怪人のいない街でヒーローをやっていたら、俺のほうが指名手配されました 作:宙うし
人間が怖い。
千里中央の件から数日、俺は本気でそう思っていた。
いや、前からちょっとは思っていたのだが、あの件で決定的になった。ちゃんと助けた。かなり助けた。歩行者も助けたし、タクシーまで止めた。なのに世間の感想は「被害者の鞄を盗んで夜空へ消えた火事場泥棒怪人」である。
結果だけ見ろよ、結果を。と思う一方で、世間はちゃんと「映像に残った最悪の結果」だけを見ていた。ぐうの音も出ない。
だから俺は、しばらく夜の出動を控えていた。
控えていたのだが、エゴサはした。人は弱い。検索窓に「北摂カラス男」と入れる指が止まらない。
『助けたフリして鞄盗むの怖すぎww』
『善人ムーブからの強奪が一番サイコ』
『カラスだから光り物が欲しかった説』
『もう夜道で会ったら泣くわ』
「傷つくなあ……」
「やめればいいのに」
窓枠にとまった黒羽が、いつもの冷ややかな声で切り捨ててくる。
「やめればいいのはわかってるんだよ。でも気になるだろ」
「人間の愚かな習性ですね」
「お前、一応俺の相棒なんだから少しは寄り添えよ!」
「気が向けば善処します」
寄り添う気ゼロである。
その夜、俺は何をするでもなくテレビをつけた。画面ではちょうど「感動! 奇跡の動物スペシャル」みたいな番組が流れていた。迷い犬が家に帰る。側溝にはまった子猫を近所の人が助ける。ナレーションは優しいし、BGMも暖かいし、何より出てくる人間たちが「ありがとう」と笑顔で泣いている。
なんて平和な世界なんだ。
「……これだ」
「嫌な予感しかしません」
「人間相手はハードルが高すぎたんだよ」
「何を言ってるんですか」
「まずは動物だ!」
「ますます意味がわかりません」
「リハビリだよ! ヒーローとしての! 考えてみろ黒羽。人間はややこしい。見た目だの、SNSの動画だの、世間体だのですぐ怪人扱いしてくる。でも動物は違う! 助けたら素直に懐く!」
「人類との信頼関係を、なぜ犬や猫で誤魔化そうとするのですか」
「動物は純粋だからだよ!」と言い返しかけて、目の前の目つきの悪いカラスを見て言葉を呑んだ。こいつは全然純粋じゃない。まあいい。
いきなり人間社会のど真ん中でヒーローをやろうとしたのが間違いだったのだ。まずは小さな命を助け、地道に実績を積む。そうすれば、いつか俺の心も報われるはずだ。たぶん。……頼むから報われてくれ。
「そういえば、近所に迷い猫とオカメインコの張り紙あったな」
「だから嫌なんです」
「まだ何もしてないだろ!」
「その言葉の信用度がゼロだと学習してください」
◇
翌日の夜、俺は171号沿いを見下ろしていた。変身した俺の視界は、夜でもかなりよく見える。
「まずは索敵だな」
「捕食者のセリフなんですよ、それ」
「保護者と言え保護者と!」
ラーメン屋、ドラッグストア、カー用品店、コンビニ。ロードサイド店舗の灯りが並んでいて、車列は夜でも絶えない。ザ・北摂の幹線道路という景色だ。
屋根から屋根へ跳ねながら視線走らせていると……いた。
白地に茶色のぶち。首輪つき。名前はモモ。張り紙の写真通りの猫だ。
問題は、そのモモが今、171号の道路端でちょこんと固まっていることだった。
トラックのライトが迫る。クラクションが短く鳴る。
まずい──!!
「黒羽!」
「行きなさい!」
反射的に俺は飛び、ドラッグストアの看板の上から急降下。夜風と排気ガスの匂いが顔を打つ。目の前でトラックの巨大なバンパーが迫る。間に合えっ!
俺は地面すれすれで体をひねり、足の鉤爪でモモの胴体を優しく引っ掛けた。直後、目と鼻の先を数トンの鉄塊が風圧とともに通り過ぎていく!
俺はそのまま背中の羽を全開にして跳ね上がった。
「グァッ! (よし!)」
「救助、成功ですね」
「だろぉ!?」
完璧だ! 車に轢かれそうになった猫を間一髪で救出した!
腕の中で、モモは最初ばたばた暴れた。だが俺が落とさないように抱え直し、羽で風を遮るみたいに包むと、少しずつ大人しくなった。完全に安心したわけではないだろうが、少なくともパニックは収まってきている。
「見たか黒羽!」
「見ました」
「わかるんだよ、やっぱり。善意って」
「諦めて疲れただけかもしれません」
「そういうこと言うなよ!」
その時だった。
「おい……今の見たか!?」
「やば! 撮れた撮れた! 怪人が猫さらった!!」
歩道にいた高校生ふたり組が、目を輝かせてスマホをこっちに向けていた。さらに、急停車した軽乗用車の窓から運転手が顔を出し、引きつった顔で俺を指さしている。
さらってねえよ!
「グァアッ! (違う! 救出だ!)」
「うわ、なんか威嚇した!」
「ヤバいって! 首輪ついた猫を食おうとしてる!」
まずい。これはもう駄目だ。今この場で何を言っても、「黒い鳥怪人がペットの猫を狩った」絵面しか残らない。絶望的なまでに見た目の説得力がマイナスなのだ。
「どうします」
「離脱ッ……!!」
「いつものパターンですね」
俺はモモを抱えたまま、店舗の屋根を伝って夜の闇へ逃げ延びた。
◇
この状態で飼い主に電話して、「たまたま保護しまして」と言っても、たぶん余計に話がこじれる。いや、千里中央の鞄の件みたいに、うまくやれば返せるのかもしれない。だが今の俺には、あの視線のあとでまともに人間と会話する自信がない。
「……猫を返すときは慎重にいく」
「珍しくまともな響きですね」
「……こそこそ戻す」
「学習しているのか、していないのか判断に困りますね」
「うるさい。今はこれが最善だ」
結局、俺は近所のホームセンターで買った段ボール箱へモモを入れ、底にタオルを敷いた。穴もあけた。猫のためである。置き手紙も書いた。
『ねこをみつけました。ぶじです。おうちにかえします』
黒羽が紙を見て言った。
「小学生ですか」
「気持ちは伝わるだろ」
「語彙があまりにも足りません」
変身を解き、張り紙の住所の家へ向かう。玄関前にそっと箱を置き、インターホンを押してダッシュで離脱。そのまま近くの電柱の影から見守った。
すぐに玄関が開き、お母さんと小学生くらいの女の子が出てきた。箱を開け、中からモモが顔を覗かせた瞬間──ふたりが固まり、次の瞬間、女の子がボロボロと涙をこぼしながら猫を抱きしめた。
「モモ! よかったぁ……」
物陰で見ていた俺は、そっと胸を撫でおろした。
「……見たか、黒羽」
「ええ。最後だけ見れば、完璧な成果です」
よし。成果は出た。この調子で次だ!
◇
『オカメインコを探しています』
写真つき。
黄色い頭、白っぽい体、頬の丸いオレンジ。名前はピー助。手乗りで人に慣れているが、物音に驚きやすい。二日前の昼にベランダから逃げた。見かけた方は連絡ください。
「よし」
「何がですか」
「鳥だぞ」
「ええ」
「オカメインコだぞ」
「ええ」
「俺もカラスだ。同類だ。専門分野と言ってもいい!」
「見た目はだいぶ不穏ですが、生物分類上は一応そうですね」
吹田と豊中の境目、静かな住宅街。道端の自販機がやたら明るく、どこかの家の風呂の音が遠くに聞こえる。人間はだいぶ少ない。これならいい。
今夜は人間を助けるんじゃない。オカメインコだ。鳥相手なら、怪人姿だろうがなんだろうが恐怖を与える心配はないはずだ。
公園の木立、電線、屋根のフチ。小さく軽いものが留まりそうな場所を重点的に探す。
そして──見つけた。
千里南公園の木立の枝の先。夜目にもハッキリとわかる、黄色い頭とオレンジの頬
「いた……!」
「本当にいましたね」
「見ろ黒羽。やはり俺には鳥の気持ちが──」
「静かに。驚かせたら逃げますよ」
黒羽に注意され、俺は息を殺した。
ゆっくりと、枝の少し上へ降り立つ。下には誰もいない。スマホを向けられることもない。完璧なシチュエーションだ。
インコ──ピー助は、首をちょこんと傾げてこちらを見ていた。巨大な黒い怪人を見ても、パニックを起こす様子はない。
「グルル……(おいで)」
「ピッ?」
俺はそっと手を差し出した。
黒い装甲に包まれた指先へ、ピー助がぴょんと乗る。
「……なあ黒羽」
「なんですか」
「俺、今ちょっと泣きそう」
「今夜二回目ですね」
「感動もんだよ!」
静かな夜の公園。肩に小さなインコを乗せた黒い怪人。
誰にも見られない場所で、俺は生まれて初めて「ヒーロー活動」が報われた気がした。
◇
俺は木立の外れまで歩くように移動し、人気のないあたりで変身を解いた。肩に乗っていたピー助は、意外と素直にそのまま俺の指へ移ってくれた。変身中より、むしろ今のほうが安心している気さえする。人間の姿のほうがよかったらしい。ちょっと複雑だ。
「そこはまあ、当然でしょう」
「言わなくていい」
「でも捕まえられた相手があなたでよかったですね」
「……おう」
張り紙の番号へ電話をかける。
コール音が二回鳴っただけで、若い女性の声が飛び出してきた。
『はいっ』
「あ、あの、すみません。張り紙を見て、その、オカメインコを」
『えっ!? ありがとうございます! 今から行きます!』
しばらくしてやってきた女性は、部屋着の上に上着だけひっかけたみたいな格好で、息を切らしていた。片手には小さな鳥かごを持っている。ほんとうに急いできたんだろう。
「ピー助……! 見つかってよかった……」
女性が慣れた手つきでピー助をやさしく包むように支え、そのまま鳥かごの中へ戻した。中に入ったピー助は落ち着いたように止まり木へ移り、小さく一声鳴いた。
ああ、帰る場所をちゃんと覚えていたんだな、と思う。
女性は何度も頭を下げて、ピー助を大事そうに抱えたまま帰っていった。俺はその後ろ姿をしばらく見送り、それから夜空を見上げた。
「見たか、黒羽。今回は完璧だったろ」
「ええ。最初から最後までうまくいきましたね」
「だよな!!」
「珍しく」
「最後の一言いる?」
「褒め慣れてないので」
俺は少し笑った。
猫も助けた。
インコも無事に返した。
人間は相変わらず怖いが、俺のヒーローとしてのリハビリは着実に前進している。そう思っていたのだ。
だがその翌日。
171号のドラレコ動画が、SNSに出回るまでは。