異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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地に残された僅かな人心

 その後は、特に何か問題が発生する事もなく、時間は緩やかに過ぎていった。

 

 ネイト村を出た王国の民たちは、皆がクタクタに疲れた様子ながらも、目の奥はキラキラと少年のように輝いていた。

 

 売り上げは絶好調であり、体験型遊戯の収益に絞っても、村に訪れた人たちが、最低でも筐体で十回以上は遊んだ計算になる額の金が入ってきている。

 

 “おもてなし”によって心を奪われた人たちが多数出現した事で、和菓子の売り上げもかなりの物だ。一つ辺りの値段は決して安くないのだが、金を出し渋るような人が現れなかった辺りが、三雄の卓越した職人としての腕を物語っている。

 

 村内の空気も、これまでにないぐらい明るい物となっており、誰もが笑顔で今日の振り返りを行っていた。

 

 中には、三雄の操縦に憧れた人たちが筐体で遊び、何回も失敗しながらも、楽しいと言う感情を失う事なく、何度もリトライする事で腕を上げている者もいる。

 

「夕食の準備が出来たわよ」

「わあ、今日も美味しそうだ。それにしても、料理の腕が上達しましたね」

「近くに見本となる先生がいるからね」

 

 さて、最大の功労者である三雄とリリーは、何か普段と変わった事はせずに、こんな時こそいつも通りの日常を送る努力をしていた。

 

 ネイト村の村長は、折角だからと宴会の開催を提案したのだが。リリーが「これ以上彼を疲れさせるな」と告げた事と、三雄が「もっと相応しい時に、派手にやりましょう」とやんわり断った事で、村は今日も静かな夜を迎えようとしている。

 

「三雄。今日は色々とありがとう。それと、貴方ばかりに負担を掛けてしまって、本当にごめんなさい」

「そんな、謝らないでくださいリリーさん。私は大丈夫ですから」

「……貴方は、軍人としての四藤准尉に戻っている時は、瞳が透明な硝子のようになって、色彩が完全に消えてしまうの。気が付いてる?」

 

 和菓子職人としての三雄は、琥珀のような優しい瞳であるのだが、軍人としての四藤准尉は、それとは正反対の瞳に変わってしまう事を、リリーは見抜いていた。

 

 なお、三雄と意気投合したニックも、瞳の色彩の変化に気が付いている。

 

 軍人としての彼が、どれだけ精神を擦り減らしながら戦ってきたのか。全てではないが、多少は理解してしまったニックは、敢えて踏み込む事はなかった。

 

 しかし、帰り際。ニックはリリーに対して、こんな事を言い残していた。

 

「あんな、無機質な瞳を持つ人間は初めて見た。そんな人間が、これだけ心の籠もった菓子(琥珀糖)を作れるのが、正直不思議でならない」

 

 和菓子職人としての顔を知らないからこそのギャップであり、そう感じるのも仕方のない事である。

 

 軍人として。そして兵士としてなら、百点満点以上の成績を出せる三雄だが、その在り方は人間味を何処までも薄く出来てしまう、怪物染みた生き方でしかない。

 

 だからこそ、心配になったのだ。

 

「菓子を作る度に、僅かに残った人の心を削り、そして籠めているのではないか」と。

 

 自分が人間の心を持っていた事を、より多くの人に覚えていてもらう為の行動なのではないか。そう考えてしまったのである。

 

 無論、それはただの推測である。正しいとは限らない。

 

 しかし、何となく有り得る話のように、リリーは感じてしまった。

 

 最初は単なる趣味と思っていた折り紙も、蓋を開けてみれば、絶望的な戦況や顔見知りの戦死により、荒れ狂う心を無理やり鎮める為の儀式でしかなかった。

 

 和菓子を作る事も、今は巧妙に隠しているだけで、本当は別の意味があってもおかしくないのだ。

 

「職人として、菓子を作っている時の三雄は、人間味に溢れている。普段の立ち振舞からは想像も出来ないぐらいに」

「リリーさん……」

「でも、今はそれが逆に怖い。思い違いなら、別にそれで良いのだけど」

 

 俯いて、大きく息を吐いたリリー。

 

 村全体が明るい雰囲気となっている中で、この場で切り出すべき話題ではなかったと、軽く後悔し始めている。

 

 しかし、三雄はそれに対して気を悪くするような様子は見せない。ただ、夕食を味わいながら、話をしっかり咀嚼して飲み込んでいる。

 

「和菓子作り。そして、折り紙。楽しい事に違いはありませんし、大事な趣味と言う認識で間違いありません。全てが、四藤三雄と言う人物を形成する上で、決して欠けてはいけない要素です」

「……うん」

「和菓子を作る時は、平和だった頃を思い返せる。部下や同期、そして上官が、和菓子を食べて笑顔になってくれた事を、忘れずにいられる。折り紙も同様です。もっともっと昔の、亡き家族との思い出に浸れる行為に違いはない。でもね」

 

 真の意味で心が安らいでいるのか。改めて、考えてみると、どうも違うらしいって思えるんですよ。

 

 天井を見上げて語る三雄の姿から、リリーは彼が何を言おうとしているのか、何となく察する事が出来た。

 

「やはり私は、愛機と共に平和な大空を飛んでいなければ、生きている実感が持てない」

「……何となく、そんな気はした」

 

 受けたショックは、比較的小さい。

 

 心を殺してまで、あの地獄の戦場を戦い抜けた理由は、争いのない大空で、心置きなく愛機を飛ばす為であった。

 

 彼は、兵士として戦場に立ち続けた事で、壊れた訳ではない。

 

 航空兵となり、初めて大空に上がったあの日から。三雄の心は、広大な碧天に魅入られた事で、静かに狂い始めていた。

 

「あの筐体は、一つの生き甲斐となるでしょう。空に上がれない日でも、それに近い事が出来るから。曲芸飛行を他所の村や国でやる事に承諾したのも、おおよそ似た理由からです。争いのない大空で、好きなように飛べている間は。私は、生きていると実感できますから」

 

 天井から目を離した三雄は、再びリリーの作った夕食に手を付ける。

 

 栄養のバランスが取れていて、味も良質な夕食は、地上で生活している時の三雄に、僅かに残っている人の心にじんわりと染み渡る。

 

「でも、一つ忘れないで欲しい事があります。確かに私は、大空を飛び回っている時に最も生を感じる、言わばバケモノですが。リリーさんと、こうしてノンビリと過ごす日々が嫌いと言う事は全くないです。安穏と静寂に包まれた碧天に似た、いつまでも続けたい生活だと思っています」

「……分かってる。と言うか、そう思ってくれてなかったら、感情的になって追い出すところだったわよ」

「はは、そうなったら困りますねぇ」

 

 そう言って笑う三雄を、リリーは小さく微笑んで見守る。

 

 心の奥に切なさを滲ませながら。

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