いつまでも地下室にいても仕方ないので、一階にあがり適当な部屋にはいる。それにしても、僕の推理はとことん的外れだったと改めてわかった。視線が低かったのも、子ども用の布団が敷かれてたのも全部人形だったからだ。いやまあ、非科学的すぎてそんなこと考慮に入れてなかっただけなんだけどさ…
あくまでも推測だが、人形の姿が本来の姿だったが鵺に記憶を砕かれその拍子に今いる体が本来の姿だと思ってしまったのだろう。
「京介さん、本当にありがとうございました。この家を守り、私の思い出も守ることができました」
もみじが三つ指を立てて頭を畳につける。
「いやいや!そんな!僕も助けられたし!」
なんなら僕は足を引っ張っていた気がする。だからそんな感謝される謂れはないのだ。
「いえ、あなたがいてくれたから、私は戦えました。あなたがいなければ記憶を失ったまま鵺に襲われていたでしょう」
「わかった!わかった!だから顔をあげてよ!」
紅葉の顔が畳から離されて、まっすぐな瞳が僕に向けられる。
「ここはマヨヒガ、迷いの家。迷いの家から抜け出す時、何か財宝を持ち帰ることができると言われています。どうぞ、お好きなものをお持ちください」
「…紅葉はこれからどうするつもりなの?」
「私は…これからもこの家を守り続けていきます。それが、おじいちゃんとおばあちゃんとの約束ですから。だから…ここでお別れです」
ほんの少し寂しそうに紅葉が笑う。
「そんな悲しそうな顔をしないでください!私はこの家を守っていくのが使命ですから!」
責任、使命…残された者は先立った者たちの意思を継ぐ必要がある。でも、果たしてそれは紅葉の祖父母が望んだことなのだろうか。
「ねえ、紅葉。迷いの家から出る時は何か一つ持っていっていいんだよね?」
「ええ、日本刀でも着物でも。お好きなものを一つお選びください」
「なら…僕は君を連れ出すよ」
「な…!え…!?ご冗談を!」
「冗談なんかじゃないよ。僕は君を持っていく」
「それは…できません。私にはこの家を守っていく使命があります」
「その使命は、君のお婆さんやお爺さんが望んだものなの?」
「…それは」
「お爺さんの日記。これを読んだことはある?」
僕は立ち上がって本棚に置かれている一冊の本を取り出し、紅葉に渡す。
「君のお爺さんは…君が自由になることを望んでいるよ」
「…でも、私にはいく場所も何もありません。この家しか…」
「僕がなんとかする」
最悪、氏神様たちに泣きつこう。どんな方法だってあるはずだ。なんとかなるさ。
「…」
紅葉はきっと、今を逃せばここから動かないだろう。その身朽ち果てるまでこの家をただひたすら守り続けるだろう。
「この家を守っていく意思はすごく立派だ。でも…それで紅葉がまた1人ぼっちになるのは…僕は嫌だよ」
1人が辛いなんて、僕が身に染みてわかっているつもりだ。このままでは、紅葉がまた1人ずっと寂しい思いをしてここで待ち続ける。その苦しみは計り知れない。
「私は…せめてこの家を…」
「紅葉とおばあちゃんおじいちゃんの思い出は、この場所を離れたら消えてしまうの?」
「そんなことありません!」
「月並みな言葉だけど、亡くなった人が望むことは幸せになることだと思うよ。僕もそう言われた。」
かつて僕と共に過ごしてくれた友達、花村のことを思い出す。花村は僕に前に進むことを望んでいた。
「京介さんも…大切な人を失ったのですか?」
「うん、僕の友達。偶然だけど幽霊になった友達に会えたんだ。そして言われたよ。幸せになって、前に進んでって」
「…」
「行こう、紅葉。僕と一緒に」
僕は紅葉に手を差し出す。紅葉の目が大きく見開かれ、ツーッと一粒の涙が頬を伝って落ちた。
「はい、どこまでもお供いたします」
紅葉の手が僕に重なる。僕達はお互いに微笑みあった。
「少しだけついてきてもらえますか?」
「うん、どこへでも」
紅葉は僕の手を引いて歩き始めた。
向かった先は玄関を出て家の裏手、そこには記憶の中で見たお墓があった。
紅葉が僕の手を離し、しゃがみ込んで手を合わせる。僕も同じように手を合わせた。
「おじいちゃん、おばあちゃん。私、外のことをたくさん見てくるね。幸せになるね」
紅葉に必ず自由な世界を見せます。
僕はせめて2人にそう誓うのだった。
「…いきましょう。元の世界に戻る門を開きます」
「うん、行こう」
紅葉が何かを唱えると次元が歪んでいく。
『娘をよろしくお願いします』
「!!!!」
何かの声がして後ろを振り向く。そこには優しそうに微笑むおじいさんとおばあさんの姿があった。しかし、見えたのも一瞬、瞬きの間に消えてしまっていた。
「紅葉、聞こえた?」
「…?何がでしょう」
「ううん、なんでもない」
はい、約束します。僕じゃ頼りないかもしれないけど…
「行きましょう」
「うん、行こう」
僕は紅葉の手を強く握る。紅葉がその手を強く握り返してくる。
僕達は門の中に足を踏み入れた。
『よかったですね、あなた』
『ああ、これで一安心で眠りにつける』
『それにしてもまさか恵が旦那を連れてくるとは』
『…ああ、そうだな』