最初の部分、一寸だけ時間が巻戻ります。
・提督大いに困るの巻。
・陸奥おねえさんと、金剛お…姉様の怪談。
・長門、今日くらいは一緒に飲もう、の巻
秘密基地って、憧れますよねぇ。
【単冠湾泊地・司令室】
「あぁ?俺の別荘が使いてぇだぁ?」
「そうだ、この鎮守府で戦艦級を監禁出来る場所はあそこだけしかあるまい」
赤巻甚五郎は頬杖をついたまま、腕を後ろに回して直立している長門を見上げた。
「で、俺はさっきなんつったよ?」
「……」
唇を引き結んだ長門は真っ直ぐ前を見ている。
甚五郎もその顔をじっと、眺めている。
「……お休みをとれ、ですね」
鳳翔がぽつりと呟いた。
そのまま、小一時間が過ぎる。
「あら、もうお十時、そろそろお茶をお入れしますね」
それぞれ茶を前にして、更に無言が続いた。
無言で干された湯飲みが突き出され、鳳翔は茶を煎れ直す。
長門の前の茶請けは乾き、茶はただ冷えていた。
「提督?うちの子だけど……あらあらやっぱり」
更に暫くして司令室のドアを開けたのは、陸奥だった。
一目で状況を読み取ったらしく、腰に手を当てて思案顔になる。
「いいとこにおいでなすったぜ、ちゃっちゃとこの駄々っ子、引き取ってくれや」
額に手を当て、追い払う様に手を振る甚五郎の様子に、陸奥はため息をつき、提督の傍らに立つ鳳翔に目をやった。
可愛らしく手を合わせて拝んでくる彼女の様子に、陸奥も苦笑いして、長門の背後から頭を下げる。
「で、この子何を欲しがってるのかしら?」
「……頼むわ」
「はい、実は……」
疲れた顔で茶を啜る甚五郎に横目を送られ、鳳翔は一通りの状況を陸奥に説明する。
「そう、あの部屋にねぇ」
陸奥は思案しながら、長門の顔を見た。
陸奥が入ってきてからも、長門は微動だにせず、姿勢を保っている。
「提督、使わせてあげたらどうかしら?」
「あ?」
目を剥いた甚五郎に、陸奥はデスク越しに上体を傾け、ひそひそと何事か囁く。
「こう言うのはどう、どうせこの子放って置いたら、一日中突っ立ってるわよ」
「ふん」
陸奥の囁きに、赤巻はしばし顎髭をしごいて考えていたが、ややあってから肩を竦める。
「しゃーねぇ」
デスクの袖机を開け、中から一枚の書類を引っ張り出した。
必要事項を書き殴って承認印を押印し、机の上を滑らせる。
ひょいと手を伸ばして止めた長門は、それが施設使用許可証であるのを見て眉を顰めた。
「しよー許可証だ、もんくあっか?エスコート付きなんてぜーたく言わねーで、てめぇの足で行ってこい」
長門は、心配顔で見つめている陸奥に目をやり、深く息をつく。
「……いえ、感謝致します」
「おう、冷蔵庫のビールは好きにやれや」
きっちりした敬礼を決め、長門は司令室を後にした。
ここまで、曙が殴り込んでくる半日前の出来事である。
【単冠泊地・大深度地下施設 警備室】
基地地上施設から下ること深度50m。
そこには、作戦室、弾薬、燃料、資源等の各種保管庫、入渠ドック、自家発電設備、普段は屋内運動場として使用されている避難区画等、単冠泊地を機能させる為に最低限必要な予備施設が詰め込まれている。
そして、そこから更に専用エレベーターで50m…深度100m。
長門が要求した施設はそこに設置されていた。
天井、床、壁を厚さ3mの特殊鋼で覆い、更に10mのコンクリートで包み込んだ小部屋。
入り口には厚さ3mの金属扉がはめ込まれている。
更に、直通エレベータから続く通路には、入り口と同様の作りの扉が三重に設けられ、厳重に封印された代物。
本来は基地が核攻撃を食らおうが、バンカーバスターをねじ込まれようが提督を保護し、経戦能力を維持する為の施設である。
ただ、その頑丈さから、艦娘を監禁する為の施設としても転用可能に作られてもいた。
艦娘を物理的に縛る。
そもそも、艦娘というものを知らぬ者の発想であり、卑しくも“提督”を名乗る者なら鼻も引っかけぬ考え。
上記の様な甚五郎の思想的背景もあり、懲罰としてこの提督用シェルターに収容された艦娘は存在しない。
むしろ、姦しい艦娘達を避けて、休憩中に提督が逃げ込む“秘密基地”に興味津々な者の方が多い程である。
実質、基地内に設けられた提督用の官舎の様な扱いを受けている施設だ。
「割と、居心地は良さそうよね」
陸奥は余り快適とはいえない椅子の上で身じろぎした。
室内には監視モニタが数台、作業端末が二台、折り畳みの簡易寝台が四つ、簡易キッチン、燃焼式トイレが二つ。
後は備蓄品があちこちの収容に。
ここは、専用エレベーターから降りてすぐの場所に備え付けられた、提督の副官用避難所兼警備室だ。
勿論、秘書艦ではなく、人間の副官用である。
ついでに、陸奥の感想はモニタの中の映像に対するものであった。
モニタの中には提督用シェルターの内部が映し出されている。
艦娘用監禁室機能の名残だ。
ちなみに、提督のアカウント権限があれば、監視を切断出来る為、普段は切られっぱなしになっている。
シェルター内は落ち着いたアイボリーの壁紙が貼られ、簡易じゃないキッチンにバーカウンターまで備え付けられている。
スウィートルームとは行かないまでも、一応、“高級”ホテルとつけても否定はされない程度の内装となっている。
無いものを挙げるなら、水を馬鹿食いする風呂くらいのものであった。
そんな部屋の中心で、長門は膝を抱えてカウチソファの上にのっている。
長い間、ピクリともしていない。
ずっとそのまま、恐らく睡眠をとっている時でさえそのまま目を閉じるだけだ。
唯一、その姿勢が崩れるのは眠りが夢によって破られる時。
叫びと共に夢から放り出された彼女の顔に浮かぶのは絶望に怯え、途方に暮れた子供の様な顔。
それが、認識を取り戻すにつれて、自嘲と諦めの様な色に染まるのを見つめる。
音声は切ってある。
四重の扉が、あの叫びを遮ってくれるのがせめてもの救いだ。
電子音がエレベーターと来客の訪れを告げる。
「陸奥、Are you ok?」
「まあまあね」
振り返って軽く受け流した陸奥の顔を金剛は十秒間じっと見つめ、溜め息をついた。
「No!ダメね、全然駄目デース!、Auraがくすんでマース」
金剛はデスクからキーボードを払いのけ、手にしていたピクニックバスケットをのせる。
蓋を開けた瞬間、心地良い小麦とバターの焦げた匂いが漂い始めた。
「sleep、eat、とってない、お化粧だって直してません、私達battleshipは鎮守府の華ネ、いつも綺麗で堂々としてなければならないのデース」
バスケットの中からは、ポーク・パイ、コーニッシュ・パスティ(※)、スープポットが次々に出現し、陸奥はいつの間にか湯気を立てるカレースープが入ったカップを握らされていた。
※両方ともイギリスの伝統的なパイ。
「頭の中一杯で、他の事、考えるの難しい、わかりマス、でも、だから当たり前の事忘れるの駄目ネ」
陸奥はカップに注がれたスープに目を落とす。
具沢山で、少量の米が野菜枠として添加されている、イギリス風のスープだ。
「あなた、妹達にもこんなに過保護なのかしら」
苦笑しながらスープをゆらすと、金剛はにっこり笑い、やがて、それは少しだけ寂しそうな笑いになる。
「あの子達は、もうこんなに手がかからないのデース、ちょっと寂しいですネ、Hurry、Hurry!冷めない内に食べて、チョットだけrestするネ」
人差し指を突きつけられ、陸奥は少しスープに口をつけた。
ほっとする温もりだ。
「あなたには、ここに来た時にもお世話になったわね」
「新しいFriendsとは、美味しいお茶を飲めばすぐ仲良しなのデース」
無邪気に笑う金剛につられ、陸奥に一瞬微笑が浮かんだ。
「あなたはどれ位、私達、いえ、あの子の事を知っているのかしら?」
「そうですネ……長門が昔、“おとなし”長門って呼ばれていた事と、誤射事故があって前の鎮守府が解散になった事は、知ってマース、あ、手が止まってるネ」
急かされて、陸奥はポーク・パイを手に取る。
ぱりぱりの皮がほろりと崩れ、中身のゼラチン部分がとろけてゆく独特の食感。
口一杯に旨味が広がる逸品だ。
「誤射……ね」
「夜間、遠征帰還中の艦隊からの救援要請、夜戦の混乱中の事でしたネ」
何処か困った顔で呟く陸奥に、金剛は補足する。
「轟沈6、大破3、中破3……」
「あの頃は、レーダーがアテにならなかった時代(※)ネ」
※レーダーがアテにならなかった時代
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当時使用されていた従来型のレーダーでは極小目標の深海棲艦や艦娘を効率的に補足出来なかった。
又、艦娘の艤装に搭載される電探は当時から深海棲艦の発見に有効であったが、カバー出来る範囲は狭く、配備数も非常に少なかった。
更に電探に連動する装備として急造された敵味方識別装置(IFF)は信頼性が低く、交戦中の損傷でしばしば故障を起こし、却って古典的な目視による識別が絶対視される結果になっていた。
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「単なる誤射なら、あの子も受け容れられたのかもね」
陸奥のつぶやきを聞きながら、金剛はティーポットを取り出した。
程々に話を聞いている態度は保ちつつ、急かさぬよう。
しばし無言で食事が進み、蒸らし終わった紅茶が注がれる。
「公表されている意外の事があるのは、何となく分かってたネ」
「そうね、普通は砲が撃てない艦娘なんて雇わないもの」
寂しげに笑う陸奥の前で、金剛はにいっと口角を上げた。
「あのくそジジイの奇行はいつもの事ネ、1ヶ月もすればみんな慣れっこデース」
「確かにね」
陸奥も小さくだがクスリと笑う。
甚五郎が思いつきで振るう采配は大当たりする事も多いが、ちょっとした災難を巻き起こす事も多い。
又、正真正銘意味不明でポカンとさせられる指示もある。
端から見ていると、正直凄いんだかそろそろボケて来たんだか、と言った所だ。
「でも、あの子が又、最初の一発を撃てたのは、あの人のおかげ」
「ジジイ間違って無かったネ、sonicboomよりも早く敵が倒れていく……あのLong shot見せられたら、文句言える子居ないデース」
金剛は軽くカップを上げ、漂う香りを吸い込む。
微笑が湯気に溶け、澄まし顔になる。
「そう、あの子は見えるものを撃って外した事は無い、ただの一度も」
陸奥は半分程中身が減ったティーカップを軽く揺らしてからデスクに置く。
「遠征に出していた艦隊から、救援要請が入ったの、ひどく混乱した無線だった……敵の位置が分からない、所属不明艦に攻撃を受けているってね」
ぽつり、ぽつりと話し始めた陸奥の様子を見て、金剛は手を止め、本格的な聞き手の体勢を取る。
「ベテランの龍田が動揺を何とか抑えて近海まで引っ張ってきた、そんな感じだったわ、通信が入る少し前から、提督はひどいめまいに襲われて、満足に指揮が執れない状態になっていてね……だから、現場を完全に任せられる第1艦隊を向かわせたの、あの子が旗艦の艦隊を」
「長門さんは秘書艦だったんですか」
「ええ、好一対だった」
金剛の問いかけに陸奥は微笑み、やがて、表情を消して頷いた。
「そう、信頼していたわ……私達、第1艦隊は要請のあった海域へ急行した、途中で龍田が轟沈して、そこからの無線は途切れ途切れで、悲鳴と悪態、お祈り、砲声とハミング音みたいなノイズ」
陸奥はデスクの上で左拳を右手で強く握り締め、大きく息をつく。
「現場海域では、駆逐の子達が無差別に砲撃していたわ、そして、通信で私達の接近を伝えたら、悲鳴を上げて撃って来た……最初は混乱してるだけだと思った、でも、次の瞬間、水柱が上がって、随行艦の高雄が消えた」
言葉を切った陸奥は、固く目を閉じる。
「純粋な殺意と、絶望、あの子達は、死に物狂いで襲いかかってきたわ、理由はすぐに分かった……私達も気がついたら駆逐級に囲まれていたのよ」
若干、怪訝そうな顔をした金剛に、陸奥は苦笑を向けた。
「撃つな……最初に長門がそう叫んで居なかったら、撃っていたでしょうね、一瞬前までは、そこに駆逐の子達が居たのに」
陸奥は、考え込みながら話を聞いている金剛に、自分の額をつついてみせる。
「最初はノイズ程度だったハミング音がどんどん大きくなって、私達も酷いめまいに襲われた……私達の提督が……そう、何かと、戦っているのを感じたわ、駆逐級とうちの駆逐の子達の姿がぶれて、浮かんでいるのがやっとで、泣き出す子、吐いている子、誰も動けなかった、でも、誰かが撃った」
陸奥は眼を閉じて記憶を探る。
言葉という型に押し込むには散漫に過ぎるそれを、形にしてゆく。
「私は、砲塔が吹き飛ばされた衝撃で我に返った、もう、周りの子達は、みんな戦える状態じゃなかった……見た事あるかしら、私達って艤装さえ無事なら、頭が無くなっても死なないのよ」
感情の爆発を抑え込む陸奥の顔は、何故か薄く笑っている様に見えた。
「あれは清霜だった、うちには夕雲型はあの子しか居なかったから、あの長い髪の毛が無くてもすぐに分かったわ、足をばたばたさせながら、自分の無くなった頭を探して、首の辺りで手を振り回して……磯風と白雪はどうしても見分けがつかなかった、だって、もう」
陸奥はふっと暖かいものを感じ、深い息をつく。
「無理に全部話す必要は無いデース、事情聴取じゃないネ」
陸奥はもう一度深呼吸して、今度は、少しはマシな微笑を作る。
「私が話したいの、久しぶりにね」
拳の上に重ねられた金剛の手を外して居住まいを正し、再度口を開く。
「そんな体たらくの私達の中で、あの子、長門は“敵”を捕捉し、追っていた……混乱を作り出した一発を撃ち、どの僚艦とも違う動きをする艦をね」
少し落ち着いた様子で語り出した陸奥の様子に、金剛は身を引いて、再度耳を傾ける。
「私達の中で、提督と敵が主導権を奪い合う度に、認識がかき乱されたけど、動きではあの子を騙す事は出来なかった」
一瞬、陸奥の表情に熱っぽい、純粋な賞賛が浮かぶが、すぐにゆがんで消えた。
「逃げようの無い近距離に追い込んで、撃った……その射線上に全速で生き残った駆逐の子達が割り込んで来たのよ」
壁に掛かった時計の秒針が、カタカタと時間を刻んでゆく。
「徹甲弾だったから、大穴が開いた訳じゃ無いわ、二人分の艤装を綺麗に貫通しただけ……三人目は無理だったわね、手傷を負って逃げる敵を、私も撃ったけど命中しなかった、そして、頭の中が妙に静かなのに気付いたわ」
目を上げた陸奥は、心配そうに見ている金剛に首を振る。
「提督は、意識を失って……多分、最後に、二人の轟沈と、長門の動揺が伝わって均衡が崩れたんだと思う、あの子は抱きついている朝潮を抱えて、沈む大潮を見つめていたわ、二人共、体と艤装に向こう側が見える穴が開いて」
陸奥は無表情で見返している金剛に笑いかける。
感情の枯れた、乾いた笑い。
「砲弾も魚雷も撃ち尽くして、満足に動かせもしない身体で、それでも、あの子達は“仲間”を逃がそうとした、だから、長門は最期にあの子達の事を誉めて上げていたの」
カップを手に取り、冷え切った中身を干す。
「提督は中々意識が戻らなくてね、鎮守府は散り散りになった……何より、私達がもう戦える状態じゃなかったしね、“陸に上がった”子も居れば、病院から工廠に直行した(※)子も居たわ」
※病院から工廠に直行した
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タガの外れた艦娘を長期間収容可能な施設は存在しない為、精神の平衡を永続的に欠いてしまった場合の最終手段として、安楽死(解体)処置が行われる事がある。
ただ、そもそも一時的に沈静化する事すら難しい事例や、同胞にその様な最期を陸で迎えさせるは忍びなしと、内々で僚艦による雷撃処分を行う習慣も根強い為、実際に陸上施設での解体処置が実行される事は極々希である。
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陸奥は空になったティーカップの縁をなぞりながら、天井を見上げる。
「結局、最後まで残ったのは、長門と私、五月雨だったわね、あと、清霜はすっかり良くなったって聞いた、お陰で、あの後で初めてあの子、笑ったわ」
自分でお代わりを注ごうとした陸奥を制し、金剛はやや冷えてしまった紅茶を注いだ。
「ふふっ、改めて自分で言ってみると、怪談話よね……良いの、真面目に聞いてくれてるのは分かるから」
表情を若干動かした金剛に微笑み、陸奥はティーカップを両手で包み込む。
「でも、作戦報告自体は、大本営に報告してあるけど、違う話になっているかも知れないわね」
「Why?」
「報告書を提出した後、事故調の事情聴取があったのよ」
首を傾げた金剛に、陸奥は若干声のトーンを落として続ける。
「事故調とは名乗ってたけど、アレは情報部(※)ね」
※情報部
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海洋特殊災害対策庁 戦略情報部。 深海棲艦に関するありとあらゆる情報の収集と分析を行っている。
世界津々浦々に散らばった非公式工作員を含めれば、日本で最大、世界的にも有数の巨大諜報機関である。
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「Intelligent、いつでも新型の敵に警戒してるとは聞いてマース」
「新型の艦娘もね……新しい仲間が増えれば、奴らも増える」
「いたちごっこネ(※)」
※いたちごっこネ
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現状、艦娘と深海棲艦の“新型”の出現はシーソーゲームの様な危うい均衡を保っている。
戦略情報部が危惧しているシナリオの一つが、より近代の艦がモチーフの艦娘が産まれる事で、SLBMが運用可能な深海棲艦が出現するケースだ。
大本営から鎮守府に提示されるノルマ達成報酬で、対潜任務報酬に各段に良好な“色”が付けられているのは情報部の懸念から来ているとも言われている。
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「彼らは私達が遭遇した、敵に興味を持ったのよ……当然ね、あんなものが量産されたら、私達、確実に負けるわ」
陸奥の話がそのまま事実であれば、敵艦一隻に水雷戦隊と水上打撃部隊が壊滅的な被害を負わされた事になる。
規模だけで言えば連合艦隊を一隻で撃退したのと変わらない。
戦線が一気に塗り変わるだろう。
「ま、あれから何処でも話を聞いて無いから、損傷が思ったより深かったか、再投入出来なくなった事情があるんでしょうね」
「幸いデース」
それからしばらく、陸奥はカップの縁を撫でて黙っていたが、何事かをぽつりと呟いた。
「Why?」
そして、目を上げると、首を傾げている金剛を見つめて、もう一度口を開く。
「あれは、“深海棲艦(やつら)”じゃない」
今度ははっきりと声に出す。
「あれは艦娘だったの、見た事もない艦で多分、駆逐艦、艤装に変わった形の電探を積んでいて、髪と目は黒くなかった……電探がアークみたいに光ると、緑色の光が海から上がって来て……消える前に見ただけだけど、あの姿、絶対に忘れない」
「長門は?」
「見てるわ、何も言わないけどね」
金剛は無言でもう一度お湯を沸かしながら先程の話を消化しようとする。
(艦娘が艦娘を?)
確かに、艦娘出現当時は、日本の海軍力が無限に増大する事に懸念を表明国も多かった。
未だにそれを主張する団体も居る。
だが、数十年続いているこの戦いは未だに、人類と艦娘達が完全な優位を保っている訳ではない。
深海棲艦の支配地域となり、奪還できていない場所だってある。
餓死者が出る程じゃないにせよ、スーパーの棚に並ぶ紅茶缶が一缶二千円スタートしている御時世に、到底、内輪もめしている様な余裕は無いのだ。
より下世話な言い方をすれば、“無駄死にさせる程の艦娘は居ない”。
敵は深海棲艦、不倶戴天の駆逐すべき存在。
共存できない種族。
かつて、深海棲艦との交戦によりCVN-72“エイブラハム・リンカーン”、CVN-76“ロナルド・レーガン”を立て続けに喪失した日、当時のアメリカ大統領は“これは生存競争であり、どれ程の犠牲を払おうとも、決して屈する事の出来ぬ戦いである”と、激をとばしたという。
まだ、艦娘が現れる少し前の話である。
(そう、struggle for existence……私達と、ヤツらの)
シンプルな世界観。
信じてきた世界。
それが、彼女達の中で崩れてしまったのだ。
辛い等と言うものではない。
その場から動けなくなる。
眼と耳を覆ってしまいたくなる様な恐怖感。
「あらあら、そんな顔で見ないでよ、大丈夫なんだから、大切なものを全部無くした訳じゃ無いのよ」
廊下から、妙にこぶしの利いた鼻歌が響いてきた。
「ふふ、じじいのご帰宅ネ」
「あらあらあら、上機嫌ねぇ」
風呂敷包み片手に、一升瓶を肩に担いだ甚五郎は、警備室にチラと一瞥をくれただけで奥に歩き去ってゆく。
「さて、頼りになるじーさんも来た事だし、そろそろおいとまするネ」
「ありがとう」
「Fleetは家族、Familyは大事にするものネ!」
Vサインを出す金剛に、陸奥はクスリと笑う。
「ふふ、世界がもう一度信じられそうな気がするわね」
「そうデース、長門と陸奥を信じてる子達が居ます、だから、You達も、もっと信じるね」
「そうね、私はどうであろうとも、大事なものの為に戦う、世界がどうでも、それだけは最初から最後まで変わらないわ」
【単冠泊地・大深度地下施設 提督用シェルター】
「まぁわっれぇ~、らっしんばん、水面(みなも)ふっみし~め、波濤切り裂き、すっすーめ、すっすーめ」
扉の開放を待つ甚五郎は、口角を軽く曲げ、ニヤリと笑う。
「ったく、頼りになるバアさんだぜ」
そう呟き、ちゃぷちゃぷと一升瓶を揺すりながら入室する。
部屋の中では、膝を抱えたままの長門がソファの上に載っている。
いい加減、クッションの上に跡がつきそうだ。
「うーい、けぇったぞ~い」
長門は少し困ったような表情を浮かべ、目線だけで甚五郎を追う。
甚五郎はそれは一顧だにせず、ずかずかと歩み寄り、ローテーブルの上に酒と風呂敷包みを乱暴に置く。
そして、鼻歌を継続しつつキッチンからコップを持ち出すと、どっかりと長門の向かいに腰を落とした。
ポンと栓を抜き、手酌でなみなみと注いでから、縁に顔を近づけてずずずと啜り、そこから一気にあおる。
「かーっと、くらぁ」
げふ、と一発やらかしてから、ビニール製の風呂敷をほどき、三段重を広げた。
重の上に載っていたプラの弁当箱を開けると、ふわりと炊きたて飯の香りが立ち上る。
重箱に詰められた彩り豊かなお惣菜をおかずに、がつがつとほかほかの白米をむさぼってゆく。
そしてその間、甚五郎は正面の長門を睨みつける様な表情で黙々と食べ、注ぎ、コップを傾ける。
時たま、甚五郎の視線が長門の背後、肩口辺りの高さにちらりとそれる。
まるで誰かがそこに居る様な仕草で時に頷き、時に首を振って目線が戻される。
長門は、しばし、黙ってそれを見守っていたが、やがて、一瞬だけ肩口を振り返ると、ため息をついて箸を取った。
甚五郎が無言で注いできたコップ酒を一口呑んで口を湿す。
後味が切れ良い辛口。
食中酒とするのに丁度良い味わいだ。
長門が食事を始めるのを確認し、甚五郎は初めて箸を置いた。
少々、胃が重いが、口から出てくるまでやる羽目になった初日からすれば大分ましだ。
酒をちびちびやりながら、鳳翔作の対戦艦弁当がちゃんと残らず片付くか厳しい目つきで監視を続ける。
そして、いつしかコップを握ったままいびきを立て始めた甚五郎を長門がひょいと持ち上げて寝室へ運ぶ事になるのだ。
ここ2、3日繰り返された光景であった。
靴を脱がせ、きちんと寝かしつけている長門の姿は、まるで手の掛かる老父の世話を焼いている様。
『いなづまよぅ……』
ぽつりと漏れた声に、長門の手が止まった。
「済まない、もう少しだ、もう少しで……」
しわの寄った手の甲に、しばし額を押し付けてから毛布をかける。
今はまだ、提督と絆を分かち合う訳にはいかない。
危険は二度と犯したくない。
寝室から出た長門は、テーブルの上を片づけ、定位置に戻った。
そして目をつむり、心を解放し、ここ数日接触を忌避してきた感覚を、今度は待ち受ける。
(来い、見つけてやるぞ……)
【どこかの海域】
夕日の中をゆらゆらと歩む。
凪いだ海面が微風で揺れ、きらきらと黄金色の絨毯の様に輝いている。
じきに宵月も顔を出すだろう。
「そう言えば、まだ宵月は居なかったな」
背後をゆらゆらとついて来る連中を振り返る。
駆逐、軽巡、航巡、重巡、戦艦、航空戦艦、軽空母、正規空母。
まるで、大規模な観艦式だ。
「ふ…まぁ、大勢の方が楽しいか……そうだな、酒匂よ」
背中で寛いでうつらうつらしているのんき者に声をかける。
水底から響く、金属のぶつかる音と、軋みが子守歌にでも聞こえているらしい。
「ブーン、ブーン……」
「おいおい、はしゃぎすぎると又、転ぶぞ」
足元で零戦を掲げてうろちょろと走り回っている白いのをひょいと小脇に抱えこむ。
だいぶ変わった連中も増えたものだ。
黒服を着たり、大きな被り物を付けたり、最近の若い者は中々洒落者だ。
「皆でこんなに、静かな海を行けるなんて思わなかったからなぁ、そう言えば、今になって、お前とこうして一緒になるってのも妙な感じだよ…前は結局最期の時だけだったからな」
旧同盟国の娘は、蜂蜜色のお下げを揺らしながら傍らを航行している。
前に会った時はもう少々活発な印象があったのだが随分無口だ。
恐らくは、存外に美しい風景を堪能しているのだろうと気を取り直し、沈む夕日に背を向ける。
このまま夕日を見つめながら行きたい所だが、目的地は陽の沈む場所ではなく、陽の昇る場所だ。
しばし、立ち止まって背に残り陽を浴びていると、傍らを静かなハミングが通り抜けてゆく。
赤みがかったくせっ毛に載った白いセーラーハット。
その下には灰色の瞳とソバカスがあり、鼻先はつんと上がっている。
幼い体を包んでいるのは、ややダボっとしたデザインの白いセーラー服。
袖が明らかに長すぎるそれからは、辛うじて四指が覗いている状態で、親指はすっかり隠れてしまっている。
胸前では、長くて細い紺色のスカーフが風に揺れている。
幼い体に不釣り合いなごつい艤装からは巨大な円盤付きのポールが突き出ており、まるで巨大なキノコを背負っている様に見えた。
DE-173と記されたその艤装に指を這わせると、ちりちりとした感覚が指に痺れを与えてくる。
「……そろそろ、また跳べる位は貯まったか」
キノコから漏れ出るアーク放電が海面に届く程度まで育っている。
「流石にずっと歩くと時間がかかるからな」
笑みを漏らし、まだ歌っている娘の肩をポンと叩く。
かつての大戦等、終わって久しい。
今は、海原に抱かれるもの、皆が姉妹なのだ。
アークの輝きが強まる度、海面下の物体が碧く照らし出された。
灼かれ、融け崩れた、寄せ集めの金属塊。
長門は膝をつき、数メートル分の海水越しに手を当てる。
「お前達とも、一緒に歩きたいんだがなぁ……」
安らぎを拒む者も居る。
「……もう、華の二水戦でもないだろう?頑固な奴だよ、お前達は……どうせ一つになる、だろ」
ふと、つかの間の無風状態に、海面が鎮まる。
水面が徐々に歪な象を結び、見慣れた姿を形作ってゆく。
「届いてるんだろう?……私、みんな……」
【大本営より、各鎮守府への通達】
<<<鎮守府外秘>>>
対象:全海域
件名:所属不明艦隊接触禁止についての対応通達
連合艦隊2つ以上の規模で編成された艦隊が目撃されています。
各鎮守府は、追って指示あるまで、この所属不明艦隊(付記コード:ULN_003)に対するあらゆる接触を最優先で回避し、民間人との接触も阻止する事。
接触には交戦も含まれる。
上陸事案が発生が想定される場合は警務隊と連携し、住民の避難を実施する。
その際、接触回避に必要であれば、現地の独自判断での泊地放棄は容認される。
又、目撃情報については、クラスA以上の秘匿処理を用いた上で、速やかに関連部局へ通報を実施する事。
リアルの方の鎮守府では川内サン帰って来ました。
大事に大事に遠征に行って頂いて、ようやく改になった所です。
轟沈0、大破進軍ダメ、絶対。
【コラム:ブラック鎮守府へよろしく】
<ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー>
青葉『およよ、何か捜してるのは違いますけど…面白そうな文書が出てきましたしねぇ』
(深海棲艦では無いが)潜水艦の危険性に関しては以下の様な逸話も残っている。
月次、週次、日次毎に大本営より、各鎮守府へ任務達成のノルマが提示される。
主に資源の優先配給権をエサにしたソレは、準軍事組織としてはゆるゆると言って良い鎮守府群に対し、大本営が一番強く強制力を発揮出来る“おねがい”だ。
受けなくても、直ちに影響は無いが、達成していかなければ台所事情は格段に苦しくなってしまう。
故にどの鎮守府も、演習、遠征に精を出す。
中でも水雷戦隊による潜水艦狩り、潜水艦娘運用ノルマは達成目標に比しての報酬に大分“色”が付けられている。
更に、そのノルマは“歩合制”であり、やればやる程、報酬は増えてゆく……
その為、一部鎮守府では常軌を逸した非人道的な運用が横行する結果となった。
世に言う、“ブラック鎮守府”である。
信頼する提督の為、不健全な共依存や承認欲求への耽溺する迄心身をすり減らした彼女達。
その歪みが大きな反発を引き起こすのは当然の帰結だったといえよう。
オリョール海無差別雷撃事案……通称“血のオリョクル事件”。
敵の補給船を深追いし、Missing In Action(MIA:作戦行動中行方不明)となった伊58による、敵味方無差別攻撃事件である。
その破壊活動は実に1ヶ月超に及び、撃沈トン数は200万トンを超えた。
これは、撃沈された船舶に25万トン級タンカー7隻が含まれるからである。
緊急用に設けられた秘匿集積所からの持ち出し、鎮守府からの夜間窃盗、撃沈した補給船、轟沈艦娘艤装からのサルベージ等、ありとあらゆる方法で資材を確保し、彼女は通商破壊を遂行し続けた。
現場に残されたメッセージから、商船の破壊活動が彼女によるものであると判明した時点で、提督本人による活動停止と投降の呼びかけが行われた。
しかし、彼女は姿を現さなかった。
代わりに、以下の様な文言が記された輸送用ドラム缶が現場に浮揚した。
『てーとく、ゴーヤもっと沈めるね!』
以降、大型タンカーが立て続けに襲撃を受けた為、当時、この文言は更なる破壊活動の“犯行予告”と捉えられ、大本営は彼女の即時撃破を決断した。
しかし、本格的な哨戒活動が開始された後も彼女は犯行を続け、その“戦果”を様々な手段で、提督に報告している。
警戒が厳しくなり、資材確保がいよいよ滞った後半も、彼女は深海棲艦の残骸から回収した弾薬をタンカーの船底に仕掛けるという形で作戦を遂行。
護衛艦隊を完全に相手にしない、隠密破壊活動に徹して、十全な“戦果”を上げ続けた。
拡大し続ける被害に状況の隠匿はいよいよ困難となり、大本営は最終的に本土からほぼありったけの夕張、由良型を引き抜いて編成した特務艦隊を投入。
ようやく鎮圧に成功した。
数々の被害は全て新型の深海棲艦、“潜水棲姫”の為とされ、担当の提督は心身衰弱の為、精神病院へ強制入院。
対象の鎮守府の艦娘は全て海自直轄鎮守府へ“再雇用”、“戦死”、或いは“行方不明”。
カバーストーリーに沿った報告書が作成され、隠蔽工作は完了した。
伊58型は艤装が完全に粉砕されてしまった為、彼女の犯行動機についての聴取機会は失われてしまったが、情報部による追跡調査が行われ、彼女が異常な言動と自傷行為を繰り返していた点について、多数の証言を得た。
又、鎮守府内の監視カメラから以下の様な映像と音声が回収されている。
『てーとく、ゴーヤ、ちゃんと頑張ったでしょ、てーとく、てーとく、痛いの、痛いの、もう、いっぱいでち、てーとく、てーとく、ほめて、てーとく、てーとく、てーとく、てーとく、ほめて、てーとく(以降、10分程度同一語句を繰り返し呟き続ける)』
上記の言葉を呟きながら、艤装に丹念に撃沈数を刻みつける姿が、情報部内に設置された調査委員会の資料として提供された。
又、提督からの労いを受ける事について非常に強く執着していたという証言も寄せられた。
感謝の一言、ひと撫で……その為に進んで過酷で、生還率の低い任務に志願し続けた結果、際立って高い戦果を上げてきた。
最後の任務がMIAではなく、KIAで終わっていれば、間違いなく死後授勲の対象者になっていた武勲艦。
調査委員会は、半年間に渡る調査の結果、以下の様に結論を述べている。
・無差別攻撃が発生した要因
彼女は極度の精神消耗と提督への過度な依存心から、既に最後の任務で出撃する前から正常な判断を欠いた状態であった。
そして任務中、何らかの要因により認識能力に障害を受けた結果、敵味方の識別に困難をきたし“目に入った敵を攻撃”し始めた。
・提督による“説得”の失敗とメッセージの解釈
敵を沈めているのに提督が賞賛してくれない。
それは、“戦果”が足りないからだ。
ならば、もっと“戦果”を上げればよい。(提督に誉めてもらえる)
民間のタンカーを襲ったのは、既に、彼女の敵味方認識能力が喪われていた為と思われる。
タンカーは、“敵”の巨大な輸送船であり、大きな戦果だったのだ。
又、犯行予告、犯行声明とも取れるメッセージは、純粋に“戦果”の報告であり、同時に“誉めてほしい”という切に思い詰めた心理の発露と解釈する方が自然である。
・更なる事案の再発抑止について
鎮守府に対する内偵を強化と共に、艦娘に対しての処遇について、早急にガイドラインの改訂・交付、拘束力のある法案の制定を急ぐ必要あり。
元々、艦娘と提督の間には通常の人間関係とは比較にならぬ程に依存心、共感が構築されやすい傾向にある。
そして、それはテレパス、シンパスに近しい能力で提督と直結される第1~第4艦隊所属の艦娘により顕著である。
調査委員会は、彼女達の忠誠に“つけ込む”形で不適切な運用が常態化されている現状の早急な改善を強く勧告する。
艦娘達は提督の愛玩動物でも無ければ、野望達成の為の駒でもない。
乙女の心に兵器の体を併せ持った、“不安定な人間”である事を忘れてはならない。
青葉『青葉、見ちゃいました……って、へぇ、アレってこ~んなウラがあったんですねぇ、一時期から、急に潜水艦娘の待遇が良くなったのってコレのせいなのかな、あの子達が駄々こねると、大体ワガママ通っちゃいますからねぇ、専用のプールとか、個室備え付けの流れるウォータベッドとか、ま、仕事キツイのは変わらないですけどねぇ、ちょーっと羨ましいかも……青葉達も一寸やんちゃしたら、待遇良くなるのかな?』
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