ティリオンの休日、裏通りは今日もたくさんの人通りで賑わっている。
ライブハウスの裏、関係者用の入り口を見張っていた僕は手に持っているマスターの作ったホットドッグに噛り付いた。
「顔見知りってんなら丁度良い、お前がその子の護衛な」
姉貴の一声にて僕はこの件に参加する事を命令され、こうしてカレンとの接触を図る事となった。
正直、気まずい。なにせビンタを一発喰らわされた所なのである。のこのこと再び会いに行ってまともに話になるだろうか。
彼女は今日、ライブハウスで歌ってる。入りはそこそこのようだ。
軽く同年代の子らに聞いた所、カレンは二年前にデビューしたばかり。最初の頃は路上で歌っていたそうだがすぐに人気になり、今じゃこうしてライブハウスに呼ばれたり様々なバンドとコラボして歌っているらしい。
が、その子らは気になる事も言っていた。
「カレン、最近あんまコラボとかしなくなったんだよね。ここ数カ月くらいかな、ライブハウスに呼ばれる回数も減ってる気がする」
人気に陰りが出て来たわけではない。むしろ彼女の人気は急上昇中。こうして裏通りのライブハウスであろうと彼女の人気で人を呼べるというのはインディーズのシンガーとしては異例の事だ。
ところが出番が減っている。彼女のせいではない、どうやらバンドやライブハウスに圧力をかけてる連中がいるらしい。
「お……」
そんな事を取り留めもなく考えていたらカレンが出て来た。
さて、どうやって話かけたと思っていた所……
彼女の元に、黒スーツを着た三人組が近づく。
「カレンナリエル・リングールだな?」
「……んだよ、お前ら」
如何にも不機嫌そうなカレンが三人を睨みつける。
威勢が良いが、ちとまずい。あの三人、懐が僅かに膨らんでる。間違いなく拳銃だ。
僕はすぐさま愛車に火を入れるとエンジンをふかしカレンのすぐ側にバイクをつける。
けたたましいブレーキ音が鳴り、カレンと三人がびっくりして目を丸くしながら此方に視線を向けた。
「お待たせ、待った?」
如何にも待ち合わせしていました、という風を装ってカレンに声をかける。
黒服三人は思わず懐に手を伸ばした、が、ここは裏通りとはいえ人目がある。流石に銃を出すのは躊躇ったようだ。
しかしその仕草でカレンには分かったらしい。危険を察した彼女はカバンを放り投げると僕の単車のケツに素早く跨った。
「飛ばすよ、捕まって!」
けたたましくアクセルをふかしながら僕はバイクを走らせ始めた。
「このガキ……!」
「止せ、ここは人目がある、車を回せ!」
無事三人を置いていく事に成功した僕は単車を走らせながらカレンに尋ねる
「誰あれ、君の保護者?」
「知らねぇよ、アタシの知り合いにマフィアは居ないよ」
「って事は心当たりは無いの?」
「…………」
押し黙った様子を見ると心当たりはあるらしい。
彼女は背中に捕まったままこちらを睨みつける。
「アンタには関係無いよ。良いよ、どっかで下ろして」
「そうはいかない、連中の捨て台詞聞いたろ? まだ君を狙ってくるぜ」
「だからって、アンタに世話になる理由は無いよ!」
「ところが僕の方には理由があるんだな、これが」
怪訝そうな顔をする彼女に、とりあえず安全なとこがあるからと言いながら単車を走らせる。
目的地はもちろん、我が家ことバー『ファールロース』だ。
「そっちは首尾良くいったようだな」
「姉貴はどう、何か分かった?」
「『黒』も『紅』も噛んでない、やはり余所者の線が濃厚だな」
『ファールロース』の中へカレンを案内し、姉貴の座るボックス席に案内する。僕はそのボックス席が見えるカウンターの一席に腰かけた。
この時間はまだ店は開いておらず、マスターの好意で貸し切り状態だ。
「ありがとう、マスター」
「いえ、お気になさらずレオンさん。何かお出ししましょうか?」
「カレン、何か食べる?」
「――アンタらに気を許したわけじゃないんだけど」
「別に取って食いやしないよ。ここのマスターの料理美味いから、僕の奢り」
「お前金払った事ねぇだろ」
姉貴の無粋な突っ込みを丁重に無視しつつ、僕はマスターに自分とカレンの分の軽食をお願いする。ライブ終わりでお腹が空いていたであろうカレンは何も言わず、胡散臭そうに姉貴の方を見ている。
「自己紹介が遅れたね。私はアルフィリオン・ソールロッド、何でも屋さ。君の護衛を頼まれてる」
「ついでに僕の姉貴でもある」
「黙ってろレオ、真面目な話の最中だ」
「アタシの護衛……って、例の連中から?」
「そ、ある人に頼まれてね」
「ある人って誰よ?」
「マダム・ブランシュ、このあたりの白エルフの顔役さ。名前くらいは聞いた事がないか?」
「……ライブハウスのマスターが、マダムって呼んでる?」
「そうだ。あのライブハウスのオーナーのバックについてるのがマダム。彼女はこのあたり、ティリオンの『裏』で生活する白エルフ達の庇護者なのさ」
「アタシは別に守ってくれなんて頼んでないけど」
「じゃあ一人で自分自身の身を守れるのかい、君は?」
「…………」
姉貴の言葉にカレンは唇を嚙みながら俯いてしまった。
カレンは気が強いし頭に血が上るタイプだけど、見た所馬鹿じゃない。銃を持ちながら近づいてくる連中から身を守る事が難しい事くらい分かっている筈だ。
姉貴はタバコを取り出し火を点けつつ続ける。
「どうやら君を狙う連中はそれなりに大きいらしい。ライブハウスや他のバンドに圧力をかけてる事には気付いてるだろう?」
「……最近、他のバンドの連中がよそよそしくなって。そんでオーナーもあんまり呼んでくれなくなって」
「君を孤立させる事が狙いなんだろう。ライブハウスはマダムの庇護下にあるが正式に傘下ってわけじゃない、ライブハウス自体が狙われたならともかく、ゲストが狙われただけじゃ『白』の構成員を動員して守るのは難しい。それが分かっているオーナーは、せめて君自身の身を守ろうとマダムに相談したのさ」
「一体誰なんだよ、アタシから歌を奪おうとしてるのは!」
あぁ、彼女にとっては歌が生き甲斐なんだとこの時気付いた。
多分、昨日ボーっとしてたのはライブハウスの出演が急遽キャンセルになったかなんかで、そんな時に僕が声をかけた。で、孤立して孤独な時に「君の歌が聞きたい」って言われたのがよっぽどうれしくてカラオケで思いっきり歌って。ところがその男は終わった後に即ホテルに誘ってくる最低のナンパ野郎だった、と……そりゃまぁ、ビンタの一つもくれてやりたくなる。僕ってばなんて間の悪い。
「それが分からないから君の話を聞きたいのさ」
カレンは姉貴の言葉を聞くと再び唇を噛んで舌を向いた。何か言えない理由があるのか、それとも……
その時だった。
「皆さん、伏せて!」
バーにマスターの叫びが響く。咄嗟に僕はカレンに覆い被さって机の下に潜り込む。同時にけたたましい銃声が店内に鳴り響いた。
やっこさん、こちらの居所をどっかから掴んだらしい、店内に発砲音とガラスの割れる音が響く。
「女を寄越せ、次は当てるぞ!」
よく言うや、完全に当てる気だっただろう。
僕は机の下でカレンの頭を抱いて伏せさせながら姉貴の方を見る。既に懐から拳銃を取り出して装弾を終えていた。
「頭を出すなよ、レオ」
「人数は?」
「銃声からしてお前の言う通り三人だ。二人は素人の撃ち方だが、一人手慣れたヤツが混じってるな」
「大丈夫そう?」
「マスターの援護があるからな、こっちの拠点に乗り込んで来たのが奴らの運のツキさ」
姉貴は愛用のヴィッセル社製45口径オートマチック拳銃を構えながらニヤリと笑う。
「息を止めてろよ」
次の瞬間、バーカウンターの裏から何かが襲撃者たちの足元に飛んできた。ギョっとした襲撃者たちが慌てる間もなく、猛烈な煙が店内に充満する。催涙弾だ!
襲撃者たちが視界を奪われせき込んだ瞬間、姉貴が猛烈な勢いで三人に突進した。一人目、オークらしき男の手を撃ち抜き拳銃を落とさせる。そちらに目が向いた瞬間、バーカウンターから頭を出したガスマスクを被ったマスターが発砲、二人目の膝を撃ち抜き哀れな人間は銃を落とし床を転げ回った。
「クソッ!」
吐き捨てた三人目が逃げようとするも姉貴は逃さない。ここバー『ファールロース』は我が家同然、煙の中でも家具の配置を良く知る姉貴はあっという間に三人目に追いつき背中に蹴りを入れる。
「チェックメイトだ」
床に這いつくばった三人目の後頭部に姉貴が銃を突きつける。勝負あった。
「白エルフ……?」
何と三人目の、そして一番手練れの襲撃者は白エルフだった。スーツを着て耳を隠していたが、縛られ身体検査をされた事でその素性は隠し通せなくなっていた。
「アルフィリオン様、残りの二人は食い詰めのゴロツキですね。金で雇われたと話しています」
「そっちは任せた、市警に突き出しておいてくれ」
「承知しました」
残り二人をマスターに任せつつこちらは姉貴、カレン、俺の三人で白エルフの尋問を始める。
殺意の籠った視線で姉貴を睨みつける白エルフは口を堅く閉ざしていた。
「何が目的でこの子を襲おうとした?」
「…………」
「お前の主人は誰だ?」
「…………」
ライブハウスや他のバンドに圧力をかける連中が単独犯なわけがない。この白エルフは何らかの組織の一員と目星をつけていた。
しかし白エルフは視線を逸らし口を堅く噤んだ。どうも素直に喋る気は全く無いらしい。
「やれやれ仕方ないな」
姉貴が僕を手招きする。何をさせるつもりなんだ。
「レオ、この白エルフ、好きにして良いぞ」
いきなり何を言い出すんだ、この不良闇エルフ。
「良いかお嬢さん、コイツはオークの中でも異常なくらい性欲が強いヤツでな。コイツの牙とアレは凄いんだ、お前にも味合わせてやるよ」
とんだ風評被害だ、僕はベッドの中では紳士的と評判なのに。
あ、カレンが凄い蔑んだ目で僕の事を見ている。後でちゃんと誤解を解かないと……
僕の方を見て震えはじめる白エルフの側に顔を寄せると何事かを囁く姉貴。怯えた白エルフはコクコクと頷くと重い口を開いた。
「や、約束は守れよ」
「良いから吐きな」
「わ、私の所属する組織は『黄金樹師団』、だ」
「独立派か」
姉貴がぶっきらぼうに呟く。独立派、つまりはベレリアント半島を再び白エルフの国にしようとするテロ組織だ。学生運動の終わりと共に再び潜伏してるって聞いたけど、本当にいたんだ。
「それもエルフィンド王国を復活させようなんていう時代錯誤な連中か。で、そいつらはお前に何を命令したんだ?」
「そいつが持ってる『鍵』を奪えって、命令されたんだ」
「『鍵』?」
「そ、そうだ。そのガキが、『エルフィンドの隠し金』の鍵を持ってるって……」
「『エルフィンドの隠し金』?」
何だそりゃ、埋蔵金か何かだろうか。
と思ったら姉貴が説明を始める。
「有名な話さ。かつてベレリアント戦争で負けたエルフィンド王国に進駐したオルクセン王国軍の占領軍総司令部、通称OKB。連中はエルフィンド王国の国庫やエルフィンド軍軍資金の残り、そしてエルフィンドの戦犯や大金持ちから資産を没収した。それらを一括で管理していたのが特別参謀部軍政局だと言われてる」
「元々は我らの金だ、あの強盗ども!」
「黙ってろ。――さて、この軍政局を仕切っていたのがクレーデル大佐という人物だった。彼は信頼する白エルフの商人、アダウィアル・レマーリアンにこの資金を運用させ私腹を肥やしていたとされている」
「あれ、どっかで聞いたことのある名前」
「お前さては歴史の授業サボってたろ」
「僕は赤点だけ取らなければ良いって主義でね」
「ったく。まぁ良い、このレマーリアンがある時占領軍参謀部に逮捕された。表向きは収賄の罪だが、裏では占領軍内の参謀部と特別参謀部の主導権争いが原因だと言われてる」
「同じような名前でわけ分かんなくなりそう」
「もう少しだ。だがその裏にはもう一つ理由があったという噂がある。それがレマーリアンの運用していた資金だ。要は参謀部がこの資金を没収する為にレマーリアンを逮捕したんじゃないかってな」
「本当なのそれ?」
「あくまで噂だ。だがレマーリアンは資金の大半をとある人物に預けており、結局参謀部はこれを見つける事が出来なかった」
「とある人物?」
「ダリエンド・マルリアン大将。レマーリアンが支援していた旧エルフィンド軍の高級将校だ。彼女は来るべきエルフィンド再独立の日の為にこの資金を隠したと言われている」
「そうだ、あの金は我ら独立派の為のものなのだ!」
姉貴がギロリと白エルフを睨みつける。彼女は首を竦めて何も言わなくなった。
姉貴はそれを見てタバコをもう一本取り出し、火を点けてゆっくりと煙を吸った。
「それがエルフィンドの隠し金――通称『