第零話 着任
「なんだここは…?」
開口一言目がこの言葉であったのも無理はないと思う。
この発言が本部の人間に聞かれていなかったことは幸いか。
私は今、とある施設の門の前に立っている。
いや、施設と言っていいのかさえ憚られるその場所は、誰の目から見ても廃墟として映るだろう。無論、私が開幕早々口走った言葉もこの感想から来たものだ。
「はぁ…」
これから始まるであろう生活が穏便に進んでくれることを切に願いながら、私はその敷居を跨いだ。
————
軋むドアをこじ開け建物の中に入った私は、本日何度目かわからないため息をつく。
幸いと言うべきか不幸にもと言うべきか、そこは私が想像していた通りの、それ以上でもそれ以下でもない様子だった。
埃がたまり、壁紙は剥がれ、床にはところどころ穴が開いている。エントランスでさえこの有様なのだから、奥の方はどうなっているかなんて想像もしたくない。ただ、こんなところで突っ立っていても何も始まらないため、罠のように散乱するがれきをどけ、とりあえずどこかにあるであろう執務室へ向け、私は歩みを進めた。
「それにしても、酷い有様だな」
奥に進むにつれ、私の勘は的中していたことが証明されていく。見る見るうちに荒れていく周囲に対して、もはやお化け屋敷なんじゃないかと思うほど、それは建物の形相をかろうじて保っている状態だった。こんな状態では仕事も何も手につかないことは容易に想像できる。
そうこうしていると執務室に着いた。
もうこの先に待ち受けている現実は大方予想できたが、一縷の望みに賭けて私はその部屋の扉を開けた。
予想とは裏腹に、中は(他の場所と比べると)普通の部屋だった。正面には執務用の机が一つ。その両側の壁には空の本棚があり、手前には背の低い机とそれを挟むようにしておいてある一対のソファがあった。覚悟を決めていた分若干拍子抜け感が否めないが、無駄な労力を使わなくて済むと考えると儲けものあった。
そして何より、私は少し休む場所が欲しかった。
————
窓を開け換気を行い、とりあえず執務机とその周辺だけを片付けた私は時計を確認する。予定通りであれば、まもなく人が訪ねてくる時間だった。
「マルキュウゴーゴーか…」
どうやら人を迎えるまでには間に合ったようだ。もちろん、私にはこの建物すべてを片付ける時間も体力もないので、片付けることができたのはこの部屋とそこに通づる道だけだ。それでも、まあ、十分頑張った方だろう。そう自分に言い聞かせる。
と言っても、おそらくここを訪ねてくる人も『この建物の中に人がいる』なんてまず思わないだろうから、見つけやすいように玄関前で待っておくのがいいだろう。
私は脱ぎ捨てていた上着を着て制帽をかぶり、玄関へと向かった。
私がちょうど玄関の扉を開けた時だった。そこで同じく扉を開けようとしていた人物と鉢合わせた。
「え、えーと…」
そこにいたのは少女だった。
申し訳なさそうに、こちらの様子を伺うように、少女は行き場失った手を引っ込めたり握ったりしながらこちらを見つめていた。
たしかに、この時間帯に人が…少女が訪ねてくる予定だったはずだが、私が見た限り彼女は『資料』に載っていた少女ではないように見える。
いや、確実に違うだろう。
「はじめましてだね、名前を聞いてもいいかな?」
「僕は、白露型駆逐艦『時雨』。これからよろしくね」
時雨。聞いたことはある。
だが…。
「えー…時雨さん?」
「うん、時雨だよ」
聞き間違いではなかったようだ。
この施設に移動している最中、上司から渡された資料を見ながら来たのだが、その資料には私と共に配属される所謂『初期艦』は『吹雪』という名前だったはずだ。
しかし、今目の前にいる少女は自らを『時雨』と名乗っている。
…なんだか面倒ごとの予感がする。
「とりあえず中に入ろうか?案内するよ」
「ありがとう」
この炎天下の中、いつまでも外で待たせるのは流石に酷なため、私は庁舎の中へと時雨を招き入れる。時雨は微笑み、私についていくのだった。
執務室に戻り、先ほど掃除したばかりのソファに時雨を座らせた私は、とある場所へ電話をしていた。
『はい、こちら大本営人事局です』
「こちら先ほど配属された…」
そう、大本営だ。こちらに提示された情報とかけ離れた現実が広がる現状に対して、私は説明と補填を要求したのだった。
曰く、私に渡された資料は一部別の資料にすり替わっていたのだという。
曰く、時雨が派遣されたのも手違いだったらしい。
呆れた、と言うのが率直な感想だ。
仮にも規律を重んじ、命のやり取りを行う『軍』にこのような不備があるのは如何なものかと思う。
先生が私に対して言った『大本営を信用するな』という言葉の意味を理解した瞬間だった。
「わざわざこんな僻地までご苦労様、水しか出せないけど…良かったら飲んで。外は暑かったでしょ?」
大本営との電話を終えた私は、時雨に飲み物を出す。しかし、先ほどまで廃墟だった(現在もほとんど廃墟のようなものだが)この庁舎に、嗜好品なんてものはあるはずないので(実際なかった)水を出すことにした。ないよりはましだろう。
ちなみに、警備府は水道も止まっていたので今出している水は道中購入したものだ。
「ありがとう、丁度のどが渇いてたんだ」
くぴくぴとのどを鳴らしながら時雨はコップの水を飲みほした。まだ6月下旬とはいえ外の熱さは体の水分を奪うのには十分だろう。その証拠に時雨は数秒もせずにコップの水を飲みほした。この後もっと注いであげよう。
一通り落ち着いたところで私は本題に入る。
「さて、君にも現状を話しておくね」
「お願い」
「単刀直入に言うと、君がここに派遣されたのは間違いだということが発覚した」
「え?それってどういう…」
「まあ、とりあえず聞いて。本来この警備府に派遣される予定だったのは、君ではなく『吹雪』という子らしい」
「吹雪?」
「うん、本来であれば君は再び大本営に帰ってもらわなければならないんだけど…」
「…?」
「今、向こうでも混乱が起きてるらしくて、吹雪が派遣されるのは2週間後になるらしい」
「に、2週間…」
「おまけに、吹雪と共に派遣される予定だった、任務、工廠、給仕担当の艦娘も2週間後にしか来ないそうだ」
「何というか…もしかして結構悪い状況?」
「その通り。そこで、だ。私は艦娘を指揮する『提督』である以上、艦娘がいないことには何も始まらない」
「うん」
「この件について大本営と交渉したんだ。君の意思確認さえ取れれば、君をこのまま私の警備府で着任させてもいいとのことだった」
事後承諾になっちゃうけどね、と言葉を付け加える。事実、この施設…もとい警備府は、艦娘を指揮するためにある鎮守府に並ぶ重要な軍事拠点だ。艦娘がいないことには指揮も何もできないし、何より、まず仕事を行える段階まで警備府を復興する必要がある。だが、現状一人で片付けや修復を行っていては、完了するまでに一体何か月かかるかわからなかった。
そこで、私は時雨をこのまま引き取っていいか聞いたのだ。大本営の職員はしばらくの沈黙の後、時雨の意思確認さえ取れれば構わない、と上から指示をもらったらしい。
そもそも、大本営が最初からしっかりしていれば私がこんなことをする手間は省けたのだが…。
「そう…だね…」
時雨は目をつむり腕を組んで考えていた。
最悪、2週間は一人で生活していくことになりそうだと考えながら時雨の返答を待つ。
「うん、決めた」
「じゃあ答えを聞かせてくれるかい?」
「その、これからよろしくお願いします」ペコリ
以外にも、色よい返事が返ってきて思わず目を見開く。
「いいの?」
「うん、ここで出会ったのも何かの縁だと思うから」
と、時雨は言う。
縁…か。
確かにそうかもしれない。
「そっか。じゃあこちらこそよろしく」
「うん、よろしく…えっと…」
時雨が言い淀む。何と言っていいかわからないといった様子だった。
その瞬間、私はハッとする。
そうだ。大事なものを忘れていたではないか。
人に初めて会ったら最初にすべきことを。
「そういえば自己紹介がまだだったね」
そう、自己紹介だ。
「私は本日付でこの警備府に着任することになった、
私が差し出した手を時雨の小さな手が重なる。
私の提督稼業が始まった瞬間だった。
———何もない、この場所から。
どうも、作者のカワガラスです。
旧作から構想を引き継ぎつつ新しい世界に生まれ変わった『縁側の提督と日だまりの艦娘たち』はいかがだったでしょうか?
思い切って小説形式へとシフトチェンジしてみました。
うーん時間かかった。
書き方あってますかね…。
読みにくかったり、わかりにくかったりしませんかね…。
それもご愛嬌ということで生あたたか~い目で見守ってくれるとありがたいです。
…前回書いた気がしますね。
また、今後は作中には一部キャラ崩壊やオリジナル設定・艦娘がある(いる)ので苦手な方は注意されたし。
まこの作品にはこの作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などにはいっさい関係ありません。戦争を助長したり特定の人物や政治を批判したりするものでもありません。また、艦娘等にはかなりの自己解釈や創作が含まれているので悪しからず。キャラ崩壊等が苦手な方はそのままブラウザバックでお願いします。
セリフの前に人物名を付けてほしいか?
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付けてほしい!
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付けないでいい