まずはインフラ整備から始めた一行だったが、電探に映し出された救難信号を前に状況は一変する。
罠、思惑、政治、リスク…様々な事柄が錯綜する中、時雨は『助ける』ことを選ぶ。
時雨は吹雪の艤装を背負い、発信源に向けて舵を切った。
縁側の提督と日だまりの艦娘たち、第三話、始まります。
立ちふさがる2つの影。
自らの縄張りに入られたことに対して、ひどくご立腹だった。
でも――
「…ここは譲れない」
敵の位置は、12時の方向と2時の方向。
恐らく、勝てると思う。
でも、今は戦わない。
「っ……」
イ級は容赦なく砲弾の雨を降らせてくる。
そのうちいくつかは僕すれすれを掠めていく。
「…標的補足」
「…魚雷発射!」
ソルの補助のもと、僕は魚雷を斉射する。
狙いはつけない、ばら撒くような攻撃。
魚雷たちは扇状の軌道を描き…。
「目標に命中!」
「イ級一隻小破!一隻中破!」
魚雷にあたったイ級、轟沈には至らないけど、動きが止まる。
その一瞬の隙さえあれば十分だった。
「今のうちに!」
「了解!機関両舷一杯!」
僕は身を翻し、深海棲艦から距離を取る。
反撃はいつの間にか止み、再び静かな海が戻ってきた。
「…戦闘海域を離脱しました」
「ふう…被害状況は?」
「えーっと…主砲に直撃を受けたけど、航行に支障はないかな。多分小破」
離脱中に一発貰ったみたいだった。
慣れない艤装は、やっぱり反応が鈍る。
今回中破しなかったのは、運がよかったみたいだ。
「…帰投しますか?」
「いや、任務は続行するよ」
「命令受諾。発信源は間もなく目視圏に入ります」
僕は目を凝らして周囲を捜索する。
目下に広がるのは、水平線の彼方まで真っ赤に染まった海だった。
「うーん…」
「ルナ、見えますか?」
「うぅん、ソルは?」
「私も、見えません」
「…ん?三時の方向、何か見えない?」
「確認します…発信源の座標と照合中…完了」
「どうだった?」
「恐らく、あれが目標でしょう」
「急ごう」
僕は周囲を警戒しながら人影に近づく。
近づいていくたび、その人の詳細が見えてくる。
「この人は…」
波間に揺られていた少女へ慎重に近づく。
桃色のツインテール。
薄手の白いブラウス。
黒いミニスカート。
見慣れない制服。
高いハイヒール。
両舷に並べられた多数の連装砲塔。
日本艦とはどこか雰囲気が違う。
機能美というものだろうか?
少なくとも、僕が知っている艦娘ではなかった。
「ルナ、この人……」
「うん。米海軍の艦娘『アトランタ』だね」
「米海軍…アトランタ…」
海の上で見つけた時は、ただの遭難者だと思った。
でも、こうして近くで見ると違う。
この子も僕たちと同じ艦娘なんだ。
国は違う。
着ている制服も違う。
それでも――助けを求めていたのは、確かに僕たちと同じ存在だった。
どれほど遠くから流されてきたのだろうか。
それとも――。
考えかけて、やめた。
今は助けることが先だ。
「目立った外傷はありませんね…この感じは、気を失っているようです」
「命に別状はないかな。良かった」
僕はアトランタの艤装に縄を引っかけて曳航を始めた。
あとは、母港に帰るだけ。
「先ほどの深海棲艦が待ち構えているかもしれません」
「気を引き締めてこー!」
「そうだね」
―――
――
―
足元で始める波紋を感じながら進んでいた僕たちは、幸いにも深海棲艦に補足されることなく母港近辺まで戻ってきた。
警備府の桟橋が見えたとき、胸の奥に張り付いていた緊張が少しだけほどけた。
帰ってきた。
その事実だけで、身体が軽くなる。
すると桟橋の先で誰かが大きく手を振っていた。
「時雨ー!こっちだ!」
提督だった。
思わず笑みがこぼれる。
あの姿を見た瞬間、自分が無事に帰ってこられたのだと実感した。
「艦隊、帰投したよ」
桟橋に足を付けた瞬間、ようやく肩の力が抜けた。
気付かないうちにずっと緊張していたらしい。
深海棲艦との遭遇。
慣れない艤装。
初めての救助任務。
今になって、その重さがじわじわと押し寄せてくる。
だからこそ、桟橋で待っている提督の姿が妙に嬉しかった。
「よく戻ってきたね。お疲れ様。怪我はない?」
「うん。僕は大丈夫。この人も、怪我はしてないみたいだけど…気を失っているみたいなんだ」
「そうか…ベッドまで運ぼう」
「手伝うよ」
「私たちは艤装を戻してきますね」
「この子の分も持っていくね」
「うん。よろしく」
―――
――
―
「とりあえず、あとは目を覚ますのを待つしかなさそうだね」
提督の仮眠室のベッドに件の艦娘を寝かせた私は、思わず安堵のため息が漏れる。
「改めてお疲れ様、時雨」
「うん。提督もありがとう。いろいろ準備して待っててくれて」
「私は君たちのように海に出て戦うことができないからね。これくらいのことは当然だよ」
時雨は笑った。
その笑顔の裏にどんな戦いがったのか…察して余りある。
「…この人、なんであんなところに一人だったのかな…?」
「よく考えられるのは、戦闘中に落伍したとか、嵐ではぐれたとか。あとは…」
「?」
「…見捨てられたか」
「…そう、だね」
艦娘が見捨てられるのは、珍しい話じゃない。
人類の生存圏が着実に縮小していく中、優先されるのは艦娘の命ではなく戦果だった。
艦娘の命よりも、一つの島、資源の方が優先されるのが現実だった。
到底、肯定できる方針じゃないが。
「とにかく、目が覚めたら聞いてみようか」
「うん」
「ぅん…」
ベッドに横たわっているアトランタの口がかすかに動く。
「…気が付いたかな?」
彼女はやがて眼を開き、上半身を起き上がらせる。
「
当然と言えば当然だが、アトランタは英語で話し始めた。
「どうしよう…僕、英語わかんないよ」
時雨が零す。
まあ、ほとんどの艦娘が米国艦との交流はないだろうから仕方のないことだろう。
「
私は彼女に合わせるように、英語で話し始めた。
(提督…英語話せたんだ…)
「
「
「
「
「
「私は『穂刈一』。この基地の司令官だよ。君の名前を教えてくれるかな?」
「…あたしは、Atlanta級防空巡洋艦、Atlanta。Brooklyn生まれ」
「アトランタか。よろしくね」
「………うん」
素っ気ない、と言うより元気がないように見える。
今の今まで海の上で気を失って漂流していたのだから無理もない。
「君はしばらくここで休んでていいよ。何かあったら呼んでね」
「…Okay」
私は立ち上がり時雨を連れて仮眠室を出た。
「提督…英語、話せたんだね」
「まあね」
「すごいよ!」
「そうでもないよ。提督として…ごくありふれた技能だよ」
「それでも、やっぱりすごいよ」
時雨は目を輝かせてそう言った。
たまには褒められるのも、悪くないな。
―――
――
―
執務室でルナとソルと合流した私は、アトランタの所属していたであろう基地と連絡を取ってみた。
「どうだった?」
せんべいを頬張りながら聞いてくるルナに私は軽く返す。
「もう少しお行儀よく食べなさい」
「ええーでもこれが楽だもん」
「ソル、君からも言ってやってくれ」
「ルナ、そんなのではお嫁さんに行けませんよ」
「その時はマスターが貰ってくれるでしょ?」
「「はぁ…」」
そんな会話をしていると、仮眠室の扉が開かれ、桃色のツインテールが顔を出した。
「Excuse me?」
「もう大丈夫?」
「うん…」
「そっか。じゃあ、少しお話をしようか。座って」
アトランタは促されるままソファに座る。
まだ、どこか居心地が悪そうな顔をしていた。
「さっき、アトランタが所属している基地に連絡を取ってみたんだ」
「………」
「そしたら、君はすでに『除籍』として処理されいたんだ」
言葉が落ちる。
部屋の空気が重くなる。
「No way...」
アトランタの顔から血の気が引いた。
膝の上で握られた手が震えている。
嘘だ。
そう言いたげにアトランタは首を横に振る。
何度も。
何度も。
まるで現実を否定するように。
けれど、誰も否定できなかった。
「そんな……」
小さな声だった。
信じたくない。
そんな感情が滲んでいた。
人間の都合の良いように使いつぶされ、用が済んだら切り捨てる。
いかにも上の連中が考えそうなことだが、現状では抗う術が無い。
ならば、今の私にできることは何か。
「そこで、だ」
「?」
「君さえよければ、私の警備府に正式に着任してみない?」
時雨の時と同じように、提案してみる。
世界には、居場所を追われた艦娘は数多くいる。
私一人ではきっと、全員を助けることはできない。
ならばせめて、私の手の届く範囲では、手を差し伸べてあげたい。
「Um……」
これは、私のエゴなのかもしれない…いや、エゴだ。
この警備府が、そんな子たちの『居場所』となれる場所にしたい。
そういう、エゴだ。
「………」
アトランタは返事をしなかった。
視線だけが床を彷徨う。
日本の基地。
初対面の提督。
初対面の艦娘。
本来なら信用できるはずがない。
それでも―――私は手を差し伸べたい。
「いいの…?」
「もちろん…」
「本当に…?」
「うん」
アトランタは俯く。
前髪が表情を隠す。
「
しばらくして顔尾を上げたアトランタは、少しだけ元気が戻っているように見えた。
「その、よろしく」
差し出した私の手をアトランタが握る。
まだぎこちないながらにも、しっかりとした意志を感じた。
「うん、よろしく」
アトランタが小さく頭を下げる。
すると横から時雨が笑った。
「僕も歓迎するよ」
「……Thanks」
「大丈夫」
時雨は柔らかく笑う。
「ここに来た子はみんな初めてだから」
「日米友好条約の締結だね」
「訂正、それほどおおそれたものではありません」
たしかに、それほど大したものではない。
これは、居場所を失った艦娘と、私との間で結ばれた小さな約束。
でも、それでもよかった。
何事も、はじめは小さな一歩から始まる。
ゆっくりでいい。
ゆっくりと歩み寄ればいい。
私たちになら、きっと。
きっとできるはずだ。
―――
――
―
「…提督、何してるの?」
後ろからひょこっと顔を出した時雨は、私がペンを走らせている書類が気になるようだった。
「これは、アトランタが正式にこの鎮守府に着任できるようにする書類だよ」
「そうなんだ」
別の所属の艦娘を拾って自分の所属にするのは、本来はご法度だ。
でも、この鎮守府はどうも(良くも悪くも)上層部からそれほど気に留められていない。
ならば、実際の戦闘詳報を少々改竄すれば、戦闘時に保護した所謂『ドロップ艦』として着任させることが可能だ。
…多分。
「そういえば時雨、確認なんだけど」
「なんだい?」
「アトランタは無傷で倒れていたんだよね?」
「?」
「そうだよ」
「そっか」
ならば細工は可能だ。
負傷していればすなわち戦闘を行ったということだから、どこかしらに記録が残っている可能性がある。
そうならば厄介だが、今回はそんなことをせずに済みそうだった。
「提督…」
「ん?」
先ほどとは打って変わって、小さな、弱弱しい声で時雨が尋ねてきた。
「僕は…ここにいて大丈夫なのかな…」
時雨は力なく言う。
実際に『捨てられた』存在を前にして、自分自身も心配になったのだろうか。
時雨の中にある『本来派遣されるはずではなかった存在』という事実が、彼女をさらに苦しめているのかもしれない。
「勿論、大丈夫だよ。私的にはむしろ、いてほしいかな」
それを聞いた時雨は安心したように柔らかな表情になる。
「そっか。提督は優しいね」
「………」
何気ない、時雨の言葉。
しかし、私は、答えることができなかった。
―――
――
―
時雨がアトランタの様子を見に執務室を出た後、私は背もたれによりかかる。
『提督は優しいね』
何気なく時雨が放った言葉。
幾度も頭の中で反芻する。
優しい…か。
相変わらず、私には似合わない言葉だと思う。
そういう言葉が似合うのは、もっとこう、万人を愛し愛されるような人だ。
『お前のような奴がいるから…いつまでたっても社会はよくならないんだ!』
『少しは自分の立場をわきまえたらどうだ!』
『お前には、何の権利も選択肢もない。あるのは、お前が犯した罪と、真実だけだ』
――自分には、その言葉を受け取る責任も権利も、ない。
「………」
今の私には、何ができるだろうか。
この汚れた手で、何ができるだろうか。
私は立ち上がり、窓の外を見る。
そこにはアトランタの手を引いて工廠へ歩いていく時雨の姿があった。
二人の間にはぎこちないながらにも穏やかな空気が流れていた。
その様子に、自然と口元が緩む。
まだまだ、直すべきことはたくさんある。
明日がどうなるかなんて誰にも分らない。
過去のことだって、変えることはできない。
でも今は、できることを精一杯やる。
独り善がりかもしれない。
私が差し伸べた手を『活路』として取ってくれる人がいるのなら…。
もう一度頑張ってみてもいいかもしれない。
「…よし」
気持ちを切り替え、私は机に向かう。
やるべきことは、まだまだ山積みだ。
でも、不思議と苦に感じなかった。
読んでいただいてありがとうございます。
『さっき上げたばっかりじゃん』って思ってますよね?
溜まっていた分を消化中…です。
それはさておき、今回は少しだけ提督の過去について触れる回でした。
一体過去に何があったんですかね…?
艦娘に対して優しいのも、何か関係があるのでしょうか?
これからの展開を楽しみですね!
今後とも、このカワガラスをよろしくお願いします!
追記
誤字があったので修正しました。
追記の追記
一つ相談なんですけど、人物のセリフのカギかっこの前に、そのセリフを言っている人物の名前を入れるべきかどうかアンケートを取りたいと思います。皆さんの意見をぜひとも聞かせてください!
セリフの前に人物名を付けてほしいか?
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付けてほしい!
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付けないでいい