最終話を読んで「レゼ…どこ…?」としばらく彷徨い続けました。
いや、これは素晴らしいエンディングなのだけども…レゼ…。
そしてタツキ先生があえて余白を残してくれたのだと思い直し急遽衝動で書きました。
一流のバッドエンドより三流のハッピーエンドがモットーです。
※注意 最終回ネタバレあります。未読の方はご注意を。
私は……誰? 多分11歳。
長い夢を見ていた気がする。
夢の中で私は実験動物のように扱われ、スパイとして育てられ、挙句の果てに悪魔の心臓を埋め込まれて人間でないものにされるという悲惨な人生だった。
そんな悲惨な人生の中で、唯一私を普通の女の子として接してくれた男の子がいた。
多分私はその子が好きだったのだろう。
多分というのは、私がその気持ちが何なのか分からなかったからだ。
私はその子を殺すことが任務だった。
結局私は彼と相打ちになり任務に失敗した。
任務に失敗した私は処分されるしかなかったが、その子は危険も顧みずに一緒に逃げようと言ってくれた。
でも、私は彼の手を振り解き、酷い言葉を投げつけ、そして彼の元を去った。
そうして一人になった私は彼の事しか考えることができなくなって、彼が待つ場所へ向かい…路地裏でネズミのように殺された。
喫茶店の窓越しに彼の後ろ姿を眺めながら、自分の胸から流れる血だまりに沈みながら、彼についた嘘を謝罪していた。
「私も学校に行ったことなかったの」
どうしてこの言葉が漏れたのだろう。
彼に対する嘘を悔いながら、彼ともう一緒に居られないことを悲しみながら私の意識は暗闇の中に落ちて行った。
目が覚めるとそこは騒ぎになっていた。
大勢のカメラを持った大人たちと警察の制服を着た人たちが私たちの家の前に集まっていた。
私を含むそこに居た子どもたちは、次々と保護されてしばらく入院することになった。
後で知ったことだが、私たちのいた場所は身寄りのない子どもたちが集められており、あるものは金持ちの慰み者として売られたり、あるものは人体実験の材料にされたり、あるものは悪魔の生贄にされたりするための孤児院のようなものだった。
夢の中でも現実でも悲惨な境遇には変わりなかった。
転機が訪れたのは、私たちの国であるソ連が崩壊したことによってこの場所の存在が明らかになったことだった。
私たちの存在は世界各国で大きなニュースになったらしい。
世界中の篤志家が私たちの境遇を哀れみ、里親として名乗りをあげた。
私はその内の一人で、日本人の夫婦に引き取られた。
お父さんはとても優しい人で、地主さんなのに趣味で喫茶店をやっていた。
お母さんはロシアの血が入っているらしく、ロシア語も話せた。
二人には娘さんがいたが、小さいころに亡くなったらしい。
私を引き取ったのは、私が娘さんに似ていたことがきっかけだそうだ。
私には名前が無かったので、その娘さんの名前を名乗ることにした。
「レゼ」という名前だ。
不思議なことに初めて聞いた名前のはずなのに、元から私の名前のようにしっくりきた。
私はこの両親のお陰で、何不自由なく育ててもらった。
私はその境遇から教育を受けておらず、学校にも行ったことがなかったが、両親が教育熱心で私に日本語とロシア語で小学校の勉強を一から教えてくれた。
幸いなことに私は元々才能はあったらしく、中学校に編入するころには既に成績優秀になっていた。また、何故か運動神経も抜群だったので、気が付くと学校でも人気者になっていた。
だからだろうか、告白してくる男子もやたら多かったが私は誰ともお付き合いをすることはなかった。
学校一のイケメンから告白された時もそうだった。クラスの女子のほとんどが羨望の眼差しで見つめる中、私は完全な塩対応で振ってしまった。
友達からさんざん非難されたが、私はなぜか全くその気にならなかった。
私には人の心はあるのか?ちゃんと恋することができるのか?生い立ちのせいでそんな心が無くなっているのか?
そう考えると両親に申し訳ない気持ちになり、ある日お母さんに相談してみた。
そうするとお母さんは笑いながら
「レゼちゃん、あなたにはまだ運命の人が現れてないだけよ」
と答えた。
「運命の人?」
そんな人いるのかな?
などと考えたその夜、久しぶりに昔見た夢を見た。
昔見た私がスパイだった夢。
そしてそのターゲットだった男の子。
彼と過ごした夏の日が蘇り、そしてまた私が血だまりの中で彼の背を見ながら死んでいく。
前と同じ夢。でも今度は分かった。
私は彼に恋をしていた。
これが恋なんだ。
そしてその恋心を彼に伝えることができず、彼の後ろ姿を目にしたまま死んでいくのが妙にリアルで、妙に悲しかった。
目が覚めたとき、私は泣いていた。
そのころには夢はもうおぼろげな記憶になっていたけども、涙が止まらなかった。
多分、彼がお母さんの言う運命の人なんだろう。
でも、どこにいるんだろう?
いや、そもそも実在するんだろうか?
夢の中の彼はもう顔も思い出せなかった。
それでも私は彼が運命の人なんだという確信があった。
高校に入学してからは、暇な時間を見つけてはお父さんの喫茶店でバイトを始めた。
お父さんは私が手伝うのがうれしいみたいで、すごく上機嫌になっていた。
ずるい私はこれに乗じてプレゼントをねだった。
何故か前から気になっていたアクセサリーがあったのでずっと欲しかったのだ。
シンプルなデザインだけど、高級な皮のチョーカーだった。
丁度首の横にシルバーのリングが付いている。
ちょっと中学生のお小遣いでは手がでなかったので、お父さんに買ってもらった。
着けてみて自分でもびっくりするくらい似合っていた。
お父さんの喫茶店は私が夢の中でバイトしていたところにそっくりだった。
こういうのをデジャブというのだろうか。
実はお父さんの喫茶店で働くのは、私の下心があった。
夢の中で私は喫茶店で彼に会った気がするのだ。
だからお父さんには内緒だけど、私は運命の人に会うためにバイトしている。
そして、運命は唐突にやってくる。
私はバイトに向かう途中でにわか雨に降られて、慌てて電話ボックスに駆け込んだ。
そこには先客がいた。
ボサボサの金髪にギザギザの歯。
黒いネクタイとスーツ。
夢の中と違うのは彼が眼帯をしていること。
それでも思い出した。
彼がそうだ。運命の人だ。
人の心はあまりに多くの感情に耐えられないらしい。
私の心は知らぬ間に誤動作をしており、気づけば狂ったように笑いながら、次の瞬間に泣き出していた。
彼はさぞ驚いただろう、突然駆け込んできた女が狂人ではないかというほど笑い泣きしているのだ。
それでも彼は私を元気づけようとしたのだろう、なんと口から花を吐き出した。
私は口から花が出てきたことよりも、こんなことでさえ夢の通りなのに驚いた。
あれは正夢だったのか…。
だとすると私の未来は…。
このまま夢の通りだとすると、私はまた血だまりの中で彼に会えずに死んでいくのか…。
……しかしそれでも。
刹那でもいい、彼といたい。
私は彼の差し出した花を手に取り微笑んだ。
その後は不思議なことに、いや私にとっては必然だったが、夢の中の通りに喫茶店で彼との時間を過ごした。
彼はデンジという名前で公安に勤めるデビルハンターだった。
歳は16、私と同じ。
夢の中と同じだったのは…私がデンジ君を好きなこと。
やはり彼が運命の人だったことだ。
そして夢の中と違うのは私はスパイじゃなくて普通の女の子なこと。
私もデンジ君も悪魔と合体せずに人間なこと。
だからデンジ君と戦うことも、殺すこともしなくてよかった。
私は満を持して、祭りの日に花火をバックに告白しようとした。
しかし、その前に私の恋は砕け散った。
見てしまった。デンジ君は若く美しい女性の悪魔と一緒だった。
思わず後をつけてみると、二人は同じ家に帰っていった。
そうだ、これは夢と違うのだ。
だから私にとって彼が運命であっても、彼にとって私は運命ではなかったのだ。
私の物語は彼がヒーローだけど、彼の物語では私はヒロインではなかった。それだけのことだ。
家に帰って泣き崩れる私を見て両親はオロオロしながらも慰めてくれた。
お父さんは
「レゼは可愛すぎた。だからいつかぴったりの男の子が現れるよ」
と、言ってくれた。
でも、私の心は全部彼に持っていかれた。もう恋することなんてできない。
「それで、レゼちゃんを泣かせた奴はどいつだい?」
と、何故か恐ろしい殺気を纏いながら尋ねてきた。
「……デンジ君」
「そうか、あいつか!……ん、何で?レゼちゃんと仲良かったでしょ?」
「……デンジ君、彼女が居て一緒に住んでた」
「その彼女って…もしかして角が生えてないか?」
「!?……お父さん!知ってるの!?」
「それ、デンジ君のバディだけど多分彼女じゃないよ」
「……へ?」
「何回かこの店にも来てるけど、レゼちゃん居なかったからね。あの距離感は……家族みたいなものかな。レゼちゃん、彼に思いは伝えたのかい?」
「……まだ」
「だったら諦めるのは早いと思うよ。大丈夫、レゼちゃんは世界一可愛い。お父さんが保証するよ」
すると、お母さんが棚の奥から綺麗な花柄の浴衣を取り出してきた。
「これはね……レゼちゃんが小さいころに着てた浴衣と同じ柄で作ったのよ」
このレゼは私ではない。私が来る前に亡くなった本当のレゼだ。
「いつか大きくなったら、これを着てほしくてね…。今がその時よ」
そう言ってお母さんは浴衣を着せてくれた。
「すごく似合うわよ、レゼちゃん」
「うんうん、うちのレゼちゃんは世界一だ」
親バカとはこういうことなのだろうけど、両親にとって娘は私だけじゃなく、その前に亡くなった本当のレゼちゃんにもその思いを重ねていたので私はその大きな愛に私と私じゃないレゼの二人分甘えることにした。
お父さんは祭りの日に花火が一番見える場所を教えてくれた。
「ここはね、花火が見えるのに人が来ないマル秘スポットなんだ。ここでデンジ君と花火を見ておいで」
「……ありがとう!お父さん!お母さん!」
思わず両親に抱き着いて泣き出してしまった。
二人はそんな私に何も言わず、優しく抱きしめてくれた。
祭りの日、デンジ君は公安の仕事が終わってから来てくれた。
私はもう彼以外何も目に入ってなかった。
まるでこの世界に二人だけみたいだった。
二人でお祭りを満喫したあと、私はいよいよマル秘スポットへと彼を誘った。
夢の中の私はスパイで、それでも彼を殺したくなくて二人での逃避行を提案して、そして振られた。
でも、今にして思えば彼にとって「仕事と私どっちが大事か」というぐらいバカな質問だったのだ。
そして、私が彼を守るというある意味傲慢ともいえる思いを持っていた。
私はあの時自分に嘘をついていた。彼を守るだの、逃避行だの自分の心を隠したまま彼を誘おうとしていた。
あの時言うべきはそんなことじゃなかった。
私を縛るソ連や任務から
「助けて」
これだけで良かったのだ。
今はもう私を妨げるものはない。
私が言うべきことはただ一つ。今からそれを口にする。
「デンジ君……」
「好きです。私と付き合ってください」
そして、夢の中でも叶わなかった夢が叶った。
花火を背に私は背伸びして彼に口づけをした。
それから数日後、彼とデートすることになった。
待ち合わせは二道だ。水族館に行ってイルカとペンギンを見るのだ。
通いなれた喫茶店への道を歩く私の足はどんどん速くなっていった。
この路地を抜けると、彼が待ついつもの喫茶店だ。
薄暗い路地を歩くうちに喫茶店の窓が見える。
彼が居た。
大きな花束を抱えている。
あれを持ってデートするの?
彼の無計画さに思わず笑みが漏れる。
そして、彼に会うために自然に小走りになって
路地を出ようとしたときに……
空から落ちてきた鉄パイプが私の体を貫いた……。
「え………?」
こんなところまで夢と一緒だった。
やはりあれは正夢だった。
血が流れて赤い円を描いていく。
私はまた、彼に会えずに死んでいくのか……。
夢の中ではここで諦めていた。
私はやはり彼とは結ばれない運命なのだと。
でも今は違う。
彼に会えずに死ぬなんて絶対嫌だ。
夢の中では決して言えなかった言葉を口にする。
「助けて!デンジ君!!」
良かった、ちゃんと口にできた。
そう思いながら私の意識は闇へと沈んでいった。
………目を覚ますとそこは知らない天井だった。
「レゼ!!!!」
デンジ君が片方の目から涙を溢れさせて私を抱きしめた。
「良かったぁ……もう目を覚まさねえかと……」
「……デンジ君、私は……」
「医者が言うには傷は塞がったけど、出血が多かったから危なかったんだってよ。3日間全く意識が戻らなかったんだ。良かった…ホントに良かった…」
「そっか……」
デンジ君は私の声を聴いて、即座に救急車を呼んでくれたらしい。
夢の中ではデンジ君は私が死んでいるのに気が付かなかったけど、今度は気づいてくれた。
その後両親も慌てて飛んできたけど、とりあえず私の回復を優先して1日様子をみることにした。
幸いその後は順調に回復して、安静にしていれば問題ないようになった。
今日はデンジ君がお見舞いに来てくれている。
後ろ手に何か隠している…というか何を持ってるのかバレバレだけど気づかないフリをする。
しばらく話をした後で
「昔さ、夢ん中でさ……」
と、デンジ君が語りだした。
「なんかすごく好きな娘がいたんだ。いろんなこと教えてくれて、殺されかけたりもしたんだけどさ…。それでもすげえ好きだったんだ。全部捨ててでも一緒に居たい…って思えるほど」
心臓が跳ねた。私と同じ夢。
「でも、その娘は結局来なかったんだ…」
胸が張り裂けそうだった。デンジ君はずっと待っててくれたんだ。
「最初俺ぁ振られたと思ったんだけど…もしかしたら彼女はそこまで来てたかも知んねぇ…って思うようになったんだ。そしたらずっと魚の骨が喉に引っかかったみてぇになっちまって…。だから今回は後ろを振り返ったんだ、そしたらレゼが倒れてて……!」
デンジ君も同じ夢を見ていた。
もう疑いようがない、あれは正夢、いや私たちの前世か。
その世界では私はそのまま死んでいた。今回も前のままの気持ちだと死んでいただろう。
そこを変えられたのは小さな一歩。
自分の心に素直になって、デンジ君に助けを求めたこと。
そうして運命は変わった。
運命は変えられる。
自分の行動一つで変わる。
「レゼ……ホントはこんなとこじゃないほうが良かったんだけど……」
そう言いながらデンジ君は後ろ手に隠していたものを渡してきた。
それは大きな花束だった。
ガーベラが100本もあった。
「レゼ……この花好きなんだろ?だからいっぱい買ってきた」
「……デンジ君」
私は花束を受け取り、満面の笑顔で答えた。
「ありがとう!これからもよろしくね!」
100本のガーベラ。プロポーズの意味だ。
彼はこの意味を知っているのだろうか?
いや、知らないだろう。それでも良かった。
あの夢では手にすることができなかった花束。
今度こそ私はそれを手にすることができた。
病室の窓から降り注ぐ夏の太陽が、花束と私の目から溢れた涙を照らしていた。