異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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魔力を使わず、魔法を成す

「この中で、誰が一番強いかを決めよう」

 

 そんな声が上がったのは、必然と言うべきなのか、それとも偶然で片付けるべきなのか。

 

 いや、必然と言うべきだろう。一対一の模擬戦任務や、三機でチームを組んでで激突する小隊空戦任務、果てには中隊規模で戦う大空戦任務もある以上、そのような声が上がるのは仕方のない事だ。

 

 しかし、遊戯(ゲーム)における対人戦と言うジャンルは、どうしても勝者と敗者という二つの区分を生み出してしまう。二分化される事によって発生する不平不満の炎は、徐々に拡大していく。

 

 他のプレイヤーに対し、失礼な物言いをする人間が一人でも出現すれば。その炎は、瞬く間に辺り一帯を燃やし尽くすだろう。

 

「暗い面持ちですね。どうしました?

「あ、店員さん。ちょっと相談があるんですが」

「何か問題が発生しましたか?」

「実は……」

 

 意気消沈した顔で倉庫から離れ、待機所に戻った一人の若者が、羊羹を持ってきた三雄に相談を投げ掛ける。

 

 突発的に始まった“最強決定戦”で、実力は確かながらも、敗者に対して失礼極まりない言葉を吐き捨てる輩がいると。

 

 それを聞いた三雄は、何とも言えない表情で続きを促した。

 

 いつの時代も、実力と人間力が反比例する輩は存在するのだと、諦念にも近い何かを抱きはしたが、最後まで聞かなければならない。今の三雄は、客に寄り添う店員であり、職人であるのだから。

 

「貴方は何を言われたのですか? 余程、酷い物言いであったと推察しますが」

「まだ筐体で遊んだ回数は少ないので、下手くそで弱いのは分かってはいた事なのですが。その、弱者に存在価値はないと」

「なるほど、聞き捨てならないですね」

「でも、自分は下手に言い返せるような立場ではないんです。何せ、相手は竜騎士団の人間です。平民が言い返したら、どんな酷い目に遭わされるか分からないですし……」

 

 竜騎士団。シュトゥルム王国の中でも、選りすぐりの騎士だけが集められた、最精鋭の軍勢である。

 

 竜の背に乗って戦場を駆け回り、一人で連隊を圧倒できる程の剣技と魔法を両立している怪物集団で、基本的には王国に住まう民の憧れの的だ。

 

 だが、中には権威に溺れ、傍若無人な立ち振舞を取る輩も少なくない。

 

 当然、傍若無人な立ち振舞に対して反感を買う者も多いのだが、一般人が逆らったところで、刃向かえるだけの力は持ち合わせていないので、引き攣った笑みでやり過ごすのが定例となっている。

 

 三雄に相談をした若者も、竜騎士団の暴言を何とかして欲しいとは微塵も考えていない。ただ、少しだけ愚痴を聞いてもらいたい程度の気持ちで口を開いた。

 

「お客様。まずは、不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。そして、勇気を出して私に教えていただき、ありがとうございます」

「え、あ、そんな頭を下げないでください! 確かにモヤッとしましたけど、大した事はないですから!」

「そうも行きません。我々の仕事は、より多くのお客様に、楽しく遊戯を体験してもらう事です。不快と感じた出来事に関しての共有は、今後二度と同じような事態が発生しない為の対策を考案する材料となりますから」

 

 顔を上げた三雄には、既に和菓子職人としての優しい表情はなく、厳格で規律を重んじる軍人としての表情が浮かんでいた。

 

「すぐにでも対処して参りますので、少々お待ち下さいませ」

 

 慌てて止めようとした若者だったが、三雄から発される凄まじい覇気に圧倒され、その場から動く事は遂に出来なかった。

 

 ツカツカと、背筋をピンと伸ばして早歩きで倉庫に向かった三雄は、その途中でリリーに緊急の連絡を入れた。

 

 リリーと三雄は、常に連絡を取り合う事が可能な手段を確立している。超高性能な無線のような役割を持つ魔石に向かって喋りかけると、相手側の魔石から声が響くような仕組みだ。

 

「リリーさん。竜騎士団の者が、傍若無人な態度を取って複数名に不快な思いをさせているという情報が入りました」

『えっ、竜騎士団の人間が? 三雄、少し待ってて。私が話を……』

「いえ、今回は自分が適任です。思い上がっている新米航空兵に、灸を据える形にする方が、プライドの高い者は堪えるでしょう」

『そうかもしれないけど。私は、三雄にまた戦って欲しくない』

「戦いにすらなりませんから、ご心配なさらず。ですが、逆上した時が怖いので、一応近くで待機してくれると心強いですね」

『……分かった。その代わり、絶対に無茶しないって約束して』

「心得ました。それじゃ、頼みます」

 

 完全に据わった目となった三雄は、堂々とした足取りで倉庫に入る。

 

 倉庫内は、何処か異様な雰囲気で満たされていた。

 

「弱い、弱すぎる! テメエ如きじゃ、一生かかっても俺様を落とす事なんざ出来ねえよ!」

 

 そんな中で、やけに響き渡る暴言。

 

 たった今、模擬空戦に勝利した竜騎士団の兵士は、敗者となった“少年”に対しても、一切の容赦なく嘲笑と暴言を投げ付けた。

 

 機体から降りた少年が、今にも泣き出してしまいそうな顔になった。しかし、必死に唇を噛んで我慢する。泣き出してしまえば、更に手酷く嘲りの言葉を吐かれるだけだから。

 

「随分と自信があるようですね、竜騎士団の兵士殿。私とも、一戦してくださいますか?」

 

 そこに現れた三雄が、少年を庇うようにして立ち塞がる。

 

 口調は穏やかであり、小さく笑みを浮かべているが、纏う雰囲気は刃物のように鋭い。

 

 竜騎士団の兵士は、そんな三雄を見ても、特に気圧されるような事はなかったが。近くにいた少年は、異様な雰囲気に呑み込まれて呼吸を荒くする。

 

 だが、すぐに呼吸は落ち着きを取り戻した。竜騎士団の兵士から目線を外した三雄が、少年と目線を合わせるようにして屈むと、優しく頭を撫でながら微笑を浮かべたからだ。

 

「良い機体を選びましたね。わざわざ、金星を搭載した一式戦闘機を選ぶとはお目が高い。ですが、性能を引き出すには、もう少しだけ訓練が必要ですね」

「あ、ありがとう?」

 

 訳も分からないまま、何となく礼を言った少年は、ハッとして竜騎士団の兵士を睨む。

 

「あの。アイツ、強いよ?」

「心配無用。この機体の性能を限界まで引き出せば、まず勝負になりませんので」

 

 その言葉を聞いた竜騎士団の兵士は、一気に顔を引き攣らせる。

 

 今まで、自分が失礼極まりない物言いをする事はあっても。自身に投げ掛けられるような事は、まずなかった。

 

 それ故に、過敏に反応したのだ。己を侮辱する言葉に対して。

 

「言うじゃねえか。テメエなんざ、数秒あれば」

「それじゃあ、先に待機所に戻っておいてください。本来の性能を引き出して見せますからね」

「うんっ。お兄さん、負けないでね!」

 

 歯がカチカチと鳴るぐらい、激しい怒りを感じた竜騎士団の兵士。侮辱の次は、存在自体の否定である。プライドだけは高い人間が耐えられる仕打ちではない。

 

 取り乱す兵士とは対極的に、三雄は感情を一切揺らす事なく、手早く機体を発進させる準備を整えた。

 

「何をしてるんですか? 私は既に、離陸準備を終えてますが」

「っ、うるせえ今やってるんだよ!」

「貴方の操縦難易度は一番下の“梅”でしょう。“松”の私より遅いとは、先が思い遣られますねぇ」

 

 あまりの怒りに、言葉を失った竜騎士団の兵士は、勢い良くスロットルレバーを押し込んで離陸する。

 

 完全に冷静さを失っており、三雄がサラリと「松」で操縦している事に気が付いていないのは、不幸中の幸いであった。

 

「四藤機、行きます!」

『兄さん、行ってらっしゃい!』

『四藤中隊長、ガンバです! 超絶技巧、期待してますよ!』

『あんな奴、軽く捻り潰してやってくださいね、四藤さん!』

 

 大量の声援に背中を押されながら、三雄の機体も緩やかに離陸した。

 

 模擬戦任務では、互いの機体が高度2000まで上昇してから三分が経過するか、両機体が離陸してから七分が経過すると、自動的に接敵が可能になる形となっている。

 

 それまでの時間は、双方の筐体に搭載された隠蔽魔法が機能している為、どう足掻いても見つける事は不可能である。

 

 裏を返せば、その限られた時間内でどのようなポジショニングをするかによって、戦況が大きく変わる為、離陸直後から読み合いが回っているとも言えるだろう。

「クソッ、舐めやがって。必ず瞬殺してやる……!」

 

 竜騎士団の兵士が駆る機体は、先程三雄が搭乗していた四式戦闘機だ。

 

 扱い自体はかなり難しい機体ではあるが、操縦難易度が最も低い「梅」においては、その高い性能を比較的簡単に引き出す事が出来る上、火力も中々高い為、新参者には好まれている。

 

 一方、三雄の愛機である金星エンジン搭載型の一式戦闘機は、四式戦闘機との速度差のギャップはそこまで大きくないが、加速性能の異常な高さがアダとなり、空中分解を引き起こしやすい機体である。

 

 低速時の弾丸の当てやすさは抜群だが、速度が出ている状態では「梅」であっても機体その物が大きく揺れて上手く狙いが定められず、瞬間火力が四式戦闘機と比べて絶望的に低い事から、新米航空兵からは敬遠されている機体だ。

 

 先程の少年も、高速域で追い回しながらでは上手く弾丸を命中させる事が出来ず、急降下で逃げる四式戦闘機を深追いしようとしたところ、機体が空中分解して負けてしまっていた。

 

「さて、確保する高度は最低限。機体重量の分、上昇率はこちらに分があるけど、敢えて低空に陣取るか」

 

 あっという間に高度2000に到達した三雄は、すぐさま機首を下げて1500m弱まで高度を落とすと、水平飛行で速度を稼ぎながら機内の時計を睨み付ける。

 

 五分が経過した頃には、三雄機は巡行速度付近まで加速を完了させていた。

 

 ノンビリ。しかし、気を緩めず飛行していた三雄は、機内時計の秒針が、離陸から六分経過を知らせた瞬間にラダーを蹴り、操縦桿を引いて反転。旋回完了と同時に、右上方に目線をやると、そこには急降下を開始した四式戦闘機の姿があった。

 

「……角度が深い。これは当たらない」

 

 回避行動すら取らず、三雄は水平飛行を続ける選択を取った。

 

 その予想通り、四式戦闘機は一度も射撃する事はなく、三雄機の後方側に抜けていく。

 

「チッ、だが今度こそ!」

 

 あまり距離が離れていない状態で、竜騎士団の兵士は操縦桿を引き、宙返りして反転しようとする。速度を大きく損ない、失速してスピンする事を嫌い、フラップの展開やスロットルの調節は行わずに。

 

 対する三雄は、ラダーペダルを左方向に蹴り込みながら、操縦桿は右に思いっ切り倒しつつ、スロットルを一気に全開にした。

 

 すると、強烈なパワーを持つ金星エンジンが最大出力で稼働した事で、機体がプロペラの回転方向である右側へ勝手に滑り始める。

 

 しかし、ラダーを蹴り込んだ方向は真逆の左。一見チグハグに思える作業だが、その効果は即座に“異様な旋回動作”によって表面化した。

 

 機体を横に降る事で成せる、大きな楕円を描くような旋回ではない。右に滑ろうとする機首を旋回の軸としながら、機体後部を左方向へ強く動かした事で、凄まじく半径が小さい、あたかもドリフトのような機動になったのだ。

 

「ぐうう、相変わらず心肺が押し潰されそうな機動だな……!」

 

 操縦難易度が「松」であるが故に、旋回時の負荷は実際の飛行時と変わらないクオリティで三雄に襲い掛かる。

 

 苦しそうに呻き、強烈な気圧の変化によって視界は狭まり、ドリフト旋回による過負荷によって機体の右側面や風防ガラスからギギギッ……と嫌な音が鳴り響く現状に冷や汗を流す。

 

 だが、三雄は完璧に操縦をやり切った。

 

 最短距離での旋回を終えると、機首を四式戦闘機に向けながら、射撃機会を長く得る為に“その場に浮いているだけ(コブラ機動)”の状態を作るべく、スロットルを限界ギリギリまで絞る。

 

 すると、つい先刻まで警報のように鳴り響いていた凄まじい風切り音が、ピタリと止んだ。

 

 代わりに機内に鳴り響いたのは、浮く為に最低限駆動するプロペラのキュラキュラとした独特な回転音。

 

 時が止まったかのような張り詰めた空気で満たされた操縦席の中で。三雄の指が、ゆっくりと機関砲の発射ボタンに乗る。

 

 竜騎士団の兵士、リリー、待機所や倉庫で見ていた観客。全員が、無意識の内に大きな声を上げた。

 

 宙返りの途中であり、まだ機首が上を向いていて射撃可能な状態ではない兵士は、既に三雄機が旋回を終えて、機首を自身に向けている現状に、ヒュッと息を呑んだ。

 

 リリーは、超速の急旋回からの空中静止と言う、物理学的にも機体の強度的にも有り得ないと思わせる機動に、魔法の使用を一瞬だけ疑う。

 

 だが、魔力を僅かにも感じられなかった事から、純粋な三雄の技量による超絶機動だと分かり、背筋が凍り付くような思いがした。

 

 観客は、機首を真横から強く殴られたのではと錯覚する程に、機体の向きが瞬時に代わった事に対して、驚嘆と称賛が入り混じった声を誰もが上げた。

 

 大急ぎで宙返りを完了させ、自身も射撃可能な態勢を取ろうと必死になる兵士だったが、時既に遅し。

 

 機関砲が火を噴き、四式戦闘機の操縦席が滅茶苦茶に破壊される映像を、竜騎士団の兵士は目の当たりにするのだった。




 実際にはコブラ機動と言うよりも、短時間の対空の方が近いです。
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