異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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1945年8月某日

『小隊長からα2、α3へ。周囲の索敵を厳にせよ。間もなく基地上空に到達する。邀撃を十分に警戒せよ』

「ラジャー。 ……小隊長は慎重だな。日本の戦闘機なんざ、俺たちの駆る戦闘機と比べて質も量も大きく劣るってのに」

 

 無線を切り、独り愚痴を零した男は、少々面倒くさそうにしながら辺りを見渡す。

 

 鮮やかな橙色に染まり始めた大空ばかりが目に映り、早くもウンザリしそうになった男だが。ふと上方に目を向けると、黒い点が視界に入った。

 

 キャンバスに垂らしたシミのように目立つそれは、徐々に高度を落としていき、その姿を顕にする。

 

 それ目にした男は、一旦切った無線のスイッチを急いで入れ直す。

 

「α2からα1、α3へ。左上方に機影を発見。数は1。機影の形から、我が軍の戦闘機ではないと推察されるが、どうする?」

 

 開発コンセプトの違いが顕実に現れる戦闘機のフォルムから、男は上方を飛行する機影は敵機だと考え、分隊長に指示を仰ぐ。

 

 だが、分隊長が応答するよりも先に、僚機に乗る同期が血気盛んな様子を隠そうともせずに答えた。

 

『なら、サクッと撃墜しちまおうぜ! 俺はあと1機で、エースの称号が手に入るんだ! 悪いけど早い者勝ちって事で!』

「あ、おいバカ! 小隊長の指示を聞いてからにしろって!」

『ハハッ、まあ良いだろう。アレが日本機なら、この高度帯では飛行するのがやっとのはずだし、万が一降下してきてもこちらに追いつく事はできない。こちらは最新型のP-51に乗ってるから、何とでもなるさ。ひとまず我らは、軽く高度を上げながら奴を見守るとしよう』

「小隊長まで……」

 

 先行して飛び出した同期を呆れた目で見送ってから、男は小隊長と共に高度を緩々と上げていく。

 

 速度を大きく損なわぬようにスロットルを調整しながら、高度7000m付近まで上昇してきた男は、自分たちよりも先に大きく高度を上げた同期が何をやっているのか、目で追いかける事にした。

 

「……あれ、何やってるんだアイツ」

 

 同期が駆るP-51は、確かにグングン高度を上げている。だが、男には、敵と思われる機影との距離が、そこまで縮まっていないように感じたのだ。

 

 何か猛烈に嫌な物を感じて、男は小隊長に同期の援護へ向かう事を進言しようとした。

 

 だが、口を開くよりも先に、耳を劈くガラスの粉砕音が無線から鳴り響く。そして、短い悲鳴もほんの僅かに男は聞き取った。

 

「……えっ」

 

 ガクリ。そんな擬音が鳴ったのではと感じる程に突然、同期が駆るP-51がグラついたかと思うと、錐揉みしながら墜落していったのである。

 

「バカ、しっかり操縦しろ! そのままじゃ、機体がバラバラになっちまうぞ! 早く立て直せ!」

『――』

「お、おいっ」

 

 無線から、同期の声が返ってくる事は、遂になかった。

 

 口の中が渇き、現実を受け入れられずにいる男だったが、小隊長の怒鳴り声によって我に返る。

 

『ボサッと飛行するな! 敵が来るぞぉ!』

「ッ、クソッタレ!」

 

 既に黒い機影は、男たちのすぐ近くにまで迫っていた。

 

 悪態を吐きながらも必死に操縦桿を引き、ラダーを踏みながら愛機を横方向に曲げた男は、Gによって狭くなる視界の端に、機首を敵機に向けて迎え撃とうとする小隊長機の姿が見えた。

 

 しめた。そう男は考える。

 

 日本の戦闘機は、自軍の戦闘機よりも圧倒的に防弾設備が劣っている。互いの機首を向け合って、ヨーイドンで機銃を発射すれば、先に墜ちるのは日本機の方だ。

 

 正面火力だって、自軍の戦闘機の方が基本的には上である。フランク(四式戦闘機“疾風”)ジャック(雷電)、そしてジョージ(紫電改)でもなければ、当たり負けする事はない。

 

 そして、今回の敵機はそのどれでもない。勤勉に座学に取り組んだ男には、回避前僅かに見えた敵機の姿と機影の特徴から、相手が何なのかを理解していた。

 

 カラーリングは、日の丸以外真っ黒に染め上げられているが、アレはオスカー(一式戦闘機“隼”)だ。前線で長らく奮戦する戦闘機ではあるが、もう正規採用から4年は経っている。

 

 運動性に優れ、低速域における加速性能も高い戦闘機だが、ゼロ程ではないにしても日本機の例に漏れず機体が脆く、高高度性能は低く、そして何より正面火力が絶望的に低い。

 

 同期は油断して無策に突っ込んだのだろうが、自分は違う。何なら、小隊長もいる。数的有利はこちらの物。負けるはずがない。

 

 だが、そんな男の予想を嘲笑うかのように、黒い一式戦闘機は急降下の体勢から、突如として機首を急激に引き上げた。

 

 それに釣られるようにして、小隊長機は発砲しながら追いかける。

 

 軽く一式戦闘機は被弾したようで、モクモクと機首付近から黒煙を上げているが、男はまたもや嫌な予感がして叫んだ。

 

「うっ、小隊長何かヤバい! 早くダイブして逃げて!」

 

 叫びながら小隊長機と敵の間に入ろうとする男だったが、もう間に合わない。最初に横方向へ動いた事で、距離が開いてしまった。

 

 せめて、射線を取る邪魔をしてやろうと、遠方から機銃を発射する男だったが、ユラユラと機体を横転させ、不規則に動きながら上昇する一式戦闘機には掠りもしない。

 

 その状態から、グルリと180°反転した後に再度降下を開始した一式戦闘機は、エネルギー不足によって失速しかけている小隊長機に機関砲を発射した。

 

 もはや浮くだけの的となっていた小隊長機は、左翼、右翼、コックピットの順に撃ち抜かれると、そのまま火を噴いて墜落していく。

 

「クッソオオオ――!」

 

 火達磨となった小隊長機の横をすり抜け、高度を落としていく一式戦闘機を男はフルスロットルで追いかける。

 

 基礎スペックからして、一式戦闘機とは最高速度は150km/h近く上であり、急降下耐性も高いP-51は瞬く間に距離を詰め、射撃が届く距離に到達した。

 

「喰らえ、ジャップ!」

 

 だが、男が機銃を発射する引き金を引こうとすると、一式戦闘機は一転して降下を止めて、左右に激しく動き始めた。

 

 あまりにキビキビとした切り返し運動に、男は照準を定める事ができない。

 

 何度か機影に向けて撃ち込むも、全て弾はあらぬ方向へ飛んでいく。

 

「チッ、だが何度も繰り返せば……!」

 

 速度を緩めずにそのままダイブし、一式戦闘機をある程度引き離したところで、男は操縦桿を引いてまた高度を上げていく。

 

 一撃離脱戦法(ダイブ・アンド・ズーム)。対日本機において、最も重要視されていると言っても過言ではない戦法だ。併せて、二機以上の連携をする事によって、より確実に敵機の撃墜を成せる。

 

 本来ならば、連携を取るもう一機が攻撃を仕掛けている間に高度を取り直すのだが、今はワン・オン・ワンの状態だ。多少リスクはあるが、真っ向からやり合うよりも勝率は高いとして、男は機体をグングン昇らせる。

 

「敵機は高度5000帯か。このまま何度か繰り返して、ダイブで速度を稼げないぐらいにまで高度を下げさせてやれば、いつかは勝てるはずだ……」

 

 願いにも似た展望を口にしながら、男は機体の向きを整えて下方を確認してから、一式戦闘機に向かってダイブを敢行した。

 

 再び空を切り裂かんばかりの急制動を行い、的を絞らせない一式戦闘機に悪態を吐きながらも、何度か弾をバラ撒いては離脱。一定の距離が生まれたら上昇を繰り返していく。

 

 度重なる急降下の負荷と、中々仕留められない事に対する苛立ちが、ゴリゴリと男の精神を削っていくが、それは相手も同じ事だと思い込み、気持ちで負けないように奮起する。

 

 二十分間以上も同じ相手と戦い続けた男の疲労はピークに達し、集中力の低下が懸念される段階まで来たところで、ようやく一式戦闘機の高度は1000メートル帯まで下げさせた。

 

 あともう一息。そう己を鼓舞しながら、何度目か分からないダイブを行った男は、疲労で震える腕で必死に操縦桿をキツく握りながら、照準器内に収まっている一式戦闘機の動きを凝視する。

 

 一式戦闘機は、動かない。ただ真っ直ぐに飛行している。しかし、これまでの凄まじい急制動を何度も見せられた男は、念入りに接近してから機銃を発射しようと心に決めた。

 

 照準器からはみ出るぐらいまで近づいた段階で、男は機銃の引き金に指を置く。そして、一呼吸入れてからボタンを押し込もうとした。

 

 だが……。

 

「なっ、消えた!?」

 

 突如として、一式戦闘機の姿が照準器内から消えてしまった。

 

 慌てて操縦桿を引き、機体の体勢を整えてから緩降下でひとまず逃げようとする男だったが、背部からの強烈な衝撃を複数回受けた事で、動き出しが大きく遅れた。

 

「う、撃たれた!? まさか後ろかっ」

 

 ラダーペダルを踏み、操縦桿を強く引いて左右に動きながら、男は機体の状態を確認して、顔を青褪めさせた。

 

 まず、速度が上がらない。前部から上がった黒煙は、機体の心臓部である発動機の損傷を顕実に語っていた。

 

 そして、思うように機体を曲げる事ができない。男の目には、銃痕だらけとなった両翼が映っていた。特に左翼のダメージは酷く、一部が欠けてしまっている。

 

 一刻も早く戦闘空域から離脱し、自軍の基地へ帰投しなければならない程の損傷である。戦闘の続行は不可能だ。

 

 しかし、一式戦闘機を何としてでも落とそうとした事が、今は裏目に出ていた。ダイブをして速度を上乗せするには、高度が足りないのである。直線飛行で逃げようにも、発動機の損傷によって本来の速度が出せない。しかも、一式戦闘機を見失った直後に機体を引き上げた事で、ダイブ時に得られた速度はかなり殺されてしまっていた。

 

「く、そ。こんなところで、死にたくない!」

 

 必死に機体を右に左にと動かす。逃げられない以上は、ここで撃墜をする道しか残されていない。

 

 男は、何とか敵機よりも遅い速度で飛行し、自身の前に飛び出させて照準器内に収めなければならなかった。

 

 だが、無情にも一式戦闘機は一度も前へ出る事はなく、機関砲が数度に渡って発射された。

 

 その度に、P-51は損壊を激しくしていく。尾翼を片方失い、発動機から上がる黒煙は濃さを増し、数発はコックピットを貫いた。飛行できているのが奇跡と言える惨状だ。

 

 が、ここで男の身に幸運が降り注ぐ。今までは的確なタイミングで発射されていた弾が、ある時を境にピタリと止んだのである。

 

 男は知る由もないが、一式戦闘機は弾切れを起こしていた。

 

 無理もない。男たちと接敵する前から、かなり消耗した状態だったのだから。

 

「撃たれてない、今のうちに……! 基地まで何とか頑張れよ、発動機!」

 

 七割程度の出力しか出ない発動機に活を入れながら、男は機体を真っ直ぐ飛ばした。

 

 男の願いが届いたのか、僅かに出力が上がった発動機により、機体が少しずつ加速していく。

 

 ほんの少し見えた希望に、男は思わず口角を上げて、何の気なしに左を見た。

 

「……え」

 

 そして、間抜けな声を上げた。

 

 機体の真横に、いつの間にか一式戦闘機が現れていたのである。

 

 近くで見ると、更に深いと思わせる漆黒で塗装された一式戦闘機は、男の駆るP-51と大幅に距離を詰めた。

 

 まさか、カミカゼか。そう恐怖した男だが、黒塗りの一式戦闘機が不意に右翼を持ち上げたかと思うと、そのまま打撃武器のように振り下ろす。

 

 機体に奔る衝撃。そしてすぐに、コントロールを失ってクルクルと横転を始めた。

 

 男の操縦するP-51は、左翼を半分以上失っていた。

 

 回転する機体を立て直そうとする男の目に、一式戦闘機の姿が映る。

 

 一式戦闘機も、右翼を半分近く失っていた。だが、何事もなく飛行しているではないか。

 

「モ、モンスターめ……」

 

 やがて、完全にコントロールを失ったP-51は、地面に叩き付けられた。




【とある人物が書いた図面より引用】

★一式戦闘機三型 現地改装仕様★

✧発動機:金星六〇型(離昇1,500馬力)

✧最高速度:610~635km/h/ 高度6,000m

✧上昇力:高度5,000mまで3分55秒

✧降下制限速度:670km/h

✧航続距離:900km(正規)、1600km(最大)

✧武装:機首12.7mm機関砲2門(携行弾数各270発)

*図面隅の書き置きより
…加速性能が四式戦闘機よりも高い。その為、深く急降下するとすぐ自壊する。ただし速力を維持する能力は高く、舵も固まりにくい。暴力的な加速力を活かした純粋な巴戦も強いが、切り返しの多様が最も性能を発揮できる。まあ、お前の技量があれば、加速性能を存分に活かして、複数機からの攻撃を回避する事も可能だろう。戦闘時は常に550-600km/h付近を維持しろ! でも、それ以上は死ぬからな! 常に計器を睨んでおけ!
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