異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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戦場を知る者、何も知らぬ者

 有り得ない。何かの間違いだ。

 

 そんな考えで頭の中がいっぱいな竜騎士団の兵士は、三雄が機体から降りた瞬間に激しく詰め寄った。

 

「テメエ、俺様の筐体に何か細工しやがったのか! それとも、魔法でも使ったのか!」

「単に貴方の練度不足だと思いますが……どうせ納得しないでしょうから、機体を取り替えてもう一度行きましょうか。結果は変わりませんし」

 

 結果は、先程の模擬戦よりも散々な物となった。

 

 金星搭載型の一式戦闘機を、真っ直ぐ飛ばす事にすら難儀した兵士は、難なく上を取った四式戦闘機による一撃離脱によって、一瞬で撃墜判定が出されてしまったのである。

 

「ま、まだだ! 機体の性能が悪かったから勝てなかったんだ!」

「では、私は筐体の中で最も旧式である、九五式戦闘機に搭乗しましょう。貴方は、この中では最新鋭の五式戦闘機に乗ってみてはどうです? 四式戦闘機より足は速くないですが、旋回性能は中々に高いですよ。足が速くないとは言っても、九五式戦闘機が相手なら、難なく一撃離脱戦法が取れるだけの速力はありますし」

 

 いよいよ、竜騎士団の兵士の情緒が完全に壊れてしまいそうなぐらいに怒りのボルテージが限界突破してしまっている。

 

 明らかにおかしい条件ではあったが、今は三雄を撃墜する事しか頭の中にない為、兵士は承諾してしまった。

 

 離陸した瞬間から、大きく突き放される九五式戦闘機に乗る三雄は、吹き曝しの操縦席であってもお構い無しに糖分補給用の小さな羊羹を食べながら、高度を大して上げる事もなく、周辺をノンビリと飛び回る。

 

「うん、随分と久方ぶりにこいつに乗ったけど、やはり良い機体だなぁ。前方の視界の良さと、低速域の安定性は乗っていて感じる安心感が段違いだ」

 

 空中散歩の為に、定期的に九五式戦闘機を持ち出したい。そんな事を考えながら、三雄はグイッと操縦桿を引いて宙返りする。

 

 すると、複葉機特有である異次元の縦旋回効率の高さが発揮され、真後ろから急襲してきた五式戦闘機から放たれた弾丸をスルリと回避した。

 

 兵士の駆る五式戦闘機は、それに付き合う事なく直線飛行で逃げ去っていく。だが、三雄はそれに対して焦る事はなく、気楽な心持ちで再び水平飛行に戻る。

 

 数分もすると、十分に速度を得た五式戦闘機がまた背後から現れ、今度こそ仕留めてやると一直線に向かってきた。

 

 それを“肌で”感じ取った三雄は、機体を旋回させて機首を五式戦闘機の真正面に向ける。

 

「火力と防御力の差は歴然。大人と子どものような物だから、真っ向から行くのは本来ならご法度だ。特に火力差。こちらは豆鉄砲に対して、相手の火力は数倍以上。下手したら、教官に拳骨落とされるだろうな。だが、一つだけ明確に勝っている点を活かせば……」

 

 まだ、五式戦闘機が黒い点としか認識できていない距離で。三雄は機首の向きを微調整しながら、機銃を発射する引き金に指を掛けた。

 

 そして、距離にして大体2000ぐらいの段階で。九五式戦闘機は、数回に渡って発砲を行った。

 

 そんな事は露知らず、次こそは三雄機を解体してやると意気込んでいた兵士は、突然襲った機体の凄まじい揺れにを目を白黒させる。

 

「な、何だ!?」

 

 ガタガタと揺れた末に、真っ直ぐ飛行する事が出来なくなった五式戦闘機が、徐々に地面に近づいていく。

 

 三雄には、遠目で黒煙を吐きながら、両翼の一部を欠けさせた五式戦闘機の姿が確認できた。

 

 超々遠距離からの、針の穴に糸を通すかのような精密射撃。言葉にするのは簡単かもしれないが、行動に移すとなると話は大きく変わってくる。

 

 確かに、九五式戦闘機は射撃時の安定性は抜群に高い。長距離からの弱点狙撃は、再現性の高い必殺技として、当時多くの航空兵が身に付けた。

 

 しかし、互いに水平飛行しているとは言え、完全に真っ直ぐ飛行しているとは言えない状態で。機影すらハッキリとは分からない距離から、豆鉄砲で正確に戦闘機の弱点を撃ち抜くと言った所業は、明らかに人間の“技”の範疇を飛び越えた、凄まじい物である。

 

 三雄の技量は、正しく数多の戦場を駆け抜けた経験による賜物と言えるだろう。

 

 今度こそ、竜騎士団の兵士は黙り込んでしまった。

 

 ようやく、自分が誰に喧嘩を売ってしまったのかを、心の奥底から理解してしまったのだ。

 

「バケモンが……」

 

 五式戦闘機から降りた兵士が口にした言葉は、待機所で事の顛末を見ていたリリーも、同じように口にしてしまった。

 

「バ、バケモノすぎる……」

 

 九五式戦闘機と五式戦闘機の図面も、しっかり隅々まで読み込んでいるリリーは、思わず頭を抱えた。

 

 マトモにやり合えば、まず間違いなく負ける対面である。一撃離脱を徹底された場合は基本的にノーチャンスであるし、運良く射撃する機会を得られても、豆鉄砲で撃墜する事は極めて難しい。

 

 だが、そんな絶望的なマッチアップを、三雄は覆してみせた。

 

 バケモノなんて、陳腐な言葉では足りない。もはや、空戦における神様と評しても過言ではない次元だった。

 

 だが、これ以上彼を、“バケモノ”にしてはいけない。あくまで人として、現世に繋ぎ止めなければ、簡単に陰り世へ旅立ってしまうだろう。

 

 そんな思いを胸に秘めながら、リリーは一旦待機所から出た。とある人物を迎えに行く為に。

 

 さて、当の三雄は、息一つ乱す事なく機体から飛び降りると、五式戦闘機の近くに座り込む竜騎士団の兵士の前に立つ。

 

「……何だよ。嗤いに来たのか?」

「ええ。言いたい事があったので」

 

 感情の宿らない表情を浮かべながら、三雄は淡々と口を開いた。

 

「お引き取りください。貴方は出禁です」

「何だと……!?」

 

 その言葉は、どんな罵倒よりもプライドの高い兵士には堪える物だった。

 

 出禁。まさか、自分が。竜騎士団の兵士である、自分が?

 

 これまで、どんな横暴も許された兵士にとって、その宣告は屈辱でしかなかった。

 

「言わせておけば、このクソ野郎!」

 

 反射的に勢い良く立ち上がり、三雄の胸倉を掴もうとした兵士だったが、その手は難なく打ち払われ、逆に勢いを利用されて地面に転がされてしまった。

 

 受け身が取れず地面に叩き付けられ、何度も咳き込む兵士に、三雄は冷たく言い放つ。

 

「強者ぶった弱者である程、己の腕を誇示しようとする。そして、勝てる相手と勝てない相手の見極めがつかない。貴方はそれだ。バカと評しても過言ではない」

「っ、テメエ……」

「そんなバカ程、本当の戦場では真っ先に死んでいく。私は、何度も見てきた」

 

 怒りも悲しみも感じさせない、単調な声音が逆に重みを与える。

 

「このままでは、戦場に出た瞬間に死にますよ、貴方。竜騎士団の兵士だと聞いていますが、実戦を知らぬヒヨッコでありながら、あそこまで自意識過剰になれるとは……」

 

 呆れ果てた様子で兵士を一瞥した三雄は、出入り口を指差すと、色彩が抜け落ちた瞳で睨み付けながら、ハッキリと告げた。

 

「もう一度だけ、敢えて言います。お引き取りください。次はありませんよ」

 

 それ以上の問答は不要であった。

 

 竜騎士団の兵士は、ブツクサ言いながら立ち上がると、倉庫から立ち去っていった。

 

 だが、倉庫から出て少し歩いたところで、兵士は足を止めて思わず叫ぶ。

 

「ちゅ、中隊長!? 何故ここに……」

 

 リリーに連れられて姿を現したのは、竜騎士団の中隊長であった。

 

 中隊長は、何も言わずに兵士の事をぶん殴って気絶させると、リリーに一礼してから倉庫に足を運ぶ。

 

 すると、丁度良く待機所に向かおうとしていた三雄と鉢合わせる形となった。

 

「おや、貴方は……?」

「シュトゥルム王国竜騎士団、第二師団中隊長のニック・ドランだ。件の体験型遊戯で、俺の部下が狼藉を働いたという連絡を、つい先程ブラウン女吏から受けたので、こちらに急行した次第だ」

「なるほど、彼の上官でしたか。随分と傍若無人に振る舞っていましたよ。多くの人が、不快な思いをしたでしょう」

「面目次第もない。部下への再教育の徹底を約束しよう」

 

 頭を下げながら、ニックは密かに三雄に対して鑑定魔法を使用する。

 

 すると、ニックの脳裏に表記された三雄の“ステータス”を閲覧した瞬間、盛大に顔を引き攣らせる事になった。

 

(っ、何だこの圧迫感は!?)

 

 顔を上げ、あくまでも平常心を保っているように見せながらも、内心では冷や汗が止まらないニック。

 

 三雄のステータスは、数値だけ見れば特筆するべき点は見当たらなかった。軍人相応に鍛え抜かれている事もあり、全体的な数値は高かったが、保有魔力がゼロであった為、異世界人と言う情報を目にしても、一瞬で興味を失いそうになっていた。

 

 だが、次の瞬間にやって来たのは、“複数人”の声だ。

 

『何を覗いている』

『俺の教え子に何をするつもりだ』

『貴様、隊長に害を成すつもりか』

『中隊長に触れるな。これ以上、中隊長を苦しめるな』

『お前は不治の病を患いたいか。それとも、末代まで祟られたいか』

『選べ。今すぐ消えるか、それとも呪い殺されるか』

 

 本能が、これ以上は覗いてはいけない。そう判断したニックは、早々に魔法を解く事にした。

 

 そんな事は露知らずの三雄は、懐から琥珀糖が入った瓶を取り出すと、ニックに手渡してニッコリと微笑む。

 

「部下の為に、わざわざご苦労様でした。こちらをどうぞ」

「あ、ああ。頂こう」

「隊長職も楽じゃないですよね。その気持ち、よく分かります」

「隊長職を務めているのか?」

「つい最近まで、ですが。しかし、問題を起こした部下の為に、自身の予定を潰してまで方々を駆けずり回る大変さは、この村の誰よりも理解しているかと」

「……そうか。お前も、苦労してきたんだな」

「貴方程ではありませんけどね。それよりも、王国では筐体が人気と聞きましたが。実際、どんな感じなのですか?」

「うん、そうだな……」

 

 我が余りにも強い部下を多数抱えているニックは、この数分の会話だけで、三雄の人柄の良さにすっかりやられてしまっていた。

 

 模範的軍人である三雄は、同じく模範的な軍人とは非常にウマが合う。

 

 だからと言って、破天荒な振る舞いをする軍人から嫌われるかと言うと、別にそんな事はないのだが。

 

「今回迷惑を掛けたアイツも、あの筐体の虜になっていてな。一日に何時間も遊んでいたよ。竜騎士団と言う特権階級を乱用している形だったが」

「そうでしたか。確かに、今回村に来てくれた人たちの中では、抜きん出て上手かったように思います。私からすれば、まだまだヒヨッコでしたので、鼻っ柱をへし折る為にも、つい先程ボコボコにしましたが」

「そんなにだったか? アイツの腕はかなり高かったが……いや、まさかとは思うが、操縦難易度は」

「当然、“松”ですよ」

「“松”だと!? 俺も何回か挑戦したのだが、“松”では離陸どころか、滑走すらも覚束なかったのに……」

「そりゃあ、実際に飛ばすのと変わらない操作感ですし。簡単に操縦できたら、それこそ天才です。“竹”でも、マトモに飛ばせる人は一握りでは?」

 

 竜騎士団の兵士たちは、空に上がって戦う機会が多くある為、「梅」での操縦なら難なく習得できる者が多かった。

 

 しかし、三雄の言うように、「竹」や「松」でマトモに操縦できる兵士は、まだ一人も現れていない。

 

 特に「松」は、圧倒的なスピード感に加えて身体への負荷が凄まじく高い。上手く離陸が出来れば、それは奇跡とまで言われていた程だ。

 

 そんな現状を知るニックだからこそ、三雄がサラッと口にした言葉には、心底驚愕する事になった。

 

「何者なんだ、お前……」

「しがない一兵卒ですよ。私なんかよりも、優れた腕を持つ兵士は数多くいました。しかし、どれだけ優れた兵士でも、死ぬ時は一瞬で撃ち落とされる。私がこれまで飛んでいた空とは、そんな場所です」

「……なるほどな。部下が勝てない訳だ」

 

 筐体で見る空は、極めて現実味が高く見えるだけの、架空の空だ。そこに死の概念はない。あるのは、“遊戯”としての概念だけである。

 

 死の概念と常に隣り合わせの、本物の戦場を生き抜いてきた兵士に、勝てる道理などなかった。

 

 それを理解したニックは、竜騎士団内で敬意を抱いた相手にだけ取る動作を行う。

 

 それは、三雄もよく知る動きであった。

 

「数多の戦場を生き抜きながら、経歴を一切誇らない心根に、俺は心からの敬意を表するよ、四藤三雄」

 

 ニックが取った“敬礼”の動作に、三雄も同じく美しい“敬礼”で応えるのだった。

 

「身に余る光栄であります、中隊長殿」




★五式戦闘機★

✧発動機: ハ112-II(離昇1500馬力・空冷星型)

✧最大速度: 580km/h / 高度6000m

✧上昇力:高度5000mまで6分

✧降下制限速度:850km/h

✧航続距離:1400km(正規)、2200km(最大)

✧武装: 20mm機関砲2門、12.7mm機関砲2門

*図面隅の書き置きより
…三式戦闘機の発動機があまりにもガラスの心臓であり、生産数も延々としていて「首無し」となった機体が大量に生まれたので、余っていた空冷発動機“金星”を搭載した物である。

 有り合わせの物で組み立てられた産物だが、三式戦闘機の優秀な基礎設計、金星が持つ安定感と中々に高い馬力が劇的な化学反応を起こしており、如何なる場面にも対応可能な汎用戦闘機となった。

 格闘戦と一撃離脱。好きな方を選択しろ。搭乗者の“得意”を、こいつは必ずや最大化してくれるはずだ。

*備考欄
…こいつの成功を受けて、一つ妙案を思い付いた。楽しみに待ってろ。
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