異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
数日後。空間を引き伸ばす事によって拡張された土地と、それに合わせて増築された研究室は、様々な形の体験型遊戯の筐体が鎮座する、何とも風変わりな空間になっていた。
リリーは、三雄が持っていた図面に書かれた航空機を全て具現化し、筐体としての設定を付与する事に成功していた。
新たに具現化した航空機は、九五式戦闘機、一から五式戦闘機、二式複座戦闘機、四式重爆撃機、百式司令部偵察機、三雄専用の一式戦闘機である。
しかも、それぞれの細かな武装の違いや最新の発動機に換装した型も全て再現している為、かなりの数の航空機が研究室に鎮座している状態だ。
加えて、遊戯の内容も更にブラッシュアップを行い、様々な体験ができるような物に仕上がっている。
基本的な飛行技術を学ぶ低級任務もあれば、難易度を上げてより実戦的な上級任務もある。また、実際に三雄が駆け抜けてきた戦場の記憶にアレンジを加えて、“ニューギニア戦線を生き残れ”や“ノモンハン航空戦でエースになれ”といった超高難易度任務を備えており、やり込み要素として既に十分な完成度を誇っている。
流石に実際の飛行時間を丸々体験させる訳にも行かないので、目的地到着までの時間は数分程度に設定されているが、それでも任務達成は至難の業と言えるだろう。
なお、必要に応じて、その設定は解除できるので、三雄のような猛者が扱う分にも問題ない。
また、三雄発案の「自由に飛行できる特殊任務」であったり、リリー発案の「近場の人との模擬空戦任務」までもが盛り込まれているので、非常に多種多様な遊び方を楽しめる代物だ。
なお、飛行できる空域は三雄が実際に飛んだ事がある場所か、リリーが行った事のある場所に現状は限られている。
限られているとは言ったが、多くは三雄以外の人間は見た事も聞いた事もない土地ばかりである。リリーの記憶が元となっている空域も、空を飛ぶ事が基本的にはない人たちにとっては、新鮮で衝撃的な光景が目に広がるだろう。
そして、どんな人でも遊べるように力を入れており、三段階の操作難易度を設ける事で、子どもでも楽しめるような快適な操作性を実現している。
最も簡単な「梅」では、操作時に扱う機内の器具が操縦桿、スロットルレバー、ラダーペダル、機銃を発射する
当然ながら、機内の気圧の変化は発生しないし、振動も起こらない。兎に角遊びやすくなるような工夫を施されている。
一方、操作難易度が「梅」よりも高い「竹」では、ターゲットマーカーこそ健在であり、速度補整もされているが、離陸までの必要プロセスが増えていたり、気圧変化や振動も僅かに感じられるようになっている。
そして、最高操作難易度である「松」は、普段の三雄と全く同じ条件下で飛行する事を求められる。搭乗者に親切な要素は全て切り捨てられ、己の技量のみで乗り切らなければならない。
やり込み要素は十分すぎる程であり、遊び応えもある体験型遊戯だが、一回遊ぶのに必要な料金は、低級任務や自由飛行任務、そして模擬空戦任務であれば銅貨が一枚。三雄が住んでいた世界での二十銭相当である。未来の日本の価値に直せばおおよそ百円だ。
上級任務や超高難易度任務に関しては、一度の遊戯時間がどうしても長くなってしまうため、最初から銅貨二枚、最大で四枚を先払いする事になっている。筐体型の機体に銅貨を投入した枚数で、選択できる任務が増えていく為、不正利用される心配はない。
なお、銅貨一枚につき、十五分程度の飛行時間が確約される形になる為、長すぎず、そして短すぎない体験時間となる。初心者は、一度遊ぶだけで疲労困憊になるだろう。
だが、目的はリピーターを徐々に増やす事にある。初回はワンプレイだけでも、次回以降は複数回遊んでもらえれば良いのだ。
実際、村人たちの間でデモプレイをした際は、また遊びたいという声が続出した。上手く宣伝する事ができれば、必ず多くのリピーターを獲得できると、リリーは考えている。
「はあ〜、ここ数日は働き詰めだったから、気を張りっぱなしで流石に疲れちゃった……」
ぐで~とベッドに寝転がるリリー。数時間後にはシュトゥルム王国からの使者が来訪し、研究の進捗確認を行い、ついでに体験型遊戯を遊んでもらうのだが、それまでは何も考えずダラダラしたい。そんな思いで枕に顔を埋める。
そんなリリーが寝転がるベッドの横に置かれた小さな机に、コトリと良い匂いがする物が盛り付けられた皿が置かれた。
「焼き立ての栗まんじゅうです。食べますか?」
「食べる」
ガバっと起き上がると、リリーは皿の上に乗る栗まんじゅうを手に取った。
筐体の製作中、何かと三雄の作る和菓子を糖分補給で口にしていたリリーは、すっかり胃袋を掴まれていた。
ホクホクとした生地に餡、そして栗の甘みが口いっぱいに広がる。
「んー、おいひい。三雄の作るお菓子、どれも美味しいから一番を決められないや」
「はは、それは職人冥利に尽きます。私は見習いですが」
「これで見習いって、本職の腕はどうなってるのやら……」
三雄の父と兄たちは、既に一端の職人として扱っていた事を、彼は知らない。
「それにしても、村の人たちに大盛況でしたね。滑り出しは好調で何よりです」
「いくつか、想定していない動作がある点は気になるけどね」
例えば、飛行の基本を学ぶ低級任務。本来なら、後から三雄の声を録音して、筐体に登録する予定だった。だが、録音するよりも先に、筐体側が勝手に音声を発し始めたのである。
これには、三雄もリリーも腰を抜かしそうになったが、三雄がすぐに「教官!?」と口にした事で、リリーは彼の記憶が原因である事を悟った。
他にも、僚機と出撃する時に、村の人たちが遊ぶ際は「行くぞ!」なのに、三雄が使うと「中隊長、行きましょう!」に変化したり。ナビゲーターが、基地の無線担当の声だったりとか。墜落しそうになると、何者かの声で「まだ飛べる! 頑張れ!」と激励されたり。
想定外な動作が頻発しており、本来なら筐体の調整を更に行うべきなのだが、致命的なエラーを起こしていない以上、ひとまず様子見でも問題ないという結論になった。
むしろ、リリーは手間が省けたとまで考えている。軽く寝ただけでは抜けない疲労を感じているからではあるが、決して悪い事は起こらないという、確信めいた予感があったのだ。
少なくとも、想定外の動作をしている時の三雄の顔は、何処となく明るいのだから。
「そうだ三雄。貴方の鉄鳥だけど、少し手を加えてみても良いかな? 基礎設計を弄るとかではないから、使用感は変わらない事は保証する」
「構いませんよ。むしろ、機体の使用感と言うのは常に変わり続けるべき物ですし。それに、多少使用感が変化したとしても、それに合わせるのが帝国陸軍の戦闘機乗りですから」
それを聞いたリリーが、栗まんじゅうを頬張りながら小さく微笑む。
思わず目を奪われそうになった三雄だが、努めて冷静さを崩さず、手元の栗まんじゅうを味わう事に集中した。
(ああ、参ったな。リリーさんと出会ってから、感情に振り回されてばかりだ)
その変化を喜ぶ者が、近くで何人も見守っている事を。彼はまだ、知る由もない。