ご注文は終わらない日常ですか?   作:ツカッチ

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プロキシのみなさん、うさぎのみなさん、こんにちは。

しっかり者だからこそ、不安になるんです。


第十羽 メイドさんと、変わらない笑顔

「何か……私たちに隠しているのか?」 

 

 リゼの真っ直ぐな視線が、僕を捉えていた。

 

 すぐに答えることはできなかった。

 

 どう説明すればいいのか。どこまでなら話せるのか。頭の中でいくつもの言葉を並べては、消していく。

 

 ライカンさんとの関係を説明すること自体は難しくない。けれど、その先にあるものまで話してしまえば、彼女たちを危険に近づけることになるかもしれない。

 

 それだけは避けたかった。

 

「……ごめん、リゼ」

 

 やがて、僕はゆっくりと口を開いた。

 

「今は、言えない」

 

「…………」

 

 リゼは何も言わなかった。

 ただ、ほんの少しだけ目を伏せる。

 

「……そうか」

 

 その声に、責めるような響きはなかった。

 

「誰にでも、言えない秘密はある。私もそうだ」

 

 リゼが静かに続ける。

 

「だから、無理に聞き出そうとは思わない」

 

「リゼ……」

 

「だが――」

 

 そこで、彼女は再び顔を上げた。

 

「いつか必ず、話してほしい」

 

 その目は、先ほどと変わらず真っ直ぐだった。

 

「今すぐじゃなくてもいい。話せる時が来たら、ちゃんと私に教えてくれ」

 

 僕は言葉に詰まった。彼女は、僕の秘密を暴こうとしているわけではない。ただ、いつか自分を信頼して話してくれることを望んでいる。

 

 それが分かるからこそ、軽々しく返事をすることはできなかった。

 

 それでも――。

 

「……約束するよ」

 

 僕は、彼女の目を見て答えた。

 

「いつか必ず、話す」

 

「……ああ」

 

 リゼは小さく頷いた。

 そして、ほんの少しだけ表情を和らげる。

 

「なら、今はそれでいい」

 

 そう言って、彼女は店の表へと視線を向けた。

 

「ココアたちを待たせている。戻ろう」

 

「そうだね」

 

 僕たちは並んで歩き出した。

 

 ドアを開ければ、いつものラビットハウス。

 ココアの明るい声も、チノの呆れたような返事も、きっと変わらずそこにあるだろう。

 

 僕には、まだ話せないことがある。

 

 それでも――いつか、この秘密を打ち明けられる日が来るのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、僕はリゼの後に続いた。

 

 

 

 

 

(……参ったな)

 

 その日の夜。僕は、自分のベッドに腰掛けながら、手元のコーヒーカップに視線を落とす。

 

 頭を悩ませているのは、やはりリゼのことだった。

 

 チョップ大将やエンゾウおじさんなど、六分街で暮らす人々に自分の正体を疑われたことはない。

 

 彼らにとって自分は、ビデオ屋の店長だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 

 そして僕もまた、その関係を大切にしてきた。

 

 余計なことを話さず、必要以上に踏み込ませず。それで十分だった。

 

 けれど――。

 

 リゼは、違った。

 

 ほんの些細な一言だった。

 『ライカンさんに連絡した』。ただそれだけの話だ。

 

 それなのに、彼女は疑問を抱いた。

 

 僕が何者なのか。

 何を隠しているのか。

 そして、僕自身も気づいていなかった。

 

 その疑問を向けられるまで、どれほど自然に彼の名前を口にしていたのかを。

 

(……迂闊だったな)

 

 苦笑し、息をつく。

 気づこうと思えば、気づけたことだった。

 

 もちろん、正体を明かすつもりはない。

 

 プロキシという仕事は、時に知らなくていい人間まで巻き込んでしまうことがある。だからこそ、彼女たちには普通の日常を送っていてほしかった。

 

 それだけは、絶対に譲れない。

 

 なのに。

 

『いつか必ず話してほしい』

 

 ふと、リゼの言葉がよみがえる。

 

 僕は、コーヒーをひと口飲んだ。

 

(……約束、しちゃったからな)

 

 いつか。

 

 その日が本当に来るのか、僕にもわからない。

 

 それでも、あのとき彼女の目を見て、約束すると答えたのは僕だ。

 

「……まったく」

 

 小さくつぶやき、僕はカップを置いた。

 

 いつもと変わらない、六分街の夜。

 隣の部屋では、リンがポンプたちにギターの弾き語りをしている。

 

 守りたい日常は、ここにある。

 

 だからこそ――その日常の中にいる彼女たちに、いつか自分の秘密を打ち明ける日が来るのだとしたら。

 

 そのとき、僕は何を思うのだろうか。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 それから数日後。

 六分街の喧騒が窓の向こうから聞こえてくる、いつものラビットハウス。

 

 カウンターではチノがコーヒーの準備をし、ココアはテーブルを拭きながら鼻歌を歌っていた。リゼは食器を丁寧に拭きながら、店内の様子に目を配っている。

 

 そんな、何の変哲もない午後のことだった。

 

 カラン、カラン。

 

 ドアベルの音とともに、四人の来客が姿を現した。

 

「いらっしゃいま……っ!?」

 

 最初に気づいたリゼが声をかけ、固まった。

 

 続いて顔を上げたココアは、先頭に立つ人物を見て、ぱっと目を輝かせた。

 

「わあっ!モフモフさんだ!」

 

「ココアさん、失礼ですよ」

 

 間髪入れず、チノの注意が飛ぶ。

 

「えーっ!だってモフモフなんだもん!」

 

「そういう問題ではありません」

 

「……お褒めにあずかり、光栄です」

 

 モフモフさん……もとい、ライカンは一瞬だけ返答に迷ったようだったが、すぐに落ち着いた様子で一礼した。

 

「ふふっ。随分と気に入られたようですわね、ライカン」

 

 隣に立つリナが、口元に手を添えて微笑む。

 

「……そういうことにしておきましょう」

 

 そんなやり取りを見ていたリゼが、ふと顔を上げた。

 

「ライカンさん、リナさん。お久しぶりです」

 

「お久しぶりです、リゼ様」

 

 ライカンは丁寧に一礼し、リナも穏やかな笑みを浮かべて応じた。

 

「リゼ様がお元気そうで何よりですわ」

 

「はい。お二人もお変わりないようで」

 

「ええ、おかげさまで」

 

 短い挨拶だったが、互いに面識があることは明らかだった。

 

 もっとも、親しげに世間話を始めるほどの間柄でもない。あくまで、以前に顔を合わせたことのある相手として、礼儀をもって言葉を交わしただけだった。

 

「……お知り合いですか?」

 

 チノが不思議そうに三人を見比べる。

 

「以前、少しお会いしたことがあるんだ」

 

 リゼが簡単に答えると、ライカンも静かに頷いた。

 

「ええ。リゼ様のお父様を通してご縁がありまして」

 

「すごいですね」

 

「すごい……のか?」

 

 リゼは少し困ったように苦笑した。

 

 その一方で。

 

「ティッピーとどっちがモフモフなんだろう? ねえ、触ってもいい?」

 

「ココアさん、そろそろ怒りますよ」

 

「冗談だよ、チノちゃん!」

 

 賑やかなやり取りに、リナはくすくすと笑った。後ろに控えていたカリンは、少し緊張した様子で頭を下げる。

 

「こ、こんにちは。先日はありがとうございました」

 

「あっ、カリンちゃん!エレンちゃんも!」

 

 ココアが二人を見つけて、ぱっと駆け寄った。

 

「また来てくれたんだね!」

 

「……ん。来た」

 

 エレンは相変わらずの気の抜けた声で返事をした。

 

「本日は、先日エレンとカリンがお世話になったとお聞きし、そのお礼も兼ねて伺いました」

 

 ライカンが丁寧に説明する。

 

「そんな、お礼だなんて」

 

 チノは両手をぶんぶんと振った。

 

「パンケーキおいしかった。ありがと」

 

「エレンさん……!」

 

 ややテキトーな感謝に、カリンが小声でたしなめる。

 

「わかってるって。だから来たんじゃん」

 

「そ、そうですけど……!」

 

「ふふ。皆さん、ありがとうございます。今日はわたくしたちも、ゆっくり珈琲を楽しませていただきますわ」

 

 リナが柔らかな笑みを浮かべる。

 

「それでは、お席へどうぞ。ご注文がお決まりになりましたら、お声がけください」

 

 チノに案内され、ライカンとリナはカウンター席へ。カリンは二人に続こうとしたが、エレンは店内を一度見回すと、空いているソファへさっさと腰を下ろした。

 

「エレンさん、そちらでよろしいんですか?」

 

「うん。ここでいい」

 

「……わかりました」

 

 カリンは少しだけ困った顔をしたものの、結局、エレンの向かいに腰を下ろした。

 

 その後、ライカンたちはチノたちと簡単な挨拶を交わしながら、メニューに目を通し始めた。

 

 エレンはというと、座った途端にスマートフォンを取り出していた。

 

 画面を操作し、短いメッセージを送る。

 

 そして、待つことしばらく。

 

 カラン、カラン。

 

「お邪魔しまーっす!」

 

 聞き慣れた声が店内に響いた。

 

 先に顔を出したのはリンだった。その後ろから、アキラが続いて入ってくる。

 

「や、やぁ。お邪魔するよ」

 

 アキラは店内を見渡し、ヴィクトリア家政の面々を見つけると軽く手を上げた。

 

「みんな、久しぶりだね」

 

「アキラ様、リン様。ご無沙汰しております」

 

「六分街に来るなんて珍しいね!」

 

 ライカンとアキラ、リンが挨拶を交わす。

 

 その間に、エレンがソファから顔を上げた。

 

「……アキラ」

 

「ん?」

 

「隣」

 

 エレンはそれだけ言うと、自分の隣の座面を尻尾でペチペチと叩いた。

 

 まるで、そこに座るのが当然だと言わんばかりだった。

 

「……はいはい」

 

 アキラは苦笑しながら、エレンのいるソファへ向かう。

 

 その瞬間。

 

 リンが、兄の背中に肘をぐりぐりと押しつけた。

 

「おにーちゃ〜ん」

 

「なんだい」

 

「べっつにー?」

 

 リンはニヤニヤと笑っている。

 

「……その顔、やめなさい」

 

「えー? 私、何も言ってないけど?」

 

「顔がうるさいんだよ」

 

「ひどっ!」

 

 リンは楽しそうに笑いながら、もう一度、兄の背中を肘で小突いた。

 

 アキラは小さくため息をつきつつ、エレンの隣に腰を下ろす。

 

「……ん」

 

 エレンは満足そうに頷き、再びスマートフォンへ視線を戻した。

 

「エレン?」

 

「……前にアタシを運んでくれたの、アキラなんでしょ。ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 それ以上、アキラも何も言わなかった。

 

 あまりにも自然なやり取りだった。

 

 まるで、こうして隣に座ることが、二人にとって当たり前であるかのように。

 

 リンはまだ何か言いたそうな顔をしているが……やがて彼女はカリンの隣に腰を下ろした。

 

 そして――その一連の光景を、リゼはカウンター越しに眺めていた。

 

 先日、アキラが口にした言葉。

 

 『ライカンさんには連絡してあるよ』

 

 あのときは、ただの何気ない一言だった。

 

 けれど今、目の前で交わされた挨拶と、エレンのあまりにも遠慮のない態度を見ていると、どうにも気になってしまう。

 

 ……やはり、アキラには何かあるのだろうか。

 

 リゼは小さく息をつき、ひとまず考えるのをやめた。

 

 今は、お客さんを迎える時間だ。

 

 それに、カウンターでは別の会話が始まっていた。

 

「それでは、こちらをお願いします」

 

 ライカンが注文を伝えると、チノは静かに頷き、コーヒーの準備に取りかかった。

 

 豆を量り、器具を整え、湯を注ぐ。

 

 小柄な少女の手元には迷いがなく、一つ一つの動作が丁寧に積み重ねられていく。

 

 その様子を、ライカンとリナは興味深そうに見つめていた。

 

 やがて、チノが二人の前にカップを置く。

 

「お待たせしました」

 

「ありがとうございます」

 

 ライカンはカップを持ち上げ、香りを確かめてから静かに口をつけた。

 

「……これは」

 

 わずかに目を見開く。

 

「大変素晴らしい。豆の持ち味がよく引き出されていますね」

 

「まあ……本当に」

 

 リナも一口味わい、感心したように目を細めた。

 

「これほど丁寧にコーヒーを淹れられるとは。日々、研鑽を積まれているのですね」

 

「ありがとうございます。でも、まだまだ勉強中です」

 

 チノはいつもの落ち着いた調子で答えた。

 

 ただ、耳がほんの少しだけ動いたのを、リゼは見逃さなかった。

 

 どうやら、褒められて嬉しいらしい。

 

「ご謙遜を。私も見習わなければなりませんね」

 

 ライカンがそう続けると、チノは少しだけ頬を緩めた。

 

 その様子を見守りながら、リゼは何度か店内へ視線を向けていた。

 

 ソファでは、エレンがアキラの隣を陣取り、リンがそんな二人を面白そうに眺めている。

 

 アキラ本人はというと、特に気にした様子もなく、エレンと何やら言葉を交わしていた。

 

 ……やはり、親しい。

 

 先日、ライカンに連絡したと聞いたときから気になっていたが、こうして見ると、ますます不思議だった。

 

「……リゼ様?」

 

「っ、はい!?」

 

 不意に声をかけられ、リゼは肩を跳ねさせた。

 

 隣を見ると、リナが不思議そうにこちらを見つめている。

 

「先ほどから、何か気になることでもおありですの?」

 

「い、いや。別に、そういうわけでは……」

 

「そうですか?」

 

 リナは穏やかな笑みを浮かべたまま、ちらりとソファのほうへ視線を向けた。

 

「ああ、アキラ様のことでしょうか?」

 

「なっ……!」

 

 思わず声が裏返る。

 

「ど、どうしてそうなるんですか!?」

 

「ふふっ。違いましたか?」

 

「そ、それは……」

 

 リゼは言葉に詰まった。

 

 気になっているのは事実だ。だが、アキラにはすでに約束をしている。彼が話すと決めるまでは、こちらから追及しない。

 

 それだけは守らなければならなかった。

 

「……リナ、時と場所を弁えてください」

 

「あら。これはご無礼を」

 

 ライカンに言われ、リナは丁寧に頭を下げた。

 

 リゼは少し俯きながら、口を開いた。

 

「……少し、意外だっただけです」

 

「意外、ですか?」

 

「アキラさんと、皆さんがあんなに親しいとは思っていなかったから……」

 

 リゼはそれだけを口にした。

 

 嘘ではない。けれど、聞きたいことのすべてを話したわけでもなかった。

 

 リナは一度アキラのほうを見て、それからリゼへと視線を戻した。

 

「そうでしたのね」

 

 そして、どこか納得したように微笑む。

 

「アキラ様には、わたくしたちも何かとお世話になっております。とても信頼できるお方ですわ」

 

 リナの声には、何のためらいもなかった。

 

 アキラが何を隠しているのか。どうしてヴィクトリア家政の面々と親しいのか。本当は、聞きたいことがいくつもある。

 

 けれど、それを尋ねる権利は、今の自分にはない。

 

 彼が話してくれると約束してくれたのだから。その日が来るまでは、待つと決めたのだから。

 

 それでも。

 

「……一つだけ、教えてください」

 

 気づけば、リゼはそう口にしていた。

 

 ライカンとリナが、静かに彼女へ視線を向ける。

 

「……なにか、危ないことに手を出しているわけではないんですよね?」

 

 声は、思っていたよりも小さかった。

 それは、彼の秘密を暴こうとする質問ではなかった。

 

 ただ、心配だったのだ。

 

 いつも飄々としていて、何を考えているのか分からないところがあって。困ったときには自然と手を差し伸べてくれるのに、自分のこととなると、どこか一歩引いてしまう。

 

 そんな彼が、自分たちの知らないところで危険な目に遭っているのだとしたら。

 

 そう考えると、どうしても気になってしまった。 

 

 リナは、先ほどまでの微笑みをわずかに和らげた。

 

 隣のライカンも、すぐには答えなかった。

 

 やがて、二人は一度だけ視線を交わす。

 

「……アキラ様はご自身の判断で行動されるお方です」

 

 ライカンは、慎重に言葉を選ぶように答えた。

 

「ですが、何もかもが安全だと、私から申し上げることはできません」 

 

「ライカン……」

 

 リナが静かに名前を呼ぶ。

 

 彼は小さく頷き、リゼへと向き直った。

 

「しかし、アキラ様がご自身の意思を持って行動されていることは、私が保証いたします」

 

 それは、彼に代わってすべてを語る言葉ではなかった。

 

 それでも、ライカンなりの誠実な答えだった。

 

 リゼはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

 

「……そうですか」

 

 それ以上、何も尋ねなかった。

 

 今はそれでよかった。

 

 リゼはカウンターの向こうへ視線を戻す。 

 

 ソファでは、アキラがエレンの話に相槌を打ちながら、リンに何かをからかわれていた。アキラは困ったように笑い、リンは楽しそうに肩を揺らしている。

 

 いつもと変わらない光景。

 それを見て、リゼはほんの少しだけ表情を緩めた。

 

 ……どうか、これからも変わらない笑顔で。

 

 胸の内でそう願った気持ちに、彼女はまだ名前をつけていなかった。




1.4で朱鳶さんに冷たくされたシーンは辛かった。朱鳶さんが最推しだったから、尚更……。

まさか、年下の女の子にそんなことさせませんよね? お兄ちゃん。
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