異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
ジークたちが村に訪れてから、一週間が経過した。
筐体の譲渡金と羊羹の収益を使い、多くの資材を手に入れたリリーは、まずネイト村全体を囲むような形で柵を作った。
今までは、村の出入り口である門とその周辺にはちょっとした柵が存在していたが、大した機能はないし、簡単に破壊できてしまえるような有様だったのだが。少なくとも大人の背丈以上の高さになり、剛性も高くなった上に、村全体を囲むようになった事で、多少は外部からの侵入を防げるようになったのである。地上限定だが。
改修前は、柵を難なく越えた野生の魔物が村の中で暴れ回ったり、野盗の被害がバカにならなかっただけに、村人たちからの喜びの声は大きい。
更に、灯台兼見張り台として使う高台の設置も行った。遠くを見渡せる望遠鏡、魔法で光源を作り出す仕組みのサーチライトに加え、対空迎撃としての機能を持つ魔法発射装置が備え付けられている。
なお、発射装置から放たれる魔法は、炎弾、風球、光球の三つだ。全て、発射されてから数秒後に半径五メートル以内に一定温度以上の熱源を感知すると、その場で大爆発を起こす代物である。
三雄の親友がかつて対峙していた、最新鋭の対空砲の特徴を元にリリーが制作した物だが、これが中々に凶悪であり、複数設置できれば防空は盤石ではと彼女は考えたぐらいだ。
さて、外観に随分な変化があったネイト村だが、内部の方にも少しずつ変化が訪れている。
「あ、リリーさんに三雄さん! すみません、ちょっと整理券配るのを手伝ってくれますか!」
「えっ、何この人だかり!?」
「おお〜、随分と集まりましたねぇ」
門番を務めていた男と、リリーが思わず目を見開く程の人だかりが、村の出入り口である門の前に、朝早くから発生していたのである。
聞けば、全員がシュトゥルム王国の国民であり、体験型遊戯を目的にネイト村へ訪れたと言うではないか。
王国に帰ったジークは、個人用として使う物を除いた全ての筐体を、国で一番繁盛している商店街の一角に専用スペースを作って設置した。
当然ながら、異形の鉄鳥は人目を引くし、嫌でも目に入る。更に、ジークの大々的な宣伝によって興味が唆られた国民は、我先にと筐体で遊んでみたところ、見事にハマってしまったのである。
そして、後追いで出された「ネイト村には、更に多くの種類の筐体が設置されている! しかも美味い菓子を作る職人がいる!」という宣伝が、国民の心に火を着けた。
誰もが大空へ駆け上がり、未知の世界を楽しめる体験型遊戯を更に楽しみたい。ついでに、シュトゥルム王国内でもかなり高位の人間であるジーク・ホワイトが、あそこまで絶賛する菓子を食べてみたい。
そんな事を考えてネイト村を来訪した人の数は、およそ二百名である。
村人の百倍はある人数が一挙に押し寄せた事で、半ばパニック状態となった門番とリリーだったが、三雄が落ち着いて整理券を配り始めた様子を見て、何とか冷静さを取り戻した。
「こちら整理券になります。それと、こちらの菓子もどうぞ。優しい甘さを売りとする、食べられる宝石ですよ」
待ち時間も退屈しないように、まずは瓶詰めにした少量の琥珀糖を整理券と共に渡していく三雄を見て、何なら軽く呆れているまである。
何処までも彼は、したたかであった。
琥珀糖を口にして、見た目の美麗さと優しい甘さとのギャップに驚くシュトゥルム王国の民を尻目に、いくつかの少人数グループに分けて村の中へ入れていく。
「第一中隊……ではなく第一グループは、私に追従してください。以降のグループの皆様方は、少し間隔を空けて追い掛けるように」
軍人らしいよく通る声に、シュトゥルム王国の民が、無意識に背筋を伸ばして彼の後ろを追い掛けていく。
綺麗な隊列を組み、筐体を設置する為に新しく作った倉庫に足を運んだ三雄と王国民たち。そこで彼らは、思わず息を呑んだ。
商店街には置かれていなかった形状の筐体が、ズラリと綺麗に整列して並ぶ光景は、異質さと壮観さを同時に認識させる。
「それでは、先頭の人から機体……筐体に乗り込みましょう。使いたい筐体が被った場合は、整理券の番号が若い人が先に体験を行うようにしてください」
その言葉を皮切りに、王国民たちが次々と自分の好みの筐体に乗り込んだ。
後続の人たちは、倉庫にはまだ入る事はなく、倉庫の近くに作られた待機所の椅子に腰を下ろした。
待機所という無骨な名前とは裏腹に、その内装は簡易的なカフェテリアのようになっている。
机には、村に住む女性陣が三雄に習って淹れた冷茶、折り紙が十枚、折り方が記載された紙が三枚、筐体ごとの性能が記された図面の複製が置かれていた。
だが、何と言っても目を引くのは、待機所の中央に複数設置された液晶だろう。
これは、筐体で飛行体験をしている映像を、三人称視点でライブビューイングできる物であり、今まさに体験中の様子が映し出されている。
航空機のやや斜め後方からの視点で、結界内の景色の移り変わりや風切り音までもが、液晶を通して視聴する事ができるので、臨場感は凄まじい物がある。
超高難易度任務や模擬戦任務を行う筐体があれば、そちらを優先して映し出すようになっており、待ち時間も退屈しないような工夫が成されていた。
「そこだ、撃てるぞ!」
「ああ惜しい……うわっ、危ない!」
「あ〜、機体を立て直せなかったか。俺ならもっとこう……」
各々が好き勝手に言葉を口にする中、三雄は待機所の運営を任せた村人に声を掛ける。
「遊戯が終わった人たちに、冷蔵庫の手前にある小さめの羊羹を配ってください。あと、温かいお茶も。私は一旦、倉庫の方に戻りますので」
「了解です! それにしても、凄い数ですね。三雄さんが的確な指示を出してくれなかったら、今頃村は大パニックだったと思いますよ。本当に助かりました」
「なに、大変なのは初回だけです。以降は慣れますから、何とかなります」
そう言うと、三雄はその場を離れて倉庫に戻り、飛行服に袖を通してから、誰も使用者がいない筐体に飛び乗る。
搭乗機は、愛機である一式戦闘機ではなく、大戦後期に配備された四式戦闘機一型甲。通称“疾風”だ。
手早く準備を終えた三雄が、リリーに一報を入れてから操縦桿を握ると、銅貨を投入していないにも関わらず、筐体が勝手に起動した。
操縦難易度は「松」に、舞台は1944年のニューギニア戦線の夜間に設定され、景色が移り変わる。機体の装備は“あの日”の物に変わり、塗装も当時の三雄の搭乗機と全く同じ“漆黒色”に染まった。
しかし、それに対して特に焦る事もなく、三雄が右を振り向くと、そこには右翼の付け根に乗って敬礼をする弟の姿があった。
『機体の調子は問題ないはずだよ! 夜間任務用に、新しく消炎装置を取り付けたから、黒塗装との相乗効果で低空で飛べばまず見つからないはず! それじゃあ兄さん、どうか気を付けて!』
「ありがとう、必ず生きて帰って来るよ。四藤機、出ます!」
機体から飛び降りた弟に敬礼を返し、風防を閉じてブレーキを解除。スロットルレバーを押し込んだ三雄は、そのまま勢い良く空へと飛び上がった。
大馬力の発動機がもたらす、暴力的なまでの加速力が機体を大きく揺らすが、物ともせず地表スレスレの水平飛行で進んでいく。
その淀みない操縦は、待機所の液晶にも大きく映し出されていた。
プロペラが地面を叩くかどうかギリギリの高度で。しかも、夜間で視界が悪い中でも、迷いなく地形に沿って進んでいく三雄機の動きに、王国民は目が離せない。
液晶では、見やすさを重視して多少の光度補正が入っているが、三雄が実際に見ている景色は、数寸先もマトモに見えない真っ暗闇である。
遊ぶ機会が多ければ多い程、三雄の技量の凄まじさを理解できるだろう。普通、真っ暗闇の中で超低空飛行する事は、不可能に近い。明るい昼間ですら、超低空飛行は難しいとされる技術とされる。重たい機体であったり、大馬力の発動機を搭載する機体であれば、一層難易度は高くなるだろう。
だが、三雄は夜間で。しかも、機体の両翼に250キロ爆弾を二つ抱えたまま、一式戦闘機よりも遥かに重たい四式戦闘機で、いとも容易く成し遂げている。
しかし、このまま永遠に景色が変わらないのではないか。暗闇の中を、独り寂しく飛行するだけなのではないか。そう観客が感じ始めた頃、三雄は機内でボソリと呟いた。
「見えた」
彼の目には、敵軍の飛行場が映っていた。
明かり一つなく、常人ではとても見えた物ではないが、三雄は一直線に飛行場を目指して更に高度を落とす。
そして、狙いを定めると、三雄は迷いなく機関砲の発射トリガーを押した。
夜空を切り裂く機関砲の雨霰が、僅かに薄ぼんやりと見える敵軍の対空砲に直撃。爆発し、大炎上を起こす。
そこでようやく、観客たちは敵軍の飛行場の存在に気が付く。爆発した際に発生した突発的な光源により、日の丸とは異なる国籍マークが刻まれた機体が目に入った事で、やっと三雄が何処を目指していたのか知る事になったのである。
「次。格納庫」
格納庫と思わしき場所に爆弾を投下し、薄ぼんやりとしか見えない位置にある対空砲と、緊急離陸を行おうとする敵機を優先して潰して回った三雄は、弾薬の残量が二割を切ったタイミングで機体を旋回させ、撤退を開始した。
あまりにも無駄がない襲撃と、鮮やかすぎる撤退に、待機所にいる人間から拍手が巻き起こる。だが、戦いはまだ終わっていない。
「……追い掛けてきたな」
飛行場を襲撃されて、黙っている敵軍ではない。
邀撃する為に滑走していた機や、飛行を始めたばかりで速度がそこまで乗っていない多くの機体は潰されてしまったが、三雄が撤退を開始した直後に離陸した数機は、復讐心を激しく燃やして三雄機を追い回す。
爆弾を投下し、燃料もそれなりに減っている状態だが、それでも敵軍の戦闘機の方が足は速い。少しずつ、しかし確実に距離が詰められていく。
しかし、三雄は全く焦る事なく、再び超低空飛行を開始した。
それを見た敵機側に、迷いが生まれる。
四式戦闘機を撃つには、自身も同程度の高度を飛行するか、或いは上から急降下して射撃する必要がある。しかし、一歩間違えればあっという間に海中に突っ込み、確実に助からない。
漆黒色に塗装されている点も厄介だ。夜間においては、抜群の隠蔽性を発揮する為、狙いを絞る事が難解を極める。射撃を命中させるには、かなりの近距離まで詰め寄る必要があった。
撃とうにも撃てない。しかし、このまま見逃すにはプライドが許さない。そんな、非常に難しい状況を意図的に作り出した張本人は、軽く左右の翼を上下に揺らしてサインを送る事で挑発しながら、変わらず超低空を飛び回る。
やがて、一機が我慢の限界を迎えて、高度を落として真後ろから射撃を試みるが、機体の制御を誤ってプロペラが波に取られてしまい、コントロールを失って墜落した。
それを見て、もう一機がある程度高度を取ってから、急降下する事で狙いを付けようとする。
「ここで減速」
だが、スロットルレバーを絞って速度を急激に落とした四式戦闘機を照準から外してしまい、一瞬だけ深追いした結果、三雄機の前に飛び出してしまった。更に、引き上げる為の高度が足りず、勢い良く海面に叩き付けられてバラバラに砕け散った。
最後の一機は、先に散った航空兵の教訓を活かし、慎重に急降下攻撃を行おうとする。
が、それを黙って見ている三雄ではない。
スロットルを全開にし、失ったエネルギーを取り戻した機体で、右に左に動き回る事で的を絞らせない。
急降下中は舵が固まり、キビキビと動き回る機体を追い掛ける事は難しい為、早い段階で深追いをせずに離脱しようと考えた敵機は、速度が大きく乗った状態で三雄機の前に飛び出ると、そのまま引き離そうとする。
通常の一式戦闘機や、速度に乏しい零戦が相手であれば、それでも良かっただろう。射撃が届くよりも先に、大きく距離を突き放して安全圏まで逃げられる。
相手が、特殊な改造を施した機体以外の、帝国陸軍の単発戦闘機の中で、最速を誇る四式戦闘機でなければ。
諦めて離脱を開始するタイミングを完璧に読んだ三雄は、回避行動中密かに上げていた高度からの軽い降下によって速度差のギャップを限りなく小さくする。
空中分解を避け、更に照準を行う為にもある程度スロットルを絞っていた敵機とは異なり、三雄機はここ数十秒の攻防の間は常にスロットルを全開にしたままだ。
以上の条件が揃った結果。僅かながらも、射撃を命中させる事が可能な時間が生まれた。
「墜ちろ!」
敵機が加速し切るよりも先に放たれた大口径の機関砲が、無慈悲に尾翼と左翼をへし折った。
四式戦闘機に搭載される機関砲は、豆鉄砲と称された一式戦闘機の機関砲よりも遥かに強力だ。どれだけ頑丈であっても、数発直撃すれば、単発戦闘機は簡単に消し飛ばされる。
燃えながら海面に墜落した敵機を一瞥する事もなく、三雄はまた超低空飛行によって敵軍からの探知を躱しながら、自軍の基地へと向かうのだった。
そしてその様子を、観客たちは唖然とした表情で見守るのだった。
【四藤家長男の書いた図面より引用】
★四式戦闘機一型甲(キ84)★
✧発動機: ハ45(離昇2000馬力)
✧最高速度: 624km/h / 高度6500m
✧上昇力:高度5000mまで5分
✧降下制限速度:800km/h
✧航続距離:1600km(正規)、2500km(最大)
✧武装: 機首12.7mm機関砲2門 / 翼内20mm機関砲2門
✧特殊装備: 夜間戦闘用消炎排気管
*図面隅の書き置きより
…大東亜決戦機と大々的に売り出されただけの性能を持ち、記載した性能通りに動いてくれた際は、敵軍の最新鋭機とも互角に渡り合えるだろう。じゃじゃ馬だとは思うが、どうせ技量で御してしまうだろうから、そこは全く心配はしていない。
唯一不安視しているのが、こいつの心臓部である発動機だ。動作が不安定すぎる。整備兵の奴らと、徹底的に発動機の機嫌を取ってやらないと、こいつは決戦機ではなく空飛ぶ棺桶に化けてしまうからな。十分に気を付けろよ。
*備考欄
…敢えて操縦桿を重たくしているが、曲がらない直線番長かと言う評は大きな間違いであり、速度が乗っている間は軽戦並みに旋回する。軽戦の戦い方も出来る重戦ってだけだ。決して焦らないように。