学校に猫はダメだろ、常識的に   作:Kaitei

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第6話

 

 

 ──あいつは今、引きこもってる。

 

 静かな声だった。

 

 それだけで、店の空気がずしりと重くなる。

 

「……引きこもり?」

 

 高巻さんが小さく呟く。

 

 惣治郎さんは短く息を吐き、カウンター席へ腰を下ろした。

 

 ギシ、と椅子が軋む。

 

「……さて、どっから話せばいいもんか」

 

 帽子のつばを軽く押し上げながら、ぼそりと漏らす。その横顔は、さっきまでより少し疲れて見えた。

 

 自然とみんな口を閉ざす。

 

 この先の話が軽いものじゃないことくらい、俺でも空気だけで分かった。

 

「アイツ……双葉の母親とは、双葉が生まれる前からの知り合いでな」

 

 静かに惣治郎さんが話し始める。

 

「変わり者だったが、妙に馬が合ってな……」

 

 少しだけ遠くを見るような目で話す惣治郎さん。

 

「頭が切れて、目つきが悪くて、空気が読めなくて、自由奔放で……」

 

 そこまで言って、少しだけ口元を緩めた。

 

「……そういや、お前の母親ともアイツ経由で知り合ったんだったか」

 

「え?」

 

 急に話を振られて、思わず間抜けな声が出る。

 

「母さんと、ですか?」

 

「ああ。知り合ってすぐだったな。急に居酒屋に呼び出されてよ」

 

 惣治郎さんは呆れたように肩を竦めた。てか、双葉ちゃんが産まれる前から、3人には交流はあったのか。

 

「行ってみたら、アイツがベロベロに酔っ払った状態で、お前の母親と飲んでてな、『紹介する! 私の親友!』とか言いながら、お前の母親の背中バシバシ叩いてたよ」

 

「ベロベロ……」

 

 記憶の中の若葉さんからはイメージできない……いや、結構できるな。

 

「しかも、その後二人して地元の話で盛り上がり始めやがって。俺だけ全く話についていけなかった」

 

「……なんかすみません」

 

「お前が謝ることじゃねぇよ」

 

 呆れた口調だったが、声はどこか柔らかかった。

 

「……まあ、本当にいい奴だったよ」

 

 え? 惣治郎さんめっちゃ若葉さんのこと好きじゃん。

 

「のめり込むと周りが見えなくなって、毎日遅くまで仕事に打ち込んでた」

 

 惣治郎さんは続ける。

 

「子供ができりゃ少しは変わるかと思ったんだが、双葉が生まれてからも相変わらずでな」

 

 そこで、懐かしむように小さく笑った。

 

「そんなでも、双葉の面倒はちゃんと見てたよ」

 

「仕事と子育ての両立かぁ……大変だったんだろうな」

 

 高巻さんがぽつりと漏らす。

 

「ああ」

 

 惣治郎さんが頷く。

 

「女手一つだったからな」

 

「父親は?」

 

 雨宮が静かに尋ねる。

 

「……いない」

 

「それは……」

 

 惣治郎さんの短い返答に喜多川くんが反応する。

 

「いや、いたんだろうが……俺は知らねぇ。アイツ、何も言わなかったからな」

 

 視線を落としながら、惣治郎さんは続ける。

 

「一人で産んで、一人で育てた」

 

「……」

 

 誰も口を挟まず、店内は時計の針の音だけが響く。

 

「双葉のことは本当に可愛がってた」

 

 ぽつりと続ける。

 

「普通の、仲の良い親子だった」

 

 そういえば昔、母さんが言っていた気がする。

 

『若葉さんね、双葉ちゃんの話になると止まらないのよ』って。

 

 あの時は「ほぇ〜」くらいにしか思ってなかったけど、今なら分かる気がする。本当に、本当に大切にしてたんだな……

 

 惣治郎さんは足を組み直し、少しだけ黙り込んだ。

 

 それから、低い声で言う。

 

「……だが、アイツは双葉を残して突然いなくなっちまった」

 

「いなくなった?」

 

 雨宮が聞き返す。

 

 惣治郎さんはすぐには答えなかった。

 

 数秒の沈黙。

 

 なんだか嫌な予感だけが、じわじわ広がっていく。

 

「ああ、自殺だ」

 

 頭の中が真っ白になった。

 

「……は?」

 

 気づけば、声が漏れていた。

 

 自殺?

 

 若葉さんが?

 

 いや、待て。

 

 そんな話、母さんから一度も聞いたことがない。

 

 最後に『もう連絡してこないで』ってメッセージが来て、それっきりになっただけじゃ──

 

「車道に飛び込んだんだ。双葉の目の前でな」

 

「そんなの……ショックどころじゃ……」

 

 新島先輩が苦しそうに呟く。

 

「辛すぎんだろ……」

 

 坂本くんも顔をしかめていた。

 

 俺は何も言えなかった。驚きとか、混乱とか、そういうのが全部一気に押し寄せてきて、頭が全然回らない。

 

 惣治郎さんは何も言わず、少しだけ視線を伏せる。

 

「……それで、まぁ色々あって、俺が双葉を引き取ることになった」

 

 重たい沈黙が落ちた。

 

 コーヒーの香りだけが、やけに場違いに漂っている。

 

「はじめは塞ぎ込んで、一言も話してくれなかった」

 

「やっぱり、自殺が尾を引いて……?」

 

 高巻さんが質問をし、それに頷く惣治郎さん。

 

「飯を持っていっても反応なし。学校なんてもってのほか」

 

 淡々と語っているようでも、その声の奥には苦さが滲んでいるように感じた。

 

「部屋の隅で膝抱えて座ってるだけ。……見てられたもんじゃなかったよ」

 

 小さい頃、一緒にゲームをしたり、アニメを見たりして笑っていた双葉ちゃんの顔が頭に浮かぶ。

 

 その子が、暗い部屋で一人膝を抱えている姿なんて、うまく想像できなかった。

 

「それでも、俺が勝手に喋ってるうちに、少しずつ口を開くようになってな。それで分かったんだ」

 

 惣治郎さんはゆっくり息を吐く。

 

「アイツ、自分の母親の死を……全部、自分のせいだと思い込んでやがる」

 

「自分のせいって、どうして?」

 

 高巻さんが驚いたように声を上げる。

 

「そこは話さねぇ」

 

 惣治郎さんは首を横に振った。

 

「事情は知りたかったが、傷口を無理にえぐるようなことはやめたよ」

 

 静かな声だったけど、多分、“踏み込めなかった”んじゃなくて、“踏み込まなかったんだ”じゃないかなって思う。

 

 双葉ちゃんの、ために。

 

「それで、数ヶ月前からだ」

 

 惣治郎さんが腕を組む。

 

「何もねぇのに急に怯えたりするようになった。“声が聞こえる”とか、“母親が見てる”ってな……」

 

 店の空気がまた少し冷える。

 

 母親が見てる。

 

 その言葉だけが妙に耳に残った。

 

「幻覚や幻聴、ですか」

 

 喜多川くんが静かに口を開く。

 

「医者には?」

 

「双葉が徹底的に拒んだ」

 

 即答だった。

 

「往診頼んでも部屋に鍵かけやがる。それで、閉じこもって、そのまま引きこもりになっちまった。家の外には一歩も出ねえし、誰とも顔を合わせようともしねえ」

 

「マスターは?」

 

 さらに喜多川くんが質問し、惣治郎さんが深く息を吐いて答える。

 

「俺も、部屋に入れてもらえねえんだ」

 

「けっこう重症だな……」

 

 坂本くんが眉をひそめる。

 

「双葉は、とにかく、特殊な子なんだ」

 

 惣治郎さんはゆっくり言葉を選ぶように続けた。

 

「頭の回転が早すぎるっていうか、話も飛び飛びだったりしてな……。自分の中で全部完結しちまうらしい」

 

 そこで、小さく肩を竦める。

 

「俺には、理解できないことも多いよ……」

 

 そう言う惣治郎さんの声には、突き放した感じはなくて、理解できなくても、理解しようとしている。そんな感じに思った。

 

「そんなわけで、他者を拒むからお前を家に入れるわけにはいかなくてな……」

 

 惣治郎さんは雨宮の方を見る。

 

 よく分かんないけど何か事情があるらしい。雨宮が「ここで十分だ」と答えた。

 

 惣治郎さんはまた目線を落として、話を続ける。

 

「双葉に必要なのは、何者にも脅かされない、安心できる環境だ。だから、俺はアイツが望まないことはしねえ」

 

 そこまで言って、自嘲気味に笑った。

 

「……って、それじゃダメだって事ぐらいは分かってる。だが、俺にできることなんて、そんくらいしかねぇんだよ……」

 

 ゆっくり席を立ち、帽子を被り直す。

 

「……ったく。お前らがなんで双葉を探してんのかは知らねぇが」

 

 そこで惣治郎さんがちらりとこっちを見る。

 

「どうせ、あの女に何か言われたんだろ」

 

 ……?

 

「あの女?」

 

 怪盗団のみんなの視線がこっちに向いた。しまった、口に出てたか……。いや、ここは開き直ろう。

 

「いや、誰です?」

 

「……いや」

 

 坂本くんが視線を逸らす。

 

「その……まぁ、色々?」

 

「色々って?」

 

「説明むずいんだよ!」

 

 なんか誤魔化された。

 

 新島先輩は小さく息を吐いて、

 

「後で説明するわ」

 

 とだけ言った。

 

 いや絶対説明されないやつじゃん、それ。

 

 その横で雨宮だけが静かに惣治郎さんを見ていた。

 

 惣治郎さんは肩を竦める。

 

「まぁ、深く詮索する気はねぇよ。お前らなりに事情があるんだろうしな」

 

 惣治郎さんはそれ以上は踏み込まなかった。

 

「……だから、双葉のことはそっとしておいてやってくれ」

 

 頼み込むわけでもなく、怒るわけでもない。ただ、本心からそう願っている声だった。

 

「……分かった」

 

 雨宮が返事をする。

 

 惣治郎さんは「ああ」とだけ返し、そのまま出口へ向かう。

 

「じゃあな。早く帰れよ、お前ら」

 

 カラン、とベルが鳴る。

 

 一瞬だけ夜風が店内に入り込んだが、すぐに扉は閉じ、ルブランには重たい静けさだけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、情報の濁流を整理するため、明日もう一度集まろうという話になった。集合場所は渋谷の連絡通路。

 

 俺は「いや、怪盗団じゃないし関係なくない?」とか思っていたんだけど。

 

『佐藤くんもね』

 

 新島先輩に即座に釘を刺された。

 

 拒否権は無かった。ひどい。

 

 俺は、まだ少し話すことがあると言う怪盗団を置いて、先に家に帰った。

 

 ◇

 

 自室のベッドに倒れ込み、仰向けになる。

 

 頭の中に浮かぶのは、白い天井じゃなくて、さっきのルブランだった。

 

『……ああ、自殺だ』

 

 惣治郎さんの声が耳に残っている。

 

 若葉さんの自殺に双葉ちゃんの引きこもり。

 

 小さい頃、一緒にゲームをしたり、アニメを見たりしていた家族が、そんなことになっていたなんて想像もしていなかった。

 

 なんだか胸の奥が重い。

 

 母さんは知ってるんだろうか。

 

 若葉さんのこと。双葉ちゃんのこと。あのメッセージの後に何があったのか。

 

 もし知ってるなら。

 

 俺は、それを聞いていいんだろうか。

 

 いや、そもそも伝えていい話なのか?

 

 そこまで考えて、視線を横へ向ける。

 

 今は多分、風呂に入っている。

 

 母さんはもう帰ってきている。最近は仕事が忙しいらしく、今日はルブランへ行っていた俺の方が先に帰っていた。

 

「……うーん」

 

 少し考える。

 

「まぁ、まだいいか」

 

 今じゃない気がした。

 

 聞くにしても、もう少し整理してからでいい。そう結論づけて、ベッドの上で寝返りを打つ。

 

 そこでふと違和感に気づいた。

 

「……あれ?」

 

 そういや、途中から猫いなくなってなかった……?

 






Cat has gone somewhere


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