親愛度コミュ20話の少し後想定です。
若干の曇らせ要素がありますが、ハッピーエンドです。
解釈違いがあったらごめんなさい!
※pixivにも投稿しています
「篠澤さん」
プロデューサーが、固い声色でわたしの名前を呼んでいる。
微睡むようにぼんやりとした意識の中で、何となく、「ああ、これは夢だな」と思った。
軽く周囲を見渡せば、どこかの教室らしき様相。でも、わたしがいつも授業を受けている教室とは違うし、かといってレッスン室や事務所なんかとも異なる。
わたしの中にある教室という概念をつぎはぎにして作られたような内装。わたしの記憶に、存在しない景色。だからきっと、これは夢。
そんな場所で、わたしはプロデューサーと向かい合って椅子に座っていた。
「聞いていますか?」
四角い黒縁の眼鏡の奥から覗く瞳は、いつも通り凪いだような静けさを湛えている。
表面的に感じ取れるのは、深い思慮と落ち着き。だけどその奥の方に、彼とある程度まで深く関わった者にしか気付けない熱がある。
激しく燃え上がるようなものじゃなくて、静かにゆらめく炎。彼がプロデューサーという仕事にかける思いが、じんわりと伝わってくる。そんな眼差し。
その、はずなんだけど。
どうにも、今の彼からは無機質な冷たさしか感じられない。
いくら夢の中とはいえ、自分のプロデューサーくらいは完全再現して欲しかった。なんだか負けたような気分だ。この感情は、目が覚めたら本物のプロデューサーにどうにかしてもらおう。
「……うん、聞いてる、よ」
八つ当たり気味にそんなことを考えつつ、とりあえず返事をしておく。
真剣。いや、剣呑というべきか。とにかくあまり見たことのない表情だ。夢の中のわたしは一体、彼に何をしてしまったのだろう。
「今から、大事な話をします」
「大事な話?」
「はい」
「……分かった、聞く」
プロデューサーが時折見せる、今にもわたしを見限りそうな目。最近では少なくなったが、出会った当初はよくあの視線を向けられていたものだ。
それを数段強くしたような雰囲気で、プロデューサーがわたしを見ている。これはもう、見限り
ならば大事な話というのはもしかすると、契約解除の申し出だったりするのだろうか。
本当にそうであれば…………とても、興味深い。
端的に言えば、わたしは苦難が好きだ。天才という称号を捨て、ゼロからアイドルを目指したのも。プロデューサーに見捨てられるかどうかのぎりぎりを楽しんでいたのも。
すべては、自身にとっての壁を乗り越えんとする瞬間が好きだから。
故に、気になる。自分が真にプロデューサーから見捨てられた時、どんな感情を抱くのか。
多分だけど、現実のプロデューサーは余程のっぴきならない問題が起きない限り、わたしから離れることはない。お互いに趣味を追い求め、先日などついにN.I.Aまでも制覇してしまった。始まりこそお試しのような契約だったものの、わたしたちのつながりはもはや強固と言って差し支えないレベルのはず。
だからこそ、この状況は貴重だ。現実では出来ない体験ができる。果たして、わたしはその時何を思うのか。
多分、悲しさはあるだろう。寂しさも、きっとある。では、わたしはそれすらも壁と認識して楽しめるのか。
自分と共に歩んでくれた、相棒とすら呼べる存在を失う。それは、これまでの生で経験したことの無い苦痛であることは間違いない。
奇妙な高揚感と不安が半々。そんな心持ちで、わたしは続く言葉を待った。
「——単刀直入に伝えますが、俺との契約を解除してほしいと思っています」
空白の署名欄がある書類を差し出しながら、プロデューサーはそう言った。やはり、想像していた通りの言葉だ。では、それを受けたわたしの心境はと言えば。
(…………うーん?)
一言で表すなら、なんか思ってたのと違うといったところか。
確かに悲しくはある。あるのだが、どこか他人事のように思えてしまうというか。
例えるなら、知り合いの研究室で実験が失敗したという話を聞いた、みたいな。大変そうだな、失敗の原因はなんだろう。そんなレベルの感想しか浮かんでこない。
もっと辛くて、苦しくて、他の事が手につかないくらいになってもおかしくないと思っていたのに。
わたしがうんうんと頭を捻っていると、プロデューサーが咳払いをして再度口を開いた。
「……いかに篠澤さんといえど、すぐには思考の整理がつかないようですね。俺は少し席を外しておきます。戻ったら話の続きをしましょう」
「……あ、うん」
早口気味にそう言うと、プロデューサーはわたしの背後にある扉から出て行った。
どうやら突然の契約解除をわたしが受け止められていないと勘違いしたようだが、一人になれたのは好都合だ。ゆっくりと、自身の感情について整理することができる。
とはいえ、何となく察しは付いている。
おそらく、現実味が無さすぎてシチュエーションに没入しきれていないのだ。先程も言ったように、プロデューサーが突然に契約を解除するということは考えにくい。
だからこそ、今一つ自分の身に起きたことだと認識できない。
現実には起きないことを体験したかったのに、非現実的なせいで上手く実感が得られないとは誤算だった。あるいは、もう少しプロデューサーの再現度が高ければ良かったのかもしれないが。
まあ、所詮は夢だ。そう上手くはいかないかと溜息を一つこぼし、頬杖を突く。ひとまずはプロデューサーが戻ってくるのを待とう。そんなことを考えつつ、ぼんやりと時計を眺める。
一分。
二分。
三分。
長針が回転するのを見つつ、ふと思った。
(……まだ、目覚めないのかな?)
夢の長さなどというものは人によってまちまちだし、体感でも変わるためにあまり参考にはならないが、何故だかこの夢は妙に長く感じられる。
周囲のものが鮮明で、情報量が多いからだろうか。改めて手元の書類にも目を通せば、ほら。本物の契約解除書類だと言われても全く疑えないような文言が——。
「…………精巧、すぎる?」
思わず、そう小さく呟いた。本物を見たことがないので判断は付かないが、書類の内容は契約解除にあたる基本的な注意事項から、その後のサポートなどにまで及んでおりやけにそれらしい。
忘れているだけで、実はわたしはこれを見たことがあるのだろうか。
記憶を遡りながら少しだけ考えるも、やはりそんな機会は無かったと思う。じゃあ、どうして。
「夢じゃ……ない……?」
声に出してから、そんなはずはないと頭を振る。だって、こんな部屋は学内では見たことが無い。
確かに間取り自体は学園から事務所として貸与されている空き教室と同じだが、物の配置が全然違う。
「あ……」
そんな風に考えながら視線を彷徨わせていると、壁際の棚に収納されたファイルが目に入った。その背表紙には大きく、『プロデュース計画』と書かれていて。
「……プロデューサーが、前に見せてくれたやつ」
がたん、と音を立てて椅子から立ち上がり、室内に置かれた物を順々に注視してみる。
ホワイトボード、見覚えがある。レッスンノート、見覚えがある。机と椅子、見覚えがある。本棚、これは記憶にない。けれど、そこに収められた書籍やファイルの数々には見覚えがある。
その他にも、色々。配置こそ異なるものの、それらのほとんどがわたしの記憶と合致する。
なら、わたしがこの部屋の景色に見覚えが無いのは、単に事務所の模様替えをしたから?
先程までどこか霞んだようにはっきりしなかった思考が、急速にクリアになっていく。わたしは、頭の天辺から冷水をかけられたような気分だった。
「契約解除……」
口をついて出たその四文字が、頭の中で絶えずリフレインする。
本当に、捨てられてしまうのか。そう思った途端に、全身に嫌な汗が滲んだ。それと同時、無意識に呼吸が早くなる。
苦しさを楽しむだなんて、今のわたしにそんな余裕は欠片ほどだってなかった。兎に角、プロデューサーと話しをしないと。
プロデューサーとわたしとでやりたいことが乖離してしまったというのならば、仕方ないと諦めもつく。
けれど、先程のプロデューサーは明らかに普段と様子が違った。もし、わたしが何かプロデューサーを怒らせるようなことをしてしまったのなら、きちんとそれについての謝罪をしなければならない。
そして可能なら、関係の修復を。
思うようにまとまらない思考でなんとかそこまで考えて、プロデューサーが戻るのを待つ。
「……戻りました」
「あ、プロ——」
そして永遠にも思える時間の後、帰ってきたプロデューサーと視線が合い、思わず閉口する。
あ、これは駄目だ。瞬時にそう分かった。彼の目は、もはやわたしを見てはいなかった。
冷ややかな眼差しではない。けれどプロデュースへの情熱を秘めた目でも、呆れを含みながらも柔らかいあの目でもない。
無だ。彼はわたしに、何の興味も向けていない。
それを理解した瞬間わたしは、足元ががらがらと崩れ去る様を幻視した。
◇
「篠澤さん」
「……ぅ、ん」
「篠澤さん、起きて下さい」
「……あ、れ。……プロデューサー?」
ぼやっとする視界の中で、プロデューサーが片膝を付いてこちらを心配そうに見つめている。
「急にひどく魘され始めたので思わず起こしてしまいました。……悪い夢でも見ましたか?」
きょろきょろと辺りを見回して、自分がいつもの事務所のソファで眠っていたのだと把握できた。室内の模様替えは、されていない。わたしは、気恥ずかしさから目を伏せつつもほっと息を吐いた。
「……プロデューサーが、わたしとの契約を解除するって」
言い切ってから、はっとして手で口を押さえる。わざわざ言うつもりはなかったのに、どうしてか口からするりと漏れてしまった。
ちらりとプロデューサーを見ると、彼は両目を見開いてわたしを見つめていた。珍しい、いつも冷静な彼が驚くのはレアだ。……いや、やっぱりわたしの無茶ぶりを受けた時にもこんな顔をしているかも。
「……なるほど、おかしな夢ですね。現実の俺は、絶対に言わないでしょう」
けれど、彼はすぐに平静を取り戻して、そう言った。
当たり前のように否定するその様子に、わたしは胸がじんわりと温かくなるのを感じる。しかし同時に、もやもやとした感情が僅かに顔をのぞかせた。
「……今後も、わたしが迷惑をかけ続けても?」
思わず、不安の言葉が零れる。普段なら絶対に言わないだろうけど、夢の出来事の衝撃が抜けきっていないのかもしれない。なんだかネガティブで、わたしらしくもない。
わたしの言葉を聞いたプロデューサーは一瞬怪訝そうな顔をしたが、直後に溜息を吐いて、ひどく呆れたような表情を浮かべた。
「篠澤さん」
「……なに?」
「貴女の無茶ぶりには非常に、それはもうとてつもなく苦労させられていますが」
「……」
「それをただ苦痛としか思えないなら、ここまで篠澤さんの担当を続けていませんよ」
「……それは、そうかもしれないけど」
「もし仮に俺が篠澤さんとの契約を解除することがあるのなら、それは貴女が俺を見限った時だけです」
「! ……それこそ、ありえない。プロデューサーは、いつだってわたしのことを第一に考えて、やりたいことをやらせてくれる。わたしの理解者で、大事な人」
「……誤解を招きかねない言い回しであることには一旦触れずにおきますが。……ならば、問題ないのでは?」
「……うん」
それでも尚、わたしは再び俯いてしまった。自分でも驚いているが、想像以上に参っているらしい。ぎゅっと、膝の上で拳を握りこむ。
そんなわたしを見て何を思ったのかは分からないが、プロデューサーは一度大きく息を吐いた。それからやや間があって、彼が徐に口を開く。
「……
「!!」
ばっと顔を上げると、プロデューサーは真っ直ぐにわたしを見ていた。その目には、夢で見たプロデューサーとは違って確かな情熱が宿っている。
視線を通じて彼の想いが、わたしの中にゆっくりと浸透していくようだった。ぽかぽかと、全身が温かくなってくる。
「……ふふ。そうだった、ね」
そうだ。実際に起きてもないことに凹んでいる時間なんて、私には。……いや、私たちにはないんだ。N.I.Aを制し、彼の夢を共に追いかけると決めたあの日から。
「大変で、険しくて、重たくて。……だけど、とっても素敵なプロデューサーの夢。わたし、託されちゃったんだった」
わたしは、プロデューサーに向かってふわりと微笑む。気付けば、もやもやとした気持ちは、どこかに消えてしまっていた。
「……調子が戻ったのなら、ミーティングを始めますよ」
「分かった。……プロデューサー、なんだか顔が赤い、よ?」
「……気のせいでは?」
「そう? ……あ、もしかして。わたしの笑顔に見とれちゃった、とか?」
「……………………違います」
「隠さなくてもいいのに」
「……はぁ」
プロデューサーの眉間に、きゅっと皺が寄る。わたしはそれを見てまた、笑う。
いつしか慣れてしまった、わたしと彼の日常。それが今は、とても尊いものなんだと思えた。