白昼堂々消えたって事で、それなりに騒ぎになってますから…念の為、うちから不用意にアレに関する情報へアクセスしたり、噂したりされるの嬉しくないんですよねぇ、疑われる要因が一応ありますんで」

「これ、あかんやつや…とか、龍驤はんなら言いそうやねぇ」

「ま、そう言う事なので、恐縮ですが、アレについて公言するのは避けて頂けると、青葉嬉しいなぁ」

 

 両手を合わせてくねくねする青葉に、陽炎はげっそりした表情になり、不知火を横目で見た。

 不知火が頷くのを確認してから肩を竦めて見せる。

 

「わざわざ危ない橋を渡る気は無いわよ」

「恐縮です、ご協力感謝、感謝」

 

 陽炎の言葉に安心した様にドーナツにかぶり付き、青葉は携帯を確認する。

 

「おっと、もうこんな時間ですね、さて、青葉そろそろ眠くなってきちゃったので、帰りますね」

「私の布団は何処ですか?とか言われなくてほっとしたわ」

「いやいや、青葉そこまで常識知らずじゃ無いですよ?」

「どうだか」

 

 テーブルに片肘をついた陽炎に、青葉は大げさに嘆いてみせるが、疑わしげな表情は晴れない。

 

「陽炎ちゃん、あんまりいちびったらあかんて」

「まぁまぁ、何かありましたら、青葉までご連絡下さい、こちらからも、何かご協力をお願いするかも知れませんからねぇ…ふふふ、あなた達は知ってしまいましたからね」

「ほら、こんなじゃない」

 

 流石に少し窘める黒潮に、陽炎は憮然とした顔を向ける。

 

「分かりました、不用意な行動は控えます、ご協力も私が出来る範囲なら…しかし、知った為と言うなら、結末も知りたいものです」

「あー、はい、恐縮ですぅ、勿論、私もできる範囲で善処させて頂きますとも、ご納得頂けて良かったですよ~、あ、多めに買ってきてありますから、残りのドーナツ召し上がって下さいね、ではでは」

 

 ばたばたと、薄着のまま外に飛び出して行く青葉を、見送り、ドアを締めた黒潮が振り返る。

 

「寒ぅないんかなぁ…」

「さあね、取りあえず、すっかり忘れてたけど、不知火、最初から話して貰うわよ、あ、でも取りあえず、珈琲入れて」

「そやね、何だか色々な意味で冷えてしもたわぁ」

 

 陽炎は青葉の置き土産のドーナツを一つ取り出して、ぱくりと囓る。

 飾り気の無い、オールドファッションだ。

 

「あんまり食べると太ってまうよ」

 

 言いつつ、黒潮も一つ取った。

 ジェリードーナツだ。

 

「そっちのがよっぽど太るわよ」

「…クルーラーのをどれか取っておいて下さい」

「よーし、珈琲番の権利として、認めましょう」

 

 一言、言い置いて、不知火は席を立った。

 お湯を沸かしながら、考える。

 今回の件で、あの艤装の残骸が持つ役割とは何なのだろう。

 あの、候補生がわざわざここに持ち込んだ事には何らかの意味がある筈だ。

 

(…とは言え、今は動けない)

 

 一応、調べれば分かった筈の事は、青葉が話してくれた通りだろう。

 青葉がどういう立場に居るのか、不知火には分からない。

 今は、聞いた事から考える。

 まだ、胸騒ぎは収まらない。

 




 しかし…特に小説とは関係ありませんが、川内さんがバシー海峡に沈みました…orz

 そんな事があった後に、熊野さんに、

「夜戦・・・どこかのバカが好きでしたわねぇ」

とか、同じバシー海峡で言われると、川内さんが沈む前とは意味が変わっちゃって、思った以上に心が抉られます。
 覆水盆に返らず…まだ、手を艦娘の血で染めてない提督はそのまま心がけで、殺ってしまった提督は、疑わしきは撤退を改めて確認しましょう。
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