祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第46話 重いのに、腰に来ない

 研究室で数字が出た。

 

 初動抵抗は落ちた。

 微振動も減った。

 荷重は変わらない。

 下札を抜けば、異常な効きは消える。

 座材だけでも普通に高性能だが、複製下札を入れた時だけ、明らかに“何か”が乗る。

 

 そこまでは分かった。

 

 だが、研究室の数字だけでは足りない。

 

 現場で使えなければ意味がない。

 

 どれだけ綺麗なデータが出ても、実際に押す人間が「使いにくい」と言えば終わりだ。逆に、理屈が多少曖昧でも、現場の人間が一回押して「これを寄越せ」と言えば、それはもう商品になる。

 

 だから今日は、研究棟ではなく、東都グループ内の精密機材搬送センターへ来ていた。

 

 研究施設や医療関連施設で使う大型機器、高価な試験装置、振動を嫌う測定モジュール。そういうものを、建物の中で安全に動かす専門部署だ。フォークリフトを入れられない通路、狭い曲がり角、段差の少ないようで意外と嫌な床。そういう場所で、最後は人間が押す。

 

 つまり、今日の試験にはちょうどいい。

 

 搬送センターの一角に、二台の試作搬送フレームが並んでいた。

 

 一台は劣化版。

 下札なし。座材と構造だけで作った、高性能搬送台。

 

 もう一台は完全版試作機。

 複製下札入り。EEL-TC系座材。分解不能の仮封止済み。統合室管理。外部流出禁止。

 

 見た目の差は、ほとんどない。

 

 どちらも地味な搬送フレームだ。

 少し座が厚く、足回りがやけに丁寧で、荷台の下が妙にがっちりしている。だが、外から見れば“高そうな台車”くらいにしか見えない。

 

 その地味さが、今回は大事だった。

 

「新型搬送フレームと聞いていますが、つまり高い台車ですか」

 

 現場責任者の牧野が、最初にそう言った。

 

 四十代後半くらいの男だ。作業服の上からでも分かる、現場で鍛えられた体つき。管理側に回ってはいるが、まだ自分でも押すタイプだろう。

 

 天城は、いつもの落ち着いた顔で答えた。

 

「高い台車、と言われると否定はしません。ただし、狙いは軽量化ではありません。押し出し時の負担と、搬送時の微振動を下げることです」

 

「重量物が軽くなるわけではないんですよね?」

 

「はい。重量は変わりません」

 

「では、現場としては少し分かりづらいですね」

 

 まあ、そうなる。

 

 重いものが軽くならない。

 でも押しやすくなる。

 

 説明だけ聞けば、便利グッズの売り文句みたいだ。

 

 牧野は半信半疑の顔のまま、現場の奥へ声をかけた。

 

「大村さん、ちょっとお願いします」

 

 出てきたのは五十代前半くらいの作業員だった。

 腰にサポーターを巻いている。だが、歩き方はしっかりしている。顔つきも、ただの作業員というより、この場の空気を一番分かっている古株という感じだった。

 

「また上が変なもん持ってきたんですか」

 

 大村は試作搬送フレームを見て、第一声でそう言った。

 

 牧野が苦笑する。

 

「東都の研究棟からの試験品です。変なもんかどうかは、押してから判断してください」

 

「見た目は普通ですね。ちょっと座が変なだけで」

 

 大村はフレームの下を覗き込み、足回りを見て、荷台を軽く叩いた。

 

 その動きだけで、現場の人間だと分かる。

 カタログではなく、手と腰と目で判断している。

 

 天城が説明を加えた。

 

「今日は通常台車、座材だけの試作機、完全版試作機の三つを比較します。重量は同じ。搬送対象は大型分析装置の一部モジュールです」

 

 試験用の荷物は、見ただけで嫌になるものだった。

 

 大型分析装置の一部モジュール。

 重量はある。

 フォークリフトで大きく動かすほどではないが、人力で細かく動かすには嫌な重さ。しかも高価で、振動も嫌う。角をぶつけたら現場の空気が死ぬタイプの荷物だ。

 

 大村がそれを見て、少しだけ顔をしかめた。

 

「こういうのが一番嫌なんですよ。重いだけならまだいい。壊せないし、揺らせないし、最後は人間が微調整する。腰に来るんです」

 

「まずは通常台車でお願いします」

 

 柏木が測定機器の前で言った。

 今日は彼女がデータ担当だ。腕や腰へ簡易筋負荷センサーをつけ、搬送フレーム側には押し出し力、振動、荷の揺れを測る装置がついている。

 

 普通の台車に、モジュールが載る。

 

 大村と若手作業員が二人で押す。

 

 最初の一歩で、身体が少し沈む。

 押し始める。

 ゆっくり動く。

 少し進んだところで、曲がり角に入る。

 

 見た目には普通だ。

 だが大村の顔は、作業中のそれになっていた。

 

「押し始めが嫌なんですよ。動き出すまでに腰を入れないといけない。動き出したら今度は止めるのが嫌。曲がる時に荷が遅れてくる。こういうの、慣れてない若いのにやらせると変な姿勢で腰をやるんです」

 

 若手作業員が苦笑した。

 

「いや、ほんとに来ます」

 

 柏木が数値を読み上げる。

 

「通常台車、初動押し出し力は基準値内。腰部筋負荷、曲がり角で上昇。微振動と荷の横揺れも記録しました」

 

 まずは普通。

 嫌なほど普通。

 

 次に劣化版試作機。

 

 下札なし。

 座材と構造だけで作った、高性能搬送フレーム。

 

 大村が押す。

 

「お」

 

 小さく声が漏れた。

 

 通常台車より、明らかに安定している。

 振動が少ない。荷が暴れにくい。押し出しも少し楽そうだ。

 

 だが、驚くほどではない。

 

 大村は一往復させたあと、率直に言った。

 

「これは普通に良いですね。高いなら高いなりに意味はある。床の細かい嫌な感じを拾いにくいし、荷も遅れにくい。ただ、現場が一斉に欲しがるかって言うと、値段次第です」

 

 牧野も頷いた。

 

「良い台車、ですね」

 

 その言い方が、劣化版の位置を正確に表していた。

 

 良い。

 普通に良い。

 外へ出せる。

 だが、革命ではない。

 

 天城はそれを聞いても、表情を変えなかった。

 

「ありがとうございます。では、本命を試します」

 

 完全版試作機が前へ出された。

 

 複製下札入り。

 封止済み。

 見た目は劣化版とほとんど同じ。

 

 大村は少し首を傾げた。

 

「さっきのと、そんなに違います?」

 

「押してみてください」

 

 天城が短く答えた。

 

 モジュールが載る。

 大村が持ち手に手をかける。

 若手作業員が横に付く。

 

 そして、押した。

 

 最初の一歩で、大村が止まった。

 

「……ん?」

 

 その一言で、試験室の空気が変わった。

 

 大村はもう一度、ゆっくり押した。

 今度は少し長く進む。

 曲がり角の手前で止める。

 また押す。

 

「いや、重いですよ。重いんですけど、腰に来ない」

 

 若手作業員も押した。

 

「押し始めが変です。引っかかりがない」

 

 大村は荷の動きを見ながら、少し眉を寄せた。

 

「軽いんじゃない。素直なんですよ。荷物がこっちを殺しに来ない」

 

 その言葉に、俺は思わず小さく笑った。

 

 研究室でどれだけ数値を見ても、出てこなかった言葉だ。

 

 軽いんじゃない。

 素直。

 

 荷物がこっちを殺しに来ない。

 

 たぶん、この技術の価値を一番正確に言っている。

 

 柏木がデータを確認しながら、少し早口になった。

 

「重量は変わっていません。床荷重も変化なし。初動押し出し力、通常台車比で大幅低下。劣化版よりさらに下がっています。腰部筋負荷も低い。腕力だけではなく、姿勢の崩れが小さいです。微振動も減っています」

 

 神代が嫌そうな顔で言う。

 

「重さは変わらないのに、作業者が嫌う負担だけが削れている。現場の体感と数値が一致していますね。やはり説明しづらい」

 

 天城は静かに返した。

 

「外へ出す時は、説明しすぎない方がいいでしょう」

 

 それはもう、何度も聞いた結論だった。

 

     ◇

 

 現場側から、追加試験の申し出が出た。

 

 大村が、完全版試作機の持ち手を軽く叩きながら言った。

 

「曲がり角、やっていいですか。あと段差。こういうのは真っ直ぐ押せる時より、曲げる時に本性が出ます」

 

「お願いします」

 

 天城が即答した。

 

 曲がり角。

 

 通常台車では、荷が少し遅れてついてくる。

 押している側が、荷の遅れを身体で受ける。

 劣化版では、それが少し減る。

 

 完全版では、さらに違った。

 

 荷が遅れにくい。

 横へ暴れない。

 小さい力で進路が修正できる。

 曲がる時の嫌な引っ張られ方が薄い。

 

 大村が少しだけ目を細める。

 

「これ、曲がる時が一番分かりますね。普通は荷物が一拍遅れてこっちに来るんですけど、それが薄い」

 

 次に段差。

 

 完全に段差が消えるわけではない。

 ガタン、という感触はある。

 だが、乗り越えの最初が楽だ。荷が跳ねにくい。

 

 若手作業員が言う。

 

「段差を越えた時、荷が怖くないっすね」

 

 最後に停止。

 

 ここでも差が出た。

 

 通常台車では、止めた瞬間に荷が前へ来る。

 劣化版では少し抑えられる。

 完全版では、荷の遅れが小さい。

 

 大村は試験を終えると、はっきり言った。

 

「これ、精密機材より先に腰やった現場に配るべきですよ。いや、違うな。高いなら、まず壊せない荷に使うべきか。どっちにしろ、現場は欲しがります」

 

 牧野が真顔で頷いた。

 

「うちだけで使わせてもらえませんか」

 

 天城はそこで初めて、少しだけ笑った。

 

「試験機ですので、まずは統合室管理です。ただ、グループ内の特殊搬送用途に優先配置する方向で調整します」

 

「現場としては、本気で欲しいです。これがあると、人の配置も安全率も変わる」

 

 その言葉で、俺はようやく腹落ちした。

 

 研究室で、これは売れると思った。

 だが現場で見て、少し違うと思った。

 

 これは売れる、では足りない。

 

 現場が欲しがる。

 

 その方が、ずっと強い。

 

     ◇

 

 試験後、その場で小さな会議になった。

 

 場所は搬送センターの会議室。壁には安全標語と、去年の労災件数を示す掲示が貼られている。こういう場所で話すと、研究棟の会議室とはまるで意味が変わる。

 

 完全版を売るには危険が大きい。

 中核部材を外へ出したくない。

 分解されたら困る。

 メンテナンスも東都側で握る必要がある。

 

 劣化版なら売れる。

 普通に良い搬送台として外へ出せる。

 だが、完全版を知った現場には物足りなく見える。

 

 では、どうするか。

 

 天城が整理した。

 

「完全版は売り切りません。まずは東都グループ内で特殊搬送サービスとして運用します。外部向けには、劣化版の搬送フレームか、東都が人員と機材を持ち込む搬送サービス。この二段で行くべきです」

 

「台車を売るんじゃなく、腰に来ない搬送を売るわけか」

 

「はい。現場が欲しがるのは物ではなく、事故なく楽に運べる結果です」

 

 高坂が端末を見ながら頷く。

 

「表の顔としては、労災削減と高価機材保護が強いですね。重量物搬送による腰痛、高齢作業員の負担、人手不足、荷崩れ、精密機材破損リスク。どれにも刺さります」

 

 牧野も現場側から口を挟んだ。

 

「正直、腰痛対策で通ると思います。作業員を増やすより、こういう道具を入れた方が早い現場は多い。あと、フォークを入れられない場所ではかなり強いです」

 

 大村は腕を組んだまま言った。

 

「言い方は悪いですけど、現場は“楽になる”と“壊さない”には金を出します。偉い人は安全って言葉が好きでしょうけど、押す側からすれば、腰に来ないのが一番でかい」

 

 かなり正しい。

 

 異星文明の下札。

 海鳴りの倉庫での複製。

 眠り板。

 東都の座材。

 その結果が、現場の腰を守る道具になる。

 

 落差がひどい。

 だが、その落差がこの作品らしい。

 

「まずは完全版を社内特殊搬送サービス。劣化版をグループ内配備。外部には、さらに落とした外販モデルか、東都搬送サービス」

 

 天城がまとめる。

 

「これで進めます」

 

 俺は頷いた。

 

「異論なし」

 

     ◇

 

 実証が終わると、完全版試作機は回収された。

 

 劣化版は、一部の現場に追加試験用として残すことになった。これも十分に高性能だ。完全版を知らなければ、かなり良い搬送台として通る。

 

 帰り際、休憩所の方から大村の声が聞こえた。

 

「今日の台車、口外すんなよ。たぶんまだ試験品だ」

 

 若手作業員が笑う。

 

「でもあれ、普通に欲しいっす。腰に来ないって言ったら、みんな食いつきますよ」

 

「だから口外すんなって言ってるんだよ」

 

 そのやり取りを聞いて、天城が少しだけ俺を見た。

 

「漏れますね」

 

「漏れるな」

 

「ただ、完全版の中身は漏れません。漏れるのは“東都の新型搬送台が妙に良い”程度です」

 

「十分火種じゃないか」

 

「次の段階としては、ちょうどいい火種です」

 

 怖いことを平然と言う。

 

 だが、実際その通りだった。

 

 世の中へ出る時、最初に広がるのは公式発表ではない。

 現場の噂だ。

 

 たぶん、今日の一言はどこかへ流れる。

 社内チャットか、協力会社の雑談か、匿名掲示板か。

 

 重いのに腰に来ない。

 

 それだけで、現場系の人間は食いつく。

 

     ◇

 

 夜、工房に戻ると、手にまだ完全版試作機の感触が残っていた。

 

 研究室で押した時とは違う。

 現場で、実際の荷を運んだ時の感触だ。

 

 重い。

 重いままだ。

 だが、腰に来ない。

 

 机の端にスマホを置く。

 

「イヴ」

 

【はい】

 

「研究室で見るより、現場で押してもらう方が分かりやすかったな」

 

【現場作業者は、運搬負荷の変化を身体で評価できます。数値化前の高精度センサーとして機能します】

 

「言い方はアレだけど、その通りだな」

 

【今回の実証により、搬送補助ユニットは実用段階へ移行可能です】

 

「軽くする道具じゃない。重いものを、重いまま人に優しく運ばせる道具だ」

 

【妥当です】

 

 短い肯定が返る。

 

 それで十分だった。

 

 研究室では、抵抗が減ったと分かった。

 現場では、それが腰に来ないと分かった。

 

 たぶん、商売になるのは後者の言葉だ。

 

 重いのに、腰に来ない。

 

 その一言が、たぶん一番強い。




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