縁側の提督と日だまりの艦娘たち   作:カワガラス

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静かに始まった提督稼業。
彼らの道筋には、一体どんな試練が待ち受けているのでしょうか?

第一話始まります。


第一章『はじめは小さな一歩から』
第一話 発見


「私は本日付でこの警備府に着任することになった、穂刈 一。改めてよろしくね」

 

私が差し出した手を時雨の小さな手が重なる。

私の提督稼業が始まった瞬間だった。

———何もない、この場所から。

 

ーーー

ーー

 

私は実質的に初期艦となった時雨を伴い、艦娘寮に訪れていた。

艦娘寮とは庁舎のすぐ横にある建物で、その名の通り艦娘たちの居住空間だ。

そう、居住空間なのだが…。

 

「こいつは…」

 

「うん、ちょっと…古いね」

 

外観だけ見ても明らかに損傷が激しかった。庁舎のほうがまだましに見えるくらいである。

 

「とりあえず、入ってみようか…?」

 

「う、うん…」

 

私は、取り出したハンカチで口を押えながら時雨に目配せをする。すると彼女は小さく頷き、ポケットから出したハンカチを口に当てた。

 

中は…まあ想像通りだった。庁舎よりもひどい光景に頭痛を催したが、それはいったんとどめておく。

 

「瓦礫に引っかからないよう注意して」

 

「うん、わかった」

 

二人で散乱する瓦礫やごみをどかしながら進む。

しばらく進むと片側に複数の扉が並ぶ長い廊下に出た。恐らくここがそれぞれの個室なのだろう。

しかし、個室を個室たらしめている扉の半数以上は既に影も形もない…。

 

「私は奥から中を確認していくから、時雨は手前の方から確認してもらえる?」

 

「任せて」

 

恐る恐る中を確認する。何かが出てきそうな雰囲気だ。

出てくるものが虫とかだったらまだいいが…なんだかお化けでも出てきそうな雰囲気である。

廊下の突き当りにあったプレートには、字が掠れていて見えにくいが『駆逐艦』と書かれていたのでおそらく駆逐艦娘たちの部屋だったのだろう。

状態がとにかくひどい部屋から、そこそこ綺麗な部屋もある。

 

半分を見終えた時点でどこか引っかかるような感覚がした。

廃墟にしてはあまりにも荒れすぎというか、人為的に壊されたとしか言いようがないような損傷も見られた。

というより、記録では2~3か月前までは普通に稼働していたはずなのだが、たったそれだけの時間でここまで荒れるだろうか。

嫌な予感がする。それだけしか言葉が出てこなかった。

 

ガタン。

 

何かが倒れた音がした。廊下に出てみると、そこには時雨が床に倒れていた。

 

「時雨!」

 

私は急いで駆け寄った。

 

「時雨、大丈夫か?何があった」

 

時雨は直ぐに起き上がってこちらを見た。その瞳には一瞬安堵の色が見えたがすぐになくなる。

時雨は一言も発さず、ただただ目の前にある部屋を指さした。

私は腰に佩いている刀を抜き、ゆっくりと扉を開ける。

扉の前に立ったとき、異臭がしてきた。

鼻を劈く嫌なにおいだ。

意を決して、私は扉を開け放つ。

 

「……!」

 

そこにあったのは…。

 

 

2名の遺体だった。

 

「………」

 

だいぶ腐敗が進んでいて、服の間から見える肌は黒くくすんでいた。

私はゆっくり近づいてそれらの身元を確認できるものがないか探した。

遺体をまさぐるのは褒められた行動ではないが、背に腹は代えられない。

 

「あった」

 

ドッグタグ。

それは軍人が身に着けており、もし戦場でバラバラになってしまっても個人を識別できるようにするための代物だ。

そしてこのドッグタグにはこう書かれていた。

 

『佐世保管区第3号鎮守府 駆逐艦 潮』

『佐世保管区第3号鎮守府 駆逐艦 曙』

 

佐世保管区第3号鎮守府。この警備府のもともとの名称だ。

ここに着任した時点で言葉にできない『きな臭さ』を感じていたが…こんな事件が隠れていたとはな。

 

私はいったん遺体をそのままにして時雨を本庁舎まで送った。

 

―――

――

 

警備府の敷地内にある小高い丘。

ここかからは海がよく見え、そこから吹いてくる風が心地よい。

ここに彼女たちの墓を建てることにした。

今の私にはそれくらいのことしかできないから…。

 

「提督…」

 

声に反応して振り返ると、そこには円匙(えんぴ)を持った時雨が立っていた。

 

「時雨か、具合はどう?」

 

「提督が休ませてくれたおかげで、だいぶ良くなったよ」

 

「それはよかった」

 

「提督、僕にも手伝わせてくれないかな?」

 

「…じゃあお願いしようかな」

 

それから2人で穴を掘った。

そしてその穴に彼女たちを埋め、土をかぶせる。

墓石…はなかったので、流木に名前を書いて代用する。

2人で手を合わせて作業を終了するころには既に日が落ちかけていた。

 

「時雨が手伝ってくれたおかげで作業がスムーズに進んだよ。ありがとう、時雨」

 

「そんな、僕は僕にできることをやっただけだよ」

 

「じゃあ、戻ろうか」

 

ーーー

ーー

 

私と時雨は艦娘寮の調査を切り上げて執務室に戻ってきていた。

今日はいろいろなことがありすぎて、いつも以上の疲労感が体にのしかかった。

 

「…2人は、なんであんなことに…」

 

時雨は静かに呟く。

無理もないだろう。

正直、このご時世では、艦娘や提督が死ぬことは珍しいことじゃない。

しかし、それは『戦いの中での死』であって、明らかに『人の手による死』ではないのだ。

 

「時雨が気を負う必要はないよ」

 

「でも…」

 

時雨を執務室へと送り届けた後、私は遺体とその周辺を詳しく調べた。

 

結果から言うと彼女たちの死因は―――。

 

「調べたところ、潮は大量出血による失血死だった」

 

「失血…」

 

「曙も同じく大量出血による失血死だったけど、彼女にはそれだけでなく骨折が見られた」

 

何者かに襲撃されあの部屋でケガを負い、そのまま果ててしまったのだろう。

 

「でも…だとしたら、少しおかしいよね…?」

 

時雨が言う通り、ここまででいくつか不可解な点がある。

 

「気づいた?」

 

「うん」

 

そうか、気づいたのか。

相変わらず聡い子だ。

 

「話してくれる?」

 

「上手に説明できないんだけど…僕たちって…こんな簡単にやられたりしないよね?」

 

銃弾や刃物なんてものともしないほど、艦娘は頑丈だ。

艦娘がここまでやられるなら、もっと別の痕跡が残るはず。

 

「それに、もしケガをしたとしても、僕たちは『高速修復材』を使えば、簡単に治すことができる」

 

戦闘中に負ったケガは(即死でなければ)どんなに重体でも回復させることができる薬剤――『高速修復材』。

正直、どういった成分なのは一切知らないが、これのおかげで艦娘たちは戦えるのだ。

 

「そうだね。もし戦闘中に負ったものだったら、すでに対処されていただろうね」

 

「そして…」

 

「そして?」

 

「何より…どうしてこの2人の遺体『だけ』が放置されていたのかな?」

 

ここまで気づいていたのか。

 

「もし、外部勢力による襲撃であったとした場合、この警備府で任務にあたっていた海軍関係者が、対処するはず」

 

「そこまで考察できていたんだね。すごいよ、時雨」

 

「ということは、提督も同じ考えなのかな?」

 

「概ねそうだよ」

 

これらの前提から、以下のことが推測される。

 

まず、彼女たちは艤装を展開していない状態で襲撃された。

次に、内部の人間に襲われた。

 

鎮守府内で自由に動ける人間かつ、彼女たちの油断を誘える人物。

 

「―――それがこの事件の犯人だろう、そうでなければ説明がつかない」

 

「前任の提督…とかかな?」

 

「わからない。可能性としては高そうだけど、さっき言ったことはあくまでも『現状から予測できる推測』でしかない…」

 

そう、私の本懐はあくまで軍人。警察でも探偵でもないんだ。

 

「だからこそ、現段階では決めつけない方がいい。この件についてはもっと深く探る必要がありそうだ」

 

いずれは解き明かさなければならない。

 

「この2人のためにも…ね?」

 

―――

――

 

事件についてある程度の区切りができた頃にはすっかり暗くなってしまった。

すると、くぅー、という何ともかわいらしい音が聞こえてきた。

 

「ご、ごめん」

 

「あれだけの重労働たったんだ、おなかがすくのは仕方がないよ」

 

「うぅ///」

 

恥ずかしがっている時雨を横目に、私はあることを思い出した。

そう、何を隠そう、警備府には食料が一切ないのだ。

 

「――というわけで、どうしようか?」

 

「うーん、釣りとかはどうかな?」

 

「釣り具がないんだよなぁ」

 

「山菜狩りとか?」

 

「この暗さではなぁ」

 

「うーん…」

 

「うーん…」

 

買い出しにも行っていないので、本当に何もない状態。

 

「仕方ない、時雨、今日は外食で済まそう」

 

「そうだね、僕も賛成だよ」

 

自力で解決できない以上、これ以上の案は望むべくもない。

私と時雨は支度を済ませ、市街地の方へと歩いていくのだった。

 

―――

――

 

しばらく歩いた先にある街に、私と時雨は訪れていた。

警備府の周囲とは違い、ここは人でにぎわっていた。

…のだが。

 

『………』チラ

『………』ジッ

 

「……?」

 

なにやら視線を感じる。

まあ、それも仕方がない、時雨はともかく私の服装は真っ白な第2種軍装なのだ。

(私服?そんなもの全部燃やされたよ)

一般人から見ると少々珍しく見えてしまうのは仕方がないことだ。

 

「…っと、失礼」

 

歩いていると、人に肩がぶつかってしまった。

誰かがこちらを見ている。

目が合うと、すぐに逸らされた。

 

「…す、すみません」

 

その人物足早にその場を去っていった。

…妙だな。

 

「どんなものが食べたいとか、何か希望はある?」

 

気を取り直して、私は時雨に尋ねる。

 

「なんでもいい…って言ったら困っちゃうよね。だったら僕は…あそこのお店がいい」

 

そう言って時雨が指をさした先には大きな魚の看板が目立つ、海鮮系を取り扱っている店があった。

 

「わかった。じゃああそこで食べようか」

 

ガラガラ、と扉を開き中へ入る。

 

店はたくさんのお客さんで溢れかえっていた。

店員はせわしなく店内を駆け回り、厨房からは掛け合うような大きな声が聞こえてくる。

ここまで繁盛しているのだから、うまい食事が出てくることは確約されたようなものだろう。

 

「らっしゃいませー!すみません今…満席…で…」

 

店員がこちらにやってきて満員だということを知らせに来た。

これだけ人がいれば満席だということは別に不思議ではないが、おなかがすいている身としてはなるべく早く食事にありつきたいものだ。

 

「そうですか。どうする時雨?」

 

「僕は全然待てるよ」

 

「そっか。じゃあ外で待っとくので」

 

「いえ…!今すぐご案内します…!」

 

「え?でも満席って…」

 

「今すぐ席を確保します…!」

 

薄々感じてはいたが、明らかに店員の様子がおかしかった。

 

「いえ、私たちは外で待っておくので」

 

思わず店員の肩をつかんで制止したときだった。

 

「ひっ!」ザ

 

店員は酷く怯えた様子で後ずさり、私の手を振り払った。

 

「………」

 

周りからの視線が痛い。

そもそもこの店員はなぜこんなにも私を恐れているのだろうか?

 

「待ってください、急に肩に触れたのは謝ります。ですが、なぜそこまで怯えているのか説明してくれませんか?」

 

「そ、それは…」

 

「きゃ!」

 

店員が口を開きかけたその瞬間、後ろから時雨の小さな悲鳴が聞こえてきた。

振り返ると、そこには別の店員に手を引かれて奥の方へと連れていかれる時雨が見えた。

 

「待て!私の部下に何をする!」

 

「お前こそ、うちに何をしに来た?」

 

時雨と入れ替わるように厨房の奥の方から屈強で強面の男性が出てきて、私と時雨の間に立ちふさがった。

 

「お嬢ちゃん、もう大丈夫だからね」

 

「あの人に酷いことされてない?」

 

「え?えっと僕は何も…提督には何もされてないよ?」

 

そんな会話が聞こえてくる。

何の話だろうか?酷いこと?私が?

この状況に段々と胃が痛くなってくる。

面倒ごとの予感だ。

 

「何か誤解されているようですが、私は食事をしにこの店を訪れただけなのですが…」

 

「店長…こいつ、奴とは違う顔です…」コソコソ

 

「…名前は?」

 

「穂刈一海軍大尉、本日付で佐世保管区第3号警備府に着任した提督です」

 

「提督…」

 

「………」

 

「………」

 

嫌な沈黙だ。

にぎわっていた店内は静まり返り、そのせいか隣の居酒屋の音頭が微かに聞こえる。

 

「…ご注文をお伺いします」

 

「はい…?」

 

「て、店長!?」

 

「うるさい、今は接客中だ」

 

「は、はい…」

 

「で、注文は?注文しないならお帰り願おう」

 

「では、本日のおすすめを2つ」

 

「2つ?」

 

「ええ、2つです」

 

私は指を2本立てる。

 

「見た目に反してよく食うんだな」

 

「いえ、1つは私ではなく時雨の分ですが」

 

「…何だと?」

 

「だから、1つは私でもう1つは時雨の分です」

 

「………」

 

さっきから目の表情を目まぐるしく変えている周囲の人々。

相変わらず沈黙が長い店長。

 

「あ、お代は払いますからご安心を」

 

「…田中君、この人を外で待たせておきなさい」

 

「…お、俺がですか!?」

 

「では、外で待っておきますね」

 

結局、時雨は店の中に連れていかれたままだ。

彼らは殺意は感じられなかった。

万が一、彼らに敵意があったとしても、時雨なら何とかなるはずだ。

しかし、本気で時雨を心配していたのを感じたため杞憂かもしれないが。

立ってるだけでは何にもならないため、私は一度状況を整理してみることにした。

 

この街ではどうやら『提督』に対して何か複雑な事情を抱えているように思える。

街に踏み入れた瞬間から感じていた奇怪な視線…飲食店の店員の動揺…彼女を守ろうとする人々の対応…。

前任者の名前と共に突き付けられる人々の『怯え』や『猜疑』の感情。

点は見つかったが、それらがつながっていない、そんな感覚だ。

 

一通り状況を整理した私は、先ほど田中君と呼ばれていた店員に聞いてみることにした。

 

「質問良いですか?」

 

「何でしょうか…?」

 

「率直にお聞きしますが、なぜあなた方は私を恐れるのですか?私とあなた方は本日が初対面のですよね?」

 

「それは…」

 

「…前任の提督と何かあった、とか?」

 

「!!!」ビク

 

「…よろしければ、前任者についてお聞きしても?」

 

答えを聞こうとしていたら店の扉が開き、先ほどの屈強で強面の男、店長と呼ばれていた男が出てきた。

 

「…お食事がご用意できました。お席にご案内いたします」

 

「ええ、どうも…」

 

――――

 

「あ、提督ー!こっちだよ」フリフリ

 

時雨が元気そうにこっちに手を振っていた。よかった。どうやら杞憂だったらしい。

 

「どう?楽しみ?」

 

「うん」

 

「お、お待たせしました、本日のおすすめです…」

 

「どうもありがとう」

 

「ありがとう」

 

「…ではごゆっくり」

 

「それじゃあ」

 

「うん」

 

「「いただきます」」

 

本日ようやくありつけた食事。

脂の乗ったマグロ、それにいい塩梅で香る出汁のにおい。

罪の…もとい贅沢の味だった。

毎日堪能できるものではないが、まあ、今日くらいは許されるだろう。

 

「おいしいね。提督、ありがとう」

 

「お礼は私じゃなくて、作ってくれた店員さんに言ってあげて」

 

「そうするよ」

 

それからは特に何事も…ないわけなく、店に訪れる人々から冷ややかな目で見られ続けた。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「じゃあお会計に行ってくるから時雨は外に出て待ってて」

 

「ううん、僕もついていくよ」

 

「そうか」

 

「お会計をお願いします」

 

「せ、1000円です」

 

「安すぎでは?確かメニューには定価は8000円だった気がするのですが…」

 

「軍の方には割引するよう言いつけられているので…」

 

「そうですか…では」

 

私は10000円札を渡し、時雨と一緒に外へ向かう。

 

「お客様!?こんなに!」

 

「おつりは結構です。…今回のことがお金で解決するとは思いませんが、私が迷惑をかけてしまったのは事実。それは私からの謝意と誠意です。受け取っておいてください」

 

扉を開けて店を出る。そして振り返ってもう一度お礼を伝える。

 

「美味しかったです。また来ますね」

 

「ごちそうさまでした」ペコリ

 

そうして私たちはその場を後にした。

 

―――

 

「うーん…」

 

ただ食事をしに来ただけで、どうしてこんな目に…。

 

「さっきの人たち、どうしちゃったんだろうね?何かあったのかな?」

 

時雨が小首をかしげながら、そう言った。

 

「そう考えるのが妥当かもね」

 

異常に提督を恐れる店員、人々の奇怪な目線。

そして店長が言っていた、私が知らない前任者の名前。

警備府で発見した2人の遺体と何らかの関係がありそうだ。

 

「せっかく街まで来たんだし、買い物していこうか。付き合ってくれる?」

 

「もちろんいいよ」

 

私たちは近くにあった雑貨屋に立ち寄った。

ここで買うのはこれからの生活に必要になるであろう生活必需品、それから食糧だ。

あの警備府は嗜好品はおろかインフラすらまともに揃っていない状態だ。しばらくはそのあたりを重点的に復旧していかなければならない。

それまでは半サバイバル生活を余儀なくされる。

昔が思い起こされるな…。

 

…と言うか、私は提督なのになぜこのようなことをしなければならないんだ?

 

「時雨、そろそろ行くよ」

 

会計に行くべく時雨の様子を見に行くと、時雨はお菓子売り場の前で立っていた。

その視線は、ある一転に注がれている。

 

「時雨?」

 

「…え?あ、うん。今行くよ」

 

トテトテとこちらに戻ってくる。その表情にはどこか名残惜しさがあった。

もしかしてお菓子が欲しかったのだろうか…?

 

「時雨」

 

「なに?」

 

「好きなの買って良いぞ」

 

「え?でも悪いよ…ご飯もご馳走してもらったのに…」

 

「心配しなくていいよ。提督の給料は結構いいんだ。ほら、選んだらこのかごに入れて」

 

嘘だ。

私も一応提督だが、4大鎮守府の提督に比べると実績も信頼もない。

もちろんだが給料は足元にも及ばない。

しかし、時雨のあの顔を見ると、そんなものはどうでもよくなった。

少なくとも、これからしばらくはこの苦しい生活を強いてしまうことになる。

そんな中で娯楽が一つもないのはあまりにもかわいそうだ。

 

「ありがとう!提督」

 

時雨は笑顔でそう言い、お菓子を1つかごに入れた。

 

「これだけでいいの?」

 

「うん」

 

初めて会った時から感じてはいたが、控えめな子だ。

彼女の年代の子はもっと我儘を言いたい時期だろうに…。(彼女の年齢が見た目通りなら、だが)

もう少し欲を出してくれてもいいとは思うが、そう言っても彼女はきっと遠慮してしまうのだろう。

ならばここは大人しく引き下がろう。

 

「お会計をお願いします」

 

「は、はい。いらっしゃいませ…」

 

「………」

 

「41,251円です…」

 

「はい」

 

「ち、丁度いただきます。…レシートです」

 

「どうも。じゃあ行こうか」

 

「わかった」

 

ここの店員も先ほどの店の店員と同じように自分を恐れているように感じる。

もしかして、この街全体がこんな感じなんだろうか…。

もしそうだとしたら前任者はいったいどんなことをしたんだ…?

 

「いっぱい買っちゃったね」

 

お菓子の小包を大事そうに抱えて顔を綻ばせている時雨。

…いい笑顔だ。

この笑顔を見れただけでも、街に来た甲斐があったというわけだ。

 

「そうだね。これでしばらくは警備府の復旧に専念できそうだ」

 

一抹の疑問を抱えながらも、私たちは帰路へ着くのだった。

 

―――

 

警備府に帰り着いた私たちは風呂を済ませ、床に就こうとしていた。

ちなみに、風呂は当然のように使えなかったため、倉庫に置いてあったドラム缶で作ったドラム缶風呂で代用した。

 

「時雨は隣の仮眠室を使っていいよ。少しかび臭いかもしれないけど、布団だけは綺麗にしておいたから」

 

「提督はどこで寝るの?」

 

「私は寝袋があるから大大丈夫だよ」

 

「ダメだよ、床で寝ちゃうと体が痛くなっちゃうよ」

 

「私は軍人として訓練されている。数日まともな寝床で寝なくてもへっちゃらだから」

 

「それを言うんだったら僕も軍人だよ。もともとは提督の仮眠室なんだから提督が使いなよ。代わりに僕が寝袋を使うからさ」

 

「いや、時雨が使って」

 

「でも…」

 

「私はまだ別の仕事をしなきゃいけない。気にしないでいいから」

 

「そう…?じゃあお言葉に甘えて仮眠室のベッドを使わせてもらうね」

 

「うん」

 

「その代わり」

 

「どうしたの?」

 

時雨が私を見上げるように近づいてくる。

 

「提督も一緒のベッド使って」

 

「…うーん」

 

「僕は大丈夫だよ。それに提督は僕を傷つけたりしないでしょ?」

 

「それはそうだけど…」

 

街の人々の対応から、時雨自身もこの警備府にいた艦娘たちがどんな待遇を受けていたのか薄々察していたのだろう。

もちろん、私は時雨に危害を加えるような真似は絶対にしない。

 

「今の状況こそ、2人で力を合わせて切り抜けるべきじゃないかな?」

 

「それと同じベッドを使うのに何の関係が…?」

 

「床で寝て体調を崩したら、もう片方に負担がかかっちゃうでしょ」

 

正論だ。

現在2人ぼっちのこの状況で片方が動けなくなるのはキツイ。

 

「それとも、僕と一緒は嫌かな?」

 

ウルウルと効果音がつきそうな顔で見つめられる。

そんな顔で見られたら断れないじゃないか…。

 

「………。わかった。そうしよう」

 

「うん。じゃあおやすみなさい。提督」

 

「おやすみ。時雨」

 

その夜、私は久方振りに人の温もりを感じながら眠りにつくことができた。

 

 

 

 

第一話 艦!

 

「ルナ、そろそろ戻りましょう」

「ええー、もう少しだけ遊んでてもいいじゃん」




佐世保管区第3号警備府
 提督と時雨が着任したほぼ廃墟な元鎮守府。遺体が放置されていたり、近くの街には前任者に過剰に反応する町の人がいたり…『普通』の鎮守府ではなかったようだが…?


提督:穂刈 一
 今回この警備府に着任した若き提督。階級は海軍大尉。着任早々、様々なトラブルに巻き込まれ、現在胃を痛めている。

初期艦(暫定):時雨
 大本営の手違いにより派遣されてきた艦娘。本来ならば大本営に戻らなければならないのだが、提督の交渉と本人の希望によりこの警備府に着任することを決意する。

セリフの前に人物名を付けてほしいか?

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