そこに待っていたのは、1人の艦娘『アトランタ』だった。
彼女を連れ帰り、新たな仲間として受け入れた警備府一行。
この場所は、彼女たちの『居場所』になることはできるのか。
一方で、提督は過去に思いを馳せる。
時雨が何気なく放った言葉は、提督の心に微かな、しかし確実なノイズを残した。
彼が抱えるものとは?
その目に見ているものは何なのか?
第四話、始まります。
※『番外 其一』に、致命的な間違いがあることに気づき修正しました。
昼下がり。
初夏の日差しを感じ始めた今日この頃、私は相も変わらず書類とにらめっこしていた。
「うーん…」
機能を果たしていないこの警備府、その復興に関する諸々の書類の内容を前に、私のペンの動きは止まっていた。
つい先刻、上下水道と発電機が復旧し、インフラの『イ』の字がやっと整いつつある中、次にネックになってくるのは艦娘の維持管理に関する施設群だった。
具体的な名前を出すなら、入渠場、工廠、艦娘寮etc…。
これらの施設の復旧には時間もそうだが、何よりお金も資材も技術も足りない。
書類に記された見積額を見て、思わず眉間を押さえる。
当然ながら上から降りる予算はゼロだ。その結果、今月の私の給料はマイナスになるかもしれない。
倉庫に積まれていた資材も最低限。この状態で警備府を復興しろと言われても、無茶振りにも程がある(正確には『復興しろ』という指令すら上から降りてこないのだが)。
予算と資材が確保できたと仮定しよう。
しかし、私は発電機をいじれるほど知識はあるが、さすがに工廠や入渠場を修理できるほどの知識や技量は持ち合わせていない。
「うーんこの…」
なんともむず痒い状況だ。
こんな時に工作艦がいてくれればよかったんだけど…。
「提督、ちょっといいかな?」
そんなことを考えていると、執務室の扉が開かれ時雨が顔を出した。
「どうしたの?」
「えっと…さっきの出撃で、吹雪の艤装を壊しちゃって…」
時雨は申し訳なさそうに俯いていた。
「確か主砲に直撃をもらったんだったよね?」
「うん…」
「大丈夫だよ、時雨にケガがなかったならそれでいいよ」
「でも」
「それに、その程度だったら私が直せるから」
「え?」
「言ったでしょ?こう見えて機械いじりは得意なんだ」
このまま書類とにらめっこをしてても埒が明かないので、私は時雨を伴い工廠へやってきた。
そこにはアトランタとルナとソルもいて、何やら話しているようだった。
「あ、マスター」
「やあ。アトランタとは仲良くやっているかい?」
「肯定。問題ありません」
ソルがそう答える。
「そっか」
アトランタの反応を見るに、どうやら本当らしい。
「艤装の整備中?」
私はアトランタに聞く。
すると、アトランタは頷く。
「特に問題はなかったって」
「Yes」
「それならよかった」
工廠の機材が使えない今、大きな損傷は直すことができない。
資源も限られる現状では、損傷はないに越したことはない。
が、戦いに出る以上損傷は避けられないだろう。
「で、これが吹雪の艤装か」
そこには、主砲塔の装甲が貫徹され、壊れている艤装があった。
この弾痕は、5inch砲弾かな?
「よし、じゃあ早速修理していこう」
私は錆び付いた工具箱を持ってきて、早速損傷した装甲板を取り外す。
砲弾は一方から入ってもう一方から出ていったようだった。内部機構に目立った損傷はない。
念のため砲塔基盤の旋回装置や揚弾装置なども確認したが、特に目立った損傷はなかった。
私は新しい装甲版を取り出し、付け替える。
「これ、本当に直るの?」
「直る直る」
私は工具を手に取りながら答える。
むしろ、慣れない艤装での出撃でこの程度の損傷で済んでるのはかなりのものだ。
正直、航行にすら影響が出てもおかしくはないと思っていたのだが、杞憂だったようだな。
いや、時雨がすごいだけなのか?
「提督って、前からこういうことしてたの?」
私の作業を隣から見ていた時雨が、そう問う。
その目には純粋な興味の光が灯っていた。
「まあね。色々触ってたよ」
「そうなの?」
「趣味程度にね」
「へぇ…」
時雨は興味深そうに頷く。
「でも艤装って、普通は明石さんみたいに専門の艦娘が直すんじゃないの?」
「その通り」
「じゃあ提督は?」
「…独学かな」
「独学!?」
「機械には共通することも多いからね。基本的な知識があれば扱えないこともないよ」
「知ったかぶりをしてはいけないけどね」と付け加える。
口では答えつつ、作業は進める。
幸い、内部機構までは壊していなかったため、それほど時間はかからなかった。
「さて、こんなものかな」
「すごい、本当に治しちゃったんだね、提督」
時雨は目を輝かせてそう言った。
吹雪の艤装妖精さんも嬉しそうに跳ね回っている。
「小破程度の損傷だったら直せるよ。ただ、中破以上になるとちょっと厳しいかな」
私はあくまで提督。
専門の整備員ではないし、艦娘の艤装の整備はより専門的な知識が求められる。
「じゃあ、そろそろいい時間だし、お昼にでもしようか」
「わーい!お腹すいたー」
「ルナ、はしたないですよ」
「うん、僕もお腹空いちゃった」
「アトランタも、それでいい?」
「yes」
私たちは執務室へ戻ってきた。
今日のお昼の献立は「うどん」だ。
先日時雨と共に買い出しに行った際に調達した冷凍うどんを湯がき、それぞれのお好みの具材を乗せた。
時雨は月見うどん、ルナとソルは油揚げを乗せてきつねうどん。私とアトランタはシンプルに素うどんになった。
「温玉あるけど、いる人?」
「僕が貰ってもいいかな?」
「あいよ」
「それじゃあ」
「「「いただきます」」」
「美味い!」
「肯定」
「うん、おいしいね」
「………」
各々様々な反応を見せる。
「すごいよ、提督」
「そう?」
私は麺を湯がいて出汁を作っただけなので、これを私の料理というには少々語弊があるかもしれないが、賞賛は素直に受け取っておく。
この年になっても、褒められるのは何だかんだ嬉しいものだ。
「アトランタは、どうかな?」
「ん、まあまあおいしい」
そう言いながらも、アトランタの箸は止まらない。よく見てみれば器の中の麺は、すでに半分以上なくなっていた。
「気に入った?」
「別に……
「そっか、じゃあたくさんお食べ」
若干淡泊な反応と裏腹に、麵をすする手は早かった。
日本の食事が口に合うか心配だったけど、どうやら、気に入ってくれたようだった。
「アトランタ、七味いる?」
「?」
「これ」
「うーん…
アトランタは私の手から七味を受け取り、少量だけ振りかける。
そして一口食べる。
数秒沈黙。
「……
「あれ、辛いの苦手だった!?」
「うぅん。
「そう?よかった…」
「
「へぇ」
「
―――
――
―
お昼が終わった後、私は本庁舎の一室で作業をしていた。
「埃がすごいね…」
「そうだね」
私は時雨に手伝ってもらいながら、空き部屋だったこの部屋の掃除をしている。
この警備府の艦娘寮は様々な理由から使わない方がいいと判断した(また遺体が出てきたら大変だからな…)。
その結果、時雨たちの自室は(比較的マシな)本庁舎に設けることになったのだ。
「大丈夫だった?」
「何が?」
「アトランタと同部屋になるの」
なるべく個人部屋を作ってやりたいのだが、本庁舎も使える部屋は限られている。
これからのことを考えると、しばらくは同部屋で過ごしてもらうしかないのだ。
一応、提督の仮眠室を使うように促してみたのだが、そこは私が使えと聞いて引かなかったため断念した。
「もちろん、僕は大丈夫だよ。もう少し、お話もしてみたかったし」
ちなみに、同部屋の件はアトランタにも相談してみた。
すると『保護してもらった手前口出しするような真似はできない(意訳)』と言っていたため同意と判断した。
「こんなものかな」
「うん、きれいになったね」
そこには本来の姿を取り戻した部屋が広がっていた。
執務室もそうだが、掃除してみれば意外と綺麗な建物だったことが伺い知れた。…外見からは想像もつかないが。
あとはここにベッドや机などを並べると部屋として…ひとまずは完成するだろう。
「提督、家具はここでいいでしょうか」
「マスター、ベッドはここでいい?」
「うん、そこで大丈夫だよ。ありがとう、2人とも」
「アトランタは、窓側と廊下側、どっちがいい?」
「
「廊下側だね?」
「うん」
「じゃあ、僕が窓側だね」
あとは、ルナとソルが運んできた家具を並べて、完成だ。
「うん、とりあえず生活できる程度にはなったかな」
「提督のおかげで電気も通ったし、水道も使えるからね」
「アトランタと時雨は、今日からこっちで過ごしてね」
「ありがとう、提督」
「
改めて部屋を見渡す。今はベッドとタンス、机しかないため生活感はあまり感じないが、これで2人にも安心して休める場所ができたのだ。
少しずつだけど、着実に進めている。
そんな実感がわいてきた。
「ねぇマスター、私の部屋は?」
「え?ほしいの?」
「別に。時雨とアトランタの部屋があるから私のもあるのかな~って」
「ほしいなら作るけど」
「ルナはサボるための部屋が欲しいだけだと思います」
「ちょっと!人聞きが悪いよ、ソル!」
「ではサボったことはないと?」
「うっ…」
「ほらほらケンカしない」
―――
――
—
夜。
執務室は、インクと潮風の匂いで満たされていた。
日中は夏を感じる暑さだったけど、夜になると海を越えてくる風が心地いい。窓を開けて過ごすのにちょうど良い気温だ。
長い一日も、もうすぐ終わりを迎えようとしている。
皆が部屋に戻った後、私は執務室で書類を片付けていた。
「これは、あとでいいか」
出撃はできずとも、書類はたまるものだ。
日中は作業をしたいため、朝か夜に処理することになる。
正直、そこまで重要な案件はないし、そもそも出撃すらしていないため処理しなければならない書類もそれほどない。
ここへやってきて2日。
もうすでに1か月は過ごした気分だが、実際にはまだそんなに経っていないとなると、なんだか不思議な気持ちだ。もうずっと前からこうしている感覚まで覚えた。
「…これからどうしようか」
現状、仕事は少ないが『やらなければならないこと』は依然多い。
警備府の復興に、事件の究明、街の人々との和解…。
限られた時間と情報、労力でこれらを解決しなければならない。
「今考えても仕方ないか」
私は気分転換がてら外に出る。
埠頭の先に腰を下ろし、空を仰ぐ。
眼前に広がる夜空には、星々が煌々と輝いていた。
人類が深海棲艦に蹂躙される前から、夜空はそこにあった。
星は、時にはおとぎ話になり、時には人を導く標となる。
はるか昔から、変わらない事実だった。
「………」
空は、昔の自分にはあまりにも魅力的で…そして大きかった。
手を伸ばせば届きそうだけど、一番遠くにあるもの。
木々に、建物に切り取られた空を、ただ眺めるだけ。
でも、自分にはあの空へ向かうための翼がない。
だからこそ、空への憧れは捨てきれなかった。
作り物でもいい、未完成でもいい、あの空へ届くだけの翼が欲しい。
――そう願ってやまない日々。
もう取り戻せない、時間。
想い。
葛藤。
決意。
後悔。
今では、そのすべてが懐かしい。
『東京陥落』
――東京が燃えた日、私は海に生きることを選んだ。
『深海棲艦の根絶』
これは、復讐であり。
清算であり。
贖罪であり。
償いであり。
責務であった。
「………」
ふと本庁舎を見る。
相変わらずボロボロだが、そこには確実に人の気配があった。
誰もいなかった警備府に、少しずつ人の気配が増えている。
今は、それだけで十分だった。
私は、1人ではない。
ルナやソル、時雨に、アトランタもいる。
とりあえず、自分にできることを1つずつ終わらせていこう。
…それからでも、間に合うはずだ。
「ですよね――先生?」
―――
――
—
「あれ…アトランタ、布団にくるまって何してるの?」
「
「寒いの?」
「
「うーん…あんまり無理しないでね」
「yes...」
【極秘ファイル】
『東京陥落』
・2013年に日本海軍と深海棲艦との間で勃発した戦闘。
・『東京湾棲姫』率いる深海棲艦の大規模攻勢を、日本海軍が迎撃する形で戦闘が行われた。
・『艦娘』が登場する前に行われた最後の戦闘であり、史上初の『姫級』が観測された。
・日本政府の勝手な判断により核ミサイルが東京に打ち込まれ、多くの現地住民と軍関係者を巻き込んで事態は収束した。
・これによって関東平野は放射能に汚染され完全封鎖された。
・以降の首都機能は長野県松代に建設された『松代大地下都市』へと移管された。
・2025年現在、封鎖は解除されていない。
セリフの前に人物名を付けてほしいか?
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付けてほしい!
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付けないでいい