異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
「ん、この感じは……」
昼下がり。琥珀糖を村の子どもたちに振る舞いながら、仲良く折り紙を折って新しい作品の生み出し方を享受していた三雄は、頬に当たるそよ風の感じが妙にピリついている事に気が付いた。
所謂第六感である。空気がピリピリする時は、大抵碌な事が起こらない。それを知る三雄は、風が吹いている方向をジッと見つめる。
すると、数分もしないうちに村の入口付近が騒がしくなった。
隣で別皿に盛られた琥珀糖を齧っていたリリーが、それはもう盛大に顔を顰める。
「また来たのか。懲りない連中だなホント」
「また、ですか?」
「三雄が来る数日前にも来たんだよ。断られるって分からないのかなぁ……」
リリーは心底嫌そうな顔をしながらも立ち上がり、皿を持ったまま村の入口の方へ向かった。それに三雄も追従する。
村の入口には、複数人の男が何やら騒ぎ立てていた。
発される言葉の内容に多少の差異こそ見られるが、どれもニュアンスは同じである。
「……リリーさん、大人気ですね」
「絶対に褒めてないでしょ、それ」
男たちは、リリーを出せと門番を担当する村人に詰め寄っていたのである。
完全に萎縮してしまっている門番担当が、いよいよ泣き出してしまいそうになった刹那。リリーが男たちの眼前を横切る炎弾を飛ばし、注意を惹きつけた。
すると、リーダーと思われる男が色めき立ってリリーに近寄ろうとする。
だが、それより先に三雄が動いた。
「あ? 何だお前、邪魔だ」
「招かれざるお客様は、どう考えても貴方たちの方では?」
リリーと男の間に入った三雄は、事も無げに吐き捨てる。
全身を防具で固め、複数の武装を持っている男の前に立っても、三雄の精神は一切の揺らぎを見せない。
「それで、何用ですか。あれだけ騒ぎ立てたのですから、さぞ重要な要件があるのでしょうね?」
「当たり前だ。テメエみたいな貧乏村の貧民には理解が及ばない、崇高な目的があってここに立っている」
「自分から崇高なんて強い言葉を使うんですね、貴方。大丈夫ですか? 言葉の威を借りるだけの弱者に見えますけど」
両者ともに一歩も退かない
しかし、精神的な優位は三雄の方にあった。
どれだけ威圧しても、全く堪えていない三雄の態度に、少しずつ男たちの中にイライラが溜まっていく。
それを見たリリーが、ここぞとばかりに口を挟んだ。
「どうせ、私をコルセア帝国に迎え入れるっては話でしょ? 何度も言うけど、私はこの村を離れるつもりはない。どんな爵位を与えられても、巨額の金が手に入ると言われても」
「……との事なので、お引き取り願います」
男たちの顔に、激情がハッキリ現れる。
思い通りにならない苛立ち。自分たち的には下手に出ているのに、聞く耳を持たない事に対する怒り。そして、帝国の支配者からの命を、このままでは果たせない焦り。
様々な感情がゴチャゴチャと混ぜられた結果。冷静な思考力を完全に失った男たちが、腰に提げていた長剣を抜こうとした。
だが、殺気を感じ取る第六感が異常発達している三雄は、彼らが長剣に触れるよりも先に口を開く。
「リリーさん。私の記憶から、木刀を生み出してくれますか」
「えっ」
「急いで。護身のためです」
「……はい、どうぞ」
リリーから投げ渡された木刀を受け取った三雄が、下段に構えてジッと男たちを見ると、彼らは長剣を抜こうとした体勢でビクリと硬直した。
「っ、新しい用心棒を雇ったからって、調子に乗るんじゃねえぞ!」
男たちの中では最も若手の者が、三雄の威圧感に当てられて前に出る。出てしまう。
長剣を抜き放ち、大上段に構えて三雄に突進し、一気に切り捨てようとする。
しかし、長剣が届く間合いに踏み込んだ瞬間。男は、ガクンとバランスを崩して地面に転がった。
「一本」
無機質な三雄の声を聞いてから、ようやく男は踏み込んだ側の膝が、防具で守られていたにも関わらず、強烈に痛みを感じている事に気が付く。
すぐさま立ち上がろうとするが、力が上手く入らない。
ならばと無事な反対足に重心を乗せるが、その瞬間にまた膝を外側から打ち抜かれ、今度こそ男は立ち上がれなくなった。
「構えも予備動作も大きすぎる上に、起き上がるまで時間を要しすぎている。痛みへの耐性も極めて低い。防具に頼りすぎ」
「な、何をっ」
「死にたいのですか、貴方は」
木刀の切っ先を目元の僅か数ミリにピタリと向けられて、遂に男は黙った。
その様子を、唖然と見ていた残りの男たちに、三雄は切っ先はそのままに目線を送る。
「さあ、次はどちらですか。困ったら暴力で解決しようとする辺り、相当腕に覚えがあるみたいですが」
感情をまるで感じさせない声音が、男たちの心臓を震え上がらせる。
リリーが雇った用心棒は、人間ではない。いや、そもそも雇ってすらいない。人体錬成によって生み出された、戦う事のみに特化した人工物。だから、感情がないのだ。そんな風に、勝手に勘違いした。
「もう一度だけ言いますよ。今すぐ、お引き取り願います。私の得物は木の棒切れですが、だからと言って命の保証がある訳ではありません。それでも力づくでリリーさんを連れて行くおつもりでしたら、それ相応に覚悟するように」
その言葉を聞いた男たちは、口々に捨て台詞を吐きながら、すごすごと引き下がった。
姿が完全に見えなくなるまで、木刀を構えた状態を維持し、冷酷無比な機械のような目をしていた三雄だったが、不意に口の中に投げ込まれた琥珀糖によって、我を取り戻す。
「……その顔と雰囲気。怖いから止めて。子どもたちが泣いちゃう」
琥珀糖を咀嚼するにつれて、気持ちが落ち着いた三雄は、構えを解いてリリーに頭を下げる。
「すみません。もう、大丈夫です」
顔を上げた三雄の顔には、人間らしい苦笑が浮かんでいた。
それを見て、リリーが大きく息を吐く。
「まあでも、助かったのも事実。あの男たち、私を強引に連れて行くためにも、魔法を無効化する防具を着込んでいたし」
「ああ、それで強度がお座なりだったのですか」
「……物理耐性も多少あった気がするけどね。と言うか、三雄って剣術もできたの? 構えに迷いがなかったけど」
「故郷で、遥か昔から言い伝えられている物を少々。軍隊生活の最中でも、武術の心得を教わる機会がありましたので」
正確には剣道であり、更に言えば両手軍刀術と呼ばれる陸軍独自の物であるが、三雄はわざわざ説明する必要もないと判断して、単に剣術と言い切った。
古武術を発祥とする剣術である為、狭い場所や疲弊した状態であっても、敵と遭遇した際に打ち勝てるような鍛錬を彼は積んでいる。
「それより、帝国に迎え入れるとは? あの感じだと、初めての話ではなさそうですが」
「何年も何年も、コルセア帝国やシュトゥルム王国からは国お抱えの魔法使いになってくれないかって話が来てる。全部断ってるけど」
「それはまた、何故に?」
「窮屈すぎるっていうのが一つ。常に縛られる生活は我慢できない。あと、生まれ故郷から離れたくない」
自由のない生活を、リリーはとことん嫌っている。
多少貧乏だろうと、村で悠々自適にノンビリ研究を進められる今の環境は、彼女にとって最良の安寧地であった。
無駄にへりくだる人物や、上に立ってふんぞり返る連中も心底嫌いなので、彼女は王国や帝国での暮らしが兎に角肌に合わないと言えよう。
「でも、断り続けるのもそろそろ限界かも。実は過去に、肥沃なこの村の土地を狙って、帝国が侵攻してきた事があったんだ。その時は、私が軍を壊滅させて撤退させたんだけど。今回のやり取りで、帝国の支配者は侵攻する口実を見つけたと判断するかもしれない」
「それは……」
「三雄は何も悪くないから、そこは安心して。ただ、このままじゃ良くないのも事実。早いところ事業を展開して、村の設備を少しでも良くして行かないと、あっという間に土地を奪われてしまう」
リリーの顔に浮かぶ、僅かな焦燥感。
今回やって来た帝国の使者たちは、全員が魔法対策を徹底していた。あれが軍隊レベルで押し寄せてくるとなると、いくら技量が極まっている魔法使いでも、一人では厳しい物がある。
それを感じ取った三雄は、今すぐにでも行動するべきだと考え、リリーの手を引いて研究室へ向かった。
「体験型遊戯の筐体制作。そして、曲芸飛行の事業化。オマケで、和菓子も事業にしましょう。全て数日後に始められるように、自分もお手伝いしますよ」
「助かる。特に体験型遊戯の筐体は、三雄の意見が本当に重要になってくるから」
互いに頷き合うと、二人は研究室に入り次第、早速作業に取り掛かるのだった。