異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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願えば願う程に離れていく

「……良かった。着陸まで上手く行ったな。ホント、最後の最後まで気が抜けない、じゃじゃ馬な機体だよ」

 

 何事もなく基地への帰還を果たし、機体から降りた三雄は、一つだけ大きく息を吐いてから、何もなかったかのように待機所の方へ戻った。

 

 待機所の盛り上がりは、それはもう凄まじい物であった。つい先程流れた、超絶技巧について語り合う者もいれば、その正体について考察を行う者もいる。

 

 そんな中で、三雄は影を薄くして待機所の調理室に入り込むと、手を洗ってから追加の羊羹を作り始めた。

 

 その様子を、一足先に調理室に来ていたリリーが、何とも言えない表情で眺める。

 

「三雄……」

「あ、リリーさん。観客の皆さん、どうでした? 退屈してなければ良いのですが」

「凄く盛り上がっていたけど、三雄は良かったの? あんな風に、大衆向けの娯楽として流して良いような物ではない気がするんだけど」

「良いのです。あくまで、あれは仮想世界の出来事ですし、過去の出来事ですから。まあ、現実はあんなに上手くは行かなかったですけどね。弾切れを起こすわ、右翼に被弾してバランスを崩すわ、発動機にも被弾を許して黒煙で前が全く見えないわで、帰還を諦めようかと思いましたね」

 

 当事者ではない人間は、先程の映像を見せられても、何かを感じる事はないだろう。

 

 漆黒色の機体を鮮やかに操る、超絶技巧を持つ最強の襲撃者として、戦況を滅茶苦茶にする。多数の敵に追われても、単騎で軽くあしらう。そして、無傷で帰還を果たす。

 

 たった一人で華々しく無双する様は、真相を知らない人間からすれば、ただの娯楽映像にしかならない。

 

 しかし、派手な表事情の“裏”を知る者からすれば、先程の映像は常に背筋が凍り付くような思いをしながら見守る事になる。

 

 今回は一発の被弾も許さなかった三雄だが、敵飛行場を破壊している間は常に対空砲による砲撃に襲われていたし、複数の敵機から追撃を受けている際も、一瞬の気の緩みが死に直結するような状況の連続であった。

 

 実際にあの戦いを経験した時は、生還できた事は奇跡だろうと思わせる状況証拠が彼の口から出た事も、リリーが身震いする理由の一つである。

 

 あの三雄ですら、生還を絶望視する程の任務だったのだ。

 

 また、三雄の長兄が遺した図面を全て隅々まで読み漁ったリリーだからこそ感じられる、三雄に対する恐れや畏怖の念も確かにあった。

 

 搭乗機が一式戦闘機や九七式戦闘機よりも、圧倒的に低空や低速に弱い四式戦闘機であるにも関わらず、平然と機体を大きく減速させて敵機を射撃なしに墜落させている点や、大馬力であるが故に真っ直ぐ飛ばす事自体が難しい機体で、重量物を両翼に懸架しての超低空飛行を夜間に実行している点は、ハッキリ言って異常である。

 

 そもそも、単騎による夜間襲撃の任務は、戦況が劣勢だったから発案された物だ。

 

 質も量も劣る中、最小限の犠牲で大戦果を上げる。帰還できれば、それは奇跡。戦果を上げる事が出来たら、それはもう軍神の所業。そんな任務内容であった。

 

 死刑宣告とまで思える頭のおかしい任務を、涼しい表情を崩さず淡々と完遂し、戦果を誇示する事もなく日常生活に戻る。

 

 しかも、一度や二度ではない。何年も、何百回も、彼は上層部からの無茶な期待に応え続けた。

 

 軍の上層部からは重宝され、技量を正しく理解する者からは強く慕われ、長年過酷な戦場を生き抜いた彼の凄まじさに、リリーは舌を巻く。

 

 また、それと同時に、無敵の航空兵であった三雄ですら被弾し、弾切れとなり、片翼を犠牲にした攻撃を加えなければ勝てなかった“最後の戦い”の、絶望をも超えた異常な戦況を理解してしまった。

 

「さあ、まだまだお客様は多数います。体験型遊戯への興味や好奇心が高まっている今こそ、最高の“おもてなし”をしなければ」

 

 先程までの、修羅か鬼神ではないかと思わせるような雰囲気は失せ、今は和菓子職人としての顔が表に出ている。

 

 そのギャップの大きさに、何度見ても慣れないとリリーは目を白黒させる。だが、今は彼の作業を魔法でのサポートに徹する事にした。

 

 少なくとも、和菓子職人としての顔をしている間は、焦燥感と悲壮感が入り混じった表情を見せる事はないから。

 

 穏やかで、争いとは無縁な環境で、自分が最も好きな事をやれている。そんな表情が、リリーは好きだったし、いつまでもその顔でいて欲しいと願っていた。

 

「完成した羊羹、運ぼうか?」

「はい、お願いします。筐体から降りて疲れている者へ優先的に運んでください。いやあ、一人では一度に持って行ける量に限りがあるので、リリーさんが魔法で運んでくれるのは本当に助かってますよ」

「……そう」

 

 素っ気なく。しかし、何処か嬉しそうな様子で、リリーは皿を魔法で浮かべて一気に運んでいった。

 

 皿に乗るのは、二口でなくなる程度の絶妙な大きさに切り分けられた羊羹。疲労で糖分を求める身体に、絶品の羊羹を入れてもらう事で、リピーターを増やしていく算段だ。

 

 次々と羊羹に対する称賛の声と、もっと欲しいと願う言葉が飛び交う中で、リリーは密かに願う。

 

 どうか、このまま穏やかなままの三雄で、今日は終わってくれ、と。

 

 一時間後。その願いが、アッサリ破られる事を知らぬまま。リリーは、調理室から羊羹を運び続けるのだった。

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