異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
「ふう……」
軽く息を吐いた三雄は、一つのバウンドもせず九七式戦闘機を着陸させて、機体の外に飛び降りる。
そんな三雄を、無数の拍手が出迎えた。
驚く三雄の手を、ジークが手に取って固く握る。
「素晴らしかった! 本当に、素晴らしい体験だった……!」
「そ、そうですか。それは何よりです」
「三雄殿、それにリリー殿。こちらの体験型遊戯を、是非とも我が国で大々的に宣伝させてはくれまいか? これ程にまで素晴らしい、奇跡のような体験ができる遊戯は、他にはないと私が断言しましょう!」
「! 良いのですか?」
「奇跡は皆で体験するべきだと私は考えております故、何が何でもやらせていただきますよ。その代わり、と言ってはアレなのですが……」
ジークは、筐体を一つだけで良いから譲って欲しいと口にした。
顔を見合わせる三雄とリリーに、ジークは熱弁する。
「私はすっかり、何処までも澄み渡る大空の虜になってしまったのです。今後もきっと、事ある度に大空を求めるようになるでしょう。無論、タダでとは言いませぬ。譲渡時だけに留まらず、定期的に使用料を払わせていただきますし、王国内で筐体を稼働させる事によって得たお金も、高い割合で貴方たちに還元しましょう」
「リリーさん……!」
「是非ともお願いしますわ、ジーク殿。筐体を複製しますので、少々お待ちいただけますかしら」
当初の予定以上の戦果に、三雄とリリーはハイタッチで喜びを顕にした。
早速、航空機型の筐体の複製を開始したリリーを見送った三雄は、ふと思い出したかのように研究室に置かれている冷蔵庫から、ジークと護衛たち全員分の羊羹を皿に盛り付けると、湯を沸かしてから皿を一人ずつ丁寧に手渡していく。
「お待ちしている間、私が制作した菓子をどうぞ。少ししましたら、温かい茶も出します」
「ほう、初めて見る菓子ですな。では、早速いただくとしましょう……!?」
一口頬張ったジークの脳裏に、複数に渡って電流が奔る。
「美味いっ! ほら、お前たちも遠慮せず食べなさい! 躊躇いを覚える事が既に勿体ない!」
ジークの言葉を受けて、護衛たちが恐る恐るながら、羊羹を口にしては目を見開き、口々に「美味い、美味すぎる!」と叫んだ。
その様子を見た三雄は、優しく微笑みながら抹茶を全員分点てると、小さく声掛けしながら手渡していった。
「お飲みになられてください。より、菓子の甘みが深まりますよ」
その言葉を信じて、抹茶をまずは一口啜ったジークたちは、先程とは異なる種類の電流を感じた。
羊羹を口にした時のような、激烈な感動ではない。しかし、抹茶特有の苦味は、羊羹を口にした際の強い甘さによって難なく相殺され、程良い苦さを味覚に届けた。
温かく、そして爽やかな香りと程良い苦さが、限界まで昂った感情を落ち着かせていく。
まるで、青空の下に広がる草原に寝転がったかのような安心感すら覚えたジークたちは、その状態で再度羊羹を口にした事で、また感情が限界値を飛び越えて昂った。
先程よりも深い、暴力的とも言える甘さが、ジークたちの脳から幸福を感じさせるホルモンを大量に分泌していく。
「より甘さを感じるでしょう。ささ、そのまま茶をどうぞ。今の貴方たちは、苦い茶であってもより深く、そして楽しく味わえる、最高の状態にあります」
その言葉が、彼らにトドメを刺す事になった。
もはや語る事すら不要だと考え、ジークたちは残り少ない羊羹と抹茶を心ゆくまで味わい尽くす。
一心不乱に最高の一時を享受した事もあって、気が付けば全員が羊羹と抹茶を完食し、名残惜しさを覚えつつも、確かな満足感を得ていた。
そんなジークたちを見て、三雄は冷蔵庫の元へ足を運ぶと、そこそこ大きめのサイズの箱を複数取り出し、ニッコリ笑いながらオーバーキルとも言える発言を行う。
「ジーク殿、そして護衛の皆様方。ご家族への土産として、お持ち帰りが出来る用意もしておりますが、如何でしょうか?」
目の奥をギラギラと輝かせるジークたち。完全に、三雄の手によって人心掌握されていた。
リリーが複製した筐体を持ってくる頃には、三雄とジークは固い握手を交わしており、土産用の羊羹の代金の支払いと、三雄が制作する絶品和菓子の宣伝を行う約束まで取り付けていた。
全ての筐体を収納できる特殊な指輪を手渡されたジークは、早速筐体の譲渡金と羊羹の購入金を支払うと、上機嫌な足取りでネイト村から去っていくのだった。
「……三雄も、案外したたかな一面があるのね。魔法を使わずに、あそこまで高度な人心掌握を出来るなんて」
ジークたちの姿が完全に見えなくなってから、リリーがポツリと呟く。
今回は、筐体の宣伝だけでもと考えていたリリーだったが、あまりにも上手く行きすぎたと振り返るぐらいだ。
体験型遊戯に関するアレコレは、想定している中でも最良と言える結果になった。だが、そこに三雄の和菓子を交える事までは、流石に考えつかなかったのである。
「まあ、優秀な祖父に父、そして兄たちの背を見て育ちましたから。リリーさんこそ、商才は相当な物ではないかと思いますがね」
当の三雄も、ここまで上手く行くとは考えていなかった。
最初に羊羹と抹茶を少量出し、味を覚えさせた上で、その後に土産用と称して本命を提示する。職人時代の祖父や実父がやっていた事をただ真似したに過ぎないが、効果は覿面であった。
「人に感動を与えられるだけの味があってこそ、だと思うけどね。何はともあれ、今回の交渉だけでも纏まった金が一気に手に入ったし、今後も継続的に大きい金額が入ってくる。これで資材を購入すれば、村の設備を少しずつ良い物に変えられるはずだよ」
「それは何よりです。しかし、リリーさんが資材を生み出せば、案外何とかできたのでは?」
「それも過去に考えたけど、村の設備を変えられるぐらいの資材を原子レベルから構築して、ゼロから生成するのは骨が折れるの。しかも、そこから組み立てでしょ? その作業にかかり切りになっちゃうし、その間に攻め入られたら目も当てられない」
基本的にワンオペで村の安全を守っているリリーは、長い期間一つの事に集中する時間を取れない。
三雄の兄が制作した図面のように、寸法や構成物までもが事細かく記載されていて、かつ三雄側に記憶が鮮明に残っているような状況が再現できれば、一日使えば見張り台となる高台を作る事は可能だろうが、現実はそうも行かないのである。
「言い方は悪いですけど、本当にリリーさんに強く依存しているんですね、この村」
「その通り。でも、そろそろ限界を感じていたところだから、今回の交渉は一世一代の大勝負だったんだ。上手く行って、本当に良かったよ」
そう言って苦笑するリリー。
三雄は、黙って琥珀糖が入った瓶をリリーに手渡す。
「……ありがと。あ、今回のは甘じょっぱい」
「岩塩を少しだけ混ぜてみたので。食べやすいでしょう?」
「確かにねぇ。糖分の補給はイコールで魔力の補給になるんだけど、これは食べやすいから咄嗟の回復に使えそう」
「リリーさんの助けになるなら、沢山作り置きしておきましょう。貴女が私に言ってくれた言葉、そのままお返しします。もう、一人だけで戦う必要はありません。遠慮せず、私を頼ってくださいね」
「! ……貴方が人に頼るようになったら、考える」
相変わらず、素直に厚意を受け取れないリリーだったが。その顔は、微かに幸せそうであった。