異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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先達の魂をその身に宿して

 草木も眠る丑三つ時。

 

 リリーは一人、研究室でオリジナルの一式戦闘機と向き合っていた。

 

 かつて復元した際に付与した“自動修復”のお陰で、機体は新品同然の状態を維持している。

 

 一応、毎晩三雄が人力で機体の動作を確認してはいるのだが、何もせずとも完璧に駆動はするだろう。

 

 それでも続けているのは、身体の奥深くまで染み付いた“日常”だからである。

 

 それに対して、無駄な時間だとか、無意味な行為と言い放つような真似は、彼女はしない。

 

「三雄の好きなようにさせる」

 

 むしろ、下手にルーティーンワークを崩せば、小さな綻びから穴が広がり、取り返しの付かない事になる。そう考えて、リリーは黙っていた。

 

 だが、いつか故郷へ帰りたいと願う三雄の為に、機体の操作感が変わらない程度に、魔法で様々な機能を付け足すぐらいなら許されるだろう。

 

 事前に許可は取っている事もあり、リリーは今日に至るまで、結構な分量の魔法を一式戦闘機に付与していた。

 

 最初期に付与した“自動修復”と“消音”以外に追加した魔法は二つだ。

 

 まずは、半径数メートル以内に攻撃が接近した際、自動で魔力の膜を展開する事で、即席の防弾装備として使用できる魔法である。

 

 三雄の操縦技術があれば、追尾性のある攻撃魔法でも命中させる事は難解を極めるが、万が一を避ける為に付与した物だ。

 

 そしてもう一つは、機内に設置された折り鶴が、仮に撃墜されるようなダメージを負っても一度だけ身代わりになる事で、即死を回避できる魔法である。

 

 この折り鶴の効果を聞いた三雄が、過去に戦死した仲間全員に支給してやりたいと願ったのは言うまでもない。

 

 また、追加装備という名目で、見た目は爆弾だが内装がゴンドラとなっている懸架物を制作。両翼に吊り下げられるようになった。

 

 これは、実際に三雄が曲芸飛行しているところを見た子どもたちが、一緒に空を飛んでみたいとリリーに願い出た事で作られた物である。

 

 ゴンドラの重量自体は大した事がなく、大人が乗っても250キロ爆弾より軽量な為、三雄の技量があれば、二人は同時に乗せて飛行する事が可能だ。

 

 ゴンドラ内は、振動対策と騒音対策を可能にする簡易的な結界が張り巡らされ、内からは全方位を見渡せるが、外からは内部が見えない魔法によってプライバシーを担保し、快適に遊覧飛行を楽しめるように工夫されている。

 

 また、ゆったりとした姿勢で座る事が出来る椅子と、飲み物を置けるスペースが設けられた非常にシンプルな造りとなっているのだが、その気になれば仮眠スペースとして売り出す事も出来そうなぐらいには、完成度が高い。

 

 そんなこんなで、機体や村人、そして三雄に寄り添った魔法や装備品を充実させてきたリリーだったが。今夜、また凄まじい魔法を機体に付与しようとしていた。

 

「……よし。機体性能の概念化、三雄の記憶に残された機体の詳細、魔法のイメージ、魔法陣の構築、魔力の残量、そして補給用のお菓子。全て問題なし」

 

 彼女の手には、九五式戦闘機と九七式戦闘機の図面が握られていた。

 

 これからリリーが行うのは、図面と三雄の記憶を頼りに二機の情報を概念化し、一式戦闘機に付与する事で、スイッチ一つで機体の形状その物が変化するようになると言う代物だ。

 

 変形は、原子の組み換えを一瞬未満の時間で完了する事によって成し遂げる。順番としては、外見から内装の順に変形していく予定で、多少の高度低下は見られるだろうが、三雄が機外に放り出されるような事はない。

 

 敢えて九五戦と九七戦を選んだ理由は、どちらも一式戦闘機の直系の先輩機である事に起因している。

 

 機体形状的に似通っている部分が多く、必要とする情報の量や概念の強さが少なく済むと、リリーは考えている。

 

 後は、機体に対する三雄の思い入れの強さも、採用した理由の一つだったりする。

 

 現在の愛機である一式戦闘機は勿論だが、初陣で使用した九七式戦闘機や、訓練生時代に何度も駆った九五式戦闘機は、三雄にとっても非常に思い入れの深い機体であり、また搭乗したいと強く願う程の愛着がある物だ。

 

 リリーがその気になれば、一式戦闘機より後に生まれた戦闘機たちの情報を付与する事も出来なくはない。しかし、今回は敢えてそれを見送った。

 

 後期の機体程、苦い思い出が多く残されているのである。

 

 多数の戦友が、恩師が、家族が、眼の前で亡くなった時の記憶が。

 

 どれだけ性能的には優れていて、華々しい戦果を何度も上げた機体だとしても。三雄は、自分の手で守れなかった者へ思いを馳せてしまうのだ。

 

 閑話休題。深く集中したリリーが、遂に魔法の行使を始めた。

 

「っ、最初から分かってた事だけど、魔力の消耗速度がとんでもない。それに、私が構築した魔法の式が完璧すぎて、一つのズレも許されない。相変わらず、息をするようにイカれた事をやってるな」

 

 少しずつ、概念化した機体の情報であったり、一式戦闘機に組み込んでいくが、ひたすら小分けにして行く必要があり、リリーの精神がガリガリとマッハで削られていく。

 

 時折、三雄お手製の琥珀糖を口にする事で、悲鳴を上げそうになっている脳に糖分を回し、集中力をなるべく長時間維持できるような土台を作るが、それでも計算上はギリギリであった。

 

 それでも、リリーは決して弱音を吐かず、魔法の行使を続ける。

 

「空で、三雄がもっと笑顔になる為なら、私は……!」

 

 半刻以上を使って、構築した式を一つずつ丁寧になぞって行き、ようやく半分が完了した段階で。リリーは更に集中力のギアを上げるべく、何粒目か分からない琥珀糖を口にした。

 

 一式戦闘機に二機の情報を流す時間の長さ、そしてその際に使う魔力の量を緻密に操り、無心で作業を続けた結果。彼女は、一つの事実に気が付かずにいた。

 

 情報を流し込むタイミングが、まるでトン・ツー音で言葉を表現するモールス信号に酷似していた事に。

 

 ただ一つの願いを、魔法の式に強く籠めたからだろうか。リリーは、ひたすら同じ言葉をモールス信号で示していた。

 

「もっと心から笑えるように」

 

 陰り世から三雄を見守り続けた、人ならざるナニカたちは、その信号に呼応する。

 

 彼らもまた、同じくモールス信号を駆使して戦ってきた者だった。

 

 皆が同じ信号を発しながら、人知れず一式戦闘機に取り憑き、魔法の行使が円滑に進むようにサポートする。

 

 流し込まれる情報を整理し、機体が自壊しない量を少しずつ馴染ませていった事で、リリーは機体に起こった確かな変化に気が付いた。

 

「! 一気に途中式が進んだっ」

 

 最後の琥珀糖を齧ったリリーは、ここぞとばかりに流し込む情報の量を増やした。

 

 陰り世の住人たちも、整理と処理に掛ける時間を短くしていく。

 

 口から発される言葉は一つも交わさなかったが。皆が、阿吽の呼吸で動いていた。

 

 やがて、遂にその時が訪れる。

 

 一式戦闘機を中心に、強烈な銀光が迸ったかと思うと、爆発的にその範囲を広げていったのだ。

 

 しかし、それは研究室内の範囲で収まり、急速に光度が萎んでいく。

 

「……完成だね、これで」

 

 リリーがそう呟くと、何処からともなくトン・ツー音が鳴り響く。

 

『|・-・・ --- ・--- -・ ・・-- -《彼を頼む》』

「皆も、ありがとう。何とか、私が彼を現し世に留まらせるから」

 

 それっきり、研究室にはリリーの小さな息遣いだけが響くようになった。




★九五式戦闘機★

✧発動機: ハ9-II甲(離昇850馬力・液冷V型12気筒)

✧最高速度: 400km/h / 高度3,000m

✧上昇性能: 5,000mまで 5分10秒

✧降下制限速度: 450km/h

✧航続距離: 500km(正規) 、1100km(最大)

✧武装: 7.7mm機銃2門

*図面隅の書き置きより
…お前たちにとって、この機体は“教官”であり、原初の“相棒”に位置するだろう。世界最強の複葉機とまで称えられたこいつの操縦性は、何処までも素直でクセがない。得意分野で戦えば、五年後、いや十年後に生まれた機体が相手でも勝ててしまう。そんな夢を見たくなる機体だ。

 実戦に疲れたら、たまに搭乗して散歩してみるのはどうだ。何か、失ってしまった大切な物を取り戻せるかもしれないぞ。

*備考欄
…多摩飛行場には、当機で最新鋭単葉機を手玉に取る怪物がゴロゴロいるそうだが……お前、まさか知り合いだったりしないよな?
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